【脱炭素の切り札】バイオ炭で地球とビジネスの未来を変える!その驚きの効果と活用事例

「脱炭素」や「カーボンニュートラル」という言葉を耳にする機会が格段に増えました。多くの企業や自治体が温室効果ガス排出の削減に向けて動き出す中で、新たな気候変動対策の鍵を握る存在として静かに注目を集めている技術があります。それが「バイオ炭」です。

最先端の脱炭素技術と聞くと、AIや水素エネルギー、カーボンクレジット市場などを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし実は、この「バイオ炭」、見た目はただの黒い炭にもかかわらず、気候変動対策において非常にユニークかつ即効性のあるソリューションとして、世界中の研究者やビジネスパーソンの間で熱い視線を集めています。


この記事では、バイオ炭とは何か、その仕組みや効果、導入の現場、課題、そして未来に向けた展望までを丁寧に解説していきます。ビジネスの新たな可能性を模索している方も、環境問題に関心のある方も、「バイオ炭」が持つ可能性の深さにきっと驚かされることでしょう。

バイオ炭とは?地球温暖化対策の新たな救世主

画像出典:Gammaにて生成

そもそも「バイオ炭(Biochar)」という言葉は、まだ多くの人にとって馴染みが薄いかもしれません。しかし、その起源は意外にも古く、アマゾンの熱帯雨林で民族学者たちによって発見された「テラプレタ(黒い土)」には数百年前に人為的に埋められた炭素成分が含まれていることが明らかになっています。都市が消滅し、長い年月放置された後でも明らかに周りと植生の異なる豊かな土壌が形成されていることから、原住民の高い農業生産力と繁栄を支えていたテラプレタは、今日のバイオ炭の先駆けと呼べる存在とされています。

農林水産省の定義によると、バイオ炭とは「燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度でバイオマスを加熱して作られる固形物」のことを指すとされており、バイオマス(生物由来の有機物)は木材、竹、もみ殻、家畜の糞尿といった様々な種類が用いられます。バイオ炭は、見た目こそ私たちもよく知る木炭に似ていますが、単なる「炭」ではありません。詳しくは後述しますが、バイオ炭が注目されている理由は、その多機能性にあります。

炭としての吸着性や通気性を生かせば、農地の土壌改良材として有効に働きますし、炭としての多孔質構造がもたらす吸着性や通気性によって農地の保水性や透水性が改善され、作物の生育にも良い影響を与えるとされています。また、炭素を長期的に土壌中に閉じ込める「カーボンストック(炭素貯留)」の効果により、大気中のCO₂削減にも寄与します。製造工程の中でメタンや一酸化炭素などの温室効果ガスが発生することもありますが、それらを適切に回収・活用することで、トータルではCO₂排出を削減する効果が期待されているのです。このような点から、バイオ炭は「古くて新しいテクノロジー」として国際的な注目を集めています。

一方、実際の普及状況を見てみると、課題も浮かび上がってきます。環境省の試算によると、2018年度のバイオ炭施用量はわずか約2,500トンで、貯留されたCO₂量は約5,000トンにとどまります。これは日本の農地面積のうち、バイオ炭が施用されているのがわずか0.006%であることを意味します。しかし裏を返せば、それだけ未開拓のポテンシャルが広がっているともいえるでしょう。仮に農地の10%に施用できれば、年間900万トンのCO₂貯留が見込まれるとも試算されています。

とりわけ、耕作放棄地の増加や竹林・人工林の管理放棄といった日本の地域課題を考慮すると、バイオ炭のポテンシャルは計り知れません。未利用資源を有効活用しながら、土壌を改良し、炭素を固定し、さらにはカーボンクレジットとして経済的価値も生み出す。バイオ炭は、まさに農業と脱炭素の両立を目指す切り札となる可能性を秘めているのです。

なぜバイオ炭が「脱炭素の切り札」と呼ばれるのか?その驚きの効果

画像出典:Gammaにて生成

バイオ炭は、地球温暖化という難題に挑むための多機能なツールだといっても過言ではないでしょう。古代の知恵に着想を得ながら、現代の気候変動対策や農業課題を解決する手段として、バイオ炭には多くの研究者や企業が熱い視線を注いでいます。実際、その効果は単一ではなく、複数のメリットが相乗的に絡み合っています。ここからは、バイオ炭がなぜ「切り札」と呼ばれるのか、その根拠となる三つの側面を掘り下げてみましょう。

土壌への炭素固定効果(ネガティブエミッション)

出典:経済産業省「ネガティブエミッション技術について(風化促進/バイオ炭/ブルーカーボン)」

温室効果ガスの削減に向けた取り組みは、これまで「排出の抑制」が中心でした。つまり、出さない努力です。しかし、近年注目されているのが「炭素固定効果(ネガティブエミッション)」と呼ばれる「排出したCO₂を取り除く技術」です。バイオ炭は、このネガティブエミッションを実現する手段のひとつとして、非常に優れた可能性を秘めています。

その理由は、バイオ炭の構造に隠されています。前述の通り、バイオ炭は高温・低酸素で加熱する「熱分解(パイロリシス)」という工程を経て生成されますが、この過程では、バイオマスに含まれる有機炭素が、極めて安定な炭素構造に変化します。通常の木炭と比較すると、バイオ炭は製造時の温度管理が厳格で、より高温で焼成されるため、炭素の結合がより強固になるのです。

こうして生成された炭素は、土壌に混ぜ込まれても微生物や酸素による分解を受けにくく、数百年から数千年単位で土壌中にとどまるとされています。これにより、土壌中での化学的安定性が高く、光合成によって植物が吸収した炭素を再び大気中に戻すことなく「閉じ込める」ことが可能になります。言い換えれば、地中に「カーボンバンク」を作るようなものです。

国際的にもその効果は評価されており、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)も、ネガティブエミッション技術のひとつとしてバイオ炭を正式に位置づけています。日本国内でも、農業分野での炭素貯留効果を測定・証明する動きが本格化しており、利用拡大に向けた研究開発の他、民間企業において用途拡大に係る研究開発が進められています。

土壌改良効果と持続可能な農業への貢献

出典:公益財団法人 国際緑化推進センター「バイオチャー(炭)で土壌改良in Africa」

バイオ炭のもう一つの大きな特徴は、炭素固定という直接的なベネフィットに加え、農業分野において数多くのコベネフィットをもたらすことです。パイロリシスによって作られたバイオ炭は、多孔質構造と呼ばれる無数の微細な穴を持っており、そこに水や養分、さらには微生物までもが蓄積されやすくなります。

このような性質から、乾燥地や痩せた農地にバイオ炭を施用することで保水性や保肥性が高まり、作物の根張りが良くなったり、異常気象へのレジリエンス(回復力)も高める効果が期待されるのです。実際に、バイオ炭を使った畑では収量が増加したり、病害虫の発生が抑えられたりといった効果も観察されており、農家の間でも少しずつ関心が広がっています。

また、バイオ炭のpHは8~10程度とアルカリ性に傾いており、土壌のpHを中和し酸性に偏りすぎた土壌を改善する効果も期待できます。したがって、農薬や化学肥料の使用を減らす方向性とも親和性が高く、有機農業や環境保全型農業にとっても魅力的な資材となりつつあります。

こうした諸所のコベネフィットは、単に土壌改良という農業的メリットにとどまらず、生物多様性保全や環境保全、気候変動への適応といった付加価値としても評価されつつあります。そして、これらの持続可能でレジリエントな農業という価値の重要性は今後、さらに増していくと予測されることから、土壌環境を根本から立て直すバイオ炭の存在は、まさに次世代の農業インフラといえるでしょう。

バイオ炭活用による収益化の可能性

環境にやさしいだけでなく、経済的な価値をも創出できること。それが、バイオ炭が「持続可能性」を実現する上で他の技術と一線を画す点です。バイオ炭の施用には、環境改善の効果だけでなく、「J-クレジット制度」を通じた収益化の道も開かれているのです。

J-クレジット制度とは、温室効果ガスの排出削減や吸収量の増加を「クレジット」として国が認証し、企業などがそのクレジットを購入・利用できる仕組みです。これにより、農家や事業者は収穫物の販売以外にも「炭素の価値」を収益源とすることが可能です。日本では、こうした国内の脱炭素社会づくりに貢献する取り組みを、経済的価値に転換するための国主導の制度として運用されています。

この制度において、バイオ炭を用いた農地への炭素貯留も、クレジット化が可能となる方法論の一つとして正式に位置づけられています。ただし、クレジットとして認証を得るためには、いくつかの厳格な条件を満たす必要があります。

制度全体の大前提として、「追加性(=その取り組みがなければ実現しなかったCO₂削減であること)」などが求められるほか、バイオ炭に関する方法論では、次のような適用条件が定められています:

  • バイオ炭は、農地法第2条に定める「農地」または「採草放牧地」における鉱質土壌に施用されること
  • 燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度で焼成されていること
  • バイオ炭の原料は国内産であり、かつ未利用の間伐材など他に用途のないバイオマスであること
  • 原料に塗料、接着剤等が含まれていないこと

こうした条件をクリアする必要はあるものの、定期的なモニタリングと報告(MRV)を通じて正確な炭素貯留量を算出することで、クレジットが認証され、市場での取引が可能となります。

バイオ炭に関する研究開発は、土壌への長期的影響評価や地域資源の活用モデル構築など、中長期的視点が必要とされる分野です。そのため、クレジット市場を通じて得られた資金は、研究開発・社会実装・サプライチェーン整備などに再投資されて「研究と資金の好循環」が生まれている、という点は新たなソリューションを社会実装していく上で欠かすことができないメリットです。

このように、カーボンクレジットによる経済的インセンティブは、企業をはじめとする民間セクターにとっても参入しやすい環境をつくり、バイオ炭の普及拡大における強力な推進力となり得るのです。

バイオ炭が抱える「普及への課題」とは?

画像出典:Gammaにて生成

バイオ炭がもたらす炭素固定効果や土壌改良、さらにはカーボンクレジットによる収益化の可能性は、まさに脱炭素社会を支える多面的なソリューションといえます。しかし、こうしたポテンシャルがある一方で、現場レベルではいくつかの課題が浮かび上がってきています。特に普及を本格化させるためには、「品質の安定性」と「適切な活用方法」の2点に関する課題が大きな壁となっています。ここでは、バイオ炭の社会実装を阻むハードルについて掘り下げてみましょう。

バイオ炭の「質」のバラつきと品質保証の難しさ

バイオ炭は、その名の通りバイオマスを炭化させたものですが、このバイオマスが何であるかによって、出来上がるバイオ炭の性質は大きく変わります。材料には、竹や稲わら、家畜の糞尿、間伐材、食品残渣といったさまざまな原料が使われていますが、それぞれが含有する成分や構造、含水率、炭化後のpHや多孔質構造などに差があるため、見た目は似ていても性質や効果は千差万別です。

加えて、炭化温度や酸素の供給量、熱処理時間といった製造工程の条件によっても、バイオ炭の性質は変わってしまいます。例えば、低温で短時間炭化されたバイオ炭は、有機物の分解が不十分で、微生物に分解されやすく、土壌に施用しても長期的な炭素固定効果を発揮できないことがあります(そもそもの定義に当てはまっていないため、正確にはバイオ炭ともいえないのですが)。一方で、高温・低酸素下で適切に炭化されたものは、安定的で長期間土中に残り続けるため、ネガティブエミッションを実現する重要な要素になります。

つまり、バイオ炭が「炭素を固定する」「土壌を改良する」といった効果を本当に発揮するには、その「質」が適切であることが大前提なのです。しかし現状では、製造方法や原料の違いが品質に直接影響しているにも関わらず、それを統一的に管理・保証する制度が十分に整っていません。これは、農業従事者が施用を検討する際に最も不安を抱くポイントのひとつでもあります。どの製品が効果的なのか、信頼できるのかという基準が明確でないため、施用を躊躇する声も少なくないのです。

こうした品質面の課題は、工業製品としての「安定供給」に欠けるという意味でもあり、サプライチェーン全体の信頼性にも影響します。特に、カーボンクレジットの認証制度においては、バイオ炭の品質が一定以上であることが条件となる場合もあるため、技術的なトレーサビリティの確立とともに、業界全体での標準化が急務となっています。

適切な施用量の判断と効果測定・評価の難しさ

バイオ炭の施用がもたらす効果は、施用量や施用方法によって大きく左右されます。しかし、実際に農地へ導入する際にはその「適切な量」を一律に定めることは容易ではありません。なぜなら、作物の種類や栽培環境、土壌の性質、気候条件など、さまざまな要素が複雑に絡み合い、施用の最適解がケースバイケースで異なるからです。

農地の表層にバイオ炭を混和するだけで済む場合もあれば、深層にまで浸透させることで効果が高まる場合もあります。それどころか、すでにpHバランスが整った土壌に過剰に投入すれば、逆に作物の生育を阻害する可能性もあるなど、地域や目的に応じた細やかな対応が求められるのです(農林水産省がバイオ炭の使用の目安を参考として示しています)。

バイオ炭の施用上限の目安について
出典:minorasu「バイオ炭で収益アップ!ブランド構築やJ-クレジット活用などのメリットを紹介」

さらに課題となっているのが、その効果の「見える化」です。例えば、炭素がどの程度土壌中に固定されたか、どのくらいの期間にわたって保持されるのかといった点は、明確に評価するのが難しい領域です。とりわけ地下部の炭素循環メカニズムは、バイオマスの根や微生物活動、土壌成分との相互作用などが複雑に絡み合っており、現時点ではその動態を定性的にも定量的にも十分に把握しきれていないのが実情です。

計測の困難さも、評価を阻む一因です。地表に比べて地下部や海洋中での炭素動態を観測・測定するには高度な技術が必要であり、コストや時間もかかります。これにより、現場レベルでは実証データの蓄積が進みにくく、科学的な裏付けを伴った評価やガイドラインの整備が進まない状況に陥っています。

こうした評価の不確実性は、バイオ炭の普及にとって大きなボトルネックとなっています。このような技術的・科学的な壁を乗り越えるためには、炭素固定メカニズムの解明を目的とした基礎研究が不可欠です。例えば、バイオ炭が土壌中でどのように分解され、どの成分が安定的に残留するのか。また、どの条件下でその炭素が再び大気中に放出されてしまうのか。こうした知見を積み重ねることが、最終的には適正な施用量の設定や、効果測定の制度化に繋がっていくはずです。しかし、実証的なデータが蓄積されるまでは、施用に対する慎重姿勢が強まる傾向があり、結果として市場の拡大が遅れてしまうのです。言い換えれば、技術としては魅力的でも、「実装可能性」としての壁が残っているともいえるでしょう。

バイオ炭の課題を乗り越える「デジタル技術」の可能性

バイオ炭は、脱炭素と農業再生という2つの課題に対して有望な解決策を提示していますが、その実用化には上述した「バイオ炭そのものの技術課題」以外にも製造から流通、施用に至るまでのコストや手間、効果の可視化の難しさ、トレーサビリティの欠如といった課題が存在します。

そして今、そうした課題を乗り越える鍵として、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)、そしてブロックチェーンといったデジタル技術が注目されています。ここでは、それぞれの技術がどのようなものかを説明しつつ、バイオ炭の課題をどう解決しうるのか、その具体的な仕組みに迫ります。

IoT (Internet of Things)

画像出典:Gammaにて生成

IoTとは、センサーや通信モジュールといった小型のデバイスを搭載した様々な「モノ」がインターネットを通じて互いに情報をやり取りし、連携する仕組みを指します。農業分野では、土壌の水分量、気温、pH、養分濃度、さらには作物の生育状況といった現場の環境データをリアルタイムで取得・可視化するための基盤技術として、その活用が急速に拡大しています。バイオ炭の分野においても、このIoT技術は、施用前後の土壌状態の変化を定量的に把握し、その効果を科学的に裏付ける上で不可欠な役割を担います。

例えば、特定の農地にバイオ炭を施用した際、土壌の保水性や通気性、養分保持能力がどのように変化したのかを、土中に埋め込まれた高精度センサーが即座に記録し、そのデータをクラウド上で可視化できます。これにより、これまで「農家の勘」や「経験」といった主観的な実感に依存していたバイオ炭の施用効果の判断が、客観的な科学的エビデンスに基づいたものへと大きく転換します。さらに、バイオ炭の製造プロセスにおいても、熱分解炉内に設置された温度センサーや排気センサーを用いることで、炭化温度の最適化や排ガス管理をリアルタイムで行うことが可能になります。これは、高品質で均一なバイオ炭を安定的に製造するための品質管理と、製造工程におけるエネルギー効率の最大化、ひいては省力化とコスト削減を同時に実現する上で極めて有効な手段となるでしょう。

また、IoTによって収集された膨大なデータは、個々の農地や農家だけでなく、地域全体の農業経営者と共有することで、バイオ炭施用のベストプラクティスを構築する貴重な足がかりとなります。つまり、IoTはこれまで「見えなかったもの」を「見える化」し、バイオ炭の活用をより再現性の高い、そして科学的に裏付けられたプロセスへと導くための強力なツールなのです。

AI (Artificial Intelligence)

画像出典:Gammaにて生成

AI、すなわち人工知能とは、膨大なデータの中から複雑なパターンを学習し、それに基づいて高精度な予測や判断を行う技術です。IoTによって継続的に収集される土壌データ、気象情報、そして作物の成長履歴といった多岐にわたる情報をAIが高度に分析することで、バイオ炭の最適な施用タイミングや施用量を農家に対して具体的に提案することが可能になります。

具体的には、過去のバイオ炭施用実績と、その後の作物の収量データ、さらには土壌の種類や地域の気象パターンといった変数をAIが多角的に突き合わせることで、「どの土壌タイプに、どの量のバイオ炭を、どの時期に施用すれば最も収量が増加し、かつ土壌改良効果が最大化されるか」といった、従来は熟練した農業従事者の経験と勘に依存していた意思決定を、科学的根拠に裏打ちされた最適なものへと変える力を持っています

また、AIは気候変動リスクへの適応策としてもその真価を発揮します。例えば、気象予報データと過去の降水量データをAIが統合的に分析し、予測される干ばつや集中豪雨の可能性が高い時期を割り出すことで、土壌の保水性を高める効果のあるバイオ炭の活用を、どのタイミングで行うべきかといった具体的なシミュレーションを、現実的な精度で提示可能です。さらに、バイオ炭が農業生態系、特に土壌微生物相や生物多様性に与える長期的な影響をAIがモデル化することで、バイオ炭の導入が目指す「炭素固定」という環境目標と、「生態系保全」というもう一つの重要な目標の最適なバランスを図るための有効な手段としても機能するでしょう。

つまるところ、AIは単なるデータ分析の補助ツールに留まらず、バイオ炭を農業現場で最大限に活用し、その効果を最適化するための「戦略的な頭脳」として機能し得る、極めて重要な存在なのです。

ブロックチェーン

画像出典:Gammaにて生成

バイオ炭の持続可能な普及において、もう一つ看過できない重要な役割を果たすのがブロックチェーン技術です。ブロックチェーンとは、取引や記録を分散型ネットワーク上で管理する技術であり、一度記録されたデータは改ざんが極めて困難で、その透明性と信頼性が極めて高いという特徴を持ちます。元々はビットコイン等の暗号資産(仮想通貨)の基盤技術として注目を集めましたが、近年ではその応用範囲が環境、サプライチェーン管理など、多岐にわたる分野へと急速に拡大しています。

バイオ炭の分野においては、ブロックチェーン技術を導入することで、バイオ炭の製造過程から農地への施用、そして最終的な「炭素固定量」の測定に至るまでの全プロセスを、ブロックチェーン上に時系列で記録・管理することが可能になります。これにより、バイオ炭のトレーサビリティ(追跡可能性)を飛躍的に高めることができます。具体的には、「ある農家がどの種類のバイオマス(例えば、間伐材、農業残渣など)を使って、どのようなプロセス(熱分解温度、時間など)でバイオ炭を製造したのか」「その製造されたバイオ炭を、どの圃場に、いつ、どれだけ施用したのか」「そして、その施用によって、実際にどの程度のCO₂が土壌中に永続的に固定されたのか」——といった一連の極めて重要な情報が、改ざん不可能な形で記録・保存できるというわけです。

このトレーサビリティの確保は、カーボンクレジット制度の運用において革命的な進展をもたらすでしょう。従来、土壌中の炭素固定量を証明するには、複雑な計測と認証プロセスが必要であり、多大な時間とコストがかかる上に、制度全体の信頼性を担保する上での課題が残されていました。ブロックチェーンを活用すれば、誰が、いつ、どこで、どのようにして炭素を削減したのかを、リアルタイムかつ透明性のある形で記録・証明できるため、炭素削減の価値を「見える化」し、極めて信頼性の高いカーボンクレジットとして市場に流通させることが可能となるのです。

さらに、地域ごとに設けられた脱炭素プロジェクト同士をブロックチェーン上で連携させることで、バイオ炭による炭素削減実績を地域全体で共有・取引できる新たな基盤が構築されます。これは、地方自治体や企業が脱炭素目標を達成するための実効性ある手段となり、バイオ炭導入への経済的インセンティブを大幅に高め、その社会実装を加速させることにつながるでしょう。

バイオ炭の活用最前線:広がる可能性と最新事例/注目企業を紹介!

バイオ炭と関連技術について詳しく理解したところで、ここからはこの分野を牽引する注目企業にも焦点を当て、バイオ炭がどのようにして私たちの未来を形作っていくのか、その最前線をご紹介します。

商船三井

出典:LNEWS「商船三井/バイオ炭から2000トンの技術ベースCDRクレジット償却」

国際的な海運大手である株式会社商船三井が、二酸化炭素の排出削減にとどまらず、大気中からの除去という次のフェーズに踏み出したのは、2022年にさかのぼります。きっかけは、先進的なカーボン除去技術を扱う国際プロジェクト「NextGen CDR Facility」への参加でした。NextGenは、カーボンクレジット創出を手掛けるスイスのSouth Pole社と三菱商事株式会社が運営するカーボンクレジット共同購買の枠組みで、バイオ炭をはじめとする複数の革新的な除去技術を対象としています。同社は、国内の海運企業として初めてここに参画し、脱炭素の新たな手段としてバイオ炭に注目したのです。

商船三井が採用したのは、ボリビアのExomad Green社が展開する世界最大級のバイオ炭プロジェクトでした。2025年5月にこのプロジェクトから2,000トン分の技術ベースのカーボンクレジットを受領し、正式に償却を実施。これは同社にとって単なるCO2削減ではなく、Beyond Value Chain Mitigation──すなわち、自社の排出とは直接関係のない場所でもCO2除去に貢献するという、社会全体の脱炭素を見据えた取り組みの一環でした。

こうしたアプローチは、従来の“自社内完結型”の環境対策とは一線を画しています。排出源を持たない事業者であっても、今や自らの環境ビジョンを実現するために、グローバル規模の除去プロジェクトへ資金を投じる時代になったということです。実際、商船三井は2050年までのネットゼロ達成を掲げた「環境ビジョン2.2」の中で、2030年までに累計220万トンのCO2除去への貢献を明言しており、今回の事例はその道筋のひとつとして位置づけられています。

筆者としても印象的だったのは、こうした投資が決して短期的な利益を目的としたものではなく、今後数十年にわたって社会に必要とされる脱炭素インフラの礎を築こうという姿勢にあるという点です。技術ベースのカーボンクレジットはまだ高価で、供給も限定的です。それでも商船三井は、あえてその最前線に立ち、市場を育てる側に回ろうとしているのです。

これまで見てきたように、バイオ炭のような技術は、単独では普及という点において課題を抱えることが多いです。しかし、大企業が率先して需要を作り出すことにより、他の企業や国も追随しやすくなり、最終的には価格の低下や技術の改良につながっていきます。商船三井の一手は、まさにその先鞭をつけるものであり、海運業という枠を超えて、多くの業界に示唆を与えるものであるといえるでしょう。

HATSUTORI

出典:株式会社HATSUTORI

一見するとただの廃材にすぎないダムの流木が、農業や環境保全に貢献する資材へと生まれ変わる。そんな驚きの循環型社会の実現に挑んでいるのが、宮崎市に本社を構えるスタートアップ、株式会社HATSUTORIです。社長の服部かおる氏は、もともと看護師や助産師として医療現場に立っていた異色の経歴を持ち、三度目の大学生生活を経て、2023年にHATSUTORIを立ち上げました。

活動の軸は、全国的な課題となっているダム流木の活用です。大雨や台風のたびに発生する大量の流木は、ダムの機能を妨げるだけでなく、処理コストや安全面で自治体を悩ませ続けてきました。同社では、こうした流木を自社で開発した製炭炉で「バイオ炭」に変え、再利用する仕組みを構築しました。この炭炉は電気や化石燃料を一切使わず、従来の炭焼きでは数日かかる工程を、わずか4〜5時間で完了させることができます。さらに、この製炭炉は移動可能な仕様となっており、現地でそのまま炭化処理ができます。輸送コストを抑えつつ、現場でスピーディーに対応できるという点は、災害対応にも大きな意味を持つはずです。

こうして製造されたバイオ炭は、単なる燃料としてではなく、農業や畜産業での土壌改良資材としての活用が進められています。pH値が弱酸性傾向にあり、作物の生育環境の改善にも寄与する可能性があるとのことで、すでに実証試験も始まっています。災害ゴミとして見られていた流木が、今では農地を支える資源としてのポテンシャルを見せ始めているのです。

また、HATSUTORIはこの技術と仕組みをより広げるために、旭化成株式会社と連携した事業にも参画しています。旭化成の宮崎県延岡市の工場では、再生セルロース繊維などの製品を生産する過程で、セルロース由来の未利用バイオマスが発生します。これまで有効に使いきれなかったこうした資源を、HATSUTORIが持つ炭化技術でバイオ炭へと転換することで、地域内での資源循環を促進しています。企業とスタートアップが手を取り合い、地域の未利用資源を無駄なく循環させる。この動きは、まさにサーキュラーエコノミー(循環型経済)の実践例といえるでしょう。

「農林水産業みらい基金」の助成事業に参画|旭化成株式会社

炭づくりというと古風なイメージを抱く方もいるかもしれませんが、HATSUTORIの取り組みは、環境問題の最前線で革新的な挑戦を続ける現代の姿そのものです。しかも、その根底には“誰かの困りごとを解決したい”という温かい視点が通っています。流木を地域の課題ではなく資源として捉え直し、農業の助けとし、さらに気候変動への対策にも貢献する。人と自然、地域と企業、それぞれの力が重なりあって初めて見える未来が、同社の挑戦の先には広がっているのかもしれません。

JR東日本グループ

出典:JRアグリ仙台「Tohoku RICE TOKEN」

「食べることが未来を変える」というと、少し大げさに聞こえるかもしれません。しかし、JR東日本グループが東北で始めたユニークな取り組み「Tohoku RICE TOKEN」を見てみると、それが決して絵空事ではないことに驚かされます。

このプロジェクトの主役は、バイオ炭を活用して栽培された「環境にやさしいお米」。このお米は、JR東日本グループの関連会社である株式会社JRアグリ仙台が手がけており、CO₂排出量の抑制に寄与する新しい農業のかたちとして注目されています。

きっかけは、宮城県の老舗食品メーカー・川口納豆の代表が、30年前から製造していた米の籾を燻した炭に着目したことにあります。このバイオ炭を田んぼにまくと、土壌改良効果だけでなく、農薬の使用回数を減らすことにもつながり、環境負荷の少ない米作りが実現しました。

この地道な農業技術に、デジタルの力を掛け合わせたのが、株式会社JR東日本情報システム(JEIS)です。彼らが注目したのは、農業の価値を「見える化」する仕組み。せっかく環境に配慮して育てた米があっても、それがどのように環境に良いのか、誰にも伝わらなければ意味がありません。そこで、ブロックチェーン技術を使って「NFT(非代替性トークン)」として証明書を発行するアイデアが生まれました。NFTは、改ざんができないデジタル証明として機能するため、お米がどのような環境で育てられたのか、誰が作ったのかを記録として残すことができます。購入者は、そのお米とセットになったNFTを受け取ることで、知らず知らずのうちに脱炭素の取り組みに参加できるという仕組みです。

この取り組みには、デザインや広報の面でも工夫が凝らされています。NFTのアートやプロジェクトのキービジュアルを手がけたのは、クリエイティブエージェンシーのWONDERVOGEL。プロジェクトの斬新さに惹かれたメンバーが、東北の自然やお米の温もり、そしてデジタルテクノロジーの洗練さを組み合わせたビジュアルを創り上げました。

販売は2024年9月から始まり、ササニシキ2kgと日本酒のセットが限定200セット用意されました。価格は4,970円(税込)で、購入にはLINEアカウントとスマートフォンが必要。WeWork仙台イーストゲートビルでの受け取り時には、購入時に発行されたNFTを提示するという、まさにデジタルとリアルを融合させた仕組みが採用されています。

今後、この仕組みを活用してJクレジット制度への申請も視野に入れているとのこと。日々の食卓から未来を変えていく。この地に根差した小さな挑戦が、次の大きな一歩を生み出していくかもしれません。

まとめ:バイオ炭とブロックチェーンで拓く、持続可能な未来

本記事では、脱炭素と持続可能な農業の「切り札」として注目されるバイオ炭の驚くべき効果と、その社会実装を加速させるデジタル技術の可能性を深掘りしてきました。土壌改良や炭素固定(ネガティブエミッション)といった多岐にわたるメリットを持つバイオ炭ですが、その普及には品質の安定性や効果測定の課題も存在します。

しかし、IoTによるデータ可視化、AIによる最適施用提案、そして特に重要なブロックチェーンによるトレーサビリティ確保が、これらの課題を克服する鍵です。ブロックチェーン技術は、バイオ炭の製造から農地への施用、最終的なCO2吸収量の証明までを改ざん不可能な形で記録し、カーボンクレジット市場での信頼性を飛躍的に高めます。こうした次世代技術によって、バイオ炭は環境価値だけでなく、経済的価値をも生み出す持続可能なビジネスモデルへと進化を遂げていくでしょう。今後の動向にも要注目ですね。

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【初心者でもわかる!】ゼロ知識証明(ZKP/Zero-Knowledge Proof)とは?安全性とプライバシー保護の未来を解説!

インターネットが生活に深く浸透した現代、オンラインでの「証明」は日常的な行為となりました。しかし、その裏側で常に懸念されるのが、個人情報の漏洩リスクです。「年齢確認をしたいだけなのに、生年月日全てを伝える必要があるのか?」「安全な取引をしたいけれど、どこまで情報を開示するべきか?」と感じたことはありませんか?そんな課題を解決し、安全性とプライバシー保護を両立する画期的な技術として、近年注目を集めているのが「ゼロ知識証明(ZKP / Zero-Knowledge Proof) 」です。

この記事では、初心者の方でも理解できるよう、ゼロ知識証明の基本的な仕組みから、私たちのデジタル社会にどのような変革をもたらすのか、具体的な活用事例を交えながら徹底解説します。

デジタル社会における「証明」の課題

オンラインで何かを証明する、という行為は年々複雑化しています。ひと昔前であれば、ユーザー名とパスワードだけで本人確認が完了するケースも多くありました。しかし現在では、2段階認証や顔認識、SMS認証など、より高度な手段が当たり前になりつつあります。背景にあるのは、情報漏洩やなりすましなどの被害が、私たちの日常に現実の脅威として迫ってきていることです。

実際に、米通信大手AT&Tでも顧客の個人情報約7300万件がダークウェブ上に流出。顧客名、電話番号、生年月日以外にも、現住所や社会保障番号までが流出の対象となり、被害に遭ったユーザーは大きな不安にさらされました。これほど大規模なケースはあまり多くはありませんが、これは決して他人事ではありません。どのサービスを使っていても、こうしたリスクに巻き込まれる可能性はゼロではないのです。

米AT&T、顧客情報の流出めぐり調査を開始 7300万人分 – 日本経済新聞

一方で、企業側にも悩みがあります。仮に「ユーザーの利便性を最優先し、最小限の情報だけで認証を行う」ような簡易的な仕組みにした場合、なりすましや不正アクセスが多発する危険性があります。例えば、少し前のSNSではログイン認証の仕組みが甘かったため、悪意ある第三者が別人になりすましてアカウントに侵入する事件が多数発生していたのは記憶に新しいかと思います。そのため、企業側もリスク低減のために「本人であるかどうかを確かめるには、どうしても情報を多く収集する必要がある」という認識が根強くなってしまうのです。

こうして生まれるのが、「信頼を築くには情報を渡す必要があるけれど、情報を渡すことで別のリスクが生まれてしまう」という矛盾です。これはまさに、情報社会における“信頼のジレンマ”ともいえる状況でしょう。このようなジレンマを抱える中で、私たちは本当に望ましい証明のあり方を見つけられていないのかもしれません。むしろ、“信頼を築くために情報を犠牲にする”という構図が、無意識のうちに当たり前になってしまっているのです。

では、本当にそれしか選択肢はないのでしょうか?情報を開示せずに、「私は信頼できる存在です」と証明する方法があったとしたら──それは、これまでとはまったく異なる、新しい信頼の形になるはずです。まさにその可能性を実現する技術こそが、次の章で紹介する「ゼロ知識証明(Zero-Knowledge Proof)」なのです。

ゼロ知識証明(ZKP/Zero-Knowledge Proof)=情報を見せずに真実を保証する技術

画像出典:Gammaにて生成

ゼロ知識証明(ZKP:Zero-Knowledge Proof)とは、「あることが真実である」と証明するために、その理由や根拠を一切明かさずに証明を完了できる技術です。もう少し噛み砕いていうと、「私はそれを知っています」「私はその条件を満たしています」と伝えるときに、“その内容そのもの”を開示せずに、相手に信じてもらえる仕組みです。

直感的には少し不思議に思えるかもしれません。例えば、飲食店等であなたが「20歳以上である」と証明したいとき、通常なら免許証やマイナンバーカードなど、年齢が記載された公的書類を提示する必要があります。ですが本来、必要とされているのは「20歳以上かどうか」だけであり、氏名や住所、生年月日といった、それ以外の情報は不要なはずです。ゼロ知識証明が目指すのは、まさにこの「必要な情報だけを、必要な範囲で、必要な相手にだけ明かす」という新しい証明の形です。

ゼロ知識証明では、「証明者(Prover)」と「検証者(Verifier)」という2つの概念によって、証明者が直接その情報(秘密)を見せるのではなく、暗号的な方法を使って「私は条件を満たしていますよ」という証明を行います。この概念を理解する際に役立つのが、ジャン=ジャック・キスケータらの論文「我が子にゼロ知識証明をどう教えるか(How to Explain Zero-Knowledge Protocols to Your Children)」で紹介されている「アリババの洞窟」です。

出典:Wikipedia

アリババの洞窟にはAとBの2つ道がある。太郎さんは洞窟の中にある秘密の抜け道を通るための合言葉を花子さんから教えてもらいたい。花子さんはこの合言葉を1万円で売ってくれると言っているものの、太郎さんは花子さんが本当に合言葉を知っていると確信するまでは支払うつもりはなく、花子さんも、太郎さんがお金を支払うまではそれを共有しない。

この両者硬直の状態を解決して取引を確実なものとするためには次のような証明手順を踏めば良い。 太郎さんは洞窟の外で待っている。花子さんはAかBどちらかの道で洞窟の奥へと進む(このとき太郎さんには花子さんがどちらを選択したかは見られない)。太郎さんは洞窟に入り、分岐点でAかBどちらかの道から戻ってくるよう花子さんに指示する。花子さんは太郎さんに言われた方の道から分岐点に戻る。1〜3を繰り返す。

この証明方法では、数回だけでは花子さんの運が良ければ推測が当たっただけの可能性もありますが、何度でも戻ってくることができるのであれば、花子さんが本当に暗号を知っている可能性は高まります。例えば、20回試行した後、花子さんが運だけで太郎さんの選んだ道から戻ってこられる確率は100万分の1未満となり、これは確率的な証拠となります。

こうした“納得感のあるやりとり”を行うことで、検証者は「確かに条件は満たされている」と確信でき、かつ、証明者の「内容を明かしたくない」という希望に沿うことができるという訳です。あまり日常的に接する概念ではないため、以下の米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のAmit Sahai教授の解説動画も参考にすると良いでしょう。

上記で示した証明パターンはほんの一例にすぎず、以下の条件を満たした上で、様々な暗号学的プロトコルや数学的な手法を組み合わせることで、多種多様なゼロ知識証明のスキームを構築することが可能です。

  • 完全性(Completeness):正直な証明者が正しい主張をすれば、検証者は必ず納得できる。
  • 健全性(Soundness):嘘をつく証明者は、高確率で見破られる。
  • ゼロ知識性(Zero-Knowledge):検証者は、証明の過程から“本当の情報”を一切得られない。

ゼロ知識証明自体は、もともと学術的な分野で1980年代に理論化された技術ですが、近年では暗号資産(仮想通貨)やブロックチェーンの分野を中心に、実用化が急速に進んでいます。

実際、「Zcash」というブロックチェーンプロジェクトでは、送金額や送金者のウォレットアドレスを非公開にしたまま、取引そのものが正しいことをゼロ知識証明で保証しています。これにより、透明性とプライバシーの両立という、これまで相反していた2つの要件を満たすことが可能になりました。

また、最近ではVC(Verifiable Credentials)と結びつくことで、本人確認(KYC)以外にも資格証明などの用途にもゼロ知識証明が応用され始めています。VCについては、ここでの解説は避けますが、例えば、「この人は〇〇大学を卒業している」という事実だけを証明し、その卒業証書そのものは見せないといった使い方も可能になるでしょう。

こうした応用が進めば、私たちがWebサービスを利用する際に「いちいち名前や住所を入力したり、身分証をアップロードしたりする」必要はなくなるかもしれません。自分の情報を守りながらも、相手に信頼してもらえる世界が、ゼロ知識証明によって実現しようとしているのです。

もちろん、万能の技術というわけではなく、導入にはまだ課題もあります。しかし、この「見せずに伝える」「守りながら証明する」という考え方は、プライバシー保護やセキュリティがこれまで以上に重要視される今後の社会において、極めて本質的な価値を持つアプローチだといえるでしょう。

代表的なゼロ知識証明の種類

ゼロ知識証明という技術は、その本質的な魅力である「証明はできるが、情報は漏らさない」という特性によって、近年さまざまなプロトコルや実装方式が生まれています。中でも実用化が進み、広く知られているのが「zk-SNARKs」と「zk-STARKs」という2つの方式です。それぞれに技術的な特徴と利点・課題があり、どちらが優れているというよりは、目的や利用シーンによって選ばれているのが現状です。

このセクションでは、初心者の方でもイメージしやすいように、それぞれの技術がどのような背景で登場し、何を可能にしているのか、さらにその違いが私たちの未来にどのような影響を与えるかについて解説していきます。

zk-SNARKs

出典:extimian「Differences between zk-SNARKs and zk-STARKs」

zk-SNARKsは、「Zero-Knowledge Succinct Non-Interactive Argument of Knowledge」の略称で、2010年代前半に登場したゼロ知識証明の方式のひとつです。その最大の特徴は、非常に短い証明文(Succinct)を、やり取りなし(Non-Interactive)で検証できるという点にあります。つまり、やり取りが1回で済み、証明のデータサイズもコンパクトで済むため、ブロックチェーンのような通信帯域が限られる環境にとって極めて相性のよい設計となっています。

この技術が一躍注目されたのは、先ほども軽く触れた匿名通貨「Zcash」への採用です。Zcashは、トランザクションの送金者、受取人、送金額といった詳細情報を公開せずに、正当な取引であることをネットワーク上で証明するという画期的な仕組みを導入しました。その中心にあったのが、zk-SNARKsの能力です。

ただし、zk-SNARKsにはひとつ大きな技術的前提があります。それは、「Trusted Setup」と呼ばれる初期設定が必要だという点です。このプロセスでは、検証に必要な公開パラメータを生成するために、特定の秘密情報(通称:トラップドア)が一時的に生成されます。トラップドアは、銀行の暗証番号に例えられるほど極秘にすべき情報であり、パラメータ生成後に安全に破棄されなければなりませんが、万が一その秘密情報が外部に漏洩して悪意ある者が保持し続けた場合、その者は偽造された証明を生成できてしまう可能性があるため、セキュリティの観点からしばしば議論の的になります。

Zcashではこの問題を回避するため、複数人でトラップドアの生成を分担し、誰も完全な秘密情報を持たないようにする「マルチパーティコンピュテーション(MPC)」という手法を採用しました。それでもなお、「誰かが不正に秘密情報を入手していたら…?」という疑念は完全には拭いきれません。そのため、後述するzk-STARKsのように、信頼されたセットアップを不要とする新たな方式が開発される動機にもなりました。

とはいえ、zk-SNARKsの利点は依然として魅力的です。証明サイズが非常に小さく、検証時間も短いため、モバイルデバイスやIoT機器などリソースの限られた環境でも比較的容易に扱えるという強みがあります。また、現時点でのライブラリやツールチェーンが豊富であることから、開発者にとっても実装のハードルが低く、実社会での導入が進みやすいという点も見逃せません。

技術の安全性と効率性、そして既存のエコシステムとの親和性を考慮すると、zk-SNARKsは今後も「堅実な選択肢」として、多くのユースケースで活用され続けることが予想されます。

zk-STARKs

出典:GFI Blockchain「Giải mã sức mạnh của StarkNet」

zk-STARKsとは、「Zero-Knowledge Scalable Transparent Argument of Knowledge」の略で、2018年にイーサリアム開発者のエリ・ベン=サスーン(Eli Ben-Sasson)らの研究によって発表された、比較的新しいゼロ知識証明の方式です。zk-SNARKsと同様、第三者に対して「あることが真実である」と証明しつつ、その中身を明かさないという性質を持ちますが、根本的な設計思想や実装上の特徴には大きな違いがあります。

最大の特徴は、その名にもある「スケーラビリティ(Scalable)」と「透明性(Transparent)」です。zk-STARKsでは、zk-SNARKsのようにTrusted Setupを必要としません。この設計により、セキュリティ面での透明性が飛躍的に向上し、誰かが意図的に攻撃を仕掛けるリスクが原理的に排除されているのです。特に、公共性やオープン性が求められるブロックチェーンの世界において、こうした信頼性の担保は大きな利点となります。

さらに注目すべきは、zk-STARKsが非常に大規模なデータに対しても高速な証明を生成・検証できるという点です。この性能は、ビットコインのようなトランザクション(取引データ)の多いパブリック型のブロックチェーンにおけるスケーラビリティの課題を補完する可能性を秘めており、実際に、PolygonやStarknetといったプロジェクトでの導入が進んでいます。特にStarknetは、zk-STARKsを基盤に据えた独自のスケーリング技術を開発し、スマートコントラクトの高速実行とセキュリティ強化の両立を目指しています。

ただし、zk-STARKsには弱点もあります。代表的なのが、証明データのサイズが大きくなりがちであることです。zk-SNARKsでは数百バイト程度に収まる証明が、zk-STARKsでは数十キロバイト以上になるケースも珍しくありません。そのため、帯域やストレージに制限のある環境では導入に工夫が必要となります。また、計算量もやや大きくなる傾向があり、リソースが限られたデバイスにとってはハードルが高いという側面も否定できません。

とはいえ、その「透明性の高さ」と「高スケーラビリティ」は、今後のゼロ知識証明の主流となる可能性を大いに秘めています。特に、中央集権的な信頼を排除したいという理念が根底にあるWeb3や分散型金融(DeFi)の文脈においては、zk-STARKsは設計思想そのものがマッチしており、エコシステムの中心的技術として期待されています。

zk-SNARKsが「実績ある堅実な選択肢」だとすれば、zk-STARKsは「信頼性と未来志向を兼ね備えた進化形」といえるかもしれません。現時点ではまだ開発途上の要素も多いものの、セキュリティとパフォーマンスを両立する新たなゼロ知識証明として、今後さらに広い分野での応用が進むことが予想されます。

メリット:ゼロ知識証明がもたらす「安全性」とは?

画像出典:Gammaにて生成

ゼロ知識証明は、ただのプライバシー保護技術にとどまらず、安全性の観点でも大きな可能性を秘めています。従来の認証システムやデータ管理では難しかった「改ざん」「なりすまし」「データ整合性」といった課題に、この技術はどのように応えているのでしょうか。ここでは、安全性の面からゼロ知識証明の価値を紐解いていきます。

改ざんを防ぐ強力な証明能力

ゼロ知識証明の最も大きな特徴のひとつは、情報の正しさを「第三者に内容を見せずに証明できる」点です。これにより、あらかじめ定められた条件を満たしていることを数学的に保証しつつ、元データを秘匿できます。例えば、あるシステムが「特定の手順に従って計算された結果のみを受け入れる」といったルールを持つ場合、ゼロ知識証明を用いれば、その正当性を誰でも検証可能な状態で証明できます。この仕組みは、情報そのものが公開されず、攻撃者が不正にデータを読み取って内容を書き換えることが困難であるため、特にデータ改ざんのリスクが高い分野で威力を発揮します

また、万が一、データが書き換えられても、その不正行為は検出される仕組みになっているため、改ざんに対する有効なアプローチとなりえます。電子署名は「その人が本当にサインした」ことは保証しても、「内容が技術的に守られたものであるかどうか」までは保証してくれません。そういった点では、ゼロ知識証明は従来のデジタル署名とは異なる安全性のレイヤーを提供してくれる技術と言い換えてもいいでしょう。

ブロックチェーンとの親和性が高いのもこのためです。ゼロ知識証明を活用したブロックチェーンのスケーリングでは、個別のトランザクションをオフチェーンでまとめ、その整合性をゼロ知識証明によって保証する手法が取られています。この手法では、オンチェーンには「結果の証明」だけが記録され、元データは公開されません。それでも、誰もが「改ざんされていない」と検証できる状態が保たれるのです。

このように、ゼロ知識証明は「データが正しく生成されているか」という本質的な問いに対して、外部から確認可能でありながら漏洩のない形で答えを提示できるため、極めて強力な改ざん防止メカニズムとして機能します。

なりすまし防止への応用

本人確認のプロセスにおいても、ゼロ知識証明は高いセキュリティ性を発揮します。従来のログイン方式ではIDとパスワードなどの情報をベースとしたやり取りをするため、それらを盗まれれば簡単に他人になりすませてしまうという根本的な脆弱性が長年問題視されてきました。SNSの乗っ取り、フィッシング詐欺、アカウント共有など、私たちが日々直面しているリスクの多くは、認証情報そのものが「情報として流通可能」であるという構造的欠陥に起因しています。

しかし、ゼロ知識証明はこの問題を根本から覆します。ユーザーは「自分が正当なアクセス権を持っている」ことを数学的に証明できる一方で、認証情報そのもの(秘密鍵やパスワード)を一切相手に渡す必要がありません。つまり、証明する側は「知っている」ことを示すだけで済み、検証側はその「知識の存在」だけを確認すればよいという非対称的な構図が成立するのです。

特に、Web3.0や分散型アプリケーション(dApp)では、秘密鍵の管理がすべてユーザー任せになっており、紛失や漏洩のリスクは避けがたい課題でした。こうした環境下においても「なりすましによる不正アクセス」を抑止する技術として分散型ID(DID)などと共に注目を集めています。

また、国家や自治体レベルのデジタルID認証への採用も検討されています。ログインやアクセスの際に「18歳以上か」「有効な市民IDを持っているか」など、条件を満たしているかどうかだけを証明し、個人の詳細情報は伏せるというアプローチです。このような仕組みが広く普及すれば、プライバシーとセキュリティの両立が可能になり、「データを盗まれるから危険」だった世界から、「データを渡さないから安全」という新たな基準が成立するようになるでしょう。

データ整合性の担保

もう一つの重要な観点が、データの整合性です。仮に、サプライチェーンにおいて「ある製品が適切な手続きを経て正規に流通した」ことを証明したい場合、ゼロ知識証明は各プロセスの履歴や認証状況を暗号的に検証することで、「ある情報が確かに正しく、一貫性を保っている」ことを保証できます

私たちはこれまで、信頼を担保するには様々な「仲介者」に依存する必要がありました。クレジットカードの決済ではカード会社、雇用契約では人材紹介会社、賃貸契約では不動産業者。もちろん、これらの仲介者には重要な役割がありますが、一方で、手数料や時間のロス、そして情報の集中管理によるリスクも避けられません。ゼロ知識証明は、「信頼を外部に委ねずに済む」取引の形を可能にします。

この利点は、単なる改ざん検出にとどまらず、分散された環境、例えばブロックチェーン上の複数ノードが関与するシステムでも、すべてのノードでデータの一貫性が取れていることを確認できるのです。これにより、信頼できる第三者を介さずとも、データが正しく取り扱われていることを保証できるという、いわば“トラストレスな整合性確認”が可能になります。

さらに、医療や金融などの高信頼性が求められる業界では、データの内容にアクセスせずにその正しさだけを確認できるゼロ知識証明は、既存のガバナンス要件とも親和性が高いといえます。実際に、日本でも、2022年9月に日本銀行がまとめた「プライバシー保護技術とデジタル社会の決済・金融サービス」というレポートで、今後注目される暗号技術の1つとしてゼロ知識証明が紹介されています。

課題:ゼロ知識証明が抱える技術的ハードルとは?

画像出典:Gammaにて生成

ゼロ知識証明は、高い安全性とプライバシー保護を両立できる次世代技術として期待を集めています。しかし、現時点でその活用が一部にとどまっている背景には、技術的なハードルがいくつも存在しています。特に、計算資源や実装の難しさ、業界全体での標準化の遅れは、同技術の社会実装を加速させる上で避けて通れない課題です。

計算コストと実装の複雑さ

ゼロ知識証明はその仕組み自体が非常に高度な数学に基づいており、証明を作成・検証するための演算処理も膨大です。特にzk-SNARKsやzk-STARKsなどのプロトコルでは、証明生成にかかる時間やメモリ量が非常に大きくなることが多く、一般的なサーバー環境やエッジデバイスでは実用化が難しいという声もあります。

また、ゼロ知識証明を導入するにはアプリケーション側にも相応の準備が必要です。スマートコントラクトへの組み込みや、認証・認可の仕組みとの統合など、既存のシステムアーキテクチャに合わせた設計・開発が求められます。その過程では、暗号学の専門知識だけでなく、プロトコル設計やデータ構造への深い理解も不可欠となるため、実装のハードルは決して低くありません。

さらに、ゼロ知識証明を活用する場面では「何を証明するか」「どの範囲で情報を秘匿するか」といった仕様の決定も技術的に難しく、汎用的なテンプレートがまだ不足しています。これらの課題は、開発スピードを鈍らせる要因となっています。

標準化と相互運用性の必要性

ゼロ知識証明の技術が広く社会に浸透していくためには、業界全体での標準化と相互運用性の確保が不可欠です。現在、プロトコルやライブラリはプロジェクトごとに独自の仕様で構築されていることが多く、異なるシステム同士がスムーズに連携するのは簡単ではありません。

例えば、あるブロックチェーン上で利用されているゼロ知識証明ベースの認証情報を、別のネットワークに持ち込もうとすると、フォーマットやプロトコルが一致しないため再設計が必要になるケースもあります。これは、デジタルIDやサプライチェーンなど、複数のエコシステムが連携するユースケースでは大きな障害となり得ます。

このような状況を打開するためには、共通のプロトコルやAPI設計、暗号ライブラリの整備が求められます。実際、W3C(World Wide Web Consortium)をはじめとした団体が標準化の議論を進めていますが、まだ発展途上であり、導入現場では個別対応が続いているのが現状です。したがって、ゼロ知識証明が社会インフラの一部として定着するには、技術的な優位性に加えて「誰もが使える形に整えること」が欠かせません。信頼性や安全性だけでなく、開発者の手に取りやすい仕組みづくりが、今後の鍵となっていくでしょう。

ゼロ知識証明の具体的な活用事例:Google

ゼロ知識証明は、単なる理論上の技術ではなく、すでに多くの分野で実用化が進んでいます。ここでは、実際にどのような場面でこの技術が活用されているのか、具体的な事例としてGoogle社の事例を見ていきます。

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Googleがゼロ知識証明を取り入れた事例は、日常の中で感じがちな「ちょっとした不安」に真正面から応えるようなものでした。例えば、マッチングアプリを利用する際には身分証データの提出を求められます。今でこそこうしたサービスの利用は一般的ですが、「免許証を撮影するのは抵抗があるな」と感じた人も一定数いるのではないでしょうか。Googleはまさにその疑問に応えるかたちで、ゼロ知識証明という技術を自社のウォレットサービスに組み込みました。

この仕組みでは、「18歳以上であること」などの条件を満たしているかを証明するために、具体的な生年月日や身分証の画像を提出する必要がありません。年齢という“事実”だけを、安全な方法で証明できるのです。しかもその裏側には、ブロックチェーン技術に基づいた複雑な暗号処理が施されており、誰が、どのような情報を持っているのかを他者が知ることはありません。年齢という条件に合致するかどうかだけを計算し、その結果のみを提示する──そんな“スマートな”証明の形が実現しています。

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この技術の導入は、出会い系アプリ「Bumble」との提携から始まりました。Bumbleでは、ユーザーがGoogleウォレット内に保存したデジタルIDを利用し、その中に組み込まれたゼロ知識証明によって年齢確認を行います。つまり、誰が何歳かをBumbleが知る必要はなく、「年齢制限を満たしていること」だけが保証されるのです。このように、アプリの運営者にもユーザーにも安心をもたらす仕組みとなっています。

さらにGoogleは、このゼロ知識証明の仕組みを広く使えるよう、モバイル端末やウェブサービスと連携できるAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)として公開しています。英国ではパスポート情報からデジタルIDを生成し、交通機関の割引パスの利用資格確認に活用する事例も始まっています。また、米国では運転免許証や州発行のIDと連携し、空港の保安検査や公的手続きでも応用され始めているのです。

この一連の動きの背景には、年齢確認や本人確認の需要が増す一方で、プライバシー保護に対する社会的な感度が高まっているという現状があります。従来の方法では、確認のために必要以上の情報が求められ、その管理にもリスクが伴っていました。ゼロ知識証明の導入によって、Googleは「情報を“見せる”のではなく、“証明する”」という新たな道筋を示したともいえるでしょう。

Googleがこうした革新的な技術を、単なる実験ではなく、日常のサービスに本格的に組み込んできた点には本当に驚かされます。しかもこの技術は、閉じた仕組みの中にとどまらず、他の企業やサービスでも活用できるよう、オープンソース化される方向で進められているのです。技術の透明性と拡張性を重視する姿勢は、Googleがゼロ知識証明を単なるトレンドとしてではなく、将来を見据えた重要なインフラ技術として捉えていることの表れでしょう。

まとめ – ゼロ知識証明が拓く信頼とプライバシーの新時代

ゼロ知識証明は、あなたの大切な情報を守りながら、必要なことだけをスマートに証明できる画期的な技術です。「見せずに伝える」というこの仕組みは、プライバシー保護とセキュリティを両立し、オンラインでの「証明」のあり方を大きく変えようとしています。zk-SNARKsやzk-STARKsといった進化する技術が、すでにGoogleのような大企業にも導入され始めていることからも、その未来への期待がうかがえます。

我々、トレードログ株式会社は、この記事で解説したゼロ知識証明をはじめとするブロックチェーン技術の最前線で開発を進めています。ブロックチェーンを用いた認証・管理システムの導入をご検討されている方は、ぜひ当社までお問い合わせください。貴社の課題やビジネス要件に応じた最適なソリューションをご提案し、安心と信頼のデジタル社会の実現を共に目指します。

【2025年最新版】スーパーマーケット業界で進むブロックチェーン導入|食品トレーサビリティの実例を紹介

食品の安全性や流通の透明性に対する関心が世界的に高まる中、スーパーマーケット業界ではブロックチェーン技術の導入が加速しています。この記事では、代表的な4つの事例を通じて、ブロックチェーンが「食の信頼性」と「業務効率化」の両立をいかに実現しているのかを詳しく紹介します。

そもそもブロックチェーンとは?

ブロックチェーンは、サトシ・ナカモトと名乗る人物が2008年に発表した暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと、「取引データを暗号技術によってブロックという単位にまとめ、それらを鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持する技術」です。一般的なデータベースとは異なり、中央管理者が存在せず、ネットワークに参加する複数のコンピュータ(ノード)が対等な立場でデータを管理する「P2P型(ピア・ツー・ピア)」の仕組みを採用しています。

従来のクライアントサーバ型のデータベースでは、単一の中央サーバーがデータを管理しますが、これには「単一障害点(SPOF:Single Point of Failure)」というリスクがあり、サーバーが攻撃や故障により停止すると、システム全体が機能しなくなる可能性があります。一方、ブロックチェーンでは、すべてのノードが同じデータを保持するため、一部のノードがダウンしてもネットワーク全体の運用に影響を与えません

また、ブロックチェーンのデータはその名前の通り、一定量の取引情報を1つの「ブロック」にまとめ、それを時系列順に「チェーン」のようにつなげていくことで管理されます(各ブロックチェーンによってブロック生成・承認の仕組みは異なるのですが、ここでは代表的なブロックチェーンであるビットコインを例に説明します)。このブロックをつなぐ際に使われるのが「ハッシュ値」と呼ばれる識別子です。

ハッシュ値とは、あるデータを関数(ハッシュ関数)に入力すると得られる一意の数値のことで、「あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成される」という特徴を持ちます。いわば、指紋のようなものですね。これにより、過去のデータが変更された場合、そのブロック以降のハッシュ値がすべて変わってしまうため、不正を検知しやすくなっています。

さらに、新たなブロックを生成するには、ある特定の条件を満たすハッシュ値を導く必要があります。ブロックの生成者は変数(=ナンス)を変化させながら、ブロックのハッシュ値を計算していき、最初に条件を満たすハッシュ値を見つけた作業者(=マイナー)が、そのブロックの追加権を得て、報酬として新しい暗号資産を獲得する仕組みです。

しかし、この一連のプロセス(=マイニング)には膨大な計算リソースが必要であり、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となるため、現実的には改ざんがとても難しいシステムとなっています。

詳しくは以下の記事で紹介しています。

このような特性を持つブロックチェーンは、金融分野だけでなく、サプライチェーン管理やカーボンクレジット取引など、データの透明性と信頼性が求められる分野で幅広く活用されています。次のセクションでは、スーパーマーケット業界においてブロックチェーンがどのように利用されているのか、具体的な事例を紹介していきます。

スーパーマーケット業界のブロックチェーン導入事例4選

ブロックチェーンの基本を押さえたところで、ここからはスーパーマーケット業界における具体的な導入事例を見ていきましょう。それぞれの事例について、どのような課題を解決し、どんなメリットをもたらしているのかを詳しく解説します。

ウォルマート(Walmart)社

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「これはどこで作られたものなの?」「食品表示は本当に正しい情報なの?」。こうした疑念を拭っているスーパーがどれだけあるでしょうか。食品の安全性がこれほどまでに問われる時代、アメリカ最大手の小売企業であるウォルマート(Walmart)は、ある革新的な一手を打ちました。それが、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティの導入です。食材がどこで生産され、どんな経路を通って店頭に並んだのか、その全てを一目でわかるようにするという取り組みです。

元々ウォルマートは「毎日低価格」を掲げ、世界中から商品を大量に調達しています。その規模の大きさゆえ、流通経路は複雑化し、万が一食品に問題が起きたときには「どこで何が起きたのか」を特定するまでに時間と労力がかかるという課題を抱えていました。特に、2018年に起きたロメインレタスによる大腸菌感染事件では、どの生産ロットのロメインレタスがO-157に感染しているかを特定できず、大量廃棄によって何百万ドルもの損失が出たといいます。

こうした問題に対し、ウォルマートが選んだのがブロックチェーンの導入でした。「誰が」「いつ」「何を」登録したかという履歴を改ざんできない状態で残せるため、透明性と信頼性に優れており、同社はIBMと共同で開発した「IBM Food Trust(アイ・ビー・エム フードトラスト)」という仕組みを導入することで、農場から店頭までの情報をすべて記録し、即座に確認できるようにしたのです。

このプロジェクトの注目すべき点は、「食の履歴書」とも呼べるような詳細な情報が、バーコードひとつで確認できることです。以前は調達経路の特定に7日ほどかかっていたところを、今ではわずか2.2秒で追跡できるようになりました。したがって、このリアルタイム性を活用すれば、ただの危機対応ツールとしてではなく、ビジネス全体の質を引き上げる武器としても活用することもできます。例えば、リアルタイムで食品の鮮度や流通状況がわかるようになれば、どこかで流れが滞っているかもすぐに把握できます。これによって、いわゆる「ボトルネック」を早期に解消し、調達コストを抑えることにもつながるでしょう。

同社ではこうしたブロックチェーンの活用先を模索する動きが活発であり、中国で行った豚肉のトレーサビリティ実験では、偽装問題への対応でも効果が確認されました。これは、食品の情報を改ざんできないというブロックチェーンの特性が、まさに食品業界の悩みどころに刺さった好例となっており、2019年には中国での物流やサプライチェーン強化のため、今後10~20年間で80億元(約1200億円)を投資することも発表しています。

このように、ウォルマートは、単なる小売業者としての立場を超えて、食品業界そのものを再構築しようとしています。今の時代、「どこで、どのように作られたか」を気にする人は少なくありません。それだけに、「安全ですよ」と口で言うだけでなく、データで証明できるということは、ブランドの信頼に直結します。食べる人に安心を、扱う人に効率を。そんな両立を可能にするテクノロジーが、スーパーマーケットの舞台裏で静かに、しかし着実に浸透しています。

カルフール(Carrefour)社

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食品の安全性や倫理性にブロックチェーンを活用する取り組みをしているのは、ウォルマート社に限ったことではありません。フランスの大手スーパーマーケット、カルフール(Carrefour)でもまた、同様の挑戦が行われています。同社が本気で取り組んでいるのは「透明性」です。それも、パッケージの裏にちょこっと書かれた「産地:フランス」というレベルの話ではありません。

カルフールはブロックチェーンを活用して、鶏肉ブランド「Calidad y Origen」に徹底した追跡機能を組み込みました。商品のパッケージにはQRコードがついており、それをスマートフォンで読み取ると、鶏がどこで生まれ、いつどこで加工されたかが簡単に見られる仕組みです。それだけでなく、使用された飼料や抗生物質の有無、さらには店舗に届くまでの経路までわかるというから驚きです。

この取り組みの背景には、「Act for Food(アクト・フォー・フード)」というカルフールの企業プログラムがありました。これは単なるブランディング戦略ではなく、食の安全と持続可能性を真剣に考える企業の姿勢を反映したものです。実際、カルフールもIBMと連携して前述の「IBM Food Trust」というネットワークに参加し、グローバル規模で食品の信頼性を向上させる仕組みづくりに力を注いでいます。このネットワークにより、カルフールは鶏肉だけでなく、牛乳や果物、その他さまざまな食品にもブロックチェーン追跡を広げていく方針を打ち出しています。

同社ではブロックチェーンを導入することで、食品のトレーサビリティは従来の何倍もの精度とスピードで実現できるようになりました。これにより、「見た目が新鮮だから安心」「有名ブランドだから大丈夫」といった曖昧な信頼ではなく、「この鶏は抗生物質を使わず、自然に近い環境で育ったから選ぼう」といった明確な基準で判断できるようになります。これは、食べる側としても安心感が違いますし、正直な農家や生産者にとっても大きなメリットです。信頼に値する食品こそが、きちんと選ばれる時代になったということなのです。

こうしたカルフールの姿勢は、ただ消費者の関心を引くだけではありません。業界全体に「本当に信頼できる情報とは何か?」という問いを投げかけ、透明性を武器とする競争を生み出していく可能性を秘めています。まだまだブロックチェーンの導入事例は多くはありませんが、カルフールのように実用段階まで押し上げた企業があるという事実は、未来の食品業界の在り方を示す灯台になるのではないでしょうか。

アルバート・ハイン(Albert Heijn)社

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サプライチェーンの透明化がいかに重要かは、前述の事例からもおわかりいただけたかと思います。しかし、ウォルマート社やカルフール社のように、取り扱う商品の多くでトレーサビリティを担保するのは、コストの観点からあまり現実的ではありませんよね。そこで、まずは一商品群(ブランドライン)だけ集中的に取り組むという方法もあります。実際にそのようなアプローチをとっているのが、オランダ最大手のスーパーマーケット「アルバート・ハイン」です。

同社が選んだのは、自社ブランドのオレンジジュース。なぜ数ある商品の中からジュースだったのか?背景には、果実の産地や品質が味に直結するという特性があります。ジュースは見た目だけでは判断がつかず、飲んでみるまでどんな果物が使われたのかがわかりづらい。その上、子供も口にする機会が多い食品の一つです。そのため、顧客から「本当にこれは安心して飲めるものなのか?」という声が上がることも珍しくありません。アルバート・ハインは、こうした不安を払拭するために、オレンジジュースの生産から輸送までの情報を“見える化”する取り組みに乗り出しました。

この取り組みでパートナーとなっているのが、ジュース製造を手がけるレフレスコ社。オレンジの収穫地であるブラジルから、商品が店頭に並ぶオランダまでの全行程を記録し、それを顧客が手軽に確認できるよう、ジュースのパッケージにQRコードを印刷しました。スマートフォンでそのコードを読み込めば、農園の場所や収穫時期、果実の甘みの度合い、加工施設、流通ルートといった詳細な情報にアクセスできる、という仕組みです。中でも個人的に興味をひかれたのは、栽培農家ごとの格付けが表示される点です。環境負荷の少ない方法で育てているか、品質に対してどれほどの評価を受けているかなど、普段は知り得ない裏側にまで触れることができます。

さらに驚くべきは、「Like2Farmer」というオプションです。これはジュースを買った顧客が、生産者に対してチップを贈れる仕組みです。自分が飲んだジュースに感動したら、その思いをダイレクトに届けることができるという点で、どこか機械的になりがちな消費と生産の関係に、人と人との温度を持ち込むユニークな試みといえるでしょう。「おいしかった」「いい仕事をしていると思う」そんな気持ちを直接届けられる機会は、これまでの買い物ではなかなか得られなかった体験です。

いまや消費者は、単に「安くておいしい」だけでは満足しなくなりました。どのように作られ、どんな思いが込められているかを知ることが、選ぶ理由になります。アルバート・ハインのような動きが広がっていけば、スーパーの棚に並ぶ商品の見え方も、きっと今までとは違ってくるのではないでしょうか。透明性が信頼につながる、ということを実感させてくれる、注目すべき事例です。

シュナックス(Schnucks)社

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シュナックス(Schnucks)社が進めるローカルサプライチェーンの強化には、アメリカ中西部ならではの事情が色濃く反映されています。セントルイスを拠点とし、ミズーリ州やイリノイ州、ウィスコンシン州など5つの州に展開するこのスーパーマーケットチェーンは、地元農家との結びつきを深めながら、食品の地産地消を推し進めてきました。しかし、全113店舗に安定して地元食材を供給するには、従来のアナログな取引や人的なネットワークだけでは限界があったようです。

そこでシュナックスが選んだのが、テクノロジー企業フードシェッド(Foodshed.io)との提携です。フードシェッドは、ブロックチェーン活用のデジタル物流プラットフォームを運営しており、彼らとの連携を通じて地域の小規模農家と都市部の消費者をブロックチェーン技術でつなぐ、信頼性の高いローカルサプライチェーンの構築を目指しました

このプロジェクトの中核にあるのは、取り扱う食材の収穫日や産地といった情報を即時に共有できる仕組みです。農家が出荷した作物の産地や収穫時期、配送状況などの詳細な情報が、第三者の介入なしにシステム上で即座に反映されるため、シュナックスは各店舗との地理的条件を満たす農場をより簡単に特定でき、短い配送時間で鮮度の高い農産物を調達することができます。

また、フードシェッドのシステムでは、農家が栽培している作物をオンラインで出品し、それを見たスーパーマーケットやレストランなどのバイヤーが必要な量を即座に注文することができます。こうした双方向のやりとりが可能になることで、需給のミスマッチを防ぎやすくなり、在庫の過不足にも柔軟に対応できるようになりました。言い換えれば、これは小規模農家にとっても販売先の確保や価格の安定につながる重要なステップといえるでしょう。

シュナックス社は、2020年までに地元農家から年間500万ドル以上の農産物を購入するという目標を掲げていましたが、こうした技術の導入により、その達成可能性も現実味を帯びてきたといえるでしょう。さらに同社は最近、自然食品やオーガニック商品に特化した新しいコンセプトストアの開発にも乗り出しており、そのなかでも地元産の素材を中心に取り扱う方針を打ち出しています。地元農家との関係は「あると助かる」レベルのものではなく、今や事業戦略の中核にまで育ってきているのです。

振り返れば、パンデミック下でサプライチェーンが混乱し、輸送ルートや在庫確保に頭を抱える企業が相次いだことも、ローカル調達の必要性を再認識させるきっかけとなりました。農産物を数千キロ離れた産地から取り寄せるのではなく、半日もあれば届く距離にある農場と直につながる。多くの企業が大規模な効率化を追い求める一方で、地域の農業を支えながら非常時にも機能し続けるサプライチェーンを構築しようとするその姿勢には、これからの食の在り方を変えていく力があると感じずにはいられません。

国内のスーパーマーケットがブロックチェーンに注目している理由

これまでに紹介したように、ウォルマートやカルフールといった海外の大手スーパーマーケットは、すでにブロックチェーン技術を活用して食品の透明性やトレーサビリティを強化する取り組みを進めています。こうした流れは、近年日本国内のスーパーマーケット業界にも波及し始めています。

日本では「安心・安全」というキーワードが消費者の購買行動に深く結びついており、食品偽装や表示ミスなどの不祥事に対する目も厳しさを増しています。また、物流の効率化や人手不足への対応など、流通現場が抱える課題も複雑化している中、データの信頼性を確保しつつ業務の合理化を図る手段として、ブロックチェーンに注目する企業が徐々に増えているのです。

以下では、日本国内のスーパーマーケットがブロックチェーンに期待する理由について、背景や動機を掘り下げていきます。

食の安全を担保するため

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「国産」「無添加」「天然」といった表示を信じて購入した食品が、実際には偽装されていた―。こうした事件は過去にも何度も起きており、そのたびに企業の信用は大きく揺らいできました。大手食品会社による国産牛肉偽装事件や、百貨店でのエビの種類誤表示、さらには「熊本県産」と偽られた中国産アサリなど、どれも消費者の信頼を深く傷つける出来事でした。

近年では、学校給食の現場でも表示偽装が発覚し、「子どもに安心できる食材を与えたい」と願う保護者たちを不安にさせる事態も起きています。こうした不祥事の根底には、「情報の不透明さ」と「チェック機構の限界」があります。

この点でブロックチェーンは、信頼できる新たな仕組みとして注目されています。というのも、ブロックチェーンは一度記録された情報を改ざんすることがほぼ不可能で、生産者・加工業者・流通業者など、すべての関係者の履歴を時系列で見える化できるからです。事例でも紹介したような、消費者がQRコードを読み取るだけでその商品が「どこで、誰によって、どのように」作られたのかを確認できる、信頼構築の仕組みとしてスーパーマケット業界から強い関心が寄せられているのです。

他社の食品と差別化を図るため

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スーパーマーケットの売り場は、しばしば類似する商品が並び、どうしても価格競争に陥りやすいという構造があります。しかし、価格以外の軸で選ばれる商品となるために、ブロックチェーンは大きな可能性を秘めています。つまり、商品の「差別化ツールとしてのブロックチェーン」です。

例えば、「この野菜は有機栽培で育てられたもの」「この魚は資源を守る漁法で水揚げされた」といった情報を、信頼性のある形で提示できれば、商品の価値は一段と高まります。特に近年では、環境配慮や動物福祉を意識したエシカル消費が広がりを見せており、「物語のある食品」に対する消費者の関心が強まっています。言い換えれば、トレーサビリティに優れた商品は「高くても選ばれる」存在になりつつあるのです。

ブロックチェーンは、こうした背景やストーリーといった付加情報を、改ざんのリスクなく提示することができます。今までは単なる文字情報に過ぎなかった原材料の産地情報は、「どの農家が育てたか」「どんなこだわりがあるか」といった一歩先までを伝えることで、企業は価格に依存しないブランド価値の確立や、ファン層の獲得につながる可能性も生まれてきます。こうした消費者の共感を得るブランディングの一環としても、ブロックチェーンは注目を集めているのです。

廃棄される食品を減らすため

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日本では、まだ食べられるにもかかわらず廃棄される「食品ロス」が年間500万トン以上に上るとされています。その要因の多くは、賞味期限切れによる店頭での廃棄や、過剰な在庫による廃棄です。

この課題に対しても、ブロックチェーンは有効な手段となり得ます。というのも、ブロックチェーンは別名の「分散型台帳」として、流通業者・倉庫・小売店といった複数の関係者が、リアルタイムで同じ情報を共有できる仕組みを持っています。従来のシステムでは、各事業者が個別に在庫データを持ち、情報の更新にも時間差が生じることが多くありました。しかし、ブロックチェーンを使えば、商品のロット番号・賞味期限・在庫状況といった情報を一元管理でき、誰が見ても「今どこに何が、どれだけあるか」がひと目で分かるようになります。

「A店舗では売れ残っているが、B店舗では欠品している」といった場合も、即時に把握して再配送の判断ができるため、結果的にフードロスの削減につながります。さらには、スマートコントラクトと呼ばれる契約自動化のプログラムを用いれば、「賞味期限が迫った商品を自動で値下げ」「特定日までに売れなければ寄付に回す」といった処理も自動化が可能です。

このように、食品廃棄という社会課題に対し、ブロックチェーンは「現場で使える」解決策として実装が検討され始めています。

ブロックチェーン導入はムズかしい!?開発における課題とハードル

華々しい導入事例が注目を集める一方で、ブロックチェーンの実装には少なからぬハードルが存在します。特にスーパーマーケットのような業態にとっては、最先端の技術導入は「思ったよりハードルが高い」と感じることも少なくありません。ここでは、企業が直面しがちな課題を整理し、今後の展望を考えます。

技術者不足

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まず大きな壁となるのが、ブロックチェーン開発に関する人材の不足です。一般的なWebアプリケーション開発と異なり、ブロックチェーン特有の構造(スマートコントラクト、コンセンサスアルゴリズム、秘密鍵・公開鍵など)を理解し、実装できるエンジニアはまだ限られています。

また、オープンソースのチェーンなどを利用してブロックチェーンを活用したプロジェクトを自社で新規に立ち上げようとしても、多くのケースですでに導入しているPOSレジや在庫管理システムとの連携が大きなハードルとなります。これは、冒頭でも説明したように、ブロックチェーンはあくまで正確な取引履歴を維持する技術に過ぎず、周辺システムとの橋渡しが必要不可欠だからです。

したがって、実際に導入する際にはシステム構築を外部に依頼することになりますが、その際にも社内にノウハウが蓄積されないという技術的空洞化への対策や、「うちは古いシステムだから対応できるか不安」「カスタマイズにどれくらい時間と費用がかかるのか読めない」といった現場の声をうまくヒアリングできる、伴走支援型の開発企業を選ばねばなりません

このような「システム開発力」と「プロジェクト推進力」を兼ね合わせた企業はあまり多くはなく、今後は、スーパーマーケットにおいてもパートナー選定の目利き力が問われるようになるでしょう。

運用コスト

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ブロックチェーンは「一度導入すれば終わり」の技術ではありません。ネットワークを構成するノードの維持管理や、スマートコントラクトの定期的な更新、セキュリティを担保するための監視体制の構築など、導入後も継続的なコストが発生します。

また、社内の既存システムとの連携調整や、現場オペレーションに新しい仕組みを浸透させるための教育・運用設計にも相応の工数がかかります。こうした点が、特にリソースの限られる中小規模のスーパーマーケットにとっては、大きなハードルとなることも少なくありません。

さらに、「どれだけの費用をかけて、どれだけの効果が得られるのか?」という費用対効果の不透明さは、導入を躊躇させる要因のひとつです。実際、ブロックチェーンに対する期待感が先行する一方で、「思ったより使いこなせない」「運用コストに見合わない」としてプロジェクトが途中で頓挫するケースもあります

こうしたリスクを回避するには、最初の設計段階で「オンチェーンに載せる情報」と「オフチェーンで管理すべき情報」を精査し、どのチェーンを用いるのが適切かを判断する必要があります。過去に類似の業界での開発経験を持ち、実績あるプロジェクトを多数手がけてきた企業に依頼すれば、こうした運用コストの最適化も現実的に目指せるでしょう。

ブロックチェーンの「採用」が目的となってしまっている

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導入事例が増えているから、競合も取り組んでいるから―。こうした動機でブロックチェーンを導入しようとする企業も増えていますが、意外と見落とされがちなのが「導入そのものが目的化してしまう」という落とし穴です

本来、ブロックチェーンは「なぜその課題にブロックチェーンが適しているのか?」という視点、いわゆる“Why Blockchain?”が問われる技術です。透明性・改ざん耐性・分散性といった技術特性を真に必要とする領域に絞って活用しなければ、ただ手数料(ガス代)がかかるだけの「名ばかりプロジェクト」に終わってしまいます。

特に、サプライチェーンや食品流通などの分野では、ブロックチェーンを導入することで現場オペレーションに変化が生じます。そのため、「とりあえず使ってみよう」ではなく、業務フロー全体を理解したうえで「どの課題に、どう効くのか?」を明確にしなければなりません。

残念ながら、大手企業の新規事業部門などでは、話題性を優先するあまり、こうした本質的な視点を欠いたままプロジェクトが進行することもあります。そして数年後、「気づけば更新も止まり、関係者もいなくなっていた」といったケースは決して珍しくありません。

だからこそ重要なのは、単にブロックチェーンを導入することではなく、「本当に必要な場面で、必要な形で」使うという姿勢です。そのためにも、現場の業務に精通し、技術導入の目的をしっかりと擦り合わせてくれる開発パートナーの存在が鍵となるのです。

まとめ

食品の安全性とトレーサビリティがかつてないほど重要視されている今、スーパーマーケット業界においてブロックチェーンは単なる技術にとどまらず、信頼を担保する基盤となりつつあります。調達経路の可視化、偽装の防止、流通の最適化といった課題に対し、ブロックチェーンは強力なソリューションを提供しています。

本記事で紹介したような先進企業の取り組みは、消費者の安心感を高めるだけでなく、業務プロセスの効率化やコスト削減といった経営的なメリットにも直結しています。こうした動きは今後、業界全体に波及していくことでしょう。

トレードログ株式会社では、非金融分野のブロックチェーンに特化したサービスを展開しております。ブロックチェーンシステムの開発・運用だけでなく、上流工程である要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援をおこなっております。

ブロックチェーン開発で課題をお持ちの企業様やDX化について何から効率化していけば良いのかお悩みの企業様は、ぜひ弊社にご相談ください。貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

ペット業界で進むブロックチェーン活用|NFTや血統証明の最新事例4選

ブロックチェーンといえば金融や暗号資産の文脈で語られることが多い技術ですが、実はペット業界でもその活用が進み始めています。本記事では、ペットロスの癒しから純血種の証明、さらには保護動物の履歴管理まで、ブロックチェーンがどのようにペットとの暮らしを支えているのか、具体的な事例を交えてご紹介します。

そもそもブロックチェーンとは?

ブロックチェーンは、サトシ・ナカモトと名乗る人物が2008年に発表した暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと、「取引データを暗号技術によってブロックという単位にまとめ、それらを鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持する技術」です。一般的なデータベースとは異なり、中央管理者が存在せず、ネットワークに参加する複数のコンピュータ(ノード)が対等な立場でデータを管理する「P2P型(ピア・ツー・ピア)」の仕組みを採用しています。

従来のクライアントサーバ型のデータベースでは、単一の中央サーバーがデータを管理しますが、これには「単一障害点(SPOF:Single Point of Failure)」というリスクがあり、サーバーが攻撃や故障により停止すると、システム全体が機能しなくなる可能性があります。一方、ブロックチェーンでは、すべてのノードが同じデータを保持するため、一部のノードがダウンしてもネットワーク全体の運用に影響を与えません

また、ブロックチェーンのデータはその名前の通り、一定量の取引情報を1つの「ブロック」にまとめ、それを時系列順に「チェーン」のようにつなげていくことで管理されます(各ブロックチェーンによってブロック生成・承認の仕組みは異なるのですが、ここでは代表的なブロックチェーンであるビットコインを例に説明します)。このブロックをつなぐ際に使われるのが「ハッシュ値」と呼ばれる識別子です。

ハッシュ値とは、あるデータを関数(ハッシュ関数)に入力すると得られる一意の数値のことで、「あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成される」という特徴を持ちます。いわば、指紋のようなものですね。これにより、過去のデータが変更された場合、そのブロック以降のハッシュ値がすべて変わってしまうため、不正を検知しやすくなっています。

さらに、新たなブロックを生成するには、ある特定の条件を満たすハッシュ値を導く必要があります。ブロックの生成者は変数(=ナンス)を変化させながら、ブロックのハッシュ値を計算していき、最初に条件を満たすハッシュ値を見つけた作業者(=マイナー)が、そのブロックの追加権を得て、報酬として新しい暗号資産を獲得する仕組みです。

しかし、この一連のプロセス(=マイニング)には膨大な計算リソースが必要であり、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となるため、現実的には改ざんがとても難しいシステムとなっています。

詳しくは以下の記事で紹介しています。

このような特性を持つブロックチェーンは、金融分野だけでなく、サプライチェーン管理やカーボンクレジット取引など、データの透明性と信頼性が求められる分野で幅広く活用されています。次のセクションでは、ペット業界においてブロックチェーンがどのように利用されているのか、具体的な事例を紹介していきます。

ペット業界のブロックチェーン導入事例4選

ブロックチェーンの基本を押さえたところで、ここからはペット業界における具体的な導入事例を見ていきましょう。それぞれの事例について、どのような課題を解決し、どんなメリットをもたらしているのかを詳しく解説します。

PETBO:デジタル時代に寄り添う、NFT活用のペット供養

出典:PR TIMES

ペットとの日々は、日常に寄り添う静かな幸福に満ちています。しかし、そうしたかけがえのない時間も、やがて訪れる別れによって形を変えていきます。「ペットロス」という言葉があるように、長年ともに過ごした家族を失う喪失感は計り知れませんよね。そうした深い悲しみを少しでも和らげ、思い出を手元に残したいという気持ちから生まれたのが、スマートシニア株式会社が開発した「PETBO(ペットボ)」です。

このサービス、一見するとシンプルな写真立てに見えるかもしれませんが、ブロックチェーン技術を活用することで、思い出を「NFT(非代替性トークン)」としてデジタル化することに成功しています。NFTとは簡単にいえば、「本物であることを証明できるデジタルデータ」を意味します。通常の画像や動画は簡単にコピーができますが、NFTには所有者や履歴といった情報がブロックチェーン上に記録されており、情報としての価値がデジタル上でも保証される仕組みです。

近年では、ティファニーやグッチといった高級ファッションブランドもデジタル資産の真正性を保証する手段としてブロックチェーンを活用しており、ペット業界においてもこのアイデアをお墓にも生かすことで、大切なペットの姿や声、しぐさまでもを永遠に記録し、デジタル上で「所有」することが可能になります。

また、PETBOはお墓としての機能に加えて、小さな納骨カロートを備えており、毛や遺灰を収めることができます。火葬や葬儀と組み合わせれば、物理的な供養も含めて一連の儀式を完結させることもできるでしょう。QRコード付きのフォトフレームという設計もユニークで、スマートフォンで簡単にスキャンすれば、保存された写真や動画をすぐに呼び出すことができます。遠方の霊園に足を運ばずとも、常にペットの存在を感じながら日常を過ごすことができるのは、喪失感を軽減させる上で欠かせない要素ですね。

このように、PETBOは単なる墓石ではありません。私たちはかつて、骨壺や墓石といった「物」によって大切な存在を偲んできましたが、デジタルという記録が、より心に寄り添う形で記憶を保持してくれる時代になってきたのです。ブロックチェーンというと耐改ざん性ばかりに焦点が当てられがちですが、「不変の思い出」の保存技術というユースケースを提示している点で、興味深い事例です。

秋田犬保存会:分散型システムで守る「忠犬」の血統

出典:秋田犬保存会

日本が世界に誇る国の天然記念物、秋田犬は、「ハチ公」などを通じて海外でもその存在が知られるようになり、年々その人気は高まっています。実際、秋田犬保存会の海外会員数も、増加の一途をたどっており、2023年には海外会員が約500人にまで達しました。しかし、こうしたグローバルな関心が高まる一方で、偽造と紛失の問題に悩まされているのもまた事実です。

現在、主流となっている紙の血統書は国際郵便の途中で紛失するケースが相次いでおり、秋田犬人気がピークを迎えた中国では、過去に偽造された血統書が何十件も出回るという騒動もありました。純血種は、長年にわたる計画的な繁殖によって、特定の外貌、性格、能力を受け継いでいます。したがって、本物かどうか見分けがつかないという事態は、純血種の価値そのものを揺るがす深刻な問題なのです。

そこで、秋田犬保存会が解決策として目をつけたのが、暗号資産(いわゆる仮想通貨)にも使われているブロックチェーン技術です。同団体はこの技術を応用し、地元のIT企業「Meta Akita」と、サンフランシスコを拠点とする米国企業「Heirloom Inc.」と共にデジタル血統証明書を発行する画期的なシステムを開発しました。

新たに導入されたデジタル血統証明書では、スマートフォンのアプリで書類を管理でき、従来は1週間から2週間かかっていた受け取りも、最短で即日対応が可能になりました。デジタルデータの耐改ざん性を担保することで、紙の書類では不可能だったスピード感と、安全性が同時に手に入るようになったわけです。したがって、海外にいる飼い主でも、安心して秋田犬を迎え入れることができますし、書類の紛失を気にする必要もなくなりました。

さらに注目すべきは、この技術導入が秋田犬の保存や普及にとどまらず、次世代へのアピールにもつながるという点です。デジタルネイティブ世代の若者にとって、スマホで完結できるシステムは非常に馴染み深く、前時代的な手続きのハードルを大きく下げてくれるはずです。これには保存会自身も、「若い世代に秋田犬を知ってもらうきっかけになれば」と期待を寄せています。

「紙からデジタルへ、地域から世界へ」。血統という可視化しにくい価値を、テクノロジーで確かに守り抜こうとするこの挑戦は、ただのシステム更新ではありません。日本発の忠実な犬種が、確かな証明とともに世界の舞台でさらに愛されていく未来を支える土台づくりともいえるでしょう。

Blockpet:ペットの顔でつながる新しい経済圏

韓国発のスタートアップ「Blockpet(ブロックペット)」は、ペット愛好家の心をがっちりつかむユニークなプラットフォームを展開しています。同社ではブロックチェーン技術を活用して、ペット専用のSNSコミュニティと報酬システムを組み合わせたサービスを展開していますが、これは単に飼い主がペットの可愛い写真を投稿するアプリではありません。顔認証技術を使ってペットの個体識別を行い、その情報をもとに専用ウォレットを生成して固有のIDを与えるという、まるで近未来のような仕組みが導入されています。

「SNSだったらわざわざオンチェーンじゃなくてもよくない?」という疑問を抱かれる方もいるかもしれませんが、このSNSではユーザーがペットの写真や動画を投稿すると、その貢献に応じて報酬が得られるシステムになっています。これらの報酬を、ブロックチェーンの仕組みを活かして発行することで、不正が起こりにくく、透明性も確保された、いわばペット版の「投稿して稼ぐ」経済圏を築いているわけです。

この仕組みには、韓国のメッセージアプリ「Kakao(カカオ)」のパブリックブロックチェーンである「Klaytn(クレイトン)」が採用されています。Klaytnは信頼性と拡張性に優れた基盤で、個人情報の保護を前提としつつ、安心してペット情報を管理・共有できる環境を整えており、これまでペットのSNSといえば、InstagramやTikTokのような既存プラットフォームを利用するのが主流でしたが、Blockpetはその常識を覆し、「ペットのためのSNS」という新たな領域を築いているのです。

また、Blockpetが力を入れているのが、迷子や捨て犬・捨て猫の防止につながる仕組みです。スマートフォンでペットの顔を撮影すると、AIが自動で顔の特徴を抽出し、それをもとに個体を特定する機能が搭載されています。これによって、保護施設などで迷子のペットを見つけた際に、誰のペットかを特定するのが以前よりもはるかにスムーズになるのです。登録プロセスもシンプルで、スマホ一台あればすぐに始められる点も、多くの飼い主にとって導入のハードルを下げているといえるでしょう。

このような取り組みは、ペット業界の未来像を変える可能性すら秘めています。Blockpetは、韓国の投資会社TS Investmentの子会社であるAccelerator New Paradigm Investmentから出資を受けており、その成長への期待が現実味を帯びています。Blockpetは、ペットとの生活をより楽しく、より安心に、そしてよりインタラクティブにしてくれる存在になりつつあるのかもしれません。人と動物の関係をテクノロジーで豊かにする——そんな未来が、いよいよ現実になってきています。

LOOTaDOG:ブロックチェーンがつなぐ、寄付と散歩の新しい形

出典:LOOTaDOG公式サイト

「愛犬との散歩を、社会貢献につなげられたら」。そんなちょっと不思議で温かなアイデアから生まれたのが、トークン報酬がもらえるお散歩アプリ「LOOTaDOG(ルータドッグ)」です。トークン、と聞くと少し難しく感じるかもしれませんが、ユーザーの操作はスマートフォンを持って犬の散歩に出かけるだけ。歩いた距離やアプリ上での活動に応じて自動的にトークンが蓄積され、その一部が保護動物のために役立てられる仕組みで、愛犬との散歩が、少し特別なものに変わっていきます。

アプリの機能としては、ゲーム感覚で楽しめる要素も多く用意されています。例えば、散歩を重ねることで「デジタルわんこ」と呼ばれるキャラクターが育っていく仕組みや、NFC(近距離無線通信)機能を搭載した「Petfile」という名刺型のカードを使って、他の飼い主やペットとリアルに繋がれる機能も注目されています。名刺をかざすだけで、ペットの情報をスムーズに交換できるという機能は、イベントなどでも重宝されているようです。

街なかではすでに、LOOTaDOGと提携したペットショップやカフェに、専用のQRコードが設置される取り組みも進んでいます。こうした場所では、アプリを通じた特典が受けられたり、同じ愛犬家同士が自然とつながったりする仕掛けが用意されており、オンラインとリアルがうまく融合している印象を受けます。

アプリを開発・運営しているのは、「LOOTaDOG Japan」と「LehmanSoft」という二つの企業で、LOOTaDOG Japan社は東京を拠点とし、散歩記録や健康管理、他ユーザーとの交流までを一つのアプリにまとめています。一方で、オーストラリア発のLehmanSoft社は、同じくLOOTaDOGを通じて、保護犬・保護猫支援に暗号資産を活用する試みにも取り組んでいます。この両者の強みを融合させ、ブロックチェーンを活用して寄付の透明性を高めることで、寄付がどこへ届いたのかを明確に把握でき、信頼性の面でも大きな強みになっています。

さらに、このプロジェクトは2024年に「Japan Open Chain(JOC)」という日本発のパブリックチェーン上で展開されることが発表されました。JOCはNTTやソニーグループ、電通などの日本企業によって共同で運営されており、Ethereum(イーサリアム)というブロックチェーンと互換性がありながら、より低コスト・高速な処理を実現しています。このチェーン上での活動により、LOOTaDOGは銀行発のステーブルコイン(価格が安定した仮想通貨)を用いた寄付の実証実験にも乗り出しています。

ペットとの日常に、さりげなくテクノロジーが寄り添う時代。LOOTaDOGのような存在が、散歩という日課の中に小さな社会貢献の仕組みを溶け込ませていく光景には、本当に驚かされます。飼い主と愛犬、そのつながりが、少しずつ、でも確実に世界を良くしていく。そんな未来を感じさせてくれるプロジェクトです。

なぜペット業界がブロックチェーン導入を始めている?

近年、ブロックチェーン技術は金融業界だけでなく、医療や物流、そしてペット業界といった意外な領域にも広がりを見せています。なぜ、ペット業界がこの先端技術に注目し始めているのでしょうか?

その背景には、消費者意識の変化と、業界特有の課題が存在しています。

理由①:ペットの家族化が進み、消費行動が変化しているから

出典:PR TIMES

「ペットは家族」。この価値観はもはや特別なものではなく、社会全体に広がりつつあります。アイペット損害保険株式会社の調査によると、ペット関連支出が前年比で増えた人の割合が43%となり、ここ3年で約20ポイントも増加しています。品質においても、人間向けと遜色ないレベルの品質が求められるようになってきており、とりわけ、ペットフードやサプリメントに対しては「どこで作られたのか?」「原材料は安全か?」といった、トレーサビリティ(製品の履歴追跡)への関心が高まっています。

しかし、現実にはこうした情報が十分に可視化されているとはいえません。ブランドのサイトや商品パッケージに情報は記載されていますが、第三者が検証できるわけではなく、「本当に正しいのか?」という疑問がつきまとうのが実情です。そこでブロックチェーンの出番です。ブロックチェーンは、情報を改ざんできない形で記録・共有できるため、例えばあるペットフードが「どこの牧場で育った原材料を使っているか」「どんな製造工程を経ているか」といった情報を、誰でも確認できるようにすることが可能です。

加えて、現在のペット業界にはオフライン中心の体験設計が多く、デジタル面でのサービス拡張が遅れているという課題もあります。ペットショップでの対面販売や、動物病院の診療記録などは、まだまだアナログ色が強く、オンライン上での提供価値には課題が残っているのです。ブロックチェーンを使えば、製品やサービスの信頼性を担保するだけでなく、デジタル上でも飼い主との関係性を深める設計が可能になります。「うちの子専用のサプリの製造履歴をいつでも確認できる」「ワクチン接種歴をスマホで管理できる」など、安心と利便性が両立した体験を届けることで、ブランドの差別化にもつながるでしょう。

理由②:既存の業界における課題解決が可能だから

ペット業界には、構造的な課題や情報の不透明さがいまだ多く残されています。ペットの繁殖・流通・販売といったサプライチェーン全体の履歴は明示されていないのが当たり前で、飼い主が「この子はどこで生まれて、どんな環境で育ったのか?」を知る手段が限られているのが現状です。繁殖環境の劣悪さや不適切なブリーダーによる販売が社会問題化する中で、こうした情報の不透明さは大きな課題といえます。

また、医療領域でも同様の問題が存在します。動物病院での診療情報やワクチン接種履歴は、いまだに紙ベースや個別の病院システムに保存されるケースが多く、転院や引っ越しのたびに情報が分断されてしまうのです。その結果、飼い主が過去の診療歴を一つひとつ説明しなければならず、最適な治療を妨げるリスクにもつながっています。

これらの課題に対して、ブロックチェーンは有効な解決策となり得ます。例えば、ペット1匹ごとにデジタルID(個体識別用のブロックチェーン上のアカウント)を付与し、出生情報、ワクチン接種、診療履歴、飼い主の変更履歴などを改ざんできない形で記録していけば、業界全体の透明性が大きく向上します。飼い主や獣医師、保険会社、トリミングサロンなどが必要に応じて正確な情報にアクセスできることで、サービスの質が向上し、飼い主の安心にもつながるでしょう。

さらに、流通過程における偽装や不正を防止する効果も期待できます。「血統書の偽造」「生体販売時の虚偽申告」「病歴の隠蔽」といった行為は、情報が誰にも検証されないからこそ起こる問題です。ブロックチェーン上にすべての履歴が残ることで、こうした行為を抑止し、信頼できる取引やサービス提供の基盤が整備されていくと考えられます。

このように、ブロックチェーンは「かわいいから飼う」だけではなく、「安心して暮らせる環境をつくる」という観点からも、ペットとの生活に深く関わる技術になりつつあるのです。

ブロックチェーン導入はムズかしい!?開発における課題とハードル

ブロックチェーンには多くの可能性がある一方で、実際の導入となると「本当にうちの会社で使えるの?」「難しすぎてついていけないのでは…」と感じる企業も少なくありません。特に、これまでデジタルにあまり注力してこなかった企業にとっては、大きなハードルのように映ることもあります。ここでは、ペット業界ならではの視点も交えながら、導入に立ちはだかる代表的な3つの課題を見ていきましょう。

技術者不足

ブロックチェーンはまだ発展途上の技術であり、開発・実装に対応できるエンジニアは限られています。社内にこの分野の知見を持つ人材がいない場合、自社でゼロから仕組みを構築するのは非常にハードルが高いのが現実です。

ペット業界では、実店舗での接客や医療ケアなどオフラインの価値提供が中心であった企業が多く、デジタル領域での顧客体験の設計自体に慣れていないケースも少なくありません。そのため、「何から始めればいいか分からない」「どこまで社内でできるのか判断できない」といった声も多く聞かれます。

こうした場合には、ブロックチェーンに特化した開発パートナーと連携することで、設計・検証の段階からスムーズにプロジェクトを進められる可能性もあります。無理に自社だけで完結させようとせず、初期段階から外部の力を活用することで、スピード感や品質を確保しやすくなるでしょう。

運用コスト

ブロックチェーンの導入には、システム構築に加え、継続的な保守・管理などの運用コストがかかります。とくに中小規模の事業者にとっては、「そこまでして導入する意味があるのか?」という疑念がつきまとうのも無理はありません。

しかし視点を変えれば、これはコストというより、“信頼の資産化”への投資とも捉えることができます。例えば、高価格帯のサプリやフードを扱う企業にとって、「原材料や製造過程を明示し、改ざんできない形で公開している」という事実は、ブランド価値の向上に直結する要素です。

重要なのは、自社のビジネスにどのような形でブロックチェーンを組み込めば効果的かを見極めること。その判断には、業界特性を理解し、費用対効果まで見据えた提案ができる外部パートナーの知見が大いに役立つはずです。

ユーザー側の理解度

企業側の体制が整っても、もうひとつの障壁となるのがユーザー側の理解度です。ブロックチェーンと聞いても、「それが何なのか」「どんなメリットがあるのか」が伝わらなければ、生活者の信頼にはつながりません。

特にペットオーナーは年齢層も幅広く、テクノロジーに対するリテラシーもさまざま。だからこそ、「うちの子のワクチン接種歴がスマホで見られる」「原材料の出どころが一目でわかる」といったように、生活者目線でのベネフィット設計が不可欠です。

そのためには、単なる技術導入だけでなく、「どう見せるか」「どう伝えるか」までを考慮した設計が求められます。こうした部分は、UI/UX設計や業界特化型の導入支援に長けた開発パートナーとともに検討を進めることで、より現実的な形での運用が可能になるでしょう。

まとめ:まずはご相談から。貴社に合った“ブロックチェーン導入”を!

これまで見てきたように、ブロックチェーン導入は単なるデジタル化ではありません。企業が信頼を届ける手段であり、これからのペットビジネスを差別化する体験設計の一部です。しかし、導入にあたっては業界への理解、技術面の選定、運用設計、そして生活者への伝え方など、多角的な視点が求められます。

こうした複数の懸念点をひとつずつクリアしていくには、やはり信頼できるパートナーの存在が欠かせません。「何から始めるべきか」「どんな形が自社に合っているのか」といった戦略面から一緒に考えてくれるブロックチェーンの専門家に相談することで、導入のハードルはぐっと下がります。

トレードログ株式会社では、非金融分野のブロックチェーンに特化したサービスを展開しております。ブロックチェーンシステムの開発・運用だけでなく、上流工程である要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援をおこなっております。

ブロックチェーン開発で課題をお持ちの企業様やDX化について何から効率化していけば良いのかお悩みの企業様は、ぜひ弊社にご相談ください。貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

【最新】美容・コスメ業界におけるブロックチェーン活用事例

近年、食品やファッション業界で高まる製品の安全性や倫理意識。この潮流は美容・コスメ業界にも及び、サプライチェーンの透明性確保が急務です。そこで注目されるのがブロックチェーン技術。改ざん困難な分散型台帳は製品の真正性を証明し、原材料から販売までの過程を可視化することで、消費者はスマホで原産地や製造過程を確認でき、安心へと繋がります。

さらに、ブロックチェーンは顧客との新しい関係も構築します。トークン(NFT)発行はロイヤリティを高め、コミュニティ形成を促進し、限定アクセスや特典、ブランド体験といった特別な体験によって顧客エンゲージメントを深化させる可能性があるのです。

本記事では、美容・コスメ業界のブロックチェーン活用事例をご紹介。トレーサビリティ実現、顧客エンゲージメント向上、業界透明化への貢献を解説します。ブロックチェーンが美容・コスメ業界の未来をどう変えるのか、その可能性を探ります。

そもそもブロックチェーンとは?

ブロックチェーンは、サトシ・ナカモトと名乗る人物が2008年に発表した暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと、「取引データを暗号技術によってブロックという単位にまとめ、それらを鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持する技術」です。一般的なデータベースとは異なり、中央管理者が存在せず、ネットワークに参加する複数のコンピュータ(ノード)が対等な立場でデータを管理する「P2P型(ピア・ツー・ピア)」の仕組みを採用しています。

従来のクライアントサーバ型のデータベースでは、単一の中央サーバーがデータを管理しますが、これには「単一障害点(SPOF:Single Point of Failure)」というリスクがあり、サーバーが攻撃や故障により停止すると、システム全体が機能しなくなる可能性があります。一方、ブロックチェーンでは、すべてのノードが同じデータを保持するため、一部のノードがダウンしてもネットワーク全体の運用に影響を与えません

また、ブロックチェーンのデータはその名前の通り、一定量の取引情報を1つの「ブロック」にまとめ、それを時系列順に「チェーン」のようにつなげていくことで管理されます(各ブロックチェーンによってブロック生成・承認の仕組みは異なるのですが、ここでは代表的なブロックチェーンであるビットコインを例に説明します)。このブロックをつなぐ際に使われるのが「ハッシュ値」と呼ばれる識別子です。

ハッシュ値とは、あるデータを関数(ハッシュ関数)に入力すると得られる一意の数値のことで、「あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成される」という特徴を持ちます。いわば、指紋のようなものですね。これにより、過去のデータが変更された場合、そのブロック以降のハッシュ値がすべて変わってしまうため、不正を検知しやすくなっています。

さらに、新たなブロックを生成するには、ある特定の条件を満たすハッシュ値を導く必要があります。ブロックの生成者は変数(=ナンス)を変化させながら、ブロックのハッシュ値を計算していき、最初に条件を満たすハッシュ値を見つけた作業者(=マイナー)が、そのブロックの追加権を得て、報酬として新しい暗号資産を獲得する仕組みです。

しかし、この一連のプロセス(=マイニング)には膨大な計算リソースが必要であり、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となるため、現実的には改ざんがとても難しいシステムとなっています。

詳しくは以下の記事で紹介しています。

このような特性を持つブロックチェーンは、金融分野だけでなく、サプライチェーン管理やカーボンクレジット取引など、データの透明性と信頼性が求められる分野で幅広く活用されています。次のセクションでは、美容・コスメ業界においてブロックチェーンがどのように利用されているのか、具体的な事例を紹介していきます。

美容・コスメ業界のブロックチェーン導入事例5選

ブロックチェーンの基本を押さえたところで、ここからは美容・コスメ業界における具体的な導入事例を見ていきましょう。トレーサビリティの担保や新たな顧客体験など、さまざまな用途で活用が進んでいます。それぞれの事例について、どのような課題を解決し、どんなメリットをもたらしているのかを詳しく解説します。

クラランス(CLARINS):トレーサビリティ確保による安心安全なブランドの確立

出典:ファッションスナップ

フランス発のプレステージスキンケアブランド「クラランス(CLARINS)」は、消費者により安心して製品を使用してもらうため、2023年8月29日よりブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティシステム「クラランス トラスト(T.R.U.S.T.)」の日本展開を開始しています。

トレーサビリティとは、「Trace(追跡)」と「Ability(能力)」を組み合わせた造語で、一つの製品が「いつ」「どこで」「誰に」よって作られ、流通し、販売されているのかを把握する仕組みのことです。日本では牛肉の産地偽装や消費期限切れの食品の販売などが大きな問題となったことがきっかけで、「トレーサビリティ」という言葉を耳にする機会が増えましたが、美容・コスメ業界でのトレーサビリティの意味も同じく、アイテム一つ一つの製造工程や製品を倉庫や店舗に配送する物流工程、消費者が手に取るまでの全ての工程を指します。

このサービスの最大の特徴は、公式サイトや製品に記載されたQRコードを通じて、配合されている植物の種類や原産地、製造工程を簡単に閲覧できる点です。特に、各製品に固有のバッチコードを入力することで、製造年月日まで特定できる仕組みは、製造業などではよく見る仕組みですが、化粧品業界において画期的な試みといえるでしょう。老若男女問わずにスキンケアへの関心が高まっている現代では、消費者が自分が使用している製品がどのように作られたのかを明確に知ることができるというのは、嬉しいポイントですよね。

現在、クラランス トラストの対象商品は“トータル クレンジング オイル SP”など39アイテムに及びますが、2025年までにはすべてのスキンケア製品をこのシステムで管理することを目標としています。このプロジェクトの名称「T.R.U.S.T.」には、T(traceability、追跡可能)、R(responsibility、責任ある)、U(uniqueness、独自の方法)、S(security、安全性の担保)、T(transparency、透明性)といったブランドの理念が込められており、単なるデジタル技術の導入にとどまらず、クラランスが長年培ってきた信頼性と品質へのこだわりを反映しています。

1954年の創業以来、同社は植物の可能性を信じ、ユーザーの声に耳を傾けながらスキンケア製品を開発してきました。今回のトレーサビリティシステムの導入も、その姿勢の延長線上にある取り組みであり、より安全で高品質な製品を届けたいという想いが込められています。消費者の関心が高まる中、こうした透明性を確保する努力は、ブランドの信頼性をさらに強化する要素となるでしょう。今後の展開にも期待が寄せられます。

資生堂:テーラーメイドな顧客サービスを実現するブランド体験

出典:Impress Watch

その人にしかない美しさを引き出す——。そんな理想を叶えるため、資生堂グループのプレステージブランド「THE GINZA」は、ブロックチェーン技術を活用した新たなブランド体験の提供に乗り出しています。

2021年に行われた、スキンケア製品10アイテムのリニューアルでは、よりパーソナライズされた体験を提供するため、RFIDを商品に貼付。購入者が製品パッケージから専用のURLにアクセスしてユーザー登録を行うことで、個々の顧客に最適化されたサービスを受けられる「テーラーメイドな顧客サービス」の仕組みを構築しています。

ここで活用されているのが、トレードログ株式会社が開発したIoT連携ブロックチェーンツール「YUBIKIRI(ユビキリ)」です。デジタル技術を通じて、リアルとオンラインの体験をシームレスに結び付けることを可能にしており、公式ECと店舗との連動によってブランドが持つ世界観や高級感を損なうことなく、ユーザー一人ひとりに最適な接客がデジタル上でも行えるようになります。

このシステムの導入背景には、グローバル市場における3つの課題がありました。1つは、オンラインとオフラインを連携させたO2Oマーケティングの必要性。2つ目は、海外市場を中心に拡大する偽造品対策。そして3つ目は、複雑化するサプライチェーン管理(SCM)の合理化です。従来はそれぞれ個別に対応していたこれらの課題を、「YUBIKIRI」の導入によって一貫して解決しようというのが今回の狙いです。

この技術のベースとなっているのは、マイクロソフトのクラウドプラットフォーム「Microsoft Azure」と、米国Kaleidoが提供する「Kaleido BaaS」。さらに、高い秘匿性と柔軟な拡張性を兼ね備えるブロックチェーン基盤「Quorum」を使用することで、ユーザー体験を損なうことなく、安全かつ信頼性の高い仕組みを実現しています。

かつては、ブロックチェーン技術といえば金融やセキュリティ分野の専売特許のように見られていましたが、今やラグジュアリーコスメの世界にも浸透しはじめています。特に本プロジェクトのような、マーケティングとサプライチェーン管理という“両輪”をまたぐ本格導入は、ラグジュアリー化粧品市場において世界初となる事例です。

技術の導入がゴールではなく、顧客との信頼関係を深める手段として位置づけられている点にこそ、このプロジェクトの真価があります。資生堂グループの長年にわたるブランド哲学と、最先端のテクノロジーが融合したこの取り組みは、化粧品の世界における「体験価値」のあり方を塗り替える可能性を秘めており、今後の展開にも注目です。

GIVENCHY:NFTで彩るメゾンの誇りと“美と多様性”の新しいカタチ

世界的ブランドであるGIVENCHY(ジバンシイ)は、化粧品業界の中でもいち早くNFTアートに取り組んだ先駆者として知られています。NFTは「非代替性トークン(Non-Fungible Token)」の略で、一言でいえば「本物であることを証明できるデジタルデータ」を意味します。通常の画像や動画は簡単にコピーができますが、NFTには所有者や履歴といった情報がブロックチェーン上に記録されており、「誰が持っているか」「本物かどうか」をはっきりと証明することができ、アート作品としての価値がデジタル上でも保証されるのです。

そんなNFTの特性を活かして、GIVENCHYは単なるデジタルアートの販売ではなく、社会的なメッセージを込めたプロジェクトを展開しています。2022年に発表された初のコレクション「Pride II」では、LGBTQIA+の支援を目的に、ロンドンのギャラリーオーナーで活動家でもあるアマール・シン氏と、アーティスト集団「リワインド・コレクティブ」とのコラボレーションによって1,952点のデジタルアート作品を制作しました。

このNFTアートは、ジバンシイを象徴するアイテム「プリズム・リーブル」とレインボーフラッグのカラーを融合させたビジュアルが採用されており、「多様性」「自己表現」「平等」といったテーマが込められています。注目すべきは、販売によって得られた収益約128,000ドル(当時の日本円で約1,400万円)を、フランスのLGBTQIA+支援団体「Le MAG Jeunes LGBT+」に全額寄付した点で、ブランドとして「どのような価値観を大切にしているのか」を世界中に伝える機会となりました。

また、GIVENCHYはNFTにとどまらず、仮想現実と社会性を融合したインターネット上の新たな空間であるメタバースの領域にも積極的に展開しています。人気のオンラインゲーム「Roblox(ロブロックス)」とのコラボーションでは、「Givenchy Beauty House(ジバンシイ・ビューティーハウス)」というイベントを設け、ゲーム内でメイクアップやファッション体験ができる仕掛けを提供しました。

こうした同ブランドのブロックチェーン活用は、企業のデジタル活用が「売るため」だけでなく「語るため」にも用いられる時代であることを象徴しています。特に美容業界では「美しさ」の定義がより多様化している中で、GIVENCHYが示した姿勢は他のブランドにも大きな示唆を与えました。従来の広告とは異なり、遊びを通じてブランドの世界観に自然に触れてもらうという、非常に現代的なマーケティング手法は、「美」と「社会性」を両立させた新しいブランディングの形として今後も語り継がれていくことでしょう。

KIKI World:ファッションアイテムとWeb3.0の融合による共創型コスメ

出典:The Retail TouchPoints Network

コスメブランドと聞くと、多くの人が頭に思い浮かべるのは広告やパッケージの美しさ、あるいは発色やテクスチャーの違いかもしれません。しかし、KIKI Worldはその常識を大きく覆してくれる、Web3時代に適応した“共創型”のコスメブランドとして登場しました。

このブランドの面白さは、化粧品そのものの機能や品質だけでなく、「誰が、どのように作ったのか」「どんな思いでこの色が生まれたのか」という商品のバックグラウンドにまでこだわっている点にあります。そして、そこにはブロックチェーン技術やNFC(近距離無線通信)といった最新テクノロジーが活躍しています。

一般的なブランドが自社で商品企画から発売までを完結させるのに対し、KIKIではコミュニティのメンバーが積極的に意思決定に関与します。「このカラーはどう?」「次に発売するのはどんなテクスチャーがいい?」という問いかけに、ユーザーは毎日投票で答えることができ、それが製品に反映されていきます。さらに、この投票行動はポイントとして可視化され、商品購入時の割引や限定コンテンツとの交換にも利用可能です。このようなインセンティブ設計が可能なのも、柔軟性・透明性に優れるブロックチェーンの良さですね。

中でも話題を呼んだのが、2023年に登場した「NFCチップ付きネイル」でした。ネイル本体に直接チップが内蔵されており、スマートフォンを近づけると、ユーザーのプロフィールとリンクされ、SNSのように他者とつながることができます。まるで“自己紹介ができるネイル”とも呼べるこのプロダクトには、SNS世代の若者たちを中心に大きな関心が寄せられました。

実際に、トルコのイベントでこのネイルが披露された際には、SNSのX上で100万回以上のインプレッションを記録。アジア、ヨーロッパ、アメリカといった各国のメディアにも取り上げられ、単なるガジェットではない、新しいコミュニケーションの形として受け入れられていきました。自分の手先が名刺代わりになる──そんな未来を、KIKI Worldは当たり前にしようとしています。

このような同社の姿勢に世界最大級の化粧品企業であるエスティ ローダー カンパニーズ傘下の投資ファンド「NIV(ニュー インキュベーション ベンチャーズ)」も共感を示しており、2022年11月には米国のベンチャーキャピタルA16Zと共にKIKIへの出資を決定。700万ドル、日本円にして約10億円を超える大型投資として注目を集めました。

KIKI Worldの取り組みには、「コスメ=完成品を買うもの」という従来の感覚を覆すヒントが詰まっています。作る人と使う人の境界線をあいまいにし、関わった人すべてに何かしらの“見返り”がある。そんな斬新なものづくりの形が、NFCネイルという小さなチップから、すでに始まっているのかもしれません。

BIZKI:NFTを活用したコスメユーザーのスポンサー体験

出典:株式会社フォーイット

化粧品を応援する方法が「買う」だけではなくなったことに、本当に驚かされます。コスメブランドBIZKIの新ブランド「/me.(シェイクミー)」が取り組んだ「スポンサーNFT」は、まさにその象徴といえるものでした。NFTというと、これまでアートやデジタルコンテンツの所有権を証明するものとして使われることが多かったですが、本アイテムでは商品そのものの支援者として「スポンサーになる」という立ち位置を、個人が簡単にNFTを通じて獲得できるようになっています

実現のポイントは「QRコード連動型スポンサーNFT」にあります。同ブランドのパッケージには専用のQRコードが印刷され、そこから誰でも簡単にNFTを購入できるようになっており、購入者は自分のTwitterアカウントと名前をリンクさせることで「私はこの商品を応援しています」とアピールできる仕組みです。まるでアイドルのファンやスポーツクラブのサポーターになったかのような感覚を楽しめるのです。

商品に込めた想いやビジュアル面にも細やかな工夫があり、NFTには「/me.」の世界観を象徴するオリジナルイラストが用いられており、美容液とオイル層が混ざり合っていく様子を、女性の内なる輝きと重ねて描いています。スポンサーNFTは転売も可能で、そのたびに最大10%が企業に還元されるという持続的な収益構造を持っています。さらに、売上はすべて乳がん啓発のためのNPOに寄付されるという社会貢献の側面も含まれており、「応援が価値になる」という理念を現実のものとしています。

こうした同社の取り組みは、化粧品ブランドに限らず、今後あらゆる商品が、NFTを通じて「応援される存在」へと変わっていく可能性を秘めています。これまでの「企業→消費者」という一方通行ではなく、消費者自身が「私はこのブランドに関わっている」と感じられるようになることで、ブランドへの愛着もより深く、持続的なものになるはずです。企業の資金調達手段として、あるいはファンづくりの新たな選択肢として、スポンサーNFTという考え方がどこまで広がるのか、今後の展開に引き続き注目です。

導入における課題と懸念点

出典:Shutterstock

ブロックチェーンは魅力的な技術ですが、導入となると「難しそう」「コストがかかるのでは?」という声が少なくありません。実際、いくつかの壁が存在するのも事実です。

まず、よく挙がるのが技術者不足。ブロックチェーンは比較的新しい分野であるため、システム開発を任せられるエンジニアがまだまだ限られているのが現状です。特に、コスメ業界では実物のテクスチャーや色味、香りといったリアルな体験を軸にした差別化が主流で、デジタル領域での顧客体験設計にはまだ手探りの企業も多いのが実情です。その状態で、ブロックチェーンのような新しい技術にゼロから取り組むには、相応の労力と専門知識が求められます。

次に見逃せないのが、運用コストの問題です。ブロックチェーンの中でも、特にパブリックチェーンを利用する場合、トランザクションを処理するたびに「ガス代」と呼ばれる手数料が発生します。これは、NFT発行やトークン配布といった操作ごとに都度発生するもので、企画の規模によっては無視できないコストになることも。また、システムを安定的に稼働させるためのノード運用やクラウド利用料といったインフラ面の支出も継続的に発生します。投資対効果が見えづらい初期段階では、「本当にそこまで投資する価値があるのか?」と社内での説得に難航するケースも想定されるでしょう。

そして、もう一つ忘れてはならないのがユーザー側の理解度です。NFTやウォレット、トークンといった用語は、まだまだ一般消費者にとって馴染みの薄いものです。例えば、限定コスメの購入時にNFT証明書が付くとしても、「それって何に使えるの?」「どうやって見ればいいの?」と疑問を抱かれる可能性は高いでしょう。せっかくの施策も、ユーザー体験としてうまく伝わらなければ、逆に混乱や離脱につながってしまうかもしれません。

こうした複数の懸念点をひとつずつクリアしていくには、やはり信頼できるパートナーの存在が欠かせません。単なる開発だけでなく、「何から始めるべきか」「どんな形が自社に合っているのか」といった戦略面から一緒に考えてくれるブロックチェーンの専門家に相談することで、導入のハードルはぐっと下がります。

中小ブランドでも導入可能?スモールスタートの可能性

「ブロックチェーンって、大手企業が使うものじゃないの?」

そう思われる方も少なくありません。確かに、過去の事例では、ラグジュアリーブランドや世界的企業がNFTやトレーサビリティを活用するケースが多く、「予算も体制も整った企業だけの話」と感じるのも無理はないでしょう。しかし実際には、中小規模のブランドだからこそ、ブロックチェーンを差別化要素としてうまく活用できる可能性があるのです。

出典:Shutterstock

例えば、コスメ業界では「こだわりの原料」「生産者とのつながり」「動物実験フリー」など、ブランドの世界観や信念を大切にしている企業が少なくありません。こうしたストーリーをただ商品ページに書くだけではなく、改ざん不可能な形で“証明”として残すことができれば、ブランドへの信頼感は大きく高まります。

また、最近では「NFT付き限定コスメ」や「購入者に特典としてデジタルアイテムを配布する」など、マーケティング施策としてのブロックチェーン導入も増えています。これらは、実店舗を持たないブランドやEC中心の小規模ブランドでも始めやすいアプローチです。一定数以上購入したユーザーに対してデジタル会員証を配布し、次回購入時に特典を提供するといった企画も、ブロックチェーンを活用することで、手間をかけず透明性の高い形で運用できます。

もちろん、いきなりフルスケールでの導入は難しいかもしれません。しかし、最初は小さく始めて、効果を見ながら段階的に拡張していくという方法もあります。例えば、1商品だけを対象にNFT証明書をつけてみる、クラフト系の限定品にストーリー証明を導入する。そんなスモールスタートが、ブランド価値を高めるきっかけになるのです。

さらに、現在はノーコードやローコードで構築できるツールも増えており、以前よりも格段に導入のハードルは下がっています。それでも不安がある場合は、ブロックチェーンに精通した専門家に相談するのがベストです。目的やブランドの方向性に合わせて、最適なユースケースや技術的な選択肢を提案してくれるはずです。

まとめ:いま、ブランドは“信頼”をブロックチェーンで可視化する時代へ

ブランド価値を「証明できる形」で示す時代が到来しつつあります。ファンとのつながりを強化し、信頼性を担保しながら、新しいブランド体験を提供する。その手段として、ブロックチェーンは非常に強力なツールとなります。

しかし、その導入には技術的な課題や設計上の工夫が欠かせません。自社の規模や戦略に合わせた最適な活用法を見つけるには、ブロックチェーンのプロとの対話が不可欠です。

トレードログ株式会社では、非金融分野のブロックチェーンに特化したサービスを展開しております。ブロックチェーンシステムの開発・運用だけでなく、上流工程である要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援をおこなっております。

ブロックチェーン開発で課題をお持ちの企業様やDX化について何から効率化していけば良いのかお悩みの企業様は、ぜひ弊社にご相談ください。貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

自動車・モビリティ業界におけるブロックチェーン活用事例7選

自動車業界は今、大きな変革の時代を迎えています。電動化や自動運転技術の進展、サプライチェーンのデジタル化、さらには脱炭素社会に向けた規制強化など、多くの企業が新たな課題と向き合わなければなりません。こうした変化の中で、信頼性が高く透明性のあるデータ管理が求められる場面が増えており、その解決策として「ブロックチェーン技術」が注目されています。

ブロックチェーンは、金融分野だけでなく、サプライチェーン管理やモビリティサービスなど、自動車業界の幅広い領域で活用が進んでいます。例えば、バッテリーパスポートによるEV(電気自動車)バッテリーのトレーサビリティ向上、中古車市場における走行距離や修理履歴の改ざん防止、サプライチェーン全体の透明性強化など、具体的な導入事例が増えてきました。

本記事では、自動車・モビリティ業界におけるブロックチェーンの活用事例を詳しく解説し、企業がどのようにこの技術を導入できるのかを紹介します。ブロックチェーンの導入を検討する企業にとって、技術的な課題や導入メリットを理解することは重要です。ぜひ、自社のビジネスに活かすヒントを見つけてください。

そもそもブロックチェーンとは?

ブロックチェーンは、サトシ・ナカモトと名乗る人物が2008年に発表した暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと、「取引データを暗号技術によってブロックという単位にまとめ、それらを鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持する技術」です。

一般的なデータベースとは異なり、中央管理者が存在せず、ネットワークに参加する複数のコンピュータ(ノード)が対等な立場でデータを管理する「P2P型(ピア・ツー・ピア)」の仕組みを採用しています。

従来のクライアントサーバ型のデータベースでは、一つの中央サーバーがデータを管理しますが、これには「単一障害点(SPOF:Single Point of Failure)」というリスクがあり、サーバーが攻撃や故障により停止すると、システム全体が機能しなくなる可能性があります。一方、ブロックチェーンではすべてのノードが同じデータを保持するため、一部のノードがダウンしてもネットワーク全体の運用に影響を与えません。

また、ブロックチェーンのデータはその名前の通り、一定量の取引情報を1つの「ブロック」にまとめ、それを時系列順に「チェーン」のようにつなげていくことで管理されます。このブロックをつなぐ際に使われるのが「ハッシュ値」と呼ばれる識別子です。

ハッシュ値とは、あるデータを入力すると一意の値が出力される数値のことで、「あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成される」という特徴を持ちます。これにより、過去のデータが変更された場合、そのブロック以降のハッシュ値がすべて変わってしまうため、不正を検知しやすくなっています。

さらに、新たなブロックを生成するには、ある特定の条件を満たすハッシュ値を導く必要があります。ブロックの生成者は変数(=ナンス)を変化させながら、ブロックのハッシュ値を計算していき、最初に条件を満たすハッシュ値を見つけた作業者が、そのブロックの追加権を得て、報酬として新しい暗号資産を獲得する仕組み(ビットコインの場合)です。

しかし、この一連のプロセス(=マイニング)には膨大な計算リソースが必要であり、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となるため、現実的には改ざんがとても難しいシステムとなっています。

このような特性を持つブロックチェーンは、金融分野だけでなく、サプライチェーン管理やカーボンクレジット取引など、データの透明性と信頼性が求められる分野で幅広く活用されています。次のセクションでは、ブロックチェーンがどのように利用されているのか、具体的な事例を紹介していきます。

なお、ブロックチェーンについては下記の記事で詳しく解説しています。

自動車・モビリティ業界のブロックチェーン導入事例7選

ブロックチェーンの基本を押さえたところで、ここからは自動車業界における具体的な導入事例を見ていきましょう。サプライチェーンの可視化や中古車取引の信頼性向上など、さまざまな用途で活用が進んでいます。それぞれの事例について、どのような課題を解決し、どんなメリットをもたらしているのかを詳しく解説します。

日産自動車:Web3で拓く新たなカーライフ体験「NISSAN PASSPORT BETA」

出典:NISSAN PASSPORT BETA

日産自動車は、自動車業界におけるデジタル変革を加速させる新たな試みとして、「NISSAN PASSPORT BETA」を2025年1月から開始しています。これは、テクノロジーの進化により、消費者のニーズが多様化し、デジタルとリアルをシームレスに融合させたサービスが求められる中で、透明性の高さを特徴とするブロックチェーン技術を活用してユーザー自身がデータやデジタル資産を安全かつ自由に管理できる、新たなデジタル体験の創出を目的としたプロジェクトです。

特に注目すべき取り組みが、限定5,523枚のメンバーシップNFTの発行です。NFTとは、ブロックチェーンを活用してデジタルデータの所有権を証明する技術のことで、本プロジェクトでは日産が提供するさまざまなサービスへのアクセスを可能にする「デジタル証明書」として機能します。

ユーザーは、自身の興味や嗜好に応じて「FUTURISTIC」「PERFORMANCE」「CLASSIC」「SMART LIFE」の4つのタイプからNFTを選択し、日々の行動に応じてこれらのNFTが進化していくという育成ゲームのようなユニークな要素も面白そうです。

また、通常はNFTの管理には「ウォレット」と呼ばれる管理ツールが必要ですが、同社ではWeb3(ブロックチェーンなどの技術によって実現される次世代の分散型インターネット)に不慣れなユーザーでも安心して利用できるよう、独自のWeb3ウォレットを提供しています。このウォレットは専用の口座開設や手数料が不要で、直感的な操作性を備えたスマートフォンアプリのような使い勝手を実現しており、高度なセキュリティ対策も施されています。

さらに、日産とユーザー、さらにはユーザー同士が直接つながる場として、Discordを活用したコミュニティも開設されます。このコミュニティでは、日産車の写真投稿や旅先での思い出の共有、さらにはユーザー主導で新しいサービスや体験を企画することも可能です。活動や貢献度に応じて特別なデジタルバッジが付与される仕組みも実装されるとのことで、「ポケモンGO」のように日々の生活の一部として楽しむユーザーも出てくるかもしれませんね。

従来、自動車メーカーと顧客の関係は「販売」と「購入」にとどまるものでしたが、日産はこのプロジェクトを通じて単なる商品提供にとどまらず、ユーザーとの継続的な関係を築くことを目指しています。今回の取り組みはまだ試験的な段階ですが、特別な試乗体験や限定車の試乗権が報酬となる体験型リワードプログラムなども計画中とのこと。デジタル時代の新たなカーライフパートナーとして活躍する同社の動向には今後も要注目です。

ボルボ・カーズ:EVの持続可能な普及を目指す「バッテリーパスポート」

出典:CAR SCOOPS

ボルボ・カーズは、ブロックチェーンを活用した世界初のバッテリーパスポートを導入した企業として知られています。バッテリーパスポートとは、自動車等のバッテリーに関する情報を詳細に記録し、透明性を確保するためのデジタル証明書のようなもので、バッテリーの原材料の原産地、製造工程、カーボンフットプリント、リサイクル率などがデータとして残るため、消費者は環境負荷を考慮した選択ができるようになるというメリットがあります。

ボルボの次世代SUV「EX90」シリーズでのバッテリーパスポート対応を機に導入が本格化し、2025年発売予定の新型セダン「ES90」にもこのシステムが採用される予定です。同シリーズは、ボルボ初の800V電気システムを搭載しており、フル充電で700kmの航続距離を確保できる脅威の高性能EVとして市場を賑わせていますが、リチウムやコバルトなどの原材料の調達元を可視化することで、持続可能な調達を望むエシカルな消費者のニーズにも対応しています。

同社のバッテリーパスポートは英国の新興企業Circulorとの協力のもと、ブロックチェーン技術を活用して構築されており、消費者向けの簡易版と、規制当局と共有される詳細版の2種類があります。オーナーは、運転席ドアの内側にあるQRコードをスキャンするだけで、バッテリーの情報を簡単に確認できる仕組みで、詳細版はバッテリーの15年間の健康状態を追跡し、中古EVの価値判断にも役立つ情報が含まれているそうです。

実は、こうした取り組みは単なる自主的な活動という訳ではありません。EUでは2027年2月から、域内で販売されるすべてのEVにバッテリーパスポートの搭載が義務付けられています。このバッテリーパスポートの導入には、サプライヤーの生産システムと統合し、すべての材料の流れを正確に追跡する必要があるため、多くの自動車メーカーがこの期限に間に合わせるのに苦労しているのが実情です。

そのような状況下で、ボルボはブロックチェーンを活用することでバッテリーの原産地やカーボンフットプリント(製造・使用に伴うCO2排出量)を正確に記録し、サプライチェーンの透明性を確保しているということは特筆すべき事項です。消費者がより信頼できる情報をもとにEVを選択できる環境を整え、持続可能な社会の実現に貢献することを目指す、という点で、この事例もブロックチェーンの活用意義を大きく広げる好例といえるでしょう。

アルファ ロメオ:「Tonale」に導入されたNFT技術がもたらす新たな信頼性

出典:スマートモビリティJP

アルファ ロメオは、コンパクトSUV「Tonale(トナーレ)」にNFT技術を活用したデジタル認証機能を導入しました。これは、自動車業界において初めての試みであり、従来の車両履歴管理の概念を大きく変える可能性を秘めています。

従来のデジタルデータはコピーや改ざんのリスクがありましたが、NFTを活用することで、車両の履歴情報を不正なく安全に管理できるようになります。トナーレのオーナーは、専用のスマートフォンアプリ「My Alfa Connect」から車両情報を入力し、タイムスタンプ付きのNFT証明書を発行できます。証明書には、日付、ブランド名、モデル名、車体番号(VINナンバー)、走行距離といった基本情報が記載されており、将来的には追加項目も予定されています。

このNFT証明書は、特に中古車市場においてその真価を発揮します。従来の車両履歴の証明は、整備記録や売買契約書に依存していましたが、これらの書類は紛失や改ざんのリスクが伴いました。しかし、NFT証明書はブロックチェーン上に記録されるため、所有者やディーラーによる改ざんは不可能であり、信頼性の高い車両履歴を証明するツールとして機能します。したがって、中古車購入時の安心感が高まり、適正な価値評価が期待できるという訳です。

また、車両の信頼性向上により、オーナーにとっては残存価値が向上するメリットもあります。従来は、走行距離や整備履歴の不透明さが中古車の価値を左右する要因となっていましたが、NFT技術の導入によって透明性が確保され、正当な評価が行われるようになります。この点は、特に長期的に車両を所有するユーザーにとって大きなメリットと言えるでしょう。

同社のこの取り組みは、自動車業界におけるNFT活用の可能性を示す先駆けとなる事例です。今後、ブロックチェーン技術がさらに進化することで、車両履歴管理だけでなく、保険契約やリース契約など、多岐にわたる分野での活用が期待されます。デジタル技術と自動車の融合による新たな価値創造に、今後も注目が集まることでしょう。

米カリフォルニア州自動車局(DMV):「アバランチ(Avalanche)」で変わる車両所有権の管理

出典:CoinDesk JAPAN

米カリフォルニア州自動車局(DMV)は、ブロックチェーン技術を活用し、自動車の所有権登録をデジタル化する革新的なプロジェクトを進めています。これまで車両の所有権移転には、書類のやり取りや窓口での対面手続きが必要でしたが、こうした煩雑さを解消し、よりスムーズで安全な仕組みを構築しようとしています。

この取り組みは、テクノロジー企業オックスヘッド・アルファ(Oxhead Alpha)と、レイヤー1ブロックチェーン「アバランチ(Avalanche)」の協力によって実現しました。現在、カリフォルニア州で登録されている4,200万台もの車両情報がブロックチェーン上に記録されており、今後はスマートフォンの専用アプリを通じて、簡単に所有権を管理できるようになる予定です。

この車両管理のデジタル化によって多くのメリットが生まれます。例えば、従来であればDMVの窓口に出向き、書類を提出し、数週間待たなければならなかった名義変更手続きが、モバイルウォレットを使って数分で完了するようになります。また、ブロックチェーンの特性を活かすことで、不正行為のリスクが大幅に軽減されるのも大きな利点です。特に、自動車の所有権を担保にした詐欺を防ぐ効果が期待されています。

さらに、このプロジェクトは所有権管理の効率化にとどまりません。バンク・オブ・アメリカの調査によると、NFT技術を活用すれば、車両の所有権を細分化し、分散型金融(DeFi)を通じた新たな流動性の創出が可能になるといいます。将来的には車をNFT化し、それを担保に融資を受けるといった未来もありえるかもしれないですね。また、スマートコントラクトと呼ばれる契約自動化の仕組みを利用したエスクローシステムを導入すれば、安全かつスピーディーな取引も実現できるはずです。

カリフォルニア州は、Web3技術の規制整備を進めると同時に、行政サービスへのブロックチェーン活用を推進しています。DMVのプロジェクトもその一環であり、今後の成功次第では、他の州や国の行政機関へと広がる可能性も十分にあるでしょう。

トヨタ自動車:車両の所有権・使用権の概念を変える「スマートアカウント」

出典:産経新聞

トヨタ自動車は、ブロックチェーン技術を活用し、次世代のモビリティ社会を実現する取り組みを進めており、同社の研究開発組織「トヨタ・ブロックチェーン・ラボ(TBL)」は、イーサリアム・ブロックチェーンを基盤とした「スマートアカウント」を導入し、車両のデジタル管理を革新しようとしています

この構想の核となるのは、車両に関する権利をブロックチェーン上でトークン化し、「MOA(モビリティ指向アカウント)」として管理する仕組みです。MOAを導入することで、車両は単なる移動手段にとどまらず、プログラム可能な「サービス」として機能し、他のデジタルサービスと柔軟に連携できるようになります。さらに、将来的には完全自動運転を視野に入れ、車が独立した経済主体として運用される可能性もあります。

「トークン化なんて前から出来たんじゃないの?」と思う方もいるかもしれませんが、従来までの車両に関するデジタルアカウントを作成する方法は、外部所有アカウント(EOA)と呼ばれ、ユーザーが秘密鍵を用いて管理するものでした(仮想通貨の世界では、ウォレットを使って他者へコインを送金していますが、このウォレットに紐づくアカウントがEOAです)。つまり、紛失時にアカウントを復旧できないリスクがあったのです。

そこでTBLは、この課題を解決するため、イーサリアムの「アカウント抽象化(ERC-4337)」を活用したMOAを提案。秘密鍵の管理と認証プロセスを分離することで、鍵を紛失してもアカウントを維持できる仕組みを構築しました。また、一対一で対応する秘密鍵を有していないMOAでは、スマートコントラクトを活用し、車両の権利管理をより柔軟に実現します。例えば、カーシェアリングの利用者が事前に決められた時間内で車を使用できるように設定し、時間が過ぎれば自動的に権利が回収されるような仕組みも構築できるでしょう。

また、MOAのシステムの下では「キー・トークン・コントラクト(Key Token Contract)」と呼ばれる車両の使用権をトークン化したもの(ERC-721に準拠しているとのことなのでNFTと推測されます)を導入することで、従来の車両キーのように物理的な制約に縛られることなく、特定の機能に限定したアクセス権を発行することができます。配送業者にトランクでの開閉権限だけを発行して「置き配」サービスの受け取りをよりセキュアな環境で行う、といったこともできるとしたら、個人的にはとてもありがたいですね。

ブロックチェーン技術を活用することで、車両の所有や使用権の管理がよりシンプルで安全になり、新たなモビリティサービスの創出が可能になります。トヨタの挑戦は、単に技術革新を進めるだけでなく、未来の移動のあり方を根本から変える可能性を秘めているのです。

KINTO:譲渡不可能なSBTが実現する新たな安全運転評価のカタチ

出典: KINTO

モビリティ業界において、サブスクリプション型のカーリースを提供するKINTOは、安全運転ドライバーを証明するNFTを発行してブロックチェーン上に記録することで、モビリティサービスの新たな価値創出を目指しています。

これまでの自動車業界では、運転の質を正確に評価し、それをドライバーのメリットにつなげる仕組みが十分に整っているとはいえませんでした。保険会社やレンタカー業者が運転履歴を考慮することはありましたが、体系的に評価される場は限定的で、ドライバー個人が自身の安全運転の証明を活用できる機会は少なかったのです。

しかし、KINTOの新たな試みでは、トヨタ自動車の「コネクティッドドライブトレーナー」という運転分析機能によって収集された運転データを分析し、アクセルやブレーキの操作、ハンドルの切り方など5つの安全項目をもとに「安全運転」と認定されたドライバーに対して、譲渡不可のNFTである「Soulbound Token(SBT)」を発行することで、ブロックチェーン上にその証明を残します。

ブロックチェーン上の改ざんが困難な環境で記録された運転履歴により、ドライバー自身の日々の心がけが正しく評価されるだけでなく、モビリティ関連サービスにおいてそうした優良ドライバーへ特典を付与できる可能性を模索しているといった具合でしょうか。ユーザー目線では、自動車保険の割引や、企業の社用車利用時の評価基準などが活用先となると嬉しいですね。

このように、ブロックチェーン技術の活用によって運転技術が適正に評価されることで、ドライバーの安全意識の向上にもつながるでしょう。実証実験から本格的なサービスに至った際には、KINTOに限らず他の自動車メーカーやモビリティサービス企業も追随し、ドライバーの運転履歴がより透明に、そして公正に評価される時代が訪れるかもしれません。

アントチェーン:従来のリサイクル方法からの脱却と二次流通市場の透明化

出典:36Kr Japan

中国のアントグループ傘下のテックブランド「アントチェーン」は、電動バイク向けバッテリー交換プラットフォーム「嘟嘟換電(Duduhuandian)」との提携を通じて、4000カ所以上の交換ステーションにおいて数万個のバッテリーにブロックチェーン技術を導入し、最新鋭のバッテリー管理システム(BMS)を構築しています。

この技術の最大の利点は、リサイクル企業が廃電池の状態をオンラインで確認できる点にあります。従来のリサイクル方法では、バッテリーを分解して手動で健全度をチェックしていましたが、この過程は時間とコストがかかり、また精度にも限界がありました。しかし、ブロックチェーンの導入によって、リサイクル企業は各電池セルの電力量や充放電回数、健全度といった正確なデータをリアルタイムで確認できるため、検査のコストを大幅に削減できるようになります。

この技術をうまく応用すれば、効率的なカスケード利用(繰り返し利用されて品質が下がったエネルギーを別のシーンでうまく再利用すること)も可能です。例えば、リチウムイオン電池の寿命が80%以下に低下すると、EVとして再利用することは難しくなってしまうのですが、電力消費の少ない低速電動車や家庭用蓄電池としては、まだまだ活躍のチャンスがあります。

とはいえ、古着や中古物件に抵抗感がある人が一定数存在するように、中古のバッテリーには不信感を抱く消費者が出てきてもおかしくないですよね。そこでブロックチェーンの耐改ざん性が生きてくるという訳です。実際、アントチェーンの導入事例では、健全度が高いバッテリーパックがリサイクル時に従来の3倍の価格で販売できるようになったといいます。つまり、この技術の導入は、単にリサイクルコストを削減するだけでなく、電池の価値を最大化し、サステナブルな経済活動を支える大きな一歩となっているのです。

新エネルギー車の市場拡大が著しい中国では、近い将来、EVバッテリーが大量廃棄されるシナリオが迫っており、リサイクル業者はその対応に迫られています。この状況を前に、アントチェーンが展開するブロックチェーン活用の取り組みは、業界におけるゲームチェンジャーとなる可能性を秘めているといえるでしょう。

自動車・モビリティ業界にブロックチェーンを導入するメリット・必要性

出典:Shutterstock

自動車業界におけるブロックチェーン活用は、単なる技術革新ではなく、業界全体の競争力を高める重要な要素となりつつあります。特に、バッテリー管理の厳格化や中古車市場の透明性向上、新しいモビリティサービスの創出といった側面で、ブロックチェーン技術が果たす役割は大きいといえるでしょう。以下では、具体的なメリットを解説します。

バッテリーパスポートなど国際的な法規制に対応できる

EV(電気自動車)の普及が進む中、バッテリーの管理とリサイクルの透明性を確保するための国際的な規制が強化されています。その代表例が記事内でもご紹介した「バッテリーパスポート」です。これは、バッテリーの製造過程から廃棄・リサイクルに至るまでの情報を記録し、トレーサビリティを確保する仕組みですが、従来のデータ管理手法では改ざんリスクや情報の断絶といった課題が残ります。

ブロックチェーンを活用すれば、バッテリーの製造元や成分情報、充放電回数、リサイクル履歴などを改ざん不可能な形で記録し、信頼性の高いデータ管理が可能になります。これにより、自動車メーカーやバッテリー供給企業は規制遵守をスムーズに進めることができ、消費者も安心してEVを選択できる環境が整います。

中古車市場の信頼性を向上できる

中古車市場では、走行距離の改ざんや事故歴の隠蔽といった不正が長年の課題となっています。特に、グローバル市場においては国境を越えた取引が行われるため、信頼できるデータ管理が求められています。

「50万円必要です」 中古車業界にはびこる闇? 事故車や“起こし屋”の手口… 元ディーラーが語る「保証の落とし穴」とは(Merkmal) – Yahoo!ニュース

ブロックチェーンを活用することで、走行距離やメンテナンス履歴、所有者の変更履歴などを一元的かつ不正ができない形で管理できます。例えば、日本で使用されていた車両が海外へ輸出される際にも、過去のデータを正確に追跡できるため、買い手にとっての信頼性が向上し、適正な価格での取引が可能になります。結果として、中古車市場全体の健全化が進み、業界全体の価値向上につながるでしょう。

新しいサービスを創出できる

ブロックチェーン技術は、単なるデータ管理の枠を超え、モビリティサービスに革新をもたらす可能性を秘めています。MaaS(Mobility as a Service)との連携によって、個人の移動データを安全に管理し、多様な交通手段を統合することで、よりスムーズな移動体験が期待できます。

スマートコントラクトの活用も、カーシェアリングやサブスクリプションサービスの効率化に貢献します。利用時間に応じた料金を自動で精算する仕組みは、契約の透明性を高め、ユーザーの利便性を向上させるでしょう。

加えて、NFT(Non-Fungible Token)の導入は、モビリティ分野に新たな顧客体験をもたらすと考えられます。特定の移動手段の利用権やイベントへのアクセス権などをNFTとして発行することで、これまでにないユニークな体験を提供できる可能性があります。地域限定のNFTは、観光客の誘致や地域活性化にもつながるかもしれません。

このように、ブロックチェーン技術は、効率化や利便性の向上に加え、NFTを活用した新しい顧客体験の創出を通じて、モビリティサービスの未来を大きく変える可能性を秘めているといえるでしょう。

自動車業界にブロックチェーンを導入する上での課題

出典:Shutterstock

ブロックチェーンは、自動車業界に多くのメリットをもたらしますが、導入にはいくつかの課題も存在します。技術の特性上、データ管理や人材確保、運用コストといった面での障壁があり、これらを乗り越えることが求められます。

法規制対応のための情報量が不足している

ブロックチェーンを活用する領域で、法規制対応は避けて通れない課題です。特に自動車業界においては、前述の「バッテリーパスポート(Battery Passport)」をはじめ、各国でサプライチェーン透明化や環境規制の強化が急速に進んでいます。しかし、日本国内ではこれらに関する情報が十分に流通していないのが実情です。

例えば、バッテリーパスポートに関しては、EUが独自に法制化を進めており、内容やスケジュールも頻繁にアップデートされています。しかし、その詳細について、政府や公的機関が日本語で体系的に解説してくれる場はほとんどなく、多くの日本企業は、英文で公開される膨大な規制文書や関連資料を自力で読み解き、情報をキャッチアップせざるを得ません。さらに、どのようなデータを、どの形式で、どこまで準備すべきかについての具体的なガイドラインも、現状では十分に整理されていません。

この傾向は、バッテリー分野に限らず、今後適用が予定されている「デジタル製品パスポート(DPP: Digital Product Passport)」においても同様です。DPPは、自動車だけでなく、電子機器や繊維など広範な製品分野に拡大される見込みですが、その内容も欧州中心に議論・設計が進んでおり、日本企業は最新情報の取得や対応に苦慮しています。結果として、規制対応におけるブロックチェーン活用の議論も、十分な情報基盤がないまま進めざるを得ないという、歪な構造が生まれています。

ブロックチェーンエンジニアが不足している

ブロックチェーンの活用には、スマートコントラクトの開発やノード管理、ネットワークの最適化など、高度な専門知識が求められます。しかし、現在の市場ではブロックチェーン技術を熟知したエンジニアが不足しており、導入を検討している企業にとって大きなハードルとなっています。

特に、自動車業界はブロックチェーン開発の経験が浅い企業も多いため、社内でブロックチェーン人材を育成するのか、それとも外部の専門企業と協業するのかという戦略的な判断が求められます。人材確保のためには、ブロックチェーン技術者向けの研修プログラムの充実や、業界内でのノウハウ共有が重要になるでしょう。

ブロックチェーンを稼働させるためのコストが発生する

ブロックチェーンの導入には、ノードの運用コストやネットワーク維持費、システム統合のための開発費用など、一定のコストが発生します。特に、パブリックチェーンを利用する場合は、トランザクション手数料(ガス代)も考慮しなければなりません。

一方で、プライベートブロックチェーンを採用すれば、コストは抑えられるものの、ネットワークの分散性が低下する可能性があります。このように、導入目的やシステム要件に応じた適切な設計が必要です。企業がブロックチェーンを採用する際には、ROI(投資対効果)を明確にし、長期的な視点でのコスト管理を行うことが重要になります。

自動車業界へのブロックチェーン導入は当社にお任せください!

自動車業界におけるブロックチェーン活用は、今後ますます重要性を増していくことが予想されます。しかし、その導入には法規制対応やエンジニア不足、コストといった課題も伴います。

当社は、ブロックチェーン技術を活用したシステム開発に豊富な実績を持ち、自動車業界におけるさまざまなユースケースに対応しています。世界のモビリティ産業に対して精緻なエコシステムを主導するコンソーシアムであるMOBIにも参画しており、最新の法規制動向にも精通しております。

トレードログが参画しているMOBI主導のグローバルバッテリーパスポートシステム(GBPS)の構想初年度が完了しました|PR TIMES

貴社の課題に合わせた最適なブロックチェーンソリューションを提案し、導入から運用までしっかりとサポートいたします。ぜひ、お気軽にご相談ください。

【2025年最新】脱炭素に向けてブロックチェーンを活用している企業の取り組み事例7選

地球温暖化による気候変動は、私たちの生活、経済、そして地球そのものに深刻な影響を与えています。世界各国が脱炭素社会の実現に向けて取り組みを加速させる中、革新的なテクノロジーとして注目されているのが「ブロックチェーン」です。

この記事では、2025年最新の事例として、脱炭素に向けてブロックチェーン技術を積極的に活用している企業の取り組みを7事例、厳選してご紹介します。これらの事例を通して、ブロックチェーンがどのように脱炭素社会の実現に貢献しているのか、その可能性と未来を探っていきましょう。

そもそもブロックチェーンとは?

ブロックチェーンは、サトシ・ナカモトと名乗る人物が2008年に発表した暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと、「取引データを暗号技術によってブロックという単位にまとめ、それらを鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持する技術」です。

一般的なデータベースとは異なり、中央管理者が存在せず、ネットワークに参加する複数のコンピュータ(ノード)が対等な立場でデータを管理する「P2P型(ピア・ツー・ピア)」の仕組みを採用しています。

従来のクライアントサーバ型のデータベースでは、一つの中央サーバーがデータを管理しますが、これには「単一障害点(SPOF:Single Point of Failure)」というリスクがあり、サーバーが攻撃や故障により停止すると、システム全体が機能しなくなる可能性があります。一方、ブロックチェーンではすべてのノードが同じデータを保持するため、一部のノードがダウンしてもネットワーク全体の運用に影響を与えません。

また、ブロックチェーンのデータはその名前の通り、一定量の取引情報を1つの「ブロック」にまとめ、それを時系列順に「チェーン」のようにつなげていくことで管理されます。このブロックをつなぐ際に使われるのが「ハッシュ値」と呼ばれる識別子です。

ハッシュ値とは、あるデータを入力すると一意の値が出力される数値のことで、「あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成される」という特徴を持ちます。これにより、過去のデータが変更された場合、そのブロック以降のハッシュ値がすべて変わってしまうため、不正を検知しやすくなっています。

さらに、新たなブロックを生成するには、ある特定の条件を満たすハッシュ値を導く必要があります。ブロックの生成者は変数(=ナンス)を変化させながら、ブロックのハッシュ値を計算していき、最初に条件を満たすハッシュ値を見つけた作業者が、そのブロックの追加権を得て、報酬として新しい暗号資産を獲得する仕組み(ビットコインの場合)です。

しかし、この一連のプロセス(=マイニング)には膨大な計算リソースが必要であり、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となるため、現実的には改ざんがとても難しいシステムとなっています。

このような特性を持つブロックチェーンは、金融分野だけでなく、サプライチェーン管理やカーボンクレジット取引など、データの透明性と信頼性が求められる分野で幅広く活用されています。次のセクションでは、脱炭素社会の実現に向けてブロックチェーンがどのように利用されているのか、具体的な事例を紹介していきます。

なお、ブロックチェーンについては下記の記事で詳しく解説しています。

ブロックチェーン×脱炭素の活用事例

ブロックチェーン技術を活用して脱炭素に取り組んでいる企業は、年々増加しています。これは、企業が脱炭素経営を推進する中で、より透明性が高く、効率的なデータ管理手法を求めているためです。また、ブロックチェーンは、カーボンクレジットの取引や再生可能エネルギーの証明、サプライチェーン全体のCO2排出量の可視化など、幅広い用途に適していることが認識され始めています。

ここからは、2025年最新のブロックチェーン活用事例を紹介します。具体的には、J-クレジットのデジタル化や、P2P電力取引、カーボンフットプリントデータの連携など、実際のビジネスシーンでどのように活用されているのかを掘り下げていきます。それぞれの事例がもたらすメリットや、導入によって得られた成果も合わせて解説しますので、ぜひ自社での取り組みのヒントにしてください。

日立製作所:J-クレジットの認証・発行プロセスのデジタル化

出典:株式会社日立製作所「環境省が推進するJ-クレジットのデジタル化に向けて、本格的に
実証を開始」

脱炭素社会の実現に向け、日本国内ではカーボンクレジットの活用が広がっています。その中でもJ-クレジットは、CO2の排出削減・吸収量をクレジット化し、企業や自治体が取引や報告に活用できる仕組みとして注目を集めています。しかし、従来のJ-クレジットの認証・発行プロセスは、人手による作業が多く、時間もコストもかかるのが課題でした。この状況を変えようと、日立製作所はブロックチェーン技術を活用したクレジット認証・発行プロセスのデジタル化に取り組んでいます。

この実証では、太陽光発電のデータをIoTセンサーで収集し、ブロックチェーン上に記録することで、透明性を確保しながらデータ改ざんを防ぎます。一次データをオンチェーンで処理することで、クレジット認証の精度が向上し、申請手続きも簡素化する仕組みです。カーボンニュートラルを目指す企業にとっては、コストを抑えながら投資先プロジェクトの設備の稼働データを安全かつ確実にJ-クレジットに活用できることは大きな利点ですね。

さらに、J-クレジット登録簿システムとの連携を強化することで、取引のスピードの向上も見込めます。これまで時間のかかっていたプロセスがスムーズになれば、中小企業や自治体の参入障壁も下がり、J-クレジット市場の活性化につながるでしょう。

日立製作所がこの分野で強みを持つのは、過去の実績があるからです。同社はデジタル環境債の発行や東京証券取引所のカーボンクレジット市場の取引システム開発にも携わってきました。これらの経験を活かし、カーボンクレジットの発行から流通までを一元管理する仕組みを構築しようとしています。市場が拡大し、取引がより活発になれば、脱炭素社会の実現も加速するはずです。

今後、この取り組みが実用化されれば、J-クレジットの普及が加速し、日本全体の脱炭素化に大きく貢献することになりそうです。環境負荷の削減と経済的なメリットを両立させるこのプロジェクト、今後の展開に引き続き注目です。

NR-Power Lab:分散型IDを用いたVPPシステムによる電力の地産地消と域内経済循環の促進

出典:株式会社インプレス「NR-Power Labが地域新電力16社と分散型IDによるVPPシステムの
実証へ」

脱炭素社会の実現に向け、再生可能エネルギーの普及は欠かせません。しかし、電力の安定供給や管理のコスト負担といった課題も多く、特に地域密着型の小規模な電力事業者にとっては、効率的なシステムの導入が大きなハードルとなっています。こうした課題を解決し、電力の地産地消を促進するために日本ガイシとリコーが共同出資するNR-Power Labは、分散型の発電設備や蓄電池をデジタル技術で統合し、一つの発電所のように機能させる「VPP(仮想発電所)」システムの開発に取り組んでいます。

VPPは従来の大規模発電所とは異なり、地域ごとの電力需給を最適化しながら運用できるため、エネルギーの効率的な活用が可能になります。NR-Power LabのVPPシステムは、AI(人工知能)と分散型ID(DID:Decentralized Identifier)を活用し、信頼性とコスト低減を両立させる点が特徴です。

DIDとは、中央管理者を必要とせずに個人や機器が自身の識別情報を安全に管理できる技術のことです。この仕組みをVPPに導入することで、電力を供給する事業者や消費者のデータ管理をより透明かつ安全に行えるようになります。具体的なシーンとしては、地域の住宅や企業が自家発電した電力を供給する際、その電力が本当に再生可能エネルギー由来であることをDIDとブロックチェーンを組み合わせて証明するケースなどがあります。これにより、電力取引の信頼性が向上し、クリーンエネルギーの普及を後押しするでしょう。

また、NR-Power Labは、ブロックチェーンを活用した電力トラッキングシステム(デジタルサービス)も開発しています。これは、電力の供給元や流通経路をリアルタイムで記録し、証明する仕組みです。ある企業が「100%再生可能エネルギーを使用している」と証明したい場合、ブロックチェーンによるトラッキングを通じて、実際に使用している電力の由来を明確にできる、というイメージです。この透明性の確保は、企業のESG経営やカーボンニュートラルの取り組みにとって、大きなメリットとなり得ます。

今回のプロジェクトには、全国16社の地域新電力会社が参画し、それぞれの地域に適したVPPシステムの実証を進めています。地域新電力は、地域密着型の電力供給を得意とする一方で、大手電力会社と比べて技術リソースに限りがあるのが現状です。そのため、NR-Power Labの技術と地域新電力のノウハウを組み合わせることで、各地域に最適化されたエネルギー管理の仕組みを構築しようとしています。

今後、このプロジェクトが事業化されれば、地域新電力の経営基盤が強化されるだけでなく、日本全体の再生可能エネルギーの導入スピードも加速するかもしれません。これまで電力の安定供給が難しかった地域でも、分散型のエネルギーシステムが確立されれば、災害時のレジリエンス向上にも寄与するでしょう。再エネの普及と地域経済の活性化を同時に実現するこの取り組み、今後の展開が楽しみですね。

日本取引所グループ(JPX):国内初のデジタル環境債「グリーン・デジタル・トラック・ボンド」

出典:株式会社日本取引所グループ「国内初のデジタル環境債であるグリーン・デジタル・
トラック・ボンドの発行条件を決定」

脱炭素社会の実現に向けて、企業の資金調達手段として「グリーンボンド(環境債)」の活用が増えています。これは、再生可能エネルギーの導入や省エネ設備の導入といった環境プロジェクトの資金を調達するために発行される債券のことです。

しかし、これまでのグリーンボンドには「調達資金が本当に環境改善に使われているのかを確認しにくい」「報告のためのデータ収集や管理が煩雑」といった課題がありました。こうした課題を解決し、グリーンボンド市場のさらなる発展を目指して、日本取引所グループ(JPX)は国内初のデジタル環境債「グリーン・デジタル・トラック・ボンド」を発行しました。

このデジタル債の最大の特徴は、ブロックチェーン技術を活用し、資金使途の透明性を向上させている点です。具体的には、調達した資金を使って建設された発電設備の発電量を自動的に計測し、そのデータをCO2削減量へ換算する仕組みが組み込まれています。これにより、投資家は「自分の投資によって、どれだけのCO2が削減されているのか」をリアルタイムで把握できるようになります。これまで年次レポートなどでしか確認できなかった環境効果を、データとして即座に追跡できるのは大きなメリットですね。

また、本デジタル債には「サステナビリティ・リンク・ボンド」への発展可能性も秘められています。サステナビリティ・リンク・ボンドとは、発行体が設定した環境目標の達成状況に応じて、債券の条件(たとえば利率など)が変動する仕組みを持つ債券のことで、企業の環境保全活動が直接投資条件に影響を与えるため、ESG活動をより強く後押しするサステナブル時代の新たな金融商品として非常に大きな注目を集めています。

こうした取り組みは、日本取引所グループだけでなく、日立製作所や野村證券、BOOSTRYといった企業とも連携して進められており、日立製作所は発電量やCO2削減量のデータを記録・管理するシステムを提供し、野村證券は債券の引受を担当。BOOSTRYはブロックチェーン基盤「ibet for Fin」を提供し、デジタル証券の管理を支えています。各社がそれぞれの強みを活かし、デジタル環境債の新たなスタンダードを築こうとしているのですね。

今後、この仕組みが普及すれば、グリーンボンド市場の透明性が飛躍的に向上し、より多くの投資家が環境債を活用するきっかけになるかもしれません。環境対策と金融市場を結びつけるこの革新的な試み、今後の展開に期待が高まります。

日本郵船/郵船ロジスティクス:GHG排出削減量の管理プラットフォーム

出典:日本郵船株式会社「GHG排出削減量を管理するプラットフォームを導入」

近年、企業のサプライチェーン全体で温室効果ガス(GHG)排出量を削減する取り組みが求められています。特に、輸送・物流分野ではGHG排出量が大きく、脱炭素社会の実現に向けた課題の一つとなっています。こうした背景のもと、日本郵船と郵船ロジスティクスは、オランダのスタートアップ企業、123Carbonが提供するGHG排出削減量管理プラットフォームを導入しました。

この取り組みのポイントは、「代替燃料の活用」「ブロックチェーンによるデータ管理」「第三者認証の導入」の3つです。まず、日本郵船は、不定期専用船事業においてバイオ燃料を使用し、削減されたGHG排出量を証明書とともに郵船ロジスティクスへ割り当てます。バイオ燃料は、従来の化石燃料と比べてCO2排出量を大幅に削減できるため、より環境負荷の少ない輸送が可能になります。

次に、郵船ロジスティクスは、日本郵船をはじめとする海運会社や提携する航空会社からGHG排出削減量を調達し、GHG排出量の削減に取り組む顧客に割り当てます。特に、航空輸送においては、SAF(持続可能な航空燃料)の活用が進められており、石油由来のジェット燃料と比較して大幅な排出削減が期待されています。

こうした代替燃料の活用を効率化・透明化するのが、ブロックチェーン技術を活用したデジタルプラットフォームです。従来、GHG排出削減量の管理や証明書の発行には多くの手作業が必要でしたが、ブロックチェーンを導入することでデータの改ざんを防ぎ、透明性を確保できます。加えて、削減量の算出から顧客への割り当てまでのプロセスは、第三者認証機関による検証を受けており、信頼性の高い仕組みとなっています。

こうした取り組みは、企業のScope 3(サプライチェーン全体における間接的なGHG排出量)の削減に貢献します。物流企業としての強みを生かしながら、輸送の脱炭素化を進めることで、顧客企業の環境目標達成を支援する狙いです。

日本郵船グループは、2050年までのネット・ゼロを目指し、脱炭素に向けた取り組みを強化しています。また、郵船ロジスティクスも「提供するすべてのサービスのネット・ゼロエミッション化」を掲げ、2030年までにGHG排出量を45%削減する目標を設定しています。今回のデジタルプラットフォーム導入は、その目標達成に向けた大きな一歩となるでしょう。

三井住友ファイナンス&リース:ブロックチェーンを活用した資産管理システム

出典:PR TIMES「ブロックチェーンを活用した資産管理システムの概念実証(PoC)実施について」

三井住友ファイナンス&リース(SMFL)は、米国のVertaloと共同でブロックチェーンを活用した資産管理システムを開発し、既存のクラウドサービス「assetforce」の機能拡張を行いました。まず第一弾として、不動産を対象にしたセキュリティ・トークン・オファリング(STO)の概念実証(PoC)を実施しており、今後はサーキュラーエコノミーの推進にも応用する予定です。

STOとは、不動産や金融資産をデジタル証券化し、ブロックチェーン上で取引を行う資金調達手法のことです。現状では、STOに関わるデータの管理や関係者間の情報共有が複雑で、手作業による処理が多いため、業務の効率化が課題となっていました。新たに開発されたシステムでは、資産情報を「assetforce」上で一元管理することで、ST発行に関わるプロセスを簡素化し、データの精度向上と取引のスピードアップを実現します。

また、この資産管理システムは、サーキュラーエコノミーの実現にも活用される予定です。サーキュラーエコノミーとは、製品や資源を可能な限り再利用し、廃棄物を最小限に抑える経済モデルのことで、SMFLグループのSMFLレンタルでは、このシステムを活用して計測器の在庫管理や貸し出し、校正作業、修理履歴の管理を強化する計画です。レンタル開始時や売却時に、物件の所在や状態をブロックチェーン上に記録することで、再利用可能な製品を可視化し、円滑な製品調達を可能にします。さらに、中古PCやIT機器のライフサイクル管理においても、キッティングやデータ消去の履歴を記録することで、より透明性の高い取引が実現できるでしょう。

ブロックチェーンを活用した履歴管理の強化により、資産の再利用や中古品の流通が活性化すれば、従来の大量生産・大量消費・大量廃棄のビジネスモデルが変革される可能性があります。SMFLは、サーキュラーエコノミーの推進に必要な機能を「assetforce」に実装し、2024年度中の実用化を目指しており、ブロックチェーンを活用したスマートな資産管理が今後どのように発展していくのか、期待が高まりますね。

富士通:調達先とのカーボンフットプリントデータ連携

出典:日経クロステック「富士通、脱炭素で調達先とカーボンフットプリントのデータ連携」

企業の脱炭素経営が加速する中で、サプライチェーン全体のCO2排出量を正確に把握し、削減することが求められています。特に、製品の原材料調達から最終製品の完成までの過程で排出されるCO2を可視化する「カーボンフットプリント(CFP)」の算出は、脱炭素戦略を推進する上で重要な要素です。

こうした背景のもと、富士通は国内外のサプライヤー12社と連携し、実データを活用したPCF(製品カーボンフットプリント)の算出とCO2排出量のデータ連携を行う取り組みを開始しました。この取り組みでは、ブロックチェーン技術を活用した「ESG Management Platform」を用い、サプライチェーン全体でCO2削減策の効果を可視化しています。

ESG Management Platformは、企業間のデータ連携を強化しつつ、機密情報の保護にも配慮した設計となっています。具体的には、アクセス権を限定したPCF算出や、PCFデータのみをAPIで接続する非中央集権型のデータ管理モデルを採用することで、サプライヤーが懸念する製品設計情報の漏洩リスクを軽減しています。また、PCFの算定には、グローバル標準の「PACT Methodology」が用いられており、国内のCO2可視化フレームワークにも準拠しているため、国際的な基準に則った透明性の高いデータ管理が可能になっています。

このデータ連携により、サプライチェーンの上流からCO2排出量のデータをつなぎ、各サプライヤーが実施した再エネ導入などのCO2削減施策の効果を可視化できます。例えば、特定の部品に使用される原材料のCO2排出量を詳細に追跡し、それを削減するための最適なシナリオをシミュレーションすることが可能になります。

富士通はこの取り組みを通じ、CO2排出量削減努力などの非財務データと売上などの財務データを組み合わせて分析し、製造業をはじめとする企業の経営判断を支援することを目指しています。このように、脱炭素に向けた取り組みを単なる環境対策にとどめず、企業の競争力強化にもつなげるアプローチは今後ますます重要になるでしょう。

JERA:P2P個人間電力取引及びDR等を活用した住宅地における脱炭素の推進

出典:株式会社JERA「P2P個人間電力取引及びDR等を活用した住宅地における脱炭素の推進に
向けた基本合意書の締結について」

脱炭素社会の実現に向けて、住宅地における再生可能エネルギー(再エネ)の活用が重要視されています。しかし、大規模な発電設備の設置が難しい都市部では、限られた再エネ資源をいかに有効活用するかが課題となっています。こうした背景のもと、JERAは世田谷区や東京大学、TRENDEなどと連携し、P2P(個人間)電力取引デマンドレスポンス(DR)を活用した住宅地の脱炭素化に向けた実証事業を開始しました。

P2P電力取引とは、ブロックチェーン技術等を活用し、住宅の太陽光発電や蓄電池で生み出された電力を個人間で売買できる仕組みのことです。従来、余剰電力は固定価格買取制度(FIT)を通じて電力会社に売却するのが一般的でしたが、FITの買取期間が満了した後は売電価格が大幅に下がるため、新たな電力取引の選択肢が求められていました。P2P電力取引では、発電した電力を近隣の住宅に直接販売できるため、電力の地産地消が可能となり、再エネの有効活用につながります。

この仕組みでは、AIによる需給予測を活用し、最適なタイミングで売買が自動的に行われるため、ユーザーが株式トレーダーのように電気を取引することはありません。運用に人手がいらず、参加者が増えるほどスケールメリットが働いてコスト負担が減る仕組みです。さらに、ブロックチェーンによって取引の透明性と信頼性が確保されるため、安心して利用できるのも大きな利点です。

今回の実証事業では、世田谷区内の300軒を対象にP2P電力取引市場の構築を進めるとともに、デマンドレスポンス(DR)の活用にも取り組んでいます。DRとは、電力の需要が高まる時間帯に一時的に使用量を抑えることで、電力の需給バランスを調整する仕組みのことです。これにより、電力のピーク時の負荷を軽減し、より効率的なエネルギーマネジメントが可能になります。

JERAは、この実証を通じて、住宅地における脱炭素モデルの確立を目指しており、将来的には他の地域にも展開していく方針です。P2P電力取引が広がれば、地域経済の活性化や再エネの自立的な運用も進み、電力のあり方が大きく変わる可能性がありますね。これからのエネルギー社会の行方、今後の動向に注目していきましょう。

事例から見るブロックチェーン活用のメリット

ブロックチェーンが脱炭素の取り組みに貢献する理由は何か。これまで紹介してきた事例を振り返ると、その答えが見えてきます。企業がCO2排出量を可視化し、削減策を講じるには、データの信頼性と正確性が不可欠です。しかし、従来の管理手法では、情報の改ざんリスクや手続きの煩雑さが障壁となり、脱炭素施策が思うように進まないケースも多くありました。

そこで活躍するのが、ブロックチェーンの持つ「透明性」「トレーサビリティ」「効率化」「新たな価値創造」といった特性です。これらのメリットが、どのように企業の脱炭素活動を加速させているのか、具体的に見ていきましょう。

透明性の向上

脱炭素の取り組みが進む中で、多くの企業が直面するのが「本当に環境負荷が削減されているのか?」という疑問です。カーボンクレジットの取引やグリーンボンドの発行など、企業の環境施策には数値的な裏付けが求められます。しかし、従来のデータ管理手法では、情報の不透明さや改ざんのリスクが問題視されることも少なくありませんでした。

ブロックチェーンは、この課題を根本から解決します。記録されたデータは改ざんができず、すべての関係者に同じ情報を共有できるため、環境対策の実効性が明確になります。これにより、投資家や消費者も信頼できる情報を基に意思決定ができるようになり、結果として企業の環境活動がより正しく評価されるのです。

トレーサビリティの確保

環境負荷の削減には、CO2排出量を正確に把握することが不可欠です。しかし、多くの企業が関わるサプライチェーン全体を可視化するのは簡単ではありません。情報の管理がバラバラで、どの段階でどれだけのCO2が排出されたのかを追跡するのは非常に手間がかかります。

ブロックチェーンを活用すれば、サプライチェーン全体のCO2排出量を統一的なフォーマットで記録し、必要な情報を正確に把握することが可能になります。これにより、企業はより具体的な削減対策を講じることができ、バリューチェーン全体での環境負荷低減が加速します。また、脱炭素に向けた企業間の連携もスムーズになり、サステナブルな経営の実現につながるでしょう。

効率化とコスト削減

脱炭素の取り組みは、煩雑な手続きや高コストが障壁となることも多いです。ブロックチェーンの「スマートコントラクト」は、こうした課題を解決する鍵となります。契約を自動執行できるこの技術を活用すれば、カーボンクレジットの認証や取引を効率化し、手作業による遅延やミスを削減できます。

さらに、サプライチェーンの排出量データをリアルタイムで共有し、削減の進捗に応じた自動インセンティブを設定することも可能です。こうした仕組みにより、環境施策の透明性と信頼性が向上し、企業の脱炭素化を加速させるでしょう。

新たな価値創造

ブロックチェーンの「トークン化」は、カーボンクレジットや再生可能エネルギー証明書の取引を簡素化し、新たな市場を創出します。従来の取引は手続きが煩雑でしたが、トークンとして発行することで小口取引が可能になり、より多くの企業や個人が参加できるようになります。

また、P2P電力取引のような市場で取引されるエネルギーと組み合わせることで、クリーンエネルギーの調達由来を可視化し、環境価値を明確に伝えることも可能です。こうした新たな仕組みが、脱炭素経済の発展を後押しするでしょう。

まとめ

脱炭素社会の実現に向け、ブロックチェーン技術はさまざまな分野で活用され始めています。本記事では、J-クレジットの認証・発行プロセスのデジタル化、カーボンフットプリントデータの連携、P2P電力取引の導入など、脱炭素に向けてブロックチェーンを活用している実際の企業の取り組み事例を紹介しました。

これらの事例から、ブロックチェーンの「透明性の向上」「トレーサビリティの確保」「効率化とコスト削減」「新たな価値創造」という4つの強みが、脱炭素社会の推進に大きく貢献していることがおわかりいただけたのではないでしょうか。今後、自社での脱炭素戦略を検討する際には、ブロックチェーンの活用も視野に入れることで、より効果的な取り組みが実現できるかもしれません。

トレードログ株式会社では、非金融分野のブロックチェーンに特化したサービスを展開しております。ブロックチェーンシステムの開発・運用だけでなく、上流工程である要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援をおこなっております。

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メタネーションとは?注目される理由やメリット、企業の取り組み、課題も解説!

日本では現在、脱炭素社会の実現に向けてさまざまな取り組みが行われています。中でも、大気中のCO2排出量の増加を抑える画期的な技術として、「メタネーション」に大きな関心が寄せられています。本記事ではメタネーションの仕組みや注目される理由、メリット・デメリットや関連企業の取り組みもご紹介します。

メタネーションとは?

メタネーションとは、二酸化炭素(CO₂)と水素(H₂)を化学反応させてメタン(CH₄)を生成する技術です。この技術は、1911年にフランスの化学者ポール・サバティエ氏が発見した「サバティエ反応」を基盤としており、生成されたメタンを燃焼しても大気中の二酸化炭素濃度を増加させない「カーボンニュートラル」を実現できるという点で注目を集めています。

メタンは日常生活でなかなか耳にすることがない物質ですが、私たちが普段使っている都市ガスの主成分はメタンです。また、メタンを多量に含む天然ガスは火力発電の燃料にも用いられており、社会インフラを支える貴重なエネルギー源だと言い換えることもできるでしょう。

しかし、同時にメタンは、それ自体が二酸化炭素に次いで地球温暖化に及ぼす影響が大きい温室効果ガス(GHG)であり、使用時(燃焼時)には二酸化炭素を発生させてしまいます。そのため、全世界的な動きとしてはメタンは「削減すべき物質」として認知されており、COP26においては、2030年までに世界全体の排出量を2020年比で30%削減することを目標に、国際的な枠組みである「グローバル・メタン・プレッジ」が発足しています。

このような情勢を踏まえると、メタネーションは現代社会の潮流に逆行していると感じる方もいるかもしれませんが、メタネーションは原料として二酸化炭素を利用しているため、生成したメタンを燃焼したときに排出される二酸化炭素量は生成に利用した二酸化炭素と相殺され、新規の二酸化炭素排出量を実質ゼロでエネルギー源を創出できるのです。

特に、再生可能エネルギー由来の水素、いわゆる「グリーン水素」を利用して生成されたメタンは「e-methane」と呼ばれ、非化石エネルギー源から製造されることから環境負荷をさらに低減することが可能です。

したがって、メタネーション技術は温室効果ガスの削減やエネルギーの脱炭素化を進めるうえで欠かせない要素であり、近年では企業のみならず、各国政府などでもその活用が議論される極めて重要な技術となっています。

メタネーションの仕組み

出典:Shutterstock

ここからはメタネーションの仕組みについて見ていきましょう。前述したメタネーションの基盤となるサバティエ反応では、300〜400℃という高温と1〜10MPaの高圧という分子の運動エネルギーが増している環境下で水素と二酸化炭素を結びつけることで、以下のような反応を引き起こします。

CO₂ + 4H₂ → CH₄ + 2H₂O

通常、メタンは生物の死骸が地下に堆積し、長い年月をかけて圧縮されながら地熱によって熱分解されることで発生するものとされていますが、メタネーションではそのような現象を人工的に再現し、短期間で効率的にメタンを生産しています。

現在、メタネーション技術の研究開発は活発に行われており、サバティエ反応を活性化させる触媒(ニッケルやルテニウム)の性能向上や温度や圧力を制御する反応器の改良、詳しくは後述しますが、メタネーションとその他のテクノロジーを組み合わせた革新的メタネーション技術の導入が検討されています。

これらの技術革新が進めば、メタネーションはよりコスト効率が高く、実用性のある技術となる可能性が高まります。特に、エネルギー分野での脱炭素化が求められる現代において、メタネーションは再生可能エネルギーを補完する画期的な技術として大きな期待を集めています。

メタネーションが注目される理由

メタネーションは、エネルギー分野における脱炭素化や温室効果ガスの削減を推進する画期的な技術として注目を集めています。その理由は、技術的進化と政策的な後押しの両面から説明することができます。

革新的メタネーション技術の登場

メタネーション技術の進化は、いくつかの革新的なアプローチによって支えられています。その中でも「ハイブリッドサバティエ技術」「PEMCO₂還元技術」「バイオリアクター技術」、そして「SOEC(固体酸化物形電解セル)」を用いた技術が注目されています。これらはそれぞれ独自の特長を持ち、メタネーションの効率向上やコスト削減に寄与しています。

出典:東京ガス株式会社総合企画部エネルギー・技術G「ガスの脱炭素化に向けた東京ガスの
e-methaneの取り組み」

ハイブリッドサバティエ技術は、水電解とサバティエ反応を一体化したシステムで、高効率なメタネーションを実現します。この技術では、水電解セルと低温対応のサバティエ反応器を接合させ、サバティエ反応で発生する熱を水電解に利用します。通常のサバティエ反応は約300〜400℃で起こるため、発生する熱の再利用が難しいという課題がありましたが、触媒の改良により200℃以下で反応が進むようになり、熱を水電解に還元できるようになりました

これにより、水電解の外部電力の使用を抑え、エネルギー効率を理論上80%まで高めることが可能になっています。また、これらのプロセスを一体化することで配管や貯蔵設備の簡略化が可能になり、コスト削減にもつながります。この技術は、もともと宇宙航空研究開発機構(JAXA)が有人宇宙ミッション向けの空気再生技術として研究してきたものを応用しています。

出典:東京ガス株式会社総合企画部エネルギー・技術G「ガスの脱炭素化に向けた東京ガスの
e-methaneの取り組み」

また、PEMCO₂還元技術は、固体高分子膜(PEM)を利用し、水とCO₂を直接反応させてメタンを生成する技術です。従来のサバティエ反応を必要とせず、単一の装置でメタンを合成できるため、設備の簡素化とコスト低減が実現します。反応温度も100℃以下で運用可能なため、大型化に伴う熱管理の問題も発生しません。しかし、この技術では運転条件や触媒の性能によって副生成物が生じる可能性があるため、メタンを優先的に生成する選択性の高い触媒の開発が求められています。

出典:東京ガス「革新的メタネーション技術でエネルギー業界に変革を◆普及拡大へ
e-メタンのコスト削減に向けた挑戦」

さらにバイオリアクター技術では、微生物、特にメタン菌の代謝を利用してCO₂からメタンを生成します。発酵食品や醸造食品の製造にも使用される技術を応用したもので、低コストで大規模化が容易という利点があります。ただし、メタン菌の代謝速度が遅いため、生産効率の向上が重要な課題となっています。この技術は、微生物を活用することで自然由来のアプローチを取り入れた、ユニークな特色を持っています。

出典:Daigasグループ「世界最高レベルのエネルギー変換効率を目指すSOECメタネーション」

近年、開発が進むSOEC(固体酸化物形電解セル)技術は、水蒸気とCO₂を高温(700~800℃)で電気分解して水素と一酸化炭素を生成し、触媒作用でメタンを合成する手法です。電気ポットでお湯を沸かす際に、あらかじめ水温を上げておけば沸騰までの時間が短縮されて消費電力が少なくなるのと同様に、高温電解に必要な熱エネルギーはメタン生成時に発生する熱を有効活用するため、エネルギー変換効率がとても高いことが特徴です。

また、外部から水素を供給する必要もないことからコスト削減の面でも優れており、メタンの製造コストの大部分を占める①電気分解における電気代②原料となる水素の調達コストという2つのポイントに作用してメタンをより安く生産できる画期的な技術として注目されています。

これらの技術はそれぞれ異なる課題に応える形で開発されており、メタネーションが抱えるエネルギー効率やコストの課題を克服する鍵として、技術の実用化と普及を後押しする重要な要素だといえるでしょう。

国がメタネーションを重要分野として位置付けている

メタネーションが注目される背景には、エネルギー政策や温室効果ガス削減に向けた政府の具体的な取り組みが大きく影響しています。日本政府は2050年のカーボンニュートラル達成を目標に掲げており、この実現に向けた戦略の中核にメタネーションが位置付けられています。

出典:経済産業省「グリーン成長戦略(概要)」

2021年に策定された「グリーン成長戦略」では、脱炭素社会の実現を目指し、メタネーションを含む複数の革新的技術の研究開発や実証事業への支援を打ち出しました。具体的には、水素社会の構築におけるメタネーションの役割が強調されており、再生可能エネルギーを活用したCO₂の資源化やエネルギー効率の向上が重要な柱として、2030年までに温室効果ガスの排出を2013年比で46%削減し、さらに50%削減に挑戦するという中期目標が掲げられています

政府もこの目標達成を後押しするため、産学官連携の研究プロジェクトや、企業の技術開発に対する補助金の提供を積極的に行っています。例えば、総額2兆円規模のグリーンイノベーション基金を創設し、この資金を通じて、メタネーション技術の効率化やコスト削減を目的としたプロジェクトが進められています。また、地域ごとの特性を活かした地産地消型のエネルギー供給モデルの実証も行われており、メタネーション技術の普及に向けた取り組みが広がっています。

さらに、メタネーションは国際的な枠組みの中でも重要視されています。日本は、パリ協定やCOP(気候変動枠組条約締約国会議)の目標に基づき、他国と連携しながら脱炭素化技術の開発を推進しており、技術協力や共同研究プロジェクトを通じて、メタネーションの国際的な普及を目指しています。このような国際的な取り組みは、日本が技術先進国としての地位を維持しつつ、気候変動対策におけるリーダーシップを発揮するための重要なステップとなっています。

政策支援と技術開発の相互作用により、メタネーションは単なる研究開発段階の技術にとどまらず、エネルギー転換や温室効果ガス削減を支える基盤技術として成長しつつあります。その普及が進むことで、再生可能エネルギーの有効活用や脱炭素社会の実現がより現実的なものとなるでしょう。

メタネーションを推進するメリット 

メタネーションには、地球温暖化対策への貢献、日本の産業競争力強化、既存インフラの有効活用など、様々なメリットがあり、 これらを推進することで、持続可能な社会の実現に大きく貢献できる可能性を秘めているのです。順番に解説します。

各種GHGの目標の達成に役立つ

メタネーションは、国際的な枠組みであるパリ協定、日本が掲げる2050年カーボンニュートラル目標、さらにCOP26で採択された「グローバル・メタン・プレッジ」など、主要な国際目標の達成において重要な役割を果たす技術とされています。

これらの目標を実現するためには、温室効果ガス(GHG)を削減するだけでなく、排出されたCO₂を有効活用し、資源として再循環させる仕組みが求められています。特に、CO₂排出量が多い産業分野では、メタネーションにより排出された二酸化炭素を回収してメタンへ変換することで、産業全体のカーボンフットプリントを削減することが可能です。このような取り組みは、経済活動の脱炭素化を推進すると同時に、国際的な目標への具体的な貢献につながります。

さらに、こうした国家規模の効果に加え、企業レベルでもメタネーションの活用は大きな意義を持ちます。近年、ESG投資の注目が高まる中、企業は環境への取り組みを積極的に示すことで、投資家や顧客からの信頼を得る必要があります。メタネーションは、環境規制への対応とともに、非財務目標の達成に向けた効果的な手段として活用されるでしょう。これにより、持続可能な社会の実現と企業価値の向上が期待されています。

環境技術産業における日本の優位性を構築できる

出典:Unsplash

メタネーションは、日本が世界に誇る技術力を活かせる、大きな可能性を秘めた技術です。 実は、世界に先駆けて再生可能エネルギーを使ったメタン合成に成功したのは、東北大学の橋本功二氏らと日立造船という日本の研究グループです。 日本は様々な環境技術分野で常に先進的な役割を果たしてきた歴史があり、メタネーションにおいても優れた日本の技術力によって世界をリードする可能性を秘めています。

また、メタネーションはCO₂削減や再生可能エネルギーの有効活用だけでなく、様々な産業への波及効果も期待できます。 メタネーション技術の開発、プラントの建設、そして運用に至るまで、多くの企業が関わり、新たな雇用が生まれることが期待されます。 地域経済の活性化はもちろん、日本の経済全体を押し上げる力となる可能性も秘めているのです。

そして、忘れてはならないのが、日本の誇る高度な安全技術です。 メタネーションプラントの建設・運用においても、日本の高い安全基準を適用することで、世界トップレベルの信頼性を確保できるでしょう。

国内で生成したメタンを利用することで、海外からの天然ガス輸入への依存度を減らし、エネルギー安全保障の強化にもつながります。日本のエネルギー政策において、再生可能エネルギーと組み合わせたメタネーションは、日本が環境技術分野で国際的な競争力を維持・強化し、持続可能な社会の実現に向けて世界をリードしていくための、まさに「切り札」となり得る技術なのです。

既存インフラで供給可能

メタネーションの最大のメリットは、既存のエネルギーインフラをそのまま活用できる点にあります。都市ガスやLNGの主成分であるメタンを生成するため、新たなパイプラインを建設する必要がなく、既存のガス供給網を通じてスムーズに家庭や企業にエネルギーを届けることができるのです。この利点は、メタネーションの普及を加速させ、コスト削減にも大きく貢献する要素だといえるでしょう。

特に、日本の都市ガス導管は、高い信頼性を誇ります。地中に埋設されているため、台風や豪雨などの自然災害の影響を受けにくく、地震にも強い設計となっています。仮に大規模な地震が発生し、安全確保のためにガス供給が一時的に停止されたとしても、全国のガス事業者が連携した復旧体制によって、迅速な供給再開が可能です。

出典:経済産業省「近年の台風・豪雨災害における対応状況」

さらに、メタネーションは再生可能エネルギーの有効活用にも一役買います。太陽光や風力といった、天候に左右される再生可能エネルギーで発電した電力を使って水素を生成し、それをメタンに変換・貯蔵することで、エネルギーを安定的に供給することが可能になるのです。

このように、既存のインフラと再生可能エネルギーを効率的に活用できるメタネーションは、日本のエネルギー政策の基本方針である「3E」(エネルギー安全保障、経済効率性、環境適合)のすべてを満たす、まさに理想的な技術といえるでしょう。脱炭素社会の実現に向けて、メタネーションは、持続可能なエネルギーシステムを構築するための重要な鍵を握っているのです。

メタネーションが抱えている課題 

メタネーションは、次世代のエネルギー技術として期待されていますが、実用化に向けて克服すべき課題も抱えています。 地球温暖化対策の切り札として期待されるメタネーションですが、その普及には、コスト、設備、制度、技術など、様々な課題を解決していく必要があります。順番に解説します。

生産コストが高い

出典:スマートジャパン「都市ガスを脱炭素化する「メタネーション」、国内での普及に
向けた課題は?」

メタネーション技術の普及を阻む最大の壁の一つが、その高い生産コストです。現状では、従来の天然ガスと比べて、メタネーションで生成されるメタンは非常に高価なものとなっています。試算によっては、ウクライナ侵攻以前のLNG価格と比較しても約3倍のコストがかかるとされており、この価格差がメタネーションの普及を妨げる大きな要因となっています。

コスト増加の主な要因は、まず水素の製造コストです。特に、再生可能エネルギーを用いて製造するグリーン水素は、発電コストや電力消費量が大きいため、製造コストが高騰してしまいます。加えて、工場などの排ガスからCO2を分離・回収する際にも、CO2濃度によっては効率が低下し、コストがかさんでしまうという問題も抱えています。

また、メタネーションに不可欠な触媒も、コスト増加の一因となっています。ニッケルやルテニウムなどの高価な原料を使用する触媒は、製造コストが高く、寿命も限られているため、定期的な交換が必要です。触媒の性能向上や長寿命化に向けた研究開発は進められていますが、コスト削減効果が現れるまでにはまだ時間がかかるでしょう。

さらに、メタネーションプラントの建設には莫大な初期投資が必要となります。プラントの設計・建設・運営には多額の費用がかかり、商業規模での導入となると、資金調達が大きな課題となります。

これらの課題を克服し、メタネーションのコストを削減するためには、技術開発や設備の効率化が不可欠です。触媒の耐久性向上や反応効率の改善、プラントの大量生産によるスケールメリットの追求はもちろん、再エネの発電量が多い海外でのメタネーション実施も有効な手段として考えられるでしょう。

生成設備を大規模化する必要がある

メタネーションを本格的に普及させ、エネルギー供給を安定させるには、合成メタン生成設備の大規模化が欠かせません。 実証実験レベルでは1時間あたり数十~数百N㎥の合成メタン生成が可能ですが、商用化となると、1時間あたり1万~6万N㎥の生成能力を持つ設備が必要になります

出典:経済産業省「第2回国内メタネーション事業実現タスクフォース」

例えば、フランスのガス事業者が2018年から進めている「Jupiter1000プロジェクト」では、再生可能エネルギー由来の水素と工業地帯から排出されたCO₂を使って合成メタンを生成し、既存のガス導管への注入に成功しています。これは技術的な実現可能性を示す好例ですが、現状の規模では1時間あたり25Nm3と、需要を満たすにはほど遠く、さらなるスケールアップが求められています。

しかし、設備を大規模化するには、いくつかの課題をクリアする必要があります。

まず第一に、広大な用地の確保です。メタネーション設備は、反応器、水電解装置、CO₂分離・回収設備、熱管理設備など、様々な大型施設で構成されます。都市部や産業地帯では、土地利用の制約が厳しく、適した場所を見つけるのは容易ではありません。発電施設や排ガス発生源との連携も考慮する必要があり、用地選定は複雑な条件下で行わなければなりません。

次に、運転・管理の複雑化という問題があります。規模が大きくなればなるほど、触媒の劣化、設備の熱管理、トラブル対応など、様々な課題が発生し、メンテナンスの負担や運用コストが増加してしまいます。これを解決するには、設備設計の最適化や自動化技術の導入が重要になります。IoTやAIを活用し、設備の状態をリアルタイムで監視することで、効率的な運用が可能になるでしょう。

さらに、再生可能エネルギー由来の水素を使う場合は、エネルギー供給の安定性も課題となります。風力や太陽光は発電量が変動するため、安定した水素供給には、水素貯蔵技術やバックアップ電源の確保が欠かせません。

このように、メタネーション設備の大規模化には、用地の確保、設備設計、運転管理、エネルギー供給など、様々な課題を解決する必要があります。しかし、これらの課題を克服し、大規模化を実現できれば、コスト削減や市場競争力の向上など、大きなメリットが期待できます。したがって、メタネーション技術の大規模化は、脱炭素社会の実現を大きく左右する重要なファクターとなるでしょう。

メタネーションでの活用が期待される技術

メタネーションは、それ自体が画期的な技術ですが、他の先進技術と組み合わせることで、さらにその可能性を広げ、脱炭素社会の実現を加速させることができます。ここでは、メタネーションとの相乗効果が期待される、2つの注目技術をご紹介します。

DAC(Direct Air Capture)

出典:Shutterstock

DACとは、その名の通り、大気中から直接CO2を回収する技術です。私たちが呼吸する空気には、実は約0.04%のCO2が含まれています。DACは、このわずかなCO2を、特殊なフィルターを使って直接回収する技術です。

基本的な原理は、「ファンなどを使って周囲の空気を取り込み、装置内に設置された特殊なフィルターにCO2を吸着させ、フィルターに吸着されたCO2を加熱したり圧力を変化させたりすることで分離し、濃縮・貯蔵する」というものです。

こうして回収されたCO2をメタネーションの原料として利用することで、CO2の調達ルートが多様化するというメリットがあります。従来のメタネーションでは、工場や発電所など、CO2を大量に排出する施設からCO2を回収して利用するのが一般的でした。しかし、DACを活用すれば、大気中からもCO2を調達できるようになり、CO2排出源の近くに限定されずにより自由な場所にメタネーションプラントを建設することが可能になります

さらに、DACで回収したCO2は、工場などから排出されるCO2に比べて不純物が少ないため、より高純度なメタンを生成できるという利点もあります。これは、生成されたメタンの品質向上に繋がり、燃料としての価値を高めることに貢献します。

ブロックチェーン

出典:Shutterstock

ブロックチェーンは、データを安全に記録・管理するための技術です。ビットコインなどの仮想通貨で広く知られていますが、その高い信頼性と透明性から、メタネーションにも応用が期待されています。

ブロックチェーンは、データを「ブロック」と呼ばれる単位に分割し、鎖のようにつなげて記録していく仕組みで、 各ブロックには前のブロックの情報が含まれており、改ざんが非常に困難な構造になっています。

ブロックチェーン技術をメタネーションに活用するメリットには、メタンの由来を明確に証明することができる点が挙げられます。 メタネーションで生成されたメタンが、本当にCO2を原料としているのか、あるいは化石燃料由来のメタンと混ざっていないか、といった「由来」を証明できるため、カーボンニュートラルなメタンとしてその価値を保証する上で重要な役割を果たします

また、メタネーションによって削減されたCO2量を正確に記録し、可視化することも可能です。これにより、企業は自社のCO2削減努力を客観的に示すことができ、ESG投資の促進企業価値向上にもつながります。

さらに、誰が、いつ、どこで、どれだけのメタンを生成したのかをブロックチェーン上に記録することで、メタンの取引をより安全かつ効率的に行うことができます。取引の透明性を高め、不正リスクを抑制することで、メタネーション市場の健全な発展を促進することが期待されます。

このように、DACやブロックチェーンといった最新技術とメタネーションを組み合わせることで、CO2削減効果の向上、メタンの品質向上、取引の透明性確保など、様々なメリットが期待できます。これらの技術革新は、メタネーションの普及を加速させ、脱炭素社会の実現に大きく貢献するでしょう。

メタネーションの実用化に向けた企業の取り組み

大阪ガス株式会社

大阪ガスは、世界最高レベルのエネルギー変換効率(85~90%)を誇る「SOECメタネーション」の実用化に向けた研究を加速させています。記事内でも取り上げたSOEC(固体酸化物形電解セル)技術を活用し、水と二酸化炭素を電気分解することで水素と一酸化炭素を生成し、これらを反応させてメタンを合成する一貫プロセスを実現。従来のサバディエ反応メタネーションと比べ、エネルギーロスの削減、外部水素調達の不要化、製造コストの低減が期待されています。

出典:PR TIMES「【SDGs】世界初の大阪ガス独自技術! 金属支持型SOECによる
メタネーションのラボスケール試験」

特に、大阪ガス独自の「金属支持型SOEC」は、従来の特殊セラミックスに依存したSOECとは異なり、ホーロー食器のように金属基板の上に薄いセラミックス層を形成する構造を採用。この新技術により、高価な特殊セラミックス材料の使用量を従来比で1割程度に削減できるため、コスト削減が可能になります。また、金属支持型SOECは耐衝撃性が高く、形状の自由度も向上しており、大規模化への対応も容易です。大阪ガスは現在ラボスケール試験を実施しており、2030年代後半の実用化を目指しています。

この技術開発と並行し、大阪市の舞洲工場では、都市部の生ごみ由来バイオガスと再生可能エネルギー由来の水素を活用したメタネーション実証を進めています。都市ガスインフラを活用し、e-メタンの供給と消費を一体化するモデルの確立を目指し、2030年までにごみ焼却施設や食品加工工場への導入を計画中で、スケールアップに向けた技術検証も進行中です。

出典:日本経済新聞「大阪ガス、大阪万博会場向けのメタネーション設備が竣工」

こうした取り組みを踏まえ、2025年の大阪・関西万博では、会場内の生ごみ由来バイオガスとグリーン水素を活用し、一般家庭約170世帯分に相当するe-メタンを製造・供給する実証を実施予定とのこと。日本館のバイオガスプラントで回収されたCO2をメタン化することで、資源循環型の脱炭素エネルギー利用モデルを提示する計画です。

同社では「カーボンニュートラルビジョン」や「エネルギートランジション2030」のもと、これらの技術を社会実装し、次世代メタネーションの実現に向けた挑戦を続けています。CO2を資源として活用し、既存のインフラを活かしながら低炭素社会への移行を加速させるこの取り組みは、エネルギー業界の脱炭素化における重要なステップとなるでしょう。

東京ガス株式会社

出典:東京ガス株式会社「下水道施設で発生する再生水と消化ガスを活用した
e-メタン製造実証を開始」

東京ガスは、メタネーション技術を活用したe-メタンの製造・活用を推進し、地域資源を最大限に活用したカーボンニュートラル社会の実現を目指しています。その一環として、2023年から横浜市と連携し、下水処理プロセスで発生する消化ガスや再生水をe-メタン製造の原料として活用する実証を開始しました。具体的には、横浜市北部下水道センターで発生する消化ガスをCO2源として利用し、再生水を水電解による水素製造の原料とすることで、地域内の資源循環を促進。都市の未利用資源を活用しながら、持続可能なエネルギー供給の可能性を探っています。

並行して、2023年7月からは横浜市資源循環局鶴見工場の排ガスから分離・回収したCO2をe-メタン製造に利用するCCU(カーボンキャプチャー&ユース)実証も開始し、都市ガスのカーボンニュートラル化を目指してより広範な資源を活用したエネルギー供給モデルの構築を進めています。

出典:東京ガス株式会社「日本初、e-メタン由来のクリーンガス証書で環境価値を移転します」

そして、2024年4月には、これらの実証で製造されたe-メタンを活用し、日本で初めて「クリーンガス証書制度」に基づく環境価値移転を実施しました。この制度では、燃焼時に追加的なCO2を排出しないとみなせるe-メタンやバイオガスに対し、環境価値を証書として発行。取得したクリーンガス証書を活用し、2024年10月31日の「ガスの記念日」から一定期間、横浜市の山下公園通りのガス灯に適用しました。この取り組みにより、都市のインフラにe-メタンを活用する道が開かれ、今後の普及拡大に向けた重要な一歩となっています。

また、同社は国内でのe-メタン製造拠点の確立を目指し、北海道の王子製紙苫小牧工場と連携した新プロジェクトを推進。工場で発生・回収されたCO2と、再生可能エネルギーを活用して製造したグリーン水素を合成し、純国産のe-メタンを生産する計画を打ち出しています。2030年までに数十m³/h規模の設備を導入し、さらに1,000m³/h級へと拡張することで、大規模なe-メタン供給体制の構築を目指します。

東京ガスにおいても「Compass2030」という独自のビジョンのもと、エネルギーの脱炭素化と地域循環型社会の実現に取り組んでいます。下水処理、廃棄物処理、産業インフラを横断的に活用しながら、e-メタンの社会実装を進めるこの挑戦は、都市ガスの未来を大きく変える可能性を秘めています。

まとめ

メタネーションは、CO₂を資源として活用し、エネルギーの脱炭素化を推進する画期的な技術です。大阪ガスや東京ガスをはじめとする企業が、SOECメタネーションの高効率化や地域資源の活用、環境価値証書制度の導入など、さまざまな取り組みを進めています。これにより、既存の都市ガスインフラを活かしながら、持続可能なエネルギー供給モデルの実現が期待されています。

しかし、メタネーションの社会実装には、コスト削減や大規模化、トレーサビリティの確保など、解決すべき課題も多く残されています。こうした課題を克服するためには、最新技術の活用が不可欠です。

トレードログ株式会社は、ブロックチェーンを活用したエネルギー管理や環境価値の取引システムの開発を通じて、メタネーションの普及を支援いたします。エネルギー取引の透明性向上やカーボンクレジットの正確な追跡を実現し、脱炭素化に貢献するソリューションを提供可能です。

メタネーション技術の導入や、エネルギーのデジタル管理に関心がある企業の皆様は、ぜひ当社までお問い合わせください。貴社の脱炭素戦略を次のステージへと導くサポートをいたします。

水素取引の新時代!東京都「グリーン水素トライアル取引」の全貌を解説

脱炭素社会の実現に向け、エネルギー業界で注目を集めている「グリーン水素」。特に東京都が推進する「グリーン水素トライアル取引」は、企業が環境価値を取引し、SDGs(持続可能な開発目標)を実践するための新しい選択肢として期待されています。

しかし、なぜ「トライアル取引」が話題になっているのか?その仕組みやメリット、課題となっているポイント、あるいはそもそもグリーン水素とは具体的に何なのか?など、分かりづらい点も多いのではないでしょうか。そこで本記事では、東京都の「グリーン水素トライアル取引」について、分かりやすくかつ網羅的に解説していきます。

そもそもグリーン水素とは?

グリーン水素トライアル取引を説明する前に、まずはグリーン水素とはそもそもどういった水素なのかを押さえておきましょう。水素自体はエネルギーを生み出すクリーンな燃料として知られていますが、その製造方法によって「環境にやさしい水素」と「そうでない水素」に分かれるのをご存じでしょうか?

従来、水素は主に天然ガスや石炭を使って作られています。この方法では、大量の二酸化炭素(CO₂)が排出されるため、せっかく水素がクリーンな燃料として活用されても、製造過程で環境負荷がかかるという矛盾を抱えていました。このタイプの水素は「グレー水素」と呼ばれ、現在流通している水素の多くがこれに該当します。

一方、グリーン水素はまったく異なるアプローチで生み出されます。太陽光や風力などの再生可能エネルギーを使って水を電気分解し、水素(H₂)を取り出すのです。この方法では、化石燃料を使わないため、製造過程でCO₂を排出しません。つまり、水素が持つクリーンな特性を製造段階から徹底することができるという訳です。

このグリーン水素は、脱炭素社会の実現を目指す各国のエネルギー政策において、重要な役割を果たすと考えられています。例えば、欧州連合(EU)は「EU水素戦略」のもとで2030年までに400万トンのグリーン水素生産を目指しており、ドイツやフランスでは政府主導で大規模な水素インフラの整備が進んでいます。

また、日本も「グリーン成長戦略」に基づき、グリーン水素の普及と価格低減を推進しており、東京都が実施する「グリーン水素トライアル取引」はその一環と位置付けられます。こうした国際的な潮流の中で、グリーン水素の生産・取引をどのように拡大していくかが、今後のエネルギー政策の鍵となっています。

グリーン水素については下記の記事でも詳しく解説しています。

グリーン水素トライアル取引の概要

出典:東京都「東京都グリーン水素トライアル取引供給記念セレモニーを実施」

東京都では、エネルギーの安定供給の確保や脱炭素化に向け、都内における水素エネルギーの需要拡大・早期社会実装化に取り組んでおり、その一環としてグリーン水素の市場形成を目指す「グリーン水素トライアル取引」を開始しています。

この構想は、2024年11月にアゼルバイジャン・バクーで開催されたCOP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)において小池百合子東京都知事によって正式に発表されたもので、市場形式でのグリーン水素取引では世界初の事例となっています。

本トライアルの令和6年度実施事業者には株式会社東京商品取引所が選定(令和7年度以降については2025年3月現在、公募中)されており、既存のコモディティ取引のノウハウを活かしながら市場原理を活用し、より柔軟な取引を実現することを狙いとしています。

📅実施期間 :令和6年12月から令和9年(3か年度で実施)
🎯取引対象 :以下を満たすグリーン水素
       ・再生可能エネルギー由来の電力を使用し、水電解により製造された水素
       ・ISO14687 Grade Dに準拠した水素
📍実施場所 :指定のウェブフォームにて入札を実施
🔄取引の流れ:
① 取引プラットフォームへの登録
売り手・買い手が東京都が提供する専用プラットフォームに参加登録します。

② 入札・価格提示(ダブルオークション方式
売り手は供給できる水素の量と希望価格を提示し、買い手は希望する量と購入上限価格を入力します。

③ マッチングと価格決定
オークション形式で最適なマッチングが行われ、最終的な取引価格が決定されます。ただし、供給者と利用者の価格差については東京都による価格差支援が実施されます。

④ オークション結果の公表
供給側及び利用側双方の落札者決定後、供給者及び利用者のN㎥単位の落札単価、落札数量などが東京都の公式サイトや事業実施者のホームページで公表されます。

⑤ 水素の供給・受け取り
売り手は決められた日時・場所で水素を供給し、買い手は受け取ります。輸送に伴っては東京都が指定する輸送事業者による配送を行い、費用の一部については都が負担します。

(参考)令和6年12月実施取引の入札結果

入札者入札者数落札単価落札量
供給側
(各コース共通)
1者300円/N㎥
入札側
(トレーラー輸送コース)
2者89円/N㎥期間中週2回輸送
入札側
(カードル輸送コース)
2者230円/N㎥期間中計10回輸送
出典:東京都「グリーン水素トライアル取引 入札結果の公表」

グリーン水素トライアル取引の目的

グリーン水素トライアル取引は、単なる実証実験ではなく、東京都が掲げる水素社会の実現に向けた重要なステップです。東京都は、2050年のカーボンニュートラル達成を目標に、再生可能エネルギー由来の水素を社会に普及させることを目指しています。

ここでは、東京都がグリーン水素を推進する背景と、トライアル取引が果たすべき役割について詳しく見ていきましょう。

東京都が目指す水素社会の実現

東京都がグリーン水素に力を入れる理由は、単なる環境対策にとどまりません。エネルギーの多様化、産業競争力の強化、災害時のレジリエンス向上といった、都市の未来を左右する課題に直結しているのです。

現在、日本のエネルギー事情は大きな転換点を迎えています。日本の産業の動力源となっている化石燃料の自給率は、天然ガスが2%、石油と石炭が0%(IEA、2022年発表)とほとんど全量を輸入に頼っている上に、これらの産出国は政治情勢が不安定な中東地域に集中しています。つまり、地政学的なリスクの高いエネルギー源なのです。

したがって、これら化石燃料への依存度を下げ、再生可能エネルギーの活用を増やすことは、国の政策としても急務です。しかし、太陽光や風力は天候に左右されやすく、「使いたいときに使えない」という課題があります。そこで、余剰電力を水素として貯蔵し、必要なときに活用できる「水素社会」の実現が求められています。

東京都は、全国に先駆けてこの水素社会を実現しようとしています。すでに、都内の一部では燃料電池バスの運行や、水素ステーションの整備が進められており、これらの整備を進めるにあたっては、2024年度から水素関連の予算も倍増させるなど、公共交通機関や物流に水素を活用する動きが本格化しています。

出典: Instagram「東京都知事 小池百合子の活動レポート」

また、啓発活動にも抜かりありません。「羽田みんなのみらい 水素エネルギー展」や「水素フェスタ」、「HENCA Tokyo 2024」といった水素活用を促進するようなイベントを定期的に開催し、都民の環境意識を高めると同時に、最新のテクノロジーを積極的に発信して企業の水素への関心も惹きつけています。こうした都としての姿勢は、福島県やクイーンズランド州(オーストラリア)との連携協定締結という形で実を結んでいます。

しかし、こうした取り組みをさらに広げるためには、安定的な水素の供給と、企業が参入しやすい市場環境の整備が不可欠です。この課題を解決するために生まれたのが、今回のグリーン水素トライアル取引です。東京都は、この取引を通じて、企業が水素の調達や供給をスムーズに行える市場を整え、水素社会の実現を後押ししようとしています。

脱炭素化への貢献

東京都は前述の通り、水素社会の実現に注力していますが、今回のトライアル取引でグリーン水素にフォーカスしたのは、脱炭素社会の実現という明確な目標があるからです。日本政府は2050年までにカーボンニュートラルを達成する方針を掲げており、それを実現するためには、再生可能エネルギーを活用した水素の普及が欠かせません。特に東京都は、大都市としてエネルギー消費量が膨大であり、脱炭素化の取り組みが全国のモデルケースとなることが求められています。

この取り組みの一環として、東京都は、グリーン水素の生産から供給、利用までのサプライチェーンを整備することに力を入れています。例えば、東京都が主導する「ゼロエミッション東京戦略」では、水素エネルギーの活用を拡大し、二酸化炭素排出量の削減を加速する計画が明示されています。

出典:ゼロエミッション東京

また、産業界と連携しながら、グリーン水素の利用を促進する政策も進められています。東京都内の一部の工場やオフィスビルでは、水素を活用した燃料電池の導入が始まっており、今後は商業施設や一般家庭への普及も視野に入れられています。さらに、東京都が進める公共交通機関の水素化も、脱炭素化に向けた重要な取り組みの一つです。

このように、東京都が進めるグリーン水素トライアル取引は、脱炭素化への貢献を目的とした広範な戦略の一環として位置付けられており、都市全体のエネルギー構造を変革する鍵となっています。

脱炭素については下記の記事でも詳しく解説しています。

水素取引市場の活性化

グリーン水素の普及を加速させるには、安定的な供給と流通を可能にする取引市場の整備が不可欠です。しかし、従来の水素取引は、限られた企業間の長期契約に依存しており、市場の透明性や流動性に課題がありました。

この状況は、かつての日本の卸電力市場にも似ていますね。以前の電力市場は特定の大手電力会社が独占的に供給しており、新規事業者が参入しにくい構造でしたが、電力自由化による市場開放と取引制度の整備により、多様な事業者が参加する市場へと変化しました。同様に、グリーン水素の市場も、より多くのプレイヤーが参加しやすい環境を整えることで活性化が期待できます。

東京都は、グリーン水素トライアル取引を通じ、この取引市場の活性化を図ろうとしており、オークション方式を採用することで需要と供給のバランスを適正に保ちつつ、企業が適正価格で水素を調達できる仕組みを構築しています。市場形式でのグリーン水素取引は史上初の取り組みですが、新規参入のハードルを下げて多様な事業者が取引に参加できる環境を整えるという点では、クリーンエネルギー普及の分岐点にもなりうる重要なポイントなのです。

また、この市場の活性化は、水素インフラ整備の加速にも寄与します。水素ステーションの増設や輸送・貯蔵技術の向上が進むことで、水素の供給網が強化され、利用可能な範囲が広がります。実際、日本の卸電力市場の自由化が進んだ結果、再生可能エネルギーの導入が加速したのと同様に、水素市場の活性化が進めば、グリーン水素の流通量が増え、より多くの企業や自治体が水素エネルギーを活用しやすくなるでしょう。

すでに海外の水素生産地との協力関係が進められており、東京都が水素取引のハブとして機能する可能性もあります。こうした市場の活性化を通じて、東京都は水素社会の実現に向けた具体的な一歩を踏み出しているのです。

グリーン水素トライアル取引のメリット

出典:Shutterstock

東京都が開始したグリーン水素トライアル取引は、水素供給者と需要者の双方にとって、新たなビジネスチャンスを生み出す画期的な取り組みです。では、ここからは具体的に供給側と需要側にどのようなメリットがあるのかを見ていきましょう。

供給側のメリット

グリーン水素の供給側にとって、最大のメリットは市場への参入障壁が大幅に低下することです。従来、グリーン水素の流通は限られた企業に依存していました。例えば、再生可能エネルギーを調達し、それを水電解装置で水素に変換するスキームは、大手商社によって運用・統括されることが多く、装置の製造も特定の大手メーカと手を組んで直接契約を行う、あるいはそれらを内製化できる大企業にしかグリーン水素の活用はできませんでした。

しかし、取引市場が確立されることで、これまで直接の取引ルートを持たなかった事業者もグリーン水素を売買できるようになります。例えば、地方自治体が所有する再生可能エネルギー発電所や規模の小さな水素製造業者が、既存の大手企業と同じ土俵で競争できる環境が整います。これにより、グリーン水素の供給網が多様化し、競争が促進されることで、市場全体の成長が加速する可能性があります。

また、オークション形式の取引により、リアルタイムで需要と供給のバランスを把握しながら価格を設定できるため、供給側は適正な利益を確保しやすくなります。これまでのように、長期契約の固定価格に縛られるのではなく、市場価格に応じて柔軟な販売戦略を立てることが可能です。水素製造には大規模な設備投資が必要ですが、将来的な需要予測がしやすくなることで投資も呼び込みやすくなり、技術革新や新規プレイヤーの参加も促進されることでしょう

このように、グリーン水素の供給側にとって、取引市場の確立は市場参入の容易化だけでなく、販売戦略の柔軟化や投資環境の改善といった多面的なメリットをもたらします。

需要側のメリット

一方で、グリーン水素の需要側にとっても、本取引は大きな利点をもたらします。従来、水素の調達は限られた供給者との直接契約が主流であり、長期契約を結ばなければ安定した供給を確保することが難しい状況でした。しかし、取引市場が開かれることで、複数の供給者から最適な価格で水素を調達できるようになります。

前述の通り、オークション方式の導入によって供給側の価格設定が最適化されますが、それは需要側にも同じことがいえます。これまで、グリーン水素の価格は供給者ごとに異なり、予測が立てにくいという問題がありましたが、本取引では過去の取引データを分析することで、将来的な価格変動の見通しを立てやすくなり、事業計画の安定性を向上させることができます

トライアルの段階では、まだまだ入札が少なく「価格競争」と呼ぶには足りないものでしたが、将来的に入札者が増えていくと市場原理が働き、供給側はさらに価格が下がり、利用側の価格は上がっていくものと想定されます。

また、本取引を通じて水素供給網が拡大すれば、需要者がインフラ整備の負担を軽減できる可能性もあります。これまで、水素エネルギーを活用したい企業は、自前で水素供給設備を導入するか、特定の供給者と独自の契約を結ぶ必要がありました。しかし、取引市場が機能すれば、供給網が整い、インフラ整備にかかる初期投資を抑えながら水素エネルギーを導入できるようになります。特に、物流業界や発電事業者にとっては、導入コストの低減は大きなメリットとなるでしょう。

このように、グリーン水素トライアル取引は、水素供給者・需要者双方にとって大きな利点をもたらし、市場の活性化を促す重要な取り組みとなっています。

グリーン水素トライアル取引が抱える課題

出典:Shutterstock

グリーン水素トライアル取引は、水素市場の活性化と脱炭素化の推進に向けた重要な取り組みですが、まだ市場として発展途上にあり、いくつかの課題を抱えています。本章では、主な課題とその背景を整理し、解決に向けた展望について考察します。

取引量の限定性と市場流動性の低さ

現在の水素市場では、参加事業者の数が限られており、取引量も十分ではありません。グローバル企業で構成されている水素協議会の報告によると、グリーン水素の供給力は欧米が突出しており、山間部の多い日本は再生可能エネルギーの適地が乏しいため、石油や天然ガスと同様に水素の輸入に頼らざるを得ないと指摘されています。

出典:日経ビジネス「205X年の最悪シナリオ 水素不足の日本、電気足りず鉄つくれず」

この状況が何を意味するかというと、日本国内のグリーン水素市場の流動性が低く、供給が限定されることで、価格変動リスクが高まる危険性があるということです。こうした再生可能エネルギー供給の難しさは、かつてグリーン電力証書などの環境価値を取引する市場の初期段階でも見られた共通の課題であり、需要に対して安定的な供給が確保できなければ、企業が安心して市場に参加することが難しくなります。

市場流動性を高めるためには、より多くの事業者の参入を促すためのインセンティブ設計が必要です。例えば、政府の補助金制度や税制優遇措置を活用し、水素製造業者や消費者にとって市場参加のメリットを高めることが考えられます。また、長期的には、水素貯蔵技術の向上や、輸送インフラの整備によって供給の安定化を図ることが重要となるでしょう。

インフラ整備の遅れ

グリーン水素の普及には、水素ステーションやパイプラインといったインフラの整備が欠かせません。しかし、現時点では国内の水素インフラは発展途上であり、供給網の整備が市場成長のボトルネックとなっています。特に、地方では水素の輸送手段が限られており、大都市圏に比べて普及が進みにくい状況です。

また、水素ステーションの設置には高額な投資が必要となるため、民間企業単独では十分な整備が難しく、政府の支援や官民連携が不可欠です。例えば、日本政府は「水素基本戦略」において、水素関連インフラへの補助金を拡充する方針を示していますが、依然として欧米と比較すると支援額は十分とはいえません。

水素インフラの整備を加速させるには、政府の補助金制度の強化だけでなく、インフラ投資への民間資本の流入を促す仕組みが必要です。例えば、カーボンクレジット市場と連携し、水素インフラの構築を行う企業が環境価値を取引できるようにすることで、投資の魅力を高めることが考えられます。実際に、ヨーロッパでは欧州連合(EU)が「欧州水素銀行」と呼ばれるグリーン水素市場形成のための財政的な支援メカニズムを推進しており、水素バリューチェーンへの民間投資を呼び込んでいます。

出典:資源ミライ開発「欧州水素銀行の役割」

このように、日本でも東京都が単体で取り組むのではなく、国や他の自治体も、民間資本など様々なプレイヤーが協力する形でインフラ整備に向けた取り組みがなされることが必要となってくるでしょう。

取引の透明性と効率性の確保

現在のトライアル取引では、取引データの管理や価格決定プロセスにおいて透明性が十分に確保されていないという課題があります。特に、リアルタイムの取引データは事前の申請が認められた参加者にしか公開されておらず、外部の企業が市場の健全性を判断しづらい状況にあります。

この課題に対する解決策の一つとして、ブロックチェーン技術の活用が考えられます。ブロックチェーンは、取引履歴を改ざん不可能な形で記録し、参加者全員が同じ情報をリアルタイムで確認できる仕組みを提供します。これにより、取引の透明性が向上し、市場の健全な成長を支えることが可能になります。

また、取引の効率性向上のためには、スマートコントラクトの導入も有効です。スマートコントラクトとは、ブロックチェーン上であらかじめ定めた条件を満たすと自動的に契約が実行されるプログラムのことで、手作業による確認作業を削減し、迅速かつ正確な取引を実現します。これを水素取引に応用することで、事業者間の取引プロセスを簡素化し、取引コストを削減するとともに、透明性を向上させることが可能となるでしょう。

まとめ:グリーン水素トライアル取引の今後の展望

グリーン水素トライアル取引は、持続可能なエネルギー社会の実現に向けて注目を集めています。今回の取引では、山梨県が製造したおよそ700万円分のグリーン水素が落札されましたが、第二回目以降では今回のプレスリリースや連携協定を基に、全国様々な地域からグリーン水素が調達されることが予想されます。

また、東京都では大田区の都有地に新たなグリーン水素製造プラントが整備予定であり、今後の国内生産能力の向上が期待されており、グリーン水素のトライアル取引市場は今後数年間で急速に発展すると予測されています。政府の支援策やカーボンクレジット市場との連携が進むことで、市場の流動性が高まり、商業ベースでの取引が拡大する可能性があるでしょう。

今後、企業がどのようにグリーン水素市場に参入し、自社の脱炭素戦略に活用するかが、持続可能なエネルギー社会の実現に向けた重要なポイントとなるでしょう。記事内でも紹介したブロックチェーン等を活用した取引プラットフォームの開発はプレイヤー間の信頼性という点で非常に重要になっていくはずです。今後も、グリーン水素トライアル取引には注目が必要ですね。

トレードログ株式会社では、ブロックチェーン技術を活用した非金融分野のシステム開発・運用を手がけており、要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援を提供しています。ブロックチェーンを用いた認証・管理システムの導入を検討されている方は、ぜひ当社までお問い合わせください。貴社の課題やビジネス要件に応じた最適なソリューションをご提案いたします。

自己主権型アイデンティティ( SSI:Self-Sovereign Identity)とは?個人情報管理の新たな姿を徹底解説!

インターネットが普及し、ネットショッピングやSNS、銀行のオンラインサービスなどが登場したことで私たちの生活は非常に便利になりました。一方で、「顔の見えない世界」では、あらゆる場面で個人情報の入力が求められます。こうした個人情報の管理を企業や政府に委ねた結果、大量のデータ漏えいやプライバシーの侵害といった課題が生じており、従来のアイデンティティ管理が問題視されています。

そこで近年、大きな注目を浴びているのが、「自己主権型アイデンティティ(Self-Sovereign Identity, SSI)」という新しい概念です。本記事では、SSIの基本から関連技術、その仕組みやメリット・デメリット、さらには最新の動向までを詳しく解説します。SSIを理解することで、今後のデジタル社会のあり方や、新規ビジネスの可能性について考えるヒントを得ることができるでしょう。

自己主権型アイデンティティ(SSI)とは?

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SSIは、より安全かつ柔軟なアイデンティティ管理が可能になる仕組みとして注目を集めています。SSIについて解説する前に、従来のアイデンティティ管理とSSIの違いを明確にするため、まずは現在のID管理手法の課題を整理していきましょう。

従来のアイデンティティ管理の問題点

現代社会では、企業や政府が個人情報を管理するのが一般的です。多くのサービスでは、ユーザーがアカウントを作成し、氏名やメールアドレス、電話番号などを登録したうえで、IDとパスワードを設定する必要があります。一見すると合理的な仕組みに見えますが、この方法にはいくつもの問題が潜んでいます。

まず、データ漏えいのリスクです。個人情報が企業のサーバーに集中しているため、サイバー攻撃の対象になりやすく、大規模な情報流出事件が後を絶ちません。近年では、FacebookやYahoo!のような大手企業でさえ、大規模な個人情報漏洩が発生し、被害を受けたユーザーが多数います。

次に、個人が個人情報のコントロール権を持てないという課題もあります。一度登録した情報は、企業のデータベースに保管され、ユーザーが完全に削除することはできません。さらに、企業が収集したデータがどのように利用されているのか不透明なケースも多く、知らない間に広告のターゲティングやマーケティングに活用されていることもあります。

また、ID・パスワードの管理が煩雑になりがちです。サービスごとに異なるアカウントを作成し、それぞれのIDとパスワードを覚えておく必要があるため、パスワードの使い回しが増え、セキュリティリスクが高まります。

さらに、プライバシー侵害の可能性も無視できません。企業や政府が個人の行動履歴を収集し、分析するケースが増えており、監視社会への懸念も高まっています。特に、広告業界ではユーザーの興味・関心を把握するためにデータを活用することが一般的になっており、個人の意思とは無関係に情報が利用されることが問題視されています。

こうした諸所の課題を解決するために登場したのが、自己主権型アイデンティティ(SSI)です。

自己主権型アイデンティティ(SSI)=個人情報は自分で管理すべし!

SSIの基本的な考え方は至ってシンプルです。これまで企業や政府に依存していたアイデンティティ管理を、ユーザー自身が行えるようにすることで、「企業が個人情報を管理する時代」から「個人が自ら情報を管理する時代」への転換を図ろうというものです。

従来のアイデンティティ管理の仕組みでは、個人情報はユーザーの手元を離れる形で企業が管理していましたが、SSIの元では個人が自分の情報を管理するため、「必要に応じて特定の情報だけを選んで提供する」ということが可能になります。例えば、年齢確認が必要な場面では、生年月日ではなく「成人である」という情報のみを提示することで、必要最小限のデータ提供にとどめることができます。

また、企業や組織を介さずに本人確認が行えるため、サービスごとに新しいアカウントを作成する必要もなくなり、ID・パスワード管理の手間を大幅に削減できるほか、情報漏えいのリスクも低減すると考えられています。

このように、SSIは従来の中央集権的なアイデンティティ管理のあり方を根本から変える可能性を持っている概念だといえるでしょう。

自己主権型アイデンティティ(SSI)が注目される背景

アイデンティティ管理の新たな潮流として注目されるSSIは、個人情報管理の重要性が高まるにつれて、市場規模も急速に拡大しています。株式会社グローバルインフォメーションのレポートによると、2024年のSSI市場は18億ドル規模と推定されており、2029年には471億ドルに達すると予測されています。では、なぜここまでSSIが注目されているのでしょうか。

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一番大きな要因は、昨今相次いでいる個人情報の大量流出や不正利用が、ユーザーのデータ管理に対する不安を高めていることでしょう。従来の中央集権型のアイデンティティ管理では、個人情報が企業や政府機関のデータベースに集中してしまい、サイバー攻撃や不適切な情報管理を招いてしまいます。中には大学や医療機関、保険会社や地方自治体など、プライバシーに深く関係する情報が流出したケースもあります。

こうした状況を受け、ユーザーが、必要な情報のみを選択的に開示できるSSIの概念への関心を持っていったというのはある意味で自然な流れといえます。プライバシー保護への意識が高まる中で、「細心の注意を払います」という姿勢だけではなく、ユーザー自身が情報をコントロールできる認証方法そのものが求められているのです。

次に、技術の進歩もSSIの普及を後押ししているといえるでしょう。個人が情報の主導権を握るSSIの実現の壁となっていたのは「情報がセキュアな状態に置かれているか」、つまりは耐改ざん性の問題です。旧式のアイデンティティ管理がいくらサイバー攻撃の標的となりやすいとはいっても、(むしろ、だからこそ)セキュリティ体制を構築していることがほとんどです。したがって、通常のデータ基盤でSSIを具現化してしまうと、セキュリティ体制が脆弱化し、情報漏洩のリスクが高まってしまう可能性がありした。

しかし、近年、ブロックチェーン技術(詳しくは後述)などの耐改ざん性に優れた技術が登場し、中央機関を介さなくても安全かつ信頼性の高いアイデンティティ管理を行うことが可能になりました。また、W3C(World Wide Web Consortium)やDIF(Decentralized Identity Foundation)といった国際的な標準化団体が、SSIの技術仕様を策定しており、システム実用化に向けた枠組みも整い始めました。こうした技術面の発展によって、現在、SSIは机上の空論から脱しつつあるのです。

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さらに、各国政府の取り組みもSSIの成長を加速させています。欧州連合(EU)では、eIDAS(Electronic IDentification, Authentication and trust Services)規則が導入され、電子的な身分証明や信頼サービスの標準化が進められています。2024年2月にはeIDAS 2.0が正式に承認され、個人が自身のデジタルアイデンティティを管理できる「European Digital Identity Wallet(EUDIW)」の導入が提案されました。EUでは、自分のID情報や各種証明書のどの項目を個々のサービサーに提供するかを選択できるSSIの概念と共に、加盟国間でIDの規格を統一するための規制改正を進めることで、いわゆる「デジタル単一市場」の実現を目指しています。

こうした動きを受けて日本国内でも、大手企業や金融機関がSSIを活用した実証実験を進めており、政府レベルでもデジタル庁を中心にSSIを視野に入れたデジタル社会の実現が検討されています。したがって、SSIは各国のデータ管理の取り組みの土台となっており、これに連動する形で企業や国民がSSIへの注目を集める結果となっているのです。

このように、SSIはデータプライバシーへの意識の高まり、技術革新、デジタル化の加速、各国政府の政策といった様々な要因によって次世代のアイデンティティ管理の有力な手段として注目を集めています。

自己主権型アイデンティティ(SSI)の関連技術

SSIを理解する上で欠かせないのが、その実現を支える技術です。従来の中央集権型のアイデンティティ管理とは異なり、SSIではユーザー自身が情報を管理し、必要なときに必要な相手へ選択的に提供する仕組みが求められます。これを可能にするのが、「DID(分散型識別子)」「VCs(検証可能な証明書)」「ブロックチェーン」といった技術群です。

これらの技術がどのように機能し、SSIの実現にどのように貢献しているのか、それぞれ詳しく見ていきましょう。

DID(Decentralized Identifier、分散型識別子)

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DID(Decentralized Identifier、分散型識別子)は、SSIの基盤となる技術の一つです。これは、従来のメールアドレスやSNSアカウントのように中央管理者が発行する識別子とは異なり、ユーザー自身が発行し、管理することができる識別子を意味します。

従来のオンライン認証では、GoogleやFacebookなどの企業がユーザーのIDを管理し、それを使って他のサービスにログインする仕組みが一般的でした。しかし、この方法では、プラットフォーム側にID管理の主導権があり、アカウントの停止やデータの利用制限といったリスクが伴います。これに対し、DIDはユーザー自身が識別子を作成・管理できるため、特定の企業に依存せずにアイデンティティを証明できるのが特徴です。

DIDの仕組みとして、以下の点が重要になります。

  • 中央管理者なしで識別子を発行できる:ユーザーが独自の識別子を生成し、第三者の許可なしに使用できる。
  • IDの信頼性が高い:DIDの情報は後述するブロックチェーンなどの分散型台帳に記録され、データの改ざんや不正アクセスが困難。
  • 相互運用性が高い:異なるプラットフォームやサービス間で利用でき、DIDを使った統一的な認証が可能。

この技術の標準化も進められており、W3C(World Wide Web Consortium)がDIDの技術仕様を定めた「DID Core 1.0」を2022年に正式勧告として発表しました。これにより、DIDの普及が加速し、さまざまな分野での活用が期待されています。

詳しくは下記の記事で解説しています。

VCs(Verifiable Credentials、検証可能な証明書)

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VCs(Verifiable Credentials、検証可能な証明書)は、DIDと並んでSSIの重要な技術です。VCsは、デジタル上で個人の資格や属性を証明する仕組みであり、物理的な運転免許証やパスポートと同じような役割を果たします。ただし、デジタルならではのメリットも多く、情報の選択的開示や検証の迅速化が可能になります。

例えば、銀行口座を開設する際、従来であれば本人確認のために運転免許証やマイナンバーカードのコピーを提出し、銀行側が目視で確認する必要がありました。しかし、VCsを活用すれば、「この人物は日本国内の居住者である」「成年である」といった情報のみを提示し、個人情報を必要以上に開示せずに認証を済ませることができます。

VCsの特長は以下の通りです。

  • 選択的開示が可能:必要な情報だけを提示し、不要な個人情報を隠すことができる。
  • オンラインで即座に検証できる:従来の証明書のように紙やPDFの提出が不要になり、デジタルで即時に認証可能。

この技術により、SSIは単なる「自己管理型のID」にとどまらず、信頼性の高いデジタル証明システムとしても機能するようになります。

詳しくは下記の記事で解説しています。

ブロックチェーン

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SSIの実現には、データの改ざんを防ぎ、安全に情報を管理する仕組みが不可欠です。その役割を担うのが、取引データを分散型ネットワークに記録し、一度登録されたデータの改ざんを防ぐ技術であるブロックチェーンです。この特性を活かし、SSIではDIDやVCsのデータをブロックチェーン上に記録し、信頼性を確保します。

ブロックチェーンがSSIにもたらすメリットは以下の通りです。

  • 耐改ざん性が高い:分散型の仕組みにより、情報の書き換えが困難。第三者による不正アクセスのリスクを低減できる。
  • 検証の透明性が高い:DIDやVCsの証明データがブロックチェーン上に記録されるため、情報の真正性を迅速に確認できる。
  • 分散的な管理ができる:ユーザーが自身のアイデンティティを管理でき、特定の企業や機関に依存しない仕組みを構築できる。

従来の本人確認プロセスでは、個人情報を企業や機関に預ける必要がありました。しかし、ブロックチェーンを活用すれば、本人確認のデータは分散型ネットワーク上に記録され、第三者が不正に操作することができなくなります。

ブロックチェーンがすべてのSSIシステムに必須というわけではありませんが、セキュリティと透明性を向上させるうえで、非常に有力な選択肢となっています。

詳しくは下記の記事で解説しています。

自己主権型アイデンティティ(SSI)のメリット

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DIDやVCs、ブロックチェーンといった技術について紹介したところで、今度はこれらの技術を使って実現されるSSIにどのようなメリットがあるのかについても解説します。SSIがもたらすメリットは、単にセキュリティ向上にとどまらず、利便性やプライバシー保護の面でも大きな変革をもたらします。ここでは、具体的なメリットについて詳しく見ていきましょう。

プライバシーの保護

オンラインサービスを利用する際、多くの場合、必要以上の個人情報を提供しなければなりません。「この情報、どこまで使われるのだろう?」と不安を感じたことがある人は少なくないでしょう。SSIは、この不安を根本から解決します。

例えば、SSIを実現するための技術の一つに「ゼロ知識証明(ZKP)」というものがあります。ゼロ知識証明とは、「ある事実が真であることを証明しながら、その詳細なデータは明かさない」技術を指します。(理解すれば簡単な概念ですが、初見ではややこしい概念でもあるので、以下の米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のAmit Sahai教授の解説動画を参考にすると良いでしょう。)

この技術を活用すれば、年齢確認を行う際に、生年月日や名前、顔写真や大学等を開示することなく、「私は成人である」という事実のみを提示することができます。SSIには、こういった過剰な個人情報の開示を防ぐための様々な技術が活用されており、ユーザーのプライバシー保護に貢献しています。

また、従来のアイデンティティ管理では、企業がユーザーの情報を保持するため、その使い道には不透明な部分が多く存在しました。しかし、SSIでは個人情報がユーザー自身の手元にあり、必要なときに必要な情報だけを開示するため、企業のデータベースに保存される情報量が大幅に減少します。個人情報が企業の管理下に置かれ続けることがなくなり、「知らないうちにデータが第三者に渡っていた」といった事態を防ぐこともできるでしょう。

ID管理コストの削減

企業にとって、ユーザーのIDを管理することは想像以上に大きな負担です。新規ユーザーの本人確認(KYC)、パスワードの管理、アカウントの不正利用防止…。どれも避けて通れない業務ですが、これらの対応は膨大なコストがかかる上に、運用の手間も年々増大しています。特に、パスワードのリセット対応や、不正アクセスが発生した際のセキュリティ対策には、多くの企業が頭を悩ませているのが現状です。

SSIが導入されれば、こうした負担を大幅に軽減できます。その理由の一つが「自己主権型アイデンティティ(SSI)の関連技術」でもご紹介した「DID(Decentralized Identifier、分散型識別子)」の仕組みです。

従来の仕組みでは、企業ごとにユーザーIDを発行・管理し、それを自社のデータベースに保存していました。しかし、DIDを活用すれば、ユーザーが自身のデジタルIDを所有・管理し、企業はそのIDを検証するだけで済むようになります。これにより、企業側は個別のアカウント情報を抱え込む必要がなくなり、システムの管理コストが大幅に削減されるのです。

銀行口座の開設を考えてみましょう。通常、銀行ごとに本人確認書類を提出し、審査を受ける必要がありますが、SSIを活用すれば、一度認証されたデジタルIDを使い回すことが可能になります。ユーザーは毎回同じ手続きを繰り返す必要がなくなり、企業側も個別のKYC業務を簡略化できるため、時間とコストの削減につながります。同様に、オンラインサービスでも、新規登録時のID確認プロセスを簡素化できるため、業務効率が向上するでしょう。

セキュリティの向上

インターネットを利用する上で、不正ログイン等の様々なセキュリティリスクはユーザーと企業の双方にとって深刻な問題です。こうした課題に対処すべく、パスワードを設定したものの、「どのサービスでどのパスワードを設定したか覚えていない」「セキュリティのために複雑なパスワードを設定したのに、結局メモを見ないとログインできない」——そんな経験がある人も多いはずです。

SSIがもたらす大きな変革のひとつが、「パスワードレス認証」です。従来の認証方法では、ユーザーがIDとパスワードを入力し、それを企業のサーバーが照合する仕組みでしたが、この方法ではパスワードが流出すれば簡単に不正アクセスされてしまいます。実際、過去に発生した多くの大規模な情報漏えい事件では、流出したパスワードが原因で不正ログインが相次ぎ、大きな被害を生んでいます。

SSIでは、前述の「VCs(Verifiable Credentials、検証可能な証明書)」によって本人確認を行うため、パスワードを使う必要がなくなります。スマートフォンやデジタルウォレットに保存された証明書を提示するだけで認証が完了するため、企業側のサーバーにパスワードも保存されず、そもそもパスワードを入力する必要すらなくなるのです。

ユーザーにとっては、パスワード管理の手間が省けるだけでなく、不正アクセスのリスクが大幅に減るというメリットがあり、企業側にとっても、セキュリティ対策のコストを削減できるという利点があります。SSIの概念が浸透することにより、より安全で使いやすいオンライン環境の実現にも期待が膨らみますね。

自己主権型アイデンティティ(SSI)のデメリット

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これまで見てきたようにSSIは我々に多くのメリットをもたらす一方、いくつかの課題も抱えています。特にスケーラビリティ(拡張性)とインターオペラビリティ(相互運用性)という問題は、SSIを語る上で切っても切れない関係にあります。順番に解説します。

スケーラビリティ(拡張性)

SSIは、個人が自分のアイデンティティを自由に管理できる仕組みですが、その大規模な普及には「スケーラビリティ(拡張性)の課題がつきまといます。スケーラビリティとは、システムが負荷の増加に応じて適切に対応できる能力のことを指します。

現在、SSIの多くはブロックチェーン技術を活用しています。ブロックチェーンは、データを改ざんできない形で分散管理できる点で優れていますが、処理速度が遅く、トランザクション(取引)のコストがかかるという課題があります。つまり、一度に処理できるトランザクション数に限界がある「スケーラビリティが低い」技術なのです。

例えば、SSIを使って本人確認を行うたびにブロックチェーンへアクセスする必要があるとすると、ネットワークの混雑時には処理が遅延し、場合によっては数分〜数十分待たなければならないかもしれません。

また、ユーザーが管理するVCの数が増えると、それらを安全かつ効率的に保管・管理するためのシステム負荷も増大します。例えば、運転免許証、医療記録、学位証明など、複数のVCを一つのデジタルウォレットで管理する場合、それらを素早く照合・認証できるインフラが必要になります。現在の技術では、このような大規模運用をスムーズに行うための最適な方法がまだ確立されていません。

こうした問題を解決するために、現在ではレイヤー2技術(メインネットの外で取引を処理する技術)や、オフチェーン(取引の一部だけをブロックチェーンで処理する仕組み)でのデータ管理が検討されています。簡単にいえば、本体のブロックチェーンには認証の「証拠」や「重要な情報」だけを保存し、それ以外のデータ自体は個別のサーバーやユーザーのデバイス上で管理することで処理負荷を軽減させるという訳です。

また、特定の業界や企業グループ内で共通の認証基盤を構築することで、ブロックチェーンを使わずにSSIのメリットを活かす試みも進められています。とはいえ、スケーラビリティの問題は、SSIが社会に広く普及する上で避けて通れない課題であり、今後の技術革新に大きく依存する部分といえるでしょう。

インターオペラビリティ(相互運用性)

SSIは、個人がどこでも自由に使えるデジタルアイデンティティを実現することを目的としています。しかし、その理想を実現するためには、異なるシステム同士が互換性を持ち、シームレスに連携できる必要があります。このようなシステム間の連携のしやすさを「インターオペラビリティ(相互運用性)」と呼びます。

現在、SSI関連の技術にはDIDやVCsなど、標準化が進められているものもありますが、SSIを提供する企業や団体によって採用する技術仕様が異なる場合があります。これが原因で、同じ「SSI」という概念のもとで開発されたサービスでも、相互に互換性がないことがあります。例えば、ある大学が発行した卒業証明VCsが、企業の採用システムで認識されないといった問題が起こる可能性があります。

この問題を解決するため、W3C(World Wide Web Consortium)が中心となってDIDやVCsの共通仕様を策定しており、多くのSSIプロジェクトがこの標準に準拠することを目指しているものの、国や業界によって異なる規制が存在するため、一部のSSIソリューションは特定の地域や用途に限定されてしまうことがあります。

例えば、欧州ではGDPR(EU一般データ保護規則)の影響でデータの取り扱いに厳格なルールが求められる一方、米国では業界ごとに異なる認証方式が存在するため、一つのSSI標準で全てをカバーするのは容易ではありません。

このように、インターオペラビリティの向上はSSIの普及にとって不可欠な要素でありながらも、各国の政府機関や企業、技術団体の足並みが揃わずに標準化は遅れ気味となっています。それだけ熾烈な「利権争い」の対象となっているのは決して悪いことではありませんが、今後、互換性に関する取り組みが進むことで、より多くのサービスや業界でSSIが実用化されていくでしょう。

まとめ

自己主権型アイデンティティ(SSI)は、個人が自らの情報を管理し、安全かつ効率的に認証を行える新たなアイデンティティ管理の仕組みです。従来の中央集権型の管理とは異なり、SSIではユーザーが必要最小限の情報のみを開示できるため、プライバシーの保護やセキュリティ向上といったメリットが期待できます。一方で、スケーラビリティや相互運用性といった技術的課題もあり、今後の発展が求められる分野でもあります。

SSIの導入を検討する際には、業界やビジネスモデルに適した技術選定が不可欠です。特に、ブロックチェーン技術との組み合わせや、オフチェーン処理を含めたシステム設計が求められるケースも多くあります。トレードログ株式会社では、ブロックチェーン技術を活用した非金融分野のシステム開発・運用を手がけており、要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援を提供しています。

SSIの活用を含め、ブロックチェーンを用いた認証・管理システムの導入を検討されている方は、ぜひ当社までお問い合わせください。貴社の課題やビジネス要件に応じた最適なソリューションをご提案いたします。