ブロックチェーン×アルコール!?転売対策や品質管理、コレクションなどで進化が進む酒類業界の導入事例を紹介!

近年、酒類業界ではブロックチェーン技術が注目されています。アルコールの転売対策や品質管理、サプライチェーンの管理など、さまざまな領域でその導入が進んでいます。特に高額なヴィンテージもののアルコールやコレクション需要の増加に伴い、ブロックチェーン技術がどのように活用されているのか、具体的な事例とともに紹介します。

ブロックチェーンとは?

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そもそもブロックチェーンとはどういう技術なのでしょうか?ブロックチェーンは2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。ブロックチェーンは知らずとも、ビットコインの名前はほとんどの方が一度は聞いたことがあると思います。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種でありながら、特にデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される(クライアントサーバ型)構造を持っていました。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存(P2P型)します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません。また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

さらにブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値ナンスといった要素によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています

また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出す行為を「マイニング」といい、最初にマイニングを成功させた人に新しいブロックを追加する権利が与えられます。

ブロックチェーンではマイニングなどを通じてノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持つことで、データベースのような管理者を介在せずに、データが共有できる仕組みを構築しています。参加者の立場がフラット(=非中央集権型)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事でも解説しています。

酒類業界においてブロックチェーンが求められる背景

酒類業界においてブロックチェーンが求められる背景には、以下のような業界の課題や特性が関係しています。

  • 偽造品対策
  • サプライチェーン管理
  • コレクション要素
  • キャッシュフローの安定

順番に解説します。

偽造品対策

出典:Pexel

入手困難なアルコールやヴィンテージもののアルコールは、市場価値が高く、購入価格の何倍もの高値で転売されるケースが増えています。特に日本酒やワイン、ウイスキーなど、限定品や希少性の高い商品は、転売市場で取引されることが多く、その結果、正規の流通ルートから外れた製品に対して品質や信頼性の保証がなくなってしまいます。転売市場で販売される商品は、開封済みであったり、品質に問題があったりするケースがあり、消費者にとって大きなリスクを抱えることになります。

特に日本酒は、海外からの人気が高いため、転売が横行しやすい市場です。フリマサイトやオークションサイトでは、個人が簡単に商品を出品できることから、悪意を持った人間による偽造品の流通も問題になっています。これらのサイトでは、匿名配送が一般的であり、購入後に偽物だと判明しても、返品や返金が困難な場合が多いため、消費者が被る損失は甚大です。

ブロックチェーン技術を活用することで、各製品の流通経路や製造履歴を確実に記録し、消費者に対して本物であることを証明する手段を提供できます。これにより、偽造品や不正な転売のリスクを大幅に減少させることが可能になります。

サプライチェーン管理

出典:ぱくたそ

酒類の製造・販売を行う企業の中には、長年にわたる歴史を持つ大企業が多く、社会的責任として「責任ある調達」や「持続可能な調達」に積極的に取り組んでいる企業も増えてきました。しかし、これらの企業が抱える大きな課題は、サプライチェーンの透明性の確保とデータ収集の自動化です。

酒類業界では、サプライチェーン全体のCO2排出量の公表を行う企業もありますが、人手に頼ったデータ収集やデータ改ざんのリスクが問題となっています。さらに、透明性を欠いた「グリーンウォッシュ」などが指摘されるケースもあります。こうした問題に対して、ブロックチェーンは効果的に機能します。ブロックチェーンを導入することで、サプライチェーン全体のデータが改ざん不可能な形で記録され、透明性の高い管理が実現します。

また、フードロス削減の観点からも、酒類業界は注目されています。例えば、品質に問題はないものの、規格外となってしまっている果物などが果実酒などに有効活用されることで、無駄を減らすことができます。ブロックチェーンにより、どの果物がどの製品に使用され、どれだけの量が廃棄されることなく利用されたのかを消費者が確認できるようになれば、エシカル消費を促進することができ、業界全体の信頼向上にもつながります。

コレクション要素

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なぜアルコールが高額で取引されるのか、その理由のひとつは資産価値の高さです。ウイスキーやワインなど、長期間にわたって熟成させる必要があるアルコールは希少性が高くなります。特にウイスキーの場合、樽で熟成させるため、製造期間が非常に長く、数量が限られているため、コレクションとしての価値が生まれやすいのです。

しかし、高価なお酒であっても視覚的な楽しさを提供しにくいため、コレクションとしては他のアイテム(絵画やスニーカーなど)に比べて視覚的な魅力は劣る面があります。ここでブロックチェーン、特にNFT(非代替性トークン)の技術が重要になります。NFTは、デジタルアイテムとしてユニーク性を証明することができるため、物理的なアルコールとデジタル資産を結びつけることが可能になります。

NFTには、デザイン性が優れているものが多いため、アルコールが持つ本来の「味わう」という価値に加えて、所有感や希少価値を視覚的にも感じられるようにします。デジタルプラットフォーム上でNFTを二次流通できるようになれば、コレクションとしての価値はさらに高まることでしょう。

キャッシュフローの安定

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ブロックチェーン技術がもたらす最も大きな利点のひとつは、キャッシュフローの安定化です。特に酒類業界では、製造から販売までに時間がかかり、キャッシュフローの管理が難しいという問題があります。日本酒などの熟成酒は、数年単位で熟成させる必要があり、その間にかかる費用や資金繰りが問題となります。

ここでもNFTが登場します。NFTを活用することで、まだ未完成のお酒を先行して販売しながら、購入者はただ待つだけではなく、デザイン性に優れたNFTを楽しむことも可能になります。酒造側は販売によって得られた資金によって事業のキャッシュフローを改善し、資金繰りの安定化を図ることができます。

さらに、購入権が紐づいたNFTは、マーケット上でユーザー主体での二次流通もできるため、販売先の確保がしやすくなります。これにより、過剰在庫を防ぎ、効率的な経営を実現できるのです。

このようにNFTを使用した販売は、一般的により高い市場価値を生む可能性があるため、酒蔵にとっては資金調達の新たな手段として非常に有用です。従来の販売方法では難しかった新たなプロジェクトや熟成酒の開発に対して、NFTを活用することで新しい価値を見いだし、酒蔵の存続や成長を支える力となるでしょう。

酒類業界におけるブロックチェーン導入の課題

出典:ぱくたそ

酒類業界におけるブロックチェーン導入には、期待される利点が多い一方で、

  • 法規制の複雑さ
  • 既存システムとの互換性
  • 初期投資と運用コスト

といった課題があります。これらの課題を解決しないまま導入を進めると、期待通りの効果が得られなかったり、業界全体の信頼性が損なわれたりするリスクがあります。順番に紹介します。

法規制の複雑さ

酒類業界は国ごとに異なる法規制を受けており、これがブロックチェーンの導入における大きな障壁となります。例えば、酒類の取引においては輸出入規制、販売許可証、税務処理などが複雑に絡み合っており、ブロックチェーン技術がこれらの規制とどのように整合性を取るかが不明瞭です。特に、酒類の追跡や透明性を確保するためにデータをブロックチェーンに記録した場合、そのデータの法的効力や証拠能力が疑問視される可能性もあります。

この課題を放置すると、導入したブロックチェーンシステムが法的に有効と認められず、業界の関係者が不安を抱きながら導入を進めることになり、結果的に技術の普及が妨げられます。さらに、法規制に違反した場合には、業界全体の信頼性や企業のブランドに対する深刻な影響が生じる可能性もあるでしょう。

既存システムとの互換性

酒類業界では多くの企業が既存の取引システムや物流管理システムを使用しており、これらとの互換性の問題が導入の大きなハードルとなります。ブロックチェーンは分散型であるため、従来の中央集権型システムと連携するためには、システムの大規模な改修や新たなインフラ整備が求められることがあります。特に、酒類の取引には多くの関係者(製造業者、流通業者、販売業者など)が絡んでおり、各者が異なるシステムを使用しているため、データの連携や交換が難しくなります。

この課題は、情報の一元管理の難しさやデータ重複の発生しやすさの観点で、非常に重要な課題です。最悪の場合、ブロックチェーンの透明性や信頼性を損ない、導入目的である追跡システムが機能しなくなる恐れもあるでしょう。

初期投資と運用コスト

ブロックチェーンの導入には初期投資が大きく、さらに運用にかかるコストも無視できません。特に、酒類業界のような多様な業者が関わる業界では、すべての関係者に対して統一されたシステムを導入するためのコスト負担が企業にとって大きな負担となります。新しい技術に対する理解不足や既存のプロセスとの調整も含め、導入までにかかる時間とリソースも問題となります。

もしこれらのコストが適切に管理されないままで導入が進めば、企業が経済的に破綻するリスクを抱えることになります。また、長期的に見てもコスト削減を実現できなければ、技術導入の目的が果たせず、業界全体の信頼が損なわれることにつながります。

酒類業界におけるブロックチェーン導入のポイント

出典:ぱくたそ

酒類業界におけるブロックチェーン導入には多くの課題があるものの、それを克服するための具体的な方法も存在します。適切なパートナーシップや段階的な導入戦略を取り入れることで、法規制への対応やシステムの互換性の問題を解消し、初期投資や運用コストを抑えることが可能です。本章では、これらの課題を乗り越えるためのポイントを紹介します。

法規制に対応するための専門知識とパートナーシップの活用

ブロックチェーン技術の導入において法規制をクリアするためには、専門的な知識が求められます。複雑な規制を理解し、遵守するためには、法務や規制対応の経験豊富なパートナーと連携することが重要です。特に、業界内で規制の専門家がいるコンサルタント企業や、法務に強いブロックチェーン開発会社と提携することで、法的リスクを軽減し、スムーズな導入を実現できます。

既存システムとの互換性を確保するための段階的導入

既存システムとの互換性の問題を解決するためには、フルスクラッチで開発を進めるのではなく、既にパッケージ化されたブロックチェーンソリューションを採用するのが有効です。これにより、開発の負担を軽減でき、既存システムとの統合が容易になります。さらに、大企業との取引実績が豊富なブロックチェーン開発企業やコンサルティング業務を提供する企業を仲介者として起用し、社内調整やプロジェクト管理を効率化することが、円滑な導入の鍵です。

初期投資と運用コストを抑えるためのアウトソーシング活用

初期投資と運用コストを削減するためには、内部開発の負担を軽減し、既存のブロックチェーン技術を提供する外部企業にアウトソーシングすることが有効です。すでに確立された技術基盤を活用することで、開発コストを大幅に抑えることが可能になります。また、運用コストについても、定期的なメンテナンス契約や、システムの安定性向上を支援するパートナーとの契約を締結することで、長期的な運用負担を減らすことができます。

実際の導入事例

ここからは、酒類業界における実際のブロックチェーン導入事例をご紹介します。

事例①:開封検知と正規品証明を導入した「獺祭」(旭酒造)

出典:PR TIMES

旭酒造株式会社は、最高峰の日本酒「獺祭 Beyond the Beyond 2024」に、世界初となるチタン素材対応の開封検知機能付きNFCタグと、ブロックチェーン技術を融合させた新しいアプローチを採用しています。この技術により、未開封の正規品であることを証明するだけでなく、消費者が開封した瞬間にその情報が記録されます。

酒の新鮮さを保つだけでなく、消費者が製品の品質や真贋を確認できる仕組みとしてNFCタグを利用することで、商品の履歴や製造者から消費者に至るまでのトレーサビリティを実現しました。この取り組みは、消費者にとっては透明性と信頼感を提供し、ブランドとのエモーショナルなつながりを強化するものです。また、ブロックチェーンを活用することで、不正の防止や偽造品の流通を防ぐとともに、製品に関する詳細な情報を消費者に提供することで、購買体験をより充実させています。

同社のこの取り組みは、ブランドの価値を高め、顧客のロイヤリティを向上させる新たな戦略として大きな関心を集めており、製品の信頼性と消費者の安心感の確保にブロックチェーンの有効性を検証する選考事例といえるでしょう。

事例②:開栓を検知しNFTを付与する瓶ビール(サントリー)

出典:Avalanche公式X

サントリーグループは、アバランチブロックチェーンを活用して、「ザ・プレミアム・モルツ マスターズドリーム〈山崎原酒樽熟成〉2024」の特別ボトルにNFCタグを導入し、開栓時にユニークなNFTを消費者に付与する新しい体験を提供しています。この技術により、消費者はビールを楽しんだ証として、デジタルコレクターズアイテムであるNFTを手に入れることができます。NFTはビールの開栓後にその証として自動的に発行され、消費者は自分だけのオリジナルなデジタルアイテムを取得することができます。

単なる商品購入にとどまらず、消費者にとって新しい価値を提供するこの取り組みは、NFTを活用してビールの消費体験をよりプレミアムなものにし、ブランドとの深い関係性を築くことを目的としています。また、アバランチブロックチェーンを使用することで、取引履歴の透明性と信頼性が担保され、ブロックチェーンの技術を積極的に取り入れた新しい販売戦略が形成されています。

同グループは、23年3月にベンチャー子会社であるGoodMeasure社を立ち上げてweb3領域に本格参入しており、NFT以外にもデジタルアイテムを活用した新しい消費体験を提供し、顧客ロイヤリティを向上させる動きを強めています。今後の動向にも注目です。

事例③:サプライチェーンが可視化された「氷結®」(キリンビール)

出典:グルメwatch

キリンビール株式会社は、サプライチェーンの透明性を確保するために、ブロックチェーン技術を駆使した「氷結®mottainaiプロジェクト」を立ち上げました。このプロジェクトは果実のトレーサビリティ提供を目指しており、廃棄予定の果実を活用してその果実がどのようにサプライチェーンを通過して製品として完成するかの情報をすべてブロックチェーン上で記録しています。この仕組みにより、消費者は自分が購入した発泡酒の果実がどの農場から来たのか、どのように処理されて製品化されたのかを確認することができます。

また、通常の氷結シリーズに比べて高い価格設定ではあるものの、1本売り上げるごとに1円を農家に寄付する仕組みも設けられており、消費者は購入を通して果実の生産者を支援することもできます。ブロックチェーンは、こうした情報に透明性を与えることにより、商品の追跡可能性を確保しながら消費者に対してはサステナブルな選択肢を選んでいるという満足感も提供することができます。同社のこの取り組みは、企業のエコ意識を高めるとともに、消費者との信頼関係を深め、サステナブルなブランドとしての認知を拡大しています。

事例④:ブロックチェーン技術によるビール製造・流通の変革(AB InBev)

出典:ブロックチェーン技術によるビール製造・流通の変革

AB InBevは、自社ブランド「Leffe」の大麦サプライチェーンにおいて、ブロックチェーン技術を活用して完全な透明性を実現するためのパイロットプログラムをヨーロッパで開始しました。この取り組みでは、ビールの原材料となる大麦の生産から消費者に至るまで、すべての情報がブロックチェーン上で追跡されます。この技術により、消費者は商品の由来を完全に把握することができ、原材料の品質や流通過程に関する情報を手軽に確認することができます。

サプライチェーンの効率化や品質保証を強化する本プロジェクトは、透明性のある情報提供により、消費者はより安心して製品を選ぶことができ、同時に企業の持続可能な取り組みが評価されることになります。サプライチェーン全体の改善に寄与し、業界全体におけるブロックチェーン技術の普及にも貢献する事例として注目すべき事例です。

事例⑤:クラフトビール産業発展のための広報・支援活動「Crypto Beer Punks」

出典:Crypto Beer Punks

「Crypto Beer Punks」は、クラフトビール業界の発展を目的とした広報活動と支援活動を行うコミュニティです。世界各地のクラフトビールメーカーとのコラボや、人と人とをつなぐ「コミュニケーションツール」としてのビールを発信することによって、新時代の「乾杯」体験を提供しています。

同プロジェクトではビール愛飲家はもちろん、ビールが苦手な参加者でも楽しんでもらえる仕掛けとしてブロックチェーンとNFT技術を活用しています。ファウンダーの漢那氏は本業の若年層向けのプロモーション経験からNFTイラストのクオリティを特に重視しており、参加証明としてのNFTだけではなく、視覚的に楽しめるコレクティブなNFTを提供しています。

不動産やアートなどで活用が進むNFTですが、購入までのハードルが高いこうした分野のNFTとは異なり、ビールという誰もが手に取れる価格帯のNFTは実物の商品とも相性がよく、キャラクターデザインはビール瓶のラベルにも採用されているため、リアルイベントの「乾杯」を楽しむ過程でもNFTが活用されています。

クラフトビールブランドがブロックチェーン技術を活用してデジタルプラットフォーム上の消費者との新しい接点を作り出すことで、消費者との関係をより深く築くことができ、業界全体の発展を促進しているという点で、興味深い事例です。

まとめ

本記事では酒類業界におけるブロックチェーンの導入事例についてまとめました。

アルコールと聞くと飲んで楽しむものというイメージが強いかもしれませんが、最新テクノロジーであるブロックチェーンと結びつくことで、我々、生活者に新たな消費体験を提供しつつあります。記事内でも言及した通り、ブロックチェーンは偽造品対策やサプライチェーン管理など、今後の食品分野で重要になってくるテーマにもコミットしているため、酒類業界以外にも普及が進むことも大いに予想されます。

ここで紹介した事例はごく一部のため、興味のある方はぜひ他の事例も調べてみてください。あなたが普段味わっているお酒の中にも、実はブロックチェーンが使われていた、という可能性もあるかもしれませんね。

トレードログ株式会社では、非金融分野のブロックチェーンに特化したサービスを展開しております。ブロックチェーンシステムの開発・運用だけでなく、上流工程である要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援をおこなっております。

ブロックチェーン開発で課題をお持ちの企業様やDX化について何から効率化していけば良いのかお悩みの企業様は、ぜひ弊社にご相談ください。貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

カーボンフットプリント(CFP)とは?意味や注目される背景、計算方法も紹介します!

「2050年カーボンニュートラル」の実現に向け、企業活動における温室効果ガス、特に二酸化炭素の排出削減が重要な課題となっています。自社の排出量削減だけでなく、調達や輸送、保管などサプライチェーン全体での排出削減が求められる中で、消費者が環境に優しい製品やサービス、いわゆる「グリーン製品」を選べる仕組みを整えることが、企業の競争力を高める鍵となります。このような取り組みを支援する手段として注目されているのが「カーボンフットプリント」です。

本記事では、カーボンフットプリントの基本概念、算定方法、課題について詳しく解説し、今後の展望も紹介します。経営者やサステナビリティ担当者の方々にとって、カーボンフットプリント導入の参考となる情報をお届けしますので、ぜひご覧ください。

カーボンフットプリント=製品単位のCO2排出量の見える化

カーボンフットプリント(Carbon Footprint of Product、CFP)とは、一つの商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクルの全過程において排出されるCO2の排出量を、商品やサービスに分かりやすく表示する仕組みです。直訳すると「炭素の足跡」という意味で、その製品にかかわる複数の事業者と消費者の双方が、低炭素な消費生活へ自ら変革していく上での指針となっています。

出典:経済産業省「サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボンフット
プリントをめぐる動向」

経済産業省が公表している「サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けた カーボンフットプリントを巡る動向」では、紙パック牛乳におけるカーボンフットプリントの例が示されており、乳牛の飼育・紙パック生産の「原材料調達」、牛乳製造 ・パッケージングでの「生産」、輸配送 ・冷蔵輸送における「流通・販売」、商品を冷蔵しておく「使用・ 維持管理」、紙パック収集 ・リサイクル処理における「廃棄・ リサイクル」までに排出されるCO2排出量全てがカーボンフットプリントであると紹介されています。

日本におけるカーボンフットプリントの歴史は、2008年の経済産業省によるCFP制度の検討から始まり、試⾏事業を経て、2012年度から⺠間に移⾏して「カーボンフットプリントコミュニケーションプログラム」として運用が開始されました。現在は、「SuMPO環境ラベルプログラム」に運用が移管され、様々な分野でカーボンフットプリントの表示が進められつつあります。

カーボンフットプリントの目的

前述の通り、カーボンフットプリントに対応しようとするとかなり細かな単位で情報を収集しなければなりません。このような手間をかけてまで、多くの企業がカーボンフットプリントを導入する目的は一体何なのでしょうか?

「カーボンフットプリントコミュニケーションプログラム」を運営しているCFPプログラムのウェブサイトによると、以下の2点が主な目的とされています。

  • 事業者がサプライチェーンを構成する企業間で協力して更なるCO2排出量削減を推進すること
  • 消費者がより低炭素な消費生活へ自ら変革していくこと

カーボンフットプリントは、消費者と企業の双方にとって意味のある仕組みです。消費者にとっては、自分が使う商品やサービスがどれだけの温室効果ガスを排出しているのかを知る手がかりになります。この情報があれば、環境負荷の小さい商品を選ぶという行動につなげることができます。

特に、「カーボンフットプリントマーク」が表示されている商品なら、CO2排出量の大小が一目で分かるため、より意識的な選択がしやすくなります。カーボンフットプリントマークとは、対象の商品のライフサイクルで発生するCO2量を数値で表示したマークのことで、第三者機関が、申請者が提出したカーボンフットプリントの算定結果を審査して問題がない場合に取得できるものです。

もちろん、単純に「排出量が少ない=良い」とは限りませんが、環境への配慮を重視する消費者にとっては、カーボンフットプリントそのものが有力な判断基準の一つになることも確かでしょう。

また、企業側もこうした消費者の動きを無視するわけにはいきません。エシカル消費が広がる中で、環境負荷の低い製品やサービスを提供することは、競争力の向上につながります。そのため、カーボンフットプリントを削減する取り組みが企業全体、さらにはサプライチェーン全体に広がる流れが生まれています。単なる企業イメージの向上にとどまらず、排出削減の努力が企業の持続可能な成長にもつながるのです。

消費者と企業の相互作用によって、社会全体でCO2排出の削減が進んでいく。このサイクルを生み出すことこそが、カーボンフットプリントの大きな目的だといえるでしょう。

日本においてカーボンフットプリントが重要視されている背景

出典:Unsplash

我が国において特にカーボンフットプリントが重視されている理由には、次の点が挙げられます。

  • 気候変動対策が喫緊の課題となっている
  • 企業はCO2排出の主体である
  • ESG投資が主流になりつつある
  • 世界ではカーボンフットプリントの義務化が始まっている

それぞれ解説します。

気候変動対策が喫緊の課題となっている

2024年7月、日本の平均気温は観測史上最も高い水準となり、前年の「地球沸騰」と形容された異常気象をさらに上回る記録を更新しました。これで2年連続の過去最高となり、気候変動がもはや遠い未来の課題ではなく、現実の危機として顕在化していることが改めて明らかになっています。熱波や豪雨、台風の大型化など、日本国内でも気候変動の影響が多方面に及び、農業やインフラ、健康リスクといった社会全体に深刻な影響を与えています。

こうした状況の中、日本はパリ協定に基づき、2050年までに温室効果ガス(GHG)の排出を実質ゼロにする目標を掲げています。その達成には、2030年までにカーボンフットプリントに基づくCO2排出量を67%削減し、2050年までには91%の削減が必要だといわれています。

目標を実現するためには、省エネルギー対策や再生可能エネルギーの導入だけでなく、サプライチェーン全体のCO2排出量を正確に把握し、具体的な削減策を講じることはもはや必要不可欠でしょう。この点において、カーボンフットプリントのような定量的かつ客観的な指標が重要視されているのは当然の結果ともいえます。

企業はCO2排出の主体である

温室効果ガスインベントリオフィスのデータによると、日本国内のCO2排出量のうち家庭部門が占める割合はわずか15%程度であり、残りの大部分は企業活動に起因しています。製造業、輸送、エネルギー産業など、多くの業種がサプライチェーン全体で直接的・間接的にCO2を排出しており、消費者の日常生活におけるCO2排出量をはるかに上回ります

例えば、ある製品が市場に流通するまでには、原材料の採掘・精製、部品の製造、組み立て、輸送、販売、使用、廃棄といったさまざまなプロセスがあり、それぞれの段階でCO2が排出されます。企業が自らのカーボンフットプリントを正確に把握することで、どの工程での排出が多いのかを特定し、削減策を講じることが可能になります。

すべての企業が生産活動を停止すればCO2排出量は劇的に減少しますが、それは現実的な解決策ではありません。経済活動と環境保全の両立が求められる中、企業は省エネ技術の導入や再生可能エネルギーの活用、サプライチェーンの最適化といった多様な手法で排出量の削減を進める必要があります。その指標として、カーボンフットプリントの算定が果たす役割は大きいといえるでしょう。

ESG投資が主流になりつつある

近年、企業の財務的な指標だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の要素を考慮したESG投資が拡大しています。2015年には26.6兆円だった日本国内のESG投資額は、2023年には537.6兆円に達し、総運用資産の65.3%を占めるまでに成長しました。投資家は企業の長期的な持続可能性を重視し、環境負荷の低減や社会的責任を果たす企業への資金流入が進んでいます。

特に欧州や米国では、企業のカーボンフットプリント開示が投資判断の重要な要素となっており、透明性の高い企業ほど資金調達の面で有利になります。この流れは日本にも波及し、金融機関や機関投資家が企業に対して環境負荷の低減を求める動きを加速させています。

ESG投資の拡大に伴い、企業がカーボンフットプリントを積極的に開示し、削減に取り組むことは、投資家からの評価向上だけでなく、ブランド価値の強化にもつながります。環境配慮型の経営が競争力の源泉となる時代において、カーボンフットプリントは企業戦略の中核を担う存在となっています。

世界ではカーボンフットプリントの義務化が始まっている

世界各国では、カーボンフットプリントの開示義務化が進んでおり、日本企業もこの動きに対応する必要があります。例えば、欧州委員会ではGHG排出削減目標の達成に向け、CO2排出量の多い産業に対して厳格なルールを設け、排出削減を促しています。特にフランスでは、衣料品のカーボンフットプリント表示を義務付け、食品に関しても持続可能な表示を推進する政策を進めています。

ファッションのサステナビリティー動向(フランス)(2)環境規制 | 地域・分析レポート – 海外ビジネス情報 – ジェトロ

さらに、EUのバッテリー規制では、2025年から特定の基準を超えるCO2排出量を持つバッテリーは市場流通が制限されることが決定されており、企業には具体的な削減努力が求められます。アメリカでも、政府が調達する電子製品の95%以上はEPEAT適合品でなければならず、その評価基準にはカーボンフットプリントの算定が含まれています。

電池のライフサイクル全体を規定するバッテリー規則施行(EU) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース

こうした国際的な動向は、日本企業にとって無関係ではありません。海外市場で競争力を維持するためには、製品のカーボンフットプリントを適切に管理し、国際基準に適合させる必要があります。日本政府もこれを受け、企業のCO2排出量開示を推奨する方針を打ち出しており、今後さらに厳格な規制が導入される可能性が高まっています。

こうした背景から、日本においてもカーボンフットプリントの重要性は一層高まりつつあります。環境対策の遅れは、競争力の低下や市場からの信頼喪失につながるため、企業は早急な対応が求められています。

カーボンフットプリントの計算方法

具体的な算定方法については、以下の4つのステップで進めます。

算定方針の検討

出典:経済産業省・環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」

最初に、CFP算定の目的と用途を明確にすることが重要です。目的によって、データの精度や算定方法が変わるため、以下のような視点で方針を決定します。

(1) 目的の明確化

  • 企業内での活用(脱炭素戦略・排出削減の基礎データ)
  • 消費者向けの情報提供(環境ラベル、エコ商品の認証取得)
  • 他社製品との比較(競争優位性の確保)
  • サプライチェーンの排出量管理(Scope 3の排出量把握)

特に他社製品と比較する場合は、国際的な算定基準(ISO 14067やカーボンフットプリントガイドラインなど)に沿ったルールを統一しなければなりません。

(2) 参照する算定基準の選定

算定にあたっては、国際的な温室効果ガス排出量の算定・報告の基準として「GHGプロトコル」が広く活用されており、それをISO化した「ISO 14067」もカーボンフットプリント算定の国際ルールとして定められています。これらの基準に則ることで、企業や国を超えた比較が可能になり、CFP算定の透明性や信頼性が向上します。

(3) 使用データの方針

一次データ(直接測定されたデータ)を活用するとより正確な結果が得られますが、実務上は二次データ(既存のデータベースや文献を基に推定したデータ)を用いた計算が一般的です。二次データを用いた方がデータ収集が容易で一次データが取得困難な場合でも活用できるメリットがありますが、企業ごとの排出削減努力が反映されにくいという課題もあります。このため、政府は2024年3月を目途に一次データを活用した算定方法の方針を示し、企業がサプライチェーン全体の排出量をより正確に把握できるよう求めています。

代表的な二次データのデータベースには、PCR(Product Category Rule)や国が整備したライフサイクルアセスメントデータベースを基にした原単位データベースがあります。しかし、これらを利用する場合、原材料メーカーが実施したCO2削減策が最終的なカーボンフットプリントに反映されにくい点には注意が必要です。

算定範囲の設定

出典:経済産業省・環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」

ライフサイクルのプロセスを以下のように分類し、どこまで含めるか決定します。

  • 原材料調達(採掘・精製・輸送)
  • 製造(加工・組立・生産工程)
  • 輸送・流通(物流・配送)
  • 使用(消費者による使用時のエネルギー消費)
  • 廃棄・リサイクル(処理・再利用・埋立)

影響が小さい要素を除外できるカットオフ基準を設定できますが、主要な排出源を除外すると算定結果の精度が低下するため注意が必要です。

カーボンフットプリントの算定

カーボンフットプリントの算定方法には、大きく分けて二つのアプローチがあります。一つはGHG排出量を直接測定する方法、もう一つは排出を伴う活動の活動量(マテリアルやエネルギーの投入量)を基に計算する方法です。特に後者では、「活動量」×「排出係数(単位活動量あたりのGHG排出量)」の計算式を用いて排出量を算定します。

出典:経済産業省・環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」

この方法には二つの計算パターンがあり、一つ目は活動量に対してGHGの種類ごとに決められた排出係数を乗じ、それらをCO2相当量に換算して合算する方法、二つ目はCO2相当に予め換算された排出係数を活動量に直接掛ける方法です。いずれの方法でも、算定範囲となるライフサイクル全体を分析し、各活動に伴うGHG排出量を合算することでカーボンフットプリントを求めます。

検証・報告

カーボンフットプリントの算定後は、結果の正確性と信頼性を担保するために検証を実施することが重要です。検証には、内部検証と第三者検証の2種類があり、目的に応じて適切な方法を選択します。

  • 内部検証: 社内の品質管理部門や環境管理担当者がデータを精査し、整合性を確認。
  • 第三者検証: 認証機関や専門機関による独立したレビューを受け、透明性と比較可能性を高める。

特に消費者向けの情報開示や他社製品との比較を行う場合は、第三者検証の取得が望ましいですが、コストがかかるため、目的に応じた選択が必要です。

検証後は、結果を算定報告書として取りまとめます。その際には、算定ルールに定められた基準を満たしていることを証明できるよう、透明性を確保し、十分な詳細を記載することが求められます。報告書には、以下の内容を含める必要があります。

  • 算定範囲(ライフサイクルプロセスの詳細)
  • 使用したデータの出所(一次データ・二次データの区別)
  • 排出係数およびカットオフ基準
  • 検証の有無と方法(内部または第三者検証)
  • 今後の削減目標と改善策

ここで紹介したプロセスはあくまで基本的なものに過ぎないため、本格的にカーボンフットプリントに取り組むのであれば、経済産業省・環境省が公表している「カーボンフットプリント ガイドライン」を参考にすると良いでしょう。

カーボンフットプリントが抱える今後の課題

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次はカーボンフットプリントの今後の課題となる5つの点について、それぞれ解説していきます。

カーボンフットプリントの算出に明確なルールがない

カーボンフットプリントの算出に関するルールは、確立されたガイドラインが存在するものの、実際の運用には多くの課題が残っています。経済産業省や環境省が発表したガイドラインにより、カーボンフットプリントを算出するための基本的な枠組みは提供されていますが、二次データの使用や算出基準に関しては曖昧さが依然として存在します。

例えば、サプライチェーン全体でのCO2排出量を評価する際、取引先やサプライヤーからのデータが不完全であったり、調達先によって排出量の計算基準が異なる場合が多いです。このような場合、企業は独自に仮定を設けて算出しなければならず、その結果が他の企業のカーボンフットプリントと比較した際に不正確である可能性が高まります。

また、製品カテゴリーや業種別のガイドラインが不足している分野もあり、これにより各業界における標準的な計算方法が欠如している現状があります。特に、新興分野や技術の進展が早い業界においては、規定が遅れがちで、結果として業種間での整合性を欠いたデータが生まれてしまうのです。このような不確実性は、企業間での公正な比較が難しくなるリスクとなるでしょう。

算出に手間がかかる

カーボンフットプリントの算出は、ライフサイクルアセスメント(LCA)という高度な分析手法に基づいています。LCAは製品の全ライフサイクルを通じて環境への影響を評価する手法であり、CO2排出量だけでなく、水資源やエネルギー使用などの多様な指標を考慮するものです。この手法は非常に詳細で精密なプロセスを必要とするため、専門的な知識を持つ人材の確保が不可欠となります。

例えば、各プロセスについて算定対象固有の活動量データが取得できない場合、全体の活動データを取得した上で、重量や個数等に応じて製品一つあたりの相当分として割り振る考え方である「配分」という選択をしますが、この計算は複雑になることも多く、自社製品と算定プロセス双方の理解が求められます。

出典:経済産業省・環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」

しかし、LCAを適切に実施できる人材はまだ少なく、そのため専門知識を有するスタッフの確保やトレーニングにも多大なコストがかかるため、スムーズにカーボンフットプリントの算定ができている企業はあまり多くないのが現状です。

また、サプライチェーンのデータ収集に関しても課題があります。取引先から必要なデータを取得するためには、相手方が持つデータの精度や更新頻度に依存するため、データが整備されていない場合、その収集作業は困難であり、場合によってはサプライヤーとの信頼関係が求められます。中小企業においては、大企業と比較してリソースが限られており、これらの課題に取り組むために必要なリソースを投入することが困難な状況にあります。こうした要因が重なり、カーボンフットプリントを正確に算定するには相当な時間と労力が必要となるため、企業にとっては大きな負担となっています。

算出結果を開示することにより他社と比較される可能性がある

カーボンフットプリントの算出結果を開示することにはリスクも伴います。企業が自社のカーボンフットプリントを公表することで、競争相手と比較されることになりますが、原材料の調達先や流通経路といった詳細なサプライチェーン情報が関わる場合、その公開が企業の競争力に直結することがあります。製品に使用する材料や生産方法が明らかになれば、競合他社が同様の方法を採用することが容易になり、ビジネス上の優位性が失われる恐れがあるからです。

加えて、環境負荷を低減するための努力が一部の企業にとってはネガティブに評価される場合もあります。例えば、他社の方が低炭素製品を提供している場合、自社のカーボンフットプリントが高いことで、企業の社会的評価が低下し、顧客や投資家からの信頼が失われるリスクが生じます。このような観点から、環境のための活動で一種の競争が生まれたり、その結果が自社の評判につながることをネガティブに捉える経営者も一定数いることは確かでしょう。

出典:経済産業省・環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」

また、カーボンフットプリントの利活用シーンが広がる中で、この報告結果が意図せずに他社の製品との比較に使用されてしまう可能性が高くなっています。特に問題なのが、ステークホルダーに報告するために算定・開⽰したものが、意図せずに他社製品との⽐較に用いられてしまうケースです。基礎要件と⽐較を想定したカーボンフットプリントついては、それぞれ異なる算定ルールで算定されているため、公平に比較を行うことが難しく、誤解を招く恐れがあります。

カーボンフットプリントを算出するだけではCO2は削減できない

カーボンフットプリントの算出は、CO2排出量を「可視化」することが目的であり、それ自体が排出量削減に直結するわけではありません。企業は自社の製品やサービスのCO2排出量を明確に把握することができますが、その数値を減らすためには実際に改善策を実行しなければなりません。

そのためにはまず、製品のライフサイクル全体を通じて、どの工程でCO2排出量を削減できるかを検討することが求められます。例えば、生産過程でのエネルギー効率の改善や、輸送方法の見直し、リサイクル可能な素材の使用などが具体的な削減策として挙げられます。しかし、ここで問題となるのは、企業が実際に排出量を削減するための行動を起こすには、より一層の投資が必要となる点です。

したがって、「カーボンフットプリントの導入」が目的となってしまっていることも多く、その後の排出削減に向けた具体的な施策を伴わない限り、脱炭素社会の実現にはつながらないという点が大きな課題となっているのです。

正確性・客観性の確保が不可欠

カーボンフットプリントの算定において、正確性と客観性を確保することは非常に重要です。企業が独自に算定基準を設定すると、その前提条件や算定方法にばらつきが生じ、製品間で公平な比較が難しくなります。これにより、消費者やステークホルダーが製品の環境影響を比較する際、信頼性の低いデータを基に判断することになりかねません。この問題を解決するためには、業界団体や第三者機関が中心となって、算定基準や検証手順を標準化する必要があります

しかし、現在はカーボンフットプリントを検証するための第三者機関の数が不足しているため、企業が提供するデータの正当性を確認するための検証作業が滞りがちです。これにより、検証結果に対する信頼性が低下し、企業の情報が市場で正しく評価されないリスクが生じます。このような状況を改善するためには、より多くの検証機関を育成し、検証基準を厳格に設けることが求められます。

また、企業側にも不正を防止するための取り組みが見られます。その解決策の一つが、ブロックチェーン技術です。ブロックチェーンは、データの改ざんを防ぎ、透明性を確保するため、カーボンフットプリントの算定結果に対する信頼性を高める手段として有効です。現在、同技術はカーボンフットプリントのみならず、デジタルプロダクトパスポート(DPP)やカーボンクレジットなど様々な法規制対応のシーンにおいてビジネス導入が加速しています。

ブロックチェーンについては以下の記事でも解説しています。

日本のカーボンフットプリント義務化を巡る今後の動向

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日本におけるカーボンフットプリントの義務化は、国内外の市場環境や政策の変化を受けて着実に進んでいます。特に、サプライチェーン全体のCO2排出量の可視化が求められる流れは、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の開示基準を背景に強まり、製品ごとのライフサイクル排出量を明確にすることが企業活動の透明性を左右する要素になりつつあるでしょう。

日本では、温室効果ガス(GHG)排出量の約10~20%を占める中小企業の脱炭素対応が遅れている状況がありますが、大企業を中心にカーボンフットプリントの開示が求められる圧力が強まっており、特に「Scope1」と「Scope2」の排出量(それぞれ、スコープ1は企業が直接排出する温室効果ガス、スコープ2は企業が使用する電力などの間接的な排出)についての情報開示が進んでいます

さらに、サプライチェーン全体の排出量を含む「Scope3」の開示も、より広範囲に議論されつつあり、これらの排出量を管理し開示することは、取引先企業に対しても強い影響を与える要素となります。その結果、義務化が制度として定められる前から、企業は自主的なカーボンフットプリントの算定に取り組む必要があるといえるでしょう。

また、政府の調達方針においても環境配慮型製品の選定が進んでおり、カーボンフットプリントの開示が公的機関や国際市場での競争力を左右する要因となっています。この動きは、国内市場にとどまらず、海外市場における「グリーン製品」志向の高まりとも連動しており、日本企業が国際競争力を維持するためには、義務化に先駆けた取り組みが不可欠です。しかし、カーボンフットプリントの算定には、サプライチェーン全体の協力が不可欠であり、その複雑さゆえに企業単独での対応は容易ではありません。

そのため、義務化が制度として明確になる前に、企業は独自のカーボンフットプリント管理体制を整え、サプライチェーン全体での協力体制を築くことが重要です。特に、環境対応が遅れた企業は市場競争において不利な立場に置かれるリスクがあり、規制が導入された後に慌てて対応するのではなく、今のうちから積極的に取り組むことが求められます。カーボンフットプリントの義務化は、そう遠くない未来に現実のものとなるでしょう。むしろ、先行して対応することが企業の競争力を高める戦略的な選択肢になっていくはずです。

まとめ

カーボンフットプリントは、企業活動の中での温室効果ガス排出量を可視化し、削減の方向性を示す重要なツールです。サプライチェーン全体での排出削減は、単に環境負荷を減らすだけでなく、企業の競争力強化にも寄与します。消費者がより低炭素な選択をするためには、企業が透明性を持って排出量を開示し、努力を続けることが求められます。

カーボンフットプリントの導入は、ESG投資家の関心を引き、持続可能な経営を支える要素となり得ます。今後、日本国内外でさらに厳格な規制や義務化が進む中、企業は早期に適切な対応を進めることが、社会的責任を果たすだけでなく、長期的な成長を支える鍵となるでしょう。

トレードログ株式会社では、非金融分野のブロックチェーンに特化したサービスを展開しております。ブロックチェーンシステムの開発・運用だけでなく、上流工程である要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援をおこなっております。

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脱炭素とは?地球温暖化を止めるための取り組みを徹底解説

企業と環境問題について調べていると目に触れる機会の多い脱炭素。なぜ今脱炭素が求められているのか、どのような取り組みがあるのか分からず困っている方も少なくないのではないでしょうか。この記事では、脱炭素の定義や目的、具体的な取り組み、さらには「カーボンニュートラル」や「ネットゼロ」との違いについてわかりやすく解説します。

「脱炭素」とはどういう意味?

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脱炭素=二酸化炭素の排出をゼロにする取り組み

「脱炭素」とは、地球温暖化の主な原因である温室効果ガス(GHG)、特に二酸化炭素の排出を削減し、最終的に実質ゼロにすることを目指す取り組みです。この目標を達成した社会は「脱炭素社会」と呼ばれます。

この定義を聞くと、「実質ではなく、完全にゼロにした方が良いのでは?」という方もいるかも知れませんが、現実には二酸化炭素は日常生活や経済活動の中で幅広く排出されるため、排出を地球上から完全になくすことは非常に難しいのです。そこで、削減努力を進めると同時に、森林による吸収や技術を活用した回収・貯蔵によって排出と吸収のバランスを取り、温室効果ガスの総量を実質ゼロにするという考え方が採られています。

地球温暖化の深刻化を受け、世界各国で脱炭素に向けた取り組みが加速しており、日本を含む多くの国が2050年までに脱炭素社会を実現することを宣言しています。

脱炭素とカーボンニュートラルとの違い

脱炭素とよく似た言葉に「カーボンニュートラル」があります。違いを簡潔にまとめると、脱炭素とカーボンニュートラルは「対象となるガスの種類」が異なります。

脱炭素は上述の通り、二酸化炭素の排出量ゼロを目指すことですが、カーボンニュートラルは二酸化炭素だけでなくメタンやフロンガス、一酸化二窒素などを含めた温室効果ガスを対象に、排出量の削減・吸収作用によって実質ゼロを目指すものです。温室効果ガスはガスの種類によってその特性や発生源が異なり、排出量の削減に向けそれぞれに準じた対応が必要になるため、カーボンニュートラルの方がより広義のニュアンスを含んだ概念だといえます。

厳密には上記のような違いがあるとされていますが、現状では脱炭素とカーボンニュートラルは同じ意味で使われることが多いため、特に両者の違いを意識する必要はないでしょう。

脱炭素とネットゼロとの違い

もう一つ、脱炭素やカーボンニュートラルと混同される概念に「ネットゼロ(Net Zero)」があります。ネットゼロとは、排出量削減と炭素吸収のバランスを取り、実質的な温室効果ガス排出量を正味(=net)ゼロにする取り組みを総称します。

「正味」と「実質的」がほとんど似たような意味を持つため、カーボンニュートラルとネットゼロは結果的に同じ物事を示すといえます。実際に、資源エネルギー庁のカーボンニュートラルの定義では、「排出を完全にゼロに抑えることは現実的に難しいため、排出せざるを得なかったぶんについては同じ量を「吸収」または「除去」することで、差し引きゼロ、正味ゼロ(ネットゼロ)を目指しましょう、ということ」と、ネットゼロのワードを用いてカーボンニュートラルを定義しています。

したがって、脱炭素とネットゼロについても特段、意識して使い分ける必要はないでしょう。

なぜ脱炭素は注目されている?

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「脱炭素経営」に乗り出すほど、個人・法人を問わず注目を浴びている脱炭素の概念ですが、なぜ今世界では脱炭素社会化の取り組みが推進されているのでしょうか。実は、脱炭素がこれほどまでに重要視されているのは、自然環境だけでなく私たちの生活環境に甚大な影響を与えていることが関係しています。ここからは脱炭素社会を実現する目的について解説します。

地球温暖化の防止

産業革命以降、化石燃料の大量消費により二酸化炭素を中心とした温室効果ガスの排出量が急激に増加し、地球の平均気温は着実に上昇しています。この変化はただ単に「気温が少し上がる」という話では済まず、世界各地で異常気象を引き起こし、生態系や人々の生活基盤に深刻な影響を及ぼしています。例えば、近年頻発している大型ハリケーンや記録的な豪雨、干ばつなどは、温暖化の影響を受けた気象パターンの変化によるものとされています。

こうした状況を背景に、地球を「宇宙船地球号」に例える考え方が広まりました。この表現は、地球という限られた資源と空間を持つ「乗り物」に乗っている全人類が協力し、その維持と管理を徹底しなければならないという警鐘を意味しています。私たちの惑星は、持続可能性を失うと、次の目的地も修理施設もないままに取り残されてしまうのです。

実際に総合地球環境学研究所の研究によると、人類が温室効果ガスを排出し続けた場合、2070年までの気温の上昇幅は7.5度にもなります。したがって、脱炭素化を通じて温室効果ガスの排出を削減し、地球の温暖化スピードを緩やかにすることは、この「宇宙船地球号」を次世代へと繋げるために欠かせないことなのです。

燃料資源の枯渇

地球温暖化への対応と同様に、脱炭素が重要視される背景には、化石燃料資源の枯渇問題も大きく関係しています。石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料は、現在もなお経済活動の中でエネルギー源として中心的な役割を果たしていますが、これらの資源は有限であり、埋蔵量には限界があります。現在の消費ペースが続けば、石油や天然ガスの埋蔵量は数十年以内に枯渇する可能性があるのです。この「Xデー」は、エネルギーの供給にとって深刻なリスクとなり、経済活動や日常生活に広範な影響を与えることが懸念されています。

加えて、化石燃料の偏在性も問題を複雑にしています。特定の地域、特に中東やロシアなどが主要な供給源であるため、地政学的なリスクが常につきまといます。限りある資源が偏在していることは、エネルギー供給の安定性を脅かし、国際的な対立や紛争を引き起こす要因にもなり得ます。石油価格の高騰や供給の不安定化が世界経済に与える影響はみなさんも既知のはずです。

このような状況下で、脱炭素化を推進することはもはや単なる温暖化を防止するという観点だけでなく、エネルギー資源の枯渇への備えとしても重要な役割を果たします。再生可能エネルギーや水素エネルギーといった代替エネルギー源を開発することで、化石燃料に依存した経済から脱却し、持続可能な社会・経済安全保障の実現の一歩となるでしょう。

脱炭素に向けた世界の動向

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ここまで脱炭素を行う目的についてご紹介してきました。これらの状況を踏まえ、世界各国が脱炭素社会への移行を目指し、二酸化炭素を含む温室効果ガスの排出量削減に向けて取り組んでいます。ここからは脱炭素社会の実現に向けた世界全体の動きについて見ていきます。

京都議定書

1997年の第3回地球温暖化防止京都会議(COP3)で採択された京都議定書は、温室効果ガスの削減を目的とした国際協定の中でも、特に歴史的な意義を持つものとして知られています。この協定では、先進国が法的拘束力を持つ削減目標を設定することが求められました。背景には、「気候変動枠組条約」に基づき、過去に温室効果ガスを多く排出してきた先進国が、責任を果たすべきだという理念がありました。

対象となるガスは二酸化炭素に限らず、メタン(CH4)やフロンガスなど多岐にわたりますが、当時途上国とされていた中国やインドは削減義務を負いませんでした。この点が後に議論を呼び、国際協定を形成する際の難しさを浮き彫りにしました。京都議定書は、2020年までを期限とした削減目標を設けており、その成果を踏まえて次の枠組みとしてパリ協定が採択されることになります。

パリ協定

2015年に第21回国連気候変動会議(COP21)で採択されたパリ協定は、京都議定書を基盤としながらも、大きな進化を遂げた枠組みです。最大の特徴は、先進国だけでなく途上国を含むすべての国が参加する点にあります。これにより、各国が自主的に削減目標を設定し、実行する「ボトムアップ方式」が採用されました。

パリ協定では、産業革命以前からの平均気温上昇を2度以内に抑え、さらに1.5度以内を目指すという長期的な目標が掲げられました。この目標達成には、二酸化炭素排出量削減だけでなく、再生可能エネルギーの導入促進や省エネルギー技術の開発が不可欠とされています。また、各国は5年ごとに目標を更新し、進捗を報告する仕組みが設けられています。これにより、協定が持続的かつ動的に運用されることが期待されています。

しかし、政治的な不安定さも見逃せません。ドナルド・トランプ政権下でアメリカが一時的に離脱したことは、協定の信頼性に影響を与えました。そして、2024年に再選を果たしたトランプ氏が再びパリ協定からの離脱を検討する可能性が報じられており、国際的な取り組みに再び不安をもたらしています。

SDGs(持続可能な開発目標)

国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)は、2030年を目標年として掲げられた17の目標と169の具体的なターゲットを含む包括的な取り組みです。その中でも気候変動や脱炭素社会の実現に関連する目標は、京都議定書やパリ協定のような政府主導の枠組みを補完する役割を果たします。

SDGsは教育や技術開発、国際協力を通じて、脱炭素社会の実現に向けた広範な取り組みを支えています。再生可能エネルギーの導入を加速させるための技術投資や途上国への支援を通じ、世界全体での公平なエネルギー移行を目指す動きが活発化しているのは、肌で感じている方も多いのではないでしょうか。

また、SDGsがユニークなのは、国家や大企業だけでなく、個人レベルでの行動を通じて達成を目指す点です。例えば、家庭での省エネ、再生可能エネルギーを活用した電力契約、職場でのペーパーレス化など、日常生活に取り入れられる行動が多くあります。こうした取り組みは、単に温室効果ガスの削減にとどまらず、社会全体での意識変容を促し、持続可能なライフスタイルの普及にも貢献しています。

脱炭素化に向けて日本が実施している取り組み

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日本は2021年の米国主催気候サミットにおいて、2030年度に温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指すこと、さらに50%の高みに向け挑戦を続けることを表明しました。以降、政府では新たな地域の創造や国民のライフスタイルの転換など、カーボンニュートラルに向けた需要創出の観点に力を入れながら、一丸となって脱炭素化を推進しています。

ここからは、脱炭素化目標の達成に向けて、日本が実施している取り組みを順番に解説します。

産業構造の変革

脱炭素社会の実現に向け、日本は2050年カーボンニュートラル目標に基づく「グリーン成長戦略」を掲げています。この戦略は、産業構造そのものを転換し、持続可能な成長と環境保全の両立を目指すものです。その中核となる施策の一つが「グリーンイノベーション基金」です。この基金は、再生可能エネルギーの開発や炭素回収技術の研究など、新たな技術の創出を支える資金として設定されており、産業界の取り組みを強力に後押しします。

さらに、「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」も導入されました。この税制は、企業が脱炭素化技術に投資した際、最大10%の税額控除(中小企業は最大14%)50%の特別償却といった大きな経済的インセンティブを提供する仕組みです。これにより、多くの企業がリスクを取り、新たな分野への投資を進めやすくなっています。

加えて、日本をアジアの「グリーン国際金融センター」として確立する取り組みも進められています。環境関連分野への資金を引き寄せ、世界の投資家が信頼できる市場としての地位を確立することで、国内外の連携を強化し、経済の脱炭素化を一層促進しようという狙いがあります。これらの取り組みは、従来のエネルギー集約型産業から脱却し、イノベーションを基軸とした新たな成長モデルを築く道筋を示しているといえるでしょう。

脱炭素経営の促進

産業構造が変わったとしても脱炭素化を進める上では、民間事業者への支援が不可欠です。そこで日本政府は、「脱炭素化支援機構」を設立し、企業が脱炭素経営を実現するための支援を行っています。この支援機構は、企業が環境配慮型の技術や事業へ投資できるよう、200億円の投融資を行い、CO2排出量の削減などに役立つ新規事業を後押しするとしています。

また、「SBT(Science Based Targets)」や「RE100」といった国際イニシアチブへ参画した企業に対して補助金を給付し、脱炭素の取り組みが企業活動の実利として還元するスキームも構築しています。これらのイニシアチブでは、事業活動における温室効果ガス削減目標の設定や再生可能エネルギーの利用率を100%にすることが求められており、体力のある大企業以外では脱炭素経営に舵を切ることが困難でしたが、国や地方自治体による支援制度の登場により、中小企業にも持続可能なビジネスモデルへの転換の下地が整いつつあります。

近年では若年層を中心に、環境問題に取り組む企業への需要が高まっていることからも、こうした動きは、脱炭素化を加速する効果をもたらすと同時に、企業の競争力を高めて新たなビジネスチャンスを生み出すきっかけとなるでしょう。

環境価値の取引活性化

環境問題への取り組みを加速させるためには、環境価値を具体的に評価し、それを取引可能な形で活用することが重要です。その一環として、「カーボンクレジット」が注目されています。カーボンクレジットは、企業や団体が削減または吸収した温室効果ガスの量を「クレジット」として市場で取引する仕組みで、排出量削減を促進する効果があります。日本では特にJ-クレジット制度が活用されており、省エネルギー設備の導入や森林保全による吸収量が認証され、取引の対象となります。

また、持続的な成長実現を目指す企業が同様の取り組みを行う企業群や官・学と共に協働するために「GXリーグ」が設立され、企業間の取引が促進されています。その一環として、2023年には東京証券取引所で、「カーボン・クレジット市場」が開設され、本格的かつ大規模な排出量取引の市場が登場しています。

さらに、家庭で埋没していた環境価値も取引できるよう、小口の環境価値取引が可能となる取り組みが進行しています。実際に経済産業省が実施している「グリーン・リンケージ倶楽部」では、太陽光パネル等による発電電力の自家消費分から生まれる環境価値を取りまとめてCO2排出削減の実績としてクレジット化しています。

これらの環境価値の取引を活性化させる取り組みは、脱炭素化の加速に寄与するだけでなく、新たな市場を創出する基盤となります。現在はまだ準備段階ともいえる状態ですが、現在の制度が発端となって今後数年で環境価値の有効活用が一気に進展することが期待されます。

カーボンクレジットについてはこちらの記事でも解説しています。

政府資金を呼び水とした投資

脱炭素社会の実現に向けては、排出削減が困難なセクターを中心に投資を促進することも重要な要素です。排出削減が困難なセクターとは、製鉄、セメント、化学など、高温加熱や大規模な化石燃料の利用が避けられない産業を指します。これらの分野では、排出量を削減するための技術革新や資本投下が必要とされています。

そのため、政府は「トランジション・ファイナンス」と呼ばれる資金調達スキームを推進しています。これは、脱炭素化の過程で必要となる技術や設備への投資を支援する仕組みであり、特にGX(グリーントランスフォーメーション)推進法に基づいて運用されています。この法律のもと、GX経済移行債と呼ばれる国債が発行され、これにより20兆円規模の資金が調達される計画です。この資金は、企業の排出削減プロジェクトや研究開発に活用されるだけでなく、カーボンプライシングを通じて脱炭素経済への移行を支援します。

さらに、企業による技術革新を後押しするための研究開発支援も強化されています。これには、再生可能エネルギーの利用拡大や炭素回収技術の進展を含む広範な分野が含まれ、政府資金が呼び水となって民間投資を一層促進することが期待されています。これらの取り組みは、単なる脱炭素の推進にとどまらず、新たな産業構造の形成や競争力の向上を目指した包括的な戦略として位置付けられています。

再生可能エネルギーの活用

日本政府は民間企業や需要家主導による再生可能エネルギーの主力化とレジリエンス強化を図るため、さまざまな支援策を講じています。例えば、需要家主導型太陽光発電や再生可能エネルギー電源併設型蓄電池導入支援事業に対して補助金を助成しています。令和7年度の概算要求額では、需要家主導型太陽光発電及び再生可能エネルギー電源併設型蓄電池導入支援事業に113億円、民間企業等による再生可能エネルギー導入及び地域共生加速化事業に119億円が予定されています。これにより、需要家が再生可能エネルギーの導入を進めやすくなり、地域におけるエネルギーの自立性向上や災害時のレジリエンス強化が期待されています。

さらに、企業の再生可能エネルギー導入を加速させるために、エネルギーサービス会社が提供するPPA(Power Purchase Agreement)モデルが登場しています。PPAモデルでは、企業が太陽光発電システムを初期費用ゼロで設置し、発電した電力を自家消費するのではなく、PPA事業者に対して使用した電気量の代金を支払う仕組みとなっています。このモデルにより、企業は初期投資なしで再生可能エネルギーを活用できるため、特に中小企業や設備投資に余裕がない企業にとって非常に魅力的な選択肢となっています。また、これにより再生可能エネルギーの導入が進むだけでなく、電力の安定供給とコスト削減も実現し、企業の競争力向上にも寄与しています。

PPAモデルについてはこちらの記事でも解説しています。

脱炭素は意味ない?実現に向けた日本の課題とは?

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脱炭素化の実現に向けて日本はさまざまな取り組みを進めていますが、その過程で直面している課題は少なくありません。特に、化石燃料依存の問題や経済的負担、さらには特定の産業における二酸化炭素排出の問題など、脱炭素化を推進する上での大きな障壁が存在します。これらの課題を克服し、脱炭素社会を実現するためには、技術革新や新たな政策が必要とされています。

エネルギーを化石燃料に頼っている

出典:資源エネルギー庁「エネルギーの今を知る10の質問」

日本のエネルギー供給は現在、大きな割合を化石燃料に依存しています。石油、石炭、液化天然ガス(LNG)などが主要なエネルギー源となっており、その使用により二酸化炭素が排出されています。これらの化石燃料は、安定した供給が可能であり、価格が比較的安定していることから、日本のエネルギー供給において重要な役割を果たしています。しかし、化石燃料を使用し続けることは脱炭素化を進める上で最大の障害であり、その依存度を下げることは急務です。

特に石炭は、安価で安定した供給が可能であるため、エネルギー政策において依然として重要な位置を占めていますが、その使用がもたらす環境負荷は無視できません。加えて、東日本大震災以降、原子力発電に対する不安が高まり、原発の稼働が減少しました。これにより、化石燃料に依存する割合が高まり、脱炭素化の進展を阻む要因となっています。

災害時のリスクや供給の安定性を考慮した場合、再生可能エネルギーへの転換が求められていますが、そのためには、太陽光や風力などの安定供給を実現するためのインフラ整備が必要です。このような化石燃料依存からの脱却は、脱炭素社会実現に向けての重要な一歩ですが、現段階では十分に進んでいるとは言えません。

経済的負担が大きい

出典:CDエナジーダイレクト「太陽光発電の設置費用の相場は?補助金についても紹介」

脱炭素社会を実現するための技術や設備の導入は、確かに環境への配慮を反映した重要な一歩ですが、その経済的負担は少なからず大きいのが現状です。特に、再生可能エネルギーや省エネルギー設備の導入には多大な初期投資が必要です。例えば、太陽光発電設備や風力発電設備を導入する際には、設置費用が高額となり、それに加えて設備の維持費やメンテナンス費用が長期的にかかることになります。このような経済的負担は、特に中小企業にとって大きな障壁となり、脱炭素化の遅れを引き起こす要因となっています。

また、設備の耐久性や維持管理の難しさも問題です。例えば、再生可能エネルギー設備である太陽光発電パネルは、設置してから数十年使用することが期待されますが、設置後のメンテナンスや故障対応のために一定のコストがかかることもあります。さらに、設備の一部が壊れやすかったり、技術的な複雑さがあったりすると、修理や交換のために予想以上の費用が発生することもあります。

一方で、事業継続性の観点でも問題が生じます。脱炭素化のための設備導入は、一時的なコストの負担だけでなく、継続的な経営の中でどのようにそのコストを吸収していくかという問題に直面します。事業活動の基盤となる生産設備を更新する際には、事業の効率や生産性が影響を受ける場合もあり、企業は新たな設備投資を行うリスクを避けることがあります。

さらに、再生可能エネルギーの設備には特定の資源を多く使用するため、その資源供給にも限りがあります。例えば、太陽光発電のパネルにはレアメタル(希少金属)が使われることが多く、これらの金属は供給に制約があり、将来的に価格が高騰するリスクも抱えています。特に、太陽光発電に用いられるインジウムやテルルなどはその供給が限られており、レアメタルに依存する再生可能エネルギーの普及には長期的な供給体制の確立が必要です。

こうした課題に対して、技術革新が進んでおり、コストの削減を可能にする方法も模索されています。例えば、ペロブスカイト太陽電池は、その製造コストが従来のシリコンベースの太陽光発電パネルに比べて低く、広範な普及を支える可能性を秘めています。この技術は、主にヨウ素を原料としていますが、ヨウ素は日本が世界で3割の生産量を占め、チリに次ぐ世界第2位の生産量を誇ります。この点は、日本にとって有利な競争力を持つ資源であり、再生可能エネルギーの普及に貢献できる可能性があります。

このように、脱炭素化のコスト負担を軽減するためには、技術革新と資源の有効活用が不可欠です。ペロブスカイト太陽電池などの新技術の発展は、将来的なコスト削減につながるだけでなく、日本の資源供給における強みを活かすことにもつながります。

二酸化炭素排出が避けられない産業がある

出典:経済産業省「トランジションファイナンスに関する鉄鋼分野における技術ロードマップ」

各業界で脱炭素化が進んでいるとはいっても、先に述べた排出削減が困難なセクターのように、一部の産業では構造的にそもそも二酸化炭素の排出が前提とならざるを得ないケースもあります。例えば、国内総出荷額約19兆円を誇る日本の一大産業の鉄鋼業では、産業部門の4割の二酸化炭素を排出しています。これは、製鉄時に高温熱を必要とする工程が多く、ボイラーや工業炉などの大型熱供給機器を使用することで鉄鉱石を還元して鉄を製造する必要があるからです。

石炭の代わりに水素を使用する技術革新(炭素ではなく、水素と結びつけるため、二酸化炭素は発生しない)の研究も始まっていますが、こうしたグリーン・スチールの実用化は今世紀末ともいわれており、まだ時間がかかると見られています。したがって、実務上では現状、鉄鋼業において脱炭素を実現するのはかなり困難といわざるを得ません。

また、理論上・技術上は脱炭素化が可能なテクノロジーが生まれていたとしてもコスト的な問題により実装が進まないこともあります。例えば、エネルギー産業に次ぐ二酸化炭素排出源となっている運輸業では、運搬手段の電動化や、AIを用いた物流の効率化・省人化が技術的には可能とされていますが、すべての車両・倉庫でこうしたテクノロジーを導入するとなると数億円規模のコストが発生します。経営上のリスクを背負ってまで自費で脱炭素経営に取り組む運輸業者が多くないことは想像に難くないでしょう。

こうした、現状で二酸化炭素排出が避けられない産業の存在は脱炭素社会の実現する上で大きな課題となっています。

不正の可能性を排除できていない

脱炭素化が進む中で、一部の企業や団体による「グリーンウォッシュ」や「データ改ざん」の問題が浮き彫りになっています。グリーンウォッシュとは、環境に配慮しているかのように見せかけることで消費者や投資家を誤解させる行為であり、企業が実際にはあまり環境負荷を減らしていないにもかかわらず、エコなイメージを作り出すためのマーケティング手法として悪用されています。例えば、製品に「環境に優しい」などのラベルを付けながら、実際には製造過程で多くのCO2を排出している場合などがこれに該当します。このような行為は、消費者や投資家が持つ「脱炭素化」の期待を裏切り、社会全体の脱炭素化努力を妨げる結果となります。

出典:産経新聞「グリーンウォッシュって?」

また、データ改ざんも大きな問題です。脱炭素化を進める企業が排出削減量や再生可能エネルギーの利用状況を報告する際に、実際よりも良い数値を発表することがあります。これにより、正確な脱炭素化の進捗が把握できなくなり、企業間の公平性が損なわれるだけでなく、社会全体の脱炭素化目標の達成にも悪影響を及ぼします。企業や政府が透明性を保ちながら脱炭素化を進めることが不可欠ですが、現状ではこれらの不正行為が取り締まられきれていないのが現実です。

これらの不正行為を排除するためには、技術的な対策が求められます。その解決策として注目されているのがブロックチェーン技術です。ブロックチェーンは、取引履歴やデータが改ざんできないように記録される分散型台帳技術であり、その透明性と信頼性を活かして、脱炭素化に関連するデータを正確に管理することが可能です。企業がCO2削減量や再生可能エネルギーの使用状況をブロックチェーン上に記録することで、そのデータが後から改ざんされることなく、外部から検証可能な状態に保たれます。実際に、ブロックチェーンを活用した証明書やクレジット制度も登場しており、透明性の高い市場が形成されつつあります。

ブロックチェーンについてはこちらの記事でも解説しています。

まとめ

この記事では、脱炭素の定義や目的、具体的な取り組みについて解説しました。

記事内でも解説した通り、脱炭素は、地球温暖化対策として二酸化炭素の排出を実質ゼロにする取り組みであり、温室効果ガス削減の要であり、その重要性は、地球温暖化防止や燃料資源の枯渇といった深刻な背景からも広く認知されるようになっています

すでにこれらを解決するために国際的な枠組みやSDGsのような共通目標を通じて、国家や企業、個人が協働する流れが加速しています。日本も、産業構造の変革や脱炭素経営の促進、再生可能エネルギーの活用に注力しており、政府の支援と技術革新を基盤にカーボンニュートラル社会の実現を目指しています。

今回ご紹介した内容を参考に、脱炭素化に向けて企業ができる活動について検討されてみてはいかがでしょうか。

IoT、AI、ブロックチェーン。ビッグデータを活用したDXとは?

IoT、ブロックチェーン、AI。一見、無関係にもみえるこれらの概念は、実は、「ビッグデータを活用したDX」という文脈で相互補完的な役割を果たしています。そのなかでもブロックチェーンは、特に不可欠な存在です。今回は初心者向けにざっくりと解説します!

これだけは押さえたい!IoT、ブロックチェーン、AIの基礎知識

IoT、ブロックチェーン、AI(人工知能)は、最近よく話題に上がる技術ですが、それぞれが何を意味するのか、イメージしづらいと感じる人もいるかもしれません。これらは単独でも大きな可能性を秘めていますが、組み合わせることでさらに革新的な展開が期待されています。ここでは、それぞれの基本的な仕組みをわかりやすく紹介していきます。

IoT

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IoT(Internet of Things、モノのインターネット)とは、「世の中のあらゆるモノをネットワークに接続することで、さまざまな付加価値を生み出すことを目的としたITインフラストラクチャJRIレビュー(北野2017))」を指す言葉とされています。このように定義で説明されても、ほとんどの人(少なくともこの記事に行き着いた人)には「イメージが湧くような?湧かないような?」という感じかもしれません。もう少し具体的に見ていきましょう。

インターネットは、アメリカ国防総省(DoD)が進めた研究プロジェクト「ARPANET」を起源にもっており、アメリカ国内の大学や研究機関を接続し、研究者同士が効率的な情報交換を行うために発達してきたものでした。インターネットの利便性が知られるようになると、これを営利目的に使いたいという要望が強くなり、1990年代に入ると商用インターネットが解禁されました。スマホを含むモバイル端末や、PCを通じて人々の暮らしが圧倒的に便利になる一方で、次第にテレビやカメラ、冷蔵庫やエアコンなど、これまではインターネットに接続されていなかったあらゆる機器にまでネットワークを広げようとする動きが出てきます。この概念が、IoTなのです。最近よく聞く単語の割には中身がスカスカだと拍子抜けするかもしれませんが、だからこそ、結びつくアイデアや活用先次第ではその可能性は無限大なのです。

IoTを理解する上で重要なポイントは次の3点です。

  1. モノ(デバイス)をインターネットに接続する
  2. アプリケーションによって付加価値を生み出す
  3. IT基盤(インフラストラクチャ)である

一般に、IoTと聞いて思いつくのはセンサーで自動的に電気をつけたり音声認識でエアコンをつけたりといった「スマート家電」と呼ばれる領域でしょう。スマート家電では、①もともと独立したモジュールであった電気やエアコンといった端末をインターネットに接続し、②スマホアプリ等を用いて手動で起動する手間を省いたり相互に連動することで住宅の快適さを上げるという付加価値を生み出しています。しかし、こうした典型的なIoT概念で見落としがちなのが、3つ目のポイントです。

実は、「自動的に起動する」「連動する」といったことは、あくまで個人消費者向けの小さなメリットに過ぎません。IoTは、そうした小さな範囲にとどまる概念ではなく、センシング技術を通じて集積したビッグデータをAI(人工知能)やブロックチェーンといった技術とともに利活用することで、経済活動の効率性や生産性を大きく向上させ、さらに高齢・人口減少社会における経済、社会保障などの面で生じる課題を解決する手段としても注目を集める、③社会の基盤そのものに成り代わるような概念なのです。

例えば、家電の域を超えて車両がIoTに対応することで、渋滞情報のリアルタイム共有や路線バスの安定運行、自律走行ロボットを活用した無人配送サービスなど交通インフラを整備することさえ可能です。いわゆる「スマートシティ」と呼ばれる構想です。もちろん、ミクロのIoTも技術的には大変興味深いですが、様々な社会課題解決や新たな社会価値を創出していくために、国民生活や経済行動そのものを変容させ得る可能性を秘めているという点は、IoTを語る上で欠かすことのできない視点といえるでしょう。

AI(人工知能)

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近年では、AI(人工知能)の生活への浸透度は非常に高くなっており、身近な製品やサービスで活用されることも珍しくなくなってきました。最たる例はApple社の音声アシスタント「Siri」でしょう。「Hey Siri」とiPhoneに話しかけると起動でき、端末に触れることなく様々な操作をしてくれます。AIについて詳しくない方でも、「AI=便利なもの」という認識はあるはずです。

近年のAIブームを見ていると、つい最近誕生した技術かのように思えますが、AIは1956年にアメリカで開催されたダートマス会議で誕生し、その後はインスタントカメラやルーズソックスなどと同じく、ブーム再燃によって度々脚光を集めてきました。ただし、70年近く前に誕生したとはいっても、何か物理的な完成品が生まれたのではなく、科学者たちが人間のように考える機械を「Artificial Intelligence」と名付けたというだけに過ぎません。そのため、AIという言葉が指す範囲は非常に幅広く、映画「ターミネーター」のような人間を超越しうる存在としてのAI(「強いAI」)から、ビジネスパーソンにおなじみのExcelや電卓(「弱いAI」)まで、およそ人間の知能労働を代替するコンピュータとアルゴリズムが総じてAIと呼ばれているのです。

最初のAIブームはこのダートマス会議の流れを汲んで1950年代に起こりました。この時期の研究は、初期のAI研究者たちが概念的なフレームワークを構築し、人間の思考を模倣するコンピュータープログラムを開発するというものでした。コンピューターを使った論理的な推論自体は実現したものの、基本的には予め特定の問題を解決するための知識をプログラミングする手法をとっていたため、パズルや明確なルールがあるゲーム(トイプロブレム)などには強い一方で、ルールが不明確で複雑な問題を苦手としていました。こうしたアルゴリズムの限界などから期待されたほどの成果が得られず、AIへの関心が下火となりました。

そこから数年は技術の進展が見られず、苦しい時期を過ごしたAI研究ですが、1980年代に入ると再び脚光を浴びるようになります。そのきっかけとなったのが「エキスパートシステム」の実現でした。エキスパートシステムとは、ある分野の専門家の持つ知識をデータ化することで、その分野において人間の専門家に匹敵する知識を持つコンピュータープログラムを開発する手法のことです。それまでのAIに「何でも屋」の役割を要求していた開発手法から脱却することで、医療診断、金融のデータ解析といった限定的な場面でエキスパートシステムが実用的な成果を上げました。ビジネスでの導入例も出現するなど好調に見えた第2次AIブームでしたが、エキスパートシステムは特定のシーンで適用されるには優れていましたが、一般的な知的タスクへの拡張が課題となり、AI研究は再び停滞します。

再び冬の時代に入ったAI業界ですが、2006年にある研究者の発見により転機が訪れます。それが、ジェフリー・ヒントンにより発明された「ディープラーニング」です。ディープラーニングとは、入力データからAI自ら特徴を判別し、特定の知識やパターンを覚えさせることなく学習していくことができる技術のことで、別名「深層学習」とも呼ばれます。こうした技術に加え、マシン性能の向上やインターネットによるデータ収集効率の向上なども相まって過去の一過性のブームとは異なり、AIを私たちの日常生活に深く浸透させる結果を生みました。2022年にOpenAIからChatGPTが発表されると10日足らずでユーザー数が100万人を超え、世間に衝撃を与えたことは記憶に新しいのではないでしょうか。

現時点ではコンピュータの計算能力やデータ自体の精度、機械学習を適切に扱えるデータサイエンティストやビジネスパーソンの存在など、様々なボトルネックが存在していますが、AI研究の第一人者であるレイ・カーツワイル氏は、2029年頃にAIが人間を超えると予測するなど、「シンギュラリティ(技術的特異点)」へ到達する日も遠くないとされており、AIはまだ発展途上にある技術でありながら、社会構造そのものを大きく変える可能性を秘めています。

ブロックチェーン

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上記二つの概念と比べるとまだまだ知名度は低いブロックチェーンですが、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。ブロックチェーンは知らずとも、ビットコインの名前はほとんどの方が一度は聞いたことがあると思います。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種でありながら、特にデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っていました。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません。また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

さらにブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値ナンスといった要素によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています

また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出す行為を「マイニング」といい、最初にマイニングを成功させた人に新しいブロックを追加する権利が与えられます。

ブロックチェーンではマイニングなどを通じてノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持つことで、データベースのような管理者を介在せずに、データが共有できる仕組みを構築しています。参加者の立場がフラット(=非中央集権型)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事でも解説しています。

これらの技術が結びつく交点=DX(デジタルトランスフォーメーション)

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これまで長々と見てきたように、IoT、AI、ブロックチェーン、という3つの技術は、それぞれ異なる分野から生まれ、それぞれ独自の発展を遂げてきたものです。バラバラの文脈で語られることも多いIoT、ブロックチェーン、AIという3つの概念ですが、これらを単独で考えるだけでは、現代の技術が持つ本当の可能性を理解することは難しいでしょう。実は、この3つの技術は相互に補完し合う関係にあり、「ビッグデータ活用を前提としたDX」という結節点から分析することで、大きな社会動向の要素として相互に関連づけることができます。

例によって前提となるDX、ビッグデータについて解説します。日本デジタルトランスフォーメーション推進協会によると、DX(Digital Transformation、デジタルトランスフォーメーション)とは「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念を指します。最近ではビジネスシーンでもよく耳にするこの単語ですが、実はDXとは、単にアナログデータをデジタル化(デジタイゼーション)するだけではなく、産業や社会構造全体をデジタル技術によって刷新し、新しい価値を創造する取り組みを意味しているのです。

その中核を担うのが、ビジネスや研究の現場に溢れている大量のデータ、いわゆる「ビッグデータ」の活用です。ビッグデータ活用の大きな流れとは、次の通りです。

  1. データを集める
  2. データを保存・管理する
  3. データを分析する
  4. データを活用する(社会実装する)

まず、ビッグデータを活用するには、そもそもデータ自体が十分に集まっている必要があります。一見、簡単なことのように思えますが、実は、世の中には機械による処理が可能な形のデータ(構造化データ)とそうではない形のデータ(非構造化データ)、そしてデータとしてすら認識されていない情報があり、構造化されたデータは全情報のごく一部でしかありません。したがって、ビッグデータを活用してDXを実現するためには、まずデータを構造化する、あるいは自然の情報をデータ化するといった、①データ収集の作業が重要になります。

次に、①で集めたデータを適切に保存・管理していく必要があります。実は、これもデータ分析を行なった経験がないと想像しにくいことですが、データ分析において自分の思ったような形で正しくデータが揃っているということはごく稀です。実際には、データの一部が欠損していたり、データそのものの信用が怪しかったり、異なるデータベース同士を接合する必要があったりと、いわゆる「データの前処理」という地味で根気の要る仕事が大半を占めています。これは、そもそも現時点では、多くの産業や企業においてデータを適切に管理するための基盤が整っていないことに起因しています。したがって、DXに向けて大量のデータを正しく活用していくためには、②データの保存・管理の方法が大切なのです。

続いて、あるデータベース上に保存されたデータを分析していきます。当然のことながら、データは集めて保存しているだけでは価値がありません。付加価値を出していくためには、情報の羅列であるデータベースから、何かしらの目的を持って分析を行い、実際の業務等に反映して効率化を実現していく必要があります。ですが、現実には、ビッグデータが重要であるということだけを鵜呑みにして「とにかくデータを集めろ」で終わっている企業も少なくありません。これは、先ほどもみたように、データを適切に取り扱える人材が不足していることにも原因がありますが、それ以上に、「データは分析して実際に役立ててナンボ」という当たり前の考え方が欠落しているからだといわざるを得ないでしょう。そのため、ビッグデータ活用によるDXでは、この③分析のフェーズを意識して全体を設計していくことが重要だといえます。

最後に、分析の結果であるモデルに当てはめて、現実世界の施策として社会実装していきます。一般に「ビッグデータ」「DX」というとこの社会実装の部分ばかりがケースとして目立ってしまいますが、実は、①〜③の流れを適切に行うことができていれば、半分はクリアしてしまったようなものです。もちろん、実際には、理論を現実へと実装していく過程が最も困難な場合がほとんどではありますが、そうした困難の原因として、目的から正しく逆算せずに「場当たり的に」データ活用を行おうとした結果、当事者が納得するような施策にまで十分落とし込めなかったということが少なくありません。そのため、④データの活用、社会実装を適切に遂行する上でも、①〜③の収集→管理→分析が大切だといえるでしょう。

このように分解してみると、精緻な顧客分析、需給予測の観点から「金のなる木」という見方をされることも多いビッグデータですが、データそのものは単体ではただのデータに過ぎず、それ自体が直接的な価値を持つわけではないということがおわかりいただけたのではないでしょうか?むしろ、膨大な情報が眠る「鉱山」のような存在だと捉える方が適切でしょう。

そして、この鉱山から金を生み出す各プロセスで大切な役割を担うのが、IoT、ブロックチェーン、AIという3つの技術です。IoTは鉱山の位置を特定して価値ある鉱石(データ)を発掘する役割を果たし、ブロックチェーンは採掘された鉱石が本物であることを保証し、AIはその鉱石を加工して価値を最大化する、といった具合にそれぞれの役割を果たしながら連携することで、初めてDXが実現するのです。

DXにおいてIoT、AI、ブロックチェーンはどのような役割を果たす?

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IoT、AI、ブロックチェーン、そしてこれら3つの技術とDXとの関係性について大まかに把握したところで、それぞれが具体的にどのように作用し合い、ビッグデータの活用を支えているのかを掘り下げていきましょう。DXの中核をなすビッグデータの流れを見ていくことで、これらの技術が単独ではなく相互補完的に機能していることが明らかになるはずです。

先ほど見たビッグデータ活用によるDXの流れと、IoT、ブロックチェーン、AIの3概念は、それぞれ次のように対応させることができます。(※下記の対応は、必ずしも現時点でそうなっているとは限らず、今後の未来における一つの形を提唱しています)

  1. データを集める → IoTによるハードウェア端末でのデータ収集
  2. データを保存・管理する → ブロックチェーンによるデータベースの統合・管理
  3. データを分析する → AI(機械学習)による大量情報の処理
  4. データを活用する(社会実装する)

まず、IoTの役割は、私たちの日常に存在するあらゆるモノをインターネットにつなぎ、データを収集することです。これにより、身近な情報端末を通して、私たちの日々の行動パターンや好みをデータとして蓄積することが可能になります。たとえば、Amazon社の「Echo」シリーズやGoogle社の「Nest」シリーズに代表されるスマートスピーカーは、所有者が好む音楽、家族の声の波形、エアコンの設定温度といった多種多様なデータを取得しています。さらに、こうしたIoT技術は家庭内だけでなく、通勤経路や公共交通機関、オフィスビル、飲食店、学校、病院といった日常のあらゆる拠点で活用されるようになり、これまで活用されなかったデータの収集を可能にしています。

しかし、膨大なデータが収集されても、それを安全かつ効率的に管理する仕組みがなければ活用することはできません。現代社会では、数多くの企業がそれぞれ独自の端末やフォーマット、データ取得経路を用いてデータを収集し、それぞれの基準で管理しています。こうした分断されたデータベースでは、システム間でフォーマットが統一されておらず、データを横断的に活用することが困難です。また、セキュリティ要件が十分に担保されていない場合もあり、不正アクセスや改ざんといったリスクが潜在しています。このような状況では、ビッグデータを最大限に活用するための効率的なデータ統合が課題となります。

ここでブロックチェーンの技術が、DXを支えるための強力なソリューションとして機能します。ブロックチェーンは分散型の台帳技術に基づいており、改ざんがほぼ不可能なデータベースを構築できます。したがって、複数の企業が独立して管理しているデータを一元化し、異なるフォーマットや基準の間でも信頼性を持って統合することを可能にします。データの真正性も担保されることで、企業間を横断するようなデータのやり取りであっても、「〇〇社だけセキュリティ要件が満たされていない!」というような穴も生まれにくい構造になっており、IT部門・セキュリティ部門のYESも比較的取り付けやすいでしょう。世界経済フォーラムの試算によると、2025年までに世界のGDPの10%がブロックチェーン基盤上に乗るとされています。この予測は、ブロックチェーンが単なる技術革新にとどまらず、経済や社会全体の基盤としての地位を築く可能性を示しています。

最後に、ブロックチェーン基盤上で管理・統合されたデータを処理するのがAIの役割です。ビッグデータ、とりわけIoTで集められたデータ群は、これまでデータ分析の領域が取り扱ってきたものよりも変数が多く、モデルも複雑化します。こうしたデータを取り扱う上では、ディープラーニングを始めとした機械学習モデルが有効です。例えば、メーカーの大規模工場におけるDXのプロセスでは、各機械で計測されたセンサーデータをもとに、勾配ブースティングなどの機械学習モデルによる「異常検知」(機械の誤作動による不良品生産等のミスが起こる確率と条件をモデル化)を行うことで、工場のオートメーションを推進したり、無駄なコストを省くといった改善が試みられる、といった具合です。こうした分析は工場ライン一つ一つを具に見ていくだけではなく、全ラインを統合した形での全体分析を行う必要があり、まさに膨大な量のビッグデータを処理しなければなりません。AI(機械学習)は、こうしたデータ分析を実現する有効な手段といえます。

このように、IoT、ブロックチェーン、AIは、データの収集→管理→分析という一連の流れでそれぞれに長所を発揮しつつ、相互補完的な役割を果たす関連技術であると見ることができるのです。

DXでブロックチェーンが果たす重要な役割

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先にみたデータの収集→管理→分析という一連の流れの中で、地味ながらも非常に重要な役割を果たしているのがブロックチェーンによるデータの管理です。ビッグデータを活用してDXを実現するということは、ある一企業や企業内の一部門だけで完結する類のプロジェクトではなく、産官学、サプライチェーンにおける川上と川下、同業他社、生産者と消費者など、異なる立場(そして時には敵対する立場)にいる複数のプレイヤー間での協業が不可欠になってきます。また、取り扱うデータの総量が大きくなるにつれ、関係する人の数やプロジェクトの期間も増え、オペレーションエラー等のリスクが高まっていきます

しかし、その一方で、データ分析は非常に繊細な側面をもち、インプットするデータが少し変わるだけでアウトプットとなるモデルや仮説の精度が大きく左右されることも少なくありません。こうした前提条件のもとでは、複雑になりがちな管理をできる限りシンプルで、かつ、セキュリティ等のリスク要件を満たすような仕組みで解決できるような技術を採用する必要があります。ブロックチェーンは、こうした従来のデータベースでは解消が難しい複数の課題を解決しうるという点で、まさにDXにとってビッグデータを扱うのに打ってつけの技術なのです。

ここからは、ブロックチェーンの開発企業の目線から、ブロックチェーンの役割にズームしてDXを紐解いていきます。

ブロックチェーンの役割①:セキュアなデータ統合の仕組みを提供する

ビッグデータ利用にあたっての課題の一つに「データ統合」の問題があります。ビジネス上の価値があるデータは単体プレイヤーに閉じたものではなく、複数の異なるステークホルダーが持っているデータを統合した先にあります(例えば、口座のログイン情報は預金を引き出す上では金銭価値を持っている情報ともいえそうですが、ビジネスシーンではこうした情報は価値を持ちません)。

ここで問題となるのが、異なるデータベース間でのデータ共有における安全性の問題です。データベースが異なるということは、データを保存するフォーマットや構造化の方法、単位等、あらゆる要素が異なってきます。そうした諸データを統合することはそれ自体難度が高いばかりでなく、統合の際にデータを欠損する等のオペレーションエラーを誘発する原因にもなりえます。

さらに、仮にシステム上は統合が可能であったとしても、例えば競合関係にある複数社による統合が試みられるとした場合、誰が中心となって、どこまでのデータを、どういった権限のもとに共有するかという論点が生じます。こうした場合、各社が「もしかすると他社のいいようにやられて大切なデータまで取られるかもしれない・・」といった疑心暗鬼の状態に陥り、プロジェクト自体が頓挫してしまうケースも少なくありません。

こうした課題に対して、ブロックチェーンは極めて有効な解決策を提供します。ブロックチェーンは中央管理者を必要としない分散型の仕組みを持つため、データ管理の主体が特定の組織に偏ることなく、複数のプレイヤー間で透明性のあるデータ共有が可能です。すべての取引履歴やデータ変更は暗号化された上でチェーン状に記録されるため、不正や改ざんが事実上不可能になります。これにより、各ステークホルダーが「データの正確性」と「セキュリティ」に対する信頼を持ちながら、安心してデータ統合に参加できる環境が整います。

また、ブロックチェーンでは、データの一元化も効率的に実現されます。従来のように異なるデータベース間でデータを移動・変換する必要がなく、ブロックチェーン上で統一されたフォーマットのもと、直接的なデータ共有が可能となるため、統合の手間やオペレーションエラーのリスクが大幅に軽減されます。

例えば、サプライチェーン全体の効率化においては、生産者、物流業者、小売業者など、異なる立場にいる各プレイヤーが同じブロックチェーン上でデータを共有することで、リアルタイムの情報共有と透明性の確保が実現します。これにより、在庫管理の最適化や無駄の削減、トレーサビリティの確保といった課題を効果的に解決できるのです。

実例として、NTTデータが提供する「バッテリートレーサビリティプラットフォーム」が挙げられます。このプラットフォームは、業界全体でのカーボンニュートラル達成や資源循環型社会の実現を目指し、電動車向けバッテリーの製造から廃棄、再利用に至るまでのデータを統合的に管理・活用する基盤を提供しています。ブロックチェーン技術を活用して異なる企業間でデータの共有や連携を安全かつ効率的に行うことで、カーボンフットプリントの管理やデータ主権の確保、スマートコントラクトによる効率的な運用が可能となっている点が特徴です。

出典:NTTデータ「産業データの安全な流通を実現する連携プラットフォームの提供開始」

この仕組みは、欧州連合(EU)の新しい規則である「電池規則」にも対応しています。この規則では、2027年以降のバッテリー販売において、ライフサイクル全体でのCO₂排出量の算出と開示が義務化され、さらに再生原料の利用率や適正処理の証明などが求められます。NTTデータは、日本政府主導で2023年に設立された、ブロックチェーン基盤で規制対応や産業競争力の向上を目指すコンソーシアム「ウラノス(URANOS)」にも参画しており、同プラットフォームを通じてバッテリーのトレーサビリティやサプライチェーン全体の脱炭素化を支援しています。

今回のNTTデータの取り組みはまさに、利害関係が複雑に絡み合う異なるステークホルダー間でデータ統合を行なっていくことの可能性を示しているといえるでしょう。このように、ブロックチェーンは、「セキュアなデータ統合の仕組みを提供する」という重要な役割を果たしています。

ブロックチェーンの役割②:データの真正性を担保する

ビッグデータ利用にあたっての別の課題として、「データの真正性」の問題も発生しています。データの真正性とは、「取り扱うデータが欠損や改ざん等の欠陥のない正しいものかどうか」を表す概念です。先述したように、データ分析の精度を大きく左右するのは、実は分析そのもの以上に、データの真正性であるとされています。なぜなら、AIではデータをインプットとして関数を組み、精度の高いモデルを生み出すことを目的としているため、インプットであるデータが間違っていたら、当然、結果も間違ったものができてしまうからです。そのため、データ分析の世界においては、データ自体の真正性をなんとか担保する試みとして「データの前処理」という工程が最も重要視されています。

一方で、取り扱うデータの総量や関わる人間の数、プロジェクトの予算等が大きくなればなるほど、何かしらのヒューマンエラーであったり、悪意のある第三者によるデータ改ざんの攻撃を受けやすくなります。データの前処理では、ある程度の欠損等には対応しうるものの、データの真正性自体を正確に担保することはできません。したがって、収集したデータを管理する時点で、改ざん等のリスクを減らす仕組みを導入する必要が出てくるのです。

こうした課題に対してブロックチェーンでは、先述のハッシュ値やナンスを用いたデータ管理や、個々のデータ履歴自体へのセキュリティ(秘密鍵暗号方式)、コンセンサスアルゴリズムと呼ばれる合意形成のルールといった複数の仕組みによってデータを分散管理し、すべての取引履歴が暗号化された状態で記録されます。このデータは一度記録されると改ざんがほぼ不可能であり、誰がどのタイミングでデータを書き込んだのか、その履歴がすべて残る仕組みになっています。これにより、データの透明性と信頼性が高まり、複数の企業や組織が同じデータ基盤を参照する場合でも、データの真正性について疑う余地がなくなります

例えば、食品産業においては、農場から加工工場、物流、そして店舗に至るまでのすべての流通プロセスをブロックチェーン上で記録することで、製品のトレーサビリティが担保されます。消費者は商品に付与されたQRコードをスキャンするだけで、その製品がどこで作られ、どのように流通してきたのかを簡単に確認できるようになります。この透明性は、食品安全の確保や企業の信頼性向上に大きく貢献します。同様に、医療業界では患者の診療データや治療履歴を安全に共有することで、医療機関同士の連携がスムーズになり、適切な診断や治療が迅速に行われる環境が整備されるでしょう。

ブロックチェーンによるデータの真正性担保の実例として挙げられるのが、旭化成とTISが共同開発した偽造防止ソリューション「Akliteia(アクリティア)」です。このソリューションは、旭化成が開発したサブミクロン(0.001mm以下)解像度の特殊パターンを印刷した透明な偽造防止ラベルを真贋判定デバイスでスキャンすることで、作品や鑑定書の真正性を確認することができるというものです。

出典:PR TIMES「偽造防止デジタルプラットフォーム「Akliteia」を美術品の真贋鑑定に活用開始」

このスキャンデータは、TISがブロックチェーンプラットフォーム「Corda」を活用して構築したクラウドサービス「Akliteiaネット」に記録されるため、改ざんが不可能な形で情報が保存されます。データの真正性が特に要求される美術品の真贋判定にも用いられており、棟方志功作品の鑑定を行う「棟方志功鑑定登録委員会」では、偽造や贋作への転用リスクが高い従来の紙の鑑定書から同システムに乗り換えたことで、作品損傷や過去の鑑定履歴の管理、偽造品の発生状況をサプライチェーン全体で確実に共有することが可能になりました。サプライチェーン全体で偽造品発生状況を共有することで、被害の定量的な把握や可視化も可能となるため、どの段階で偽造品が多く混入されたかなど、被害実態の定量的な把握・可視化が行えるようになります。Akliteiaは、美術品分野に限らず、他の業界における製品の真正性担保やサプライチェーンの信頼性向上にも応用可能なソリューションとして、ブロックチェーンの実用性を示す一例です。

このように、ブロックチェーンは単にデータを保存する技術ではなく、その真正性や信頼性を担保する仕組みとして、ビッグデータ活用における「根幹」を支える役割を果たしています。DXにおいては、データを「ただ集める」だけでなく、そのデータがいかに正しく信頼できるものであるかが問われる時代です。ブロックチェーンの導入は、企業や組織間の信頼を築き、DXのプロジェクトを確実に推進するための基盤になるといえるでしょう。

ブロックチェーンの役割③:フィジタルな価値を創出する

DXが目指す変革の本質は、単なる効率化や業務改善にとどまらず、デジタル技術によって「新たな価値」を社会に創出することにあります。DXの提唱者であるエリック・ストルターマン教授によると、DXでは「美的価値」が中心的コンセプトとして位置づけられており、物理的な世界(フィジカル)と心理的・感情的な世界(メンタル)がデジタルが融合することで、いかに「フィジタル(フィジカル+メンタル)」な価値をユーザー体験として提供していくかという点にも触れられています。ブロックチェーンを活用したDXでは、NFT(Non-Fungible Token)がその鍵を握っています。

NFTとは、デジタルデータに唯一無二の「本物」としての価値を付与し、所有権や取引履歴を証明できる仕組みです。従来、デジタルデータは簡単にコピー・改変できることから、希少性や真正性を確立することが難しいとされていました。しかし、ブロックチェーン技術によるNFTは、データの改ざんが不可能であること、所有者や取引履歴がすべて暗号化されて記録されることから、デジタルデータに「唯一性」と「真正性」を付与し、信頼できる資産としての価値を生み出すことができます。

こうしたNFTの持つ特性は、現代のDXが求める「共感」「応援」「参加」「共同」という新しい社会的価値の創出と重なります。例えば、アート作品や音楽、ゲーム内のアイテムがNFT化されることで、アーティストやクリエイターとファンが直接つながり、そのつながりを通じて新しい経済圏やコミュニティが生まれています。デジタル空間で手に入れたNFTは、単なる所有物ではなく、「本物」に触れる喜びや、クリエイターを応援するという心理的な価値も含んでいます。これは、DXが追求する新たな体験価値の創出に他なりません。

NFTによる新たな価値提供の事例としては、NBA Top Shotが挙げられます。NBA Top Shotは、アメリカのプロバスケットボールリーグであるNBAの試合中の名場面を「モーメント」としてNFT化し、ファンがこれを購入、収集、取引できるプラットフォームです。このサービスはDapper Labsが開発したブロックチェーン「Flow」を基盤としており、高速かつ手軽な取引が可能で、これまでにない形でバスケットボールの魅力をデジタル空間に広げています。

出典:Forbes「NBA Top Shot Mints A Unicorn: How An Ethereum Competitor Cashed In On The NFT Craze」

NBA Top Shotでは、各モーメントがNFTとしての唯一性を持つため、収集家たちは自分のコレクションに希少性を見出し、その所有権を他者に証明することができます。ファンはお気に入りの選手やプレーのNFTを所有することで、単なる映像データを超えた「価値」を体感できるのです。また、取引市場がプラットフォーム内に整備されているため、NFTの売買を通じてコレクター同士の交流が生まれるなど、新しい形のコミュニティも形成されています。たとえば、ある名場面のNFTが高額で取引されるケースでは、バスケットボールファンの間でそのプレーや選手に対する注目が高まり、物理的なグッズとは異なる次元での「応援」が実現されています。

このように、ブロックチェーン技術を基盤とするNFTは、フィジカルとデジタルを融合した「フィジタル」な世界を具現化し、DXが掲げる「美的価値」や新たな体験価値の創出を支える役割を果たしています。ユーザーサイドに喚起される共感やつながりの意識、そして「本物」に触れる喜びは、デジタル技術が単なる効率化ツールではなく、人々の生活や社会を豊かに変革するための手段であることを示しているのです。

まとめ

ビッグデータの分析・活用はIoTに対する鍵であり、本質です。ブロックチェーンはIoTの可能性を広げる技術の一つとして期待されており、今後さらに多様なIoTとブロックチェーンの組み合わせが生まれていくと思います。将来的に、ブロックチェーンとIoTがどのようなサービスに変化するのか、その動向に注目です。

トレードログ株式会社では、非金融分野のブロックチェーンに特化したサービスを展開しております。ブロックチェーンシステムの開発・運用だけでなく、上流工程である要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援をおこなっております。

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【2025年最新版】カーボンクレジットとは?種類や企業に与える影響、最新動向までわかりやすく解説

現在、地球温暖化をはじめとした環境問題の解決を目指し、多くの企業がカーボンニュートラルの実現へ向けて対策に取り組んでいます。一方、自社だけで削減目標を達成できる企業ばかりではないため、「カーボンクレジット」のような排出権・排出枠を取引する制度を用いることで、より多くのプレイヤーが環境活動に参加できる下地が整いつつあります。

気候変動対策として近年注目を集めている同制度ですが、その概念は一見すると複雑であり、多くの人が正確な仕組みや意義を理解しているわけではありません。そこで本記事では、基礎知識から盲点となるポイント、国内外の事例も絡めてカーボンクレジットについてイチから解説します。

目次

カーボンクレジット=温室効果ガス(GHG)排出をオフセットするための手段の一つ

カーボンクレジットの定義には様々なものがありますが、一般的には「温室効果ガス(GHG)削減・吸収量に対して一定のルールに基づいた定量的な価値を設定し、取引可能な形態にしたもの」を指します。多くの場合、「排出削減証書」「排出許可証」のような形で発行され、証券のように売買されます。

カーボンクレジットの主な目的は、クレジット利用者の間で環境価値を取引できるようにすることで

  1. 努力しても削減しきれないGHG排出量を相殺する
  2. 脱炭素プロジェクトに資金を供給する
  3. カーボンニュートラル実現に向けたアクションのハードルを下げる

の三点を実現することです。

特に、ある企業が排出削減努力を尽くしてもやむを得ず排出してしまうCO₂の相殺(オフセット)を目的としたカーボンクレジット利用は年々取引量を増加させ、大手企業の間でも十分にその重要性が認知されています。

当初は「炭素排出量削減を促すためのルール」「政府からの規制的アプローチ」という見方もあったカーボンクレジットですが、企業による自主的な取引がここ数年で急拡大している影響で、世界のクレジット発行量・無効化量は増加傾向にあります(下図)。

出典:「カーボン・クレジット・レポート(経済産業省)」より作成

カーボンニュートラルとの違い

カーボンクレジットと混同されがちな概念に「カーボンニュートラル」があります。カーボンニュートラルとは、企業や個人、国などが活動において排出するGHGの量を、削減や吸収によって実質ゼロ状態にすることを指します。つまり、具体的な取り組みというよりは「目標」に近いニュアンスで、日本を含む120以上の国・地域が、2050年までのカーボンニュートラル実現を目標として宣言しています。

2050年がタイムリミットとなっている理由は、地球温暖化の研究を行う政府間組織であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、「地球の温度上昇を抑えるためには2050年近辺までにカーボンニュートラルを実現する必要がある」と報告しているためです。

このようにカーボンニュートラルは具体的なアクションを持たず、カーボンクレジットとは似て非なる概念ですが、政府がカーボンニュートラルへの取り組みを推進する方針を固めている以上、企業にとってはどちらも環境経営における重要なキーワードであるといえます。

カーボンオフセットとの違い

カーボンオフセットもまた、カーボンクレジットと密接に関わる概念です。カーボンオフセットは「ある場所で排出されたGHGを他の場所での削減活動で相殺すること」を指します。

多くの企業・団体が、カーボンニュートラルに向けた目標を設定し、事業の在り方を工夫するなどして、排出量を削減するための取り組みを行っているものの、どうしても自社・自団体で行う排出削減の取り組みでは達成しきれない部分が出てくる場合があります。そのような場合に、他社・他団体が達成した削減実績を排出権・排出枠として購入することで、結果的に排出量の相殺が行われるという仕組みです。この「購入」の際にカーボンクレジットをやり取りしているのです。

つまり、「カーボンニュートラル」「カーボンオフセット」「カーボンクレジット」の関係を整理すると、「カーボンニュートラルの達成のためには、GHG排出量そのものの削減とカーボンオフセットという2つのアプローチがあり、カーボンオフセットにおける売買の仕組みには、カーボンクレジットが用いられている」とまとめられます。

カーボンクレジットの取引制度とは?

カーボンクレジットの取引制度は、企業や国がGHGの排出量を減らすために重要な役割を担うシステムです。この制度には排出削減を促進し、効率的に排出量を管理するためのさまざまなルールと仕組みが存在しています。特に、企業が排出量削減に向けたアクションをとるにあたって取引制度の知識と理解は欠かせません。ここでは、主に二つの代表的な取引制度「ベースライン&クレジット」と「キャップ&トレード」を中心に、その仕組みと特徴について解説します。

ベースライン&クレジット

出典:中産連マネジメント研究所

ベースライン&クレジットは、排出量を取引するという考え方です。この制度の下では、低効率ボイラーの更新や太陽光発電設備の導入、森林管理プロジェクトといった削減努力により、プロジェクトがなかった場合の見通し(ベースライン)以下に抑えた排出量をクレジットとして発行できるという仕組みとなっています。

カーボンクレジットを創出した事業者は、クレジットを他の企業に対して販売することで販売収益を得ることができるため、自らの削減努力を資金化しやすいという点で排出削減への動機付けとなることが期待されています。

事業者の環境活動に柔軟性を持たせるこの制度は、特に途上国の排出削減プロジェクトや先進国の技術移転を含むプロジェクトで適用されており、同方式の代表例は、京都議定書のクリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism:CDM)や共同実施(Joint Implementation:JI)などがあります。日本においては環境省、経済産業省、農林水産省が運営している「J-クレジット制度」も、これに該当します。

キャップ&トレード

出典:中産連マネジメント研究所

一方、キャップ&トレードは、排出枠を取引するという考え方です。政府や自治体が中心となって特定の業種や産業ごとに許容される排出上限量(キャップ)を設定し、総排出量が割り当てされた排出枠を下回った事業者がその余剰排出枠を売却することができるという仕組みになっています。

排出枠に余裕のある排出者が、その余剰分をクレジットとして売却できるという点はベースライン&クレジットと同じですが、排出者に義務的な排出枠を設定することを前提としているため、目標削減量が不足している場合には、企業はクレジットを購入して排出枠を確保しなければならないという半強制的な力があるのが特徴的です。

経済的なインセンティブと法的拘束力を組み合わせたこの制度は基本的に公的機関によって発行されるカーボンクレジットに導入されており、京都議定書の排出量取引や EU域内排出量取引制度(The European Union Greenhouse Gas Emission Trading Scheme:EU-ETS)などがその代表例となっています。

カーボンクレジットの分類とは?

カーボンクレジットの取引が行われる市場は大きく2種類に分類されます。どちらの市場も「1クレジット=1t-CO2e」という排出量を基に取引が行われるものの、それぞれの分類が異なるルールや目的を持つため、カーボンクレジット市場全体を理解するにはこの分類を正確に把握することが重要です。

コンプライアンス市場

コンプライアンス市場は、法的義務に基づいた排出削減を行うためのカーボンクレジット取引を対象とした市場です。政府や国際的な取り決めによって排出削減義務が課される企業や国が、規定された排出量を守るためにクレジットを取引する仕組みが中心となっています。

この市場の特徴は、規制の遵守が取引の目的となる点にあります。各国の法規制や国際的な協定、例えば、京都議定書やパリ協定に基づく排出削減目標に対する義務を果たすためにクレジットが活用されます。企業は規制当局によって課された排出上限を守る義務があるため、脱炭素化への取り組みを避けることはできず、また、こうした法的枠組みの中で発行されるクレジットは、信頼性の高い測定、報告、検証(MRV)プロセスが求められるため、取引に参加するプレイヤーは一定の厳格な基準を満たす必要があります。

したがって、取引されるクレジットは規制当局によって厳しく監視され、取引データや排出実績が公的に報告されており、参加者間の信頼が確保されているため、取引の不正や不透明な排出量削減プロジェクトが起こりにくいという特徴があります。

実際に、2005年に導入されたEU域内排出量取引制度(EU-ETS)では、欧州内の大規模排出源である発電所や産業施設に対して排出上限が課され、2019年までの間に排出量を35%削減するという実績を挙げています。このように、コンプライアンス市場は特定の産業に対して強制力を持って排出を削減するための強力な手段として世界各国で導入が進んできた市場です。

ボランタリー市場

一方、ボランタリー市場は、法的義務ではなく、企業や個人の自主的な参加によって取引が生まれる市場です。この市場では、企業、団体、個人が環境意識を反映して排出削減やオフセットのために1t-CO2eに相当する削減や吸収が見込まれるカーボンクレジットを自由に売買し、ネットゼロやカーボンニュートラルを目指すために活用されます。

この市場の魅力は、多様なプロジェクトがクレジットの発行元となることです。例えば、再生可能エネルギーの推進や森林保護、途上国のクリーン調理器具の普及など、幅広い取り組みがクレジットの基盤となります。また、こうしたプロジェクトは、環境だけでなく社会的な共益ももたらすため、多くの企業や団体がCSR活動の一環として利用しています。

世界銀行発表のレポート「State and Trends of Carbon Pricing 2024」によると、2023年のボランタリークレジットの発行量は324.4MtCO2e、取引額は約6億6500万ドル、取引量は102.5MtCO2eとなっています。このことからも、企業が法的な枠組みに縛られることなく、ブランド価値の向上やESG目標達成を目的として積極的にボランタリークレジットを活用していることがわかります。

しかし、ボランタリー市場には多様なクレジットが存在し、その信頼性や効果が疑問視されることが少なくないため、「VCS(Verified Carbon Standard)」や「ゴールドスタンダード(GS)」といったクレジットの発行基準が存在します。これらの基準は、発行プロセスにおける透明性を確保しつつ、環境価値の信頼性を維持するための仕組みを提供しており、消費者向け製品のカーボンオフセットやカーボンニュートラル達成をアピールする場面でも活用されています。

コンプライアンス市場とボランタリー市場の相互関係

両者の違いを整理すると以下のとおりです。

同じカーボンクレジットでも、意思決定の主体によって異なる活用先・目的を持っており、コンプライアンスクレジットの強制力とボランタリークレジットの柔軟性をうまく生かしながら、それぞれの最適な領域でカーボンニュートラルを促進していくことが期待されます。

さらに、近年では両者が連携するケースも増えています。法規制のない地域や産業でボランタリー市場が排出削減活動を促進し、その後規制が導入されることでコンプライアンス市場に組み込まれるようなケースです。

実際に、国際民間航空機関(ICAO)が策定したCORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)というスキームでは、航空業界で排出削減義務を果たすために、主にボランタリー市場からのカーボンクレジットを利用していますが、第2フェーズにあたる2027年以降は、ICAO全加盟国が基本的に参加を義務付けられるというフェーズになるため、コンプライアンス市場とボランタリー市場が融合しながらの運用が予定されています。

需要家にとっては、ボランタリー市場で削減クレジットを購入し、自社の削減義務を補完する形でコンプライアンス市場に活用することで、柔軟な対応が可能となるため、今後はこうした相互補完的な関係性が、市場全体の拡大を後押ししていくと考えられます。

企業におけるカーボンクレジットのメリット

カーボンクレジットは、環境への責任を果たすだけでなく、企業にとって経済的・社会的なメリットをもたらす重要なツールです。これにより、企業は脱炭素社会への移行を促進しつつ、自社の成長戦略を強化することが可能になります。以下では、企業がカーボンクレジットを活用することで得られる主要な利点について詳しく解説します。

創出したクレジットを販売して売却益を得られる

カーボンクレジットを売却することで得られる収益は、単にプロジェクトのコスト回収にとどまらず、未来志向の研究開発を推進する資金としても役立ちます。特に、森林保全プロジェクトや再生可能エネルギー導入のためのインフラ整備など高額な初期投資を要する取り組みにおいて、カーボンクレジットによる継続的な収益性は、企業の非財務目標を達成するための重要な支えとなっています

2030年までに多くの企業がネットゼロや中間目標の達成を公約している現状、そしてコミット期限が近づくほど公式な排出量管理が厳格化されるという予測などを考慮すると、クレジットの需要と余剰するクレジット量は反比例することになるため、今後クレジットの市場価格は高騰することはあっても大きく下落することは考えづらいです。

したがって、早期からカーボンクレジットに取り組んできた企業や販売を前提としたクレジットの創出プロジェクトは、より付加価値が高まり、収益性がさらに強化されるでしょう。特に、CO2除去技術(DAC: Direct Air Capture)の商業化や、長期的な炭素貯留プロジェクトは、先に述べた市場の活性化によって金のなる木へと進化する可能性を大きく秘めているといえます。

温対法等の報告やRE100などの諸制度に活用できる

カーボンクレジットは、企業が国内外の環境関連規制や国際的な脱炭素イニシアチブの要件を満たすために重要な役割を果たしています。例えば、日本の温対法(地球温暖化対策推進法)に基づく報告義務に対応する際、クレジットを活用することで、自社の削減実績を効果的に補完することが可能です。これにより、事業活動の継続性を確保しながら、規制を順守する形で持続可能なビジネスモデルを維持することができます。

さらに、RE100やSBTi(Science Based Targets initiative)といった国際的な脱炭素目標に向けた枠組みにもカーボンクレジットは応用可能です。RE100では再生可能エネルギーへの完全移行を目指す企業が増えていますが、その目標達成までの期間における不足分を補う手段としてカーボンクレジットが効果的に機能しており、同様に、SBTiでは排出削減目標を科学的根拠に基づいて設定する必要があるものの、短期的に対応が困難な削減目標についてもクレジット活用が現実的な解決策となっています

投資家や消費者に対してESG経営をアピールできる

カーボンクレジットの活用は、企業がESG評価を向上させ、投資家や消費者からの支持を獲得するための強力な手段となっています。特に欧州や北米を中心に、ESG指標に基づく投資が拡大する中、カーボンニュートラルの実績や取り組みの具体性は、企業価値に大きな影響を及ぼしています。

例えば、EUの「サステナブルファイナンス開示規則(SFDR)」では、環境関連の目標設定とその進捗状況が厳格に開示される必要があり、これが投資家の判断材料となっています。同様に、米国ではSEC(米国証券取引委員会)が気候関連の情報開示を義務化する規則案を進めており、企業はより詳細な排出削減データの提供が求められています。このような背景において、クレジットを活用して削減実績を明確に示すことが、資本市場での競争優位性を確立する手段となっています。

また、消費者の購買行動にも大きな影響を与えています。特にZ世代を中心とした新しい消費者層は、環境配慮型の商品やサービスを積極的に選ぶ傾向があり、こうした世代に対して企業はカーボンクレジットを活用し、気候変動対策への具体的な取り組みを可視化することで、ブランドへの信頼性が向上し、リピーターやファンを増やすことが可能となります。

加えて、ブロックチェーン技術を活用したカーボンクレジットの透明性向上も進んでおり、報告制度への適合性が一層高まっています。こうした技術革新により、企業はクレジットの使用履歴や効果をより明確に示すことができ、ステークホルダーからの信頼を得ることが容易になっています。

企業におけるカーボンクレジットのデメリット

カーボンクレジットは、企業が環境目標を達成するための有力なツールですが、利用には課題や制約が伴います。これらを十分に理解し対応することは、持続可能な経営の観点からも重要です。

削減効果についてのMRV(計測、報告、検証)プロセスにおける不正が多発している

カーボンクレジットの信頼性を担保するためには、MRVプロセスが正確で透明性の高いものである必要があります。しかし、現状ではこのプロセスの多くが人力作業に依存しており、一部のプロジェクトでは、削減量が過大に報告されたり、既存の活動を新規プロジェクトと見なして不適切にクレジットを発行するケースがあります。

また、現状の認証プロセスでは、削減プロジェクトの実施内容やその効果を詳細に計測・報告する必要があり、承認に至るまでに長期間を要する場合が多いのが実情です。特に、削減プロジェクトの規模が小さい場合や資金に乏しいプロジェクトでは、必要なリソースを確保できないことが背景にあり、結果としてデータの改ざんや削減効果の誇張といった不正行為が発生しやすくなります。例えば、森林保護や再生可能エネルギー開発のように、早期の実施が重要なプロジェクトであっても、認証の遅れによって必要な資金が届かず、計画が頓挫するケースも報告されています。このような状況が続くことで、適切に評価されるべきプロジェクトが排除され、不正が横行しやすい環境が形成されるリスクが高まってしまいます。

さらに、プロジェクトの承認プロセスが地域や市場によって異なる点も問題を複雑化させています。途上国での削減プロジェクトは、国際基準に沿った認証を得るために高額な費用や高度な技術が必要になる場合が多く、不透明なプロセスを経てクレジットが発行されるケースも散見されます。その結果、正当な削減効果を示すプロジェクトが不当に評価されない一方で、不適切なプロジェクトが市場に流通する状況が発生しているのです。

需要家が購入判断をするために必要としている情報が不足している

需要家がカーボンクレジットを購入する際、その取引が自社の目標や価値観に合致しているかを評価するために、プロジェクトの詳細な情報が求められます。しかし、取引所を通じた取引では、その透明性が大きく制限されています。特に、取引所でのクレジットは流動性を確保するため、複数のプロジェクトをまとめた「方法論」「ヴィンテージ(発行年)」「排出係数」「創出元」などがカテゴリ単位で扱われ、個別の詳細がマスキングされることがあります。この仕組みは流動性を高める利点がある一方で、需要家にとっては購入判断に必要な情報が不足し、選択の自由度が低下するという課題を生じさせます。

一方で、マーケットプレイスやプロバイダを介した相対取引では、需要家が個別のプロジェクトを吟味し、環境価値や社会的インパクトを確認したうえで取引できるという利点があります。しかし、これには流動性が不足するリスクが伴い、市場価格が外部から見えにくくなるというトレードオフが存在します。これらの取引形態の選択肢にはそれぞれの課題があり、需要家は慎重な判断を迫られることになります。

国内におけるクレジットの法的性質について議論が成熟していない

日本国内では、カーボンクレジットの法的性質についての議論が十分に進んでいないため、取引における不透明さが問題となっています。例えば、クレジットの所有権の定義や取引後の法的責任の範囲が曖昧であることから、企業が長期的な戦略に基づいて活用する際に法的リスクが障壁となる場合があります。

また、クレジットの税制上の扱いについても不明確な点が多く、クレジット売却益や購入費用の税務処理もかなり複雑です。例えば、内国法人が他の内国法人に譲渡する場合、外国法人に譲渡する場合、外国法人から取得する場合、それぞれを有償・無償で取引する場合で課税や免税の仕組みも異なるというように、ガイドラインをもってしてもなお判断が難しいケースがあります。

クレジット市場の多様化に伴い、企業が今後実際に直面する状況は、さらに複雑化することが想定されます。したがって、クレジット関連取引の税務上の取扱いについては、使用目的などの事実関係を踏まえた上で、個別の検討も必要となるケースも増加するでしょう。これにより、特に中小企業にとっては市場参入のハードルも高くなっているといわざるを得ません。

複数の組織が同じ排出削減量を使用して削減を主張してしまう(多重カウント)

カーボンクレジットの注意点として、複数の主体によって同一の排出削減量が報告されてしまう多重カウントの問題も存在します。特に、近年散見されるようになってきたクレジットが付与されている製品については、販売企業や事業実施企業ではなく購入した消費者がオフセット主体となるべきものの、オフセット主体については取組実施者が任意に設定することが可能なため、実際の削減量よりも見かけの削減量が多くなってしまうのです。

こうした混乱を避けるためには申請者とオフセット主体を同一とすることが望ましいですが、マーケットに流通しているクレジットはトラッキングシステムを導入しているクレジットばかりではないため、根本的な解決は難しい現状です。

多重カウントのリスクは、カーボンクレジット市場の信頼性を著しく低下させる可能性があり、削減効果に対する信頼が揺らぐことで市場の成長が妨げられるため、早急な対策が求められています。

低コストでオフセットができると、企業の排出削減に対する意欲が低下する

これは制度運用上の課題というよりは、クレジットの本質に関する課題ですが、クレジットが比較的低コストで購入可能な場合、企業が自社内の排出削減努力を怠る可能性があります。特に資金的に余裕のある大企業であれば、大規模なGHG削減プロジェクトを立ち上げるよりもクレジットを買ってしまったほうが手っ取り早いということにもなりかねません。

このような状況は、特に環境規制が厳しくない地域で顕著になるでしょう。環境問題に取り組むよりも自国の経済成長を優先したい国では根本的な対策や技術革新が後回しにされ、短期的なコスト削減に依存する傾向が強まる可能性があります。

これらの課題を克服するためには、取引の透明性向上、法的枠組みの整備、そして企業内部での持続可能な取り組みの強化が不可欠です。市場価値を安定させ、「どうしても削減できない」という需要にピンポイントで応えることで、カーボンクレジットに依存しない、自社内での排出削減努力を優先するバランスの取れた戦略を持つ企業が育ってくるでしょう。

国内のカーボンクレジット

日本国内におけるカーボンクレジット市場は、政府主導の制度が多く、その運営は国際的な取り組みとは一線を画しています。日本特有の課題や強みを反映したクレジット制度が展開されており、企業や自治体が積極的に参加することで、排出削減目標の達成を目指しています。ここでは、代表的な「J-クレジット」と「Jブルークレジット」について詳しく解説します。

J-クレジット

出典:林野庁

J-クレジットは、経済産業省・環境省・農林水産省が共同で管理し、2013年から運用が開始されたカーボンクレジット制度です。この制度では主に省エネルギー、再生可能エネルギー、森林管理などを対象に幅広い分野で削減されたGHGを「クレジット」として認証し、国内での取引を可能にしています。

J-クレジット創出の認証対象となる活動は、環境省HPによれば主なものとして①省エネ設備の導入②再エネ導入③適切な森林管理の三つが紹介されていますが、「工業プロセス」「農業」「廃棄物」等の創出方法論も存在します。特に、農林水産分野ではこれまで森林管理が主体となってきましたが、近年では稲作の「中干し」という工程の日数を増やすことによるメタンガス排出削減が新たな方法論として認定されるといった柔軟な制度更新も行われています。

また、GXリーグの存在もJ-クレジット市場の成長を後押ししています。GXリーグは、2023年に経済産業省が創設した、企業が排出量取引を通じてカーボンニュートラルを目指すプラットフォームで、2024年4月時点で日本のCO2排出量の5割超を占める企業群が参画している巨大プロジェクトです。この構想では、企業間のカーボンオフセットの場として東京証券取引所に「カーボン・クレジット市場」が創設されており、試行的にJ-クレジットによる排出量取引がスタートしています。本格的な排出量取引は、現行の仕組みを強化して、2026年度ごろから稼働する予定です。

このように日本国内で広く活用されているJ-クレジットですが、温対法での報告や自主的なカーボンオフセットにおける活用にはすべてのクレジットの活用が可能な一方で、クレジットの種類によっては活用先の制限があるケースもあるため、最新の情報は環境省のサイトで確認すると良いでしょう。

Jブルークレジット

出典:PR TIMES

Jブルークレジットは、2020年にジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が創設した、日本独自のブルーカーボンに特化したカーボンクレジット制度です。ブルーカーボンと呼ばれる、海草や藻類などの海洋生態系がCO₂を吸収・固定する働きを活用したCO₂削減・吸収プロジェクトを認証し、その成果をクレジットとして取引可能にする仕組みを提供しています。

具体的には、海草藻場の造成や保全、干潟の回復などが対象となり、昆布や和布といった海藻自体にに固定された炭素ではなく、海底や海水中に貯留された炭素量を認証するため、収穫されてもクレジットを創出できるといった独特の特徴があります。

令和4年度の承認件数は21件で、3,733.1t-CO2のCO2排出削減量が認証されるなど、承認件数は年々増加傾向にあり、ブルーカーボンの注目度が高まっています。一方で、クレジット取引量はそのうちの178.7トンt-CO2と、ごくわずかな量にとどまっています。これは、2023年11月時点の累積認証量が928万t-CO2を誇るJ-クレジットと比べると発行量が少なく、それ故に価格は高値で推移(2022年度には、1トンあたり平均78,036円という価格がついた。同年4月の再エネ由来J-クレジット平均取引価格は3,278円/トン)していることが原因です。

こうした課題に対してJBEは沖合に大規模な藻場を設置する計画を進めており、Jブルークレジットの大量創出による価格の安定化を目指しています。また、認証対象となるプロジェクトの種類を拡大し、地域経済や環境保護へのさらなる貢献を目指す取り組みも進行中です。

近年では、ブルーカーボンは国際的な枠組みでも注目されており、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の中でも海洋の役割が議論されています。Jブルークレジットの存在は、日本がこの分野でリーダーシップを発揮するきっかけとなる可能性を秘めているといえるでしょう。

海外のカーボンクレジット

グローバル市場におけるカーボンクレジット制度は、国際機関や各国政府が協力して温室効果ガス排出を削減するための重要な手段として運用されてるものに加え、日本国内ではあまり活発ではないボランタリークレジットの取引も盛んです。ここからは、海外における主要なカーボンクレジット制度であるCDM(クリーン開発メカニズム)、JCM(二国間クレジット制度)、VCS(Verified Carbon Standard)、GS(Gold Standard)について紹介します。

CDM(Clean Development Mechanism/クリーン開発メカニズム)

出典:林野庁「クリーン開発メカニズム(CDM)の基本ルール」

CDM(Clean Development Mechanism/クリーン開発メカニズム)は、先進国(付属書Ⅰ国)が途上国(非付属書Ⅰ国)において共同で気候変動の緩和に貢献するプロジェクトを実施し、追加的な排出削減があった場合に投資国(先進国)が自国の目標達成に利用できるカーボンクレジット(CER)を発行する制度です。国連気候変動枠組条約の第3回締約国会議(COP3)において採択された「京都議定書」の第12条に定められており、類似した他2つの仕組み(JIとGIS)と合わせて「柔軟性措置(または京都メカニズム)」と呼ばれます。

CDMプロジェクトには「排出削減CDMプロジェクト」と「新規植林/再植林CDM(A/R CDM)プロジェクト」の2つの種別があり、森林火災や枯死によって再排出の可能性がある新規植林/再植林CDM(A/R CDM)プロジェクトにおいては、GHG吸収の非永続性を解消するために短期期限付きクレジット(Temporary CER :tCER)や長期期限付きクレジット(long-term CER :lCER)のような期限付きのクレジットが発行されています。

削減量に応じて発行されたクレジットは、世界規模で売買が可能なものの、プロジェクトの実施が比較的簡単でコストも安いGHGの末端処理を行うプロジェクトに人気が集中したり、審査開始からクレジット発行までの期間が非常に長いといった様々な問題点も指摘されており、これらの課題を解消するため、後述のJCM(Joint Crediting Mechanism/二国間クレジット制度)活用や国連管理型のパリ条約6条4項メカニズムへの移行が検討されている状況です。

JCM(Joint Crediting Mechanism/二国間クレジット制度)

出典:マリモライフ

JCM(Joint Crediting Mechanism/二国間クレジット制度)は、日本と途上国間(JCMに関する二国間文書に署名したパートナー国)において優れた脱炭素技術、製品、システム、サービス、インフラ等の普及や対策を通じ、実現したGHG排出削減・炭素吸収・炭素除去についてカーボンクレジットを用いて定量的に評価する制度です。

パリ協定第6条2項で言及されている協力的アプローチの一つと位置づけられており、CDMでは京都議定書締約国やCDM理事会が一括してプロジェクトを管理していましたが、JCMでは当事者同士の「合同委員会」が管理する形を取っているので、より柔軟で迅速な対応が可能となっています。

先進的な低炭素技術の多くはコストが高く、投資回収の見込みが立てにくいという状況がある中で、先進国からの資金・技術提供を得て排出削減に取り組むことができる当制度は途上国からの期待も高く、2025年現在、すでに29か国と二国間文書について署名済みで、240件以上のJCM資金支援事業を行っています

一方、JCMで創出されたカーボンクレジットには協定を結んだ両国以外の国との制度的な互換性がなく、クレジットの利用範囲が国内に制限されています。したがって、今後はJCMのルールを各国間で少しずつ擦り合わせることで、クレジットの経済圏を拡大させていくような姿勢が求められています。

VCS (Verified Carbon Standard)

VCS (Verified Carbon Standard) は、WBCSD(World Business Council For Sustainable Development) や IETA(International Emissions Trading Association)などの民間企業が参加している団体によって2005年に設立された世界的なカーボンオフセット認証基準であり、現在は米国の非営利団体であるVerraによって開発・運営されています。

VCSの最たる特徴は、幅広いプロジェクトを認証の対象としていることにあります。認証対象にはエネルギーや工業プロセス、建設、輸送、廃棄物管理、農業、森林管理、草地や湿地の保全、家畜および糞尿管理など、多様な分野が含まれており、プロジェクト開発者が独自に提案する方法論を提案して新たな環境価値を創出することも可能です。

特に、森林減少や劣化を防ぐREDD+プロジェクトに対する認証については、VCSプログラムの下で開発された方法論のみを使用することができるとされており、自然環境と人々の生活を支える多面的な効果を生み出しています。

こうした点から市場におけるVCSのシェアも極めて高く、2018年のボランタリークレジット市場では66%という圧倒的なシェアを記録しました。これは、VCSが提供する透明性と信頼性、そして柔軟性が市場で広く支持されていることを示しています。VCSは、カリフォルニア州の排出量取引制度や国際航空業界の温暖化対策プログラムといったコンプライアンス市場においても活用が進んでおり、今後もその適用範囲が広がることが予想されます。

GS (Gold Standard)

GS (Gold Standard) は、2003年にスイスのジュネーブで設立された認証基準で、カーボンオフセットおよび再生可能エネルギープロジェクトに特化しています。VCSと並ぶ代表的なボランタリークレジット制度の一つであり、この基準の策定には世界自然保護基金(WWF)をはじめとする国際的な環境団体が深く関与しています。

GSの最大の特徴は、炭素排出削減効果の実現と同時に、地域社会や環境に対する付加価値を生み出すことを重視している点にあります。プロジェクトの認証には、地域コミュニティの福祉向上や経済的利益への貢献が求められるため、再生可能エネルギーの普及やエネルギー効率化、持続可能な農業、植林、クリーンな調理技術の導入など、多岐にわたる分野のプロジェクトが対象となっています。

また、GSは単にVerified Emission Reduction (VER、第三者認証排出削減量) を発行するだけでなく、地域社会や環境に貢献するCDMプロジェクトを認証し、その価値を高める取り組みも行っています。地元共同体への貢献や持続可能な開発を促進するプロジェクトに対し、GSが特別な認証を付与することで、単なる排出削減の枠を超えた社会的および環境的価値を付加しています。

さらに、GSは国連の持続可能な開発目標(SDGs)との連携を重視しており、プロジェクトが具体的にどの目標に貢献しているかを明示する仕組みが整っています。これらの特徴により、GS認証プロジェクトは他の認証基準と比較して社会的意義がより高いと評価されています

その名が示すとおり、GSはかつての金本位制のように、価値と信頼の象徴として市場を牽引し、揺るぎない基準を提供し続けています。

まとめ:カーボンクレジットを活用して脱炭素社会を実現しよう

カーボンクレジットは、企業や国がカーボンニュートラルの実現に向けて、温室効果ガス(GHG)排出量を相殺しつつ持続可能な未来を目指すための有力なツールです。コンプライアンス市場とボランタリー市場の両方がそれぞれの特性を活かし、企業の脱炭素戦略を支えています。また、クレジットを活用することで、環境保全だけでなく、ブランド価値向上や経済的メリットの創出など、多面的な効果が得られます。

2025年以降、さらに厳格化が進む環境規制や脱炭素イニシアチブに対応するためにも、今からカーボンクレジットの活用を積極的に検討し、持続可能な社会の構築に貢献することが重要です。未来のために、企業としてどのような形でカーボンクレジットを活用できるか、改めて考えてみましょう。

太陽光発電のPPAモデルとは?仕組みやメリットを解説!

太陽光発電の導入を検討する際、初期費用やメンテナンス費用がかからないPPA(Power Purchase Agreement)モデルが注目されています。特に企業においては、自家消費のエネルギーを再生可能エネルギーにシフトしたいというニーズが高まっているため、今後ますますビジネスシーンでの普及が予想されています。

そこで本記事では、PPAモデルの仕組みや、そのメリット・デメリット、さらにはどのような種類があるのかを詳しく解説していきます。ではまず、PPAモデルとは何かについて説明していきましょう。

PPAモデルとは?

出典:太陽光設置お任せ隊

PPA(Power Purchase Agreement:電力販売契約)モデルとは、需要家がPPA事業者(太陽光発電の事業者)と契約して太陽光発電システムを初期費用ゼロで設置し、発電した電力を自家消費するのではなく、PPA事業者に対して使用した電気量の代金を支払うモデルです。企業が小売電気事業者や発電事業者と長期契約を締結し、再エネ電力を購入できる仕組みとして活用されており、「コーポレートPPA」の名称で呼ばれることも多いです。

また、第三者が保有する太陽光発電システムを通じて発電された電力を契約によって購入する仕組みであるため、「第三者保有モデル:Third Party Ownership(TPO)」とも呼ばれています。

この説明だけ聞くと、「自分の土地に太陽光を設置したのに電気代は発生し続けるの?」という疑問が浮かぶかと思います。しかし、PPAモデルで太陽光発電設備を導入した企業には初期費用や保守メンテナンスなどの維持費はかかりません。そればかりか、再生可能エネルギーの利用することで様々なメリットもあります。

ここからは、こうしたPPAモデルのメリットについてさらに詳しく見ていくことで理解を深めていきましょう。

PPAモデルのメリット

PPAモデルの主なメリットは、下記の4つです。

  • 初期費用・メンテナンス費用を抑えられる
  • 電気代の負担を減らせる
  • CO2排出量の削減になる
  • 契約期間が満了した際に設備が譲渡される

順番に解説していきます。

初期費用・メンテナンス費用を抑えられる

出典:Shutterstock

PPAモデルの最大のメリットは、初期費用やメンテナンス費用を抑えられることです。事業用の太陽光発電設備を導入する場合、規模によって費用相場には幅があるものの、小規模なものでも数百万円以上かかることも珍しくありません。また、太陽光パネルの強度についてはJIS規格で厳格な条件が定められていますが、雹や冠水などによって故障するケースもあり、高額の投資を行ううえでは不安もあります。

一方、PPAモデルでは先に説明してきたように、発電システムの設置やメンテナンスはPPA事業者が行います。当然、その際の費用もPPA事業者が負担するため、契約者はシステム運用にかかるコストや天災によるリスクを避けることができます。したがって、資金に余裕がない企業であっても銀行から融資を受けることなく、高額の産業用の太陽光発電システムを導入できます。

さらに、運用コストが発生しないことは会計上のメリットももたらします。たとえば、PPAモデルで設置した太陽光発電システムは資産計上の必要がありません。電気代の支払先が電力会社からPPA事業者に変わるだけに過ぎないため、事業の財務諸表から切り離して処理することができ、再生可能エネルギーを調達しながらバランスシートの改善にも期待できるというわけです。

こうした費用面でのメリットは、企業がPPAを検討する最大の理由になっています。

電気代の負担を減らせる

出典:Shutterstock

PPAモデルを採用することで、電気代の負担を軽減できることも大きなメリットの一つです。通常、電力会社から供給される電気には再エネ賦課金や、電力市場における価格変動リスクが含まれています。とくに、電力会社が買い取っている再エネ由来の電力について、電気を使用するすべての消費者が電気料金と一緒に負担している再エネ賦課金は、以下のように近年、負担が増加傾向にあります。

年度買い取り単価
2018年度2.90円/kWh
2019年度2.95円/kWh
2020年度2.98円/kWh
2021年度3.36円/kWh
2022年度3.45円/kWh
2023年度1.40円/kWh
2024年度3.49円/kWh

その点、PPAモデルでは再エネを自家発自家消費したとみなされるため、再エネ賦課金が課されません(後述するオフサイトPPAモデルでは再エネ賦課金が発生します)。長期的に発生するコストを削減できるという点は企業にとって非常に大きなポイントです。

また、電力市場では需要や供給状況、国際的な燃料価格の影響を受けて電気料金が変動しますが、PPAモデルでは、一般的に電気料金は固定単価であり、電力会社の電気料金のように変動しません。契約時に決められた価格で電力が供給されるため、仮に市場価格が急騰しても、PPA事業者との契約価格は変動せず、電力コストが予想外に膨らむリスクを回避できるでしょう。

このように、初期費用・メンテナンス費用に加えて月々の電気料金に関しても、PPAモデルには導入するだけの利点があるといえます。

CO2排出量の削減になる

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PPAモデルは、企業のCO2排出量削減にも大きな影響を与えます。太陽光発電によって生成される電力は、化石燃料に依存しないため、CO2の排出がほぼありません。そのため、企業は直接的に自らのCO2排出量を減少させることが可能です。

また、PPAモデルを通じて導入される太陽光発電システムは、LCA(ライフサイクルアセスメント)の観点からも環境に優れています。LCAは製品やシステムが製造から廃棄されるまでの環境負荷を評価する手法で、太陽光発電はその運用期間中に発生するCO2排出量が極めて低いため、一般的な発電システムと比較しても環境に与える影響が少ないとされています。

現在、多くの企業では持続可能な発展を目指して環境負荷を削減する取り組みが求められています。特に、国際社会の潮流である「RE100」を目標に掲げる企業は、自らの事業活動におけるエネルギー消費を100%再生可能エネルギーに転換することが急務となっています。

「RE100」に加盟すれば、環境問題への意識の高さを消費者に示せるだけでなく、SDGs達成への貢献やCSR活動といった脱炭素経営・環境経営に取り組む企業が選ばれる「ESG投資」を呼び込みやすくなる面もあるため、こうした点は環境経営を進める企業にとって大きなメリットとなるでしょう。

契約期間が満了した際に設備が譲渡される

出典:Shutterstock

PPAモデルでは第三者が太陽光発電システムの所有権を持っていると説明しましたが、多くのPPA契約では、契約期間の満了後に発電システムが需要家に譲渡されることになっています。この仕組みを利用することで、契約終了後には設備が無償または低価格で手に入り、それ以降は完全に自社の資産として活用することが可能になります。

契約期間中はPPA事業者のメンテナンスによってコンディションが十分に維持されているため、譲渡後も一定の発電能力を有しており、それ以降の運用については自家消費として発電される電力を無料で使用できるため、電力コストのさらなる削減にも期待できます。

このように、契約終了後も企業のエネルギー自給率を高め、持続可能な事業運営を続けていくための基盤を築くことができるという点もPPAモデルならではの特徴だといえます。

PPAモデルのデメリット

前述の通り、コストを抑えて再エネ移行を進めていきたい企業にとっては良いことずくめに見えるPPAですが、どのようなシステムにもメリットと同時にデメリットが存在し、PPAモデルも例外ではありません。

PPAモデルの主なデメリットは、下記の4つです。

  • 長期契約が必要
  • 自己所有型よりも月々の節約額が少ない
  • 設置場所に制約がある

順番に解説していきます。

長期契約が必要

出典:Shutterstock

契約形態はPPA事業者によっても異なりますが、10年以上の長期契約を結ぶことが一般的です。しかし、これだけの期間ともなると、契約期間中に発電技術が大きく進展する可能性もあります。たとえば、太陽光発電システムの発電効率が大幅に向上したり、他の再エネ技術が普及することで、現在の契約が割高になる恐れもあります。そうした場合でも、毎月固定の価格で電力を継続購入しなければならないため、電力購入の費用やシステムの譲渡条件などに細心の注意が必要です。

さらに、契約期間中に解約する場合にはほとんどのケースで違約金が発生することになります。発電設備が自社の敷地にあるとしても、その所有権は別のところにあるため、勝手に移動や撤去ができないことに注意が必要です。導入企業においては自社物件の取り壊しや移転など自社の展望についてもある程度、計算に入れて置かなければならないでしょう。

自己所有型よりも月々の節約額が少ない

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PPAモデルは低リスクではありますが、その分、自己所有型と比較した場合、月々の節約額が少なくなります。自己所有型の太陽光発電システムを導入した場合、発電した電力を自社で直接利用することができ、余剰電力は電力会社に売電することが可能です。これにより、電力使用にかかるコストを大幅に削減できるだけでなく、売電によって収益を得ることもできます。

一方、PPAモデルでは、発電した電力をPPA事業者から購入する形式となります。契約時に設定された固定料金で電力を購入するため、自己所有型と比較すると、電力コスト削減のメリットは相対的に少なくなります。また、契約期間中は売電による収入もありません。つまり、PPAモデルを選択することで、コストや運用リスクを抑えることができるものの、自己所有型と比べて長期的な運用における節約効果は限定的なものとなっています。

設置場所に制約がある

出典:Shutterstock

PPAモデルの利用には、設置場所に関する制約が存在する点もデメリットになり得ます。特に、オンサイトPPA(詳しくは後述)では契約者の施設や敷地内に発電設備を設置する必要があるため、適切なスペースが確保できない場合は導入が難しくなります。具体的に以下のような条件では、PPA事業者が期待する発電効率に達せず、契約が難航するケースがあります。

  • 屋根のスペースが狭い
  • 日射量が不十分である
  • 積雪や強風などの被害が予見できる
  • 既存の建築規制に抵触する
  • 安全性が確保できない
  • メンテナンスの負担が大きい

このような制約がある場合、PPAモデルを採用するためには別の設置場所や設置方法を模索しなければなりませんが、それにはさらに追加のコストや時間がかかる可能性があるという点には十分留意する必要があります。

PPAモデルの種類とは?

PPAモデルのメリット・デメリットを把握したところで、今度はPPA自体の仕組みについて見ていくことで、よりイメージの解像度を高めていきましょう。

コーポレートPPAには、大きく分けて「オンサイトPPA」と「オフサイトPPA」の2種類が存在します。どちらも再エネ電力を調達する「コーポレートPPA」の一種ですが、発電システムを構築する範囲によって区別されており、それぞれ特徴が異なります。詳しく解説します。

オンサイトPPA

出典:企業省エネ・CO2削減の教科書

オンサイトPPAとは、PPA事業者が需要家の敷地内に発電設備を設置して電気を提供する仕組みです。今までの説明を聞いて、大半の方がイメージしたのはこちらのモデルかと思います。国内でのPPA導入が本格化した当初の主流モデルで、自社敷地内に発電所を設置する十分なスペースがあれば費用をかけずに太陽光発電設備を導入でき、メリットでも簡単に触れましたが、再エネ賦課金の徴収対象外となるのは通常の送電線を使わずに電力を供給するオンサイトPPAだけです。小売電気事業者の送配電網の使用料である「託送料金」もかかりません

こうした点から、一時は企業から大きな注目を集めたオンサイトPPAでしたが、世界的な脱炭素化社会に向けて企業の再エネ電力への期待とニーズは高まる一方で、前述したような設置場所の制約が大きな障壁となり、積極的な導入ができたのは一部の企業に限られてしまいました。そこで、設備規模に制限のない敷地外に発電設備を建設することでこの課題を解決したオフサイトPPAが求められるようになったのです。

オフサイトPPA

オフサイトPPAは、需要家が発電システムを自身の敷地外に設置した上で、PPA事業者が電気や環境価値などを提供する仕組みです。地理的な制約を受けにくく、敷地内に発電システムを置くスペースが十分に確保できない企業でもPPAモデルを導入できるという利点があります。

オンサイトPPAでは設置された設備を直接利用する方法しかありませんが、オフサイトPPAにはさらに「フィジカルPPA」と「バーチャルPPA」という2つの主要な形式が存在します。これらは契約方法や電力取引の仕組みにおいて異なる特性を持っています。

出典:みずほフィナンシャルグループ

フィジカルPPA

フィジカルPPAは、企業と発電事業者が直接的な電力供給契約を結び、遠隔地に設置した太陽光発電設備で発電した電気を送電網を介して実際に需要家に届ける形態です。「実際の物理的(=フィジカル)な電力供給がある」という点がポイントです。言葉で定義すると小難しいですが、私たちの住む一般住宅への電力も、各発電所で発電した電気が小売電気事業者の送電網を通って供給されている(再エネ由来ではなく火力発電由来がほとんどですが)ので、契約先がPPA事業者に変わっただけと簡単にイメージしてもらえば問題ないです。

フィジカルPPAは、オンサイト同様、企業は一定量の電力を安定して得ることができ、再生可能エネルギーの利用比率を向上させることが可能です。特に、大企業においては消費するエネルギー量も一般家庭とは比にならないほど莫大なものになるため、自社保有地の発電だけでは限界があります。オンサイトPPAでは発電用に提供可能な敷地面積が小さい場合、発電量が限られてしまい、多くの再エネ電力を調達できない可能性がありますが、フィジカルPPAは自身が保有する土地の敷地面積にとらわれないため、発電量を増やしやすい面があります。実際にRE100の加盟企業などではフィジカルPPAを活用した取り組みも少なくなく、徐々にその割合が拡大しています。

一方、フィジカルPPAにはデメリットも存在します。送電インフラの整備や送電ロス、託送料金(送電費用)なども気になるポイントですが、最大のデメリットは現在の電力契約を継続できない点です。というのも、使用電力量が多い場合やコストの観点から、フィジカルPPA単体では不足している供給量については、エリアの小売電気事業者からの供給により賄う必要があります。しかし、PPA契約を結んだ上で従来の小売電気事業者との契約を見直す場合、割高な料金を請求されたり、そもそも契約を拒否されるケースがあるのです。

これには、公正取引委員会と経済産業省も「適正な電力取引についての指針」の中で、小売電気事業者に対して部分供給の要請を受けた場合には不当に取り扱わないように求めているものの、現状では強制力があるものではありません。それどころか、新たに導入が検討されている「分割供給」というルールでは、大手電力会社に課せられていた負荷追随供給の義務(新電力の要請に応じる義務)が撤廃されており、新規でフィジカルPPAを導入する企業では電力の供給不足に陥る可能性があります。

こうした課題を受け、さらに柔軟にPPAを導入することできるモデルが登場しています。それがバーチャルPPAです。

バーチャルPPA

出典:Whole Energy

バーチャルPPAは、需要家が物理的な電力供給ではなく、再エネが持つ環境価値だけを取引します。CO2の排出権を取引するカーボンクレジットのようなものだと考えると良いでしょう。電力と環境価値をセットで購入するフィジカルPPAと異なり、バーチャルPPAでは電力の供給自体は現在の小売電気事業者から継続して供給を受ける仕組みのため、電力の供給不足に陥る可能性はありません。

直接電力を供給されるわけではありませんが、その電力が再エネ由来であることを保証する「非化石証書」や「グリーン証書」などを取得することができ、自社の環境貢献を示すことが目的であれば、バーチャルPPAは最も導入ハードルが低いPPAであるといえるでしょう。

一方で、バーチャルPPAでは市場価格とあらかじめ合意したPPA契約の差額を支払う差金決済の仕組みが取り入れられています。たとえば、固定価格が市場価格よりも低いが場合、発電事業者は差額に発電量を乗じた金額を需要家から受け取り、逆に市場価格が固定価格より高い価格は発電事業者は差額に発電量を乗じた金額を需要家に支払う必要があります。

ここで問題となるのが、コストの問題と会計の問題です。上述の通り、市場価格とPPA契約の差金が補填されるのが特徴のバーチャルPPAですが、市場価格が長期に渡って下落した場合、需要家から毎月、発電事業者に対する補填を行わなければならず、需要家にとってはメリットの無い契約となる恐れがあります。

また、バーチャルPPAはあらかじめ取り決めた金額で電力の購入を予約するという仕組みのため、商品先物取引法上の「店頭商品デリバティブ取引(商先法第2条第14項)」にあたるのではないかという議論もあります。デリバティブ契約に該当すると見なされると、取引内容の定期的な報告や企業会計処理上の整理が必要となるケースもあります。したがって、導入に際しては徹底したリーガルチェックの必要があります。

このように、一口にPPAと言っても、その中にはいくつかの種類があります。それぞれのメリット・デメリットを計算しながら自社への導入を検討する必要があるでしょう。

他の太陽光発電システム導入との違いとは?

出典:Shutterstock

最後に、他の太陽光発電システム導入形式との違いについても見ていきましょう。太陽光発電システムを導入する場合、PPAモデル以外にも「自己所有型」や「リース型」などの選択肢があります。それぞれの導入方法は、所有形態や費用の負担方法、メンテナンスにかかる手間などが異なり、企業や個人のニーズに応じて選ばれています。ここでは、自己所有型とリース型について解説します。

自己所有型

自己所有型は、導入者が太陽光発電システムを自ら購入し、設置・運用を完全に管理する方法です。このモデルでは、設備の購入費用や設置費用をすべて自社で負担することになるため、初期費用が非常に高額になる点が最大の特徴です。企業や個人にとって、この一括の設備投資は大きな負担となる可能性がありますが、その分発電された電力のすべてを自家消費でき、余剰電力は売電収入として得られるというメリットもあります。つまり、初期コストを投資と捉え、長期的な収益を前提とした導入となります。

PPAモデルと比較すると、自己所有型は発電設備が自社の資産となるため、発電量や運用方法を自由にコントロールし、余剰電力を電力会社に売電して収入を得られるという魅力があります。しかし、その一方で、設備の維持やメンテナンス、故障時の修理はすべて自己負担となります。天候による影響や経年劣化を考慮すると、予期せぬ修理費用が発生する可能性があり、このリスクも併せて考慮する必要があります。

また、太陽光発電システムは会計上、資産として計上されるため、企業のバランスシートに影響を与えます。これは設備の耐用年数に応じた減価償却費を毎年計上する必要があり、キャッシュフローに対する負担となります。これに対してPPAモデルでは設備を第三者が所有し、メンテナンスも事業者が行うため、財務的な負担が軽減されるという違いがあります。

このように、自己所有型は長期的な収益を重視する企業や個人に向いていますが、PPAモデルにおいては一定期間経過後に設備が譲渡される(自己所有型に移行する)ケースもあるため、PPAモデルで安価に導入して期間が終了するまで待つ、というのも一手かもしれません。自己所有型にも補助金や税制優遇などの恩恵はあるので、自社の置かれた環境を整理し、どちらが優位になるかを判断すると良いでしょう。

リース型

リース型の太陽光発電システムは、PPAモデルと自己所有型の中間に位置する導入方法です。このモデルでは、太陽光発電システムをリース会社から借りる形で導入し、月々のリース料金を支払うことによって設備を利用します。従来の車やコピー機でおなじみのシステムですね。

この方式の主なメリットは、初期費用がかからない点と、月々のリース料金を経費として計上できるという点にあります。企業にとっては、リース費用が一定額であるため、電気の使用料に応じて支払額が変動するPPAモデルよりも簡易的で予算管理がしやすく、財務計画の安定性が確保される利点があります。さらに、太陽光発電のリース契約は車やコピー機と異なり、契約期間を終えるとシステムの所有権が契約者に移るというオプションも一般的です。

また、リース型のもう一つの魅力は、契約期間中に発電した電気を自家消費しながら、余剰電力を電力会社に売電することが可能な点です。これは自己所有型と同様の仕組みで、発電した電気を活用して余剰電力による売電収入を得ることができるため、電気代削減の効果が期待できます。特に、企業が日中の業務に多くの電力を消費する場合、リース型によって自家発電による電力を有効活用でき、売電によってさらにコストを抑えることができます。

しかし、リース型にはいくつかの注意点もあります。リース料金は毎月固定されていると説明しましたが、リース型は月々の支出が予測しやすい一方で、電気使用パターンによっては導入前の電気代よりも支出が増えるリスクがあります。特に、リース型では日中の電力消費量が比較的少ない家庭や企業では、売電収入よりもリース料金と発電しない時間帯に使う電気代(夜間に電力会社から購入する電気代など)のほうが大きくなってしまうため、導入前の検討が欠かせません。この点が、リース型とPPAモデルとの大きな違いといえるでしょう。

主な項目で今までの3モデルを比較すると以下の通りです。

PPAモデル自己所有型リース型
所有形態PPA事業者が所有自社所有リース業者が所有
初期費用不要必要不要
利用料不要不要必要(リース料)
メンテナンスPPA事業者自社リース業者
余剰電力の売電収入なしありあり
自家消費分の電気料金有料無料無料
資産計上不要必要必要

まとめ

これまで見てきたように、PPAモデルの導入は、再生可能エネルギーの普及を促進し、CO2排出量の削減に大きく寄与します。気候変動対策の一環としても、持続可能な社会の実現に向けた重要な取り組みであるといえますね。

一方で、企業にとっては、PPAモデルを活用することで再生可能エネルギーの導入を進めるとともに、ESG投資の観点からも高い評価を得られる環境経営を実現できます。電力の安定確保を通じて、BCP(事業継続計画)の一環としてリスクマネジメントの強化にもつなげることができ、持続可能な運営を行う上でPPAの存在は無視できません。

環境への配慮と経済的メリットを兼ね備えたPPAモデルは、現代のエネルギー問題に対する解決策として企業も個人も積極的に検討する価値があるでしょう。今後の動向にも注目です。

「マイニング」の仕組みとは?ブロックチェーン・暗号資産(ビットコイン)の基礎知識を解説!

ビットコインの高騰に伴って暗号資産の話題がニュース等で扱われることも珍しくなくなってきた昨今ですが、暗号資産を語るうえで避けては通れない「マイニング」と呼ばれる行為はどのようなものかご存じでしょうか?ビットコインに興味がある方のなかには、「聞いたことはあるけど、どういう仕組みかはわからない」という方もいるでしょう。

そこで今回は暗号資産に触れるにあたって最も基礎的な知識のひとつ、「マイニング」について解説していきます。マイニングの意味だけでなく、仕組みやメリットやデメリットについてもご紹介するので是非参考にしてください。

マイニング=暗号資産の採掘

出典:shutterstock

「マイニング」という言葉は本来、「採掘」を意味する言葉で、金や石炭などの鉱石を掘り起こすことをいいます。そこから転じて、暗号資産の世界においては「ブロックチェーン上で新しい取引データを検証・承認することにより、その一連の作業に対する報酬として暗号資産を得ること」を意味するようになったのです。

暗号資産に馴染みがない方からすると、「今度はブロックチェーンってなんだ?」「データを承認するとはどういうこと?」と新たな疑問が出てくるはずです。そこでマイニングについて解説する前に、まずは基幹技術であるブロックチェーンの仕組みについて見ていきましょう。

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。その定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種であり、とくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。そんなブロックチェーンは、「ハッシュ値」と「ナンス」と呼ばれる仕組みによって成り立っています。

ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。

ブロックチェーンでは、コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出す行為(=マイニング)によって、取引情報をチェックして承認するというアルゴリズムをとっており、最初にマイニングを成功させた人に新しいブロックを追加する権利とともにインセンティブである暗号資産が与えられます

このように、早い者勝ちでデータの検証・承認作業を行う様子を、金脈をいちはやく当てた人間が莫大な富を手にする採掘に例えて「マイニング」という名前がつけられたというわけです。

なおマイニングは、すべてのブロックチェーンで必要とされる仕組みではなく、主にコンセンサスアルゴリズムに「プルーフ・オブ・ワーク(PoW)」を採用している、ビットコインやライトコインなどのブロックチェーンで必要とされる仕組みです。コンセンサスアルゴリズムに「プルーフ・オブ・ステーク(PoS)」を採用しているイーサリアムでは、別途「ステーキング」という仕組みにより、取引のデータを検証してブロックに保存しているという点には注意が必要です。

なぜマイニングが必要なの?

出典:shutterstock

暗号資産にはなぜマイニングが必要なのでしょうか?その答えは「分散性」に隠されています。ここからは、発行に関する暗号資産と現金の違いに注目することで、マイニングの必要性について学んでいきましょう。

中央集権型である現金の場合

私たちにとって最も身近な法定通貨、つまりいわゆる「現金」は、中央銀行などの発行元で管理されています。日本円における紙幣の発行は日本銀行が行っており、印刷する枚数は政府が管理しています。同様に世界中の多くの国では、現金の発行量は国や政府などの中央機関が管理しています。

この仕組みの中では、通貨の信頼性を保つために政府が信用の源泉となり、万が一経済的な問題が発生した場合でも、中央銀行が市場に介入して通貨供給を調整することで価値を保とうとします。つまり、現金の信用は「中央機関がその価値を保証する」という中央集権的な枠組みに基づいているのです。したがって、発行元である中央機関は通貨の偽造や信用の低下を防ぐために、厳密な管理・監視を行っています。

また、現金に関する中央集権型の管理システムは、発行だけでなく送金といったお金のやり取りの場合も同様です。たとえば、手元の現金を誰かに送りたいとき、現金そのものを郵送するのではなく、銀行ATMを利用して送金するはずです。このATMも、銀行という中央機関が管理している「中央集権型」の送金システムです。金額、宛先、時刻といった取引履歴は全て、ATMを運用する銀行のサーバーで一元管理をされています。

分散型である暗号資産の場合

一方、暗号資産はシステムの中央管理者がおらず、コインの発行は全てプログラムによって自動で行われています。ドルや日本円などの通貨は「国」によって価値が保証されて存在していますが、暗号資産には特定の国家による価値保証はありません(一部の国で暗号資産を法定通貨としているケースもありますが、ここでは割愛します)。

先述したハッシュとナンス、そしてマイニングによってデータを承認制にすることで、後からデータを改ざんされないようにすることで、物理的に資産そのものの価値を保っているのです。「現金においても偽札が存在するように、データを書き換えることは可能なのでは?」と思う方もいるかも知れませんが、ブロックチェーン上のデータを書き換えるのは簡単なことではありません。

新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、技術的にも、そしてコスト的にも現実的ではありません。

さらに、マイニングは報酬として暗号資産が与えられるため、ブロックチェーン上の情報を書き換えるだけの計算能力があるマイナーは、不正行為をせずともそもそもマイニングによって正当に利益を上げることができます。そのため、分散型の暗号資産は中央機関が存在しないにもかかわらず信頼できる通貨として機能しています。

このように、マイニングは単に新しい通貨を発行するだけでなく、分散型ネットワークにおいて「信用」を構築し維持するために不可欠なプロセスとなっているのです。

なぜ価値が安定しているの?

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マイニングによって新たな暗号資産が発行されるにもかかわらず、なぜその価値は安定しているのでしょうか?これには、暗号資産の発行量の制限や、需要と供給のバランスが大きく関わっています。

マイニングによって、暗号資産の発行量は増えていきますが、実は総発行量はあらかじめ決められています。たとえば、ビットコインの場合、最終的に発行される枚数は2140年までに2100万枚と限定されています。この上限があることで、マイニングによって新たなコインが発行されるペースは徐々に遅くなり、価値が徐々に生まれていくのです。

これはまさに金の希少価値が生まれている仕組みと一緒です。地球上に残る未採掘の金の埋蔵量は残り約5万トン前後とされていますが、これはオリンピックの競技用プールに換算すると約1杯分しか残されていません。だからこそ、金は高値で取引されているのです。人工的に生成することができない金と同様に、ビットコインに発行上限を設けることで供給過剰が防がれ、希少性が保たれるために価値の安定性が維持されやすいという仕組みになっています。

また、従来の法定通貨とは異なり、暗号資産はインフレリスクが少ないという点も、価値が安定する理由の一つです。法定通貨は、経済状況に応じて中央銀行が通貨供給量を増減することがありますが、これが過度になるとインフレーションが発生し、通貨価値が低下することがあります。対して、ビットコインにはマイニングの難易度も時間とともに調整される仕組みがあり、急激な供給増加が発生しないようにしています。こうしたシステム的な工夫によって暗号資産のインフレリスクが管理され、価値の暴落を防いでいます。

マイニングには種類がある!?クラウドを活用した新たなマイニングも登場

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株式投資を始める場合、株を一株単位で購入するだけではなく、大きなリターンを狙って企業ごと買収しようとする人もいます。同様に、暗号資産が価値を上げると予想されるとき、ただその暗号資産を買うのではなく、その生成過程に参加する「マイニング」に注目する人もいます。これはまさに、企業全体を買うことでより長期的な利益を狙う手法に似ています。では、私たちがマイニングを行うにはどのような方法があるのでしょうか?

従来のマイニングの方法は、一人で処理する「ソロマイニング」と複数人で処理する「プールマイニング」が代表的でした。しかし、近年ではサービスの運営会社に資金を提供することでその配当を受け取る「クラウドマイニング」という方法が注目されています。ここでは、それぞれのマイニングの種類について見ていきます。

ソロマイニング

ソロマイニングは、文字通り個人でマイニングを行う方法です。全ての計算処理を自分のコンピュータで行い、成功すれば全ての報酬を受け取ることができます。他の方法と比べると、一回のマイニングにおける利益は大きくなりますが、非常に高い計算能力が必要であるうえに競争も激しいため、個人で成功するのは難しくなってきています。

ソロマイニングは膨大な資源を投じる必要があるものの、報酬が高い分リスクも大きい方法です。高速に演算する必要があるため、高額なGPUボードやASICと呼ばれる専用チップが必要となり、さらには電気代などのコストも加味すると、大規模な設備投資を行って工場全体を所有するような感覚に近いでしょう。

それでもなお、高性能のコンピューターを多数投資してマイニングを進める企業には個人が勝つのは難しい、というのが現状です。

プールマイニング

上述の理由により、ソロマイニングよりも現在主流となっているのがプールマイニングという方法です。これは、複数のマイナーが力を合わせて一つのプールを作り、計算処理を共同で行うという仕組みです。

マイニングのための演算能力を参加者同士で協力して引き上げられるため、安定して少額の報酬を得ることが可能です。自分が失敗しても、チームメンバーの誰かが成功すればそれぞれ個人の仕事量に合わせて報酬を受け取れるため、マイニングの敷居も低くなっているといえるでしょう。

一方で、報酬は貢献度に応じて分配されるため、個人で全ての報酬を得ることはできません。割高なコストを払って手軽にマイニングを行う仕組み、と考えてもらえばよいでしょう。

クラウドマイニング

このような状況を受け、より「手軽さ」を追求して生まれたのがクラウドマイニングです。クラウドマイニングは、自分で専用のマイニング機器を持たずにマイニングを行っている企業に出資して、その企業から報酬の分配を得るという方法です。

マイニング会社が代わりに計算処理を行ってくれるため、他のマイニング方法に比べるとマイニング機器への初期投資コストが低く、技術的な知識も必要ないため、初心者にとって非常に魅力的なマイニング手法となっています。企業に投資してその収益からリターンを得るという観点では、株主になる感覚に近いものでしょうか。

一方で、マイニングをする企業が倒産した場合、元本は回収できない可能性が高いです。それだけならまだしも、そもそもマイニング企業がダミー会社だった場合、資金の持ち逃げという被害に遭うリスクや、自身のパソコンの処理能力とアクセス権を他者に提供することによるセキュリティ上のリスクも考えられます。したがって、契約内容の確認や与信調査を十分に行うことが必要になります。

マイニングは稼ぎにくくなっている?

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ビットコインや他の暗号資産をマイニングすることで利益を得ることが可能ですが、年々その道のりは険しくなっています。ここでは、なぜマイニングが以前よりも稼ぎにくくなっているのか、4つの要因に分けて詳しく解説します。

半減期によってマイニング報酬が減ってきている

ビットコインのマイニング報酬は、一定のブロックが生成されるごとに半減します。これは、暗号資産が市場流通量を調整しにくい代わりに、インフレを防ぐために一定周期ごとに新規発行量が半分に減る仕組み(=半減期)を備えているからです。半減期は通常はおよそ4年ごとに発生します。

最初のビットコインマイニングでは1ブロックあたり50BTCが報酬として支払われていましたが、2012年の初めての半減期で25BTCに、そして最新の半減期である2024年には3.125BTCにまで減少しています。

半減期が進むごとにマイニング報酬は減り続け、次の半減期が来るたびにマイナーは同じ計算力を投じても得られる報酬が少なくなります。今後も報酬の下落は避けられないと予測されるため、暗号資産自体の価値が安定している銘柄で今から大量に稼ぐ、というのはあまり現実的とはいえないでしょう。

暗号資産自体の価格が変動しやすい

価値が安定しているとはいっても法定通貨と比べると暗号資産の価格は変動しやすく、それによってマイニングの利益も大きく左右されてしまいます。以下は、2023年9月~2024年9月までのBTC/USDの価格動向です。

出典:Tradingview

ビットコイン2024年3月に7万3000ドル(約1022万円、1ドル140円換算)という史上最高値を記録したことは記憶に新しいと思いますが、この短期間でさえ、その価格は大きく変化していることがわかるかと思います。

右肩上がりのグラフだけ見てしまうとこの価格変動の大きさ(ボラティリティ)はデメリットのように感じないかもしれませんが、これだけ極端に値上がりをするということはその逆もまた然りです。暗号資産が暴落する理由は様々ですが、過去には大手暗号資産取引所の倒産や各国での法規制、大手企業におけるBTC決済中止など、アンコントローラブルな要因によって価値が下落したことがあります。

こうした暗号資産そのものの下落はマイニング報酬にも大きな影響を与えます。たとえば、ビットコインが1BTCあたり100万円のときに1BTCをマイニングした場合、マイニング報酬の3BTC(正確には3.125BTCですが)は300万円の価値を持ちますが、もし1BTCあたり50万円に下落した場合、同じ3BTCの報酬でもその価値は150万円となり、期待していた利益が大きく減少してしまいます。

このように、暗号資産の価格変動は、マイナーにとって大きなリスク要因です。本格的にマイニングに参加するのであれば、慎重な計画と価格予測が必要となります。

マイニングの難易度が上昇している

マイニングの難化も稼ぎにくくなったといわれる所以の一つです。マイニングの難易度(ディフィカルティー)は、ネットワーク全体の採掘速度(ハッシュレート)に基づいて自動的に調整されます。たとえば、ビットコインにおけるブロックチェーンのブロック生成は、平均すると10分に1度行われるように14日(2週間)に一度、調整されます。調整前までの平均生成時間が10分よりも多ければ難易度が下がり、10分よりも少なければ、難易度が上がるという仕組みにより、マイニングが成功するまでの時間が一定に保たれます。

しかし、多くの場合、マイニングの難易度は上昇する一方です。なぜなら、マイニングを行う機械の性能は常に進化し続けているうえ、暗号資産の人気が高まるにつれて、ネットワークに参加するマイナーの数も増え続けているからです。そして前述のように、マイニングには高額な初期コストが伴うケースも多いため、簡単には市場撤退という選択肢は取りません。結果として、難易度も右肩上がりに急激に上昇し続けるというわけです。

以下は、2015年以降のビットコインの採掘難易度を示したチャートです。

出典:coinwarz

このように見ると、ビットコインが誕生した当初と比較すると、現在のマイニングがいかに難しくなっているのかがわかるかと思います。こうしたマイニング難易度の上昇は、マイニング事業者のコストを大幅に増加させ、利益を減少させます。もはや個人でマイニングを成功させるのは、至難の業ともいえるでしょう。地表に近い金は、すでに掘り尽くしてしまったのです。

電気代が高騰している

今まで紹介してきた3つの理由が、これまでの主なマイニングで稼ぎにくくなっている要因でした。しかし近年、暗号資産の仕組み以外の要因によってマイニングのコストパフォーマンスが悪化しています。それが、電気代の高騰です。

2024年現在、世界的なインフレやロシアによるウクライナ侵略は、エネルギー価格の急激な上昇をもたらしています。天然ガスや石炭などの燃料価格の上昇は、電気料金の上昇という形で、一般の需要家にも影響をもたらしており、大量の電力を消費するマイニングにおいて、電気代の高騰はマイニングコストの増加という結果をもたらしています

また、マイニング以外にも、地球温暖化によって通年の平均気温が上がっている状況では、マシンの性能を安定させるために冷房の稼働も必要になっています。なかには、電気代の安い国や気温の低い場所に拠点を移すマイナーもいるほどです。こうした、様々な電気利用によってマイナーの収益が減少傾向にあるということも新たなマイニングのトレンドです。

とくに日本のような世界的に電気代が高い国では、マイニングを持続的に行うことが難しくなっており、特定の地域にマイニングプールが集中する事態となっています。

まとめ

本記事では、暗号資産分野における「マイニング」について解説しました。暗号資産分野は「非中央集権型」で、コインを管理・発行する特定の組織が存在しないため、マイニングによってそれらが法定通貨で担ってきた役割を補っていることがおわかりいただけたかと思います。

資産形成の中の選択肢としても人気を博している暗号資産ですが、こうした裏側の仕組みをきちんと理解することで金融領域においてどのようにブロックチェーンが活用されているかを整理することもできるでしょう。

また、実際にマイニングに参加したい人は、ビットコイン以外の暗号資産を狙ってみるのも一手です。ビットコインのマイニングに個人で参入することは難しくなっていますが、クラウドマイニングを活用したり、暗号資産の種類を厳選することで、ビットコインよりも低い競争率でマイニングに参加できる可能性があります。このような場合でも、ボラティリティやディフィカルティについてよく調べ、コストとマイニング報酬の中長期的なバランスを考慮して取り組むと良いでしょう。

【必見】ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)とは?メリットやデメリット、最新の事例を紹介!

現在、日本では国の根幹産業である農業において、耕作放棄地の増加や農業従事者の減少が問題となっています。これらの課題に歯止めをかけなければ、日本の食料自給率が低下するだけでなく、農業の持続可能性も困難となることが予測されています。しかし、従来の農業支援策や補助金制度といった解決策には限界があり、効率的な生産体制の構築や次世代の担い手不足といった問題点も指摘されています。結果として、いまだに有効なソリューションの登場が待たれる状況です。

こうした状況下で近年、エネルギー問題との合わせ技で解決を図る仕組みが注目を浴びています。それが、「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)」です。今回の記事では話題のソーラーシェアリングについて、そのメリットやデメリットから実際の導入事例まで、詳しくご紹介していきます。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)とは?

ソーラーシェアリングとは、農地の上に太陽光発電設備を設置し、農業と太陽光発電を同時に行う技術です。農業用地を活用する太陽光発電には、大きく分けて「農地転用型」と「営農型」の2つのタイプがあります。前者は農地を他の用途に完全に変えて太陽光発電を行うケースです。これは農地としての役割を停止させるため、地方の耕作放棄地などでは有効な解決策とされていますが、一方で農地の本来の目的である食料生産の価値を無視しており、食料自給率の低下要因となりえます。

そこで、農作物を育てながら発電を同時に行う営農型であるソーラーシェアリングが誕生しました。この仕組みでは農地に支柱等を立て、その上部に設置した太陽光パネルを使って発電を行うため、農地としての利用価値を維持しながらエネルギー供給の面でも貢献することが可能です。その名の通り、農作物と太陽光パネルで太陽の日差しを「シェア」しているため、土地とエネルギー源を無駄なく活用できる技術として脚光を浴びています。

余談ではありますが、このソーラーシェアリングは日本発祥の技術です。CHO技術研究所代表の長島彬氏が植物の光飽和点に着目して開発したこの発明は、2008年に特許を取得し、その後、一般に無償公開されたことで国内に普及するようになりました。現在では、世界的な注目の的となっており、韓国や台湾といった地理的条件が似通っているアジアに加え、再生可能エネルギーの利用が進んでいるヨーロッパにおいても普及が進みつつあります。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)の導入状況は?

営農型太陽光発電は、2013年に農林水産省が許可基準を緩和したことで、全国的に導入が進みました。現在では、導入件数が年々右肩上がりに増加しており、とくに地方の耕作放棄地や過疎地において活用されるケースが多くなっています。

出典:営農型太陽光発電について(農林水産省)

農林水産省のデータによれば、2013年度に100件程度であったソーラーシェアリングのための農地転用許可件数は、2021年には合計4,349件にまで増えています。新規許可数についても増加傾向にあり、たった数年後の2021年には851件と8倍以上の伸びを見せています。

こうしたデータを見ても、今後さらにソーラーシェアリングを取り入れる農地は拡大していくと予想されます。企業や地方自治体だけでなく、民間の小規模農家の参入も期待され、耕作放棄地を活用した地域の農業活性化とエネルギー自給率向上に向けてソーラーシェアリングを導入する動きが加速していくことでしょう。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)が注目されている理由

ソーラーシェアリングが注目を集めている理由は、多岐にわたります。ここでは、ソーラーシェアリングが注目される背景について、日本のエネルギー事情と規制緩和の動きを中心に解説します。

日本のエネルギー事情

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日本は一人あたりの電力消費量は主要国の中でも非常に高い国ではありますが、元々はエネルギー資源に乏しく、その多くを輸入に依存しています。とくに東日本大震災以降、原子力発電所の稼働停止や再生可能エネルギーの重要性が再認識され、太陽光発電をはじめとするクリーンエネルギーへのシフトが求められるようになったものの、太陽光発電をするうえでは四季の存在(日照時間が短くなる)狭い国土という2つの課題があり、安定したエネルギー生産に課題を抱えていました。

こうしたエネルギーの需要と供給が一致していない状況で、農地などの既存のインフラを活用し、エネルギー問題と農業の再生という二つの大きな課題を同時に解決できる可能性があるソーラーシェアリングが注目を集めているというのはもはや当然の帰結です。

さらに国にとっても推進していきたい理由があります。それは地域住民が主体となって太陽光発電が行える点です。前述の通り、政府として太陽光発電の普及は喫緊の課題であり、FIT(固定価格買取)制度の構築や補助金制度の制定を行ってきました。しかし、金銭的なデメリットから思うように一般家庭への太陽光発電はうまく普及せず、資金に余裕のある企業によるメガソーラー(大規模太陽光発電)建設は、森林伐採や景観への悪影響から地域住民による反対運動が起きるなど、様々な軋轢が生じてきました。

その点、ソーラーシェアリングであれば、新たに山を切り開いてメガソーラーを作らずともすでに農地として活用されている土地や休耕地を有効活用し、小規模の発電施設を作ることができます。限られた土地しかない日本だからこそ、地域住民が納得し、個人が主体となってエネルギー生産に携われるこの仕組みには大きな期待が寄せられているのではないでしょうか。

普及促進に向けた規制緩和

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ソーラーシェアリングの普及に向けていくつかの重要な規制緩和が進められていることも注目の背景にあります。たとえば、従来の農地転用制度では、農地を太陽光発電に利用するための一時転用期間は最大で3年とされていましたが、この期間では太陽光発電設備の長期運用が難しく、事業者が安定的に収益を上げるにはもっと長期的な視点での計画が必要でした。しかし、2018年に農地転用許可の一時期間が最大で10年に延長されると、事業者はより長期的な投資が可能になり、安定した運用を計画することができるようになりました。10年という期間は、太陽光発電設備の寿命や償却期間に照らしても、設備の維持・管理にかかるコストを賄いやすい期間であり、太陽光発電事業への参入障壁を引き下げる形となっています。

また、ソーラーシェアリングにおいては、農業生産量の維持も一つの課題となっています。これまで、ソーラーシェアリングによって農地を活用する場合、「周囲の平均収穫量の8割を維持すること」が導入の条件となっていました。しかし、2024年3月に内閣府が開催した「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」では、この要件が一部の荒廃農地で撤廃されました。

これは、農地の効率的な利用ができているかどうかで判断される仕組みへの移行を意味しており、荒廃農地を活用した再エネ事業のハードルが大幅に下がります。再生困難な青地を迅速に非農地と判断することで、転用許可や農用地区域からの除外手続きも円滑化され、より多くの農地がソーラーシェアリングに適用されていくでしょう。

FIT制度の改正

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ソーラーシェアリングを取り巻く環境において、FIT(固定価格買取制度)の改正もまた重要な転換点を迎えています。FIT制度は、再生可能エネルギーを普及させるために国が設定した価格で電力を買い取る仕組みであり、太陽光発電の導入を促進するために2012年に導入されました。しかし、2020年度の法改正によって認定基準に地域活用要件が設定されたことで、これまで発電した電力の全量売電が可能だった低圧太陽光発電所は、「発電した電力の30%を自家消費すること」が義務付けられました

一方で、ソーラーシェアリングにおいては発電容量に関係なく全量売電が引き続き認められており、農業との併用が可能である点から、とくに休耕地や荒廃農地を活用した発電プロジェクトにおいては、安定した収入源としての期待が高まっています。こうした法改正もソーラーシェアリングの追い風となっており、農業の再生と地域のエネルギー自給率向上という二つの重要課題を同時に解決する手段としてますます注目を集めています。

さらに、FITに加えて市場価格に連動したプレミアム(補助額)が支払われるFIP(市場連動型価格買取制度)の導入によって電力市場での完全自由競争が強化された結果、発電効率の向上やコスト削減がますます重要になっています。発電事業者間で市場競争が激化すれば、発電効率の向上やコスト削減に向けてより効率的なソーラーシェアリングの技術開発の必要性が出てきます。このような観点からも今後、効率的な発電と地域のエネルギー自給率を高めるための道筋として、ソーラーシェアリングが重要なソリューションと位置付けられていくことは間違いないでしょう。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)のメリット

これまで紹介してきたように注目を集めているソーラーシェアリングですが、導入することで具体的にはどのようなメリットがあるのでしょうか。細かいメリットは多々ありますが、ソーラーシェアリングの主なメリットは、下記の3つです。

  • 売電により安定収入が期待できる
  • エネルギー問題の解決につながる
  • 耕作放棄地を有効活用できる

順番に解説していきます。

売電により安定収入が期待できる

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ソーラーシェアリングを導入することで、農業の収入に加えて太陽光発電による安定した売電収入を得ることが可能です。農業の仕事について調べると「農家は重労働の割に儲からない」「収入が不安定」という意見を目にすることがあります。これは農作物が気候の影響を受けやすく、収穫時期による収入の上下動があることが原因の一つでしょう。

そんなイメージを大きく変えてくれるのがソーラーシェアリングです。前述したように、現在の日本ではFITやFIPといった売電制度が存在し、一定期間は電力を買い取ってもらえる保証があるため、農業単独では得られない収入源が期待できます。農閑期でも常に売電収入を得られるため、農家として安定した生活を送れる可能性が高まります。これはとくに、小規模な農家にとっては季節や市場価格の変動に左右されやすい農業経営のリスクを軽減する手段として有効です。

農業で稼げるとなれば、仕事として魅力的に感じる若者の増加や離農者の減少、あるいは農業ビジネスそのものの変革も期待できるでしょう。こうした「農業との両立」はソーラーシェアリングならではのメリットといえます。

エネルギー問題の解決につながる

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ソーラーシェアリングは農業への貢献にとどまりません。栽培作物の光合成によるCO2の吸収に加え、太陽光発電によるCO2削減の両立を実現することで、持続可能なエネルギー供給に貢献します。「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)が注目されている理由」でも説明した通り、日本はエネルギー自給率が低いため、世界情勢の変動や供給元の影響を受けやすい状況です。

ソーラーシェアリングによる電力供給が進んでいけば、国内でのエネルギー自給率も向上し、エネルギー安全保障の強化にもつながります。とある試算によれば、日本の農地の10%で営農型太陽光発電を導入できれば日本国内で必要な電力を賄えるという見立てもあります。

このように、ソーラーシェアリングは単に電力を生み出すだけでなく、持続可能な社会を築くための重要な要素であり、農業との共存を通じて、地域のエネルギー自給率の向上を図ることができるという点も大きなメリットです。太陽光発電の分散型エネルギーとしての特性から、各地域での電力供給が安定し、災害時の電力確保にも貢献できるでしょう。

耕作放棄地を有効活用できる

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近年、日本全国で増加している耕作放棄地の問題も、ソーラーシェアリングが解決策の一つとして注目されています。耕作放棄地とは、農作業が放棄された土地で、特に山間部や過疎地域では急速に拡大しています。これらの土地は荒れ果てることで地域の景観や生態系に悪影響を及ぼし、さらに農地として再利用するためのコストも増大する懸念があります。

農林水産省の統計によると、令和4年時点の荒廃農地面積は、約26.0万ヘクタールとされていますが、ソーラーシェアリングの設備は、条件さえ合えばこうした荒廃農地にも設置可能です。ソーラーシェアリングを活用してこれらの耕作放棄地に新たな命を吹き込むことで、農業の再開や他の用途への転用が難しい土地でもエネルギー生産という形で経済的価値を生み出します。さらに、農業を行いながら発電も行えるため、地域の農業活性化に寄与すると同時に、土地の有効利用も促進されます。

とくに日本のような土地資源が限られた国において、耕作放棄地の活用は非常に重要な課題です。ソーラーシェアリングは、この課題に対する現実的かつ持続可能なソリューションを提供する点で大きな意義を持っています。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)のデメリット

新規導入数が増えつつあるソーラーシェアリングですが、まだまだ身近な存在とはいえない状態です。設置数が急増しない理由は、ソーラーシェアリング自体の知名度が低いことに加え、主に下記のようなデメリットが存在するからです。

  • 設備への初期投資が高額である
  • 事業継続性の確保に苦労する
  • 栽培する作物が限定される

順番に解説していきます。

設備への初期投資が高額である

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ソーラーシェアリングを導入する際の大きなハードルの一つが、初期投資の高さです。通常の太陽光発電設備の設置にも高額な資金が必要ですが、ソーラーシェアリングでは、特殊な環境に太陽光パネルを設置する仕様上、設置費用がさらに割高になります。これは多くの農家にとっては大きな負担であり、とくに中小規模の農家にとっては、この初期投資をどう賄うかが課題となるでしょう。

また、発電設備の設置後も、経済的な回収までには時間がかかります。たとえFITやFIP制度を利用して売電収入を得られたとしても、設備費用やメンテナンス費用を差し引くと、十分な利益を得るまでには数年から十数年の期間が必要です。そのため、短期的な収益を期待してソーラーシェアリングを導入するのは難しいといえます。

こうした初期コストとその後の事業採算性をしっかりとシミュレーションした上で、補助金制度やリース契約といった初期投資を抑える工夫をしながらいかに事業採算性を確保していくかが今後の課題となるでしょう。

事業継続性の確保に苦労する

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長期的な事業継続性の確保もまた、ソーラーシェアリングの課題の一つです。ソーラーシェアリングのための農地転用許可が一定の条件を満たせば最大で10年まで延長されたとはいっても、設備の設置に必要な融資の返済期間はおよそ20年です。このギャップを埋めるためには、10年後の更新手続きを確実に行い、事業を長期にわたって維持する体制が求められます。

また、それらの許可が降りたとしても、農作物の生産性については毎年報告する義務があります。仮に生産性が低下し、農業としての基準を満たさないと判断された場合、発電事業の継続は難しくなり、設備の撤去を迫られるリスクがあります。そのため、農業の成果を安定的に維持することは、発電事業の存続にも直結しています。

さらに、不測の事態への備えも自己責任で行わなければなりません。太陽光パネル自体も定期的なメンテナンスが必要であり、故障時には迅速な対応が求められます。政策変更や災害による農作業の停止によって不安定になる可能性もあるため、こうした運用上の手間やコストが重なり、両立させることが難しくなる場合もあります。

このように、ソーラーシェアリングを成功させるためには、農業・発電の両方を長期的に見据え、さまざまなリスクに対処する計画を事前に立てておく必要があり、導入における大きな課題の一つとなっています。

栽培する作物が限定される

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ソーラーシェアリングでは、太陽光パネルが農地の上空に設置されるため、農作物が受ける日光の量が減少することになります。そのため、光を多く必要とする作物の栽培には適さないことがある点もデメリットです。実際、太陽光パネルの影響を受けやすい作物では、成長が遅くなったり、収穫量が減少する可能性があります。

適切な日照量を確保するために、パネルの配置や角度を調整するなどの工夫が必要ですが、すべての作物に適した条件を提供できるわけではありません。したがって、主に日陰・半日陰を好む陰性植物や直射日光を1日3~4時間しか必要としない半陰性植物が栽培されることになるでしょう。

実際、農林水産省が発表した資料によると、栽培されている作物には大きな偏りがあることが伺えます。

出典:農林水産省

栽培する作物の選択肢が限定され、ソーラーシェアリングのために栽培作物を変更する必要もあり、なかにはそれまで培ってきた農家としてのノウハウが生かせないというケースもあるでしょう。ソーラーシェアリングは持続可能な農業とエネルギー生産を両立する可能性を秘めているものの、導入に慎重となる農家の心情も窺い知れます。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)の導入事例

ここまではソーラーシェアリングの特徴や背景について解説してきました。ソーラーシェアリングは前述した点から将来性についても高い評価を受けており、国内においては民間の農家だけではなく、様々な企業が参入して社会課題の解決に取り組んでいます。技術そのものの理解が進んだところで、今度は個別の事例についてもチェックしていきましょう。

キグナス石油株式会社

出典:キグナス石油

キグナス石油株式会社は、栃木県の下野市および矢板市で、営農型太陽光発電所の建設を進めています。

2024年6月に発表された同社のプレスリリースによると、このプロジェクトは低炭素・循環型社会に向けた取り組みとして農地の上に太陽光パネルを設置し、農業と発電を両立させるソーラーシェアリングの手法を採用しています。これにより、地域のエネルギー供給の多様化と農業の持続可能性を強化することが目指されています。

プロジェクトの主要な特徴は、地元農家との連携にあります。農地を有効活用し、作物に必要な日照量を確保しながら、余剰のエネルギーを地域社会に供給することで、地域循環型経済に貢献しています。また、再生可能エネルギーの活用を通じて、二酸化炭素排出量の削減にも寄与し、環境負荷を軽減する役割も果たしています。

発電された電力は、東京都世田谷区に本社を置く株式会社UPDATERが展開する「みんな電力」を通じて供給され、「顔の見える電力」として消費者に届けられます。再生可能エネルギーの普及を促進しつつ、農業経営のサポートも行うことで、地域経済の活性化や持続可能な社会の構築にも貢献していくでしょう。

同社は本プロジェクトを通じ、再生可能エネルギーの導入拡大と農業経営の支援を行い、持続可能な社会の構築に貢献していく方針とのことです。

株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック

出典:水戸ホーリーホック

J2リーグの水戸ホーリーホックは、クラブ創立30周年の節目に、茨城県城里町でソーラーシェアリング事業を開始しました。この取り組みは、2000平方メートルの耕作放棄地に太陽光パネルを設置し、その下で大豆を栽培するものです。地域の再生可能エネルギー導入と農業の活性化を目的として、農業と発電を両立させる画期的なプロジェクトです。

このプロジェクトでは、藤棚式と垂直式を組み合わせたハイブリッド型ソーラーシェアリングを採用しており、発電した電力の一部を自家消費して残りは電力小売業者を通じて地域に供給されます。さらに、収穫された大豆を加工し、特産品として「大豆珈琲」を販売する計画です。この有機農業を活用したソーラーシェアリングは、農業の持続可能性を高めるだけでなく、地域経済の活性化にも貢献することが期待されています。

また、今回のプロジェクトと連動する形で、事業をコンセプトとした緑と青がベースのユニフォーム「2024 3rd UNIFORM」もお披露目され、ホームゲーム3試合で選手たちに着用されました。

出典:PR TIMES

同クラブでは、過去にもJリーグ全体が取り組んでいる「Jリーグ気候アクション」に賛同し、クラブとしても地域と連携したGX(グリーントランスフォーメーション)事業に積極的に参画してきました。今後も、これまでの農業事業「GRASS ROOTS FARM」で培ったノウハウを活かした取り組みに期待が高まります。

SBIホールディングス株式会社

出典:SBI Royal Securities

SBIホールディングス株式会社は、岩手県紫波町で行っているソーラーシェアリングを通じ、日本酒「縁禮(えんれい)」の製造に取り組んでいます。このプロジェクトは、太陽光発電と農業を組み合わせることにより、地域の持続可能な発展を目指した取り組みです。

この日本酒は、ソーラーシェアリングによって栽培された酒米「ぎんおとめ」を使用しており、岩手県独自の酵母「ジョバンニの調べ」と共に、伝統的な手法を守る地元の酒蔵「月の輪酒蔵店」で醸造されています。また、製造過程では、ワイナリーから譲り受けた赤ワイン樽で半年間熟成させるというユニークな方法を採用しており、ほのかに桜色を帯びた特有の風味が特徴です。

「縁禮」という名称には、人々とのつながりや地域との縁を大切にするという意味が込められており、さらにエネルギーと農業の調和を象徴しています。ソーラーシェアリングの導入により、耕作放棄地の再利用を図ると同時に、再生可能エネルギーによる発電も行われており、CO2排出の削減や環境負荷の低減にも貢献しています。

このプロジェクトで得られた売上や発電収益の一部は地域農家への支援や環境保全活動に充てられており、地域全体の活性化にもつながるモデルケースとなっています。

株式会社クボタ

出典:クボタ

株式会社クボタは2024年3月、栃木県および茨城県を中心に、ソーラーシェアリングを活用した新たな農業モデルに挑戦しました。同社は、太陽光発電の設置と農地活用を両立させることで、脱炭素化の推進と農業振興の同時達成を目指しています。

この事業は、ソーラーシェアリングの実績を持つ株式会社グリーンウィンドとの協力によって実現。耕作放棄地が増加している栃木県や茨城県の農地に総面積約20ヘクタールにおよぶソーラーシェアリングの設備を設置し、年間約570万kWhの電力を発電する予定です。この電力は、同社の筑波工場へ全量供給され、使用電力の約9%を再生可能エネルギーに置き換えることで、年間約2,600トンのCO2削減が見込まれるそうです。

また、ソーラーシェアリングの下ではグリーンウィンドが米や小麦、大豆などの作物を栽培し、学校給食向けに販売するほか、レストランや加工食品製造の食材としても活用されます。遮光率30%の太陽光パネルを採用することで、多様な農作物の栽培が可能となっており、収量や品質の向上を目指した取り組みが行われています。

同社では、今後もソーラーシェアリングの普及拡大を図りながら、農業生産の効率化や電力供給スキームの最適化に取り組む予定です。また、農地における電動トラクターなどへの電力供給や、地域社会への電力提供といった新たな持続可能な農業の実現にも注力していく方針となっています。

まとめ

今回は、ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)についてご紹介しました。農業と発電が同時に行えるとして政府も注目しつつあるこの仕組みは、耕作放棄地の有効活用や農家の収益改善に加えて、再生可能エネルギーの拡大に貢献できる点が非常に魅力的です。

企業ごとの事例でも見たように、太陽光発電で得た電力は自社工場や地域社会への供給に役立てられ、CO2の削減とエネルギーの自給自足にも寄与しています。さらに、栽培された農作物は地元の食産業や学校給食などに提供され、地域経済の活性化にも貢献しています。

一方で、導入コストや基準の問題などによって現状の導入数はまだまだ多いとはいえません。しかし、近年導入のための基準が緩和されつつあり、また、補助金の種類やプランの組み方に幅が出てきたことでこれらの課題も徐々に解消されていくことが予想されます。

今後は、ソーラーシェアリング自体の技術進歩や運用ノウハウの蓄積により、より多くの地域や企業がこの仕組みを導入し、環境と経済の両立を実現する動きが加速するでしょう。

ブロックチェーンがAIの課題を解決する!?分散型台帳が秘める可能性とは?

少し前までは映画や漫画の世界の話だったAIも、いまや子供でも使いこなせるようなツールになるなど、かなり身近な存在へとなりました。また、ビジネスシーンではOpenAI社のChatGPTが、Officeソフトのように各社員が当たり前に使用するツールへと変貌を遂げました。一方で、「AIによって提供された情報をどう扱うか」「その情報は正しいのか」「情報源はどこなのか」など、これまでには表面化しにくかった様々な問題に悩まされる企業もあるようです。

本記事では、そんなAIが抱える課題について見ていくとともに、ブロックチェーンがAIにもたらすメリットや事例をご紹介します。ブロックチェーン技術とAIを組み合わせると、一体どんなことが可能になるのでしょうか?まずはAIとブロックチェーン、それぞれがどのような進化を遂げているかを確認していきましょう。

AIとは?

「AI」とは「Artificial Intelligence」の略語で、日本語に訳すと「人工知能」です。厳密な定義があるわけではありませんが、一般的にはその名の通り、機械が人間の知的な能力を模倣し、学習・推論・問題解決などのタスクを実行できる技術やシステムのことを指します。

AIの誕生は、1956年に開催されたダートマス会議に遡ります。この会議において初めて、人間のように考える機械が「人工知能」と名付けられました。当時はスマートフォンもパソコンもない時代でしたが、「人間の知能を作る」という発想はたちまち科学者の間で広まることとなり、AI研究が活発化することになります。

以降、AIは3つのフェーズに分けて研究が進んでいきます。

出典:zero to one

第1次AIブーム(1950年代)

最初のAIブームは1950年代に起こりました。この時期の研究は、初期のAI研究者たちが概念的なフレームワークを構築し、人間の思考を模倣するコンピュータープログラムを開発するというものでした。

コンピューターを使った論理的な推論自体は実現したものの、基本的には予め特定の問題を解決するための知識をプログラミングする手法をとっていたため、パズルや明確なルールがあるゲーム(トイプロブレム)などには強い一方で、ルールが不明確で複雑な問題を苦手としていました

こうしたアルゴリズムの限界などから期待されたほどの成果が得られず、AIへの関心が下火となりました。

第2次AIブーム(1980年代)

技術の進展が見られず、苦しい時期を過ごしたAI研究ですが、1980年代に入ると再び脚光を浴びるようになります。そのきっかけとなったのが「エキスパートシステム」の実現でした。

エキスパートシステムとは、ある分野の専門家の持つ知識をデータ化することで、その分野において人間の専門家に匹敵する知識を持つコンピュータープログラムを開発する手法のことです。

それまでのAIに「何でも屋」の役割を要求していた開発手法から脱却することで、医療診断、金融のデータ解析といった限定的な場面でエキスパートシステムが実用的な成果を上げました。

また、日本でも1982年に日本最初のAI研究プロジェクトである「第5世代コンピュータ(Fifth Generation Computing Systems:FGCS)」の研究が進められました。

ビジネスでの導入例も出現するなど好調に見えた第2次AIブームでしたが、再び大きな壁にぶつかることになります。それは、複雑性と計算資源の枯渇です。

エキスパートシステムは特定のシーンで適用されるには優れていましたが、一般的な知的タスクへの拡張は依然として限界がありました。また、例外処理や矛盾したルールにもうまく対応できないことがありました。

こうした背景には計算資源の不足が存在し、複雑な問題に対処するには十分な計算能力が必要であることが判明しました。

第3次AIブーム(2006年∼)

再び冬の時代に入ったAI業界ですが、2006年にある研究者の発見により転機が訪れます。それが、ジェフリー・ヒントンにより発明された「ディープラーニング」です。ディープラーニングとは、入力データからAI自ら特徴を判別し、特定の知識やパターンを覚えさせることなく学習して行くことができる技術のことで、別名「深層学習」とも呼ばれます。

ディープラーニングの発見によって、人間がルールを定義しなくても、カメラの画像から人間の顔を識別したり、歩行するロボットの自律運動を最適化させるなどといったことが可能となりました。

また、コンピューターの性能もこの間に著しく向上しました。インターネット回線などのネットワーク環境を介して接続し、処理能力の高いコンピューターを仮想的に構築することができるようになった結果、コンピューターを理論的には無限に高性能化することが可能となりました。AIが判断をする際に必要となる膨大な情報「ビッグデータ」の記憶や処理が容易になったのです。

こうした様々な技術の進展がある第三次AIブームでは、研究者だけではなく私たち一般の生活者にとってもAIが一気に身近な存在となりました。AppleのSiriやGoogleの音声検索、掃除ロボットやエアコンなどのIoT家電やソフトバンクのロボット「Pepper」など、誰もが一度はAIに触れたことがあることでしょう。

このように考えると、現在も続く第三次AIブームは、過去二回の一過性のブームとは全く質が異なることがわかります。

生成AIへと進化を遂げた!

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AIを語るうえでもはや欠かせない存在となっているのが「生成AI」です。

生成AIは、自らの知識から新しいデータやコンテンツを生成するAIのことを指します。これは主に自然言語処理や画像生成といった分野において大注目を集めています。生成AIを世に知らしめたのは、OpenAIが開発したChatGPTによる功績が大きいでしょう。

ChatGPTは大規模なデータセットで事前に学習され、その後、特定のタスクに転用されることで高度な生成能力を発揮します。「対話型AI」というジャンルがあるように、人間との対話を通じて文章を生成し、質問に回答する対話型の応答やテキストの記述に基づいて画像を生成することもできます

生成AIは、デザイナーやライターといったクリエイター以外の人でも簡単に文章や画像、音声といった多岐にわたるデータを生成できるため、クリエイティブな活動やコンテンツ制作、ビジネスシーンでも広く応用されています。

AIが抱える課題とは?

このように、ここ数十年で著しい急成長を遂げているAIはメリットばかりに目が行きがちですが、その影ではAIがもたらす危険性についても、各業界・団体・政府から警鐘が鳴らされています。つまり、AIの成長スピードに対して私たち人間側の準備が追いついておらず、いわば「成長痛」を起こしている状態なのです。ここからは、そんなAI領域で危険視されている要素について解説していきます。

プライバシーが侵害される恐れがある

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AIは高度な分析や予測を行うことができるとはいっても、基本的には従来のデータ分析手法との間に大差ありません。顧客データを収集し、活用していくAIマーケティングも、従来のやり方の延長線上にあります。したがって、AIを活用してビジネスを行ううえでは大量の個人情報を大規模データとして扱うことは避けては通れないのです。

大量のデータから経験則的に答えを導き出すとなると、少なくともデータ分析の観点では「データの量は多ければ多いほど良い」といえます。ここで問題となるのが、「どこまで情報を取得するのか」「どこまで情報を活用するのか」という線引きの問題です。

ECサイトの購入履歴をもとにオススメの商品をピックアップしてくれたり、家電が自分の生活リズムに合わせて機能してくれたりすれば、「AIは便利だなあ」と感じるかもしれませんが、日々の生活の一部始終や会話の一言一句をAIに収集されるとなるとなんだか気味の悪い話です。

実際にアメリカでは、EC大手のAmazonが音声認識AI(人工知能)「アレクサ」や防犯カメラ「リング」によって不当に個人のプライバシー情報を収集したとして合計3千万ドル(約42億円)超を和解金として支払う事例が発生しています。

アマゾン、プライバシー侵害42億円で和解 カメラ動画のぞき見も

また、国家による監視に悪用されるという可能性も捨てきれません。つまり、思想や信仰の自由を脅かす危険性があるのです。2024年オリンピックの舞台となったパリでは、安全上の理由からAIを搭載した数百台のカメラによる公共空間の監視が行われましたが、プライバシー擁護派や評論家らは、オリンピックが終わった後のこのシステムの運用方法に懸念を抱いており、特定のコミュニティがターゲットにされるのではないかと抗議活動が行われました。

オリンピック:フランス当局がAIを活用した監視システム導入…テロ対策・プライバシー保護巡り、賛否も

さらにこうした問題はプライバシーが侵害されるという人権上の問題に留まりません。大量の個人データが犯罪者たちにとってどれほどの価値を持つかというのは皆さんも重々承知のはずです。銀行や保険会社、時には自治体や公官庁レベルでも稀にとはいえない頻度でデータ流出が起こっています。近年、ビッグテックによるサイバーセキュリティ企業の買収が右肩上がりに増加しているのも同様の理由からでしょう。こうしたプライバシーに深く関わる情報が集権的に管理されることは、データ解析の精度を高める一方で、セキュリティ上のリスクを孕むことになります。

正しい情報とは限らない

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IT技術の進歩に伴って日々、AIの回答は正確性を帯びるようになってきています。しかし、膨大なデータを基にして分析や判断を行うとはいっても、そのデータが必ずしも正確であるとは限りません。なぜなら、学習するそもそものデータが誤った情報を含んでいる場合、AIはその誤りをそのまま学習し、架空の存在しない結論を導き出す可能性があるからです。これはハルシネーション(幻覚)と呼ばれる現象です。

ハルシネーションが起こる理由は、AIは基本的にLLM(Large Language Models、大規模言語モデル)という仕組みを使っているからです。LLMを詳しく説明しようとするとこの記事だけでは足りなくなってしまうのでかいつまんで話すと、大量のテキストデータを使って文の構造や文脈を学習し、統計的に正しいであろうタスク処理を行うAIモデルがLLMです。ここで重要なのは、これらのモデルは言語処理の訓練に使われたデータが持っている統計的パターンに依存しているということです。

つまり、会話の内容を最新のデータベースで検索をかけてファクトチェックを行ったうえで事実を述べているわけではなく、単語の出現確率を統計的に分析することで、ある単語に対し次に続く確率が高い単語を予測しているに過ぎないのです。

このフレームの外の問いに答えようとすると、自分の知識空間の中で類似しているものから確率的に「そうである可能性が高い」答えを引っ張り出してきてしまうので、存在しない事象についてあたかも事実のように嘘をついてしまうというわけです。

アメリカでは裁判用の書類をChatGPTで生成した結果、裁判所への提出書類が架空の判例だらけであることが判明した珍事件もありましたが、これもこうしたハルシネーションによるものだといえるでしょう。

ChatGPTで資料作成、実在しない判例引用 米国の弁護士 – 日本経済新聞

また、生成AIの進化に伴い、AI自身が存在しないコンテンツを作成してしまうこともあります。なかでも問題とされているのが「デープフェイク」と呼ばれる、動画に登場する人物の顔や表情、声などを別人のものと差し替え、動画内で本人が実際に行なっていない言動をさせて本物のような偽動画などを作る技術です。

たとえば、この動画は2021年2月にTikTokで公開されたものですが、これを見た多くの人が俳優のトム・クルーズがダンスを投稿していると思うことでしょう。しかし実は、本物にしか見えないこの動画は偽物です。声も口の動きも表情も全て、モノマネタレントであるマイルズ・フィッシャー氏が演じているもので、完全なフェイクなのです。

こういった技術はエンタメ分野、とくにCG制作においては、人間以外の生き物をディープフェイクで簡単に生成できるようになり、特殊メイクを施すなどの制作の負担を減らすことができる一方で、悪用されてしまうとたくさんの被害者が生まれてしまいます。実際に存在しない動画を作り上げるのには専門的なソフトと巧みな技術、そして気の遠くなるような作業量が必要でしたが、現在ではAIの発展によって素人では見分けがつかないレベルのディープフェイク動画を手軽に作ることができてしまうのです。

先ほどのアカウントはdeeptomcruiseという名前であり、自身が生成AIによるクリエイターであることを公言しているため、偽物だと断言することができますが、そうでなかったと考えると見分けるのは難しいですよね。

このように、AIは便利で面白い技術である一方で、その情報の正確性は全くといって良いほど保証されておらず、全幅の信頼を置くのは危険であるといえるでしょう。

AIへのブロックチェーン導入が検討されている

AI、すなわち人工知能の発達は著しく、その勢いは留まることを知りません。

総務省の試算によると、「日本のAIシステム市場規模(支出額)は、2022年に3,883億6,700万円(前年比35.5%増)となっており、今後も成長を続け、2027年には1兆1,034億7,700万円まで拡大する」という予測がされています。

しかし、このような大きな進化のフェーズにいるAIですが、システムに全く欠陥がないというわけではありません。むしろ、昨今のAI技術の進展のスピードに法規制やユーザーのリテラシーが追いつかず、重大な問題を引き起こす可能性があります。

AIが今日直面している最も重要な問題の多くは、データに起因するものです。機械学習という側面上、膨大なデータをモデルに分析を行いますが、このデータベース部分に使われている技術は決して目新しいものではありません。

情報セキュリティの観点からビッグデータを独占しているGAFAが批判されているのと同様に、データに依存して機能することが前提となっているAIには必然的にデータベースの脆弱性がつきまとうのです。

こうした流れを受けて、「次世代のデータベースともいえるブロックチェーン技術が、既存のAIの課題解決に役立つのではないか?」という議論が盛んになっています。

ブロックチェーンとは?

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ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種です。その中でもとくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っていました。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません

また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

ブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値と呼ばれる関数によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています。

また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出す行為を「マイニング」といい、最初にマイニングを成功させた人に新しいブロックを追加する権利が与えられます

ブロックチェーンではマイニングなどを通じてノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持つことで、データベースのような管理者を介在せずに、データが共有できる仕組みを構築しています。参加者の立場がフラット(=非中央集権型)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事でも解説しています。

ブロックチェーンがAI業界にもたらすメリット

「プライバシーが侵害される恐れがある」「正しい情報とは限らない」という課題があるとご説明しましたが、とくに後者の課題に対してはブロックチェーンを採用することで解決の糸口が探れるかもしれません。ここからは、ブロックチェーンがAI業界にもたらすメリットについて詳しい解説を加えます。

情報の出どころが追跡できる

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ブロックチェーンがAI業界にもたらす最も顕著なメリットは「情報の出どころを追跡できる」という点です。AIツールをビジネスで活用する場合、自社でルール制定をしてファクトチェックを行う必要がありますが、AIの回答のソースは明らかでない、もしくはカスタマイズしたプロンプトを用意する必要があり、イチイチ裏取りをするのにも手間がかかってしまいます。ルールがあるにも関わらず、うまく機能していないケースも少なくないのではないでしょうか。

一方、ブロックチェーンではその名の通り、データ同士をハッシュで鎖のようにつなぎ合わせながら格納します。したがって、AIが生成したコンテンツがどのような情報をもとにしているのかをブロックチェーン上に記録することで、それぞれのコンテンツがきちんとした真正性が保証されているのかを確認することができるようになります。

情報の出どころをトラッキングできるようになれば、事実確認も大幅に簡略化されて規範的なAI活用が可能になります。AIサービスを提供する企業にとっても、自社の技術がディープフェイクのような人の目で判別するのが難しいようなコンテンツに悪用されるのを防ぐ手段にもなり得るでしょう。

情報の信憑性が確認できない状況が続いてしまうと最悪の場合、法規制によってAIそのものが自由に開発・利用できなくなる可能性もあります。事実、生成AIに対する世間の風当たりが強まっています。NHKが2024年に実施した世論調査によると、生成AIに関する法規制について「規制を強化すべき」が61%、「今のままでよい」が8%という結果となりました。

「生成AI」偽情報と規制 “規制強化すべき”61% NHK世論調査 | NHK

もちろん、新たなテクノロジーに対してある一定のルールを設けることは悪いことではありません。しかし、過剰な安全確保に走ることで、イノベーション確保に難が出てしまう可能性も否定できません。直近の例でいえば、日本国内においてドローンの運用に関する法律や規制が非常に厳しいことが、商業利用における足枷になっています。

ブロックチェーンによってコンテンツの起源を追跡できるようにすることは一見、AI業界に大きなメリットはないように感じてしまいますが、法律によって技術開発がスピードダウンしてしまわないように信頼できる情報源のものであることを証明する術を「安全装置」として備えておくことは、実はとても重要なことなのです。

データが極めて改ざんされにくい

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「データが極めて改ざんされにくい」という点もブロックチェーンがAI業界にもたらすメリットでしょう。AIとビッグデータはお互いを補い合う関係性で成り立っているため、AIによるデータ分析の精度は学習データそのものの精度に大きく影響を受けます。こうした背景から、近年ではAIモデルの学習データに意図的に不正確または有害なデータを混入させることで、モデルの性能や出力を操作する「データポイズニング(Data poisoning)」と呼ばれる被害が発生しています。信頼性を保証するには、手作業でデータを収集してサンプルのクオリティを人間が保証しなければならないですが、大規模データともなると現実的ではありません。

一方のブロックチェーンは「ブロックチェーンとは?」でも見た通り、ハッシュとナンスによって「改ざんが困難なデータ構造」を持っています。この構造により、データの変更履歴がすべて記録され、どのブロックがいつ追加されたかが明確になります。もし誰かがデータを改ざんしようとしても、不正がすぐに検知されます。たとえサービスの提供者であっても不正なデータの書き換えや削除を行うことができないため、親データを汚染してAIの出力を狂わせることはできません。

また、データが改ざんされないということは、AIが生成したコンテンツの唯一性が保証されるということです。本来、デジタルデータは修正が簡単なためにその唯一性を主張することが難しいという問題がありました。しかし、ブロックチェーンをうまく活用することで作成者や作成日時が不変の形で記録できるため、後から誰かがコンテンツを改ざんしたり、他人の作品を自分のものとして主張したりすることが難しくなります。こうしたAIコンテンツの著作権保護にもブロックチェーンの耐改ざん性は活躍するでしょう。

一方でブロックチェーン✕AIにはある課題も‥

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これまで見てきたように、ブロックチェーンはAIの課題を解消するソリューションとしての可能性を秘めています。しかしながら、現在ローンチされているAIサービスでブロックチェーンを使用しているケースは少数といってもいいでしょう。これは一体なぜなのでしょうか?実は、その答えはブロックチェーンの強みとして紹介した耐改ざん性に隠されています。

ブロックチェーンに記録されたデータは、その特性上、一度記録されると基本的に削除や変更が不可能です。これはデータの信頼性や透明性を保証するための大きな利点ですが、AIが生成した非倫理的なコンテンツやプライバシーを侵害したコンテンツがブロックチェーンに記録されてしまった場合には、問題を引き起こす可能性があります。

たとえば、AIが誤って個人情報を含むコンテンツやデマ情報を生成し、それがブロックチェーン上に記録された場合、その情報は永久に残り続けてしまいます。削除する手段がないため、被害を受けた個人や企業にとって重大なリスクとなります。通常のデータベースであれば、誤った情報を修正したり削除したりすることができますが、ブロックチェーンではそのような修正が原則として不可能です。

さらに、非倫理的なコンテンツが広く拡散されることを防ぐための対応が遅れると、社会的に深刻な影響を及ぼす可能性もあります。プライバシーを侵害するデータが一度でもブロックチェーンに記録されると、そのデータの存在を消すことができないため、被害者の権利保護が困難になる恐れがあります

このように、ブロックチェーンの改ざんされにくいという特性は大きな利点である一方で、AIが生成した問題のあるコンテンツが削除できないというリスクも伴います。このポイントを理解したうえで、どこからどこまでをオンチェーン(ブロックチェーンに記録する)で扱うのかを慎重に設計しながら運用する必要があります。

実際にAI×ブロックチェーンが実現している事例

株式会社Final Aim「Final design」

出典: Final Aim

株式会社Final Aimでは、ブロックチェーンを活用したデザイン管理プラットフォーム「Final design」を提供しています。このプラットフォームでは、デザインデータやアイデアの著作権・所有権をブロックチェーン上に記録し、変更履歴やオリジナルの創作日時を明確に管理しています。

製造業におけるデザインデータ/契約書/知的財産権などの重要データは、これまで十分に保護・管理されておらず、権利侵害や盗用といった様々なリスクが付きものでした。また、複数の関係者が関わるデザインプロジェクトでは、誰がいつどのようにデザインを変更したのかを追跡することが困難でした。

しかし「Final design」を用いてこれらのデータを一元管理することで、スマートコントラクトを通じた真正性担保や価値保証ができるようになります。昨今注目されている、生成AIによる新たなデザイン開発においてもリスク解消が可能なプラットフォームとして特許出願も完了しています。

ヤマハ発動機とのコラボレーションにおいてもその有効性が証明されており、「Concept 451」モデルのデザイン検討プロセスでは、各種生成AIを用いて導き出された大量のデザイン案とデザイナーのノウハウを融合することで、権利を保全しながら斬新なデザインを導き出すことに成功しています。

同社によると、今後はデザインと製造業に限らず、図面データが発生する建設業や画像データがつくられるクリエイティブ産業など、様々な分野への応用を目指し、ブロックチェーンを活用した新たなクリエイティブ産業の基盤構築に取り組む予定とのことです。

SingularityNET

出典:SingularityNET

SingularityNETは、ブロックチェーンを活用してAI開発者とユーザーをつなぐ分散型のマーケットプレイスを提供しています。従来、AIアルゴリズムやサービスは中央集権的なプラットフォームで提供されることが多く、開発者は自らの技術がどのように利用されるかを追跡する手段が限られていました。また、AIツールはひとつの社内で閉鎖的に開発されているため、基本的に異なるAIツールをつないで1つのタスクを実行できないことも当たり前でした。

SingularityNETではブロックチェーン上にサービスの利用履歴が不変的に記録され、開発者が自身のサービスがどのように使用されているかを詳細に把握できます。AI開発者は権利保護が強化されたことで、エコシステムでAIサービスの作成から収益化までをスムーズに進めることができ、開発したAIツールを持ち寄り、お互いの良さを引き出したり欠点を補ったりすることも可能になりました。開発者自身もユーザーとして各々が求めるAIサービスを利用できるというのはとてもユニークですよね。

こうしたAIサービスを売買できるAIツールのネットショップのような場所が実現したのは、「世界一表情が豊かな人型AIロボット」と呼ばれる「ソフィア(Sophia)」の生みの親として知られているデビッド・ハンソン博士やAGI(汎用人工知能)開発の権威であるベン・ゲーツェル博士など、錚々たるメンバーが創設に携わっているからでしょう。

同プロジェクトは2024年に、分散型プラットフォームであるFetch.ai、Ocean Protocolらと統合し、「ASI(Artificial Superintelligence)アライアンス」と名付けられた統一暗号資産へと生まれ変わりました。この統合によって、さらなるAI開発の発展が期待されています。

まとめ

本記事では、ブロックチェーンがAIの抱える課題をどのように解決できるか、その可能性について解説しました。AIの成長と共に、プライバシー侵害やデータの信頼性といった問題が顕在化しており、これらの課題は単なる技術的な挑戦を超え、社会的・倫理的な影響を持っています。

ブロックチェーンは、分散型台帳の特性により、データの改ざん防止や、情報の透明性を確保することができ、とくにデータポイズニングやディープフェイクに対して強力な対策となる可能性があります。加えて、著作権保護やコンテンツの真正性の検証にも効果を発揮し、AIが扱うデータの品質を保証する重要な役割を果たすことが期待されています。

バッテリーマネジメントシステム(BMS)とは?リチウムイオン電池の性能向上に欠かせない最新技術を紹介します!

バッテリーは携帯電話や家電などに留まらず、EVなど大型の製品に組み込まれるようになっています。一方で、こうした大容量のバッテリーには安全性や効率性の観点から、バッテリーマネジメントシステム(BMS)による最適化が欠かせなくなっています。バッテリーが私たちが便利な生活を送るうえで欠かせないものであることを踏まえると、絶えず監視をおこなってくれるバッテリーマネジメントシステムは現代社会ではまさに「心臓」ともいえる働きをしているといえるでしょう。

しかし、普段の生活では製品の「裏側」ともいえるバッテリー関連、とくにマネジメントシステムについて触れる機会はほとんどなく、この名称を聞いたことがあるという方のほうが少ないのではないでしょうか?とはいえ、今後ますます重要になってくるであろう本技術について全くの無関心でいるというわけにもいきませんよね。そこで今回は、バッテリーマネジメントシステムの基礎から最新の関連トピックについて解説します。

そもそもリチウムイオン電池とは?

リチウムイオン電池は、「リチウム」という金属を使用した二次電池(充電により繰り返し使える蓄電池)のことです。二次電池の中でも特にエネルギー密度が高く、同じ重量や体積でより多くのエネルギーを蓄えられることからスマートフォン、ノートパソコン、電動工具、そして電気自動車(EV)まで、さまざまなデバイスに使用されています。

リチウムイオン電池、と聞くと一つの電池のことを指すように感じますが、実際にはまず、「セル」と呼ばれる単電池を複数まとめて「モジュール」という集合体にします。そして、このモジュールに保護回路やバッテリーマネジメントシステムを接続し、ケースにパッキングされた状態で初めてリチウムイオン電池となります。

では、リチウムイオン電池の充放電の仕組みを簡単に見てみましょう。

出典:日経ビジネス「イチから分かるリチウムイオン電池」

リチウムイオン電池は、化学的なエネルギーを電気エネルギーに変換することで動作します。内部にはリチウムイオンが移動する電解液と、リチウムを含む遷移金属酸化物から成る正極と炭素材料である負極、そして正極・負極が互いに接触しないように物理的に仕切るセパレータがあります。

充電時には、リチウムイオンが正極から負極に移動し、エネルギーを蓄えます。そして、放電時には逆にリチウムイオンが負極から正極に移動し、その際に発生する電気をデバイスに供給します。このサイクルを繰り返すことで、何度も充電して使えるというのがリチウムイオン電池の特徴です。

しかし、リチウムイオン電池には高いエネルギー密度を持つがゆえのリスクも存在します。バッテリー内部での化学反応が適切に管理されない場合、過充電や過放電が発生し、電池内部の温度が急激に上昇することがあります。これは「熱暴走(サーマルランナウェイ)」と呼ばれる現象で、最悪の場合、発火や爆発といった重大な事故を引き起こす可能性があります。

近年では電気自動車やハイブリッド車などのモーターの駆動に使われる二次電池として、すでにリチウムイオン電池が採用されていますが、長年、自動車向けのバッテリーに鉛蓄電池が用いられてきたのはこのような安全性の側面も大きいです。

したがって、リチウムイオン電池の技術は非常に便利である反面、その潜在的なリスクを管理することが欠かせません。ここからは、そのリチウムイオン電池の安全性と効率性を保つためのキーテクノロジーである「バッテリーマネジメントシステム(BMS)」について詳しく見ていきましょう。

バッテリーマネジメントシステム(BMS)の役割

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バッテリーマネジメントシステム(BMS)は、バッテリの状態を監視・制御し、安全かつ長時間使用できるようにするシステムです。リチウムイオン電池をはじめとする再充電可能なバッテリーにおいて、その性能は使用を重ねるごと(充放電を繰り返すごと)に劣化してしまいます。この劣化スピードを最低限に留め、バッテリーのパフォーマンスを最大限に引き出すために用いられるのがこのシステムです。

BMSの詳細なアルゴリズムやアプローチはシステムによって異なりますが、BMSの役割は、単にバッテリーの寿命を延ばすだけにとどまりません。ここでは、BMSが果たす様々な役割について詳しく見ていきましょう。

限度を超えた充電・放電からバッテリーを守る

バッテリーの性能を最大限に引き出すためには、各セルの電圧範囲を適切に管理することが重要です。リチウムイオン電池は、電圧の変化に非常に繊細です。電圧が高すぎると過充電となり、電池の正極が許容量を上回るほどのリチウムイオンを放出してしまい、電池内の状態が不安定になってしまいます。逆に、電圧が低すぎると過放電となってしまい、電池の負極に用いられている銅箔が溶け出してしまいます

バッテリーの電圧管理を理解するために、バッテリーを大きな池に例えてみましょう。水位が限界まで高まっている池にさらに水が注がれれば、池が決壊してしまいます。これが過充電に相当し、バッテリーセルに余計な負荷がかかり、劣化や発火のリスクが高まっている状態です。

一方、池の水位がゼロに近い状態で水を使おうとしても、もはや水を取り出すことができず、池自体も乾燥して生物が住める環境ではなくなってしまいます。これが過放電の状態であり、バッテリーが機能不全に陥る原因になります。

BMSは、この池の水位を常に安定させるダムのような役割として機能します。過充電と過放電のどちらもバッテリーの劣化を促進させる原因となるため、BMSは各セルの電圧を監視し、電圧が高すぎたり低すぎたりしないよう、適切な範囲内で制御することで、バッテリーの安全性を確保するとともに、最大の性能を引き出します。

ここ数年のEV関連技術の進歩には目を見張るものがありますが、急速充電や高負荷運転時には、より厳格な電圧制御が求められます。BMSはこうした先端技術を安全に消費者に体感してもらううえでも重要な役割を果たしているといえるでしょう。

セルごとの性能バラツキを均一化する

リチウムイオン電池は、前述の通り複数のセルが組み合わされて構成されていますが、各セルの性能にバラツキが生じることは避けられません。これは製造のバラつきに由来する個体差や使用環境のストレス耐性に関する個体差があるためです。EVに搭載されるバッテリーには、バッテリーセルが100〜200個も使用されることがあり、各セルごとの性能のバラツキがバッテリー全体の性能に悪影響を及ぼす可能性もあります。

バケツリレーを想像してみてください。リレーで水を運ぶとき、全員が同じペースで水を渡し続けなければ、どこかで遅れが出てしまいます。同様にバッテリーセルも、全てのセルが同じ性能で動作しないと、バッテリー全体の効率が下がる可能性があります。BMSは、バケツリレーの指示役としてセル間の電圧や温度のバラツキを監視し、バランスをとることでこれを均一化します。

具体的には、バッテリーセルごとの電圧を測定し、最も高い電圧のセルと最も低い電圧のセルの差が一定の範囲内に収まるように調整を行います。この過程を「セルバランシング」と呼びます。セルバランシングには電圧の高いセルを強制放電させて電圧を均等化する「パッシブ方式」と電圧バランスが崩れたセル間で電流をやり取りしてセルの充電状態を均等化させる「アクティブ方式」の2つがあります。エネルギーの保存効率という点ではアクティブ方式が優れていますが、システムのコストと複雑さでは圧倒的にパッシブ方式に軍配が上がります。

こうしたバランシング機能は、バッテリーの使用中だけでなく、充電中や待機中にも行われることがあり、バッテリーの全体的な均一性を保つことで、効率的なエネルギー供給を実現します。バッテリーセルは、微妙な差異が積み重なることで性能が変わりやすく、長期間にわたって使用する中で、劣化の進行度も異なります。このような状況下で、各セルの状態を個別に監視して全体としてのバランスを保つ役割を果たすBMSは、大型化を続ける近年のバッテリー産業において欠かすことができない存在といえるでしょう。

バッテリーで重要なSOH・SOCとは?

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BMSを語るうえで「SOH(State Of Health)」と「SOC(State Of Charge)」という二つの重要な概念への理解が欠かせません。これらの指標は、バッテリーの現在の状態を把握し、その性能や寿命を最大限に引き出すために重要な役割を果たします。ここからはこの2つの指標について簡単に解説します。

SOH(State Of Health)

SOHとは、バッテリーの健康状態を示す指標で、バッテリーの性能や寿命を評価するために使用されます。バッテリーの容量、内部抵抗、サイクル数などのパラメータから総合的に計算され、初期の満充電容量(Ah)を100%としてカウントします。つまり、SOHが50%というバッテリーは、完全に充電を行ったとしても初期と比べるとそもそも半分の容量しか持てない状態になっているということです。

SOHは一般の消費者からするとあまり馴染みのない言葉のように感じますが、実は身近な端末でも確認することができます。たとえば、iPhoneをお使いの方は、「設定」アプリの中から「バッテリー」を選択して「バッテリーの状態と充電(一部機種では「バッテリーの状態」)」という項目を開くことで、iPhoneの最大容量を確認することができます。SOHという言葉こそ使われていないものの、これはSOHと非常に近しい概念です。

バッテリーは使用されるにつれて化学反応の進行により内部の材料が劣化し、容量が徐々に減少していきます。また、内部抵抗の増加もバッテリーの効率に影響を与えます。これらの変化が蓄積されることで、バッテリーのSOHが低下し、最終的には交換が必要となるタイミングが訪れます。BMSは、このSOHをリアルタイムで監視し、ユーザーに劣化の進行状況を知らせるとともに、バッテリーの保護機能を適切に動作させる役割を担っています。

今後、ほとんどすべての製品が電化されていくこと、そしてバッテリーの材料となるいくつかの鉱物が限られた資源であることを考えると、SOHの情報はもはや現代社会において必要不可欠かつ貴重な価値を持つ情報だといえます。

SOC(State Of Charge)

SOC(State Of Charge)は、バッテリーに現在どれだけの電力が残っているかを示す指標です。スマートフォンやPCでは、ツールバーや画面上に表示されていることが多いため、身近な存在かと思います。SOCもパーセンテージで表され、100%が満充電、0%が完全に放電された状態を意味します。ただし、電池を完全に放電させてしまうと構造的に壊れてしまうため、ユーザーに対するSOC表示は電池の正確なSOCであるとは限りません

SOCを正確に把握するためには、バッテリーの電圧や電流、温度など複数の要因を考慮する必要があります。リチウムイオン電池の場合、電圧と容量には相関関係があるため、電圧値から電池の充電状態を推測することができますが、充電時には電圧が高く、放電時には電圧が低くなる(過電圧)ことがあり、単純に電圧を測定するだけでは正確なSOCを推定することは難しいです。

また、SOC推定の際に考慮すべき要因として「メモリ効果」があります。メモリ効果とは、ニッカド電池やニッケル水素電池が前回の充放電サイクルを記憶(=メモリ)しているかのように、再度充放電を行っても初回に放電を中止した付近で少し電圧が低めに推移する現象のことです。リチウムイオン電池では発生しにくいとされていますが、正確なSOC測定を実現するうえでは注意が必要な情報です。

このような様々な要因が絡み合うため、普段私たちが当たり前のように確認している充電残量の測定は、実は技術的には少し難しいことをやっているのです。

バッテリーマネジメントシステム(BMS)普及の障壁

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BMSは、バッテリーの性能と安全性を大幅に向上させる技術ですが、その普及にはいくつかの障壁があります。ここでは、BMSが普及する上での主要な課題について説明します。

測定精度の向上

バッテリーの状態を正確に監視するためには、高い測定精度が不可欠です。内部状態を診断する際に、バッテリーの電圧や温度の測定におけるわずかな誤差が、バッテリーの寿命や安全性に大きな影響を与える可能性があるものの、現在の技術では、特に極端な温度環境や高負荷条件下での測定が難しい状況にあります。これには、バッテリーの特性や外部環境の影響が大きく関係しています。

リチウムイオン電池の電圧は、充電状態だけでなく、温度や電流、さらには経年劣化によっても変化します。このような多様な要因が絡み合うため、単純な数式でこれらの関係を表すことができず、正確な推定には複雑なモデルが必要となります。また、バッテリーの劣化も一様ではなく、使用によって内部抵抗の上昇や容量の低下が進むため、時間とともに推定の精度がさらに難しくなります。

また、外部環境の影響も測定精度を低下させる大きな要因です。たとえば、温度の変化はバッテリーの内部抵抗や開回路電圧に直接影響を与えます。温度が変わると、同じ充電状態でも異なる電圧が測定されることがあり、これを正確に補正するためには温度を精密に測定し、その影響を考慮したモデルを適用する必要があります。

さらに、センサーから得られるデータにも精度を低下させる要因があります。センサーにはノイズが含まれており、このノイズが測定結果に影響を与えることで、推定の精度を落とす原因となります。とくに温度センサーは、環境条件によってノイズが増減しやすく、特に高温環境下ではノイズの影響が顕著になります。

これらの複雑な要因によって、BMSの測定精度は急速には向上していません。技術の進展には時間とリソースが必要であり、その実現にはまだ多くの課題が残されていますが、BMSの精度が高まればバッテリーの性能や安全性が向上するため、新しいセンサー技術やデータ解析のアルゴリズムの研究・開発は日々進められています。

統一された規格が存在しない

バッテリーマネジメントシステム(BMS)の普及において、統一された規格が存在しないことも大きな障壁となっています。この問題は、異なるメーカー間でのバッテリーの互換性を低くしており、システムの設計や開発において多くの課題を生じさせています。

統一規格が存在しない理由はいたって単純で、各バッテリーメーカーが独自の技術を活用してバッテリーセルや制御回路、アルゴリズムを開発しているためです。これにはメーカーが自社製品の差別化を図り、競争優位性を確保しようという意図があります。そのため、業界全体での規格統一が難航しており、長い歴史の中で多様な規格が生まれ、互換性が確保されないまま進展してきたのです。また、国際舞台においても利権を巡ってバッテリーの規格の乱立が目立ちます。

異なるメーカーのバッテリーを組み合わせて使用することが困難になると、システムの設計や開発にかかるコストが増加したり、修理や交換が必要な場合にも煩雑さが増してしまいます。ユーザーにとっても不便さが生じ、市場の拡大も阻害される可能性もあるでしょう。

規格統一の進展は、バッテリーシステムの性能やコスト、信頼性に大きな影響を与え、業界全体の成長を促す鍵となります。将来的には、こうした取り組みが実を結び、より安全で効率的なバッテリーマネジメントシステムの普及が進むことが期待されます。

バッテリーマネジメントシステム(BMS)を進化させる技術も

日本国内においても、BMSの技術が進化しています。特に、BMSの機能を簡素化しつつ、より効率的にバッテリーを管理するための新たな技術が注目されています。これらの技術は、バッテリーの性能を向上させ、さらなる普及を後押しするものとして期待されています。

交流インピーダンス法

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交流インピーダンス法は、正極・負極・電解液のインピーダンス(交流信号を回路に印加したときの電気抵抗)を測定することで、バッテリー状態を推定する手法です。

バッテリーが劣化していくと、電極材料や電解質の変化により内部抵抗が増加することが一般的です。リチウムイオン電池の場合、充放電を繰り返すうちに、電極の表面に不純物が蓄積し、電荷の移動がスムーズでなくなります。この結果、電流が流れる際に電圧降下が大きくなり、電池全体のインピーダンスが増加するのです。

また、直流ではバッテリーの充電が完了すると反応が進まなくなる(インピーダンスが無限大になる)ため、それ以上の電流を流すことができませんが、交流では電流の向きが変わるため、バッテリーの周波数応答を測定・解析することで、リアルタイムかつ分解の必要なく、バッテリー状態を知ることができます。

国内ではヌヴォトン テクノロジージャパン株式会社が交流インピーダンスを用いた半導体による電池残存価値評価技術を開発しています。同社の開発中の次世代バッテリ監視ICでは、半導体チップに交流インピーダンス測定機能を集積し、電池パック状態においても複数セルを同時に診断することが可能です。

交流インピーダンス法は多数のリチウムイオン電池セルのインピーダンスを同時に測定できるうえ、測定したインピーダンス値から電池内部の温度変化を推定もできるため、短時間での正確な残存価値評価を可能にするテクノロジーとして注目を集めています。

矩形波インピーダンス法

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矩形波インピーダンス法も、バッテリーの状態を測定するための技術として知られています。矩形波インピーダンス法も大きく分類すると交流インピーダンス法の一種ですが、この方法では、バッテリーに矩形波信号と呼ばれるパルス状の信号を印加し、その応答を「フーリエ変換」という変換処理を行ったうえで信号を解析するというアプローチを取ります。

矩形波インピーダンス法を用いる最大のメリットはその効率性にあります。一つの矩形波信号を入力するだけで、複数の周波数のインピーダンスが得られるため、何度も何度も色々な周波数を掃引する必要がありません。そのため、他の測定手法と比較すると圧倒的な測定スピードを誇ります。

東陽テクニカの検証によると、インピーダンスの数だけ測定が必要である一般的な交流インピーダンス法では51回の測定が必要だった推定作業が、矩形波インピーダンス法では単一周波数の入力信号のみで交流インピーダンス法と同等の精度で測定が実現する結果となっています。

国内では、EC SENSING株式会社が矩形波インピーダンス法の優先実施権を保有しており、この技術をもとに先進的なBMSを構築中です。

矩形波インピーダンス法では、診断する蓄電池と同一品種の経時劣化データが数多く必要になるという課題もありますが、測定に時間を要する大規模蓄電池の登場やスペースや設置環境の制約によって従来のインピーダンス測定ができない・適さないシーンにおいて広く応用されることが期待されています。

AI BMS

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BMS業界では、AIを活用する動きも見られつつあります。測定精度が向上することによってバッテリーの状態を正確に把握したとしても、実際にそれらの情報を活用し、デバイスを適切に制御しなければ意味はありません。そこで、BMSにAIを組み込むことで、リアルタイムの測定情報を駆使しながらパフォーマンスを最大限に引き出す動きがトレンドとなっています。

実際に、Eatron Technologies社が発表しているバッテリーにはAIが搭載されています。Syntiant社と共同で開発されたこのバッテリーでは、AIがSoC(システム ・オン・チップ)で搭載されているため、複雑なクラウド・インフラストラクチャー不要でデバイス上で直接リアルタイムの分析と挙動管理を実行できます。また、バッテリー容量を10%向上させ、バッテリー寿命を最大25%延ばすことに成功しており、コスト効果の高いAIソリューションとして注目を浴びています。

また、AIによる新たな蓄電池診断アルゴリズムが開発されれば、これまでに紹介した手法の課題も解決されるかもしれません。矩形波インピーダンス法では親データがなければ診断ができないというデメリットを挙げましたが、AIを活用すれば新型のバッテリーが登場した場合でも、すぐに個別のバッテリー評価基準を導くことが可能となります。事前に劣化に関する標準データを取得する必要がなくなれば、矩形波インピーダンス法による蓄電池診断サービスの対応領域がとても幅広くなることは間違いないでしょう。

ワイヤレスBMS(wBMS)

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測定ではなく、バッテリーそのものの製造自体を簡素化しようという取り組みも確認できます。それがワイヤレス・バッテリーマネジメントシステム(wBMS)です。

EVの製造においてコストや所要時間の割合で多くを占めるのが実はバッテリーの搭載です。セル自体のコストも安くはないですが、それを車両に搭載して動作するようにするためには、衝突安全性を担保するフレーム、BMS、バッテリー内のセル間を結ぶケーブルとコネクタなど多くの部品を使用しなければならず、製造においても配線や溶接など多くのプロセスを要します。

wBMSは、BMSにおける各セル監視ICとホストのマイコン間とをワイヤレス・ネットワークで接続する手法です。これにより、ケーブルやコネクタなどの直接材コストを省くとともに、ケーブルの敷設やコネクタの嵌合に要する生産コストの削減を図ることができます。バッテリーの形状によっては、総重量を減らすこともできるはずです。これは製造プロセスにおいても革新的な働きとなります。これまで複雑なバッテリーの配線には人の手が必要でしたが、ワイヤレス化が進めば人間が一切介入することなくバッテリーが生産できるようになるからです。

実際に世界的自動車メーカーのGMでは、2021年末以降に量産を開始する予定の新世代のEVへワイヤレスBMS搭載バッテリーの「Ultium」を採用する決定を下しています。余計なケーブルがないため非常に薄型の造りとなっており、同バッテリーはさまざまな車種に適応できるといいます。また、スポーツカーブランドのLotus Carsにおいても、今後5年以内に出荷が予定されているEVの新たな量産車種に、アナログ・デバイセズのwBMSを採用するという決断を下しました。これにより、バッテリーパックの配線を最大90%、体積を最大15%削減できる見込みです。

セル間の通信やセンサー等は引き続き有線で接続されるものの、バッテリーの製造コストやプロセス・形状に大きな変化を与えるwBMSがEV市場とどのように付き合っていくのか、今後の展開から目が離せません。

ブロックチェーン

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最後に、ブロックチェーン技術もBMS分野で注目を集めていることに触れておきます。ブロックチェーンはデータの改ざんが難しく、高い信頼性を持つデータベースの一種です。現に暗号資産やセキュリティ・トークンなど改ざんが許されない分野で非常に重宝されています。データベースとバッテリーはあまり結びつかないようなイメージですが、実は中古車流通のシーンでこれらの相性の良さが発揮されます。

ご存じの通り、自動車業界ではすでにガソリン車からEV/PHEVへの移行が始まっています。もちろん、何十年後かには中古車市場にそれらの一部は流通することになるでしょう。しかし、ここで問題となるのが中古EVの残存価値評価です。ガソリン車の価値は「車種」「年式」「走行距離」「ダメージ」で決まることが多いですが、EVではこれらに加えて「バッテリー状態」という新たな指標が存在します。

測定精度の向上によって今後、価値が安定していく可能性もありますが、現状では非破壊検査によるバッテリー残存価値診断による査定ではEVのリセールバリューは低く見積もらざるを得ないのが現状です。つまり、消費者も買取業者も、急速充電ばかりを繰り返して劣化しているバッテリーを買いたくないのです。そして、こうした「使い方」まで探る診断というのは簡易的には難しく、中古EVの市場価値はなかなか高い水準には達しません

2024年6月に発表されたiSeeCarsのレポートでも、「過去1年間で中古ガソリン車の平均価格は前年比3~7%下落し、中古EV価格は30~39%下落」していると指摘されており、EVは中古ガソリン車の平均価格よりも速いペースで価値が下がり続けている現状です。

このような状況で、ブロックチェーン技術が活躍します。BMSは、バッテリーユニット内の温度、湿度、圧力、電圧、電流等のデータにアクセスできるため、ここで取得した情報をブロックチェーンに書き出します。チェーン上に記録されたデータは分散的に管理され、買取業者や購入検討者も見られるため、バッテリーの「使い方」まで確認できるという仕組みです。

EVの普及という面では、欧州のみならず隣国の中国にも大きな遅れを取っているといわざるを得ない日本ですが、中古車価格という面では「日本製EV」という世界と戦うだけの武器を携えています。この武器をブロックチェーンと組み合わせることで、右ハンドル車の中古車価値を担保し、世界市場で再び日本の自動車業界が存在感を強めるきっかけにもなるでしょう。

また、バッテリーとブロックチェーンの組み合わせはBMSに限ったことではなく、欧州で法制化されたバッテリーパスポートに関連しては、MOBIをはじめとするモビリティ業界のコンソーシアムまでもが、ブロックチェーンをスタンダードに研究を進めています。こうした背景からも、ブロックチェーンでBMSのデータを扱うというのは、近い将来に国内でも事業化されるかもしれません。

ブロックチェーンをBMSに応用してブラックボックス化されたバッテリーの性能評価を透明性の高い形で管理し、EV中古車市場が活性化する日がやってくるのか。引き続きキャッチアップが欠かせない領域です。

まとめ

本記事ではバッテリーマネジメントシステム(BMS)について解説しました。記事内でも述べた通り、BMSの役割は多岐にわたり、電圧の管理や過充電・過放電の防止、セルごとの性能バラツキの均一化など、バッテリーの最適な性能を引き出すために欠かせないものです。

しかし、測定精度の向上が求められる点や統一規格の整備などの障壁は消して簡単に乗り越えられる壁ではありません。それでも、日本国内外での技術革新は続いており、AIやブロックチェーンなどBMSをさらに進化させる新たなテクノロジーが次々と登場しています。

これらの技術が今後どのように発展し、私たちの生活にどのような影響を与えるのか、引き続き注目していく必要があります。BMSは、今後ますます重要性を増す技術であり、その進化と普及が、より安全で効率的なエネルギー利用を実現する鍵となるでしょう。