基礎から学ぶScope3

現在、脱炭素社会への移行を目指して世界中の政府はもちろん、各国の企業でも、国際基準のGHG(温室効果ガス)プロトコルに則った排出量算定を行っています。同プロトコル内の分類である「Scope」という言葉は、テレビや新聞などで目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

なかでも近年、その重要性が声高に叫ばれているのはScope3という区分です。それは一体なぜなのでしょうか?

今回は「基礎から学ぶScope3」と題して、Scope3の概要とGHG排出量の算定方法について、分かりやすく解説します。企業の経営者はもちろん、CSRに取り組む担当者の方や環境意識の高い投資家の方も、ぜひ参考にしてみてください。

  1. Scope3とは?
  2. Scope3の算定方法
  3. Scope3を算定するメリット
  4. Scope3算定の課題
  5. Scope3が注目されているワケ
  6. Scope3を公表している企業
  7. まとめ

Scope3とは?

サプライチェーン排出量のスコープ図

出典:環境省「サプライチェーン排出量算定をはじめる方へ」

Scope3とは、GHG排出量の国際算定基準である「GHGプロトコル」における区分の一つであり、サプライチェーン排出量のうち、事業者によるGHGの直接排出量であるScope1や他社から供給された電気や熱、蒸気の使用に伴う間接排出量であるScope2を除いたすべての間接排出量のことを指します。

サプライチェーン排出量は、製品の材料調達から製造、在庫管理から消費に至るまでの一連の流れにおいて排出されたGHGのことであり、サプライチェーン全体でのGHG排出量を把握するための指標です。

自社が他社から購入した製品の製造時におけるGHGや、自社の製品を消費者が購入して使用したときに排出されるGHGなどがScope3に分類されるでしょう。

Scope3は以下の15のカテゴリから成り立っており、カテゴリ1〜8までが上流、9〜15までが下流となっています。


Scope3カテゴリ該当する活動(例)
購入した製品・サービス 原材料の調達、パッケージングの外部委託、消耗品の調達
2資本財生産設備の増設(複数年にわたり建設・製造されている場合には、建設・製造が終了した最終年に計上)
3Scope1,2 に含まれない燃料及びエネルギー関連活動調達している燃料の上流工程(採掘、精製等)調達している電力の上流工程(発電に使用する燃料の採掘、精製等)
4輸送、配送(上流) 調達物流、横持物流、出荷物流(自社が荷主)
事業活動から出る廃棄物 廃棄物(有価のものは除く)の自社以外での輸送(※1)、処理
6出張 従業員の出張
7雇用者の通勤従業員の通勤
8リース資産(上流) 自社が賃借しているリース資産の稼働(算定・報告・公表制度では、Scope1,2 に計上するため、該当なしのケースが大半)
9輸送、配送(下流) 出荷輸送(自社が荷主の輸送以降)、倉庫での保管、小売店での販売
10販売した製品の加工 事業者による中間製品の加工
11販売した製品の使用 使用者による製品の使用
12販売した製品の廃棄 使用者による製品の廃棄時の輸送(※2)、処理
13 リース資産(下流)自社が賃貸事業者として所有し、他者に賃貸しているリース資産の稼働
14 フランチャイズ 自社が主宰するフランチャイズの加盟者のScope1,2 に該当する活動
15投資 株式投資、債券投資、プロジェクトファイナンスなどの運用
 その他(任意)従業員や消費者の日常生活

出典:環境省「サプライチェーン排出量算定をはじめる方へ」

これまで重視されてきたScope1やScope2の算定は、自社の製品製造工程やエネルギー調達量から求められるため比較的容易でした。

しかし、自社と関連のある他社にまで対象を広げたScope3については、計算も複雑であり、取引先の協力も不可欠です。算定するにあたってはかなりの労力を要するため、導入はうまく進んでいないのが現状です。

Scope3の算定方法

Scope3を含むGHGの算定にあたっては、下記の2パターンのどちらかの手法によって15のカテゴリごとに計算し、その合計を算定します。

出典:出典:環境省『サプライチェーン排出量算定の考え方』(p.6)より筆者作成

本来であれば、生きたデータである一次データを取得することが望ましいものの、リソースの問題などから現在の実務上の主流は基本式から排出量を算定するパターンとなっています。

活動量とは、温室効果ガス排出に関わる事業活動の規模を示します。図でも示しているように、電気の使用量(kWh)や貨物の輸送量(トンキロ)、廃棄物の処理量(t)などが該当します。

これらを、活動量あたりのCO2排出量である排出原単位に乗じることでGHG排出量を算定することができます。

排出原単位は環境省が運営するグリーン・バリューチェーンプラットフォームから確認することができます。

また、より実態に即した算定方法として、取引先に排出量を実測値で直接計測するよう求め、正確な排出量を算定する方法もあります。

環境省制定のガイドラインとGHGプロトコルでは各Scopeでの算定範囲に一部ゆれがあります。実際の算定にあたっては最新のガイドラインに則って算定をおこなってください。

Scope3を算定するメリット

出典:Unsplash

削減対象が明確になる

Scope3を算定することでサプライチェーン全体のGHG排出量が明らかになるのはもちろんのこと、排出源ごとのGHG排出が把握できるようになります。

したがって、自社の製品サイクルを見直す際に、どこに注力すべきかという削減のターゲットを、より詳細に絞り込むことができます。サプライチェーン上のどこを優先的に削減対象とするかを決めることで、スムーズに脱炭素経営を実現できるでしょう。

また、限られたリソースを効果的に生かした取り組みも可能です。たとえば、梱包や輸送に関わるセクションにおいてGHGを削減することは、不要な包装や無駄な輸送プロセスを改善することです。

つまり、結果として無駄なコストが削減されることでビジネスのコストダウンにもつながります。こうしたリソースの効率化により、企業に様々な副産物をもたらすでしょう。

取引先との関係が深まる

サプライチェーン全体の排出量を算定するには、自社だけで取り組みを完結することは不可能です。取引先と情報交換をしたり、取引先のビジネスモデルをより一層理解しなければなりません。

そうした連携を取ることで、環境負荷を低減するための新たなアプローチの模索や環境に優しいサービスへのブラッシュアップといった、取引先との関係がより親密になるでしょう。こうした動きは、Scope1やScope2の算定では見られないことです。

また、自社単体では実現できないような対策を他社と連携して推進することができるかもしれません。今までは個社ごとの取り組みで個社ごとの成果となっていましたが、サプライチェーンとして団結して取り組むことで業界を横断する施策や、その成果もよりインパクトのあるものとなるはずです。

社会的な信用が向上する

近年、環境や倫理といった非財務情報は消費者のみならず、投資家や取引企業といったステークホルダーからも開示を求められる傾向にあります。

そこで、プレスリリースや株主総会などでサプライチェーン排出量を公表することで、サプライチェーン全体での環境保全活動を定量的に示すことができれば、健全な環境経営に対する社会からの高評価を受けやすくなるでしょう。

ESG投資という目線で見ても、サプライチェーン排出量の開示要請に対応することは資金調達の可能性を広げる重要な取り組みです。「エシカル」がキーワードとなる今後の社会情勢において、Scope3を含んだ質の高い非財務情報を提示できる企業は、様々な面で有利になると思われます。

Scope3算定の課題

出典:Unsplash

コストがかかる

正確なデータを取得するには、人の手による確認ではなくシステム化された計測フローが必要になってきます。昨今の商品は多機能化に伴って非常に複雑な作りになっており部品が様々なルートで持ち込まれます。

数社であれば算定も簡単ですが、たくさんの企業を横断するようなサプライチェーンでは、その排出量を計測するシステムも高額なものになりがちです。したがって、Scope3算定を検討する際には多くのケースにおいてコスト面で頭を悩ませることになるでしょう。

また、GHG排出量の算定にあたっては細かいチェックや地道な事務作業も伴います。時間的コストという視点で見ても、従業員がこれらの作業に手間取られてしまうのはもったいないと言わざるを得ません。

絶対的な正確性が求められる

前述のように、Scope3を含めたGHG排出量を公表することは社会的信用に直結します。エコな企業や製品を選択して消費行動をする消費者がいる以上、その数値は絶対に正しいものでなければなりません。

そのため、悪意がなかったとしても不正確なデータを公表してしまうと、消費者や投資家からは「不正に利益を得ている」といったイメージを持たれてしまいます。

また、要件を満たせない企業がサプライチェーンから外されてしまうのを防ぐために、あるいはGHG削減コストを浮かせるために数字の改ざんを行う可能性もあります。

データを管理する際には、改ざんが難しいような高いセキュリティ要件を満たすデータベースやブロックチェーンなどの分散的なデータ管理を行うデータベースを活用する必要があるでしょう。

カテゴリー11の存在

なかでもとくに厄介なのが、カテゴリー11「販売した製品の使用」、つまり製品が消費者の手に渡って使用されているときに排出されるGHG排出量です。調達や配送であれば、実際の数値に照らし合わせて排出量を算定することができますが、カテゴリー11は生産時にはまだ確定していない「製品の生涯排出量」を考慮しなければなりません。

現在は使用方法等の条件ごとに仮定のシナリオをつくり、計算上の生涯排出量を設定しています。一方で、EVや家電などはユーザーごとに使用頻度や使用時間などに大きな差があり、さらには太陽光発電等の再エネ電力を利用していた場合にはGHGの算定に大きなインパクトを与えてしまいます。

したがって、本来の目的からするとユーザーごとの利用に即したGHG排出量を算定すべきであり、日本国内でも実際にそういった取り組みをスタートしている企業も散見されます。しかし、個別の製品使用データや電力データを取得するにはいくつもの課題があり、Scope3対応が追いついているとはあまりいえない状況が続いています。

Scope3が注目されているワケ

Artisan Partners ne veut pas qu'Emmanuel Faber reste président de Danone.

国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)のエマニュエル・ファベール議長(出典:Les Echos

元々、環境意識の高い企業からはそれなりに認識のあったScope3ですが、最近になって急激に企業からの注目が高まりつつあります。その理由は、気候変動に関する枠組みの世界的基準が統一されたことにあります。

2023年6月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が公表した「サステナビリティ開示基準」では、それまで乱立していたサステナビリティ関連および気候関連開示についてが統一されており、上場企業がサプライチェーンにおけるGHG排出量を算定する際には、Scope3も含めて算定しなければならないと明記されました。

今回発表された開示基準は早ければ2024年度から適用可能で、日本もサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が主体となって24年3月末までの草案公表を目指しています。

したがって、先日の最終確定を受けて日本の上場企業は上述のような課題にイチ早く取り組まねばならず、国内でScope3への関心が高まっているというわけです。

日本の企業では、環境活動において先進的な取り組みには腰が重い企業が一定数存在します。一方、世界経済ではEUがその覇権をますます強めており、産業に関する政策イニシアティブをとるケースもかなり多いです。

実際に、DPP(デジタルプロダクトパスポート)が義務化された際には、多くの国内関連企業が対応に追われました。

Scope3は各企業、もっといえば各製品レベルで算定のシナリオが異なってきます。スケジュールに余裕をもたせず、「義務化されたからやろう」のスピード感で動いている企業は、GHG算定に関して思わぬ苦戦を強いられる可能性もあるため注意が必要でしょう。

Scope3を公表している企業

ダイキン工業株式会社

出典:Enterprise Zine

CO2の排出量が年間3億トンを超えているというダイキン工業株式会社はScope3を含めたGHG排出量を自社のHP上で公表しています。実はそんな莫大なサプライチェーン排出量の99%はScope3カテゴリ11による排出量が占めているそう。そんななかでScope3算定方法の改善にも着手している最中です。

現在のシナリオでは、消費者は一定の温度を超えるとエアコンをつけるだろうという予測のもと全体的に計算をしており、個別の利用状況が反映できていません。そこで、産総研と共同でメガデータを解析することで、精度の高い実態に即したScope3の算定ができないか研究を進めています。

富士通グループ

富士通のロゴ

出典:会社四季報オンライン

富士通グループでは、事業活動のライフサイクルのうちScope3の比率が全体の約9割を占めています。そのため、このカテゴリに関しての排出削減を掲げ取り組んでおり、富士通グループの中期環境目標「製品の使用時消費電力によるCO2排出量を2030年度に2013年度比30%以上削減する」に基づき、第10期環境行動計画も策定しました。

省エネ技術の適用などを通してScope3削減を目指す同グループは、2020年には「スコープ3 排出量算定」を含む環境マネジメントにおいて、国際的な「サプライヤー・エンゲージメント評価(SER)」の最高評価「A」を獲得するなど、精力的な環境活動が光ります。

リコー

出典:バチャナビ

株式会社リコーでもGHG排出の約83%を占めるというScope3内の、原材料調達(カテゴリー1)、輸送(カテゴリー4)、使用(カテゴリー11)を対象に対応を進めています。

とくに2023年度からはカテゴリー4の輸送において、GLEC(Global Logistics Emissions Council)フレームワーク認証と呼ばれる多国籍企業とそのサプライヤーに特化した物流排出量計算のガイドラインに準拠した可視化ツールを、北・中・南米の各地域にも導入。これにより、GHG排出量を適切に把握することができるようになります。

まとめ

今回はScope3について、概要から企業事例まで解説を行いました。

「製品生産時のGHG排出量を報告して終わり」の時代はいまや過去のものになっています。消費者の製品使用にも企業が責任を持ち、正確なScope3算定に向けての企業努力が欠かせません。製品の使用データの取得・活用は今後、製品開発以外の用途として重要な価値を持ってくるでしょう。

自社のサプライチェーンを見直し、GHG排出量の可視化・削減に向けて、ぜひScope3対応に取り組んでみてはいかがでしょうか。

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