太陽光発電のPPAモデルとは?仕組みやメリットを解説!

太陽光発電の導入を検討する際、初期費用やメンテナンス費用がかからないPPA(Power Purchase Agreement)モデルが注目されています。特に企業においては、自家消費のエネルギーを再生可能エネルギーにシフトしたいというニーズが高まっているため、今後ますますビジネスシーンでの普及が予想されています。

そこで本記事では、PPAモデルの仕組みや、そのメリット・デメリット、さらにはどのような種類があるのかを詳しく解説していきます。ではまず、PPAモデルとは何かについて説明していきましょう。

PPAモデルとは?

出典:太陽光設置お任せ隊

PPA(Power Purchase Agreement:電力販売契約)モデルとは、需要家がPPA事業者(太陽光発電の事業者)と契約して太陽光発電システムを初期費用ゼロで設置し、発電した電力を自家消費するのではなく、PPA事業者に対して使用した電気量の代金を支払うモデルです。企業が小売電気事業者や発電事業者と長期契約を締結し、再エネ電力を購入できる仕組みとして活用されており、「コーポレートPPA」の名称で呼ばれることも多いです。

また、第三者が保有する太陽光発電システムを通じて発電された電力を契約によって購入する仕組みであるため、「第三者保有モデル:Third Party Ownership(TPO)」とも呼ばれています。

この説明だけ聞くと、「自分の土地に太陽光を設置したのに電気代は発生し続けるの?」という疑問が浮かぶかと思います。しかし、PPAモデルで太陽光発電設備を導入した企業には初期費用や保守メンテナンスなどの維持費はかかりません。そればかりか、再生可能エネルギーの利用することで様々なメリットもあります。

ここからは、こうしたPPAモデルのメリットについてさらに詳しく見ていくことで理解を深めていきましょう。

PPAモデルのメリット

PPAモデルの主なメリットは、下記の4つです。

  • 初期費用・メンテナンス費用を抑えられる
  • 電気代の負担を減らせる
  • CO2排出量の削減になる
  • 契約期間が満了した際に設備が譲渡される

順番に解説していきます。

初期費用・メンテナンス費用を抑えられる

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PPAモデルの最大のメリットは、初期費用やメンテナンス費用を抑えられることです。事業用の太陽光発電設備を導入する場合、規模によって費用相場には幅があるものの、小規模なものでも数百万円以上かかることも珍しくありません。また、太陽光パネルの強度についてはJIS規格で厳格な条件が定められていますが、雹や冠水などによって故障するケースもあり、高額の投資を行ううえでは不安もあります。

一方、PPAモデルでは先に説明してきたように、発電システムの設置やメンテナンスはPPA事業者が行います。当然、その際の費用もPPA事業者が負担するため、契約者はシステム運用にかかるコストや天災によるリスクを避けることができます。したがって、資金に余裕がない企業であっても銀行から融資を受けることなく、高額の産業用の太陽光発電システムを導入できます。

さらに、運用コストが発生しないことは会計上のメリットももたらします。たとえば、PPAモデルで設置した太陽光発電システムは資産計上の必要がありません。電気代の支払先が電力会社からPPA事業者に変わるだけに過ぎないため、事業の財務諸表から切り離して処理することができ、再生可能エネルギーを調達しながらバランスシートの改善にも期待できるというわけです。

こうした費用面でのメリットは、企業がPPAを検討する最大の理由になっています。

電気代の負担を減らせる

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PPAモデルを採用することで、電気代の負担を軽減できることも大きなメリットの一つです。通常、電力会社から供給される電気には再エネ賦課金や、電力市場における価格変動リスクが含まれています。とくに、電力会社が買い取っている再エネ由来の電力について、電気を使用するすべての消費者が電気料金と一緒に負担している再エネ賦課金は、以下のように近年、負担が増加傾向にあります。

年度買い取り単価
2018年度2.90円/kWh
2019年度2.95円/kWh
2020年度2.98円/kWh
2021年度3.36円/kWh
2022年度3.45円/kWh
2023年度1.40円/kWh
2024年度3.49円/kWh

その点、PPAモデルでは再エネを自家発自家消費したとみなされるため、再エネ賦課金が課されません(後述するオフサイトPPAモデルでは再エネ賦課金が発生します)。長期的に発生するコストを削減できるという点は企業にとって非常に大きなポイントです。

また、電力市場では需要や供給状況、国際的な燃料価格の影響を受けて電気料金が変動しますが、PPAモデルでは、一般的に電気料金は固定単価であり、電力会社の電気料金のように変動しません。契約時に決められた価格で電力が供給されるため、仮に市場価格が急騰しても、PPA事業者との契約価格は変動せず、電力コストが予想外に膨らむリスクを回避できるでしょう。

このように、初期費用・メンテナンス費用に加えて月々の電気料金に関しても、PPAモデルには導入するだけの利点があるといえます。

CO2排出量の削減になる

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PPAモデルは、企業のCO2排出量削減にも大きな影響を与えます。太陽光発電によって生成される電力は、化石燃料に依存しないため、CO2の排出がほぼありません。そのため、企業は直接的に自らのCO2排出量を減少させることが可能です。

また、PPAモデルを通じて導入される太陽光発電システムは、LCA(ライフサイクルアセスメント)の観点からも環境に優れています。LCAは製品やシステムが製造から廃棄されるまでの環境負荷を評価する手法で、太陽光発電はその運用期間中に発生するCO2排出量が極めて低いため、一般的な発電システムと比較しても環境に与える影響が少ないとされています。

現在、多くの企業では持続可能な発展を目指して環境負荷を削減する取り組みが求められています。特に、国際社会の潮流である「RE100」を目標に掲げる企業は、自らの事業活動におけるエネルギー消費を100%再生可能エネルギーに転換することが急務となっています。

「RE100」に加盟すれば、環境問題への意識の高さを消費者に示せるだけでなく、SDGs達成への貢献やCSR活動といった脱炭素経営・環境経営に取り組む企業が選ばれる「ESG投資」を呼び込みやすくなる面もあるため、こうした点は環境経営を進める企業にとって大きなメリットとなるでしょう。

契約期間が満了した際に設備が譲渡される

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PPAモデルでは第三者が太陽光発電システムの所有権を持っていると説明しましたが、多くのPPA契約では、契約期間の満了後に発電システムが需要家に譲渡されることになっています。この仕組みを利用することで、契約終了後には設備が無償または低価格で手に入り、それ以降は完全に自社の資産として活用することが可能になります。

契約期間中はPPA事業者のメンテナンスによってコンディションが十分に維持されているため、譲渡後も一定の発電能力を有しており、それ以降の運用については自家消費として発電される電力を無料で使用できるため、電力コストのさらなる削減にも期待できます。

このように、契約終了後も企業のエネルギー自給率を高め、持続可能な事業運営を続けていくための基盤を築くことができるという点もPPAモデルならではの特徴だといえます。

PPAモデルのデメリット

前述の通り、コストを抑えて再エネ移行を進めていきたい企業にとっては良いことずくめに見えるPPAですが、どのようなシステムにもメリットと同時にデメリットが存在し、PPAモデルも例外ではありません。

PPAモデルの主なデメリットは、下記の4つです。

  • 長期契約が必要
  • 自己所有型よりも月々の節約額が少ない
  • 設置場所に制約がある

順番に解説していきます。

長期契約が必要

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契約形態はPPA事業者によっても異なりますが、10年以上の長期契約を結ぶことが一般的です。しかし、これだけの期間ともなると、契約期間中に発電技術が大きく進展する可能性もあります。たとえば、太陽光発電システムの発電効率が大幅に向上したり、他の再エネ技術が普及することで、現在の契約が割高になる恐れもあります。そうした場合でも、毎月固定の価格で電力を継続購入しなければならないため、電力購入の費用やシステムの譲渡条件などに細心の注意が必要です。

さらに、契約期間中に解約する場合にはほとんどのケースで違約金が発生することになります。発電設備が自社の敷地にあるとしても、その所有権は別のところにあるため、勝手に移動や撤去ができないことに注意が必要です。導入企業においては自社物件の取り壊しや移転など自社の展望についてもある程度、計算に入れて置かなければならないでしょう。

自己所有型よりも月々の節約額が少ない

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PPAモデルは低リスクではありますが、その分、自己所有型と比較した場合、月々の節約額が少なくなります。自己所有型の太陽光発電システムを導入した場合、発電した電力を自社で直接利用することができ、余剰電力は電力会社に売電することが可能です。これにより、電力使用にかかるコストを大幅に削減できるだけでなく、売電によって収益を得ることもできます。

一方、PPAモデルでは、発電した電力をPPA事業者から購入する形式となります。契約時に設定された固定料金で電力を購入するため、自己所有型と比較すると、電力コスト削減のメリットは相対的に少なくなります。また、契約期間中は売電による収入もありません。つまり、PPAモデルを選択することで、コストや運用リスクを抑えることができるものの、自己所有型と比べて長期的な運用における節約効果は限定的なものとなっています。

設置場所に制約がある

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PPAモデルの利用には、設置場所に関する制約が存在する点もデメリットになり得ます。特に、オンサイトPPA(詳しくは後述)では契約者の施設や敷地内に発電設備を設置する必要があるため、適切なスペースが確保できない場合は導入が難しくなります。具体的に以下のような条件では、PPA事業者が期待する発電効率に達せず、契約が難航するケースがあります。

  • 屋根のスペースが狭い
  • 日射量が不十分である
  • 積雪や強風などの被害が予見できる
  • 既存の建築規制に抵触する
  • 安全性が確保できない
  • メンテナンスの負担が大きい

このような制約がある場合、PPAモデルを採用するためには別の設置場所や設置方法を模索しなければなりませんが、それにはさらに追加のコストや時間がかかる可能性があるという点には十分留意する必要があります。

PPAモデルの種類とは?

PPAモデルのメリット・デメリットを把握したところで、今度はPPA自体の仕組みについて見ていくことで、よりイメージの解像度を高めていきましょう。

コーポレートPPAには、大きく分けて「オンサイトPPA」と「オフサイトPPA」の2種類が存在します。どちらも再エネ電力を調達する「コーポレートPPA」の一種ですが、発電システムを構築する範囲によって区別されており、それぞれ特徴が異なります。詳しく解説します。

オンサイトPPA

出典:企業省エネ・CO2削減の教科書

オンサイトPPAとは、PPA事業者が需要家の敷地内に発電設備を設置して電気を提供する仕組みです。今までの説明を聞いて、大半の方がイメージしたのはこちらのモデルかと思います。国内でのPPA導入が本格化した当初の主流モデルで、自社敷地内に発電所を設置する十分なスペースがあれば費用をかけずに太陽光発電設備を導入でき、メリットでも簡単に触れましたが、再エネ賦課金の徴収対象外となるのは通常の送電線を使わずに電力を供給するオンサイトPPAだけです。小売電気事業者の送配電網の使用料である「託送料金」もかかりません

こうした点から、一時は企業から大きな注目を集めたオンサイトPPAでしたが、世界的な脱炭素化社会に向けて企業の再エネ電力への期待とニーズは高まる一方で、前述したような設置場所の制約が大きな障壁となり、積極的な導入ができたのは一部の企業に限られてしまいました。そこで、設備規模に制限のない敷地外に発電設備を建設することでこの課題を解決したオフサイトPPAが求められるようになったのです。

オフサイトPPA

オフサイトPPAは、需要家が発電システムを自身の敷地外に設置した上で、PPA事業者が電気や環境価値などを提供する仕組みです。地理的な制約を受けにくく、敷地内に発電システムを置くスペースが十分に確保できない企業でもPPAモデルを導入できるという利点があります。

オンサイトPPAでは設置された設備を直接利用する方法しかありませんが、オフサイトPPAにはさらに「フィジカルPPA」と「バーチャルPPA」という2つの主要な形式が存在します。これらは契約方法や電力取引の仕組みにおいて異なる特性を持っています。

出典:みずほフィナンシャルグループ

フィジカルPPA

フィジカルPPAは、企業と発電事業者が直接的な電力供給契約を結び、遠隔地に設置した太陽光発電設備で発電した電気を送電網を介して実際に需要家に届ける形態です。「実際の物理的(=フィジカル)な電力供給がある」という点がポイントです。言葉で定義すると小難しいですが、私たちの住む一般住宅への電力も、各発電所で発電した電気が小売電気事業者の送電網を通って供給されている(再エネ由来ではなく火力発電由来がほとんどですが)ので、契約先がPPA事業者に変わっただけと簡単にイメージしてもらえば問題ないです。

フィジカルPPAは、オンサイト同様、企業は一定量の電力を安定して得ることができ、再生可能エネルギーの利用比率を向上させることが可能です。特に、大企業においては消費するエネルギー量も一般家庭とは比にならないほど莫大なものになるため、自社保有地の発電だけでは限界があります。オンサイトPPAでは発電用に提供可能な敷地面積が小さい場合、発電量が限られてしまい、多くの再エネ電力を調達できない可能性がありますが、フィジカルPPAは自身が保有する土地の敷地面積にとらわれないため、発電量を増やしやすい面があります。実際にRE100の加盟企業などではフィジカルPPAを活用した取り組みも少なくなく、徐々にその割合が拡大しています。

一方、フィジカルPPAにはデメリットも存在します。送電インフラの整備や送電ロス、託送料金(送電費用)なども気になるポイントですが、最大のデメリットは現在の電力契約を継続できない点です。というのも、使用電力量が多い場合やコストの観点から、フィジカルPPA単体では不足している供給量については、エリアの小売電気事業者からの供給により賄う必要があります。しかし、PPA契約を結んだ上で従来の小売電気事業者との契約を見直す場合、割高な料金を請求されたり、そもそも契約を拒否されるケースがあるのです。

これには、公正取引委員会と経済産業省も「適正な電力取引についての指針」の中で、小売電気事業者に対して部分供給の要請を受けた場合には不当に取り扱わないように求めているものの、現状では強制力があるものではありません。それどころか、新たに導入が検討されている「分割供給」というルールでは、大手電力会社に課せられていた負荷追随供給の義務(新電力の要請に応じる義務)が撤廃されており、新規でフィジカルPPAを導入する企業では電力の供給不足に陥る可能性があります。

こうした課題を受け、さらに柔軟にPPAを導入することできるモデルが登場しています。それがバーチャルPPAです。

バーチャルPPA

出典:Whole Energy

バーチャルPPAは、需要家が物理的な電力供給ではなく、再エネが持つ環境価値だけを取引します。CO2の排出権を取引するカーボンクレジットのようなものだと考えると良いでしょう。電力と環境価値をセットで購入するフィジカルPPAと異なり、バーチャルPPAでは電力の供給自体は現在の小売電気事業者から継続して供給を受ける仕組みのため、電力の供給不足に陥る可能性はありません。

直接電力を供給されるわけではありませんが、その電力が再エネ由来であることを保証する「非化石証書」や「グリーン証書」などを取得することができ、自社の環境貢献を示すことが目的であれば、バーチャルPPAは最も導入ハードルが低いPPAであるといえるでしょう。

一方で、バーチャルPPAでは市場価格とあらかじめ合意したPPA契約の差額を支払う差金決済の仕組みが取り入れられています。たとえば、固定価格が市場価格よりも低いが場合、発電事業者は差額に発電量を乗じた金額を需要家から受け取り、逆に市場価格が固定価格より高い価格は発電事業者は差額に発電量を乗じた金額を需要家に支払う必要があります。

ここで問題となるのが、コストの問題と会計の問題です。上述の通り、市場価格とPPA契約の差金が補填されるのが特徴のバーチャルPPAですが、市場価格が長期に渡って下落した場合、需要家から毎月、発電事業者に対する補填を行わなければならず、需要家にとってはメリットの無い契約となる恐れがあります。

また、バーチャルPPAはあらかじめ取り決めた金額で電力の購入を予約するという仕組みのため、商品先物取引法上の「店頭商品デリバティブ取引(商先法第2条第14項)」にあたるのではないかという議論もあります。デリバティブ契約に該当すると見なされると、取引内容の定期的な報告や企業会計処理上の整理が必要となるケースもあります。したがって、導入に際しては徹底したリーガルチェックの必要があります。

このように、一口にPPAと言っても、その中にはいくつかの種類があります。それぞれのメリット・デメリットを計算しながら自社への導入を検討する必要があるでしょう。

他の太陽光発電システム導入との違いとは?

出典:Shutterstock

最後に、他の太陽光発電システム導入形式との違いについても見ていきましょう。太陽光発電システムを導入する場合、PPAモデル以外にも「自己所有型」や「リース型」などの選択肢があります。それぞれの導入方法は、所有形態や費用の負担方法、メンテナンスにかかる手間などが異なり、企業や個人のニーズに応じて選ばれています。ここでは、自己所有型とリース型について解説します。

自己所有型

自己所有型は、導入者が太陽光発電システムを自ら購入し、設置・運用を完全に管理する方法です。このモデルでは、設備の購入費用や設置費用をすべて自社で負担することになるため、初期費用が非常に高額になる点が最大の特徴です。企業や個人にとって、この一括の設備投資は大きな負担となる可能性がありますが、その分発電された電力のすべてを自家消費でき、余剰電力は売電収入として得られるというメリットもあります。つまり、初期コストを投資と捉え、長期的な収益を前提とした導入となります。

PPAモデルと比較すると、自己所有型は発電設備が自社の資産となるため、発電量や運用方法を自由にコントロールし、余剰電力を電力会社に売電して収入を得られるという魅力があります。しかし、その一方で、設備の維持やメンテナンス、故障時の修理はすべて自己負担となります。天候による影響や経年劣化を考慮すると、予期せぬ修理費用が発生する可能性があり、このリスクも併せて考慮する必要があります。

また、太陽光発電システムは会計上、資産として計上されるため、企業のバランスシートに影響を与えます。これは設備の耐用年数に応じた減価償却費を毎年計上する必要があり、キャッシュフローに対する負担となります。これに対してPPAモデルでは設備を第三者が所有し、メンテナンスも事業者が行うため、財務的な負担が軽減されるという違いがあります。

このように、自己所有型は長期的な収益を重視する企業や個人に向いていますが、PPAモデルにおいては一定期間経過後に設備が譲渡される(自己所有型に移行する)ケースもあるため、PPAモデルで安価に導入して期間が終了するまで待つ、というのも一手かもしれません。自己所有型にも補助金や税制優遇などの恩恵はあるので、自社の置かれた環境を整理し、どちらが優位になるかを判断すると良いでしょう。

リース型

リース型の太陽光発電システムは、PPAモデルと自己所有型の中間に位置する導入方法です。このモデルでは、太陽光発電システムをリース会社から借りる形で導入し、月々のリース料金を支払うことによって設備を利用します。従来の車やコピー機でおなじみのシステムですね。

この方式の主なメリットは、初期費用がかからない点と、月々のリース料金を経費として計上できるという点にあります。企業にとっては、リース費用が一定額であるため、電気の使用料に応じて支払額が変動するPPAモデルよりも簡易的で予算管理がしやすく、財務計画の安定性が確保される利点があります。さらに、太陽光発電のリース契約は車やコピー機と異なり、契約期間を終えるとシステムの所有権が契約者に移るというオプションも一般的です。

また、リース型のもう一つの魅力は、契約期間中に発電した電気を自家消費しながら、余剰電力を電力会社に売電することが可能な点です。これは自己所有型と同様の仕組みで、発電した電気を活用して余剰電力による売電収入を得ることができるため、電気代削減の効果が期待できます。特に、企業が日中の業務に多くの電力を消費する場合、リース型によって自家発電による電力を有効活用でき、売電によってさらにコストを抑えることができます。

しかし、リース型にはいくつかの注意点もあります。リース料金は毎月固定されていると説明しましたが、リース型は月々の支出が予測しやすい一方で、電気使用パターンによっては導入前の電気代よりも支出が増えるリスクがあります。特に、リース型では日中の電力消費量が比較的少ない家庭や企業では、売電収入よりもリース料金と発電しない時間帯に使う電気代(夜間に電力会社から購入する電気代など)のほうが大きくなってしまうため、導入前の検討が欠かせません。この点が、リース型とPPAモデルとの大きな違いといえるでしょう。

主な項目で今までの3モデルを比較すると以下の通りです。

PPAモデル自己所有型リース型
所有形態PPA事業者が所有自社所有リース業者が所有
初期費用不要必要不要
利用料不要不要必要(リース料)
メンテナンスPPA事業者自社リース業者
余剰電力の売電収入なしありあり
自家消費分の電気料金有料無料無料
資産計上不要必要必要

まとめ

これまで見てきたように、PPAモデルの導入は、再生可能エネルギーの普及を促進し、CO2排出量の削減に大きく寄与します。気候変動対策の一環としても、持続可能な社会の実現に向けた重要な取り組みであるといえますね。

一方で、企業にとっては、PPAモデルを活用することで再生可能エネルギーの導入を進めるとともに、ESG投資の観点からも高い評価を得られる環境経営を実現できます。電力の安定確保を通じて、BCP(事業継続計画)の一環としてリスクマネジメントの強化にもつなげることができ、持続可能な運営を行う上でPPAの存在は無視できません。

環境への配慮と経済的メリットを兼ね備えたPPAモデルは、現代のエネルギー問題に対する解決策として企業も個人も積極的に検討する価値があるでしょう。今後の動向にも注目です。

「マイニング」の仕組みとは?ブロックチェーン・暗号資産(ビットコイン)の基礎知識を解説!

ビットコインの高騰に伴って暗号資産の話題がニュース等で扱われることも珍しくなくなってきた昨今ですが、暗号資産を語るうえで避けては通れない「マイニング」と呼ばれる行為はどのようなものかご存じでしょうか?ビットコインに興味がある方のなかには、「聞いたことはあるけど、どういう仕組みかはわからない」という方もいるでしょう。

そこで今回は暗号資産に触れるにあたって最も基礎的な知識のひとつ、「マイニング」について解説していきます。マイニングの意味だけでなく、仕組みやメリットやデメリットについてもご紹介するので是非参考にしてください。

マイニング=暗号資産の採掘

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「マイニング」という言葉は本来、「採掘」を意味する言葉で、金や石炭などの鉱石を掘り起こすことをいいます。そこから転じて、暗号資産の世界においては「ブロックチェーン上で新しい取引データを検証・承認することにより、その一連の作業に対する報酬として暗号資産を得ること」を意味するようになったのです。

暗号資産に馴染みがない方からすると、「今度はブロックチェーンってなんだ?」「データを承認するとはどういうこと?」と新たな疑問が出てくるはずです。そこでマイニングについて解説する前に、まずは基幹技術であるブロックチェーンの仕組みについて見ていきましょう。

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。その定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種であり、とくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。そんなブロックチェーンは、「ハッシュ値」と「ナンス」と呼ばれる仕組みによって成り立っています。

ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。

ブロックチェーンでは、コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出す行為(=マイニング)によって、取引情報をチェックして承認するというアルゴリズムをとっており、最初にマイニングを成功させた人に新しいブロックを追加する権利とともにインセンティブである暗号資産が与えられます

このように、早い者勝ちでデータの検証・承認作業を行う様子を、金脈をいちはやく当てた人間が莫大な富を手にする採掘に例えて「マイニング」という名前がつけられたというわけです。

なおマイニングは、すべてのブロックチェーンで必要とされる仕組みではなく、主にコンセンサスアルゴリズムに「プルーフ・オブ・ワーク(PoW)」を採用している、ビットコインやライトコインなどのブロックチェーンで必要とされる仕組みです。コンセンサスアルゴリズムに「プルーフ・オブ・ステーク(PoS)」を採用しているイーサリアムでは、別途「ステーキング」という仕組みにより、取引のデータを検証してブロックに保存しているという点には注意が必要です。

なぜマイニングが必要なの?

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暗号資産にはなぜマイニングが必要なのでしょうか?その答えは「分散性」に隠されています。ここからは、発行に関する暗号資産と現金の違いに注目することで、マイニングの必要性について学んでいきましょう。

中央集権型である現金の場合

私たちにとって最も身近な法定通貨、つまりいわゆる「現金」は、中央銀行などの発行元で管理されています。日本円における紙幣の発行は日本銀行が行っており、印刷する枚数は政府が管理しています。同様に世界中の多くの国では、現金の発行量は国や政府などの中央機関が管理しています。

この仕組みの中では、通貨の信頼性を保つために政府が信用の源泉となり、万が一経済的な問題が発生した場合でも、中央銀行が市場に介入して通貨供給を調整することで価値を保とうとします。つまり、現金の信用は「中央機関がその価値を保証する」という中央集権的な枠組みに基づいているのです。したがって、発行元である中央機関は通貨の偽造や信用の低下を防ぐために、厳密な管理・監視を行っています。

また、現金に関する中央集権型の管理システムは、発行だけでなく送金といったお金のやり取りの場合も同様です。たとえば、手元の現金を誰かに送りたいとき、現金そのものを郵送するのではなく、銀行ATMを利用して送金するはずです。このATMも、銀行という中央機関が管理している「中央集権型」の送金システムです。金額、宛先、時刻といった取引履歴は全て、ATMを運用する銀行のサーバーで一元管理をされています。

分散型である暗号資産の場合

一方、暗号資産はシステムの中央管理者がおらず、コインの発行は全てプログラムによって自動で行われています。ドルや日本円などの通貨は「国」によって価値が保証されて存在していますが、暗号資産には特定の国家による価値保証はありません(一部の国で暗号資産を法定通貨としているケースもありますが、ここでは割愛します)。

先述したハッシュとナンス、そしてマイニングによってデータを承認制にすることで、後からデータを改ざんされないようにすることで、物理的に資産そのものの価値を保っているのです。「現金においても偽札が存在するように、データを書き換えることは可能なのでは?」と思う方もいるかも知れませんが、ブロックチェーン上のデータを書き換えるのは簡単なことではありません。

新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、技術的にも、そしてコスト的にも現実的ではありません。

さらに、マイニングは報酬として暗号資産が与えられるため、ブロックチェーン上の情報を書き換えるだけの計算能力があるマイナーは、不正行為をせずともそもそもマイニングによって正当に利益を上げることができます。そのため、分散型の暗号資産は中央機関が存在しないにもかかわらず信頼できる通貨として機能しています。

このように、マイニングは単に新しい通貨を発行するだけでなく、分散型ネットワークにおいて「信用」を構築し維持するために不可欠なプロセスとなっているのです。

なぜ価値が安定しているの?

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マイニングによって新たな暗号資産が発行されるにもかかわらず、なぜその価値は安定しているのでしょうか?これには、暗号資産の発行量の制限や、需要と供給のバランスが大きく関わっています。

マイニングによって、暗号資産の発行量は増えていきますが、実は総発行量はあらかじめ決められています。たとえば、ビットコインの場合、最終的に発行される枚数は2140年までに2100万枚と限定されています。この上限があることで、マイニングによって新たなコインが発行されるペースは徐々に遅くなり、価値が徐々に生まれていくのです。

これはまさに金の希少価値が生まれている仕組みと一緒です。地球上に残る未採掘の金の埋蔵量は残り約5万トン前後とされていますが、これはオリンピックの競技用プールに換算すると約1杯分しか残されていません。だからこそ、金は高値で取引されているのです。人工的に生成することができない金と同様に、ビットコインに発行上限を設けることで供給過剰が防がれ、希少性が保たれるために価値の安定性が維持されやすいという仕組みになっています。

また、従来の法定通貨とは異なり、暗号資産はインフレリスクが少ないという点も、価値が安定する理由の一つです。法定通貨は、経済状況に応じて中央銀行が通貨供給量を増減することがありますが、これが過度になるとインフレーションが発生し、通貨価値が低下することがあります。対して、ビットコインにはマイニングの難易度も時間とともに調整される仕組みがあり、急激な供給増加が発生しないようにしています。こうしたシステム的な工夫によって暗号資産のインフレリスクが管理され、価値の暴落を防いでいます。

マイニングには種類がある!?クラウドを活用した新たなマイニングも登場

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株式投資を始める場合、株を一株単位で購入するだけではなく、大きなリターンを狙って企業ごと買収しようとする人もいます。同様に、暗号資産が価値を上げると予想されるとき、ただその暗号資産を買うのではなく、その生成過程に参加する「マイニング」に注目する人もいます。これはまさに、企業全体を買うことでより長期的な利益を狙う手法に似ています。では、私たちがマイニングを行うにはどのような方法があるのでしょうか?

従来のマイニングの方法は、一人で処理する「ソロマイニング」と複数人で処理する「プールマイニング」が代表的でした。しかし、近年ではサービスの運営会社に資金を提供することでその配当を受け取る「クラウドマイニング」という方法が注目されています。ここでは、それぞれのマイニングの種類について見ていきます。

ソロマイニング

ソロマイニングは、文字通り個人でマイニングを行う方法です。全ての計算処理を自分のコンピュータで行い、成功すれば全ての報酬を受け取ることができます。他の方法と比べると、一回のマイニングにおける利益は大きくなりますが、非常に高い計算能力が必要であるうえに競争も激しいため、個人で成功するのは難しくなってきています。

ソロマイニングは膨大な資源を投じる必要があるものの、報酬が高い分リスクも大きい方法です。高速に演算する必要があるため、高額なGPUボードやASICと呼ばれる専用チップが必要となり、さらには電気代などのコストも加味すると、大規模な設備投資を行って工場全体を所有するような感覚に近いでしょう。

それでもなお、高性能のコンピューターを多数投資してマイニングを進める企業には個人が勝つのは難しい、というのが現状です。

プールマイニング

上述の理由により、ソロマイニングよりも現在主流となっているのがプールマイニングという方法です。これは、複数のマイナーが力を合わせて一つのプールを作り、計算処理を共同で行うという仕組みです。

マイニングのための演算能力を参加者同士で協力して引き上げられるため、安定して少額の報酬を得ることが可能です。自分が失敗しても、チームメンバーの誰かが成功すればそれぞれ個人の仕事量に合わせて報酬を受け取れるため、マイニングの敷居も低くなっているといえるでしょう。

一方で、報酬は貢献度に応じて分配されるため、個人で全ての報酬を得ることはできません。割高なコストを払って手軽にマイニングを行う仕組み、と考えてもらえばよいでしょう。

クラウドマイニング

このような状況を受け、より「手軽さ」を追求して生まれたのがクラウドマイニングです。クラウドマイニングは、自分で専用のマイニング機器を持たずにマイニングを行っている企業に出資して、その企業から報酬の分配を得るという方法です。

マイニング会社が代わりに計算処理を行ってくれるため、他のマイニング方法に比べるとマイニング機器への初期投資コストが低く、技術的な知識も必要ないため、初心者にとって非常に魅力的なマイニング手法となっています。企業に投資してその収益からリターンを得るという観点では、株主になる感覚に近いものでしょうか。

一方で、マイニングをする企業が倒産した場合、元本は回収できない可能性が高いです。それだけならまだしも、そもそもマイニング企業がダミー会社だった場合、資金の持ち逃げという被害に遭うリスクや、自身のパソコンの処理能力とアクセス権を他者に提供することによるセキュリティ上のリスクも考えられます。したがって、契約内容の確認や与信調査を十分に行うことが必要になります。

マイニングは稼ぎにくくなっている?

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ビットコインや他の暗号資産をマイニングすることで利益を得ることが可能ですが、年々その道のりは険しくなっています。ここでは、なぜマイニングが以前よりも稼ぎにくくなっているのか、4つの要因に分けて詳しく解説します。

半減期によってマイニング報酬が減ってきている

ビットコインのマイニング報酬は、一定のブロックが生成されるごとに半減します。これは、暗号資産が市場流通量を調整しにくい代わりに、インフレを防ぐために一定周期ごとに新規発行量が半分に減る仕組み(=半減期)を備えているからです。半減期は通常はおよそ4年ごとに発生します。

最初のビットコインマイニングでは1ブロックあたり50BTCが報酬として支払われていましたが、2012年の初めての半減期で25BTCに、そして最新の半減期である2024年には3.125BTCにまで減少しています。

半減期が進むごとにマイニング報酬は減り続け、次の半減期が来るたびにマイナーは同じ計算力を投じても得られる報酬が少なくなります。今後も報酬の下落は避けられないと予測されるため、暗号資産自体の価値が安定している銘柄で今から大量に稼ぐ、というのはあまり現実的とはいえないでしょう。

暗号資産自体の価格が変動しやすい

価値が安定しているとはいっても法定通貨と比べると暗号資産の価格は変動しやすく、それによってマイニングの利益も大きく左右されてしまいます。以下は、2023年9月~2024年9月までのBTC/USDの価格動向です。

出典:Tradingview

ビットコイン2024年3月に7万3000ドル(約1022万円、1ドル140円換算)という史上最高値を記録したことは記憶に新しいと思いますが、この短期間でさえ、その価格は大きく変化していることがわかるかと思います。

右肩上がりのグラフだけ見てしまうとこの価格変動の大きさ(ボラティリティ)はデメリットのように感じないかもしれませんが、これだけ極端に値上がりをするということはその逆もまた然りです。暗号資産が暴落する理由は様々ですが、過去には大手暗号資産取引所の倒産や各国での法規制、大手企業におけるBTC決済中止など、アンコントローラブルな要因によって価値が下落したことがあります。

こうした暗号資産そのものの下落はマイニング報酬にも大きな影響を与えます。たとえば、ビットコインが1BTCあたり100万円のときに1BTCをマイニングした場合、マイニング報酬の3BTC(正確には3.125BTCですが)は300万円の価値を持ちますが、もし1BTCあたり50万円に下落した場合、同じ3BTCの報酬でもその価値は150万円となり、期待していた利益が大きく減少してしまいます。

このように、暗号資産の価格変動は、マイナーにとって大きなリスク要因です。本格的にマイニングに参加するのであれば、慎重な計画と価格予測が必要となります。

マイニングの難易度が上昇している

マイニングの難化も稼ぎにくくなったといわれる所以の一つです。マイニングの難易度(ディフィカルティー)は、ネットワーク全体の採掘速度(ハッシュレート)に基づいて自動的に調整されます。たとえば、ビットコインにおけるブロックチェーンのブロック生成は、平均すると10分に1度行われるように14日(2週間)に一度、調整されます。調整前までの平均生成時間が10分よりも多ければ難易度が下がり、10分よりも少なければ、難易度が上がるという仕組みにより、マイニングが成功するまでの時間が一定に保たれます。

しかし、多くの場合、マイニングの難易度は上昇する一方です。なぜなら、マイニングを行う機械の性能は常に進化し続けているうえ、暗号資産の人気が高まるにつれて、ネットワークに参加するマイナーの数も増え続けているからです。そして前述のように、マイニングには高額な初期コストが伴うケースも多いため、簡単には市場撤退という選択肢は取りません。結果として、難易度も右肩上がりに急激に上昇し続けるというわけです。

以下は、2015年以降のビットコインの採掘難易度を示したチャートです。

出典:coinwarz

このように見ると、ビットコインが誕生した当初と比較すると、現在のマイニングがいかに難しくなっているのかがわかるかと思います。こうしたマイニング難易度の上昇は、マイニング事業者のコストを大幅に増加させ、利益を減少させます。もはや個人でマイニングを成功させるのは、至難の業ともいえるでしょう。地表に近い金は、すでに掘り尽くしてしまったのです。

電気代が高騰している

今まで紹介してきた3つの理由が、これまでの主なマイニングで稼ぎにくくなっている要因でした。しかし近年、暗号資産の仕組み以外の要因によってマイニングのコストパフォーマンスが悪化しています。それが、電気代の高騰です。

2024年現在、世界的なインフレやロシアによるウクライナ侵略は、エネルギー価格の急激な上昇をもたらしています。天然ガスや石炭などの燃料価格の上昇は、電気料金の上昇という形で、一般の需要家にも影響をもたらしており、大量の電力を消費するマイニングにおいて、電気代の高騰はマイニングコストの増加という結果をもたらしています

また、マイニング以外にも、地球温暖化によって通年の平均気温が上がっている状況では、マシンの性能を安定させるために冷房の稼働も必要になっています。なかには、電気代の安い国や気温の低い場所に拠点を移すマイナーもいるほどです。こうした、様々な電気利用によってマイナーの収益が減少傾向にあるということも新たなマイニングのトレンドです。

とくに日本のような世界的に電気代が高い国では、マイニングを持続的に行うことが難しくなっており、特定の地域にマイニングプールが集中する事態となっています。

まとめ

本記事では、暗号資産分野における「マイニング」について解説しました。暗号資産分野は「非中央集権型」で、コインを管理・発行する特定の組織が存在しないため、マイニングによってそれらが法定通貨で担ってきた役割を補っていることがおわかりいただけたかと思います。

資産形成の中の選択肢としても人気を博している暗号資産ですが、こうした裏側の仕組みをきちんと理解することで金融領域においてどのようにブロックチェーンが活用されているかを整理することもできるでしょう。

また、実際にマイニングに参加したい人は、ビットコイン以外の暗号資産を狙ってみるのも一手です。ビットコインのマイニングに個人で参入することは難しくなっていますが、クラウドマイニングを活用したり、暗号資産の種類を厳選することで、ビットコインよりも低い競争率でマイニングに参加できる可能性があります。このような場合でも、ボラティリティやディフィカルティについてよく調べ、コストとマイニング報酬の中長期的なバランスを考慮して取り組むと良いでしょう。

【必見】ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)とは?メリットやデメリット、最新の事例を紹介!

現在、日本では国の根幹産業である農業において、耕作放棄地の増加や農業従事者の減少が問題となっています。これらの課題に歯止めをかけなければ、日本の食料自給率が低下するだけでなく、農業の持続可能性も困難となることが予測されています。しかし、従来の農業支援策や補助金制度といった解決策には限界があり、効率的な生産体制の構築や次世代の担い手不足といった問題点も指摘されています。結果として、いまだに有効なソリューションの登場が待たれる状況です。

こうした状況下で近年、エネルギー問題との合わせ技で解決を図る仕組みが注目を浴びています。それが、「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)」です。今回の記事では話題のソーラーシェアリングについて、そのメリットやデメリットから実際の導入事例まで、詳しくご紹介していきます。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)とは?

ソーラーシェアリングとは、農地の上に太陽光発電設備を設置し、農業と太陽光発電を同時に行う技術です。農業用地を活用する太陽光発電には、大きく分けて「農地転用型」と「営農型」の2つのタイプがあります。前者は農地を他の用途に完全に変えて太陽光発電を行うケースです。これは農地としての役割を停止させるため、地方の耕作放棄地などでは有効な解決策とされていますが、一方で農地の本来の目的である食料生産の価値を無視しており、食料自給率の低下要因となりえます。

そこで、農作物を育てながら発電を同時に行う営農型であるソーラーシェアリングが誕生しました。この仕組みでは農地に支柱等を立て、その上部に設置した太陽光パネルを使って発電を行うため、農地としての利用価値を維持しながらエネルギー供給の面でも貢献することが可能です。その名の通り、農作物と太陽光パネルで太陽の日差しを「シェア」しているため、土地とエネルギー源を無駄なく活用できる技術として脚光を浴びています。

余談ではありますが、このソーラーシェアリングは日本発祥の技術です。CHO技術研究所代表の長島彬氏が植物の光飽和点に着目して開発したこの発明は、2008年に特許を取得し、その後、一般に無償公開されたことで国内に普及するようになりました。現在では、世界的な注目の的となっており、韓国や台湾といった地理的条件が似通っているアジアに加え、再生可能エネルギーの利用が進んでいるヨーロッパにおいても普及が進みつつあります。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)の導入状況は?

営農型太陽光発電は、2013年に農林水産省が許可基準を緩和したことで、全国的に導入が進みました。現在では、導入件数が年々右肩上がりに増加しており、とくに地方の耕作放棄地や過疎地において活用されるケースが多くなっています。

出典:営農型太陽光発電について(農林水産省)

農林水産省のデータによれば、2013年度に100件程度であったソーラーシェアリングのための農地転用許可件数は、2021年には合計4,349件にまで増えています。新規許可数についても増加傾向にあり、たった数年後の2021年には851件と8倍以上の伸びを見せています。

こうしたデータを見ても、今後さらにソーラーシェアリングを取り入れる農地は拡大していくと予想されます。企業や地方自治体だけでなく、民間の小規模農家の参入も期待され、耕作放棄地を活用した地域の農業活性化とエネルギー自給率向上に向けてソーラーシェアリングを導入する動きが加速していくことでしょう。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)が注目されている理由

ソーラーシェアリングが注目を集めている理由は、多岐にわたります。ここでは、ソーラーシェアリングが注目される背景について、日本のエネルギー事情と規制緩和の動きを中心に解説します。

日本のエネルギー事情

出典:shutterstock

日本は一人あたりの電力消費量は主要国の中でも非常に高い国ではありますが、元々はエネルギー資源に乏しく、その多くを輸入に依存しています。とくに東日本大震災以降、原子力発電所の稼働停止や再生可能エネルギーの重要性が再認識され、太陽光発電をはじめとするクリーンエネルギーへのシフトが求められるようになったものの、太陽光発電をするうえでは四季の存在(日照時間が短くなる)狭い国土という2つの課題があり、安定したエネルギー生産に課題を抱えていました。

こうしたエネルギーの需要と供給が一致していない状況で、農地などの既存のインフラを活用し、エネルギー問題と農業の再生という二つの大きな課題を同時に解決できる可能性があるソーラーシェアリングが注目を集めているというのはもはや当然の帰結です。

さらに国にとっても推進していきたい理由があります。それは地域住民が主体となって太陽光発電が行える点です。前述の通り、政府として太陽光発電の普及は喫緊の課題であり、FIT(固定価格買取)制度の構築や補助金制度の制定を行ってきました。しかし、金銭的なデメリットから思うように一般家庭への太陽光発電はうまく普及せず、資金に余裕のある企業によるメガソーラー(大規模太陽光発電)建設は、森林伐採や景観への悪影響から地域住民による反対運動が起きるなど、様々な軋轢が生じてきました。

その点、ソーラーシェアリングであれば、新たに山を切り開いてメガソーラーを作らずともすでに農地として活用されている土地や休耕地を有効活用し、小規模の発電施設を作ることができます。限られた土地しかない日本だからこそ、地域住民が納得し、個人が主体となってエネルギー生産に携われるこの仕組みには大きな期待が寄せられているのではないでしょうか。

普及促進に向けた規制緩和

出典:shutterstock

ソーラーシェアリングの普及に向けていくつかの重要な規制緩和が進められていることも注目の背景にあります。たとえば、従来の農地転用制度では、農地を太陽光発電に利用するための一時転用期間は最大で3年とされていましたが、この期間では太陽光発電設備の長期運用が難しく、事業者が安定的に収益を上げるにはもっと長期的な視点での計画が必要でした。しかし、2018年に農地転用許可の一時期間が最大で10年に延長されると、事業者はより長期的な投資が可能になり、安定した運用を計画することができるようになりました。10年という期間は、太陽光発電設備の寿命や償却期間に照らしても、設備の維持・管理にかかるコストを賄いやすい期間であり、太陽光発電事業への参入障壁を引き下げる形となっています。

また、ソーラーシェアリングにおいては、農業生産量の維持も一つの課題となっています。これまで、ソーラーシェアリングによって農地を活用する場合、「周囲の平均収穫量の8割を維持すること」が導入の条件となっていました。しかし、2024年3月に内閣府が開催した「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」では、この要件が一部の荒廃農地で撤廃されました。

これは、農地の効率的な利用ができているかどうかで判断される仕組みへの移行を意味しており、荒廃農地を活用した再エネ事業のハードルが大幅に下がります。再生困難な青地を迅速に非農地と判断することで、転用許可や農用地区域からの除外手続きも円滑化され、より多くの農地がソーラーシェアリングに適用されていくでしょう。

FIT制度の改正

出典:shutterstock

ソーラーシェアリングを取り巻く環境において、FIT(固定価格買取制度)の改正もまた重要な転換点を迎えています。FIT制度は、再生可能エネルギーを普及させるために国が設定した価格で電力を買い取る仕組みであり、太陽光発電の導入を促進するために2012年に導入されました。しかし、2020年度の法改正によって認定基準に地域活用要件が設定されたことで、これまで発電した電力の全量売電が可能だった低圧太陽光発電所は、「発電した電力の30%を自家消費すること」が義務付けられました

一方で、ソーラーシェアリングにおいては発電容量に関係なく全量売電が引き続き認められており、農業との併用が可能である点から、とくに休耕地や荒廃農地を活用した発電プロジェクトにおいては、安定した収入源としての期待が高まっています。こうした法改正もソーラーシェアリングの追い風となっており、農業の再生と地域のエネルギー自給率向上という二つの重要課題を同時に解決する手段としてますます注目を集めています。

さらに、FITに加えて市場価格に連動したプレミアム(補助額)が支払われるFIP(市場連動型価格買取制度)の導入によって電力市場での完全自由競争が強化された結果、発電効率の向上やコスト削減がますます重要になっています。発電事業者間で市場競争が激化すれば、発電効率の向上やコスト削減に向けてより効率的なソーラーシェアリングの技術開発の必要性が出てきます。このような観点からも今後、効率的な発電と地域のエネルギー自給率を高めるための道筋として、ソーラーシェアリングが重要なソリューションと位置付けられていくことは間違いないでしょう。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)のメリット

これまで紹介してきたように注目を集めているソーラーシェアリングですが、導入することで具体的にはどのようなメリットがあるのでしょうか。細かいメリットは多々ありますが、ソーラーシェアリングの主なメリットは、下記の3つです。

  • 売電により安定収入が期待できる
  • エネルギー問題の解決につながる
  • 耕作放棄地を有効活用できる

順番に解説していきます。

売電により安定収入が期待できる

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ソーラーシェアリングを導入することで、農業の収入に加えて太陽光発電による安定した売電収入を得ることが可能です。農業の仕事について調べると「農家は重労働の割に儲からない」「収入が不安定」という意見を目にすることがあります。これは農作物が気候の影響を受けやすく、収穫時期による収入の上下動があることが原因の一つでしょう。

そんなイメージを大きく変えてくれるのがソーラーシェアリングです。前述したように、現在の日本ではFITやFIPといった売電制度が存在し、一定期間は電力を買い取ってもらえる保証があるため、農業単独では得られない収入源が期待できます。農閑期でも常に売電収入を得られるため、農家として安定した生活を送れる可能性が高まります。これはとくに、小規模な農家にとっては季節や市場価格の変動に左右されやすい農業経営のリスクを軽減する手段として有効です。

農業で稼げるとなれば、仕事として魅力的に感じる若者の増加や離農者の減少、あるいは農業ビジネスそのものの変革も期待できるでしょう。こうした「農業との両立」はソーラーシェアリングならではのメリットといえます。

エネルギー問題の解決につながる

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ソーラーシェアリングは農業への貢献にとどまりません。栽培作物の光合成によるCO2の吸収に加え、太陽光発電によるCO2削減の両立を実現することで、持続可能なエネルギー供給に貢献します。「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)が注目されている理由」でも説明した通り、日本はエネルギー自給率が低いため、世界情勢の変動や供給元の影響を受けやすい状況です。

ソーラーシェアリングによる電力供給が進んでいけば、国内でのエネルギー自給率も向上し、エネルギー安全保障の強化にもつながります。とある試算によれば、日本の農地の10%で営農型太陽光発電を導入できれば日本国内で必要な電力を賄えるという見立てもあります。

このように、ソーラーシェアリングは単に電力を生み出すだけでなく、持続可能な社会を築くための重要な要素であり、農業との共存を通じて、地域のエネルギー自給率の向上を図ることができるという点も大きなメリットです。太陽光発電の分散型エネルギーとしての特性から、各地域での電力供給が安定し、災害時の電力確保にも貢献できるでしょう。

耕作放棄地を有効活用できる

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近年、日本全国で増加している耕作放棄地の問題も、ソーラーシェアリングが解決策の一つとして注目されています。耕作放棄地とは、農作業が放棄された土地で、特に山間部や過疎地域では急速に拡大しています。これらの土地は荒れ果てることで地域の景観や生態系に悪影響を及ぼし、さらに農地として再利用するためのコストも増大する懸念があります。

農林水産省の統計によると、令和4年時点の荒廃農地面積は、約26.0万ヘクタールとされていますが、ソーラーシェアリングの設備は、条件さえ合えばこうした荒廃農地にも設置可能です。ソーラーシェアリングを活用してこれらの耕作放棄地に新たな命を吹き込むことで、農業の再開や他の用途への転用が難しい土地でもエネルギー生産という形で経済的価値を生み出します。さらに、農業を行いながら発電も行えるため、地域の農業活性化に寄与すると同時に、土地の有効利用も促進されます。

とくに日本のような土地資源が限られた国において、耕作放棄地の活用は非常に重要な課題です。ソーラーシェアリングは、この課題に対する現実的かつ持続可能なソリューションを提供する点で大きな意義を持っています。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)のデメリット

新規導入数が増えつつあるソーラーシェアリングですが、まだまだ身近な存在とはいえない状態です。設置数が急増しない理由は、ソーラーシェアリング自体の知名度が低いことに加え、主に下記のようなデメリットが存在するからです。

  • 設備への初期投資が高額である
  • 事業継続性の確保に苦労する
  • 栽培する作物が限定される

順番に解説していきます。

設備への初期投資が高額である

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ソーラーシェアリングを導入する際の大きなハードルの一つが、初期投資の高さです。通常の太陽光発電設備の設置にも高額な資金が必要ですが、ソーラーシェアリングでは、特殊な環境に太陽光パネルを設置する仕様上、設置費用がさらに割高になります。これは多くの農家にとっては大きな負担であり、とくに中小規模の農家にとっては、この初期投資をどう賄うかが課題となるでしょう。

また、発電設備の設置後も、経済的な回収までには時間がかかります。たとえFITやFIP制度を利用して売電収入を得られたとしても、設備費用やメンテナンス費用を差し引くと、十分な利益を得るまでには数年から十数年の期間が必要です。そのため、短期的な収益を期待してソーラーシェアリングを導入するのは難しいといえます。

こうした初期コストとその後の事業採算性をしっかりとシミュレーションした上で、補助金制度やリース契約といった初期投資を抑える工夫をしながらいかに事業採算性を確保していくかが今後の課題となるでしょう。

事業継続性の確保に苦労する

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長期的な事業継続性の確保もまた、ソーラーシェアリングの課題の一つです。ソーラーシェアリングのための農地転用許可が一定の条件を満たせば最大で10年まで延長されたとはいっても、設備の設置に必要な融資の返済期間はおよそ20年です。このギャップを埋めるためには、10年後の更新手続きを確実に行い、事業を長期にわたって維持する体制が求められます。

また、それらの許可が降りたとしても、農作物の生産性については毎年報告する義務があります。仮に生産性が低下し、農業としての基準を満たさないと判断された場合、発電事業の継続は難しくなり、設備の撤去を迫られるリスクがあります。そのため、農業の成果を安定的に維持することは、発電事業の存続にも直結しています。

さらに、不測の事態への備えも自己責任で行わなければなりません。太陽光パネル自体も定期的なメンテナンスが必要であり、故障時には迅速な対応が求められます。政策変更や災害による農作業の停止によって不安定になる可能性もあるため、こうした運用上の手間やコストが重なり、両立させることが難しくなる場合もあります。

このように、ソーラーシェアリングを成功させるためには、農業・発電の両方を長期的に見据え、さまざまなリスクに対処する計画を事前に立てておく必要があり、導入における大きな課題の一つとなっています。

栽培する作物が限定される

出典:shutterstock

ソーラーシェアリングでは、太陽光パネルが農地の上空に設置されるため、農作物が受ける日光の量が減少することになります。そのため、光を多く必要とする作物の栽培には適さないことがある点もデメリットです。実際、太陽光パネルの影響を受けやすい作物では、成長が遅くなったり、収穫量が減少する可能性があります。

適切な日照量を確保するために、パネルの配置や角度を調整するなどの工夫が必要ですが、すべての作物に適した条件を提供できるわけではありません。したがって、主に日陰・半日陰を好む陰性植物や直射日光を1日3~4時間しか必要としない半陰性植物が栽培されることになるでしょう。

実際、農林水産省が発表した資料によると、栽培されている作物には大きな偏りがあることが伺えます。

出典:農林水産省

栽培する作物の選択肢が限定され、ソーラーシェアリングのために栽培作物を変更する必要もあり、なかにはそれまで培ってきた農家としてのノウハウが生かせないというケースもあるでしょう。ソーラーシェアリングは持続可能な農業とエネルギー生産を両立する可能性を秘めているものの、導入に慎重となる農家の心情も窺い知れます。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)の導入事例

ここまではソーラーシェアリングの特徴や背景について解説してきました。ソーラーシェアリングは前述した点から将来性についても高い評価を受けており、国内においては民間の農家だけではなく、様々な企業が参入して社会課題の解決に取り組んでいます。技術そのものの理解が進んだところで、今度は個別の事例についてもチェックしていきましょう。

キグナス石油株式会社

出典:キグナス石油

キグナス石油株式会社は、栃木県の下野市および矢板市で、営農型太陽光発電所の建設を進めています。

2024年6月に発表された同社のプレスリリースによると、このプロジェクトは低炭素・循環型社会に向けた取り組みとして農地の上に太陽光パネルを設置し、農業と発電を両立させるソーラーシェアリングの手法を採用しています。これにより、地域のエネルギー供給の多様化と農業の持続可能性を強化することが目指されています。

プロジェクトの主要な特徴は、地元農家との連携にあります。農地を有効活用し、作物に必要な日照量を確保しながら、余剰のエネルギーを地域社会に供給することで、地域循環型経済に貢献しています。また、再生可能エネルギーの活用を通じて、二酸化炭素排出量の削減にも寄与し、環境負荷を軽減する役割も果たしています。

発電された電力は、東京都世田谷区に本社を置く株式会社UPDATERが展開する「みんな電力」を通じて供給され、「顔の見える電力」として消費者に届けられます。再生可能エネルギーの普及を促進しつつ、農業経営のサポートも行うことで、地域経済の活性化や持続可能な社会の構築にも貢献していくでしょう。

同社は本プロジェクトを通じ、再生可能エネルギーの導入拡大と農業経営の支援を行い、持続可能な社会の構築に貢献していく方針とのことです。

株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック

出典:水戸ホーリーホック

J2リーグの水戸ホーリーホックは、クラブ創立30周年の節目に、茨城県城里町でソーラーシェアリング事業を開始しました。この取り組みは、2000平方メートルの耕作放棄地に太陽光パネルを設置し、その下で大豆を栽培するものです。地域の再生可能エネルギー導入と農業の活性化を目的として、農業と発電を両立させる画期的なプロジェクトです。

このプロジェクトでは、藤棚式と垂直式を組み合わせたハイブリッド型ソーラーシェアリングを採用しており、発電した電力の一部を自家消費して残りは電力小売業者を通じて地域に供給されます。さらに、収穫された大豆を加工し、特産品として「大豆珈琲」を販売する計画です。この有機農業を活用したソーラーシェアリングは、農業の持続可能性を高めるだけでなく、地域経済の活性化にも貢献することが期待されています。

また、今回のプロジェクトと連動する形で、事業をコンセプトとした緑と青がベースのユニフォーム「2024 3rd UNIFORM」もお披露目され、ホームゲーム3試合で選手たちに着用されました。

出典:PR TIMES

同クラブでは、過去にもJリーグ全体が取り組んでいる「Jリーグ気候アクション」に賛同し、クラブとしても地域と連携したGX(グリーントランスフォーメーション)事業に積極的に参画してきました。今後も、これまでの農業事業「GRASS ROOTS FARM」で培ったノウハウを活かした取り組みに期待が高まります。

SBIホールディングス株式会社

出典:SBI Royal Securities

SBIホールディングス株式会社は、岩手県紫波町で行っているソーラーシェアリングを通じ、日本酒「縁禮(えんれい)」の製造に取り組んでいます。このプロジェクトは、太陽光発電と農業を組み合わせることにより、地域の持続可能な発展を目指した取り組みです。

この日本酒は、ソーラーシェアリングによって栽培された酒米「ぎんおとめ」を使用しており、岩手県独自の酵母「ジョバンニの調べ」と共に、伝統的な手法を守る地元の酒蔵「月の輪酒蔵店」で醸造されています。また、製造過程では、ワイナリーから譲り受けた赤ワイン樽で半年間熟成させるというユニークな方法を採用しており、ほのかに桜色を帯びた特有の風味が特徴です。

「縁禮」という名称には、人々とのつながりや地域との縁を大切にするという意味が込められており、さらにエネルギーと農業の調和を象徴しています。ソーラーシェアリングの導入により、耕作放棄地の再利用を図ると同時に、再生可能エネルギーによる発電も行われており、CO2排出の削減や環境負荷の低減にも貢献しています。

このプロジェクトで得られた売上や発電収益の一部は地域農家への支援や環境保全活動に充てられており、地域全体の活性化にもつながるモデルケースとなっています。

株式会社クボタ

出典:クボタ

株式会社クボタは2024年3月、栃木県および茨城県を中心に、ソーラーシェアリングを活用した新たな農業モデルに挑戦しました。同社は、太陽光発電の設置と農地活用を両立させることで、脱炭素化の推進と農業振興の同時達成を目指しています。

この事業は、ソーラーシェアリングの実績を持つ株式会社グリーンウィンドとの協力によって実現。耕作放棄地が増加している栃木県や茨城県の農地に総面積約20ヘクタールにおよぶソーラーシェアリングの設備を設置し、年間約570万kWhの電力を発電する予定です。この電力は、同社の筑波工場へ全量供給され、使用電力の約9%を再生可能エネルギーに置き換えることで、年間約2,600トンのCO2削減が見込まれるそうです。

また、ソーラーシェアリングの下ではグリーンウィンドが米や小麦、大豆などの作物を栽培し、学校給食向けに販売するほか、レストランや加工食品製造の食材としても活用されます。遮光率30%の太陽光パネルを採用することで、多様な農作物の栽培が可能となっており、収量や品質の向上を目指した取り組みが行われています。

同社では、今後もソーラーシェアリングの普及拡大を図りながら、農業生産の効率化や電力供給スキームの最適化に取り組む予定です。また、農地における電動トラクターなどへの電力供給や、地域社会への電力提供といった新たな持続可能な農業の実現にも注力していく方針となっています。

まとめ

今回は、ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)についてご紹介しました。農業と発電が同時に行えるとして政府も注目しつつあるこの仕組みは、耕作放棄地の有効活用や農家の収益改善に加えて、再生可能エネルギーの拡大に貢献できる点が非常に魅力的です。

企業ごとの事例でも見たように、太陽光発電で得た電力は自社工場や地域社会への供給に役立てられ、CO2の削減とエネルギーの自給自足にも寄与しています。さらに、栽培された農作物は地元の食産業や学校給食などに提供され、地域経済の活性化にも貢献しています。

一方で、導入コストや基準の問題などによって現状の導入数はまだまだ多いとはいえません。しかし、近年導入のための基準が緩和されつつあり、また、補助金の種類やプランの組み方に幅が出てきたことでこれらの課題も徐々に解消されていくことが予想されます。

今後は、ソーラーシェアリング自体の技術進歩や運用ノウハウの蓄積により、より多くの地域や企業がこの仕組みを導入し、環境と経済の両立を実現する動きが加速するでしょう。

ブロックチェーンがAIの課題を解決する!?分散型台帳が秘める可能性とは?

少し前までは映画や漫画の世界の話だったAIも、いまや子供でも使いこなせるようなツールになるなど、かなり身近な存在へとなりました。また、ビジネスシーンではOpenAI社のChatGPTが、Officeソフトのように各社員が当たり前に使用するツールへと変貌を遂げました。一方で、「AIによって提供された情報をどう扱うか」「その情報は正しいのか」「情報源はどこなのか」など、これまでには表面化しにくかった様々な問題に悩まされる企業もあるようです。

本記事では、そんなAIが抱える課題について見ていくとともに、ブロックチェーンがAIにもたらすメリットや事例をご紹介します。ブロックチェーン技術とAIを組み合わせると、一体どんなことが可能になるのでしょうか?まずはAIとブロックチェーン、それぞれがどのような進化を遂げているかを確認していきましょう。

AIとは?

「AI」とは「Artificial Intelligence」の略語で、日本語に訳すと「人工知能」です。厳密な定義があるわけではありませんが、一般的にはその名の通り、機械が人間の知的な能力を模倣し、学習・推論・問題解決などのタスクを実行できる技術やシステムのことを指します。

AIの誕生は、1956年に開催されたダートマス会議に遡ります。この会議において初めて、人間のように考える機械が「人工知能」と名付けられました。当時はスマートフォンもパソコンもない時代でしたが、「人間の知能を作る」という発想はたちまち科学者の間で広まることとなり、AI研究が活発化することになります。

以降、AIは3つのフェーズに分けて研究が進んでいきます。

出典:zero to one

第1次AIブーム(1950年代)

最初のAIブームは1950年代に起こりました。この時期の研究は、初期のAI研究者たちが概念的なフレームワークを構築し、人間の思考を模倣するコンピュータープログラムを開発するというものでした。

コンピューターを使った論理的な推論自体は実現したものの、基本的には予め特定の問題を解決するための知識をプログラミングする手法をとっていたため、パズルや明確なルールがあるゲーム(トイプロブレム)などには強い一方で、ルールが不明確で複雑な問題を苦手としていました

こうしたアルゴリズムの限界などから期待されたほどの成果が得られず、AIへの関心が下火となりました。

第2次AIブーム(1980年代)

技術の進展が見られず、苦しい時期を過ごしたAI研究ですが、1980年代に入ると再び脚光を浴びるようになります。そのきっかけとなったのが「エキスパートシステム」の実現でした。

エキスパートシステムとは、ある分野の専門家の持つ知識をデータ化することで、その分野において人間の専門家に匹敵する知識を持つコンピュータープログラムを開発する手法のことです。

それまでのAIに「何でも屋」の役割を要求していた開発手法から脱却することで、医療診断、金融のデータ解析といった限定的な場面でエキスパートシステムが実用的な成果を上げました。

また、日本でも1982年に日本最初のAI研究プロジェクトである「第5世代コンピュータ(Fifth Generation Computing Systems:FGCS)」の研究が進められました。

ビジネスでの導入例も出現するなど好調に見えた第2次AIブームでしたが、再び大きな壁にぶつかることになります。それは、複雑性と計算資源の枯渇です。

エキスパートシステムは特定のシーンで適用されるには優れていましたが、一般的な知的タスクへの拡張は依然として限界がありました。また、例外処理や矛盾したルールにもうまく対応できないことがありました。

こうした背景には計算資源の不足が存在し、複雑な問題に対処するには十分な計算能力が必要であることが判明しました。

第3次AIブーム(2006年∼)

再び冬の時代に入ったAI業界ですが、2006年にある研究者の発見により転機が訪れます。それが、ジェフリー・ヒントンにより発明された「ディープラーニング」です。ディープラーニングとは、入力データからAI自ら特徴を判別し、特定の知識やパターンを覚えさせることなく学習して行くことができる技術のことで、別名「深層学習」とも呼ばれます。

ディープラーニングの発見によって、人間がルールを定義しなくても、カメラの画像から人間の顔を識別したり、歩行するロボットの自律運動を最適化させるなどといったことが可能となりました。

また、コンピューターの性能もこの間に著しく向上しました。インターネット回線などのネットワーク環境を介して接続し、処理能力の高いコンピューターを仮想的に構築することができるようになった結果、コンピューターを理論的には無限に高性能化することが可能となりました。AIが判断をする際に必要となる膨大な情報「ビッグデータ」の記憶や処理が容易になったのです。

こうした様々な技術の進展がある第三次AIブームでは、研究者だけではなく私たち一般の生活者にとってもAIが一気に身近な存在となりました。AppleのSiriやGoogleの音声検索、掃除ロボットやエアコンなどのIoT家電やソフトバンクのロボット「Pepper」など、誰もが一度はAIに触れたことがあることでしょう。

このように考えると、現在も続く第三次AIブームは、過去二回の一過性のブームとは全く質が異なることがわかります。

生成AIへと進化を遂げた!

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AIを語るうえでもはや欠かせない存在となっているのが「生成AI」です。

生成AIは、自らの知識から新しいデータやコンテンツを生成するAIのことを指します。これは主に自然言語処理や画像生成といった分野において大注目を集めています。生成AIを世に知らしめたのは、OpenAIが開発したChatGPTによる功績が大きいでしょう。

ChatGPTは大規模なデータセットで事前に学習され、その後、特定のタスクに転用されることで高度な生成能力を発揮します。「対話型AI」というジャンルがあるように、人間との対話を通じて文章を生成し、質問に回答する対話型の応答やテキストの記述に基づいて画像を生成することもできます

生成AIは、デザイナーやライターといったクリエイター以外の人でも簡単に文章や画像、音声といった多岐にわたるデータを生成できるため、クリエイティブな活動やコンテンツ制作、ビジネスシーンでも広く応用されています。

AIが抱える課題とは?

このように、ここ数十年で著しい急成長を遂げているAIはメリットばかりに目が行きがちですが、その影ではAIがもたらす危険性についても、各業界・団体・政府から警鐘が鳴らされています。つまり、AIの成長スピードに対して私たち人間側の準備が追いついておらず、いわば「成長痛」を起こしている状態なのです。ここからは、そんなAI領域で危険視されている要素について解説していきます。

プライバシーが侵害される恐れがある

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AIは高度な分析や予測を行うことができるとはいっても、基本的には従来のデータ分析手法との間に大差ありません。顧客データを収集し、活用していくAIマーケティングも、従来のやり方の延長線上にあります。したがって、AIを活用してビジネスを行ううえでは大量の個人情報を大規模データとして扱うことは避けては通れないのです。

大量のデータから経験則的に答えを導き出すとなると、少なくともデータ分析の観点では「データの量は多ければ多いほど良い」といえます。ここで問題となるのが、「どこまで情報を取得するのか」「どこまで情報を活用するのか」という線引きの問題です。

ECサイトの購入履歴をもとにオススメの商品をピックアップしてくれたり、家電が自分の生活リズムに合わせて機能してくれたりすれば、「AIは便利だなあ」と感じるかもしれませんが、日々の生活の一部始終や会話の一言一句をAIに収集されるとなるとなんだか気味の悪い話です。

実際にアメリカでは、EC大手のAmazonが音声認識AI(人工知能)「アレクサ」や防犯カメラ「リング」によって不当に個人のプライバシー情報を収集したとして合計3千万ドル(約42億円)超を和解金として支払う事例が発生しています。

アマゾン、プライバシー侵害42億円で和解 カメラ動画のぞき見も

また、国家による監視に悪用されるという可能性も捨てきれません。つまり、思想や信仰の自由を脅かす危険性があるのです。2024年オリンピックの舞台となったパリでは、安全上の理由からAIを搭載した数百台のカメラによる公共空間の監視が行われましたが、プライバシー擁護派や評論家らは、オリンピックが終わった後のこのシステムの運用方法に懸念を抱いており、特定のコミュニティがターゲットにされるのではないかと抗議活動が行われました。

オリンピック:フランス当局がAIを活用した監視システム導入…テロ対策・プライバシー保護巡り、賛否も

さらにこうした問題はプライバシーが侵害されるという人権上の問題に留まりません。大量の個人データが犯罪者たちにとってどれほどの価値を持つかというのは皆さんも重々承知のはずです。銀行や保険会社、時には自治体や公官庁レベルでも稀にとはいえない頻度でデータ流出が起こっています。近年、ビッグテックによるサイバーセキュリティ企業の買収が右肩上がりに増加しているのも同様の理由からでしょう。こうしたプライバシーに深く関わる情報が集権的に管理されることは、データ解析の精度を高める一方で、セキュリティ上のリスクを孕むことになります。

正しい情報とは限らない

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IT技術の進歩に伴って日々、AIの回答は正確性を帯びるようになってきています。しかし、膨大なデータを基にして分析や判断を行うとはいっても、そのデータが必ずしも正確であるとは限りません。なぜなら、学習するそもそものデータが誤った情報を含んでいる場合、AIはその誤りをそのまま学習し、架空の存在しない結論を導き出す可能性があるからです。これはハルシネーション(幻覚)と呼ばれる現象です。

ハルシネーションが起こる理由は、AIは基本的にLLM(Large Language Models、大規模言語モデル)という仕組みを使っているからです。LLMを詳しく説明しようとするとこの記事だけでは足りなくなってしまうのでかいつまんで話すと、大量のテキストデータを使って文の構造や文脈を学習し、統計的に正しいであろうタスク処理を行うAIモデルがLLMです。ここで重要なのは、これらのモデルは言語処理の訓練に使われたデータが持っている統計的パターンに依存しているということです。

つまり、会話の内容を最新のデータベースで検索をかけてファクトチェックを行ったうえで事実を述べているわけではなく、単語の出現確率を統計的に分析することで、ある単語に対し次に続く確率が高い単語を予測しているに過ぎないのです。

このフレームの外の問いに答えようとすると、自分の知識空間の中で類似しているものから確率的に「そうである可能性が高い」答えを引っ張り出してきてしまうので、存在しない事象についてあたかも事実のように嘘をついてしまうというわけです。

アメリカでは裁判用の書類をChatGPTで生成した結果、裁判所への提出書類が架空の判例だらけであることが判明した珍事件もありましたが、これもこうしたハルシネーションによるものだといえるでしょう。

ChatGPTで資料作成、実在しない判例引用 米国の弁護士 – 日本経済新聞

また、生成AIの進化に伴い、AI自身が存在しないコンテンツを作成してしまうこともあります。なかでも問題とされているのが「デープフェイク」と呼ばれる、動画に登場する人物の顔や表情、声などを別人のものと差し替え、動画内で本人が実際に行なっていない言動をさせて本物のような偽動画などを作る技術です。

たとえば、この動画は2021年2月にTikTokで公開されたものですが、これを見た多くの人が俳優のトム・クルーズがダンスを投稿していると思うことでしょう。しかし実は、本物にしか見えないこの動画は偽物です。声も口の動きも表情も全て、モノマネタレントであるマイルズ・フィッシャー氏が演じているもので、完全なフェイクなのです。

こういった技術はエンタメ分野、とくにCG制作においては、人間以外の生き物をディープフェイクで簡単に生成できるようになり、特殊メイクを施すなどの制作の負担を減らすことができる一方で、悪用されてしまうとたくさんの被害者が生まれてしまいます。実際に存在しない動画を作り上げるのには専門的なソフトと巧みな技術、そして気の遠くなるような作業量が必要でしたが、現在ではAIの発展によって素人では見分けがつかないレベルのディープフェイク動画を手軽に作ることができてしまうのです。

先ほどのアカウントはdeeptomcruiseという名前であり、自身が生成AIによるクリエイターであることを公言しているため、偽物だと断言することができますが、そうでなかったと考えると見分けるのは難しいですよね。

このように、AIは便利で面白い技術である一方で、その情報の正確性は全くといって良いほど保証されておらず、全幅の信頼を置くのは危険であるといえるでしょう。

AIへのブロックチェーン導入が検討されている

AI、すなわち人工知能の発達は著しく、その勢いは留まることを知りません。

総務省の試算によると、「日本のAIシステム市場規模(支出額)は、2022年に3,883億6,700万円(前年比35.5%増)となっており、今後も成長を続け、2027年には1兆1,034億7,700万円まで拡大する」という予測がされています。

しかし、このような大きな進化のフェーズにいるAIですが、システムに全く欠陥がないというわけではありません。むしろ、昨今のAI技術の進展のスピードに法規制やユーザーのリテラシーが追いつかず、重大な問題を引き起こす可能性があります。

AIが今日直面している最も重要な問題の多くは、データに起因するものです。機械学習という側面上、膨大なデータをモデルに分析を行いますが、このデータベース部分に使われている技術は決して目新しいものではありません。

情報セキュリティの観点からビッグデータを独占しているGAFAが批判されているのと同様に、データに依存して機能することが前提となっているAIには必然的にデータベースの脆弱性がつきまとうのです。

こうした流れを受けて、「次世代のデータベースともいえるブロックチェーン技術が、既存のAIの課題解決に役立つのではないか?」という議論が盛んになっています。

ブロックチェーンとは?

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ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種です。その中でもとくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っていました。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません

また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

ブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値と呼ばれる関数によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています。

また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出す行為を「マイニング」といい、最初にマイニングを成功させた人に新しいブロックを追加する権利が与えられます

ブロックチェーンではマイニングなどを通じてノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持つことで、データベースのような管理者を介在せずに、データが共有できる仕組みを構築しています。参加者の立場がフラット(=非中央集権型)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事でも解説しています。

ブロックチェーンがAI業界にもたらすメリット

「プライバシーが侵害される恐れがある」「正しい情報とは限らない」という課題があるとご説明しましたが、とくに後者の課題に対してはブロックチェーンを採用することで解決の糸口が探れるかもしれません。ここからは、ブロックチェーンがAI業界にもたらすメリットについて詳しい解説を加えます。

情報の出どころが追跡できる

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ブロックチェーンがAI業界にもたらす最も顕著なメリットは「情報の出どころを追跡できる」という点です。AIツールをビジネスで活用する場合、自社でルール制定をしてファクトチェックを行う必要がありますが、AIの回答のソースは明らかでない、もしくはカスタマイズしたプロンプトを用意する必要があり、イチイチ裏取りをするのにも手間がかかってしまいます。ルールがあるにも関わらず、うまく機能していないケースも少なくないのではないでしょうか。

一方、ブロックチェーンではその名の通り、データ同士をハッシュで鎖のようにつなぎ合わせながら格納します。したがって、AIが生成したコンテンツがどのような情報をもとにしているのかをブロックチェーン上に記録することで、それぞれのコンテンツがきちんとした真正性が保証されているのかを確認することができるようになります。

情報の出どころをトラッキングできるようになれば、事実確認も大幅に簡略化されて規範的なAI活用が可能になります。AIサービスを提供する企業にとっても、自社の技術がディープフェイクのような人の目で判別するのが難しいようなコンテンツに悪用されるのを防ぐ手段にもなり得るでしょう。

情報の信憑性が確認できない状況が続いてしまうと最悪の場合、法規制によってAIそのものが自由に開発・利用できなくなる可能性もあります。事実、生成AIに対する世間の風当たりが強まっています。NHKが2024年に実施した世論調査によると、生成AIに関する法規制について「規制を強化すべき」が61%、「今のままでよい」が8%という結果となりました。

「生成AI」偽情報と規制 “規制強化すべき”61% NHK世論調査 | NHK

もちろん、新たなテクノロジーに対してある一定のルールを設けることは悪いことではありません。しかし、過剰な安全確保に走ることで、イノベーション確保に難が出てしまう可能性も否定できません。直近の例でいえば、日本国内においてドローンの運用に関する法律や規制が非常に厳しいことが、商業利用における足枷になっています。

ブロックチェーンによってコンテンツの起源を追跡できるようにすることは一見、AI業界に大きなメリットはないように感じてしまいますが、法律によって技術開発がスピードダウンしてしまわないように信頼できる情報源のものであることを証明する術を「安全装置」として備えておくことは、実はとても重要なことなのです。

データが極めて改ざんされにくい

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「データが極めて改ざんされにくい」という点もブロックチェーンがAI業界にもたらすメリットでしょう。AIとビッグデータはお互いを補い合う関係性で成り立っているため、AIによるデータ分析の精度は学習データそのものの精度に大きく影響を受けます。こうした背景から、近年ではAIモデルの学習データに意図的に不正確または有害なデータを混入させることで、モデルの性能や出力を操作する「データポイズニング(Data poisoning)」と呼ばれる被害が発生しています。信頼性を保証するには、手作業でデータを収集してサンプルのクオリティを人間が保証しなければならないですが、大規模データともなると現実的ではありません。

一方のブロックチェーンは「ブロックチェーンとは?」でも見た通り、ハッシュとナンスによって「改ざんが困難なデータ構造」を持っています。この構造により、データの変更履歴がすべて記録され、どのブロックがいつ追加されたかが明確になります。もし誰かがデータを改ざんしようとしても、不正がすぐに検知されます。たとえサービスの提供者であっても不正なデータの書き換えや削除を行うことができないため、親データを汚染してAIの出力を狂わせることはできません。

また、データが改ざんされないということは、AIが生成したコンテンツの唯一性が保証されるということです。本来、デジタルデータは修正が簡単なためにその唯一性を主張することが難しいという問題がありました。しかし、ブロックチェーンをうまく活用することで作成者や作成日時が不変の形で記録できるため、後から誰かがコンテンツを改ざんしたり、他人の作品を自分のものとして主張したりすることが難しくなります。こうしたAIコンテンツの著作権保護にもブロックチェーンの耐改ざん性は活躍するでしょう。

一方でブロックチェーン✕AIにはある課題も‥

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これまで見てきたように、ブロックチェーンはAIの課題を解消するソリューションとしての可能性を秘めています。しかしながら、現在ローンチされているAIサービスでブロックチェーンを使用しているケースは少数といってもいいでしょう。これは一体なぜなのでしょうか?実は、その答えはブロックチェーンの強みとして紹介した耐改ざん性に隠されています。

ブロックチェーンに記録されたデータは、その特性上、一度記録されると基本的に削除や変更が不可能です。これはデータの信頼性や透明性を保証するための大きな利点ですが、AIが生成した非倫理的なコンテンツやプライバシーを侵害したコンテンツがブロックチェーンに記録されてしまった場合には、問題を引き起こす可能性があります。

たとえば、AIが誤って個人情報を含むコンテンツやデマ情報を生成し、それがブロックチェーン上に記録された場合、その情報は永久に残り続けてしまいます。削除する手段がないため、被害を受けた個人や企業にとって重大なリスクとなります。通常のデータベースであれば、誤った情報を修正したり削除したりすることができますが、ブロックチェーンではそのような修正が原則として不可能です。

さらに、非倫理的なコンテンツが広く拡散されることを防ぐための対応が遅れると、社会的に深刻な影響を及ぼす可能性もあります。プライバシーを侵害するデータが一度でもブロックチェーンに記録されると、そのデータの存在を消すことができないため、被害者の権利保護が困難になる恐れがあります

このように、ブロックチェーンの改ざんされにくいという特性は大きな利点である一方で、AIが生成した問題のあるコンテンツが削除できないというリスクも伴います。このポイントを理解したうえで、どこからどこまでをオンチェーン(ブロックチェーンに記録する)で扱うのかを慎重に設計しながら運用する必要があります。

実際にAI×ブロックチェーンが実現している事例

株式会社Final Aim「Final design」

出典: Final Aim

株式会社Final Aimでは、ブロックチェーンを活用したデザイン管理プラットフォーム「Final design」を提供しています。このプラットフォームでは、デザインデータやアイデアの著作権・所有権をブロックチェーン上に記録し、変更履歴やオリジナルの創作日時を明確に管理しています。

製造業におけるデザインデータ/契約書/知的財産権などの重要データは、これまで十分に保護・管理されておらず、権利侵害や盗用といった様々なリスクが付きものでした。また、複数の関係者が関わるデザインプロジェクトでは、誰がいつどのようにデザインを変更したのかを追跡することが困難でした。

しかし「Final design」を用いてこれらのデータを一元管理することで、スマートコントラクトを通じた真正性担保や価値保証ができるようになります。昨今注目されている、生成AIによる新たなデザイン開発においてもリスク解消が可能なプラットフォームとして特許出願も完了しています。

ヤマハ発動機とのコラボレーションにおいてもその有効性が証明されており、「Concept 451」モデルのデザイン検討プロセスでは、各種生成AIを用いて導き出された大量のデザイン案とデザイナーのノウハウを融合することで、権利を保全しながら斬新なデザインを導き出すことに成功しています。

同社によると、今後はデザインと製造業に限らず、図面データが発生する建設業や画像データがつくられるクリエイティブ産業など、様々な分野への応用を目指し、ブロックチェーンを活用した新たなクリエイティブ産業の基盤構築に取り組む予定とのことです。

SingularityNET

出典:SingularityNET

SingularityNETは、ブロックチェーンを活用してAI開発者とユーザーをつなぐ分散型のマーケットプレイスを提供しています。従来、AIアルゴリズムやサービスは中央集権的なプラットフォームで提供されることが多く、開発者は自らの技術がどのように利用されるかを追跡する手段が限られていました。また、AIツールはひとつの社内で閉鎖的に開発されているため、基本的に異なるAIツールをつないで1つのタスクを実行できないことも当たり前でした。

SingularityNETではブロックチェーン上にサービスの利用履歴が不変的に記録され、開発者が自身のサービスがどのように使用されているかを詳細に把握できます。AI開発者は権利保護が強化されたことで、エコシステムでAIサービスの作成から収益化までをスムーズに進めることができ、開発したAIツールを持ち寄り、お互いの良さを引き出したり欠点を補ったりすることも可能になりました。開発者自身もユーザーとして各々が求めるAIサービスを利用できるというのはとてもユニークですよね。

こうしたAIサービスを売買できるAIツールのネットショップのような場所が実現したのは、「世界一表情が豊かな人型AIロボット」と呼ばれる「ソフィア(Sophia)」の生みの親として知られているデビッド・ハンソン博士やAGI(汎用人工知能)開発の権威であるベン・ゲーツェル博士など、錚々たるメンバーが創設に携わっているからでしょう。

同プロジェクトは2024年に、分散型プラットフォームであるFetch.ai、Ocean Protocolらと統合し、「ASI(Artificial Superintelligence)アライアンス」と名付けられた統一暗号資産へと生まれ変わりました。この統合によって、さらなるAI開発の発展が期待されています。

まとめ

本記事では、ブロックチェーンがAIの抱える課題をどのように解決できるか、その可能性について解説しました。AIの成長と共に、プライバシー侵害やデータの信頼性といった問題が顕在化しており、これらの課題は単なる技術的な挑戦を超え、社会的・倫理的な影響を持っています。

ブロックチェーンは、分散型台帳の特性により、データの改ざん防止や、情報の透明性を確保することができ、とくにデータポイズニングやディープフェイクに対して強力な対策となる可能性があります。加えて、著作権保護やコンテンツの真正性の検証にも効果を発揮し、AIが扱うデータの品質を保証する重要な役割を果たすことが期待されています。

バッテリーマネジメントシステム(BMS)とは?リチウムイオン電池の性能向上に欠かせない最新技術を紹介します!

バッテリーは携帯電話や家電などに留まらず、EVなど大型の製品に組み込まれるようになっています。一方で、こうした大容量のバッテリーには安全性や効率性の観点から、バッテリーマネジメントシステム(BMS)による最適化が欠かせなくなっています。バッテリーが私たちが便利な生活を送るうえで欠かせないものであることを踏まえると、絶えず監視をおこなってくれるバッテリーマネジメントシステムは現代社会ではまさに「心臓」ともいえる働きをしているといえるでしょう。

しかし、普段の生活では製品の「裏側」ともいえるバッテリー関連、とくにマネジメントシステムについて触れる機会はほとんどなく、この名称を聞いたことがあるという方のほうが少ないのではないでしょうか?とはいえ、今後ますます重要になってくるであろう本技術について全くの無関心でいるというわけにもいきませんよね。そこで今回は、バッテリーマネジメントシステムの基礎から最新の関連トピックについて解説します。

そもそもリチウムイオン電池とは?

リチウムイオン電池は、「リチウム」という金属を使用した二次電池(充電により繰り返し使える蓄電池)のことです。二次電池の中でも特にエネルギー密度が高く、同じ重量や体積でより多くのエネルギーを蓄えられることからスマートフォン、ノートパソコン、電動工具、そして電気自動車(EV)まで、さまざまなデバイスに使用されています。

リチウムイオン電池、と聞くと一つの電池のことを指すように感じますが、実際にはまず、「セル」と呼ばれる単電池を複数まとめて「モジュール」という集合体にします。そして、このモジュールに保護回路やバッテリーマネジメントシステムを接続し、ケースにパッキングされた状態で初めてリチウムイオン電池となります。

では、リチウムイオン電池の充放電の仕組みを簡単に見てみましょう。

出典:日経ビジネス「イチから分かるリチウムイオン電池」

リチウムイオン電池は、化学的なエネルギーを電気エネルギーに変換することで動作します。内部にはリチウムイオンが移動する電解液と、リチウムを含む遷移金属酸化物から成る正極と炭素材料である負極、そして正極・負極が互いに接触しないように物理的に仕切るセパレータがあります。

充電時には、リチウムイオンが正極から負極に移動し、エネルギーを蓄えます。そして、放電時には逆にリチウムイオンが負極から正極に移動し、その際に発生する電気をデバイスに供給します。このサイクルを繰り返すことで、何度も充電して使えるというのがリチウムイオン電池の特徴です。

しかし、リチウムイオン電池には高いエネルギー密度を持つがゆえのリスクも存在します。バッテリー内部での化学反応が適切に管理されない場合、過充電や過放電が発生し、電池内部の温度が急激に上昇することがあります。これは「熱暴走(サーマルランナウェイ)」と呼ばれる現象で、最悪の場合、発火や爆発といった重大な事故を引き起こす可能性があります。

近年では電気自動車やハイブリッド車などのモーターの駆動に使われる二次電池として、すでにリチウムイオン電池が採用されていますが、長年、自動車向けのバッテリーに鉛蓄電池が用いられてきたのはこのような安全性の側面も大きいです。

したがって、リチウムイオン電池の技術は非常に便利である反面、その潜在的なリスクを管理することが欠かせません。ここからは、そのリチウムイオン電池の安全性と効率性を保つためのキーテクノロジーである「バッテリーマネジメントシステム(BMS)」について詳しく見ていきましょう。

バッテリーマネジメントシステム(BMS)の役割

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バッテリーマネジメントシステム(BMS)は、バッテリの状態を監視・制御し、安全かつ長時間使用できるようにするシステムです。リチウムイオン電池をはじめとする再充電可能なバッテリーにおいて、その性能は使用を重ねるごと(充放電を繰り返すごと)に劣化してしまいます。この劣化スピードを最低限に留め、バッテリーのパフォーマンスを最大限に引き出すために用いられるのがこのシステムです。

BMSの詳細なアルゴリズムやアプローチはシステムによって異なりますが、BMSの役割は、単にバッテリーの寿命を延ばすだけにとどまりません。ここでは、BMSが果たす様々な役割について詳しく見ていきましょう。

限度を超えた充電・放電からバッテリーを守る

バッテリーの性能を最大限に引き出すためには、各セルの電圧範囲を適切に管理することが重要です。リチウムイオン電池は、電圧の変化に非常に繊細です。電圧が高すぎると過充電となり、電池の正極が許容量を上回るほどのリチウムイオンを放出してしまい、電池内の状態が不安定になってしまいます。逆に、電圧が低すぎると過放電となってしまい、電池の負極に用いられている銅箔が溶け出してしまいます

バッテリーの電圧管理を理解するために、バッテリーを大きな池に例えてみましょう。水位が限界まで高まっている池にさらに水が注がれれば、池が決壊してしまいます。これが過充電に相当し、バッテリーセルに余計な負荷がかかり、劣化や発火のリスクが高まっている状態です。

一方、池の水位がゼロに近い状態で水を使おうとしても、もはや水を取り出すことができず、池自体も乾燥して生物が住める環境ではなくなってしまいます。これが過放電の状態であり、バッテリーが機能不全に陥る原因になります。

BMSは、この池の水位を常に安定させるダムのような役割として機能します。過充電と過放電のどちらもバッテリーの劣化を促進させる原因となるため、BMSは各セルの電圧を監視し、電圧が高すぎたり低すぎたりしないよう、適切な範囲内で制御することで、バッテリーの安全性を確保するとともに、最大の性能を引き出します。

ここ数年のEV関連技術の進歩には目を見張るものがありますが、急速充電や高負荷運転時には、より厳格な電圧制御が求められます。BMSはこうした先端技術を安全に消費者に体感してもらううえでも重要な役割を果たしているといえるでしょう。

セルごとの性能バラツキを均一化する

リチウムイオン電池は、前述の通り複数のセルが組み合わされて構成されていますが、各セルの性能にバラツキが生じることは避けられません。これは製造のバラつきに由来する個体差や使用環境のストレス耐性に関する個体差があるためです。EVに搭載されるバッテリーには、バッテリーセルが100〜200個も使用されることがあり、各セルごとの性能のバラツキがバッテリー全体の性能に悪影響を及ぼす可能性もあります。

バケツリレーを想像してみてください。リレーで水を運ぶとき、全員が同じペースで水を渡し続けなければ、どこかで遅れが出てしまいます。同様にバッテリーセルも、全てのセルが同じ性能で動作しないと、バッテリー全体の効率が下がる可能性があります。BMSは、バケツリレーの指示役としてセル間の電圧や温度のバラツキを監視し、バランスをとることでこれを均一化します。

具体的には、バッテリーセルごとの電圧を測定し、最も高い電圧のセルと最も低い電圧のセルの差が一定の範囲内に収まるように調整を行います。この過程を「セルバランシング」と呼びます。セルバランシングには電圧の高いセルを強制放電させて電圧を均等化する「パッシブ方式」と電圧バランスが崩れたセル間で電流をやり取りしてセルの充電状態を均等化させる「アクティブ方式」の2つがあります。エネルギーの保存効率という点ではアクティブ方式が優れていますが、システムのコストと複雑さでは圧倒的にパッシブ方式に軍配が上がります。

こうしたバランシング機能は、バッテリーの使用中だけでなく、充電中や待機中にも行われることがあり、バッテリーの全体的な均一性を保つことで、効率的なエネルギー供給を実現します。バッテリーセルは、微妙な差異が積み重なることで性能が変わりやすく、長期間にわたって使用する中で、劣化の進行度も異なります。このような状況下で、各セルの状態を個別に監視して全体としてのバランスを保つ役割を果たすBMSは、大型化を続ける近年のバッテリー産業において欠かすことができない存在といえるでしょう。

バッテリーで重要なSOH・SOCとは?

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BMSを語るうえで「SOH(State Of Health)」と「SOC(State Of Charge)」という二つの重要な概念への理解が欠かせません。これらの指標は、バッテリーの現在の状態を把握し、その性能や寿命を最大限に引き出すために重要な役割を果たします。ここからはこの2つの指標について簡単に解説します。

SOH(State Of Health)

SOHとは、バッテリーの健康状態を示す指標で、バッテリーの性能や寿命を評価するために使用されます。バッテリーの容量、内部抵抗、サイクル数などのパラメータから総合的に計算され、初期の満充電容量(Ah)を100%としてカウントします。つまり、SOHが50%というバッテリーは、完全に充電を行ったとしても初期と比べるとそもそも半分の容量しか持てない状態になっているということです。

SOHは一般の消費者からするとあまり馴染みのない言葉のように感じますが、実は身近な端末でも確認することができます。たとえば、iPhoneをお使いの方は、「設定」アプリの中から「バッテリー」を選択して「バッテリーの状態と充電(一部機種では「バッテリーの状態」)」という項目を開くことで、iPhoneの最大容量を確認することができます。SOHという言葉こそ使われていないものの、これはSOHと非常に近しい概念です。

バッテリーは使用されるにつれて化学反応の進行により内部の材料が劣化し、容量が徐々に減少していきます。また、内部抵抗の増加もバッテリーの効率に影響を与えます。これらの変化が蓄積されることで、バッテリーのSOHが低下し、最終的には交換が必要となるタイミングが訪れます。BMSは、このSOHをリアルタイムで監視し、ユーザーに劣化の進行状況を知らせるとともに、バッテリーの保護機能を適切に動作させる役割を担っています。

今後、ほとんどすべての製品が電化されていくこと、そしてバッテリーの材料となるいくつかの鉱物が限られた資源であることを考えると、SOHの情報はもはや現代社会において必要不可欠かつ貴重な価値を持つ情報だといえます。

SOC(State Of Charge)

SOC(State Of Charge)は、バッテリーに現在どれだけの電力が残っているかを示す指標です。スマートフォンやPCでは、ツールバーや画面上に表示されていることが多いため、身近な存在かと思います。SOCもパーセンテージで表され、100%が満充電、0%が完全に放電された状態を意味します。ただし、電池を完全に放電させてしまうと構造的に壊れてしまうため、ユーザーに対するSOC表示は電池の正確なSOCであるとは限りません

SOCを正確に把握するためには、バッテリーの電圧や電流、温度など複数の要因を考慮する必要があります。リチウムイオン電池の場合、電圧と容量には相関関係があるため、電圧値から電池の充電状態を推測することができますが、充電時には電圧が高く、放電時には電圧が低くなる(過電圧)ことがあり、単純に電圧を測定するだけでは正確なSOCを推定することは難しいです。

また、SOC推定の際に考慮すべき要因として「メモリ効果」があります。メモリ効果とは、ニッカド電池やニッケル水素電池が前回の充放電サイクルを記憶(=メモリ)しているかのように、再度充放電を行っても初回に放電を中止した付近で少し電圧が低めに推移する現象のことです。リチウムイオン電池では発生しにくいとされていますが、正確なSOC測定を実現するうえでは注意が必要な情報です。

このような様々な要因が絡み合うため、普段私たちが当たり前のように確認している充電残量の測定は、実は技術的には少し難しいことをやっているのです。

バッテリーマネジメントシステム(BMS)普及の障壁

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BMSは、バッテリーの性能と安全性を大幅に向上させる技術ですが、その普及にはいくつかの障壁があります。ここでは、BMSが普及する上での主要な課題について説明します。

測定精度の向上

バッテリーの状態を正確に監視するためには、高い測定精度が不可欠です。内部状態を診断する際に、バッテリーの電圧や温度の測定におけるわずかな誤差が、バッテリーの寿命や安全性に大きな影響を与える可能性があるものの、現在の技術では、特に極端な温度環境や高負荷条件下での測定が難しい状況にあります。これには、バッテリーの特性や外部環境の影響が大きく関係しています。

リチウムイオン電池の電圧は、充電状態だけでなく、温度や電流、さらには経年劣化によっても変化します。このような多様な要因が絡み合うため、単純な数式でこれらの関係を表すことができず、正確な推定には複雑なモデルが必要となります。また、バッテリーの劣化も一様ではなく、使用によって内部抵抗の上昇や容量の低下が進むため、時間とともに推定の精度がさらに難しくなります。

また、外部環境の影響も測定精度を低下させる大きな要因です。たとえば、温度の変化はバッテリーの内部抵抗や開回路電圧に直接影響を与えます。温度が変わると、同じ充電状態でも異なる電圧が測定されることがあり、これを正確に補正するためには温度を精密に測定し、その影響を考慮したモデルを適用する必要があります。

さらに、センサーから得られるデータにも精度を低下させる要因があります。センサーにはノイズが含まれており、このノイズが測定結果に影響を与えることで、推定の精度を落とす原因となります。とくに温度センサーは、環境条件によってノイズが増減しやすく、特に高温環境下ではノイズの影響が顕著になります。

これらの複雑な要因によって、BMSの測定精度は急速には向上していません。技術の進展には時間とリソースが必要であり、その実現にはまだ多くの課題が残されていますが、BMSの精度が高まればバッテリーの性能や安全性が向上するため、新しいセンサー技術やデータ解析のアルゴリズムの研究・開発は日々進められています。

統一された規格が存在しない

バッテリーマネジメントシステム(BMS)の普及において、統一された規格が存在しないことも大きな障壁となっています。この問題は、異なるメーカー間でのバッテリーの互換性を低くしており、システムの設計や開発において多くの課題を生じさせています。

統一規格が存在しない理由はいたって単純で、各バッテリーメーカーが独自の技術を活用してバッテリーセルや制御回路、アルゴリズムを開発しているためです。これにはメーカーが自社製品の差別化を図り、競争優位性を確保しようという意図があります。そのため、業界全体での規格統一が難航しており、長い歴史の中で多様な規格が生まれ、互換性が確保されないまま進展してきたのです。また、国際舞台においても利権を巡ってバッテリーの規格の乱立が目立ちます。

異なるメーカーのバッテリーを組み合わせて使用することが困難になると、システムの設計や開発にかかるコストが増加したり、修理や交換が必要な場合にも煩雑さが増してしまいます。ユーザーにとっても不便さが生じ、市場の拡大も阻害される可能性もあるでしょう。

規格統一の進展は、バッテリーシステムの性能やコスト、信頼性に大きな影響を与え、業界全体の成長を促す鍵となります。将来的には、こうした取り組みが実を結び、より安全で効率的なバッテリーマネジメントシステムの普及が進むことが期待されます。

バッテリーマネジメントシステム(BMS)を進化させる技術も

日本国内においても、BMSの技術が進化しています。特に、BMSの機能を簡素化しつつ、より効率的にバッテリーを管理するための新たな技術が注目されています。これらの技術は、バッテリーの性能を向上させ、さらなる普及を後押しするものとして期待されています。

交流インピーダンス法

出典:shutterstock

交流インピーダンス法は、正極・負極・電解液のインピーダンス(交流信号を回路に印加したときの電気抵抗)を測定することで、バッテリー状態を推定する手法です。

バッテリーが劣化していくと、電極材料や電解質の変化により内部抵抗が増加することが一般的です。リチウムイオン電池の場合、充放電を繰り返すうちに、電極の表面に不純物が蓄積し、電荷の移動がスムーズでなくなります。この結果、電流が流れる際に電圧降下が大きくなり、電池全体のインピーダンスが増加するのです。

また、直流ではバッテリーの充電が完了すると反応が進まなくなる(インピーダンスが無限大になる)ため、それ以上の電流を流すことができませんが、交流では電流の向きが変わるため、バッテリーの周波数応答を測定・解析することで、リアルタイムかつ分解の必要なく、バッテリー状態を知ることができます。

国内ではヌヴォトン テクノロジージャパン株式会社が交流インピーダンスを用いた半導体による電池残存価値評価技術を開発しています。同社の開発中の次世代バッテリ監視ICでは、半導体チップに交流インピーダンス測定機能を集積し、電池パック状態においても複数セルを同時に診断することが可能です。

交流インピーダンス法は多数のリチウムイオン電池セルのインピーダンスを同時に測定できるうえ、測定したインピーダンス値から電池内部の温度変化を推定もできるため、短時間での正確な残存価値評価を可能にするテクノロジーとして注目を集めています。

矩形波インピーダンス法

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矩形波インピーダンス法も、バッテリーの状態を測定するための技術として知られています。矩形波インピーダンス法も大きく分類すると交流インピーダンス法の一種ですが、この方法では、バッテリーに矩形波信号と呼ばれるパルス状の信号を印加し、その応答を「フーリエ変換」という変換処理を行ったうえで信号を解析するというアプローチを取ります。

矩形波インピーダンス法を用いる最大のメリットはその効率性にあります。一つの矩形波信号を入力するだけで、複数の周波数のインピーダンスが得られるため、何度も何度も色々な周波数を掃引する必要がありません。そのため、他の測定手法と比較すると圧倒的な測定スピードを誇ります。

東陽テクニカの検証によると、インピーダンスの数だけ測定が必要である一般的な交流インピーダンス法では51回の測定が必要だった推定作業が、矩形波インピーダンス法では単一周波数の入力信号のみで交流インピーダンス法と同等の精度で測定が実現する結果となっています。

国内では、EC SENSING株式会社が矩形波インピーダンス法の優先実施権を保有しており、この技術をもとに先進的なBMSを構築中です。

矩形波インピーダンス法では、診断する蓄電池と同一品種の経時劣化データが数多く必要になるという課題もありますが、測定に時間を要する大規模蓄電池の登場やスペースや設置環境の制約によって従来のインピーダンス測定ができない・適さないシーンにおいて広く応用されることが期待されています。

AI BMS

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BMS業界では、AIを活用する動きも見られつつあります。測定精度が向上することによってバッテリーの状態を正確に把握したとしても、実際にそれらの情報を活用し、デバイスを適切に制御しなければ意味はありません。そこで、BMSにAIを組み込むことで、リアルタイムの測定情報を駆使しながらパフォーマンスを最大限に引き出す動きがトレンドとなっています。

実際に、Eatron Technologies社が発表しているバッテリーにはAIが搭載されています。Syntiant社と共同で開発されたこのバッテリーでは、AIがSoC(システム ・オン・チップ)で搭載されているため、複雑なクラウド・インフラストラクチャー不要でデバイス上で直接リアルタイムの分析と挙動管理を実行できます。また、バッテリー容量を10%向上させ、バッテリー寿命を最大25%延ばすことに成功しており、コスト効果の高いAIソリューションとして注目を浴びています。

また、AIによる新たな蓄電池診断アルゴリズムが開発されれば、これまでに紹介した手法の課題も解決されるかもしれません。矩形波インピーダンス法では親データがなければ診断ができないというデメリットを挙げましたが、AIを活用すれば新型のバッテリーが登場した場合でも、すぐに個別のバッテリー評価基準を導くことが可能となります。事前に劣化に関する標準データを取得する必要がなくなれば、矩形波インピーダンス法による蓄電池診断サービスの対応領域がとても幅広くなることは間違いないでしょう。

ワイヤレスBMS(wBMS)

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測定ではなく、バッテリーそのものの製造自体を簡素化しようという取り組みも確認できます。それがワイヤレス・バッテリーマネジメントシステム(wBMS)です。

EVの製造においてコストや所要時間の割合で多くを占めるのが実はバッテリーの搭載です。セル自体のコストも安くはないですが、それを車両に搭載して動作するようにするためには、衝突安全性を担保するフレーム、BMS、バッテリー内のセル間を結ぶケーブルとコネクタなど多くの部品を使用しなければならず、製造においても配線や溶接など多くのプロセスを要します。

wBMSは、BMSにおける各セル監視ICとホストのマイコン間とをワイヤレス・ネットワークで接続する手法です。これにより、ケーブルやコネクタなどの直接材コストを省くとともに、ケーブルの敷設やコネクタの嵌合に要する生産コストの削減を図ることができます。バッテリーの形状によっては、総重量を減らすこともできるはずです。これは製造プロセスにおいても革新的な働きとなります。これまで複雑なバッテリーの配線には人の手が必要でしたが、ワイヤレス化が進めば人間が一切介入することなくバッテリーが生産できるようになるからです。

実際に世界的自動車メーカーのGMでは、2021年末以降に量産を開始する予定の新世代のEVへワイヤレスBMS搭載バッテリーの「Ultium」を採用する決定を下しています。余計なケーブルがないため非常に薄型の造りとなっており、同バッテリーはさまざまな車種に適応できるといいます。また、スポーツカーブランドのLotus Carsにおいても、今後5年以内に出荷が予定されているEVの新たな量産車種に、アナログ・デバイセズのwBMSを採用するという決断を下しました。これにより、バッテリーパックの配線を最大90%、体積を最大15%削減できる見込みです。

セル間の通信やセンサー等は引き続き有線で接続されるものの、バッテリーの製造コストやプロセス・形状に大きな変化を与えるwBMSがEV市場とどのように付き合っていくのか、今後の展開から目が離せません。

ブロックチェーン

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最後に、ブロックチェーン技術もBMS分野で注目を集めていることに触れておきます。ブロックチェーンはデータの改ざんが難しく、高い信頼性を持つデータベースの一種です。現に暗号資産やセキュリティ・トークンなど改ざんが許されない分野で非常に重宝されています。データベースとバッテリーはあまり結びつかないようなイメージですが、実は中古車流通のシーンでこれらの相性の良さが発揮されます。

ご存じの通り、自動車業界ではすでにガソリン車からEV/PHEVへの移行が始まっています。もちろん、何十年後かには中古車市場にそれらの一部は流通することになるでしょう。しかし、ここで問題となるのが中古EVの残存価値評価です。ガソリン車の価値は「車種」「年式」「走行距離」「ダメージ」で決まることが多いですが、EVではこれらに加えて「バッテリー状態」という新たな指標が存在します。

測定精度の向上によって今後、価値が安定していく可能性もありますが、現状では非破壊検査によるバッテリー残存価値診断による査定ではEVのリセールバリューは低く見積もらざるを得ないのが現状です。つまり、消費者も買取業者も、急速充電ばかりを繰り返して劣化しているバッテリーを買いたくないのです。そして、こうした「使い方」まで探る診断というのは簡易的には難しく、中古EVの市場価値はなかなか高い水準には達しません

2024年6月に発表されたiSeeCarsのレポートでも、「過去1年間で中古ガソリン車の平均価格は前年比3~7%下落し、中古EV価格は30~39%下落」していると指摘されており、EVは中古ガソリン車の平均価格よりも速いペースで価値が下がり続けている現状です。

このような状況で、ブロックチェーン技術が活躍します。BMSは、バッテリーユニット内の温度、湿度、圧力、電圧、電流等のデータにアクセスできるため、ここで取得した情報をブロックチェーンに書き出します。チェーン上に記録されたデータは分散的に管理され、買取業者や購入検討者も見られるため、バッテリーの「使い方」まで確認できるという仕組みです。

EVの普及という面では、欧州のみならず隣国の中国にも大きな遅れを取っているといわざるを得ない日本ですが、中古車価格という面では「日本製EV」という世界と戦うだけの武器を携えています。この武器をブロックチェーンと組み合わせることで、右ハンドル車の中古車価値を担保し、世界市場で再び日本の自動車業界が存在感を強めるきっかけにもなるでしょう。

また、バッテリーとブロックチェーンの組み合わせはBMSに限ったことではなく、欧州で法制化されたバッテリーパスポートに関連しては、MOBIをはじめとするモビリティ業界のコンソーシアムまでもが、ブロックチェーンをスタンダードに研究を進めています。こうした背景からも、ブロックチェーンでBMSのデータを扱うというのは、近い将来に国内でも事業化されるかもしれません。

ブロックチェーンをBMSに応用してブラックボックス化されたバッテリーの性能評価を透明性の高い形で管理し、EV中古車市場が活性化する日がやってくるのか。引き続きキャッチアップが欠かせない領域です。

まとめ

本記事ではバッテリーマネジメントシステム(BMS)について解説しました。記事内でも述べた通り、BMSの役割は多岐にわたり、電圧の管理や過充電・過放電の防止、セルごとの性能バラツキの均一化など、バッテリーの最適な性能を引き出すために欠かせないものです。

しかし、測定精度の向上が求められる点や統一規格の整備などの障壁は消して簡単に乗り越えられる壁ではありません。それでも、日本国内外での技術革新は続いており、AIやブロックチェーンなどBMSをさらに進化させる新たなテクノロジーが次々と登場しています。

これらの技術が今後どのように発展し、私たちの生活にどのような影響を与えるのか、引き続き注目していく必要があります。BMSは、今後ますます重要性を増す技術であり、その進化と普及が、より安全で効率的なエネルギー利用を実現する鍵となるでしょう。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)とは?種類や導入のメリット、注目されている背景も解説!

2024年現在、カーボンニュートラルやSDGsが声高に叫ばれる一方で、LNG(液化天然ガス)や原油価格の上昇、円安などの影響によって電気料金値上げが続いています。企業では節電・省エネの取り組みを強化するために、エネルギーコスト管理と同時に環境への配慮が求められていますが、燃料や電気の使用状況を把握するというのはなかなか手間のかかる作業です。

そこで近年、それらのコントロールを容易にする仕組みである「エネルギーマネジメントシステム(EMS)」に注目が集まっています。本記事ではEMSの仕組みや種類、システム導入のメリットなどについてわかりやすく解説していきます。

目次

エネルギーマネジメントシステム(EMS)とは?

まず、そもそもEMSとは何かという点と注目される背景について解説します。EMSがどういった理由から重要度が高まってきているのかということを理解しましょう。

EMS=エネルギー使用の最適化

出典:ヤンマー

エネルギーマネジメントシステム(EMS)とは、エネルギーの使用状況を可視化し、各設備や機器の稼働をコントロールすることでエネルギーの運用を最適化するためのシステムです。センサーや制御機器を活用することで、エアコンや照明といった各機器におけるエネルギー使用のパターンやピーク時を把握・予測し、最適な節電となるように運用を制御します。

なぜエネルギーマネジメントシステム(EMS)が注目されているの?

EMSが注目される理由としては、省エネや持続可能な開発目標(SDGs)等の環境面やエネルギーコストの削減といった費用面に対する意識変化が挙げられます。

出典:資源エネルギー庁「2023―日本が抱えているエネルギー問題(前編)」

石油や天然ガスなどの資源に乏しい日本は元々エネルギー自給率が低く、資源エネルギー庁によると2021年度の日本の自給率は13.3%で、他のOECD諸国と比べても低い水準にあります。加えて、2011年に東日本大震災が起きて原子力発電所が停止した結果、海外から輸入される石油・石炭・天然ガス(LNG)といった化石燃料への依存がさらに強まります。

すると、電力消費量が多い工場やビルなどでエネルギー管理の取り組みが広がり、結果として企業における再生可能エネルギーの普及をはじめとした省エネ対策の意識が高まりました。また、昨今の電気料金の高騰を受けてエネルギーコストを削減することも企業の急務となりました。

環境やコストの問題への対策として、エネルギーの利用を最適化して必要以上にエネルギーを使用しないことが有効ではあるものの、企業においては一般的な家庭と比べて規模感や人的リソースの問題からエネルギー消費の最適化を図ることは簡単ではありません。

また、これまでは電気などのエネルギーをどのくらい使用したのかを知る機会や方法はあまりなく、電気料金の請求書からざっくりと知る程度でした。何にどのくらい電気を利用したのか、具体的なデータを正確に知る術がなかったのです。

そこで注目されたのが、自社施設における空調設備や照明設備などのエネルギー使用状況を機械的に把握して最適化できるEMSです。「どの機器がどれだけの電力を消費しているのか」「電気使用量が多い箇所はどこなのか」といった詳しい情報やデータをリアルタイムで制御できるEMSは、エネルギーコストの削減につながるうえに、限られた資源を効率よく・効果的に活用できるため、多くの企業で導入が検討されています。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)の国内市場規模

より良い世界にするための全世界の共通目標であるSDGsが一般に浸透して以降、世界的にEMSへの注目度が高まっている状況ですが、当然「持たざる国」である日本においてもEMSへの注目度は高く、市場規模も拡大傾向にあります。

出典:オートメーション新聞

株式会社富士経済が2024年1月に発表した調査レポート「エネルギーマネジメント・パワーシステム関連市場実態総調査 2024」によれば、EMS関連市場は今後、製造業を中心とした脱炭素対策の推進や半導体関連工場の新設・増強、サプライチェーンにおけるCO2の総排出量(Scope3)の把握ニーズが高まったことなど、複数の要因によって市場拡大が期待されており、その規模は2035年度には2兆6887億円に達すると予測されています。これは同レポートで示されている2022年度の市場規模の約2.1倍にあたる数値であり、昨今の法規制やエネルギー自家消費ニーズの高まりを見るに、エネルギー需給調整ビジネスは近い将来、飛躍的に成長していくに違いありません。

また、EMS関連市場とは一口に言ってもその中にはさまざまな分野が存在します。その中でも先行して成長が予測されている分野に「見える化ツール」をはじめとする「EMS関連ハードウェア(送配電・受電分野)」が挙げられています。

「見える化ツール」とは、業務・産業施設で採用されるエネルギーの使用状況を可視化するための電力計測機器やデータ収集機器のことで、主に大規模事業所においてエネルギー管理システムの構築用途で採用されてきました。

しかし、近年では一つの商品のサプライチェーンが複雑化しているため、大手企業と取引する中小規模の事業者においても製造時のエネルギー利用状況の把握が求められています。したがって、大企業ほど設備管理・エネルギー管理にリソースを割けないという中小企業においては、今後数年で省力化システムのニーズも急速に高まり、市場を後押しするのではないかという見方が強くなっています。

さらに、発電・蓄電分野のEMS関連ハードウェアも現在、研究開発が著しく進んでいます。蓄電池やV2H、再生可能エネルギー発電設備といった各業界の先端技術が進歩することにより、エネルギーの見える化を実施する主体は、企業だけではなく消費者へと大きく拡大していくことでしょう。とくに住宅分野においてはZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)やIoT住宅、スマートマンションをキーワードとした高付加価値型住宅での需要が高まるとみられています。

このように、EMSは現在進行形で市場規模を拡大させているホットな領域であるといえます。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)の種類

エネルギーマネジメントシステム(EMS)は、エネルギーの効率的な使用と管理を目的としたシステムであり、その応用範囲は非常に広範囲にわたります。EMSは、管理対象とする施設によってさらに細かく分類することができます。主な管理対象にはビル(BEMS)、家庭(HEMS)、工場(FEMS)、マンション(MEMS)、工業団地などの地域(CEMS)があります。それぞれのシステムは、異なる環境やニーズに対応するために設計されており、エネルギーの最適化とコスト削減を実現する役割を果たしています。各々のシステムについて詳しく見ていきましょう。

BEMS(Building Energy Management System)

出典:Unsplash

BEMS(Building Energy Management System)は、主に商業ビルやオフィスビルなどの大規模な建物におけるエネルギー管理を目的としたシステムです。オフィスやビルに機器制御装置、温度センサー、人感知センサー、中央制御装置などを設置し、収集したデータをもとに建物全体のエネルギー使用をリアルタイムで「見える化」できるため、システムによってはその稼働を制御して省エネを目指すこともできます。

手動ではなく自動的に設備を稼働させるため、「いくら言っても昼休みの消灯や空調温度設定が守られない」という従業員の省エネ意識不足や「日報作りに時間と手間が掛かってしまう」というリソースの無駄もなくなるでしょう。

また、BEMSは建物全体のエネルギー効率を評価し、改善点を明確にするためのツールとしても活用されています。多くの国では、省エネルギー法や建築物省エネルギー基準が設定されており、これに対応するためにはエネルギー管理システムの導入が不可欠です。日本においても「省エネ法」によって一定規模以上の事業者には、中長期計画を策定してエネルギーの使用状況などを報告する義務があります。こうした計画の策定にBEMSを活用することで、企業はエネルギー使用量の把握やそれに基づく改善や目標設定、届出書の提出が容易になり、少ない労力で社会的責任を果たすことができます。

業務用ビルからのCO2排出量は日本のCO2排出量全体の約1割を占めるといわれており、多くの建設会社やビル管理会社、電機メーカーがBEMSを開発しています。近年では、ビルの省エネルギー性能がテナントの選定基準となるケースも増えており、BEMSの導入は競争力を高める要素として今後、さらなる普及が期待されています。

HEMS(Home Energy Management System)

出典:shutterstock

HEMS(Home Energy Management System)は、事業者向けではなく、一般住宅でのエネルギー管理を目的としたシステムです。家庭内の電力消費をタブレット端末やパソコン画面等で監視し、消費者が自分で管理できるような各種機能を提供します。その仕組みはいたってシンプルで、分電盤に電力測定装置を取り付け、HEMSに対応した各家電をネットワークに接続し、タブレット端末などで家庭内のエネルギー使用状況を管理します。

HEMSは国内の家電大手であればほとんどのメーカーで取り扱っており、IoTテクノロジーの発展により外出先からネットワークを通じて家電を遠隔操作することができます。「暑いからエアコンを付けたまま外出したいけど電気代が心配」「急いで出てきたけど玄関のドアって閉めたっけ?」といった心配もなくなり、快適な住まいと家庭の電力使用の効率化が実現できるでしょう。

また、HEMSはエネルギー使用のデータを分析し、家族のライフスタイルに合わせたエネルギーのコントロールを行います。近年、太陽光発電による創エネによって家庭における消費エネルギーのすべてをまかなう住宅であるZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)が注目を浴びていますが、ゼロエネルギー化を実現するためには、消費電力の確認と抑制が必須です。HEMSでは、正確な分析とリアルタイムでの監視により自動的に電力消費を最適化できるため、ZEHに欠かせないシステムとなっています。

日本において民生部門(家計が住宅内で消費したエネルギー消費と第三次産業の事務所内におけるエネルギー消費)は最終エネルギー消費の3割を占めており、省エネ対策の強化は欠かせません。HEMSの導入は温室効果ガスの削減にもつながるため、政府も民間企業を主導としたHEMSの普及を期待しており、「グリーン政策大綱」にて2030年までに全世帯への設置を目標に掲げています。

グリーン政策大綱(骨子)|国家戦略室

一方、一般家庭が使用するエネルギーを可視化して一元管理するという点ではBEMSと同じですが、HEMSに対応している機器が少ないという課題があります。HEMSに家電を接続する場合には、経済産業省が推奨する「ECHONET Lite」という規格に対応している必要があります。今後登場する家電の多くは対応しているものに置き換わることが予想されますが、既存の製品では対応できないものも多く、HEMS導入と同時に買い替えが必要になることは押さえておく必要があるでしょう。

FEMS(Factory Energy Management System)

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FEMS(Factory Energy Management System)は、工場におけるエネルギー管理を目的としたシステムです。工場は一般的に大量のエネルギーを消費するため、FEMSの導入により大幅なエネルギーコストの削減が期待されます。生産設備や照明、空調などのエネルギー使用を詳細に監視・制御し、生産性を維持しながらエネルギーの無駄を削減することができます。

基本的な仕組みはこれまでのEMSとほとんど変わりませんが、受配電設備のエネルギー使用量の管理だけではなく、工場にある生産設備のエネルギー使用量も管理対象に含まれています。FEMSから得られるデータをチェックするだけで設備そのものの無駄な部分や使い方などが浮き彫りになり、製造活動の改善につなげられます。したがって、サプライチェーンと連携したエネルギー使用の最適化や生産計画への反映といった応用の仕方が可能になっています。

また、企業が省エネを目指して掲げる方針や目標、計画などを一連のプロセスとして定めたEMSの国際規格「ISO50001」によって導入が推進されているため、FEMS導入企業はグローバルな競争力を維持することができます。環境保護の観点からも取引先や顧客の選定要素となり得るため、企業間競争においてもFEMSは重要な役割を果たすことになるでしょう。

MEMS(Mansion Energy Management System)

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MEMS(Mansion Energy Management System)は、マンションや集合住宅におけるエネルギー管理を目的としたシステムです。マンションの共用部や各住戸のエネルギー使用をリアルタイムで監視し、効率的なエネルギー利用を促進するための各種機能を住人や管理会社または運営会社に提供します。これにより、住民全体のエネルギーコストを削減し、環境負荷の低減も図ることができます。

MEMSは、HEMSとBEMSのちょうど中間のようなイメージで、住民はHEMSのように各戸がモニターで電気の使用量を確認できるようにして効率的なエネルギー消費をしながらも、マンション全体のエネルギー消費を一元的に管理することが可能です。共用部の空調や照明の管理を最適化することで、住民の快適性を損なうことなく省エネを実現することができ、マンション全体のエネルギー使用状況をリアルタイムで監視することで、異常なエネルギー消費の早期発見や、災害時の迅速な対応が可能となります。

こうした安心で快適な居住環境という観点では、MEMSの導入はマンションの資産価値を高める要素ともなっており、導入されたマンションは「スマートマンション」としてのブランド力を強化することができます。

また、MEMSの契約は各戸ごとではなくマンションで一括受電契約をするため、マンションの屋上に設置された太陽光発電システムから得られた電力を共用部や各住戸に供給することで電気料金を削減することもできます。さらに蓄電池と連携することでエネルギーの自給自足や災害へのリスクヘッジも実現できるため、その重要性は今後ますます高まるでしょう。

CEMS(Community Energy Management System)

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CEMS(Community Energy Management System)は、地域全体や工業団地におけるエネルギー管理を目的としたシステムです。地域にある発電所だけではなく、範囲内にある企業や一般家庭などもエネルギーマネジメントの範囲です。

オフィスビルなどを管理するBEMSや一般家庭で用いられるHEMSは消費する側の立場でエネルギーを管理しますが、CEMSは電力を供給する側の立場でマネジメントを行います。CEMSはいわば、これまでにご紹介した個々のEMSを含めた地域全体のエネルギーを管理する「まとめ役」のような存在です。したがって、CEMSは単なる省エネではなく、「エネルギーの地産地消」をめざそうという発想が盛り込まれており、外部からのエネルギー依存を減らすことで、太陽光発電や風力発電、燃料電池、蓄電池などの不安定な電源による需給アンバランスや逆潮流による電力品質問題を解決します。電源が分散しているため、災害時の対策としても活用できるでしょう。

日本ではエネルギー効率の向上と環境保護の観点から、政府も地域エネルギー管理の一環としてCEMSの普及を支援しており、多くの自治体や企業が導入を検討しています。CEMSの導入は、地域のブランド力を強化する要素としてエコタウンとしての認知度を高める効果も期待できます。

その他にも、CEMSではHEMSで取得したデータを活用したヘルスケアなどの生活サポートサービスの提供をはじめ、様々なサービスへの接続が期待されています。CEMSの普及が進むことで、日本におけるエネルギーの未来はよりスマートな方向へと進んでいくでしょう。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)を導入するメリット

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EMSの導入は、カーボンニュートラルやSDGsなど環境問題への対応からエネルギーコストの削減といった経済的な利益まで広く影響を与えます。ここでは具体的な3つのメリットについて解説します。

各設備の正確な消費エネルギー量を「見える化」できる

これまでは詳細なエネルギー使用量を知りたくても、請求書や明細には記載がないため、各機器・施設ごとのエネルギー使用量は知ることができませんでした。しかし、EMSを導入することで、各設備の消費エネルギー量をリアルタイムで「見える化」することが可能になります。

施設内において「どの設備が・どの時点で・どれくらいエネルギーを使用しているか」という具体的なエネルギー使用の内訳を「時間ごとに」あるいは「リアルタイムで」把握することで、いかに資源のロスが発生しているのかを見つけるきっかけになります。たとえば、オフィスの照明が必要以上に点灯されている時間帯を特定し、自動でタイマーを設定することも一手です。

加えて、その使用エネルギー量からどのくらいCO2を排出したのかも計算できるため、環境への効果も具体的に見えるようになります。そのため、エネルギー消費の効率化や環境への効果に対して成果が具体的に報告しやすくなり、実行した対策のチェックによってエネルギー計画を改善していくことも可能になります。

老朽化や不具合により稼働率が低下した機器が「わかる化」できる

EMSの導入により、各設備の稼働状況を継続的にモニタリングすることができるため、老朽化や不具合によって稼働率が低下した機器を早期に「わかる化」できます。たとえば、ある機器のエネルギー消費が通常よりも急激に増加している場合、それは内部の部品が劣化しているサインかもしれません。EMSを活用すれば、こうした異常を即座に検知し、適切なメンテナンスを実施することで、機器の寿命を延ばし、運用コストを削減することができます。

また、EMSには、リアルタイムでエネルギーの使用量が把握できるだけではなく、過去の使用量データも保存されています。過去のデータとの比較により、劣化が進行している機器や故障が発生し始めている設備を事前に把握することで、完全に使えなくなってしまうまでメンテナンスや交換が後回しにされがちな機器類でも、業務に支障が出る前にメンテナンスや機器の交換が可能となり、大規模な故障やトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。

エネルギー運用の「最適化」を実現できる

ここまでは個々の機器のエネルギー効率を把握できるというメリットを述べてきましたが、EMSの最大のメリットは、エネルギー運用の「最適化」を実現できる点にあります。各設備のエネルギー使用状況を詳細に分析し、どのタイミングでどの機器を稼働させるべきかを最適に判断することができます。たとえば、電力の使用ピークを避けるために、複数の機器を順番に稼働させることで、エネルギーコストを抑えることが可能です。

さらに、EMSから得られるデータをもとにエネルギー効率の低い機器を交換するタイミングを正確に把握できるため、設備投資の計画も立てやすくなります。機器の稼働効率が向上した後にも、定期的なエネルギー消費の見直しを機械的に行うことで、エネルギー管理の全体を最適化して持続可能な経営を実現します。企業にとってメリットの多いエネルギーマネジメントシステムですが、こうした「見える化」「わかる化」「最適化」のサイクルを回し、常に最適なエネルギー運用ができるのがEMSの良さなのです。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)を導入するときの課題

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これまで見てきたようにEMSは、エネルギーの効率的な管理と削減を目指すための強力なツールです。一般家庭への普及も推進されているEMSですが、導入するうえでいくつか気をつけておきたいポイントがあります。ここからは、EMSを導入する際に考慮すべきいくつかの課題について見ていきましょう。

イニシャルコストが大きい

EMSの導入において最初に直面するのは、その高額な初期投資です。EMSは各設備のエネルギーの流れをより詳細に取得する必要があるため、導入にあたっては計測デバイスを外付けするなどして監視システムの網の目をより細かく張り巡らせる必要があります。また、現状の設備がEMSに対応しておらず、新たに買い替える場合、機器の費用も加算されます。したがって、小規模な事務所へのEMS導入であっても、導入範囲によっては数千万円以上の費用がかかる可能性があります。商業施設や学校、病院といった大規模施設であれば数億円を超えることもあるでしょう。

さらに、これらの初期費用を回収するまでの期間を考慮し、慎重に検討する必要もあります。イニシャルコストだけではなく、適切な運用を維持するにはシステムの保守やデータ分析に掛かるランニングコストも発生してくるため、運用計画を明確にしておかないと、効果的なコスト削減につながらない可能性もあるでしょう。コストの削減は、すぐに結果が出るものではありません。コスト削減が目標だとしても、結果が見えない間も継続的にランニングコストを支払い続けられるように予算を確保しておきましょう。

なお、経済産業省の「省エネルギー投資促進支援事業」「省エネルギー投資促進・需要構造転換支援事業費補助金」などの補助金制度を活用することで、初期費用の一部を軽減することが可能です。これらの制度では、申請単位で、「EMSの制御効果と省エネ診断等による運用改善効果」により、原油換算量ベースで省エネルギー率2%以上を満たすプロジェクトに対して補助金が交付されます。補助率は事業規模などによって異なりますが、補助金の上限額は「1億円/事業全体」となっており、これらの制度を上手に活用することで、導入のハードルを下げることができます。

省エネ補助金|一般社団法人 環境共創イニシアチブ

※令和6年度「先進的省エネルギー投資促進支援事業費」については、新規事業の公募および採択は実施せず、令和4年度以前に初年度採択された複数年度事業を対象としています。

使用している機器とシステムの仕様がマッチしないことがある

EMSの導入に際して、既存の設備やシステムとの互換性も大きな課題となります。工場で使用されるエネルギーマネジメントシステム(FEMS)は、機器の仕様やシステムの独自性が高いため、EMSとマッチしないケースが多く見られます。既存の機器がEMSと互換性がない場合、新しい機器を購入する必要が生じ、その追加費用が発生します。このような状況では、エネルギー管理のための投資が増え、コスト削減を目指しているにもかかわらず、初期費用がかさむという矛盾が生じることがあります。

また、EMSが既存のシステムと統合されない場合、データの収集や分析が正確に行われず、期待される効果を得ることが難しくなります。とくに工場や生産設備のような特殊な環境では、機器の仕様やシステム構成が大きく異なるため、自社工場にEMSを導入したいと思っても、全体としての導入が難しくなってくる場合があります。そのため、EMSを提供する事業者に相談し、既存の設備やシステムとの適合性を事前に確認することが重要です。

専門的な知識とスキルが必要

EMSの運用には、専門的な知識とスキルが求められます。EMSは、各設備のエネルギー消費データを収集し、分析することで最適なエネルギー管理を実現しますが、このプロセスには高度な専門知識が必要です。また、設備ごとのデータを正確に分析し、適切な対策を講じるためには、省エネルギーやエネルギー管理の専門知識だけでなく、ICT(情報通信技術)や関連法規の知識も必要です。そのため、EMSの運用担当者がこれらの専門知識を持っていない場合、システムの導入効果を最大限に引き出すことが難しくなってしまいます。

したがって、EMSを導入する際には、専門家の支援を受けることが推奨されます。社内に適切な人材がいない場合は、EMSを提供する事業者や外部の専門家に運用サポートを依頼することも一手です。また、新たに専門知識を持つ人材を採用することも検討すべきでしょう。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)におけるブロックチェーンの可能性が模索されている

EMSの進化に伴い、ブロックチェーン技術の導入が注目されています。ブロックチェーンは、その分散型台帳技術を活用することで、EMSの信頼性と透明性を高める可能性を秘めています。本章では、EMSにおけるブロックチェーンの活用事例や、そのメリット、そして今後の展望について解説します。

そもそもブロックチェーンとは?

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ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種です。その中でもとくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っています。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません

また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

ブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値と呼ばれる関数によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています

また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。

コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出します。この行為を「マイニング」といい、最初に正しいナンスを発見したマイナー(マイニングをする人)に新しいブロックを追加する権利が与えられます。ブロックチェーンではデータベースのような管理者を持たない代わりに、ノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持っています。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事でも解説しています。

ブロックチェーンはエネルギーマネジメントシステム(EMS)との融合でどういう役割を果たす?

EMSは施設内のエネルギー消費を最適化するためのシステムですが、導入時だけではなく運用の際にも様々な課題が伴うことは事実です。その中でも、エネルギー取引やデータ管理の信頼性を確保することは、ブランドプロミスやESG経営を真に叶えるためにも重要な課題の一つとなっています。そこで近年、耐改ざん性に優れたブロックチェーンがその解決策として検討されています。

これまでのエネルギー取引やデータ管理は取引所や管理者といった中央集権的なシステムによって行われることがほとんどでした。この場合、データの改ざんや不正取引のリスクが存在し、信頼性の確保が課題となります。また、CO2の削減量という観点では、サプライチェーンと紐づいていないデータを各プレイヤーがそれぞれ管理することでダブルカウント(1つの排出削減・吸収効果を重複して認証、使用又は報告すること)という問題も生じていました。

ブロックチェーンは前述の通り、取引データを分散型台帳に記録し、改ざんが困難な形で保管する技術です。EMSにブロックチェーンを組み込むことで、データの改ざんが困難になり、不正取引のリスクが大幅に低減されます。また、サプライチェーン全体で共有される一貫したデータ管理も可能となり、ダブルカウントの問題も解消されます。

実際の事例として、株式会社会津ラボと株式会社エナリスが福島県で実施した「ブロックチェーンを活用した電力取引サービス」の実証実験があります。この実験では、福島県内の一般家庭にコンセント型スマートメーター「スマートプラグ」を配布・設置しました。スマートプラグで計測された電気機器の消費電力データは分散型台帳技術ブロックチェーン基盤「いろは」に記録され、その状況下で模擬の節電を要請し、遠隔操作による各家庭の家電の電力抑制・遮断テストを実施しました。

出典:新・公民連携最前線

株式会社エナリスのニュースリリースによると、電力需給が逼迫する状況下で家電を制御することにより起こる事象や、分散台帳の整合性確認において、以下のようなブロックチェーンの有効性が確認されました。

  • ブロックチェーン使用による情報の秘匿性
    • 本実証で採用した「プライベート型」ブロックチェーンは、当事者以外は電力使用量データを閲覧できないため、情報の秘匿性には問題がないことがわかった
    • だれでも閲覧が可能となる「パブリック型」ブロックチェーンでは、見守り生活者の生活パターン等から属性を類推することが可能となる懸念がある
  • ブロックチェーンのスマートコントラクト機能の活用
    • 見守り対象者と登録者との契約管理や、一定の条件で警報を発するサービスなどにスマートコントラクト(契約の自動執行)機能は相性が良い
  • ブロックチェーンの可用性
    • 本実証においては、ブロックチェーンの介在者はエナリスと会津ラボの2社のみだったが、介在者が多いほど可用性がたかまるブロックチェーンの特性上、今後、介在者が増えれば現在の中央サーバー型よりも障害耐性が高まることが想定される。万が一に対して適切な対処が必要となる見守りサービスのようなサービス運営には向いていると考える

このようにブロックチェーン技術をEMSに組み込むことで、多くの新しい可能性が広がります。将来的には、EMSを通じたブロックチェーン技術の活用により、エネルギー管理の効率化だけでなく、電力データを活用した新しいサービスの開発や地域コミュニティ全体でのエネルギーシェアリングなど、さまざまな応用も考えられます。今後もブロックチェーン技術の進化とともに、エネルギー業界においてこの技術の活用がどのように組み込まれていくのか、注目が集まります。

まとめ:エネルギーマネジメントシステム(EMS)を知ってエネルギーコストを把握・管理しよう

エネルギーマネジメントシステム(EMS)は、企業や施設においてエネルギーの消費を効率的に管理・最適化するための重要なツールであることはご理解いただけたでしょうか?EMSは、もはや先進的な取り組みという枠組みではなく、カーボンニュートラルやSDGsの達成を目指しつつ、電気料金の値上げに対応するうえで欠かせない存在となっています。

EMSの導入には初期費用や専門的な知識が必要ですが、ブロックチェーン技術の活用など、先進的な取り組みも進められています。これにより、エネルギー取引やデータ管理の信頼性が高まり、より効率的で透明性のある運用が期待されます。

エネルギーコストの管理と環境への配慮を同時に実現するEMSを導入することで、持続可能なエネルギー利用を推進し、企業の競争力を高めることができるでしょう。今後もEMSの活用方法や技術の進展に注目し、より効果的なエネルギー管理を目指していきましょう。

電気の安定供給を維持する仕組み「同時同量」とは?

電力需給のバランスを保つために欠かせない「同時同量」という概念について耳にしたことがあるという方は、実はそんなに多くないのかもしれません。また、聞いたことがあるという方でも「具体的にはどうやって実現しているの?」や「どのようにして実現されているの?」といった疑問を抱える方も多いかと思います。

本記事では、同時同量の基本的な仕組みから、計画値同時同量制度や需給調整市場といった制度の裏側、さらにデマンドレスポンスやVPPといった同時同量に関連する重要なトピックについて、わかりやすく解説していきます。これらの知識を通じて、電力需給のバランスを保つための現代の技術と制度の重要性を理解していただければ幸いです。

同時同量=必要なときに必要な分だけ電気をつくること

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電力の安定供給を維持するためには、「同時同量」という概念が欠かせません。これは、電力の需要と供給をリアルタイムで一致させることを意味します。詳しくは後述しますが、電気は貯めておくことが難しいという性質を持っており、かつ瞬時に消費されるため、供給側は常に需要に合わせて発電量を調整しなければなりません。そのため、必要なときに必要な分だけ電気をつくることで電気の安定的な供給を維持しています。

日本の電力システムでは、電力会社のオペレーターが天候や過去の需要データに基づいて電力需要を予測しながら発電所の運転計画を立てています。しかし、実際にその予測通りになるかというとそうとも限らず、当日の需要変動に応じて発電量を調整することで安定した供給力を実現しているのです。

「需要変動に応じて」とはいうものの、すべての需要家(消費者)の需要量を正確に計測しているわけではありません。電力には供給が需要を上回ると、周波数が上がるという性質があります(逆に、需要が供給を上回ると、周波数が下がります)。そのため、オペレーターは電力の周波数を監視して発電所に出力の増減を指示することで、24時間365日の供給と需要のバランスを保つことができるのです。

こうした同時同量を保つ義務を負っているのは、各地域の系統電力の管理を行う一般送配電事業者です。もちろん新電力(PPS: Power Producer and Supplier)にも安定供給・調整の責任はありますが、「電力小売」という性格上から即時対応は難しいため、「30分同時同量」という瞬間的な需要と供給のズレを許容する30分単位のルールに基づいて運営されています。

需給調整の流れ

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需要量の予測

電力の需給バランスを保つための第一歩は、需要量の正確な予測です。電力需要は季節や天候、経済活動、時間帯によって変動します。たとえば、夏場の猛暑日には冷房の使用が増え、需要が高まります。一方、春秋の穏やかな気候では電力需要が比較的低くなる傾向があります。また、平日と休日、昼夜間でも需要パターンが異なります。

電力会社は、これらの要素を考慮して需要予測を行い、過去の需要データや天気予報、経済指標などを基に予測モデルを作成します。近年では人間によるデータ解析に加え、AI(人工知能)を駆使したより高精度な需要変動の予測が立てられています。

需要予測は、電力の安定供給を確保するための鍵となるプロセスです。予測精度が高いほど、供給計画が適切に立てられ、同時同量の維持が容易になります。

発電量の計画

次に行われるのが発電量の計画です。日本の電力供給は、火力発電、水力発電、原子力発電、再生可能エネルギーなど、多様な発電方式が用いられています。しかし、各発電方式には特性があり、需要変動に応じて柔軟に発電量を調整することが求められます。

たとえば火力発電は比較的迅速に出力を調整できるため、需要の急な変動にも対応しやすいです。一方、太陽光や風力などの再生可能エネルギーは天候に左右されやすく、出力の予測も難しいため、需要と供給のバランスを取るうえでの調整が必要です。

サプライヤーは、需要予測を基に各発電所の稼働計画を立て、どの発電所をどのタイミングで稼働させるかを決定します。たとえば、電力需要が高い時間帯には火力発電所をフル稼働させ、再生可能エネルギーの出力を最大限活用します。一方、需要が低い時間帯には一部の発電所を停止させ、必要最小限の電力供給を維持します。

もちろん、電力会社は需要の変動にリアルタイムで対応するために発電所の出力を細かく調整するシステムを導入しています。しかし、電気というのは「足りない分をいますぐ作れ!」あるいは「今日はこれ以上作れません‥」というようなことはできません。したがって、発電計画の時点で供給力にある程度の余裕を持たせておく必要があります。一般的に電力を安定供給するためには最低でも3%、通常であれば8%以上の予備率が望ましいといわれています。

不足分電力の購入

緻密な計画をもってしても、その計画通りに発電が進まない場合や、実際の需要が予測を上回る場合には不足分の電力を市場から購入する必要があります。日本では、電力市場が整備されており、電力の取引が行われています。これにより、電力会社は不足分の電力を迅速に調達し、供給を維持することができます。また、電力市場では需給バランスの調整が行われており、一般送配電事業者が不足分を補うために発電事業者が超過している発電量を吸収することで不足を解消しながら、周波数が上がりすぎるのを防いでいます。これにより、どの地域で・どの会社から電力を購入していたとしても安定供給が確保されています。

同時同量じゃないとどうなるの?

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同時同量の面倒な側面だけを見てしまうと、「予備力が必要なら大量に電気をつくればいいんじゃない?」あるいは「需要が低い時間帯に電気をためておけばいいんじゃない?」という意見もあるかと思います。しかし、同時同量が維持されない場合、電力システムに多くの問題が生じます。

なかでも、電気の周波数が乱れることによる「電気の質」の低下は様々な弊害を引き起こします。日本では、東日本で50Hz、西日本で60Hzの周波数が採用されています。この周波数が乱れてしまうと電力システム全体に下記のような障害が発生します。

  • 機器の故障:設計時に想定されている周波数を外れることで、電力系統に接続されている機器が正常に動作しなくなります。これにより、機器が過熱したり、動作が不安定になったりすることがあります。
  • 電力の質の低下: 電気の質が低下すると、電力を利用する設備や家電製品のパフォーマンスが低下し、最悪の場合には故障することもあります。
  • 大規模停電のリスク: 周波数の乱れが大きくなると、電力システム全体が不安定になり、大規模な停電が発生するリスクが高まります。

実際に、2018年9月に北海道で発生した大規模停電、通称「ブラックアウト」は周波数が大きく乱れたことによって引き起こされたものでした。火種となったのは最大震度7の地震が起きたことです。機器の故障や送電トラブルによって道内で最大の発電所である苫東厚真火力発電所や水力発電の供給力が絶たれたことで、需要をカバーするだけの電力が発電できなくなって周波数が下がったことから、最後にはブラックアウトが起きてしまったのです。これは電力不足だけではなく、供給過多の際も同様です。したがって、「大量の電力であらかじめ需要をカバーしておく」ということができないのです。

また、電力を前もってためておく「蓄電」にも注目が集まっているものの、現時点では電力全体の需要をバックアップできるほどの大容量蓄電技術は開発されていないのが実情です。数だけでこの課題を解決しようとすると金銭的な負担はもちろん、大規模な蓄電システムの導入や定期的なメンテナンス、設置スペースなど他の課題へと飛び火することが予測されます。

こうした点から現在の電力供給においては、同時同量の概念は欠かすことができないものとなっています。

同時同量の問題点とは?

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同時同量は現在の需給調整の仕組みを支える基本的な概念ですが、実は近年、その問題点が指摘されるようになっています。なぜなら再生可能エネルギーが急速に普及したことにより、供給が過剰になるケースが増えているからです。

前述の通り、電力が足りていない場合だけではなく多すぎる場合にも電気の周波数には乱れが生じてしまいます。一方で太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーは、天候条件によって発電量が大きく変動するため、需要を上回る供給が発生することがあります。こうした場合、供給過剰分を抑制するために一部の発電所では出力を意図的に低下させる「出力制御」が行われます。

出力制御には電力系統に過剰な電力が流れ込むのを防ぐ大切な役割がありますが、見方を変えると本来発電されるはずの電力が発電できていないということです。つまり、同時同量の問題点は、エネルギーリソースが無駄になっているという面にあります。とくに電力需要が少ない春秋シーズンや、日照条件や太陽光発電の適地が多い九州では、出力制御が頻発することが問題視されています。

実際のデータで見ても、2023年度における全国の制御電力量は約18億9000万キロワット時となっており、これは平均的な家庭約45万世帯の年間使用量に匹敵する規模で、家庭の電気代に換算すると数百億円分が使い切れなかった計算になります。

再生エネ発電の出力制御、23年度は3倍超 45万世帯分使い切れず | 毎日新聞

また、出力制御には売電収入が減ってしまうという弊害もあります。太陽光発電が増えた理由の一つに、再生可能エネルギーで作られた電力を国が定めた価格で電力会社などが一定期間買い取るというルールを定めた「固定価格買取制度(FIT制度)」という支援制度が導入されたことにあります。

しかし、出力制御中は売電ができず、またそれに対する補償もないため、発電事業者は売電によって得られたはずの利益が手に入りません。それどころか、オンライン事業者(出力制御機器やインターネットによって遠隔で出力制御できる事業者)が代理で実施した出力制御分の料金は「代理制御調整金」として毎月の売電収入から天引きされることになります。

発電する側としてはできれば対応したくないこの仕組みですが、2022年4月からは設備容量が10kW以上の太陽光発電設備が出力制御の対象となり、発電事業者は出力制御の実施に同意することを前提条件にFIT認定を受けているため、対応が必須となります。また、2015年1月26日以降に連携した発電所については遠隔で出力制御できるシステムの導入が義務化されました。これにかかる追加費用は、発電事業者(太陽光発電のオーナー)が負担しなくてはなりません。

このようにいくつもの課題が見え隠れする同時同量ですが、出力制御は現在も右肩上がりで増加傾向にあり、今後もさらに増加すると思われます。いかにしてエネルギーの無駄・発電事業者の不満を減らしていくかが電力業界の将来を占う争点の一つになっていくことは間違いないでしょう。

日本では計画値同時同量制度によって電力バランスを維持している

日本では電力の安定供給を確保するために、計画値同時同量制度が採用されています。計画値同時同量制度は、日本の電力システムにおいて、発電事業者と小売電気事業者が事前に計画を立て、その計画に基づいて電力の需要と供給を調整する制度です。基本的な流れは「需給調整の流れ」で見たとおりですが、ここではさらに詳しく制度を見ることで、国内でどのように電力需給バランスが維持されているのかを理解しましょう。

計画値同時同量制度って?

「計画値同時同量制度」とは、安定して電力を供給するために「発電量と消費量を一致させる」ことを「電気事業法」によって「小売電気事業者」に課している制度です。小売電気事業者に課せられている制度ですが、その送配電網を借りて電気を送配電する際には、利用者もそのルールを守る必要があります。

出典:インプレス Smart Grid フォーラム

この制度では、小売電気事業者と発電事業者は、前日正午までに翌日の発電販売計画と需要調達計画を作成し、電力広域的運営推進機関(OCCTO)に提出する必要があります。計画は、実需給の1時間前までであれば変更が可能です。たとえば、その日の実需給状況が計画から外れた場合や、需要計画や発電計画を立てた際の条件が変わった場合には、計画を修正することができます。

計画の修正を行ってもなお、計画通りに需給が一致しなかった場合には、計画値からの需要や供給力のズレである「インバランス」に応じた「インバランス料金」と呼ばれるペナルティ料金が発生します。これらのインバランスは一般送配電事業者が日本卸電力取引所(JEPX)一日前市場(スポット市場)当日市場(時間前市場)で調整を行い、需給バランスを保つための措置が取られます。

インバランスには大きく分けて2つの種類があり、需要が計画を上回る「不足インバランス」と、需要が計画を下回る「余剰インバランス」があります。不足インバランスの場合、一般送配電事業者が不足分の電力を調達し、需給バランスを保ちます。この際、不足分の電力は市場価格よりも高いコストで調達されるため、その分の料金がインバランス料金として発電事業者や小売電気事業者に請求されます。余剰インバランスの場合も同様に、余剰分の電力を一般送配電事業者が買い取り、そのコストがインバランス料金として課せられます。

インバランス料金は、通常の調達費用よりも高額に算出されることがほとんどで、場合によっては3倍近くも高額になることもあり、新電力会社の利益を圧迫する要因となり得ます。インバランスが多発しているような事業者は厳重注意、最悪の場合には契約解除を受ける可能性もあります。

こうした理由から小売電気事業者のみならず、発電事業者も予測精度の向上や計画通りの稼働によって可能な限り同時同量に近しい状態を保ち続けなければならないのです。

需給調整市場によって需給バランスの柔軟な調整が可能に!

再生可能エネルギーの導入割合が増えると、上述した代替制御やインバランスの調整がさらに大変になっていくことは目に見えています。こうしたなか、発電事業者や小売電気事業者の運営の助っ人とも呼べる制度が誕生しています。それが2021年4月に誕生した「需給調整市場」です。

出典:経済産業省「電力・ガス基本政策小委員会制度検討作業部会 第九次中間とりまとめ」

需給調整市場とは、送配電網協議会が管理・運用する広域的な電力の取引市場です。従来、電力安定供給のための需給バランスは、東京や関西などの地域ごとに各エリアの一般送配電事業者が公募により調達していました。

しかし、新設された需給調整市場ではこうした地理的な制限がなくなり、あらかじめエリアを超えた電力調達する権利を取引することが可能になりました。需給調整市場では、「実需給時点で時間帯毎に必要な能力を持った電源等を、出力を調整できる状態であらかじめ確保すること」をΔkW(デルタキロワット)で取引し、契約します。

つまり、一般送配電事業者は発電事業者及びアグリゲータに対し、必要な能力を持った調整電源を必要な時に指令できる権利を持つことに対して発電事業者に対価を払っているのです。イメージとしては、一日前市場やその後の不測の需給ミスマッチに対応する当日市場をもってしてもなお需給バランスが崩れうる場合の「保険」としてあらかじめ確実に電力の調達先を見つけておくようなものです。価格はマルチプライスオークションによって決定され、ΔkWの入札単価の安いものから約定されます。

需給調整市場では、必要に応じて電気の需給を一致させる機能を「調整力」という商品として取引します。調整力は応動時間(送配電の指令を受けてから発電出力が実際に変化するまでの時間)継続時間(指令された出力を継続する時間)指令間隔(指令が送られてくる間隔)などの特徴により、全部で5つのジャンルに分けられています。

一次調整力周波数上昇/低下を食い止めるガバナフリー相当の調整力。
応動時間は10秒以内、継続時間は5分以上。
二次調整力①LFC信号により周波数を基準周波数に回復させる調整力。
応動時間は5分以内、継続時間は30分以上。指令間隔が数十秒程度。
二次調整力②EDC信号により周波数を基準周波数に回復させる予備調整力。
応動時間は5分以内、継続時間は30分以上。指令間隔が数分程度。
三次調整力①経済的に需給調整を行う高速枠の調整力。
応動時間は15分以内、継続時間は商品ブロック時間(3時間)
三次調整力②経済的に需給調整を行う低速枠の調整力。
応動時間は45分以内、継続時間は商品ブロック時間(3時間)
参考:日本電機工業会


「一次調整力」「二次調整力」は周波数を死守する(二次調整力は回復させる)いわば防衛ラインであるため即時対応ができる電源が分類されており、需給バランスの調整力を増やすことで一次・二次調整力を用いずとも、再エネ電源の予測誤差に対して用いられるのが「三次調整力」に分類されています。

そのため取引スケジュールにも違いがあり、一次~三次調整力①は、取引実施日の週の土曜日から次の金曜日までの1週間分を直近の火曜日までに入札・約定を行います(週間商品)が、太陽光発電や風力発電のような計画性に乏しい再生可能エネルギーによる調整力である三次調整力②は毎日、翌日分の入札・約定を行います(毎日商品)。

2021年度の開場時には三次調整力②だけだった取り扱い区分も段階的に拡大しており、2022年度からは「三次調整力①」が、2024年度には一次・二次調整力の取引が開始され、すべての商品の取引が始まりました。

日本国内ではこうした諸制度により、電力システムの柔軟で安定した運用が可能となっています。「同時同量」という言葉だけ聞いてしまうと簡単なことの様に思えるかもしれませんが、消費者に対する信頼性の高い電力供給が複雑な仕組みによって実現しています。

出力制御だけじゃない!同時同量を支える技術

デマンドレスポンス

出典:CDエナジー

デマンドレスポンス (DR:Demand Response)は、近年エネルギーの世界で使われるようになった言葉であり、電力の需要(消費量)と供給(発電量)のバランスを保つことを目的とした取り組みです。日本語では「需要応答」と呼ばれます。

これまでの同時同量を実現する手法は、今まで説明してきたような「電力会社が予測される需要に合わせて発電所の稼働や出力を調整し、需要量に供給量を合わせる調整」が行われてきました。しかし、デマンドレスポンスでは「需要家が電力の供給状況に応じて電力需要を制御し、供給量に需要量を合わせる調整」というアプローチを取ります。

定義だけ聞いてしまうと却って難しく感じてしまいますが、「電気料金設定により電力需要を制御する」「協力してくれた需要家に対し対価を支払う」などの方法で電力需要パターンを変化させ、需給バランスを確保するものだと考えればOKです。前者のように電力需要ピークに応じて時間帯の電気料金を変化させることで需要をコントロールするDRを「電気料金型デマンドレスポンス」、後者のように需要家にインセンティブを設定することで需要をコントロールするDRを「インセンティブ型デマンドレスポンス」と呼びます。

また、デマンドレスポンスの実施には「上げDR」と「下げDR」という2つのパターンがあります。上げDRとは供給量が過剰になった場合、需要を増やすことで効率よく電力を使っていくという考え方です。これはむやみやたらに電気使用を促すわけではなく、たとえば再生可能エネエルギーの余剰分を蓄電池や電気自動車などへの充電を要求したり、企業などに対して生産設備などの稼働を電力需要の少ない時間帯に変更する「ピークシフト」を要求したりします。

反対に、下げDRとは電力の供給量が少ない場合に需要量を減らして対応するという考え方です。電力需要のピーク時に家庭や会社で無理ない範囲で電気の利用を制限して節電することや、蓄電池や自家発電による電力の優先的利用を促すことで、市場全体の電力需要を下げていきます。とくに、インセンティブ型の下げDR、つまり電力会社の依頼に応じて電力使用を控えた需要家にインセンティブを付与する取引を「ネガワット取引」と呼びます。

デマンドレスポンスは、電力会社にとって比較的簡便な方法で実施でき、大多数に適用可能です。市場全体の電力需給バランスの改善に貢献するだけでなく、電力使用量を抑えることで高騰するスポット市場での追加購入量を減らすことができるため、日本全体として発電コストを抑制できるというメリットもあります。半ば強制的に行われる供給量の調整とは異なり、インセンティブによって自発的に電気を賢く・効率的に使用してもらうDRは、同時同量を実現するうえで重要な取り組みといえるでしょう。

仮想発電所(VPP)

出典:経済産業省

仮想発電所(VPP:Virtual Power Plant)は、分散しているエネルギーリソースを統合し、一つの発電所のように管理・制御するシステムのことです。

私たちの身の周りでは、太陽光発電設備や燃料電池、コージェネレーションシステム(熱電併給)や蓄電池、電気自動車(EV)やヒートポンプ給湯器(エコキュート)など、多様なエネルギーリソースが住宅やオフィスなどに広く散らばって設置されるようになりました。

VPPにおいては、上図のように需要家とVPPサービスを契約し、各リソースを束ねる「リソースアグリゲータ」と、このリソースアグリゲータを束ねて一般送配電事業者や小売電気事業者などと直接取引を行う、「アグリゲーションコーディネータ」が存在します。アグリゲータによって電力取引の流れをコントロールしてもらうことで、従来、電力を使うだけだった需要家も発電事業者と同等に電力をつくり、分散してエネルギーを貯めることができるようになったというわけです。

分散型発電設備は個々には規模が小さいため、従来の大規模発電所に比べて管理が難しいとされています。しかし、それぞれの設備の発電量や蓄電量が小さいとしても、VPPによってまとめて制御することで、大規模な発電所のように電力の需要バランス調整に役立てることができます。むしろ、分散した電力を集約してしまえば擬似的に大容量の蓄電池を構築することもできるため、「電力全体の需要をバックアップできるほどの大容量蓄電技術は開発されていない」という同時同量の課題も解決できるでしょう。

また、VPPは電力の需給予測とリアルタイムの制御技術を駆使して運用されます。これにより、再生可能エネルギーのように発電量が不安定な電源を他の電源や蓄電装置と組み合わせて統合的に管理でき、再生可能エネルギーの利用を最大化しながら同時同量を実現する役割を果たしています。

このように、VPPは多くのエネルギーリソースを協調動作させることによって負荷平準化や再生可能エネルギーの供給過剰の吸収、電力不足時の供給などを実現し、電力供給の安定性を高めることが期待されています。

揚水発電

出典:shutterstock

再生可能エネルギーを活用した発電は計画性が乏しいが故に同時同量の課題となっていることは先に説明した通りですが、実は再生可能エネルギーによる電力供給のなかには、電力の需給バラランスを安定させる「調整力」として重要視される発電方式があります。それが、揚水発電です。

揚水発電は、二つの貯水池を利用して電力を貯蔵し、必要なときに電力を供給するシステムです。ダムを使った水力発電と異なるのは、その名の通り「水」を高い場所へと引き「揚」げることが必要となる点です。では、なぜ揚水発電が同時同量の実現に役立つのでしょうか?

揚水発電所には山の上部に上池、下部に下池が設置されています。電力需要が低く、供給が過剰になっている時間帯には、発電所から供給される電力が余ってしまいます。この余剰電力を使って下池の水を上池に揚げることで電力を貯蔵します。そして電力需要が高まって追加の電力が必要になると、この水を上池から下池に落とすことでタービンを回して電力を生成するという仕組みです。電気は大量に貯めておくことが難しいですが、一度水の形にしてしまえば問題ありません。揚水発電はそれ自体がいわば大きな蓄電池のような役割を担っています。

さらに、揚水発電は応答性にも優れています。発電機の最大出力に至るまでの時間や出力を0に落とすまでの時間が短いため、発電所のトラブルや急な電力需要の増加にすぐに対応できます。この特性により、揚水発電は電力系統の安定性を維持し、同時同量を実現するための重要な手段となります。

出典:経済産業省

実際に資源エネルギー庁が発表している「優先給電ルール」においても、発電量が需要量を上回ってしまう場合にはまず、火力発電の抑制と揚水発電の稼働の2つが優先的におこなわれます。これは揚水運転によって電力を消費側でも調整でき、さらに消費した電力を再び発電に使える点で応答性に秀でているからこそのルールでしょう。

このように、揚水発電は余剰電力を効率的に貯蔵し、必要なときに迅速に供給することで、電力の需給バランスを維持して同時同量の実現に大きく貢献しています。柔軟で安定した電力供給を確保するために揚水発電の存在は必要不可欠であり、持続可能なエネルギーシステムの構築にも欠かせない技術に違いありません。

まとめ

本記事では同時同量とはそもそもどんなものなのかという概要に加え、計画値同時同量制度や需給調整市場といった裏側の制度や、デマンドレスポンスやVPPといった同時同量に関連する重要トピックの基礎知識をご理解いただけたのではないかと思います。

今後も再生可能エネルギーの利活用が拡大し、さらには気候変動や家庭での電力使用量の増加によって電力需要がひっ迫するなど、需給バランスが両極に大きく揺れ動くことは間違いありません。ニュースなどでこうした話題が取り上げられるケースも増えてくるでしょう。また、自社あるいは自宅に分散型発電設備を持つ機会も増えてくるはずです。

しかし、そうしたシーンでもやはり同時同量の概念は欠かせません。電力システムの安定性を保つためには、需給調整を正確に行うことが不可欠であり、同時同量の理解と実践がますます重要となります。未来の電力市場においては、技術の進化とともにこの概念がどのような技術と結びついていくのか、私たちは需要家あるいは発電事業者として引き続き注視していく必要があるでしょう。

【2024年】Web3.0とは?NFTやDAOなど分散型インターネットのユースケースも紹介!

2021年以降話題を集めている仮想通貨やNFT「Non-Fungible Token(非代替性トークン)」、メタバース(仮想現実)と共に、「Web 3.0」 という言葉を耳にする機会が増えてきました。Web3.0は別名「次世代のインターネット」とも呼ばれ、現時点でもっとも新しいインターネットの概念です。

本記事では、Web3.0に至るまでのWebの歴史を振り返った上で、Web3.0とは一体どういった概念なのか、またそのユースケースについて焦点を当てて解説していきます。

Web3.0とは?

Web3.0を解説するにあたり、これまでのWebがどのようにして進歩してきたかを以下の3つの時代に分けて解説します。

  • Web1.0:1995年~(ホームページ時代)
  • Web2.0:2005年~(SNS時代)
  • Web3.0:これから(分散型インターネットの時代)

Web1.0(ホームページ時代)

出典:Pixabay

Web1.0時代は、Yahoo!やGoogle、MSNサーチなどの検索エンジンが登場し始めた時期で、Webがまだ一方通行であった時代です。ウェブデザイナーのDarci DiNucci氏が1999年に、進化の段階を区別するためにWeb1.0とWeb2.0という呼び方を用いました。

ウェブサイトは1990年代初めに静的HTMLのページを利用して作られ、個人が「ホームページ」を持ち情報を発信する、という文化もこの時代から生まれました。ただし、インターネットの接続速度も非常に低速であり画像を1枚表示するだけでも時間がかかりました。

また、閲覧できる情報は情報作成者によってのみ管理されるため、閲覧ユーザーがデータを編集することはできません。こうした特徴からweb1.0は「一方向性の時代」とも呼ばれます。

Web2.0(SNS時代)

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Web2.0時代になるとYouTube、Twitter、InstagramなどのSNSが登場し、誰もが発信者となりました。Web1.0時代が「一方向性の時代」とされたのに対し、Web2.0時代は様々な人との双方向の情報のやり取りができるようになったのです。

また、Google、Amazon、Facebook、AppleといったいわゆるGAFAと呼ばれるプラットフォームサービスが大きく躍進し、巨大テック企業となっていった時代でもあります。

一方で、個人情報がGAFAのような特定の企業へ集中することによる個人のプライバシー侵害の可能性が問題視されています。一部の大企業に集まる情報には、住所や年齢、性別など基本的な個人情報だけでなく、個人の嗜好や行動履歴までもが含まれ、それらが利用できる状態になっているからです。

また、プラットフォームの管理者が中心に存在している中央集権型のサービスでは、管理者が定めたルールに反してしまうとアカウントが凍結されたり、サービスを利用できなくなる可能性があります。政治的思惑によって発言や行動を制限されるおそれもあるでしょう。

さらに、中央集権型の情報管理はサイバー攻撃を受けやすく、多くのユーザーに影響を及ぼす危険性があるという点も指摘されています。

2018年には「Facebook」が5000万人超のユーザー情報を外部に流出。また、2019年には「Amazon」が他の利用者の氏名や住所、注文履歴などが誤表示されて約11万アカウントのプライバシーが流出。さらには2022年には、「Twitter」の利用者およそ2億3000万人分の個人情報が流出するなど、実際にセキュリティ上のリスクが露見した例もあります。

Web3.0(分散型インターネットの時代)

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冒頭でも述べたように、Web3.0とは「次世代の分散型インターネット」のことを指します。さらにいうと、GAFAやその他巨大テック企業へ個人情報が集中している現状から、次世代テクノロジーを活用して情報を分散管理することで、巨大企業に情報が集中しない新しい形の情報管理のあり方として期待されているのがWeb3.0の概念です。

特定企業へ個人情報が集中していることによるリスクは前項でご説明した通りで、2021年以降、特定企業へ集中した情報を分散しようとする動きが活発化しています。管理者が存在しなくても、ユーザー同士でデータを管理したり、個人間でのコンテンツの売買や送金などが可能となっています。Web3.0 では、このように中央集権的なインターネットから脱却し、各参加者にデータや権限を分散する世界を目指しています。

この理念を実現するうえで、重要な鍵となっているのがブロックチェーン技術です。ブロックチェーン抜きにWeb3.0は語れないと言っても過言ではありません。ここからはブロックチェーンについて簡単におさらいします。

ブロックチェーンとは何か?

ブロックチェーン=正確な取引履歴を維持しようとする次世代データベース

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ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種です。その中でもとくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っています。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません

また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

ブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値と呼ばれる関数によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています

また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。

コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出します。この行為を「マイニング」といい、最初に正しいナンスを発見したマイナー(マイニングをする人)に新しいブロックを追加する権利が与えられます。ブロックチェーンではデータベースのような管理者を持たない代わりに、ノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持っています。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事でも解説しています。

世界のGDPの10%がブロックチェーン基盤上に蓄積される?

「ブロックチェーン=ビットコイン」という認識は、すでに過去のものとなっていることはご存知でしょうか?一昔前(といっても2010年代ですが)までは、ブロックチェーンといえば、ビットコインを始めとする暗号資産(仮想通貨)を支える基幹技術の一つに過ぎませんでした。

それもそのはず、もともとブロックチェーンは、2008年に生まれたビットコインネットワークの副産物でしかなく、多くのビジネスパーソンからはFintechの一領域として認識されていました。しかし、ブロックチェーンの技術に対する理解が徐々に深まるにつれ、金融のみならず、物流・不動産・医療など、多種多様な産業での応用が進み始めました。

ブロックチェーンが単なるビットコインの補助技術ではなく、世界経済の重要な基盤として位置付けられるようになっている背景には、その技術の特性と多様な応用が挙げられます。

ブロックチェーンは分散型台帳技術であり、中央集権的な管理者が不在であるため、データの改ざんや不正アクセスを防ぐことができます。この特性は、金融だけでなく、物流、不動産、医療などの様々な産業で信頼性の高い取引や情報管理が求められる場面で大きな価値を持ちます

そして、世界経済フォーラムによると、2025年までに世界のGDPの10%までがブロックチェーン上に蓄積されるようになるとの予測もなされるほどに、ブロックチェーンがこれまで以上に多くの産業で利用されるようになっています。たとえば、物流業界では製品の追跡や流通経路の透明化により、偽造品や盗難のリスクを減らすことができます。不動産業界では、不正な取引や不動産の二重売買を防止するために、土地登記や資産管理にブロックチェーンが活用されます。

これらの応用によって、ブロックチェーン技術は単なる金融の枠を超え、社会基盤の一部として不可欠な存在となっています。ブロックチェーンを単なる投機的な金融の一手法に過ぎないと見るか、それを次世代の社会基盤として位置付けるかによって、私たちの未来が大きく異なる可能性があります。

Web3.0は魔法の杖か?

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Web3.0の時代では、情報管理のスタイルがブロックチェーン技術により非中央集権型となります。つまり、個人情報は特定の企業ではなくチェーンに参加したユーザーによって分散管理されます。また、サービスを提供する基盤は特定企業に限定されず、ユーザーひとりひとりが参加するネットワークがサービスを提供する基盤となるのです。

ユーザー同士が、ネットワーク上で互いのデータをチェックし合うということは、不正アクセスやデータの改ざんが非常に難しいことを意味します。特定企業が個人情報を握ることもなければ、情報漏洩によって多大な被害を被ることもありません。

このように、Web3.0の概念が実現すれば個人情報が分散管理され非中央集権型の情報管理スタイルとなり、不正アクセスや情報漏えい、データ改ざんのリスクが軽減し、Web2.0の問題点が解決できると考えられています。

一方で、Web3を持ち上げる誇大広告は目に余るものがあります。様々なメディアでまるでWeb3.0に移行することでWeb2.0ではできなかったことが一気に解決するかのようなような表現がなされています。しかし、そんなことはありません。

おおまかな定義としては「Web3.0=分散型インターネット」となりますが、この定義はとても抽象的で、なにか具体的で厳密な定義があるわけではありません。「Web3.0とは?」で検索してみると様々なサイトで定義がなされていると思いますが、おおよそ以下の要素が共通する認識としてある程度でしょう。

  • 管理者がいない
  • ブロックチェーンによるデータ管理

つまるところ、Web3.0とはこの2つの要素で構成されているに過ぎません。もちろん、管理者がいないことはブラックボックスの防止(開けたプラットフォーム)やデータの自己管理(閲覧範囲のカスタマイズ)が可能になりますし、ブロックチェーンによるデータ管理は耐改ざん性や耐災害性に優れています。

こうしたなにか明確な目的や課題に対してWeb3.0からアプローチをかけるのは有効ですが、メタバースやNFTなどの印象面だけに着目して、なにか目新しいシステムで話題性を呼びたいというプロジェクトはすぐに衰退していくでしょう。なぜなら、単に話題性だけならWeb3.0でなくても良く、むしろ決済に仮想通貨が用いられるWeb3.0は、新規参入者には敷居が高いからです。

また、目的設定に対しても「管理者は不要!中央集権は絶対悪!」というような意見が存在します。確かにデータが誰か一人(一企業)が独占しているというのは、プライバシー・セキュリティ的な観点に限っていえばあまり良いものではありません。

しかし、サービスによっては絶対的な管理者が存在するからこそ成り立っているものもあります。身近な例でいうとAmazonです。Amazonは消費者の購入フローの1から10まで(広告という意味では0から)すべてが完結できるプラットフォームです。

幅広い品揃えで全国に多数の倉庫を有し、莫大なユーザーを独占しているからこそああいったビジネスは成り立っており、管理のオペレーションが分散していないことで、24時間365日のサービス提供やその日買った商品がその日に届くということも可能なわけです。

もちろん、Amazonはこれによって莫大な手数料利益を得ていますが、私たちも以前よりも同じものを安く購入することができています。このような見方をすると絶対悪とはいえないのではないのでしょうか。

さらに、管理者がいないというのはすべての責任が(一次的には)自己責任だということです。法整備がされていないことも要因ですが、トラブルが起きたとしても誰も仲介には入ってくれないというわけです。

Web3.0の世界では完全に「P2P」のサービスが実現できるといわれていますが、Web2.0で個人間で取引するモデル、たとえば大手フリマアプリのメルカリでは、従来よりも取引の自由度やスピード感、無駄な手間などが解消された一方で、ユーザー間のトラブルも起きています。メルカリは事務局による手厚いサポートで事なきを得ていますが、Web3.0ではこの事務局的存在がいません。こうした問題をどう解決するのか、という問題は依然として残っています。

このように、Web3.0はインターネットの登場のような技術革新として捉えるのは正しくないことがお分かりいただけたでしょうか。Web3.0で万事解決、といった安直な考えは危険であり、魔法の杖ではなく、ビジネスの問題点を解決する一つのソリューションとして認識したほうがよいでしょう。

近年登場してきたWeb3.0のユースケース

NFT

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ブロックチェーン技術を基盤とするWeb3.0ですが、デジタルデータを分散管理する上で不可欠な事があります。それは、そのデジタルデータが本物である証明です。

管理者を置かずに全ての情報を分散管理するためには、やり取りされる情報の信頼性がこれまで以上に大切になってきます。出どころが分からない嘘の情報や不正にコピーされたデジタルデータが流通してしまうことは、管理者不在のWeb3.0においては致命的な欠陥となりえます。

しかし、従来のデジタルデータは簡単にコピーでき、本物とコピーの区別をつけることはほぼ不可能でした。ここで役に立つのがNFTです。

NFTを言葉の意味から紐解くと、NFT=「Non-Fungible Token」の略で、日本語にすると「非代替性トークン」となります。非代替性とは「替えが効かない」という意味で、NFTにおいてはブロックチェーン技術を採用することで、見た目だけではコピーされてしまう可能性のあるコンテンツに、固有の価値を保証しています。

世の中のあらゆるモノは大きく2つに分けられます。それは「替えが効くもの」と「替えが効かないもの」です。前述した「NFT=非代替性トークン」は文字通り後者となります。

たとえば、紙幣や硬貨には代替性があり、替えが効きます。つまり、自分が持っている1万円札は他の人が持っている1万円札と全く同じ価値をもちます。一方で、人は唯一性や希少性のあるもの、つまり「替えが効かないもの」に価値を感じます。

不動産や宝石、絵画などPhysical(物理的)なものは、証明書や鑑定書によって「唯一無二であることの証明」ができます。しかし、画像や動画などのDigital(デジタル)な情報は、ディスプレイに表示されているデータ自体はただの信号に過ぎないため、誰でもコピーできてしまいます。

NFTではそれぞれのNFTに対して識別可能な様々な情報が記録されています。そのため、そういったデジタル領域においても、本物と偽物を区別することができ、唯一性や希少性を担保できます。

つまり簡単にいうと、NFTとは、耐改ざん性に優れた「ブロックチェーン」をデータ基盤にして作成された、唯一無二のデジタルデータのことを指します。イメージとしては、デジタルコンテンツにユニークな価値を保証している「証明書」が付属しているようなものです。

NFTについては以下で詳しく解説しています。

ブロックチェーンゲーム

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前述のNFTはファッションやチケットなど様々な分野で活用されていますが、なかでもゲーム分野ではその特徴が遺憾なく発揮されています。

NFTはデジタルデータの価値を保証できると説明しましたが、これをゲーム内コンテンツに転用することによって、ゲーム内での通貨やアイテムにも金銭的価値を生み出すことができます。

ブロックチェーンゲームにおいては、通常のキャラクターやアイテムがNFTで作成されています。そのため、ゲームを進めていくと入手できるレアなアイテムや育成したキャラクターを、ユーザー同士で売買することも可能です。

いままでも獲得した通貨や経験値でアイテムを購入することはできましたが、仮想通貨で他のユーザーとアイテム単位を売買することはできませんでした。その点、ブロックチェーンゲームではひとつのアイテムをほかのサービス会社で使用可能なこともあり、ゲーム内の収益をそのまま現実の収益とすることができます

これを受けて最近流行しているのが「Play to Earn(遊んで稼ぐ)」という概念です。アクションやシューティングといったプレイスキルが求められるジャンルだけではなく、「学ぶ」「寝る」「食べる」「運転する」といった誰でも簡単にできるジャンルにも応用されているため、今後さらに市場規模が膨れ上がるのでは?と期待されています。

こうしたエンタメ業界はWeb3.0に適合しやすく、カードゲームや音楽といった業界なども続々とWeb3.0に参入しています。また、Web3.0関連銘柄への投資に特化したファンドも設立され、一部のエンタメ企業が注目しはじめています。

ブロックシェーンゲームiについては以下の記事で詳しく紹介しています。

DeFi

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DeFiとは、「Decentralized Finance」の略で、日本語では「分散型金融」と訳されます。端的にいうと中央の管理者がいない金融システムのことを指します。

従来の金融システムでは銀行や証券会社といった中央集権的な管理者を経由してサービスを利用する必要がありました。しかし、DeFiでは仲介役となる中央管理者を介さずに、ユーザー同士で金融サービスを利用できます。

したがって、中央管理者を介しての取引で発生していた無駄な手数料や承認までのラグといった金銭的・時間的コストを大幅に削減できるというわけです。

また、「ウォレット」と呼ばれる仮想通貨を管理する財布のような機能を持ったツールさえあれば、場所や時間を問わずに世界中の様々なDeFiサービスも利用できます。「会員登録」や「審査」といった口座開設に伴う面倒な手続きも必要ありません。

一つのウォレットで世界中のサービスが利用できるということは、今までのように資金を移動する際にわざわざ両替をしたりアカウントを使い分けたりする必要がなくなるということです。自分のウォレットを接続するだけであらゆるサービスを利用することができるため、国籍や年齢、性別などに関係なく、全てのユーザーが平等に利用できるのです。

世界中の金融サービスをシームレスに体験することができる画期的な仕組みであるDeFiも、管理者不要でデータの安全性が担保されるWeb3.0ならではのアイデアだといえるでしょう。

DeFiについては以下の記事で詳しく紹介しています。

DAO

DAOには中央の管理者が存在せず、意思決定はコミュニティ全体で行う

DAO(ダオ)は「Decentralized Autonomous Organization」の略で、日本語では「分散型自律組織」と訳される、ブロックチェーン上で管理・運営される組織のことです。

株式会社などの一般的な組織とは異なり組織の管理者が存在しないという点が、DAOの大きな特徴のひとつです。組織の意思決定は管理者によるトップダウンではなく、組織の参加者全員によって平等に行われます。

この平等性をもたらせているのが、事前に設定した特定の条件が満たされた場合に、決められた処理を自動で行う「スマートコントラクト」という機能やプラットフォームの意思決定プロセスに参加するための投票権を表現する「ガバナンストークン」という概念です。

こうした技術によって、透明性が高く公平な意思決定が可能になっています。身近なものを例に挙げると、「ビットコイン」もDAOです。ビットコインには特定の管理者がおらず、世界中のコンピューターによるマイニングによって、ブロックチェーンが管理されています。

このように、中央管理者がいなくても成り立つ組織構造が「DAO」であり、それぞれ独自のシステムを持ち、Web3.0の技術を活用して運用されています。

DAOについては以下の記事で詳しく紹介しています。

まとめ

本記事ではWeb3.0について解説しました。

WEB3.0は、WEB2.0時代の問題を解決するソリューションとして構想されています。私たちの生活や仕事に与える可能性があることから、今後ますます注目を集めることが予想されます。

Web3.0を過大評価することはできないとは述べたものの、巨大企業に個人情報が集中している現状からの脱却を図り、権力の集中を避けるという面では、既存のインターネットの構図を大きく変える可能性もあります。

引き続きWeb3.0の行方には目を光らせておかなければならないでしょう。

ブロックチェーン×保険の最新事例~引受査定から請求管理まで~

米国に次ぐ保険大国といわれている日本では、保険業界は主に生命保険と損害保険に二分されます。2021年度において、日本の生命保険業界の市場規模は約32兆円であり、世界第3位の規模を誇っています。損害保険に関しても、その市場規模は約12兆円であり、世界6位という巨大なマーケットを形成しています。

こうした巨大なマーケットとなっている保険業界ですが、近年、従来の保険システムは現場のオペレーションも含めて様々な問題が表面化してきています。たとえば、データの改ざんや書類の偽造、不正行為の発生、さらにはテクノロジーの進化による収益構造の変化など、様々な課題が浮き彫りになってきました。

これらの問題に対して、ブロックチェーン技術を用いることで新たなアプローチが模索されています。ブロックチェーンはその特性から、透明性やセキュリティの向上に大いに貢献できる技術であり、保険業界においてもその導入可能性が注目されています。本記事では、保険業界におけるブロックチェーンの導入可能性について、具体的な事例を交えながら詳しく解説していきます。

    保険業界が抱える問題

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    データの書き換えや書類の偽造

    保険における不正というと、交通事故や盗難被害、火災・地震による建物被害などにあったと見せかけて保険会社から保険金をだまし取る手口が一般的なイメージかと思います。

    しかし、不正を行うのは加入者だけではありません。保険会社の営業職員が不正に手を染めるケースも散見されます。

    たとえば、保険会社の営業職員が顧客情報を不正に操作し、架空の契約を作成して手数料を得たり、契約内容を改ざんして顧客に不利な条件で契約を進めることがあります。これにより、保険会社は多大な損失を被ることになります。さらに、書類の偽造も頻繁に発生しており、保険金請求時の書類や契約書の内容が改ざんされることで、保険金の不正な支払いが発生するリスクも高まっています。

    2019年には、かんぽ生命と日本郵便の保険販売で顧客に無断で書類を偽造して契約していたことが明らかになりました。こうしたデータの書き換えや書類の偽造といった不正の背景には、保険業界特有の厳しい営業ノルマがあります。

    代理店が数多く存在する保険業界では、常に他社との顧客の取り合いです。こういった業界では厳しいノルマが課せられることも多く、営業成績の不振といった重圧によって違法行為に走る職員が出やすい環境にあるというわけです。

    信用が最も重要といっても過言ではない保険業界では、こうしたデータ改ざんのリスクは解決しなければならない課題でしょう。

    テクノロジーの進化に伴う収益低下

    本来、保険とは火災・死亡・病気等の偶然の事故による損害を補償するものです。しかし、テクノロジーの進化によってこうしたアクシデントが大幅に減少し、保険会社の収益構造に大きな影響を与えると予測されています。

    とくに自動車保険の分野ではその傾向が顕著になるとみられ、米自動車メーカー大手ゼネラルモーターズ(GM)とミシガン大学交通研究所、バージニア工科大学交通研究所の共同研究によると、自動運転車によって事故件数は65%減少し、ケガのリスクを伴う事故も74%減少するとされています。

    このように自動運転技術の登場によって保険の存在価値がなくなると、収益が大きく減少するでしょう。こうした流れを背景に、業務効率化によるコスト削減の必要性が急速に高まっています。

    保険プランの複雑化

    近年、生活スタイルの多様化に伴い、保険商品も多種多様になっています。従来の定期保険や終身保険に加えて個別のニーズに応じた特約やオプションが増えたことで、消費者は自身にに最適な保険商品を選ぶことができるようになった一方で、保険会社にとっては審査や保険金支払いの際に手続きが複雑化するという課題が生じています。

    保険プランの選択肢が増えることは消費者にとってはメリットですが、保険会社にとっては、その複雑さに対応するためのシステム改修や、業務プロセスの見直しが必要となり、コストの増加や業務負荷の増大につながります。特に、複雑な契約条件や特約を持つ保険商品の場合、契約時の審査や保険金支払い時の確認作業が一層複雑化し、時間と手間がかかることが問題となっています。こうした問題は、契約締結までの期間の長期化や保険金支払までの期間の長期化といったデメリットだけでなく、転記ミスや不適切な保険料算出などの新たな問題にもつながります。

    こうした問題を考えても、プロセスの共有・標準化を通じた効率化の余地は大いにあるといえるでしょう。

    ブロックチェーン×保険の適用可能性

    こうした問題に対して、ブロックチェーンを適用することで問題の解決につなげようとする動きがあります。ブロックチェーンがどういったメリットをもたらせるのか説明する前に、まずはブロックチェーンの基礎について見ていきましょう。

    そもそもブロックチェーンとは?

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    ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。

    ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

    取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種です。その中でもとくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

    ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っています。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

    これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません

    また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

    ブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値と呼ばれる関数によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

    ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

    新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています

    また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。

    コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出します。この行為を「マイニング」といい、最初に正しいナンスを発見したマイナー(マイニングをする人)に新しいブロックを追加する権利が与えられます。ブロックチェーンではデータベースのような管理者を持たない代わりに、ノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持っています。

    このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

    こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。

    データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

    詳しくは以下の記事でも解説しています。

    すでに保険業界も注目している

    実際に、損保総研が発表しているレポートでは、コンソーシアム型ブロックチェーンの保険業務での一般的な想定利用形態として次の4点をあげており、保険分野での活用について言及しています。

    • 販売管理
      • KYC(顧客本人確認)業務に関して、複数の保険会社からの顧客情報アクセスの担保
      • シンジケート、リスクプール、超過損害額再保険、特約市場、サープラスライン市場など複雑なリスクを取り扱う市場へのアクセスの担保
      • キャット債や担保付再保険の発行でこれまでよりも広範な投資家層への販売に貢献
    • 保険引受
      • 被保険者の自動車運転履歴情報や事故歴情報を保有する第三者情報機関の参加者による、保険引受時の審査や適切な保険料設定の円滑化
    • 保険金請求管理
      • 複数の保険会社による被保険者の保険金請求情報の共有による、保険金詐欺の判定と調査の迅速化
      • 顧客、代理店・ブローカー、保険会社間での、顧客に保険金が支払われるまでの保険金請求の対応状況の共有
    • 報告
      • 規制監督当局への法令遵守にかかわる報告やデータバンク機構への統計報告の共有

    保険業界にブロックチェーンがもたらすメリット

    出典:shutterstock

    データが安全に管理される

    ブロックチェーンは耐改ざん性に優れた技術であり、そこに記録されたデータは不正に書き換えられることがありません。保険契約において、契約日時や契約内容、約款や署名といった情報がブロックチェーン上に記録されている場合、それらのデータはすべての参加者によって検証されるため、データの真正性が保証されます。したがって、保険契約の透明性が向上し、データの不正利用や改ざんのリスクが大幅に軽減されます。

    また、ブロックチェーン上でデータを管理することで、データの改ざんリスクを排除し、保険契約に関する情報を安全かつ信頼性の高い形で保持することができます。保険会社は職員による書類の改ざんなどの不正リスクを低減させるだけでなく、顧客のデータ保護に対する安心感を高めることができるため、顧客に安心して保険へ加入してもらうことができるでしょう。

    また、耐改ざん性はデータの分散管理によって実現していますが、この仕組みは障害や災害といったアクシデントに対しても強みを発揮します。ブロックチェーンでは同じデータを多数のノードで分散しています。仮にひとつのノードが機能不全に陥ったとしてもシステム全体が機能しなくなることはなく、データ消失のおそれも限りなくゼロに近いです。

    このようにデータの安全性が確保されるというのは、ブロックチェーンによる保険業務のメリットだといえます。

    業務の効率化が実現する

    ブロックチェーン技術は、保険商品のみならず、保険業界の幅広い業務プロセスにも適用可能です。たとえば、保険料未収の対応において、ブロックチェーン技術は大いに役立つと考えられます。現在、保険料が未収となった場合、未収の案内発送や営業職員による集金が必要となり、発送費や人件費などのコストが発生します。しかし、ブロックチェーンを活用することで、顧客のクレジットカードや銀行口座情報を共有し、未収が発生した際には別の口座から自動引き落としを実施することで、案内・通知発送費や人件費を削減することが可能となります。

    また、引受査定の自動化について考えてみましょう。現在、保険会社ごと(あるいは金融機関ごと)に顧客の信用情報や反社会的勢力との関連情報を個別に管理していますが、ブロックチェーン技術を利用することで、これらの情報を業界全体で共有することが可能となります。これにより、各社が個別に顧客情報を管理する必要がなくなり、査定業務の効率化が図られます。

    とくに、引受査定に関する情報は競争領域ではないため、業界標準としての利用も視野に入れることができます。将来的には、保険金の不正受給を行った要注意人物のブラックリストを作成したり、EHR(Electronic Health Record)を連携して既往歴の秘匿を防ぐことも可能になるでしょう。

    さらにスマートコントラクトと呼ばれる、「あらかじめ設定されたルールに従って、ブロックチェーン上のトランザクションを実行するプログラム」を活用することで、煩雑な手続きを経ずにほぼリアルタイムで保険金を支払うことも可能になります。

    事故を起こしたり、親族が亡くなったり、旅先で怪我をしたりと様々な場面が保険適用シーンとなりますが、共通していえるのはなるべくはやく金銭的支援が必要だということです。もちろん貯金がたくさんあれば事足りることではあるのですが、受取人の喫緊のニーズに合わせた保険金支給が実現すれば、本来の保険の意味を体現することができるでしょう。

    このように、ブロックチェーン技術は保険業界のあらゆる領域に適用可能であり、その活用によって業務の効率化やコスト削減、顧客満足度の向上が期待されます。

    ブロックチェーン×保険の事例

    生命保険

    出典:shutterstock

    近年の死亡保険金請求手続きはかなり簡略化されてきたとはいえ、面倒で時間のかかる手続きであることに変わりありません。そんな生命保険の請求プロセスを自動化しようというビジネスも存在します。

    アメリカの生命保険会社MetLife(メットライフ)のシンガポールのイノベーションセンターlumenlab(ルーメンラボ)が2019年に発表した「LifeChain(ライフチェーン)」というプロジェクトでは、遺族がシンガポールの大手紙「Straights Times(ストレーツ・タイムズ)」に死亡記事(日本でいうところのお悔やみ欄)を掲載すると、それをもとに保険加入の有無を即座に調べる仕組みを構築しています。

    このプラットフォームでは、ブロックチェーン上に生命保険契約のデータが保存されており、故人の国民登録IDカード番号と照合することで加入の有無をチェックします。一致するものが見つかった場合、自動的に家族や保険組合に通知を送信することになっています。

    これはスマートコントラクトを利用した仕組みであり、保険会社は調査コストを削減し、遺族は請求プロセスにかかる時間を節約してスムーズな保険金受け取りが可能になります。故人が生命保険へ加入しているか不明な場合でも、簡単に請求までおこなってくれるというのも大きなメリットです。

    MetLifeは以前にも「Vitana」と呼ばれるモバイルアプリをテストしており、イーサリアムを利用して妊娠糖尿病の保険の支払いを自動化した実績があります。

    今後もこうしたノウハウを活用して新たな保険モデルをリリースするのではないでしょうか。

    損害保険

    損害保険におけるブロックチェーン導入は、実は日本でもユースケースがあります。実証実験レベルではありますが、ここでは活用事例として2つの事例をご紹介します。

    共同保険の契約情報交換に関する実証実験(損保協会、NEC)

    2020年9月17日、一般社団法人日本損害保険協会(損保協会)は、日本電気株式会社(NEC)と共に、「共同保険の事務効率化に向け、ブロックチェーン技術を活用した契約情報交換に関する共同検証を実施し、その有効性の評価や課題の洗い出しを行」うと発表しました(損保協会ホームページより)。

    損保協会が手掛ける共同保険では、1つの保険契約を複数の保険会社で引き受けるために、各保険会社がそれぞれ、年間数十万件に及ぶ契約情報の書面交換や契約計上業務を行っています

    こうした膨大かつ煩雑な業務を、共同保険に関する会社間共通の情報データベースを構築することで、大幅に効率化することが狙いです。

    出典:損保協会

    本検証では、損保協会の会員会社8社が参加し、NECの提供するブロックチェーン技術を活用した情報交換を行うことで、保険業務におけるペーパーレス化や契約計上業務がどの程度迅速に、正確に、効率よく行えるかを検証していくとされています。

    事故発生の自動検出と保険金支払業務自動化の実証実験(SOMPOホールディングス他)

    SOMPOホールディングス株式会社(以下、SOMPO)は、2020年8月18日から同年9月30日まで、損害保険ジャパン株式会社、株式会社ナビタイムジャパン(以下、ナビタイムジャパン)、株式会社 LayerX(以下、LayerX)と共に、保険事故発生の自動検出および保険金支払業務自動化の技術検証のため、MaaS領域におけるブロックチェーン技術を活用した実証実験を行いました。

    MaaS(Mobility as a Service)とは、「出発地から目的地までの移動ニーズに対して最適な移動手段をシームレスに一つのアプリで提供するなど、移動を単なる手段としてではなく、利用者にとっての一元的なサービスとしてとらえる概念」のことで、本取り組みでは、ブロックチェーンによるMaaS推進の一環として、保険金請求や支払い手続きを自動化・効率化させることを狙っています。

    出典:SOMPOホールディングス株式会社他の発表資料

    同実証では、上図のように、「ナビタイムジャパンの経路検索アプリケーション『NAVITIME』および『乗換 NAVITIME』の利用者からテストモニターを募り、LayerX が有するブロックチェーン技術を活用した、保険事故発生の自動検出と保険金支払業務自動化の技術検証」を目的としています。

    「電車の運行遅延」を保険金請求事由と見立て、JR宇都宮線・高崎線・埼京線の遅延情報を自動検知。位置情報をもとに当該遅延の影響を受けたと判定されるテストモニターに対し、保険金に見立てたデジタルクーポンを即時に自動発行しました。

    海上保険

    出典:shutterstock

    普段私たちが意識していない分野での保険にもブロックチェーンの適用が始まりつつあります。その一例が海上保険です。株式会社トレードワルツが運営する貿易プラットフォーム「TradeWaltz」では保険機能を実装しており、東京海上日動火災保険株式会社や損保ジャパン株式会社などが商用利用しています。

    同サービスでは、紙やPDFの形態で顧客に届けていた保険証券のデータを、改ざんに強いデジタルデータとして送信できるようになります。顔の見えない相手だからこそ、証券の真正性が担保されているというのは大きなメリットです。

    また、TradeWaltzはただの保険プラットフォームではなく、貿易情報連携プラットフォームとして様々な機能を兼ね備えています。同一のシステムでデータを扱うことによって、従来発生していたアナログな事務作業の削減が可能になります。

    たとえば、銀行がTradeWaltzと連携していれば、保険証券への裏書きや銀行買取のための証券送付といった作業を省力化できます。また、デビットノートと呼ばれる売主が買主に対して発生した債権を相手側勘定の借方に記帳して、その債権の内容や金額等を買主側に通知する請求書もデータ化されるので、税関への書類送付や税務調査に備えた書類保管なども不要になると思われます。

    このように、紙ベースの処理が残っている海上保険においても保険のブロックチェーン管理によって業務の効率化が期待できます。

    再保険

    再保険と呼ばれる分野でも、ブロックチェーンの導入が検討されています。

    再保険は生命保険会社が、自己の引き受けた保険契約のリスクを分散するために国内・国外の再保険引受会社と結ぶ保険契約のことです。端的にいうと、保険会社のための保険です。

    スイスのブロックチェーン保険イニシアチブ「B3i(Blockchain Insurance Industry Initiative)」は保険と再保険の大手各社がブロックチェーン技術の可能性を探るために設立したコンソーシアムです。オランダの保険大手「Aegon」やスイスの再保険大手「Swiss Re」のほか、日本の「SBIグループ」や「東京海上ホールディングス」がメンバーとして名を連ねています。

    このコンソーシアムによって設立された「B3i Service AG」では、Cordaの商用版である「Corda Enterprise」を用いて構築されたプラットフォーム「B3i Fluidity」の運営を行いました。

    B3i Fluidity上では、巨大災害における超過損害額の再保険に関する条項を含めた複雑な条約や取引の引受プロセスの効率化が実現されており、保険料と損失に関する詳細な取引を保険会社と再保険会社のシステム上で同時に更新できます。これによって多くの時間と費用を節約でき、再保険会社は決済と保険金請求の処理を自動化することもできます。

    また、B3iは2022年にもブロックチェーンコンソーシアム「インスティチュート・リスクストリーム・コラボレーティブ(Institutes RiskStream Collaborative)」との連携を発表。住宅所有者向けのパラメトリック保険における再保険システムについて研究を進めてきました。

    こうしたブロックチェーン技術を活用した再保険契約の執行により、再保険会社は資金配分や保険引き受け業務を効率化し、業界全体に安定感をもたらすでしょう。

    ただし、このプロジェクトは事業を継続するには十分な支援が得られず、2022年7月に資金調達ラウンドの失敗を受けて活動を停止し、破産を申請しています。

    まとめ:保険業界におけるブロックチェーンの未来展望

    本記事では保険分野におけるブロックチェーンの導入について解説しました。

    ブロックチェーン技術はデータの改ざんが難しいデータベースであり、保険証券のような唯一性が必要なモノに対してはその効力をいかんなく発揮できるまさにうってつけの技術だといえます。また、スマートコントラクトを応用すれば保険金の自動支払いも実現し、保険会社と顧客の双方にとって有益なシステムとなるでしょう。

    また、ブロックチェーン技術を活用することで、保険引受時の審査や保険金請求時の確認作業など、様々な業務プロセスを効率化することができます。これにより、業務コストの削減が図られ、保険会社の収益性が向上するだけでなく、顧客に対するサービスの質も向上するに違いありません。

    しかし、ブロックチェーン技術の導入には多くの課題も存在します。技術的なハードルやデータ共有の難しさ、そしてネガティブなイメージの払拭が必要です。これらの課題を克服するためには、保険業界全体での協力体制の構築や、技術者の育成、法規制の見直しなど、様々な取り組みが求められます。

    未来を見据えたとき、ブロックチェーン技術は保険業界に革新をもたらす重要なツールとなるでしょう。一般的なサービスになるまでは少し時間を要するかもしれません。しかし、ブロックチェーンには確実に保険業界に革命を起こすポテンシャルを秘めています。今後もブロックチェーン技術の進展を追い続け、業界全体での標準化を進めることが不可欠です。

    トレードログ株式会社は、ブロックチェーン開発・導入支援のエキスパートです。ブロックチェーン開発で課題をお持ちの企業様やDX化について何から効率化していけば良いのかお悩みの企業様は、ぜひ弊社にご相談ください。貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

    トレードログがMOBI主導の世界初・Web3グローバルバッテリーパスポート(GBP)におけるMVP開発の第一ステージに参加しました

    モビリティ業界におけるブロックチェーン推進と標準規格策定を行うグローバルコンソーシアムMOBI(本拠地:Los Angeles, CA、代表:Tram Vo)は、Web3グローバルバッテリーパスポート(GBP)のMVP(Minimum Viable Product)開発における第一ステージを完了したと発表しました。

    今回の開発にあたっては、アンリツ株式会社様、株式会社デンソー様、日置電機株式会社様、本田技研工業株式会社様、マツダ株式会社様、日産自動車株式会社様(順不同)と共にトレードログ株式会社(本社:東京都豊島区、代表取締役:藤田 誠広、以下「当社」)も参加し、共同でDID(分散型識別子)とVC(検証可能な資格証明)を使ったテストネットの検証を行いました。

    実証では、DID(分散型識別子)とVC(検証可能な資格証明)を使ったテストネットの検証を行いました。バッテリーの識別にはW3C(World Wide Web Consortium)のDIDを用いたレジストリを構築し、バリューチェーンの参加者に対して自己主権型のアイデンティティ管理を提供しています。実証の成果としては、MOBIとW3Cによるオープン標準を使用することで、9つの組織間でバッテリーの識別とデータの検証・交換を行うことに成功しました。

    この仕組みは、バッテリーパスポートを複数のブロックチェーン上で同時にサポートする初の企業ネットワークであり、単一の組織やブロックチェーンに依存せずに機能性と持続可能性を実現します。今回の実証の成功は、バッテリーのバリューチェーンにおけるステークホルダーにとってWeb3エコノミーの基盤を築く重要な一歩となります。

    当社では今後、同コンソーシアム内での活動を通じてブロックチェーン技術を活用したビジネスモデルの研究、業界ルール形成や標準規格の策定を推進し、脱炭素社会の実現を目指してまいります。

    ▼実証の背景

    これまでのバッテリーにおけるバリューチェーンはその構造が複雑であり、製造・リサイクルにあたっても業界ごとの分断が大きく、データが断片化されて共有が難しいという現状がありました。一方で世界情勢に目を向けると、EUの電池規則やアメリカのインフラ抑制法など、各種政策においてバッテリーのライフサイクルを追跡するためのデジタル記録管理が義務付けられています。

    MOBIでは、こうしたニーズに応えるためには標準化された通信プロトコルと自己主権型アイデンティティを備えた分散型Web3マーケットプレイスを導入することが重要であると考えています。業界横断的な調整とデータ共有のための安全なエコシステムの構築を通じて、バッテリーにおけるライフサイクル管理を強化していく必要があり、第一ステージの実証へと至りました。

    ▼バッテリーパスポートとは

    バッテリーパスポートとは、バッテリーのライフサイクル全体に関する詳細な情報を記録し、透明性とトレーサビリティを確保するためのデジタル証明書です。この証明書があれば、バッテリーの製造から使用、メンテナンスやリサイクルに至るまでの様々なデータを一元的に管理でき、サプライチェーン全体での情報共有が可能になります。

    バッテリーの持続可能な管理と資源循環を促進するためにすでにEUでは導入が開始されており、2027年からはEU域内で流通するすべてのポータブルバッテリー、LMT用バッテリー、産業用バッテリー(2kWhを超えるもの)、EV用バッテリー、SLIバッテリーを対象に義務化が予定されています。

    ▼今後のステップ

    プロジェクトの第二ステージでは、Citopiaの分散型マーケットプレイスサービスを通じて、業界横断的な相互運用可能なGBPを構築します。今回構築したIntegrated Trust Network(ITN)サービスは1対1ですが、Citopiaサービスは1対多(および多対1)の運用が可能です。バッテリーやカーボンクレジットの管理、車両と電力網の通信と取引、リスクベースの保険、電気自動車の中古価格設定などのデジタルサービスとアプリケーションの開発などへの実装を目指します。

    ▼MOBIによるリリースはこちら(MOBIの公式サイトへ遷移します)

    ▼MOBI/組織概要

    組織名 : MOBI
    本拠地 : Los Angeles, CA
    設立  : 2018年5月
    代表者 : Tram Vo
    URL  : https://dlt.mobi/

    MOBIは2018年5月に設立された、モビリティ業界におけるブロックチェーン推進と標準規格策定を行う世界最大級のグローバルコンソーシアムです。全世界に100以上の会員企業・組織を抱えており、世界最大手の自動車メーカーのほか、スタートアップ企業、NGO、交通機関、保険会社、さらには欧州委員会などの政策執行機関もメンバーとなっています。活動としては、分科会の運営や国際会議の開催、Web3に関する教育活動などを行っています。

    ▼取材に関するお問い合わせ

    担当  :石黒
    MAIL   :[email protected]