2022年、注目されるブロックチェーン技術の電力事業への応用
非金融領域での活用が期待されるブロックチェーン技術
2008年に生まれたブロックチェーン技術は、これまで主に、ビットコインをはじめとする暗号資産(仮想通貨)を中心に、金融事業を革新するフィンテックとして注目を集めてきました。
しかし、近年では、ブロックチェーンのもつ技術的応用可能性から、非金融事業、例えば製造・物流・小売業界でのSCM(サプライチェーン・マネジメント)、医療業界での診療データ管理、不動産業界での国際オンライン取引、はてはアートや選挙まで、様々な領域での多様な活用が進んでいます。
その中でも、特に技術開発が盛んで、実証実験や事業化が進んでいるのが電力分野です。
電力分野では、電力会社を介さない電力の個人間取引(P2P 取引) や、再生可能エネルギー(再エネ)の環境価値の取引にブロックチェーンが活用可能だと考えられており、大企業のみならず、スタートア ップ企業や電力会社を中心に国内外で開発が進められています。
電力分野のブロックチェーン技術開発に乗り出す大手各社
例えば、2020年11月には、トヨタ自動車株式会社(未来創生センター)と東京大学、TRENDE株式会社の共同研究結果が発表されました。
同研究では、2019年6月17日から2020年8月31日までの間、「ブロックチェーンを活用し電力網につながる住宅や事業所、電動車間での電力取引を自律的に可能とする次世代電力取引システム(P2P電力取引)の実証実験を」行った結果、「実証実験に参加した一般家庭(含、電動車)の電気料金を約9%低減」、「電動車の走行利用電力の43%を再エネとし、CO2排出量を38%削減」することに成功しています。
また、同年12月には、KDDIグループの4社(エナリス、auフィナンシャルホールディングス、auペイメント、ディーカレット)が合同で、次世代電力システムにおけるP2P電力取引プラットフォームの社会実装を目指し、P2P取引事業が成立する要因を検証する共同実証事業を開始しています。
出典:ENERES
さらに、翌年1月には、三菱電機と東京工業大学との共同研究により、P2P電力取引を最適化する独自のブロックチェーン技術を開発し、「余剰電力の融通量を最大化する取引など、需要家の取引ニーズに柔軟に対応できる取引環境を提供」するとしています。
出典:東京工業大学
他方、国外に目を移してみても、同様の取り組みは各所に見られます。
例えば、米国の LO3 Energy 社は、独自開発したプライベート型のブロックチェーンである Exergyを用いて、再エネ電力の P2P 取引プラットフォームの構築を目指し、米国や豪州で実証を進めています。
また、ブロックチェーン技術の国家的導入が進むエストニアでは、Elering 社(エストニア)とWePower社(リトアニア)を中心に、エストニア国内において、エネルギー消費や再エネ発電に関するデータをブロックチェーンでトークン化する実証実験を実施しています。
ブロックチェーン×P2P電力取引市場への注目
今見たように、電力分野でのブロックチェーン技術開発では、例えば次のような用途での活用が目指されています。
- P2P 取引(個人間取引の履歴を記録)
- 環境価値取引(再エネ価値や低炭素価値を証明)
- 資金調達(将来発電量をトークン化し販売することで資金調達)
そして、国内外を問わず、特に技術開発が進んでいるのが「P2P電力取引」です。
P2P電力取引とは?
P2P電力取引は、通信技術の一つである「P2P(Peer to Peer、ピアツーピア)通信」と、2016年4月から始まった電力小売全面自由化を背景とした「電力取引」を組み合わせた造語です。
一言でいえば、「電力会社を通さず、太陽光発電などの発電設備をもつ一般家庭や事業体同士で、直接、余剰電力の売買を行うこと」を指します。
それぞれ、簡単に説明します。
P2P通信とは、パーソナルコンピューターなどの情報媒体間で直接データの送受信をする通信方式のことで、従来のデータベースの「クライアント・サーバー型」と対比されます。
出典:平和テクノシステム
システムの中央管理者である第三者のサーバーを必要とするクライアント・サーバー型とは異なり、P2P通信では、媒体間で直接やり取りを行うことに特徴があります。
他方、日本国での電力取引は、従来、電力会社が各家庭や会社とそれぞれに直接取引を行い、電力会社からの一方的な電力供給が行われてきました。
しかし、上述した電力小売全面自由化を背景に、発電能力をもっていれば、電力会社ではなくとも電気を自由に売ることが可能になりました。
P2P電力取引では、まさにP2P通信においてデータのやり取りをコンピュータ間で直接行えるように、余剰電力をもつ家庭や事業体間で、直接、自由に売買を行うことができるのです。
P2P電力取引のメリット
P2P電力取引には、次のようなメリットがあります。
- 発電需要家(電力の売り手)のメリット:余剰電力を小さい単位から簡単に売ることができ、太陽光発電等の資産活用方法が広がる
- 受電需要家(電力の買い手)のメリット:需要家同士のマッチング最適化が進むことで、従来よりも電気料金を抑えることができる
- 需要家全体のメリット:売買形式を柔軟に変更でき、目的に適した取引ができる(ダイナミック・プライシングの実現)
従来の電力取引では、電力会社や仲介の会社など、市場の中央管理者が必要でした。
中央管理者との取引では、取引内容を個別に最適化することができず柔軟性に欠くばかりか、システム全体の運用コストが大きくかかってしまいます。
これに対して、P2P電力取引では、多数のネットワーク参加者同士で柔軟に取引を行うことが可能になるため、取引コストを低減させることができると期待されています。
ただ、とはいえ、もし自宅で太陽光発電を行い、蓄電池に余剰電力をためていたとしても、その電力をいつ、誰に、どうやって売ればよいかは検討もつきません。
また、個人間の取引で適正な価格を調整することも非常に困難でしょう。
そこで、近年、各社が取り組んでいるのが、P2P電力取引を簡単に行えるようなアルゴリズムを搭載したプラットフォーム構築です。
出典:DATA INSIGHT
そして、このプラットフォームの背景技術として活用されているのがブロックチェーン技術なのです。
ブロックチェーンとは?
ブロックチェーンは新しいデータベース
ブロックチェーン(blockchain)は、2008年にサトシ・ナカモトによって提唱された「ビットコイン」(仮想通貨ネットワーク)の中核技術として誕生しました。
ビットコインには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。
ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、ここでは、「取引データを適切に記録するための形式やルール。また、保存されたデータの集積(≒データベース)」として理解していただくと良いでしょう。
一般に、取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、「分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。
ブロックチェーンは、セキュリティ能力の高さ、システム運用コストの安さ、非中央集権的な性質といった特長から、「第二のインターネット」とも呼ばれており、近年、フィンテックのみならず、あらゆるビジネスへの応用が期待されています。
ブロックチェーンの特長(従来のデータベースとの違い)
ブロックチェーンの主な特長は、①非中央集権性、②データの対改竄(かいざん)性、③システム利用コストの安さ、の3点です。
これらの特長は、ブロックチェーンが従来のデータベースデータとは異なり、システムの中央管理者を必要としないデータベースであることから生まれています。
ブロックチェーンと従来のデータベースの主な違いは次の通りです。
従来のデータベースの特徴 |
ブロックチェーンの特徴 |
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構造 |
各主体がバラバラな構造のDBを持つ |
各主体が共通の構造のデータを参照する |
DB |
それぞれのDBは独立して存在する |
それぞれのストレージは物理的に独立だが、Peer to Peerネットワークを介して同期されている |
データ共有 |
相互のデータを参照するには新規開発が必要 |
共通のデータを持つので、相互のデータを参照するのに新規開発は不要 |
ブロックチェーンは、後に説明する特殊な仕組みによって、「非中央集権、分散型」という特徴を獲得したことで、様々な領域で注目・活用されているのです。
ブロックチェーン×P2P電力取引の事例
トヨタ自動車×東京大学×TRENDの取り組み
2020年11月13日、トヨタ自動車、東京大学、TREND株式会社は、2019年から2020年におよぶ共同実証実験で、電気料金を9%低減可能なシステムを構築したと発表しました。
(再掲)出典:トヨタ自動車 未来創生センター
公表されている共同実証実験のテーマ・概要・結果は次の通りです。
<テーマ>
- 家庭や事業所、電動車(PHV)がアクセス可能な、需給状況で価格が変動する電力取引市場
- 市場で取引される電力における発電源の特定と、発電から消費までのトラッキングを可能とするシステム
- 人工知能(AI)を活用し、電力消費や太陽光パネルの発電量予測等に応じて電力取引所に電力の買い注文・売り注文を出す、電力取引エージェント
<概要>
実証期間 |
2019年6月17日から2020年8月31日 |
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実施場所 |
トヨタの東富士研究所と周辺エリア |
実証に参加したモニター |
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電力価格 |
需給量に応じた変動価格 |
各役割 |
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<結果>
- 実証実験に参加した一般家庭(含、電動車)の電気料金を約9%低減
- 電動車の走行利用電力の43%を再エネ化、CO2排出量を38%削減 等
KDDIグループの取り組み
2020年12月04日、KDDIグループのエナリスとauフィナンシャルホールディングス、auペイメント、ディーカレットの4社は、電力および環境価値のP2P取引事業成立要因を検証する実証事業を共同で開始したと発表しました。
(再掲)出典:ENERES
公表されている同事業の背景と概要は次の通りです。
<背景>
- 自社の新電力向けサービス(需給管理オペレーション支援等)基盤を用い、ブロックチェーンを活用して電力のP2P取引をはじめ、多くの新電力が新たな電力ビジネスに挑戦できるプラットフォーム構築を目指すこと
- スマホ・セントリックな決済・金融体験を提供する「スマートマネー構想」の実現に向けて、フィンテックを活用した新サービスの研究の一環
<概要>
実施期間 |
2020年11月20日~2021年2月末 |
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実施内容 |
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検証内容 |
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各社役割 |
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三菱電機×東京工業大学の取り組み
2021年1月18日、三菱電機株式会社は東京工業大学との共同研究により、最適な組み合わせを探索するブロックチェーン技術により、柔軟な電力取引を実現すると発表しています。
出典:東京工業大学
公表されている同研究の背景、特長、体制は次の通りです。
<背景>
- 太陽光などの再生可能エネルギーで発電した電気を電気事業者が固定価格で買い取る「固定価格買取制度(FIT制度)」が、2019年11月から順次満了を迎えたことで、満了を迎えた需要家は、より良い条件で余剰電力を買い取る小売電気事業者を探し、新たに売買契約を結ぶ必要がある。
- このような背景の下、需要家同士が余剰電力をその時々の最適な価格で直接融通しあうP2P電力取引が、新たな余剰電力の取引手段として注目されている。
- 現行の電気事業法では需要家に電気を販売できるのは小売電気事業者に限定されるため、小売電気事業者の管理の下でP2P電力取引をブロックチェーン技術によって仮想的に実現し、その有効性の検証や課題の抽出を行う実証実験が行われている。
<特長>
- 売り注文と買い注文の最適な組み合わせを探索する、計算量の少ないブロックチェーン技術の開発により、需要家の取引端末などの小型計算機でもP2P電力取引が可能
- ①余剰電力を最大限に活用したい時は需要家(電力の売り手)の余剰電力の融通量を最大化、②需要家の利益を優先させたい時は需要家全体の利益を最大化するなどの売買注文の最適な組み合わせを探索することで、さまざまな取引ニーズに柔軟に対応できるP2P電力取引を実現
<体制>
名称 |
担当内容 |
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東京工業大学 |
ブロックチェーン技術の研究開発、最適約定アルゴリズムの設計 |
三菱電機 |
P2P電力取引システムの設計、約定機能の設計 |