【2024年最新版】Web3.0とメタバース〜分散型インターネットにおける仮想現実の役割〜

“メタバース” についての話題に触れる際に ”Web3.0” というワードが登場する機会は多く、また逆も然りではないでしょうか。本記事ではこれらメタバース(仮想現実)とWeb3.0(分散型インターネット)についてそれぞれ解説し、さらにこの2つの関係性や現状の課題、そしてWeb3.0における代表的なメタバースの事例をご紹介していきます。

  1. メタバースとは?
  2. Web3.0とは?
  3. Web3.0とメタバースの関係性
  4. Web3.0におけるメタバースのメリット
  5. Web3.0におけるメタバースの現状の課題
  6. メタバースの様々な事例

メタバースとは?

出典:pixabay

メタバースについての概要

メタバースとは「インターネット上に作られた3Dの仮想空間」です。

“超える” という意味のメタ(meta)と”宇宙” を表すユニバース(universe)の2つの単語を組み合わせて、”もう一つの宇宙や別世界” を意味するメタバース(Metaverse)という言葉が生まれました。

メタバースというキーワードから想像しづらいかも知れませんが、駅広告やテレビCMでも活躍するVTuberも、メタバースの在り方の1つと呼べるでしょう。

言葉の意味だけではイメージがつきにくいかもしれませんが、例えば個性豊かな動物たちが暮らす村で ”あなた自身” が生活していく任天堂の大人気ゲーム「あつまれどうぶつの森」や、全世界で1億4千万人以上がプレイするモンスターゲーム「Minecraft(マインクラフト)」といったゲームも、3Dの仮想空間という意味ではメタバースの一種です。

コンシューマー向けゲームを通じてすでに概念として存在していたメタバースですが、近年のVR/AR技術の向上によって「より現実に近い(リアリティの高い)仮想空間」が作られるようになってきました。

仮想空間のクオリティ向上や、このあとご紹介する様々な新しい技術と連携することにより、メタバースは単なるゲームの範疇を超えてWeb3.0(次世代の分散型インターネット)において重要な役割を果たすようになります。

メタバースが注目を集める理由

出典:BLOCKCHAIN MAGAGINE

近年、「メタバース」というワードがSNS上のみならず、テレビのニュースでもとりあげられる機会が増えています。その中でも、2021年10月28日には多くの人々にとって馴染み深いFacebookが社名を「Meta(メタ)」に変えたことが大きな話題となり、「メタバース」に注目が集まるきっかけの一つとなりました。

「Facebook、社名を「メタ」に変更 仮想空間に注力」

さらに2022年2月18日には、米Google傘下のYouTubeがメタバースへの参入を検討していると日本版公式ブログで明かしました。

「YouTubeがメタバース参入を検討中「まずはゲームに適用」

また、新型コロナウイルスの流行を経て、Zoomを筆頭とするオンラインMTGが一般的なものとなりました。こうしたバーチャルでのコミュニケーションに対する心理的ハードルが大きく引き下がったことも、人々が「メタバース」に興味をもつようになった要因の一つと考えられます。

さらに今後は、ソーシャルメディアにおいてもメタバースが当たり前の存在になるかもしれません。

2023年2月に、ニール・モーハン氏がYouTubeの新CEOに就任しました。彼はメタバースについて「メタバースはイノベーションを語るうえで避けることができない。現在、視聴体験により没入感を感じることができるような新たなアプローチについて検討中である。」と言及しています。

このことからも、私たちにとって最も身近なアプリケーションの一つであるYouTubeで今後web3分野が発展していくと予想されます。

2030年には世界で1.5兆米ドル(約200兆円)を超える規模の市場になるとの見通しもあるメタバースですが、なぜここまで注目されているのでしょうか。Web3.0とメタバースの関係性を紐解く前に、そもそもWeb3.0とは一体どのようなものなのかについて次項で詳しく解説していきます。

なお、メタバース関連のトピックについてはこちらのサイトでも詳しくまとめられています。

出典:メタバース相談室

Web3.0とは?

出典:pixabay

Web3.0を解説するにあたり、これまでのWebがどのようにして進歩してきたかを以下の3つの時代に分けて解説します。

①Web1.0:1995年~(ホームページ時代)

②Web2.0:2005年~(SNS時代)

③Web3.0:これから(分散型インターネットの時代)

①Web1.0(ホームページ時代)

Web1.0時代は、Yahoo!やGoogle、MSNサーチなどの検索エンジンが登場し始めた時期で、Webがまだ一方通行であった時代です。ウェブデザイナーのDarci DiNucci氏が1999年に、進化の段階を区別するためにWeb1.0とWeb2.0という呼び方を用いました。

ウェブサイトは1990年代初めに静的HTMLのページを利用して作られ、個人が「ホームページ」を持ち情報を発信する、という文化もこの時代から生まれました。ただし、インターネットの接続速度も非常に低速であり画像を1枚表示するだけでも時間がかかりました。

また、閲覧できる情報は情報作成者によってのみ管理されるため、閲覧ユーザーがデータを編集することはできません。こうした特徴からweb1.0は「一方向性の時代」とも呼ばれます。

②Web2.0(SNS時代)

Web2.0時代になるとYouTube、Twitter、InstagramなどのSNSが登場し、誰もが発信者となりました。Web1.0時代が「一方向性の時代」とされたのに対し、Web2.0時代は様々な人との双方向の情報のやり取りができるようになったのです。

また、Google、Amazon、Facebook、AppleといったいわゆるGAFAと呼ばれるプラットフォームサービスが大きく躍進し、巨大テック企業となっていった時代でもあります。

一方で、個人情報がGAFAのような特定の企業へ集中することによる個人のプライバシー侵害の可能性が問題視されています。一部の大企業に集まる情報には、住所や年齢、性別など基本的な個人情報だけでなく、個人の嗜好や行動履歴までもが含まれ、それらが利用できる状態になっているからです。

また、中央集権型の情報管理はサイバー攻撃を受けやすく、多くのユーザーに影響を及ぼす危険性があるという点も指摘されています。

2018年には「Facebook」が5000万人超のユーザー情報を外部に流出。また、2019年には「Amazon」が他の利用者の氏名や住所、注文履歴などが誤表示されて約11万アカウントのプライバシーが流出。さらには2022年には、「Twitter」の利用者およそ2億3000万人分の個人情報が流出するなど、実際にセキュリティ上のリスクが露見した例もあります。

③Web3.0(分散型インターネットの時代)

冒頭でも述べたように、Web3.0とは「次世代の分散型インターネット」のことを指します。さらに言うとGAFAやその他巨大テック企業へ個人情報が集中している現状から、次世代テクノロジーを活用して情報を分散管理することで、巨大企業に情報が集中しない新しい形の情報管理のあり方として期待されているのがWeb3.0の概念です。

特定企業へ個人情報が集中していることによるリスクは前項でご説明したとおりで、2021年以降、特定企業へ集中した情報を分散しようとする動きが活発化しています。

Web3.0とメタバースの関係性

出典:pixabay

メタバースはWeb3.0における”受け皿”

メタバースは、Web3.0「次世代の分散型インターネット」を構成する様々な技術革新の、言わば”受け皿”のような存在です。

Web3.0はブロックチェーンという基盤技術の上に成り立っており、仮想通貨はWeb3.0における文字通り”お金”の役割を果たします。

そして、現実世界の”金融サービス”はWeb3.0ではDeFi(分散型金融)によって置き換えられ、NFT(非代替性トークン)がWeb3.0におけるデジタル資産の”所有権”を明確にします。また、Web3.0では従来までの”会社組織”DAO(分散型自律組織)という形態をとるようになると予想されています。

これら全てを包括する”3Dの仮想空間(受け皿)”がまさにメタバースです。

Web3.0と呼ばれる様々な技術と連携すれば、メタバースは「インターネット上に作られた3Dの仮想空間」にとどまらず「現実世界と同じように遊んだり、仕事や取引をしたり、何かを創って交流したりする仮想世界」となる大きな可能性を秘めています。

Web3.0の要素が含まれないメタバースも存在する

ここで重要なことは「メタバース=Web3.0」と安易な等式を立てないことです。先述したように、今後メタバースにおいてWeb3関連技術の受け皿となっていくことでしょう。

しかし、これらの技術やサービスがなければメタバースが構築できないというわけではありません。ブロックチェーンやNFTといった技術を用いていなくても、利用できるメタバースサービスも多数存在します。

メタバースは「インターネット上に作られた3Dの仮想空間」程度の曖昧な概念であり、統一された定義はありません。したがって、現段階においてはWeb3.0の技術とメタバースは全く別物であり、「相性が良い」という事実、それ以上でもそれ以下でもありません。

たとえば住宅展示場のメタバースといった分野においては、Web3の要素が含まれないメタバースも普及していくと思われます。むしろこういったメタバースにおいて、NFTを発行したり、ブロックチェーンを用いたりしてしまうと、かえって無駄なコストが発生してしまいます。

Web3.0におけるメタバースのメリット

不正や改ざんを防止できる

ブロックチェーン技術を用いることで、メタバース内で取引される通貨やモノの管理が簡単になります。

Web3.0以前のメタバースでは、違法な複製やチートと呼ばれるデータの改ざん行為など、コミュニティの違反を完全になくすことはほぼ不可能でした。こういった不正が横行すると、運営会社に金銭的なダメージがあるだけでなく、公平なプレイ環境が提供できなくなったり、ユーザー離れを引き起こしたりします。

ブロックチェーンを活用したメタバースであれば、独自のアルゴリズムによってそもそも不正な改ざんを行うこと自体が不可能になります。

また、ゲーム内のデジタルアセットをNFTとして管理すれば、マーケットの拡大も可能です。NFTによって、そのデータが世界で唯一であることを証明でき、複製することが難しくなるため、限定アイテムなどが文字通り「限定」の価値が持てるからです。

このようにメタバース内の経済活動を加速するうえで、不正や改ざんを防止できるWeb3.0の技術は重要な存在だと考えられています。

プレイヤーがメタバース内で収益を上げられる

メタバースゲームのメリットとして、プレイヤー自身がゲームのプレイにより収益を得られることが挙げられます。従来のメタバースゲームでは、ゲーム内でしか価値がないものでした。

しかしWeb3.0でのメタバースでは、ゲーム内通貨に仮想通貨を用いることで、ゲームをしながら稼ぐという「Play to Earn(P2E)」が可能になりました。

また、ゲーム内に構築された土地も、売買や賃貸の対象になります。後述の事例でも紹介しますが、メタバース内の土地であっても取引されているメタバースも存在します。

また、メタバース内で入手したキャラクターやアイテムなどは、互換性のある他のゲームで使用できます。これは、NFTが持つ「データそのものは、特定のブロックチェーンプラットフォームに依存せず、所有者自身で管理できる」という特徴によるものです。

これによりユーザーは、運営会社の倒産やサービス終了に伴うデータ喪失という最悪の事態を回避することができます。

ビジネスチャンスが広がる

最近では企業がメタバース上でPRイベントや、コレクションを開催することも増えてきました。特にコロナ禍以降でその数は大きく増えたように感じます。イベントを開催するにあたって、分散型のネットワークで構築されたメタバースを利用すれば、企業の最大の懸念点である個人情報管理・セキュリティの面が解消されます。

また、NFTの発行によってブランドのファンとのコミュニティを形成するなど、リアルではなかなか接点を持てなかった人とつながることができます。メタバース空間だからこそ実現できるコラボレーションや仕掛けづくりによって、現実世界におけるマーケティングよりも高い対費用効果を発揮します。

Web3.0におけるメタバースの現状の課題

ハード面の強化

Web3.0におけるメタバースの活用が普及するためには、ハード面の強化が必要不可欠です。具体的にはVR機器の小型軽量化と、描写スペック向上です。

バーチャルの世界でより多くの時間を過ごすためには、より没入的で自然で表現豊かなVR機器が必要となります。現状のVR機器を数時間装着し続けるには、重さ、大きさともにまだまだ改良の余地があります。また、より高速通信ができ高画質で仮想世界を描くことのできる機器スペックも、今後さらに高いレベルで要求されることが予想できます。

2021年10月に社名を変更したMeta社(旧Facebook)が大量の資金を投入するなど社運をかけて推進しているのもまさにこのハード面です。同社は自社製品のQuestシリーズにすさまじい金額の投資をしています。このことからiPhoneやMacBookのような自社デバイスを普及させてこの課題を解決したいという思惑が読み取れます。

魅力的なコンテンツの充実

メタバースの普及にはハードウェアの進化ではなく、ソフト側つまりコンテンツの充実も不可欠です。そして、この分野において日本は大いに躍進できる可能性があります。なぜなら、日本は世界屈指の「コンテンツ大国」だからです。

日本国内には漫画やアニメ、ゲームなど面白いコンテンツを作ることのできるクリエイターが大勢おり、クリエイターをリスペクトする文化も存在します。加えて、ドラゴンボールやワンピース、ファイナルファンタジーやマリオなどの世界的な知名度と評価が高い作品の権利を持っているのが強みです。

優れたコンテンツを作る人材、文化、権利が全て揃う国は世界の中でも日本だけであるという点は、今後メタバース市場が拡大していく中で一歩抜きん出た強みであると言えます。

メタバースの様々な事例

Second Life(セカンドライフ)

出典:gemelog.com

Second Life(セカンドライフ)は2003年にリリースされた元祖メタバースとも言えるサービスで、プレイヤーは3D仮想空間で自分のアバターを作り、他の参加者とコミュニケーションをとることができます。

Web3.0の文脈でメタバースが注目されるようになったのは2021年頃ですが、それよりもなんと約20年前にメタバースの概念自体は既に存在していたのです。

しかしSecond Lifeのプレイ人口は下降の一途を辿り衰退してしまいます。その要因は「画質が悪く没入感が乏しい」「パソコンの要求スペックが高すぎる」などいくつかが挙げられますが、最大の要因は「そこで何もすることがないこと」でした。

つまり、前項で挙げたハードとソフトのどちらにおいても不十分だったため、メタバースの成功事例とは言えない結果に終わり、日本では「早すぎたメタバース」という負のイメージがついてしまいました。

同サービスは、現在もコアユーザーによる取引が続いていたり、モバイル版の開発が発表されたりと、サービスは継続中のため、今後の展開次第では再び盛り上がりを見せるかもしれません。「元祖メタバース」の動向については続報が待たれます。

元祖メタバースの『セカンドライフ』、モバイル版が開発中。デスクトップ版の資産は引き継げる見通し | テクノエッジ TechnoEdge

Fortnite(フォートナイト)

出典:fn-games.com

Fortnite(フォートナイト)はエピックゲームズ社が開発・発売している、2023年時点で5億人のユーザーを誇る大人気バトルロワイヤルゲームです。

リリース当初のプレイヤー達はゲームそのものを楽しむためにFortniteを利用していましたが、その後はコミュニケーションの場として利用され始め、今では単なるゲームではなくメタバースへと変貌を遂げています。

Fortniteのメタバースでは特設ステージでのライブや映画の上映会などのイベントも開催され、ゲームをするのではなく、そこに行って友人や他のプレイヤーと交流を深めることを目的としたユーザーも非常に多くなっています。

有名な事例としては、2020年8月に、米津玄師が日本人として初めて行なったバーチャル公演があります。仮想空間でのライブという斬新なパフォーマンスは、国内外のメディアでも数多く取り上げられ、話題になりました。

2023年7月にはフル映像がYouTube上にアップされて再び脚光を浴びています。

Fortniteのメタバースが持っている最大の強みは、ゲームとしての開発環境をそのままメタバースの開発環境に転用できる点です。

Fortniteはもともと、自分だけのオリジナルマップを作れる「クリエイティブモード」が存在しました。この仕組みやデータがメタバース内のエディター上でも使用できるため、ユーザーは過去のアセットを利用して、いとも簡単にマルチプレイ環境を構築できます。

柔軟な開発環境と豊富な素材、そして直感的な操作を兼ね備えたサービスであるFortniteは、現在最も成功を収めているメタバースといえるでしょう。

Decentraland(ディセントラランド)

出典:Decentraland

Decentraland(ディセントラランド)は、イーサリアムブロックチェーンをベースとしたVRプラットフォームで、メタバース内でゲームをしたりアイテムやコンテンツを作成・売買することが可能です。

Decentralandでは「LAND」というメタバース内の土地を保有・マネタイズできる点や、NFT化したアイテムをメタバース内で取引できる点が特徴です。

ゲーム開発の経験がない人でも簡単にゲームやアイテムを作成できるようなクリエイター機能が充実しているため、新規ユーザー参入のハードルも低め。デザイン性に優れたプラットフォームのため、ファッション関係のイベントも多数実施されています

また、Second LifeやFortniteでは中央集権的な組織運営によってコンテンツが提供されているのに対し、Decentralandはブロックチェーンを基盤にした分散型のメタバースとなっています。

Decentralandではユーザー自身が何を構築しどう使うのかを主体的に決定していくことを基本方針としており、これはまさにWeb3.0の概念と通ずるものがあります。Decentralandは最先端のメタバース事例の一つとして今後も注目です。

The Sandbox(ザサンドボックス)

出典:METAVERSE POST

The Sandboxは、イーサリアムのブロックチェーン上で提供されているNFTゲームです。

ユーザーは仮想空間上にLAND(土地)を購入またはレンタルをすることで、オリジナルのゲームやアイテム、キャラクター、サービスを作成できます。

施設などを一定期間貸し出すことで、現実の不動産ビジネスと似たような形態で収益を得ることも可能なため、「遊んで稼げる」メタバースだといえます。

プログラミング不要で3Dゲームが作成できるツールなども用意されており、高度なスキルがなくともマーケットプレイスへ出品することができます。

パリス・ヒルトンやドラゴンボール、北斗の拳といったユニークなコラボで注目を浴びているThe Sandboxですが、LANDは発行数量に上限があることから、ユーザー数の増加に伴ってその価格は上昇すると予想されています。

さらには、2023年2月にはサウジアラビアのデジタル政府機関との連携も発表しており、今後の活躍が期待される大注目のプロジェクトです。

The Sandbox、サウジアラビアとメタバースで提携 SAND高騰

まとめ

本記事では、Web3.0(次世代の分散型インターネット)メタバース(仮想現実)それぞれの概要と、この2つの関係性について解説してきました。

VR機器の小型軽量化や描写スペック向上、そしてコンテンツの充実が進めば、Web3.0におけるメタバースの重要性はさらに増していくことでしょう。

仮想空間でのコミュニケーションは漫画の世界のことのようですが、技術レベルではすでに実現可能なものになっています。さらなるサービス登場に期待が高まります。

ブロックチェーンが実現するトレーサビリティとは?事例も紹介!

  1. ブロックチェーン技術を応用したトレーサビリティ
  2. トレーサビリティとは?
  3. ブロックチェーンとは
  4. トレーサビリティの課題に対するブロックチェーンの適用可能性
  5. ブロックチェーンの適用によるサプライチェーン・マネジメントのユースケース
  6. まとめ

ブロックチェーン技術を応用したトレーサビリティ

2008年にビットコインを支える中核技術として誕生したブロックチェーン。当初はビットコインやイーサリアムを始めとする仮想通貨や、トークン技術を使った資金調達方法であるICOなどのいわゆる「フィンテック(金融領域での技術応用)」が大きな注目を集めてきました。

しかし近年、ブロックチェーンの本質である「安全性が高く、分散的で、コストが低い」という特長から、金融領域よりもむしろ、非金融領域における産業応用により大きな期待が寄せられています。

その中でも、商品の生産と物流に関わる業界、とりわけ食品を中心とした消費財のメーカーや流通業者にとって、ブロックチェーンはもはや「なくてはならない」技術だと言えるでしょう。

同業界では、従来、サプライチェーン・マネジメント(ある商品の企画から消費に至るまでの商流の管理や最適化)の重要性が叫ばれ続けていながらも、商流に関わるステークホルダー(利害関係者)の種類や数が多すぎること、それらのつながりが前後の工程間で分断されていることなどを原因に、最も重要な要素である「データ」をほとんどうまく活用できませんでした。

出典:ビジネス+IT「サプライチェーンマネジメント(SCM)とは何か? 基礎からわかる仕組みと導入方法」

こうした状況を打破する突破口として現在、多くの企業が取り組んでいるのがトレーサビリティと呼ばれる分野に対するブロックチェーン技術の応用です。

たとえば日本IBMは、約20の製薬企業や医療機関で構成されるコンソーシアム「ヘルスケア・ブロックチェーン・コラボレーション(HBC)」と共同でブロックチェーン技術を活用して医薬品の流通経路と在庫の可視化に着手し、トレーサビリティを中心としたサプライチェーンの最適化を図っています。

日本IBM、医薬品流通経路および在庫を可視化するプラットフォームの運用検証を開始

そしてこうした取り組みを契機に、不正取引の防止、偽造品の流通阻止、リコールの合理化、盗品の販売・所有の取締りといった製造・流通・小売業界がこれまで抱えていたサプライチェーン・マネジメント上の諸問題が解決に向かっているのです。

したがってブロックチェーン技術のトレーサビリティへの応用は、2023年に大きく注目されているビジネストピックだといえるでしょう。

そこで本記事では、「トレーサビリティとはそもそも何か?」「ブロックチェーンとは何か?」「具体的にどんな事例があるのか?」といった点について、以下で順に解説していきます。

トレーサビリティとは?

トレース(追跡)+アビリティ(能力)=トレーサビリティ!

トレーサビリティ(Traceability、追跡可能性)とは、トレース(Trace:追跡)とアビリティ(Ability:能力)を組み合わせた造語で、ある商品が生産されてから消費者の手元に至るまで、その商品が「いつ、どんな状態にあったか」が把握可能な状態のことを指す言葉です。

トレーサビリティは、サプライチェーン(製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れ)のマネジメント要素の一つと考えられており、主に自動車や電子部品、食品、医薬品など、消費財の製造業で注目されています。

トレーサビリティの2つの要素:トレースバック/トレースフォワード

トレーサビリティは、「サプライチェーンの上流工程(企画や開発など製品の”起こり”のプロセス)と下流工程(販売や消費など製品の”終わり”のプロセス)のどちらに向かって追跡するか」によって、次の2つの要素に分けることができます。

  • 上流工程→下流工程へと追跡:「トレースフォワード(追跡+前)」
  • 下流工程→上流工程へと遡及:「トレースバック(追跡+後)」

例えば、食品業界のサプライチェーンにおいて、流通段階で食品に関する問題が発覚したとしましょう。

この場合、問題食品に関わる事業者は、まず、その問題食品のルートを追跡して商品を回収する必要があります。

また、次に、同じ問題が起こらないように問題食品のルートを遡及して原因を究明する必要もあります。

出典:農林水産省「トレーサビリティ関係」

このように、「ある製品がどこに行ったか」を下流工程に向かって追跡することを「トレースフォワード」、「ある製品がどこでどのように生まれたか」を上流工程に向かって訴求することを「トレースバック」と言います。

サプライチェーンマネジメントにおいてトレーサビリティを十分に担保するためには、この「トレースフォワード」と「トレースバック」の両方の要素が満たされていなければなりません。

なぜ、トレーサビリティが重要か?

トレーサビリティは、大きく次の2つの観点から、サプライチェーンマネジメント(SCM)において重要視されています。

  • 消費者保護
  • ブランド保護

一つ目は、消費者保護の観点です。

トレーサビリティが担保されることで、消費者は、「その商品を買っても大丈夫かどうか」を客観的な情報から判断することが可能になり、安心して消費行動を行うことができます。

例えば、スーパーマーケットで今晩の食材を選んでいるシーンを想像してみましょう。

久しぶりにお刺身を食べたいと思ったあなたは、生鮮食品コーナーでパック詰めされた魚介類を物色しています。

ここで、私たちは必ず、パックの表面に貼られた食品表示のシールを眺め、「そのお魚がどこで獲られ、鮮度はどのくらいなのか」といった情報を読み取ります。

出典:新潟市「食品表示法による表示について(新法に基づく表記)」

この行動によって、直接自分で獲ったわけではなくとも、その食材を食べても健康に被害が生じないであろうと、信用することができます。

逆に、もし食品表示がされていなかったとしたら、私たちは安心してその食材を買うことができません。

つまり、食品表示は、消費者や消費行動を保護するために義務付けられているのです。

そして、この食品表示は、「その食材が、いつ、どこで、誰によって調達され、どうやって運ばれてきたのか」といった物流の履歴情報を把握すること、すなわちトレーサビリティによって可能になっています。

この例のように、トレーサビリティは、商品情報の開示に役立つという点で、消費者保護に一役(どころか何役も)買っていると言えるでしょう。

二つ目は、ブランド保護の観点です。

先ほど述べたように、消費者は、商品そのものの品質だけではなく、その商品(や商品に関わる企業)に対する「信用」に対してもお金を払っています。

こうした、商品や企業活動のあり方に対するイメージに基づいた信用のことを「ブランド」と言います。

出典:「かわいいフリー素材集いらすとや」画像より筆者作成

消費者は、信用度が高い商品、つまりブランドのある商品には多くのお金を払ってくれますが、逆に信用が落ちた商品、つまりブランドのなくなった商品にはお金を払ってくれなくなります。

したがって、企業が長く自社商品から利益を得続けるためには、自社のブランドを高め、維持し続けていく必要があります。

しかし、逆にこうした消費者の心理をうまくついて、ブランド品そっくりの偽造品をつくるなどの手口で、一時的に利益を稼いでいる業者も少なくありません。

偽造品が市場に大量に出回ってしまうと、需要と供給のバランスが崩れることによる値崩れだけではなく、品質の悪い粗悪品を消費者が手にしてしまうことにより信用が低下し、ブランドが毀損してしまいます。

そのため、企業はそうした偽造品などによる外部攻撃から、うまく自社ブランドを守っていかなければなりません。

トレーサビリティは、こうした「偽造品対策」の一環としても、強く意識していく必要があるキーワードと言えるでしょう。

ブロックチェーンとは

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された「Bitcoin」(暗号資産システム)の中核技術として誕生しました。

Bitcoinには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、ブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。

分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンは、中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、「分散型台帳」と呼ばれています。

ブロックチェーンと従来のデータベースの主な違いは次の通りです。

従来のデータベースの特徴ブロックチェーンの特徴
構造 各主体がバラバラな構造のDBを持つ各主体が共通の構造のデータを参照する
DB  それぞれのDBは独立して存在し、管理会社によって信頼性が担保されているそれぞれのストレージは物理的に独立だが、Peer to Peerネットワークを介して同期されている
データ共有相互のデータを参照するには新規開発が必要共通のデータを分散して持つので、相互のデータを参照するのに新規開発は不要

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、「データの耐改ざん性」「安価なシステム利用コスト」「ビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)」といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、トレーサビリティに限らず様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事で解説しています。

トレーサビリティの課題に対するブロックチェーンの適用可能性

ブロックチェーン技術は、どのような観点から、トレーサビリティの実現へと応用されるのでしょうか?

この問いには、サプライチェーンにおいてトレーサビリティの障害となる3つの課題がかかわっています。

  1. 協業企業間でデータ連携するインセンティブがない(リーダーシップの不在)
  2. 関わるプレイヤーが多すぎて非効率である(コストの高さ)
  3. そもそも情報に嘘や誤りが多い(情報の正確性)

ブロックチェーンは、これらの課題を同時に解決できる技術として、製造・小売業界におけるサプライチェーン・マネジメントで注目されているのです。

では、それぞれの課題について、順にみていきましょう。

トレーサビリティの課題①:リーダーシップの不在

まず、一つ目の課題は「リーダーシップの不在」です。

トレーサビリティを担保するためには、サプライチェーンの上流工程から下流工程に至るまで、協業企業同士が適切な形でデータ連携をし、チェーン全体を一つの「トレーサビリティ・システム」として定義しなおす必要があります。

しかし、企業は一般的に、サプライチェーン全体の利益ではなく、自社の利益のみに最適化したビジネス上のルールを設定し、各社のビジネスロジックに合わせた独自のシステム開発を行っています。

そのため、いざデータ連携を行おうとしても、協業企業同士のルールやプロトコルの違いが大きな障害となってしまいます。

この障害を乗り越えるためには、協業企業をうまくまとめるためのリーダーシップが必要です。

しかし、部分最適化をはかっている企業間の先導役をある企業が担うことは、その企業にとっての短期的な損失を意味することが多く、したがって、短期的には、リーダーシップを発揮するインセンティブが少ないと考えられます。

トレーサビリティの課題②:コストの高さ

2つ目の課題は、「コストの高さ」です。

通常、サプライチェーン上には、非常に数多くのプレイヤーが存在しています。

そのため、協業企業間でのデータ連携を行うにあたっては、プレイヤーの数だけネットワークが複雑になることで、データの参照コストやシステムの管理コストが莫大な規模に膨れ上がってしまいます。

業界全体で共有できるトレーサビリティ・システムをつくるためには、こうしたデータ連携にかかるコストをいかに抑えていくか、が大きな課題となります。

トレーサビリティの課題③:情報の正確性

3つ目の課題は、「情報の正確性」です。

製造~小売に至るサプライチェーン上には、莫大な種類・量の商品を取り扱うための無数の工程が存在しています。

さらに、それらすべての工程は、サプライチェーンに関わる数多くの人間によって行われており、工程を経るたびに、商品の情報履歴は幾何級数的に積み重なっていきます。

サプライチェーンの規模が大きくなり、情報プロセスが複雑化するにしたがって、商品の情報履歴には改ざんや喪失のリスクはより大きくなっていきます。

消費者と企業のどちらにとっても信頼性の高いトレーサビリティ・システムを構築するためには、こうした情報自体の正確性をいかに担保していくかが肝になります。

ブロックチェーンの適用によるサプライチェーン・マネジメントのユースケース

ブロックチェーンのトレーサビリティへの応用には、SCMにとって様々なメリットがあります。
すでに各地で実現が進んでいる例には、下記のようなユースケースがあります。

  • 不正取引の防止
  • 偽造品の流通阻止
  • リコールの合理化
  • 盗品の販売・所有の取締り

商品のみならず、製造元や流通業者、購入者や所有者にいたるまで、一連のデータの信頼性を担保することのできるブロックチェーンの性質を生かすことで、実態の伴わない不正取引を防止できることはもちろん、偽造品や海賊版対策としての真贋証明、あるいは盗まれた商品の位置を特定することまで可能です。

また、不良品が発生してしまった場合にも、製造会社および小売業者が安全でない商品または欠陥部品のある商品を識別することが可能になります。

これにより、リコール(設計・製造上の過誤などにより製品に欠陥があることが判明した場合に、法令の規定または製造者・販売者の判断で、無償修理・交換・返金・回収などの措置を行うこと)の合理化が可能です。

すなわち、顧客の混乱やリコール費用の増加、リコール自体の状況報告など、商品の情報履歴を正確に追跡できない従来では難しかった対応が実現でき、例えば自動車会社や食品メーカー等への経営支援が期待されています。

ここではブロックチェーンの導入によってサービスのトレーサビリティを実現している事例についてご紹介します。

海外事例:ウォルマート × IBM

出典:Forbes JAPAN

ブロックチェーンのトレーサビリティ問題への応用事例として、2023年現在で最大級ともいえる規模で取り組んでいるのが。アメリカを拠点とする大手スーパーマーケットチェーン「ウォルマート(Walmart)」です。売上額で不動の世界一に君臨し続ける小売企業であり、その従業員数は200万人以上ともいわれています。

そんな規格外のマーケットを持つ同社では世界中に調達経路を保有しているため、食品トレーサビリティの確保が困難になっていました。

従来のシステムでは、仮に食中毒や異物混入といった問題が発生した際に原因や責任の所在を特定するための調達経路の追跡に時間がかかり、結果として商品の回収までに多くの手間とコストが発生する問題がありました。

そうした状況で、ウォルマートは2016年という早い時期からブロックチェーンの実証実験を開始。マンゴーや豚肉といった商品のトレーサビリティの実現という結果を得ると、翌年にはIBMとも連携して本格的にブロックチェーンの導入に踏み切りました。

IBMは食の信頼構築を目指す業界プラットフォーム「IFT : IBM Food Trust」というサービスを提供しており、ウォルマート社以外にも「カルフール」「ユニリーバ」「ネスレ」といった大企業が加盟しています。

このサービスではサプライチェーンのあらゆる段階でトランザクションを記録して流通の透明性を確保し、食品業界が抱える食品安全リスクを低減させます。また、サプライチェーン全体でデータを共有・管理できるため、システムそのものを最適化してフードロスも最小限にできます。

日本は欧米諸国と比べると、牛肉と米以外の食品のトレーサビリティ導入に法的な強制力がなく、食品トレーサビリティにおいてはかなり遅れをとっています。そういった面からも今後、政府による法的規制や国際競争力の低下といった影響を受けて国内の企業および生産者は対応に迫られる可能性が高いといえるでしょう。

国内事例①:旭化成 × TIS

出典:Pixabay

食品トレーサビリティでは後塵を拝している日本ですが、国内では真贋証明などにブロックチェーンのトレーサビリティが応用されています。

旭化成とTISが提供する「Akliteia(アクリティア)」では、旭化成が独自技術によって開発した「透明で偽造困難なラベル」を利用。工場から倉庫、店舗など、サプライチェーンの各拠点でスキャン認証をすることで、その製品が真正品であるかどうかを確認でき、正確な市場流通量を把握することが可能になります。

当初は皮革製品・鞄などのアパレル業界向けに提供されていましたが、2023年4月には高級うにの正規品証明にも利用されるなど、その利用範囲は拡大しています。

旭化成とTIS、ブロックチェーン「Corda」活用で「生うに」の偽造防止へ(あたらしい経済) – Yahoo!ニュース

これは、サプライチェーン・マネジメントの中でも、特に「偽造品対策」にフォーカスした課題解決の方法として、ブロックチェーンによるトレーサビリティシステムを構築しようという事例です。

国内事例②:ザ・ギンザ × トレードログ

出典:ザ・ギンザ(THE GINZA) オフィシャルサイト

資生堂のプレステージラインであるザ・ギンザではRFID/QRを利用した真贋証明に取り組んでいます。

国外人気も高い同社の製品は、偽造品が出回ることも少なくありませんでした。そこで製品にRFIDとQRの二層タグを取り付け、流通経路をユーザーが簡単に把握できるようにすることで、正規品であるか否かがすぐにわかるような仕組みを実現しました。

またユーザー自身が読み取ることでポイントを付与し、「ザ・ギンザ メンバーシップクラブ」内のステージに応じた特典が提供できる仕組みとなっています。トレードログが開発しているIoT 連携のブロックチェーンツールでは、製品のトレーサビリティを通してマーケティングやユーザー体験の向上といった分野にもつなげています。

こういったシームレスな顧客体験が実現できるのも、ブロックチェーンによるトレーサビリティシステムの特徴といえるでしょう。

国内事例③:日本IBM × ヘルスケア・ブロックチェーン・コラボレーション

出典:Pixabay

ブロックチェーンを様々な領域で応用している日本IBMですが、医薬品のトレーサビリティにおいてもブロックチェーン活用の道を模索しています。同社は、2018年に設立されたコンソーシアム「ヘルスケア・ブロックチェーン・コラボレーション」と共に、医薬品の流通経路と在庫の可視化を目指す取り組みを進めています。

同社の発表によると、医薬品の適正な流通を確保するために医薬品卸や物流企業も協力し、新たな「医薬品データプラットフォーム」の構築を計画しています。製薬から医療機関への流れの可視化を目指し、2023年4月から運用検証が開始されます。

医薬品流通経路および在庫を可視化するプラットフォームの運用検証を開始

今回の取り組みには、既にHBCに参加していた塩野義製薬、武田薬品、田辺三菱製薬、ファイザーに加えて、新たに製薬5社、医薬品卸7社、物流会社4社が参加します。これにより、製薬業界に留まらず、医薬品の製造から流通まで業界を横断して一貫したデータを共有し、医療機関における処方や調剤、投与の流れを見える化できるでしょう。

さらに、地域医療の向上を目指し、医療機関での薬剤使用情報を活用する機能も開発される予定です。したがって同プロジェクトは、地域フォーミュラリ推進に貢献する一翼を担う期待のプロジェクトという側面もあります。

医薬品のトレーサビリティが実現すれば、医薬品の適正流通在庫管理の効率化という新たな価値を医療分野にもたらすことでしょう。

まとめ

今回はブロックチェーンによって実現できるトレーサビリティについて解説しました。まだまだ国内におけるサプライチェーンの透明性を確保できている企業は多くはありません。しかし今後、日本においても諸外国のような法規制が導入されることは必然のことでしょう。

トレーサビリティによって製品の情報をつまびらかにすることは、産業構造に対してこれまでと異なるインパクトを与え、クリーンな取引や二次流通マーケットの活性化といった副産物ももたらすと想定されます。ひと足先にブロックチェーンを導入し、自社の製品の流通経路を可視化して他社と差別化を図ってみてはいかがでしょうか。

株式会社トレードログは、ブロックチェーン開発・導入支援のエキスパートです。弊社はコラム内で取り上げたザ・ギンザのプロジェクトにおいても技術支援を行っており、トレーサビリティ実現の経験も豊富です。

ブロックチェーン開発で課題をお持ちの企業様やDX化について何から効率化していけば良いのかお悩みの企業様は、ぜひ弊社にご相談ください。貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

インターオペラビリティとは?ブロックチェーン同士を接続する新たな技術を解説

近年、ブロックチェーン技術に関して「インターオペラビリティ」という言葉を目にする機会が増えてきました。ブロックチェーンが持つ現状の課題と、「インターオペラビリティ」によって何が実現するのかを解説していきます!

  1. 近年、浮かびあがるブロックチェーンの課題
  2. ブロックチェーンとは
  3. インターオペラビリティ=相互運用性
  4. インターオペラビリティの実現を目指すプロジェクト
  5. まとめ

近年、浮かびあがるブロックチェーンの課題

2009年にBitcoinが運用開始されて以来、Ethereum、Hyperledger Fabricなど様々なブロックチェーンプラットフォームが誕生しました。

それに伴い暗号資産などの金融領域だけではなく、非金融領域においてもブロックチェーン技術が多方面で応用され始めています。

特に近年では、物流や貿易などサプライチェーン・マネージメントにおけるトレーサビリティシステムへの活用など、ブロックチェーンに関する実証実験や実装が急速に進んでいます。

しかし、そうした形でブロックチェーン利用の可能性が広がる一方で、ブロックチェーン技術自体に関わる根本的な課題も浮かび上がってきています。それは、異なるブロックチェーン間のデータのやり取りが困難(相互運用性がない状態)であるということです。

異なるブロックチェーンにおいて、やり取りができないというのは一体どういった状況を指すのでしょうか。そのためには、そもそもブロックチェーンとはどういう仕組みで成り立っているのかから見ていく必要があります。

次項ではブロックチェーンについて簡単に説明したあと、相互運用性について詳しく説明していきます。

ブロックチェーンとは

ブロックチェーンは新しいデータベース(分散型台帳)

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された「Bitcoin」(暗号資産システム)の中核技術として誕生しました。

Bitcoinには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、ブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。

分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンは、中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、「分散型台帳」と呼ばれています。

ブロックチェーンと従来のデータベースの主な違いは次の通りです。

従来のデータベースの特徴ブロックチェーンの特徴
構造 各主体がバラバラな構造のDBを持つ各主体が共通の構造のデータを参照する
DB  それぞれのDBは独立して存在し、管理会社によって信頼性が担保されているそれぞれのストレージは物理的に独立だが、Peer to Peerネットワークを介して同期されている
データ共有相互のデータを参照するには新規開発が必要共通のデータを分散して持つので、相互のデータを参照するのに新規開発は不要

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、「データの耐改ざん性」「安価なシステム利用コスト」「ビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)」といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事で解説しています。

異なるブロックチェーン間に相互運用性はない

前述のように次世代のデータベースともいえるブロックチェーン技術には、BitcoinやEthereumをはじめとして非常に多くの種類の基盤があります。

同じ種類のブロックチェーン間のデータのやりとり、例えばEthereumのウォレット(仮想通貨取引を行うための口座)から別のEthereumウォレットに対しては、手軽に送金をすることができます。

しかし、EthereumをBitcoinのウォレットに送ることはできません。なぜなら、各ブロックチェーンネットワークは異なるルール・仕様に基づいており、それぞれに互換性がない状態となっているからです。これは、ブルーオーシャンだったブロックチェーン業界に、様々な企業が独自のプラットフォームをローンチしてしまったことが原因でしょう。

これは、PCや携帯電話の歴史においても見られた事象です。各メーカー個別のプラットフォームでデバイスを作った結果、相互に互換性がなくなり、アプリケーションはそれぞれの機種ごとに作らなければいけなくなりました。このことはまさに、現在のブロックチェーンの置かれている状況と似ているかと思います。

現在、各チェーン同士の互換性がないために、無理に送金をするとチェーン上の資産は行方不明になってしまいます。いわゆるセルフGOXと呼ばれるものです。そのため、BitcoinをEthereumに変換したい場合には、取引所で取引する必要があります。

互換性というと、馴染みの薄い言葉に聞こえます。これは、私たちが普段生活している際にはこの「互換性がない」状態をあまり見かけないからかもしれません。

出典:ぱくたそ

たとえば、私たちは三井住友銀行の口座から三菱UFJ銀行の口座へと送金できます。これは私たちが日常で利用している銀行サービスでは、あらかじめ異なる銀行同士の互換性が担保されているため、何の問題もなくお金の移動が出来るのです。

しかし、こうした互換性がなくなり、三井住友銀行に預けたお金は三井住友銀行内でしか使えない、となると大変不便です。使えるサービスの幅が大きく狭まるだけでなく、一度、三井住友銀行から出金したうえで再度、三菱UFJ銀行へと入金しなければならず、余計な手間が増えてしまいます。

これと近しいことがブロックチェーン間の課題として挙げられているのです。

この「互換性の無さ」がブロックチェーン技術発展の妨げとならぬよう、異なるブロックチェーン同士を繋ぐことができるようにする仕組みが研究・開発されています。

それが「インターオペラビリティ」と呼ばれる技術です。

インターオペラビリティ=相互運用性

出典:Pexels

インターオペラビリティとは?

インターオペラビリティは日本語で”相互運用性”と訳されます。

ブロックチェーン関連の文脈では、ビットコインやイーサリアムなど、”無数の様々なブロックチェーン同士を相互に運用可能とするための技術”のことを指します。

インターオペラビリティによって可能になること

インターオペラビリティによってシステム同士が連携できるようになると、異なるブロックチェーン同士でも送金やデータのやり取り、コミュニケーションが可能となります。例えば、イーサリアムをビットコインのウォレットに送ることができるのです。

ユーザー側からはシステム特性に依存しないシームレスな取引や処理が実行され、不必要な手間や不自由さのない世界が実現可能となります。

例えば、同一のサービス内であっても、金融取引には秘匿性の優れたブロックチェーンを、決済の手続きにはトランザクションの処理スピードが優れたブロックチェーンを使い分けることができます。

既存のブロックチェーン基盤では様々な制約により導入が難しかったケースにおいても、新たにブロックチェーンを構築するといったアプローチも現実的なものになるでしょう。したがってインターオペラビリティは非常に革新的なアイデアであり、ブロックチェーンが社会へより普及するためには必須の技術であるといえます。

現在、様々なプロジェクトがこうした異なるチェーン間における価値の移動、コミュニケーション手段の確立・実現に向けて開発を行っています。

インターオペラビリティの実現を目指すプロジェクト

Cosmos(コスモス)

出典:Cosmos オフィシャルサイト

Cosmosは、インターオペラビリティの実現を目指してTendermint(テンダーミント)社が開発した仮想通貨です。

CosmosではIBC(Inter-Blockchain Communication)という仕組みを利用し、異なるブロックチェーン間でもデータのやり取りができるようにしました。IBCでは、ブロックチェーン間を「対等」な関係で接続し、それぞれの独自チェーンのノードが自分でデータを検証するしています。

IBCに対応した独自のブロックチェーンを開発できるツール「Cosmos SDK」を用いて、Cosmosのネットワーク上にブロックチェーンを構築できます。この各ブロックチェーンのアプリケーションを「Zone」といい、Zone同士が相互接続できるように作られた中継役となるブロックチェーンを「Hub」といいます。

Cosmosのネットワークは下図のように「Zone」と「Hub」の二種類のブロックチェーンから構成されています。

出典:baas info

また、Cosmosは外部のコンセンサスアルゴリズムをベースにしたチェーンを接続することもできます。「Peg Zone」という別のブロックチェーンの状態を追跡するためのブロックチェーンを仲介することによって、BitcoinやEthereumといった既存のチェーンとの互換性を生み出せます。

Polkadot(ポルカドット)

出典:Polkadot オフィシャルサイト

Polkadot(ポルカドット)は、イーサリアムの共同創業者であるGavin Woodらによって2016年に立ち上げられたプロジェクトです。同サービスの開発は、ユーザー主権的なWeb3.0の構築を目指す団体「Web3 Foundation」によって主導されています。

Polkadotも前述のCosmos同様、マルチチェーンに対応しており、相互運用性が高いことで知られています。Polkadotのシステムにおいて、インターオペラビリティを実現しているのは「XCM(cross-consensus messaging format)」という特殊なプロトコルです。

このXCMは「Relaychain」と「Parachain」「Bridgechain」の3種類のブロックチェーンから構成されています。ネット全体のセキュリティを司るメインのチェーンである「Relaychain」とアプリケーションごとの目的に応じた独自のトークン・経済圏を構築する

「Parachain」に対して、「Bridgechain」は下記のように外部のブロックチェーンと「Parachain」の接続を行います。

出典:medium

この「Bridgechain」によってあらゆるタイプのデータや資産を、BitcoinやEthereumといったブロックチェーンに転送することが可能になっています。

CosmosとPolkadotの違い

CosmosとPolkadotはどちらもインターオペラビリティを確保することで、ユーザビリティの向上やブロックチェーンの普及を目指しているプロジェクトです。両者ともに中心に大きなハブ機能を持ったチェーンがあり、そのメインチェーンに様々な機能を持ったサブチェーンが接続する形になっているため、ざっくりとした全体像は似通ったものになっています。

そんな両者における違いはどこにあるのでしょうか?細かい違いは多々ありますが、最も大きな違いは、ネットワーク全体のセキュリティが統一されているかどうかです。

Cosmos Hubに接続する独立したブロックチェーンは均一なセキュリティを備えていません。これは、IBCで相互接続するブロックチェーンのそれぞれのブロック承認は、それぞれのチェーンに任されているためです。そのため、Hubが停止してしまったとしても、それぞれのチェーンで動作しつづけることが可能です。

一方のPolkadotでは、「Parachain」は「Relaychain」を親チェーンとして、同じセキュリティを共有しています(オプションとして独自のブロック承認を使うことはできますが、標準機能ではありません)。 そのため、チェーンごとにセキュリティ性能にばらつきが出ることはありません。

したがって、アクシデンタルな状況下やスケーラビリティという点ではCosmosが、プロジェクトを迅速かつ安全に立ち上げられるという点においてはPolkadotが優れているといえるでしょう。

まとめ

本記事では、ブロックチェーン同士を接続する新たな技術=「インターオペラビリティ」について解説してきました。

これまでのブロックチェーンを活用したシステムは、目的に応じて個別最適で作られてきました。しかし、インターオペラビリティ技術が発展していくことで、これらの個々のシステムをつなげることが可能になり、ブロックチェーンは新たな社会インフラ技術になる可能性を秘めています。

今後、ブロックチェーン間を横断していくプロジェクトや、仮想通貨のやり取りも増えていくことが予想されるため、インターオペラビリティの重要性もさらに増していくことでしょう。

ブロックチェーンのプラットフォームを徹底比較!基盤・種類ごとに解説します!

Ethereum、Ripple、GoQuorum、Hyperledger・・。一口にブロックチェーンといってもそのプラットフォームには、用途に合わせて数多くの種類があります。開発基盤として選ぶならどれがいいか?それぞれの特徴やメリット・デメリットを解説します。

なお、ブロックチェーンの過去、現在、今後について、概念の全体像を学びたい方は、次の記事も併せてご覧ください。

  1. ブロックチェーンのプラットフォームは用途に合わせて選ぼう
  2. 代表的な10のブロックチェーンプラットフォーム
  3. ブロックチェーンプラットフォームごとの特徴
  4. まとめ

ブロックチェーンのプラットフォームは用途に合わせて選ぼう

実は多数あるブロックチェーンのプラットフォーム

ブロックチェーンを活用したプロダクト・サービスの開発には、開発の実装基盤となるプラットフォームが不可欠です。

一般にはあまり知られていませんが、ブロックチェーンのプラットフォームには非常に多くの種類があります。

ざっと名前を列挙するだけでも、次の通りです。

  • Bitcoin Core
  • Ethereum
  • Avalanche
  • Ripple
  • NEM
  • Polygon
  • Cosmos
  • GoQuorum
  • Hyperledger Fabric
  • Corda
  • Solana
  • Stellar
  • TRON
  • BSC
  • Qtum
  • Waves
  • EOS  等々

もちろん、これらの全ての名前や特徴を覚える必要はありません。

しかし、代表的ないくつかのプラットフォームについては、その分類と最低限の特徴はおさえておくほうが、実際にブロックチェーンを利用したプロジェクトの推進、あるいは外注がスムーズになるでしょう。

なぜ、プラットフォームを用途で比較するのか?

ブロックチェーンのプラットフォームを分類する方法は様々にありますが、本記事では「用途に合わせた分類」をお勧めします。

用途に合わせるというのは、たとえば単純な送金ならビットコイン、ゲームならイーサリアム、銀行間送金ならRippleやCordaを開発基盤とするのが好ましい、といった具合です。

用途別での分類方法には、次のようなものが考えられます。

  • パーミッションタイプ(ネットワークの公開範囲)
  • 仮想通貨の有無
  • スマートコントラクト機能の有無
  • トランザクション速度(tps)

しかし、これらの分類方法では、分け方が大味すぎていまいち特徴を掴めない、開発時の構成次第で条件が変わりうる、といった限界があるため「結局よくわからない」という結果になってしまいます。

また色々と知識を手に入れたところで、結局のところは開発プロジェクトで達成したいゴール、つまり自社の課題に応じた開発基盤を選択するのがセオリーなので、骨折り損にもなってしまいかねません。

こうした理由から、以下では代表的な10種類のプラットフォームについて、用途に合わせて簡単な比較・解説をしていきます。

代表的な10のブロックチェーンプラットフォーム

数多く存在するブロックチェーン開発基盤のうち、本記事では代表的なプラットフォームとして、Ethereum、BSC、Polygon、NEM、Solana、Ripple、Corda、GoQuorum、Hyperledger Fabric、Bitcoin Coreの10種類を取り上げます。

プラットフォーム名対象用途例
Ethereum(イーサリアム)toC企業NFTなど
BSC(バイナンス・スマート・チェーン)toC企業DApps、NFTなど
Polygon(ポリゴン)toC企業NFT、DAppsなど
Symbol(シンボル)toC企業 ゲーム、DAppsなど
Solana(ソラナ)toC企業ゲームなど
Ripple(リップル)toC企業銀行間送金(特化)
Corda(コルダ)toB企業銀行間送金、企業間プラットフォームなど
GoQuorum(ゴークオラム /ゴークォーラム)toB企業企業間プラットフォームなど
Hyperledger Fabric(ハイパーレジャーファブリック)toB企業企業間プラットフォームなど
Bitcoin Core(ビットコインコア)個人個人間送金

上表のように、10種類のプラットフォームを用途の観点から分類すると、大きく次の4つに分けることができます。

  1. toC企業向け:ゲームなどの開発に向いている
  2. toB企業向け:業界プラットフォームなどの開発に向いている
  3. 銀行向け:銀行間送金に特化している
  4. 個人向け:ちょっとした送金の手段として使われる

たとえば、あなたが製造業の会社で事業責任者をしており、ブランド戦略の一環で製品のトレーサビリティ(追跡可能性)を担保することで偽造品対策や競合製品との差別化を行いたいと考えているのであれば、2のtoB企業向けプラットフォームであるCordaやGoQuorum、Hyperledger Fabricを開発基盤としたプロジェクトを推進していくのがお勧めです。

あるいは自社経済圏を構築するためにトークン発行を前提としたプラットフォームを構築したいのであれば、開発基盤はEthereumのほぼ一択でしょう。

次項で詳しくみていくように、ブロックチェーンはその開発基盤によってターゲット層や情報秘匿性、搭載している機能に違いがあります。

そのため自身が推進するプロジェクトに向いているプラットフォームを把握し、その特性を理解しておくことは、開発者だけではなくビジネスサイドの担当者にとっても有益です。

また、独自の仮想通貨を備えているブロックチェーンもあるため、その背景知識としてチェーンの技術的特徴を把握しておいて損はないでしょう。

それでは、それぞれのプラットフォームについて順に見ていきましょう。

ブロックチェーンプラットフォームごとの特徴

Ethereum(イーサリアム)

出典:BTCC

Ethereumは、2013年にロシアの若き天才、Vitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)により構想されたプロジェクトで、ビットコインの設計思想を開発者向けに押し広げたプラットフォームです。

Ethereumの主な特徴は次の通りです。

  • エンタープライズ向け(toC企業)
  • NFTの開発に用いられることが多い
  • 独自仮想通貨:ETH(イーサ)
  • スマートコントラクト機能:あり
  • パーミッションレス型
  • 情報の秘匿性が低い

Ethereumは、ビットコインを設計の土台としていることもあってか、パーミッションレス型、つまり不特定多数の参加を認めるネットワークであるため、情報の秘匿性を担保しづらく、企業の中でもゲーム開発などのtoC企業に採用されやすい点に特徴があります。

また、特筆すべき点として、トークンの開発基盤として実質的に市場を独占していることがあげられます。

これはトークンをリアルマネーと交換する取引所自体が、Ethereumの初期トークンであるERC20の規格に合わせてつくられたために、Ethereum以外での開発が困難になってしまっていることを背景としています。

したがって、ERCトークンの規格を変えるだけで様々なデジタル上の資産に対して互換性を持たせられるというメリットがあります。現在もERCの規格は増え続けており、今後新たな規格が登場すれば、新たなサービスにもブロックチェーンを組み込める可能性があります。

実際に、ERC20の規格で発行されたトークンは、誤送金すると再使用できないという仕様(=GOX、ゴックス)でした。これを解決するためにERC223という規格が誕生しました。

さらに、最新のアップデートShnghai(シャンハイ)では、ステーキングサービスに出金機能が搭載され、ユーザーの出金の自由度が増しました。

このように定期的なアップデートでユーザビリティが常に向上し続けており、初心者にもおすすめの開発基盤です。

BSC(バイナンス・スマート・チェーン)

出典:BINANCE

BSC(バイナンススマートチェーン)とは、世界最大の海外取引所であるバイナンスが運営・管理する独自チェーンです。

BSCの主な特徴は以下の通りです。

  • エンタープライズ向け(toC企業)
  • DApps(分散型アプリケーション)の開発に用いられることが多い
  • 独自仮想通貨:BNB(バイナンスコイン)
  • スマートコントラクト機能:あり
  • パーミッションレス型
  • 高速かつ低コスト

元々バイナンスでの取引にはバイナンスチェーンというブロックチェーンが利用されていました。しかし、このチェーンはプログラム上の制約が多かったため、ブロックチェーンとしての柔軟性に課題を抱えていました。そんなバイナンスチェーンが抱える課題の解決策としてBSCが開発されたため、自由にDAppsを構築することができます。

また、BSCはEthereum同様、スマートコントラクト機能も搭載しています。これにより、カスタマイズ性だけではなく、バイナンスチェーンの特徴であった高速の処理スピードも実現しており、ユーザーとプラットフォームの開発者の双方にとって大きなメリットを持つチェーンとなっています。

さらに、BSCの手数料はそのほかのチェーンに比べると割安になっています。これは、BSCのコンセンサスアルゴリズムが、「PoSA(プルーフ・オブ・ステーク・オーソリティ)」という方式が用いられているためです。

この方式のもとでは、承認の仕組みに高性能なコンピュータや大量の電力を要する計算処理は不要なため、手数料を抑えることができます。

独自の仮想通貨であるBNB(バイナンスコイン)は執筆時点(2023年8月)で、時価総額4位にランクインしており、その安定性も人気の理由です。

このような背景から、現在はBSCがバイナンスのメインチェーンとして採用されています。

Polygon(ポリゴン)

出典:COINPOST

Polygon(ポリゴン)は、イーサリアムが抱える「処理の遅延」や「手数料の高騰」といった問題の解決を目指してつくられたブロックチェーンです。2021年まではMaticNetworkという名前でサービス展開していました。

  • エンタープライズ向け(toC企業)
  • トークンやDAppsの開発に用いられることが多い
  • 独自仮想通貨:MATIC(マティック)
  • スマートコントラクト機能:あり
  • パーミッションレス型
  • 高速かつ低コスト

PolygonはEthereumのセカンドレイヤーとして開発されています。メインのブロックチェーンと並行して高速でブロックを生成し、Ethereumにリンクします。このシームレスな接続によって、Polygon自体が持つトランザクションの実行能力と、Ethereumが持つ豊富なDAppsへのアクセスを実現しています。

また、同チェーンの開発を行うPolygon Labsは、「Polygon 2.0」への大型アップデートを発表しています。このアップデートでは、ゼロ知識証明を利用した処理コストの高いデータのオフチェーン処理を実現し、コストをさらに大きく削減できるとしています。

また、今後はユーザーが複数のチェーンを検証できるようになります。したがって、ユーザーは1つの通貨で複数のチェーンを管理できるようになり、エコシステムの安全性と拡張性が高まります。

なお、この「Polygon 2.0」では、独自の通貨も「MATIC」から「POL」へとアップグレードされる模様です。

2023年8月には、国内大手の仮想通貨取引所であるCoincheckでもPolygonの取り扱いを開始しており、国内でも近年注目されているブロックチェーンです。

Solana(ソラナ)

出典:Myforex

Solanaは2017年にAnatoly Yakovenko氏によって考案され、2020年3月にローンチされたばかりの比較的新しいプラットフォームです。Ethereumと同じくパーミッションレス型、独自仮想通貨をもったtoC企業向けの開発基盤です。

Solanaの主な特徴は、次の通りです。

  • エンタープライズ向け(toC企業)
  • ゲーム、DAApsの開発に用いられることが多い
  • 独自仮想通貨:SOL(ソル)
  • スマートコントラクト機能:あり
  • パーミッションレス型
  • トランザクション速度(tps)が速い

Solanaの最たる特徴は、トランザクション速度(tps)の速さです。

たとえば、ビットコインのトランザクション処理速度は6件/秒、イーサリアムは15件/秒ですが、Solanaの場合は50,000件以上/秒と圧倒的な数字を誇ります。

またSolanaの取引手数料は平均して0.00025ドル程度であり、取引の障壁の少なさでは群を抜いています。

これらは、「PoH(プルーフ・オブ・ヒストリー)」というネットワークに参加しているコンピューター同士の同期を必要としない独自のコンセンサスアルゴリズムによって実現しています。PoHでは、ネットワークの通信状態に関係なく、ネットワーク全体として処理が進められるため、高速かつ低コストでの取引を可能にしています。

こうした特徴や手数料の安さから「イーサリアム・キラー」とも呼ばれているSolanaですが、安定性に欠けるというデメリットもあります。度重なる稼働トラブルや支援元の大手仮想通貨取引所FTXが破綻するなどして、SOLは幾度も暴落を経験しています。

新興のブロックチェーンには将来性がある一方で、その価値を一定に保つのは難しいという欠点があることも覚えておいた方が良いでしょう。

Symbol(シンボル)

出典:BITTIMES

Symbolは2021年にローンチされたプラットフォームで、EthereumやPolygonと同じくパーミッションレス型、独自仮想通貨をもったtoC企業向けの開発基盤です。

2021年に誕生したと聞くと、「まだ安定していないのでは?」と感じる人もいるかもしれません。しかし、Symbolには前身となるNEM(ネム)と呼ばれるブロックチェーンがあり、NEMで定評のあったマルチシグというセキュリティシステムが引き継がれています。

そのため、新興のブロックチェーンではありますが、実績と信頼のあるエコシステムとなっています(Symbolが誕生したあともNEMは存続し続けており、現在はSymbolのサブチェーンにする計画が進行中です)。

Symbolの主な特徴は、次の通りです。

  • 個人やコミュニティ、企業などユーザーの属性に関係なく利用できる
  • ゲームや取引所、DAppsの開発など幅広い目的に用いられることが多い
  • 独自仮想通貨:XYM(ジム)
  • スマートコントラクト機能:あり
  • パーミッションレス

Symbolでは、コンセンサスアルゴリズムに「PoS(プルーフ・オブ・ステーク)」を改良した、「PoS+(プルーフ・オブ・ステーク・プラス)」が採用されています。

PoS+では、XYMの保有量だけでなく、取引量や活動量も評価対象にしたスコアが自動的に算出され、それに応じてブロックの生成者が決まる仕組みが導入されています。そのため、XYMの保有量に関わらず、貢献(アクティブ)なユーザーを優遇するというある意味で公平なシステムとなっています。

また、Symbolはパブリックブロックチェーンとプライベートブロックチェーン両方の機能が搭載されたハイブリッド型のチェーンです。そのため、プロジェクトのセキュリティ性に応じて、機能を使い分けることが可能になります。

実際に、2022年にカタールで開催された「FIFAワールドカップ」のホテル建設にSymbolが採用されました。Symbolが導入されたのはホテル建設の工程管理プラットフォームや建造物を3次元で設計するBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)と呼ばれるツールです。

セキュリティが高く法人向けのブロックチェーンであるからこそ、今後は他のプロジェクトでもSymbolが利用される可能性も十分に考えられるでしょう。

Ripple(リップル)

出典:COINPOST

Rippleは、2012年から開始された金融決済・送金プラットフォームです。XRPという仮想通貨を発行しているため、そちらの方が有名かもしれません。

Rippleの主な特徴は次の通りです。

  • エンタープライズ向け(銀行)
  • 銀行間取引に特化している
  • 独自仮想通貨:XRP(リップル)
  • スマートコントラクト機能:あり
  • パーミッションド型
  • 送金が速く、手数料が安い
  • 秘匿性が低い

Rippleは、正確にはブロックチェーン技術は使用されていません。しかし、「XRP Ledger」という専用の分散型台帳管理システムを使用しています。このシステムでは、リップル社が指定したメンバーのみが承認作業を行います。

そのため送金スピードに定評があり、銀行間送金に特化したプラットフォームとして採用されることがほとんどです。

個人間送金のような頻度が少なく、かつもともとの手数料も大きくない取引であれば、のちに説明するBitcoin Coreで十分かもしれません。しかし、エンタープライズ、特に銀行のような膨大な頻度で多額の取引を行う企業にとっては、送金スピードは大きなメリットといえるでしょう。

通常のデータベースとブロックチェーンの中間的な位置付けにあるRippleですが、クロスチェーンブリッジの新たな規格を開発中とのこと。今後ますますブロックチェーンとの関わりも密になっていくことが予想されるため、必ず押さえておいた方が良いプラットフォームといえるでしょう。

ただし、2020年12月に米証券当局であるSEC(証券取引委員会)が、リップル社を相手に起こした裁判はいまだ係争中です。裁判で新しい展開がある度にXRPの価格が激しく上下するため、安定的な運用を望む方はほかのプラットフォームを利用した方が良いでしょう。

Corda(コルダ)

出典:101 Blockchains

Cordaは、2014年に設立されたソフトウェア企業である「R3」(R3CEV LLC)を中心とした「R3コンソーシアム」によって開発・推進されているブロックチェーンプラットフォームです。

開発当初は、「取引におけるプライバシーの確保」という金融取引の要件を満たすための特化型プラットフォームとして誕生しましたが、その後は、金融領域に強みを持ちつつも他の領域にも使えるtoB企業向けプラットフォームとして利用されています。

Cordaの主な特徴は次の通りです。

  • エンタープライズ向け(toB企業)
  • 銀行間取引に強みをもつが、他の領域にも使える
  • 独自仮想通貨:なし
  • スマートコントラクト機能:あり
  • パーミッションド型
  • 秘匿性が高い

Cordaは、銀行間取引に特化したRippleと、次に紹介するtoB企業向けのGoQuorumやHyperledger Fabricとの間の性質をもっています。

まずRippleとの違いは、Rippleが自社の独自仮想通貨をもつパーミッションレス型のプラットフォームであるのに対して、Cordaは参加者の限定されたパーミッション型のプラットフォームである点です。

この違いから、Rippleと比較して、Cordaは情報の秘匿性を高いレベルに保持できる点に特徴があるといえます。

実際に、Cordaを運営しているR3コンソーシアムには、「バンク・オブ・アメリカ」や「みずほ銀行」などのメガバンクが名を連ねており、Cordaはこうした企業の要求する高いプライバシー要件をクリアしています。

次にGoQuorumやHyperledger Fabricと比較すると、ユーザー企業のユースケースに対応した作りとなっています。これはスクラッチ開発となっていることや、Corda基盤上で作られたアプリ間のデータ連携に優れている(インターオペラビリティが高い)ことが理由です。

また、開発言語にJava / Kotlin(Javaをもっと簡潔にした言語)という扱える人口の多い言語を採用しているため、開発者を確保しやすいことも特徴の一つです。

GoQuorum(ゴークオラム / ゴークォーラム)

出典:BITTIMES

GoQuorumは、2016年にJ.P. Morganによって開発されたオープンソースソフトウェアです。

toC企業向けのプラットフォームであるEthereumをtoB企業向けに改変したもので、基本的にはEthereumと同様の特徴を持ちます。

GoQuorumの主な特徴は次の通りです。

  • エンタープライズ向け(toB企業)
  • 企業間プラットフォームに用いられる
  • 独自仮想通貨:なし
  • スマートコントラクト機能:あり
  • パーミッションド型
  • 秘匿性が高い
  • 95%はEthereumと同じ

GoQuorumがEthereumと異なる点は、「情報の秘匿性」と「スループット(単位時間あたりの処理能力)」です。

EthereumはもともとBitcoinを開発者向けに展開したパーミッションレス型のプラットフォームなので、ネットワークへの参加者が限定されておらず、プライバシー要件を高く保つことができません。

また、上述した通り、トランザクション処理速度(tps)も数百程度であり、企業間取引に求められる速度には達していません。

GoQuorumでは、Ethereumの特徴を基本的には維持しつつ、 企業向けに機能がブラッシュアップされているため、プライベートなトランザクションに向いています。ビジネスプロセスや顧客データの機密性を保ったままブロックチェーン上で処理できるため、企業が求めるセキュリティとコンプライアンスの要件に対応しやすくなります。

ただし、プライベートトランザクションは、取引があったこと自体はコンソーシアム内の全員が確認できるため、取引の存在自体を秘匿したいケースには向いていません。

Ethereumをベースにしているため、Ethereumエコシステムの知識やスキルが必要になってしまいますが、その分、機能性や拡張性においては優れたパフォーマンスを発揮するフレームワークとなっています。

Hyperledger Fabric(ハイパーレジャーファブリック)

出典:Zorro Sign

Hyperledger Fabricは、2015年12月にLinux Foundationによって開始されたブロックチェーンプラットフォームです。

より厳密に言えば、複数のフレームワークやツールなどから構成されるプロジェクトである「Hyperledger」のうち、最もtoB企業で利用されているフレームワークが「Hyperledge(プロジェクトの中のフレームワークである) Fabric」です。

Hyperledger Fabricの主な特徴は次の通りです。

  • エンタープライズ向け(toB企業)
  • 企業間プラットフォームに用いられる
  • 独自仮想通貨:なし
  • スマートコントラクト機能:あり
  • パーミッションド型
  • 秘匿性が高い

基本的な特徴としては、GoQuorumと同じと考えて問題ありません。

主な違いとしては、Hyperledger FabricがIBM社のエンジニアによって最初からtoB企業向けに特化してつくられたプラットフォームであるために、GoQuorumよりもさらにエンタープライズ要素が強いことです。

そのため、新規参入企業が開発をスタートするための環境(フォーラムやドキュメントなど)が整っており、スムーズにプロダクト開発へ着手できます。

実際にHyperledger Fabricは、IBM社の牽引する各種の業界プラットフォーム開発の基盤として用いられています。

非金融領域でエンタープライズ向けのブロックチェーンネットワークやデータベースを構築していくのであれば、まずはこのHyperledger Fabricか、前述のGoQuorumを選択するのが良いでしょう。

Bitcoin Core(ビットコインコア)

出典:ForoCrypt

最後に、Bitcoin Coreについて説明します。

Bitcoin Coreは言わずもがな、仮想通貨やブロックチェーン技術の先駆けであるBitcoinの開発基盤となるプラットフォームです。

Bitcoin Coreの主な特徴は次の通りです。

  • 個人向け
  • 開発基盤としてはほとんど用いられない
  • 独自仮想通貨:BTC(ビットコイン)
  • スマートコントラクト機能:なし
  • パーミッションレス型
  • 秘匿性が低い
  • トランザクション処理速度が遅い

他のプラットフォームが、何らかの用途に合わせた開発基盤として構築されたのに対して、Bitcoin Coreは、仮想通貨としてのビットコインを世に送り出すために「サトシ・ナカモト」によって構築されたために、エンタープライズ向けのブロックチェーンプラットフォームとしては機能しません。

また、スマートコントラクトも、Ethereumの生みの親であるVitalik Buterin(ヴィタリック・ブリテン)によって生み出されたもののため、Bitcoin Coreには機能が搭載されていません。

さらに、PoWと呼ばれるコンセンサス・アルゴリズムを採用し、フルノード形式(全てのトランザクションをダウンロードし続ける)であることから、トランザクションも7tpsと非常に遅く、企業間の送金などにも向いていません。

こうしたことから、Bitcoin Coreが開発基盤として用いられることは滅多になく、その用途は、ビットコインそのものの利用や、個人間送金などに限られています。

まとめ

今回はそれぞれの開発基盤の特徴やメリット・デメリットについて解説しました。ブロックチェーンには様々な種類があり、それぞれに向き不向きの用途があることがお分りいただけたでしょうか。

とはいえ、まだこのコラム内で語りきれない特徴や実際の現場での使用感などにも違いがあり、日々新しいプラットフォームが開発されていることも事実です。自社システムにブロックチェーンを導入する際には専門的なアドバイスを受けると良いでしょう。

株式会社トレードログは、ブロックチェーン開発・導入支援のエキスパートです。ブロックチェーン開発で課題をお持ちの企業様やDX化について何から効率化していけば良いのかお悩みの企業様は、ぜひ弊社にご相談ください。貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

【業界動向】物流×ブロックチェーンは何を実現する?最新の活用事例も!

ブロックチェーンは、その世界市場規模が2030年までに4,694億9,000万ドルに成長すると予測されている有望技術です。とくに物流業界とは相性がよく、在庫管理や偽造品排除などさまざまな側面から注目を集めています。IBMなどが取り組んでいる事例と共に最新の物流DX動向に迫ります。

なお、ブロックチェーンビジネスの考え方、全体像の概観を学びたい方は、次の記事も併せてご覧ください。

  1. いま、「物流×ブロックチェーン」が熱い。
  2. ブロックチェーンとは?
  3. 現代ビジネスに欠かせないサプライチェーンマネジメントとは?
  4. ブロックチェーンと物流課題の相性の良さ
  5. 物流におけるブロックチェーンの適用シーン
  6. 物流業界におけるブロックチェーンの活用事例
  7. まとめ

いま、「物流×ブロックチェーン」が熱い。

2023年現在、物流の一連の流れを最適化するという「ロジスティクス」とブロックチェーンを掛け合わせたビジネスが、世界的な盛り上がりを見せています。

今まで話題になることが多かったブロックチェーンの用途は、ビットコインなどの仮想通貨、NFTなどの独自トークンなどでしょう。しかし、サプライチェーンマネジメントの観点から、国内外の企業においてブロックチェーンの導入が浸透しつつあります。

MarketsandMarkets社の発表したレポートによると、世界のサプライチェーンマネジメント (SCM) の市場規模は、2020年の約2億5300万ドルから2026年32億7200万ドルまで約53.2%のCAGR(年平均成長率)で成長すると予測されています。

Blockchain Supply Chain Market Growth, Size, Share, Trends, Revenue Forecast & Opportunities | MarketsandMarkets™

このことからも近い将来、物流とブロックチェーンは切っても切れない関係になるでしょう。では、ブロックチェーンが実現するサプライチェーンマネジメントとは一体なんなのか、そもそもブロックチェーンとはどういう技術なのかについて軽くおさらいしましょう。

ブロックチェーンとは?

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された「Bitcoin」(暗号資産システム)の中核技術として誕生しました。

Bitcoinには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、ブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。

分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンは、中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、「分散型台帳」と呼ばれています。

ブロックチェーンと従来のデータベースの主な違いは次の通りです。

従来のデータベースの特徴ブロックチェーンの特徴
構造 各主体がバラバラな構造のDBを持つ各主体が共通の構造のデータを参照する
DB  それぞれのDBは独立して存在し、管理会社によって信頼性が担保されているそれぞれのストレージは物理的に独立だが、Peer to Peerネットワークを介して同期されている
データ共有相互のデータを参照するには新規開発が必要共通のデータを分散して持つので、相互のデータを参照するのに新規開発は不要

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、「データの耐改ざん性」「安価なシステム利用コスト」「ビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)」といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事で解説しています。

現代ビジネスに欠かせないサプライチェーンマネジメントとは?

サプライチェーンマネジメント=生産フローの最適化

サプライチェーン・マネジメント(SCM)とは

出典:ITトレンド

サプライチェーンマネジメントとは、その名のとおり、原材料の調達から製造、販売までの生産プロセス(サプライチェーン)を管理することです。在庫管理、出荷などの各段階でデータを取得・共有することで、各工程における無駄を省き、従来埋もれていたデータを有効活用することで、新たなビジネス戦略を構築することも可能になります。

サプライチェーンマネジメントの実現によって、具体的には以下のようなメリットが得られるでしょう。

  • 配送や出荷における時間や労力の無駄を減らせる
  • 原材料を必要な分だけ調達できるようになる
  • プロセス全体を可視化し、透明性を高めることができる
  • 自動認証により人的ミスを排除できる
  • 温度管理が必要な商品を最適に管理・配送できる
  • 機械的に在庫要件を予測できる

なぜサプライチェーンを管理する必要があるの?

現代のマーケットでは、ネット上で商品の取引が行われ、消費者のもとに届くまでに複数の業者が携わることが一般的になっています。生産すれば生産した分だけ売れるという時代は過去の話となり、必要な商品を必要なだけ生産することが重要です。そんな多くのモノであふれる時代においてグローバルな競争に打ち勝つためには、サプライチェーン全体でリソースや情報を共有し、欠品や過剰在庫を回避する必要があります。

また、消費者がインターネットやモバイルで商品を見つけると、いますぐに入手したいと考えるでしょう。この消費者のニーズに応えるには、常に在庫を確保し、スピーディーな配送環境を整える必要があります。

企業や部門ごとに独自に生産量や在庫を管理すると、余剰在庫が発生し、需要の変動に対処できなくなり、機会損失が増加する可能性があります。

ユーザーの要望に合わせた効率的な生産と供給を実現するためには、サプライチェーンの管理が必要不可欠なのです。

ブロックチェーンと物流課題の相性の良さ

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」という特徴やサプライチェーンを取り巻く現状を踏まえたうえで、なぜいま、「物流×ブロックチェーンがアツい」のでしょうか?

これは、結論からいえば、「物流業界のニーズとブロックチェーン開発会社のシーズとの利害関係が見事に一致したから」とみるのが妥当でしょう。

物流業界のニーズ

まず、物流業界側のニーズとして、「もともと物流業界は取引をデジタル化しようにも、プレーヤーが多すぎて中央のデータベースを誰が管理するかで意思統一できなかった」という課題がありました。

これに対して、ブロックチェーンは先ほどみたように、中立的でオープンな「非中央集権性」をもった技術です。

データ共有をセキュアに、また利害関係の衝突なく行うために、ブロックチェーンはまさに「渡りに船」な技術だといえます。こうした理由から、物流業界のニーズに対して、ブロックチェーンはマッチしています。

ブロックチェーン開発会社のシーズ

近年、ブロックチェーンの技術的可能性は金融領域の枠を超え始めたため、開発会社は、より自分たちのビジネスを拡大していくために、暗号資産(仮想通貨)以外の適用領域を探しています。

開発会社がシーズとして求めていた領域は、次のような、ブロックチェーンの特性をうまく活かせる条件をもった領域でした。

  • データベース共有によるコスト削減メリット → 「プレーヤーが多すぎて非効率な」業界
  • 非中央集権性 → 中央管理者が不在な方が実現しやすい → 「GAFAのいない」業界
  • 優れたトレーサビリティ(データの追跡可能性) → 「嘘が多い」業界

こうした諸条件をもとに開発機会を各社が探していったところ、たとえば不動産や医療など複数の業界が該当することになります。

そして、その一つとして、物流、サプライチェーンといった領域がフォーカスされることになりました。

物流におけるブロックチェーンの適用シーン

ここまではブロックチェーンとサプライチェーンマネジメントの概要について見てきました。

サプライチェーンマネジメントはブロックチェーンがなくとも実現できる概念ですが、ブロックチェーンを導入することで可能になることも数多くあります。ここでは、ブロックチェーンによるサプライチェーンの管理についてご紹介します。

在庫管理

出典:Pixabay

前述のようにブロックチェーンは、取引の正当性を中央サーバーではなく、ネットワークの全参加者が共有情報として扱います。そのため、データの改ざんが非常に困難であるうえ、情報の迅速な共有と作業効率化が可能です。

従来の在庫管理では、それぞれの企業が独自のデータベースでストック管理をしていたため、企業間の情報共有に時間的な問題や、正確性の問題がつきものでした。

ブロックチェーンを用いた在庫管理では、QRコードやICタグ(RFID)とリーダーを使って位置情報をリアルタイムで記録します。これにより、在庫情報が正確に把握でき、大規模な棚卸作業が不要になります。

ネットワークの参加者全員で情報を共有するため、情報の共有に伴う煩雑な事務作業が不要になります。メールやチャットを介することなく、プラットフォーム上でスムーズに情報を得られ、多くの業務が効率化するでしょう。

ウォルマートネスレユニリーバなどの有名企業では、在庫の追跡にブロックチェーンを自社のビジネスに導入しています。

国際配送

出典:Pixabay

国際配送業界の情報システムは、デジタル社会となったいま現在も書類ベースで作業を行っています。参照する電子データもリアルタイムに更新されるものではなく、数十年前のEDI(インターネットや電話回線を通じたデータ交換)が現役で使用されているのです。

こういった状況から、国をまたいだ関係各社同士での連携においては、絶えずオペレーションエラーのリスクを抱えながら、ヒトによる非効率な突合作業が繰り返されることで、必要以上の膨大なコストがかかってしまっています。

さらに、国際荷物の配送には原産地証明書が必要になるケースや、現地配送業者による不正行為などが問題になっており、この傾向は産業のグローバル化に伴ってますます顕著になっています。

こういった現象を踏まえて、現在の物流プロセスを簡素化しながら各商品を追跡できるというブロックチェーンの利点を生かしている企業もあります。

バラバラに行われていた国際配送を一元管理することで、配達時間と不正行為を検出し、収益性・安全性の向上が見込めます。

決済

出典:Pixabay

ブロックチェーンは、セキュリティと透明性を確保しながら、国境を越えた支払いを簡素化できます。この仕組みにはスマートコントラクトという技術が用いられています。

スマートコントラクトは、契約の条件を自動的に強制する自動実行契約です。買い手と売り手の双方の取引条件が満たされた場合にのみ、自動的に支払いが行われるように指定できます。

このスマートコントラクトの仕組みは自動販売機を例に説明されることが多いです。自動販売機では、顧客がお金を投入し、商品を選択すると、条件(投入額が商品の価格を上回る)が満たされた場合、自動的に契約が成立し、商品が提供されます。逆に条件が満たされていない場合、契約は成立せず、商品は提供されません。

このように、スマートコントラクトは特定の条件をプログラムに組み込んでおき、それが満たされると契約が自動的に実行される仕組みです。ブロックチェーンとスマートコントラクトを活用することで、特定のプロセスを自動化し、仲介業者のコストを排除することが可能です。

スマートコントラクトとは?ブロックチェーンが実現するトレンドの技術について解説!

米国のペイメント事業大手Visa は、ブロックチェーンとスマートコントラクトに基づいて、請求と支払いの管理に役立つ独自の決済サービスを展開しています。

偽造品排除

出典:Pixabay

偽造品は物流業界の天敵とも呼べる存在で、ICC(国際商業会議所)及びINTA(国際商標協会)によると、偽造品が経済的に与える損失額は、令和4年に世界で4兆6,800億ドル(約515兆円)に達するとも言われています。

近年、この偽造品問題をブロックチェーンを利用して解決しようという動向が、国内外に大きく広がっています。

そもそも、偽造品がここまで大きな問題でありながらもこれまで解決されてこなかった理由は、既存の物流システムが「トレーサビリティ(商品の追跡可能性)」を高め切ることができなかったからと考えられます。

この課題に対して、ブロックチェーンは過去の全取引データを時系列順に格納・検索することができます。この情報は分散的なデータ管理によって共有されます。これにより、「いつ」「どこで」「誰が」製品に関わったのかがひと目で判別可能ですこの仕組みによって、シームレスなトレーサビリティを実現しています。

また、ブロックチェーンは耐改ざん性に優れています。ブロックチェーンではその名の通り、ブロックの中に情報を組み込んで、それをハッシュ値と呼ばれる元データから一方向にしか変換できない不規則な文字列によって鎖のようにつないでいます。

ここで悪意のあるユーザーがデータの改ざんを行うと、ブロック内の情報が組み変わってしまいます。すると、次のブロックに含まれるハッシュ値との整合性がとれなくなってしまうのです。これをまた改ざんしようとすると次のブロックとの整合性がとれなくなります。 このようにブロックチェーンを改ざんしようとすると、数珠つなぎのように改ざんをし続けなければなりません

こういった独自のセキュリティ構造により、商品の真贋性を担保してマーケットから偽造品を排除します。

物流業界におけるブロックチェーンの活用事例

日本IBM×HBC

出典:日本IBM 公式サイト

日本IBMは、2023年4月から医薬品データプラットフォームの運用検証を開始しています。このプラットフォームはブロックチェーン技術を使用して、医薬品の流通経路と在庫を可視化するためのもので、製薬企業、医療機関、医薬品物流企業などが参加します。プラットフォームはHyperledger Fabricというブロックチェーン基盤を使用し、医薬品の品質保持と偽造品の防止を強化します。

このプロジェクトは、主要製薬企業も加入するコンソーシアム「ヘルスケア・ブロックチェーン・コラボレーション(HBC)」において検討されてきたものです。参加企業はプラットフォーム上で医薬品の流れを追跡し、医療機関の在庫情報を管理し、品質管理や事業継続計画に関する情報を共有します。これにより、医薬品の安全性とトレーサビリティーが向上することを目指しています。

医薬品のトレーサビリティーは、品質保持や偽造品の防止などの観点から重要であり、欧米では既に法制化されています。たとえばアメリカでは、2000年代から州単位で医薬品のトレーサビリティに関する法律が制定されていました。これを全国基準にして、州を越えた医薬品のトレーサビリティを確立しようというのが、2013年制定の「医薬品サプライチェーン安全保障法」です。

日本では、国家レベルでトレーサビリティの実現に取り組まれているのは牛と米の食品トレーサビリティです。これらが法制化されたのは2000年代初頭に起きたBSE(狂牛病)問題と2008年に起きた事故米(汚染米)不正転売問題という事件が表層化したことがきっかけです。

責任追及の観点から受動的な動きによって制定された背景からもわかるように、日本では国家レベルで産業へ厳しい規制をかけるのをためらう風潮があるため、こうした分野では民間企業による主導が効果的かもしれません。

日本の医薬品の安全性と相互運用性を世界基準に引き上げるうえで、今後も注目せずにはいられないプロジェクトです。

日本通運

出典:「日通、ブロックチェーンで偽造品排除 物流に1000億円」( 2020/3/9 1:30日本経済新聞 電子版)

「偽造品排除」の文脈でうまくビジネス利用しようとしているのが、日通(日本通運)です。

2020年3月9日の日本経済新聞の記事によると、「日本通運はアクセンチュアやインテル日本法人と組み、ブロックチェーン(分散型台帳)を活用した輸送網の整備に乗り出」し、「倉庫の整備などを含め最大1千億円を投資する」ことで、「偽造医薬品の混入を防ぐための品質管理に生かし、将来は消費財全般に応用する」ことを発表しています(「」内は同記事からの引用)。

上図のように、ブロックチェーンを利用した偽装品排除の取り組みでは、メーカーから小売に至るまで、川上から川下のデータを同一クラウドデータベース上にすべて紐づけていくことで、ある商品がいつ、どこで、誰によって、どんな状態で管理されているかを可視化することができるようになります。

これにより、商品のトレーサビリティが高まり、産地やハラールの認証、違法コピーなど様々な偽造品問題を解消できるのではないか、と期待されています。

トレードワルツ

国際物流におけるブロックチェーン導入の代表例ともいえるのが株式会社トレードワルツ(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:小島 裕久)の「TradeWaltz」です。同サービスはブロックチェーンを基盤に、貿易手続きの完全電子化を目指す貿易情報連携プラットフォームです。

現在の国際物流システムにおいて、荷主、保険会社、物流会社、税関といった貿易の関係者は各社で独自のシステムを持っていますが、これらのシステムとデータは相互に連携できていないケースがあります。そうした場合、煩雑な書類手続きが必要で、紙ベースで送受信された情報を各社が手動で転記しなければいけません。書類エラーにより手戻りも頻発します。

このような貿易取引の課題を解決するのが、貿易情報連携プラットフォームTradeWaltzです。

TradeWaltzでは、各企業のシステムと接続することで、関連書類の電子的な送受信と保管をアプリ上で行うことができ、業務の効率化を図っています。情報の正確性に関しては、ブロックチェーン技術を用いてドキュメントの原本を保証して改ざんを防ぐため、データを安全かつ信頼性の高いものとして扱うことができます。

日本と世界のアナログな貿易手続きの完全電子化・業務効率化を実現するこのソリューションは、名だたる企業からの注目を集めています。2020年11月に事業を開始すると、NTTデータや三菱商事、丸紅といった大企業から資金を調達しており、2023年5月には新たに住友商事が出資に加わり、累計の資金調達額が56.5億円に達しました。

トレードワルツが16.5億円を追加調達、累計56.5億円に──住友商事が新たに参画 | CoinDesk JAPAN

タイ、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドが持つ4カ国の貿易プラットフォームと、同時にブロックチェーン上でAPI接続する世界初の取り組みに成功し、今後は日本・インド太平洋地域間の貿易DXを推進するとのこと。「ブロックチェーン×物流」のリーダー的存在として活躍の場を大きく広げています。

まとめ

この記事では物流業界におけるサプライチェーンマネジメントの重要性と、ブロックチェーンの導入について詳しく見てきました。

実際の事例からも、多数のステークホルダーが存在し、サプライチェーンが複雑化する現代の物流システムでは、ブロックチェーンのような安全かつ分散的な技術が大きな期待を背負っていることがわかります。

ブロックチェーンを在庫管理などに活用することで、正確な在庫情報の確保や情報の共有がスムーズになり、効率化が図れます。しかし、導入には技術的な課題やセキュリティの懸念などもあるため、慎重な計画と実装が必要です。将来のブロックチェーン化に備えるためにも、一度自社のビジネスを見直してみてはいかがでしょうか。

トレードログ株式会社は、ブロックチェーン開発のエキスパートです。食品業界や製造業、物流業界などさまざまな業界に精通し、一社一社のビジネスモデルに最適化されたブロックチェーン開発を行います。

少しでも自社ビジネスに課題をお持ちでしたらぜひトレードログ株式会社にご相談ください。貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

また、物流についての記事は下記サイトでも多数公開中です。ぜひ参考にしてみてください。

AnyLogi

【P2P電力取引】ブロックチェーン×電力の再エネ活用とは?

近年、エネルギー分野におけるイノベーションが急速に進展しており、その中でも特に注目されているのが「P2P(Peer-to-Peer)電力取引」です。

P2P電力取引は、個人や小規模事業者間で電力を直接取引する画期的な仕組みですが、実はブロックチェーン技術が重要な役割を果たしているのはご存じでしょうか?

そこで今回はブロックチェーンが実現する次世代の電力ビジネス、P2P電力取引の現状についてまとめました。

  1. 非金融領域での活用が期待されるブロックチェーン技術
  2. P2P電力取引とは?
  3. ブロックチェーンとは?
  4. 電力分野のブロックチェーン技術開発に乗り出す大手各社
  5. P2P電力取引は決して「魔法の杖」ではない
  6. まとめ

非金融領域での活用が期待されるブロックチェーン技術

2008年に生まれたブロックチェーン技術は、これまで主に、ビットコインをはじめとする暗号資産(仮想通貨)を中心に、金融事業を革新するフィンテックとして注目を集めてきました。

しかし、近年では、ブロックチェーンのもつ技術的応用可能性から、非金融事業、例えば製造・物流・小売業界でのSCM(サプライチェーン・マネジメント)、医療業界での診療データ管理、不動産業界での国際オンライン取引、はてはアートや選挙まで、様々な領域での多様な活用が進んでいます。

その中でも、特に技術開発が盛んで、実証実験や事業化が進んでいるのが電力分野です。

電力分野では、電力会社を介さない電力の個人間取引(P2P 取引) や、再生可能エネルギー(再エネ)の環境価値の取引にブロックチェーンが活用可能だと考えられており、大企業のみならず、スタートア ップ企業や電力会社を中心に国内外で開発が進められています。

P2P電力取引とは?

P2P電力取引は、通信技術の一つである「P2P(Peer to Peer、ピアツーピア)通信」と、2016年4月から始まった電力小売全面自由化を背景とした「電力取引」を組み合わせた造語です。

一言でいえば、「電力会社を通さず、太陽光発電などの発電設備をもつ一般家庭や事業体同士で、直接、余剰電力の売買を行うこと」を指します。

それぞれ、簡単に説明します。

P2P通信とは、パーソナルコンピューターなどの情報媒体間で直接データの送受信をする通信方式のことで、従来のデータベースの「クライアント・サーバー型」と対比されます。

出典:平和テクノシステム

システムの中央管理者である第三者のサーバーを必要とするクライアント・サーバー型とは異なり、P2P通信では、媒体間で直接やり取りを行うことに特徴があります。

他方、日本国での電力取引は、従来、電力会社が各家庭や会社とそれぞれに直接取引を行い、電力会社からの一方的な電力供給が行われてきました。

しかし、上述した電力小売全面自由化を背景に、発電能力をもっていれば、電力会社ではなくとも電気を自由に売ることが可能になりました。

したがって、P2P電力取引ではまさにP2P通信においてデータのやり取りをコンピュータ間で直接行えるように、余剰電力をもつ家庭や事業体間で、直接、自由に売買を行うことができるのです。

P2P電力取引のメリット

P2P電力取引には、次のようなメリットがあります。

  • 発電需要家(電力の売り手)のメリット:余剰電力を小さい単位から簡単に売ることができ、太陽光発電等の資産活用方法が広がる
  • 受電需要家(電力の買い手)のメリット:需要家同士のマッチング最適化が進むことで、従来よりも電気料金を抑えることができる
  • 需要家全体のメリット:売買形式を柔軟に変更でき、目的に適した取引ができる(ダイナミック・プライシングの実現)

従来の電力取引では、電力会社や仲介の会社など、市場の中央管理者が必要でした。

中央管理者との取引では、取引内容を個別に最適化することができず柔軟性に欠くばかりか、システム全体の運用コストが大きくかかってしまいます。

これに対して、P2P電力取引では、多数のネットワーク参加者同士で柔軟に取引を行うことが可能になるため、取引コストを低減させることができると期待されています。

また、P2Pによる電力取引は、いままで埋没していた余剰電力が市場価格で売買可能になることを意味しています。したがって、発電需要家によるエネルギー供給がより主体的に行われ、再エネ活用が活性化されることで、環境への影響が低減されることが期待されます。

さらに市区町村単位で見ても、P2Pによる地産地消のエコシステムが確立すれば、地域コミュニティ内で持続可能なエネルギー生産と消費が促進されます。これにより、大手電力会社のような大規模なエネルギーインフラからの脱依存が可能になり、電力エネルギーを安定して供給することができるでしょう。

とはいえ、もし自宅で太陽光発電を行って余剰電力を貯めていたとしても、その電力を「いつ」「誰に」「どうやって」売ればよいかは、私たちには見当もつきません。また、個人間の取引で適正な価格を調整することも非常に困難でしょう。

そこで、近年、各社が取り組んでいるのが、P2P電力取引を簡単に行えるようなアルゴリズムを搭載したプラットフォーム構築です。

出典:DATA INSIGHT

そして、このプラットフォームの基盤技術として活用されているのがブロックチェーンなのです。では、ブロックチェーンとはそもそもどのような技術なのでしょうか?

ブロックチェーンとは?

ブロックチェーンは新しいデータベース

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された「Bitcoin」(暗号資産システム)の中核技術として誕生しました。

Bitcoinには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、ブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。

分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンは、中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、「分散型台帳」と呼ばれています。

ブロックチェーンと従来のデータベースの主な違いは次の通りです。

従来のデータベースの特徴ブロックチェーンの特徴
構造 各主体がバラバラな構造のDBを持つ各主体が共通の構造のデータを参照する
DB  それぞれのDBは独立して存在し、管理会社によって信頼性が担保されているそれぞれのストレージは物理的に独立だが、Peer to Peerネットワークを介して同期されている
データ共有相互のデータを参照するには新規開発が必要共通のデータを分散して持つので、相互のデータを参照するのに新規開発は不要

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、「データの耐改ざん性」「安価なシステム利用コスト」「ビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)」といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事で解説しています。

電力分野のブロックチェーン技術開発に乗り出す大手各社

トヨタ自動車×東京大学×TRENDの取り組み

2020年11月に、トヨタ自動車株式会社(未来創生センター)と東京大学、TRENDE株式会社の共同研究結果が発表されました。

同研究では、2019年6月17日から2020年8月31日までの間、「ブロックチェーンを活用し電力網につながる住宅や事業所、電動車間での電力取引を自律的に可能とする次世代電力取引システム(P2P電力取引)の実証実験を」行った結果、「実証実験に参加した一般家庭(含、電動車)の電気料金を約9%低減」、「電動車の走行利用電力の43%を再エネとし、CO2排出量を38%削減」することに成功しています。

出典:トヨタ自動車 未来創生センター

公表されている共同実証実験のテーマ・概要・結果は次の通りです。

<テーマ>

  • 家庭や事業所、電動車(PHV)がアクセス可能な、需給状況で価格が変動する電力取引市場
  • 市場で取引される電力における発電源の特定と、発電から消費までのトラッキングを可能とするシステム
  • 人工知能(AI)を活用し、電力消費や太陽光パネルの発電量予測等に応じて電力取引所に電力の買い注文・売り注文を出す、電力取引エージェント

<概要>

実証期間2019年6月17日〜2020年8月31日
実施場所トヨタの東富士研究所と周辺エリア
実証に参加したモニター一般家庭
20軒電力消費者(2タイプ)
①PHV無し:6軒
②PHV有り:6軒

プロシューマー(4タイプ)
①太陽光パネルのみ:2軒
②太陽光パネル+蓄電池:3軒
③太陽光パネル+PHV:2軒
④太陽光パネル+蓄電池+PHV:1軒

事業所(太陽光パネル+PHVチャージャー)
電力価格需給量に応じた変動価格
各役割トヨタ
車両用電力取引エージェントの開発

東京大学
電力取引所の構築
事業所用電力取引エージェントの開発

TRENDE
家庭用電力取引エージェントの開発

<結果>

  • 実証実験に参加した一般家庭(含、電動車)の電気料金を約9%低減
  • 電動車の走行利用電力の43%を再エネ化、CO2排出量を38%削減 等

出典:トヨタ自動車 未来創生センター

また、2023年6月には、TRENDE株式会社が伊藤忠商事株式会社の連結子会社となることが発表されました。

伊藤忠商事株式会社は、以前より「蓄電池を核とする分散型電源プラットフォームの構築」や「ブロックチェーンによるトレーサビリティシステムの実現」など双方の分野において積極的な技術検証を行っていました。

今後は、分散型電源・蓄電池・エネルギーマネジメントといった複数の事業基盤に対してTRENDE株式会社の技術を連携させることで、「コミュニティ内での需給バランス最適化」「電力の地産地消」を目指すということです。

P2P電力取引の技術開発に取り組むTRENDE株式会社の連結子会社化について

KDDIグループの取り組み

2020年12月04日、KDDIグループのエナリスとauフィナンシャルホールディングス、auペイメント、ディーカレットの4社は、電力および環境価値のP2P取引事業成立要因を検証する実証事業を共同で開始したと発表しました。

(再掲)出典:ENERES

公表されている同事業の背景と概要は次の通りです。

<背景>

  • 自社の新電力向けサービス(需給管理オペレーション支援等)基盤を用い、ブロックチェーンを活用して電力のP2P取引をはじめ、多くの新電力が新たな電力ビジネスに挑戦できるプラットフォーム構築を目指している
  • スマホ・セントリックな決済・金融体験を提供する「スマートマネー構想」の実現に向けて、フィンテックを活用した新サービスの研究を進めている

<概要>

実施期間2020年11月20日~2021年2月末
特徴エナリスが卒FITプロシューマーから環境価値が含まれた電力を調達し、真に再エネ価値を求めるRE100企業へ電力とともに環境価値を供給

auペイメントが、実証事業用の環境価値トークンを発行し、発行されたトークンをエナリスがRE100企業に配布

RE100企業は卒FITプロシューマーから譲渡された再生可能エネルギーの環境価値に対する謝礼として、環境価値トークンを譲渡

実証事業終了後、卒FITプロシューマーは提供した環境価値の謝礼として受け取るauペイメント発行のau PAY残高を幅広く決済に利用することが可能

ディーカレットは自社で構築した「ブロックチェーン上でデジタル通貨を発行・管理するプラットフォーム」を活用し、環境価値トークンの発行、流通、償却
検証内容環境価値に対するトークンでの謝礼譲渡

現行制度に基づいたP2P電力取引の検証

非FIT電源とRE100企業需要家が実際に取引に参加する実証
各社役割エナリス
ブロックチェーンを活用した卒FIT電力および環境価値の調達と供給
auペイメントへの環境価値トークンの発行依頼
RE100準拠電力および環境価値取引の実績に基づき発行された環境価値トークンの流通

auフィナンシャルホールディングス
プロジェクト全体のコーディネート、au PAY活用

auペイメント
資金移動業者の登録に基づき実証事業で利用する環境価値トークンの発行
本検証の終了時には発行したトークンを償却、プロシューマーのau PAY残高譲渡

ディーカレット
環境価値トークンの発行・管理を可能とするプラットフォーム提供

IIJの取り組み

2023年4月に、IIJはブロックチェーンによって利用者のニーズに応じた電力・環境価値の割り当てなどを行う「電力需給マッチングプラットフォーム」を導入すると発表しました。

本プロジェクトを実施するにあたってIIJが着目したのが、現在、関西電力が開発中の「電力・環境価値P2Pトラッキングシステム」です。このシステムでは、電力や環境価値の情報や履歴を管理・保管が可能なため、発電者と利用者が個人単位で再エネを売買することができます。

出典:IIJ 公式サイト

公表されている当プロジェクトの背景・概要・結果は次の通りです。

<背景>

  • 日本政府は「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を打ち出しており、2030 年までにすべての新設データセンターの30%以上の省エネ化、国内データセンターの使用電力の一部の脱炭素化を目指している
  • 度重なる省エネ法の改正により、データセンターの利用者にエネルギー消費量の報告やセンター内持ち込み機器の電力種別への対応なども新たに義務付けられた

<概要>

実施期間2023年3月
特徴関西電力が開発中の「電力・環境価値P2Pトラッキングシステム」を導入している

電力系統の中で発電側と電気の利用者側をマッチングさせることができる

P2Pを使って取引当事者の間での情報共有や、ブロックチェーンを使った共有情報(記録など)の耐改ざん性を実現している
検証内容多様な電源調達を実施しているデータセンター内の電力「実データ」を利用し、電源割合の指定などの本プラットフォーム機能の有効性の実証

電力・環境価値P2Pトラッキングシステムを活用し、DC事業者と利用者間で、電力・環境価値の割り当ての確認

<結果>

  • データセンター利用者のニーズ(再エネ割合・追加性)に沿った割り当てを確認
  • 自動割当による管理コスト削減や、需給電力データを管理し、将来需要を予測することにより、電力・環境価値調達量の最適化に貢献できることを確認 等

P2P電力取引は決して「魔法の杖」ではない

ここまでは、P2P電力取引の概要やブロックチェーン技術の解説、実際の事例について見てきました。世界中で数多くの実証実験が行われ、政府の指針や昨今の環境意識の高まりにマッチしているP2Pの電力取引は、今後すぐに私たちの生活へと浸透していくのでしょうか?

実は、そう簡単にはいかないというのが現状です。ここに一つの海外事例を紹介します。

米国発のスタートアップ、 LO3 Energy社です。同社は独自に開発したプライベート型のブロックチェーンであるExergyを用いて、再エネ電力のP2P取引プラットフォームの構築を目指して米国や豪州で実証を進めていました。しかし、P2P電力取引の商用サービスは大規模に展開されることなく、2023年2月でサービス終了となってしまいました。

P2P電力取引スタートアップが操業停止、なぜ商用化できなかったのか

P2P電力取引の先駆者として期待されていたLO3 Energy社ですが、なぜ資金が尽きる前に新たな電力ビジネスを収益化できなかったのでしょうか。

あくまで筆者の憶測になってはしまいますが、「P2Pによる電力取引は、一個人が既存の電力システムから乗り換えるだけの動機になり得なかった」ことが要因の一つではないでしょうか。

従来の電力体系では、電力会社という中央集権的な管理者が存在していました。電力会社は売り上げのほとんどを企業や家庭からの電気料金収入が占めているため、あの手この手で消費者に自社の電気を使ってもらおうと販促活動をしています。

一方のP2Pの電力取引ではどうでしょうか。こうしたプロジェクトでは、運営企業が生活者に対して、「クリーンエネルギーを選択できる」と訴えかけるケースが散見されます。

こうしたケースにおいては、事業者が「生活者は環境的インセンティブによって行動を変容させる」と過信しているといわざるを得ないでしょう。

EYが行った「Future Consumer Index」という調査によると、購買決定要因のうち「環境優先」は消費者全体の18%を占めていますが、その他の項目が81%と、実際は環境以外のインセンティブを優先することが明らかになっています。

出典:Ernst & Young Global Limited

このことからも、環境的インセンティブでは消費者が電力システムを乗り換える動機として不十分だったのではないかと推測します。

また、余剰電力が完全に埋没しているケースはかなりレアケースです。住宅用の太陽光発電が普及して設置費用が安くなったことで、売電価格は近年減少傾向ですが、既存の電力システムの中でも、個人が蓄電した余剰電力を売電する仕組みはすでに多くの発電家が利用しています。

これに対して、P2P電力取引を推進しているのは新進気鋭のスタートアップであることも少なくありません(既存の確立された電力システムや料金体制を刷新するのですから、当然といえば当然ですが)。

したがって新興のプラットフォームに乗り換えてもらうには、それだけの明確なメリットやインセンティブを明示できない限りは、信頼のある大手電力会社からの乗り換えを狙うのは、消費者心理的には難しいのかもしれません。

P2P電力取引は画期的な取り組みとして世界的な注目を浴びる一方で、こういった面から大規模な商用化が困難であるという現実もあるということには注意が必要です。

まとめ

今回の記事では、近年話題を集めているP2P電力取引についてまとめました。

環境負荷の少ないエネルギー源として太陽光エネルギーなどの積極的な活用も推奨されており、今後も個人間での電力取引は環境にやさしいアプローチとして関心を集めるでしょう。

ブロックチェーンの概要やP2P電力取引のメリットとデメリットをきちんと理解したうえで、引き続き今後もその動向に注目していきましょう。

DPP(デジタルプロダクトパスポート)とは?サーキュラーエコノミーを実現させる欧州発の新ルールについて解説!

近年、「サーキュラーエコノミー」や「サステナビリティ」といった、「大量生産・大量消費・大量廃棄からの脱却」という視点が重要視されており、環境に対する取り組みが個人・法人を問わず全世界的に活発になっています。

なかでもとくに、企業においては製品に耐久性やリサイクルの容易性といった情報を付与する「DPP(デジタルプロダクトパスポート)」と呼ばれる制度が注目を集めています。その一方で、その内容を詳しく知っている、実際の事例を知っているという人はまだまだ少ないはずです。

こちらの「DPP(デジタルプロダクトパスポート)とは?サーキュラーエコノミーを実現させる欧州発の新ルールについて解説!」のページでは、DPPの基礎知識から実際の取り組み事例まで、わかりやすく解説していきます。

  1. DPP(デジタルプロダクトパスポート)とは?
  2. DPP(デジタルプロダクトパスポート)のメリットとデメリット
  3. DPP(デジタルプロダクトパスポート)の普及によって社会はどう変わる?
  4. DPP(デジタルプロダクトパスポート)って日本企業にも関係あるの?
  5. DPP(デジタルプロダクトパスポート)の導入事例
  6. DPP(デジタルプロダクトパスポート)の今後の展望
  7. まとめ

DPP(デジタルプロダクトパスポート)とは?

DPPは欧州発の経済政策

EUでは2019年以降、「欧州グリーンディール」と呼ばれる持続可能な経済成長を実現するための政策に力が入れられてきました。この政策では、投資計画や2050年までの気候中立の法制化などの目標が設定されており、とくに、廃棄されていた製品や原材料を「資源」としてリサイクルして循環型の経済システムに転換する「サーキュラーエコノミー」については、アメリカに次ぐ世界第二位の経済圏をさらに包括的・持続的なものにしていくとして重要な位置付けに置いています。

そして、その政策の一環として、2022年3月に欧州委員会が発表した「持続可能な製品のためのエコデザイン規則案」では、企業へのDPP導入が新たに義務付けられています。つまり、DPPはEU(正確には行政執行機関である欧州委員会)が推進する経済政策ということです。

日本では「デジタル製品パスポート」と訳されるDPPですが、具体的には一体どのような制度なのでしょうか?

DPPは「モノのパスポート」

出典:Pexels

DPPとは、製品の持続可能性に関する情報を電子的に記録したものです。製造元から原材料、リサイクル性から解体方法に至るまでの詳細な情報を提供し、製品のライフサイクルを追跡可能にします。製品に記録された情報を読み取ることで、「本物なのか」「何からできているのか」「どこで生産されたのか」「リサイクルは可能なのか」といった情報を得ることができます。そのため、DPPは個人の属性や渡航歴などを記載しているパスポート(旅券)になぞらえて、「モノのパスポート」とも呼ばれています。

海外旅行などで使用するパスポートは紙でできている冊子型のみとなっています。一方のDPPは、「デジタル」プロダクトパスポートなので、電子的に記録可能なものであればその種類を問いません。したがって、バーコードやQRコード、電子透かしなど様々なツールが利用可能です。

DPP(デジタルプロダクトパスポート)のメリットとデメリット

「モノのパスポート」として注目を集めるDPPですが、一体どのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。ここでは、それぞれ2つずつご紹介します。

メリット①:製品全体のライフサイクルがサステナブルであることを証明できる

出典:photo AC

現代社会において、製品開発のプロセスはますます複雑化しています。一つの製品を生み出すためには、多岐にわたる部品や複数のセクションをまたぐ工程が必要です。この複雑性のために、企業が単独で全ての情報を管理し把握することは難しくなってきています

たとえば、カーボンニュートラルなどの排出量取引において、個々のサプライヤーが供給する部品が最終製品の温室効果ガス排出量にどのように影響するかは明確でないケースが大半です。そのため、製品の製造プロセスにおいてだけでなく、調達段階からサプライチェーン全体のCO2排出量などを可視化することが求められています。

DPPが導入されれば、企業の製品がどのような過程で生まれ、どのような原材料が使われているかについて一定の情報を手に入れることができます。それだけではなく、その後のリサイクルや最終的な廃棄物の処理を含むライフサイクル全体が追跡可能になり、持続可能なエコシステムであることの証明になります。

​​また、現在の国内外の排出量算定においてはサプライチェーン上の他事業者による排出削減も、 ⾃社の削減とみなされるケースがほとんどです。

排出量算定について – グリーン・バリューチェーンプラットフォーム | 環境省

したがって、他事業者との情報連携も促進され、⾃社だけでは難しかった削減目標も達成可能なものになるでしょう。このメリットは製造者に限らず、消費者やサプライヤーにとっても大きな安心材料です。

メリット②:製品のリスク管理が容易になる

出典:pixabay

DPPによって製品の生産工程や流通過程における記録がしっかりと残ることで、問題発生時の迅速な対応が可能になります。

たとえば、商品に大きな欠陥があることが発覚したとします。その際に全ての生産工程が記録されていれば、どの地点でいつ問題が発生したのかが速やかに特定できるため、短時間で原因を究明・修正できるようになるのです。

また、不具合のある商品が見つかった場合、迅速な回収や修理が必要です。問題が判明した際にその原因に素早く対処できれば、消費者向けの情報開示も可能になり、企業における経済的損失も最小限に食い止めることができます。

このように、万が一の際にも徹底的な情報管理によって、原因解明・リコールの実施などの責任を果たすことができ、結果的に企業の評判も守ることができます。

デメリット①:大きな人的・経済的コストが発生する

出典:photo AC

EUでは、DPPの導入は企業の義務となっています。そのため、企業は自主的に、自己の負担においてその開発をしなければなりません。また、導入後も製品情報を登録する人件費や、データを保管するサーバー費用なども半永久的に発生するため、コスト面においてはかなり企業に酷な現状になっています。

さらに、DPPの導入に伴って、環境基準を満たしていない企業は自社の製品を再開発する必要があります。こういった多額の追加コストが発生してしまうことが、現在までDPPが普及してこなかった最大の理由でもあるでしょう。

その解決策としては、国家単位で助成金などの支援体制を整えることが挙げられます。実際にドイツでは、バッテリーパスポートの開発に総額820万ユーロを助成して、自国内企業を支援しました。

ドイツ政府、蓄電池の全ライフサイクル情報を記録する「パスポート」開発を支援(EU、ドイツ) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース

他にも、企業規模によってDPPの導入に猶予期間を設けるのも一手でしょう。いずれにせよ、第三者のフォローがなければ、コスト面での課題を解決するのは厳しいという現実があります。

デメリット②:高い情報セキュリティが要求される

出典:ぱくたそ

DPPには製品に関する多くの情報が含まれているため、同時に強力なセキュリティ対策が求められます。パスポート内の全ての内容を全員が確認できる仕組みにすると、サプライヤーや顧客情報などが漏洩するおそれがあります。

適切な暗号化やアクセス制御の仕組みを導入しなければ、デジタルな情報を扱うDPPはサイバー犯罪の脅威にさらされてしまうことは避けられないでしょう。したがって、個人情報の保護とデータプライバシーが重要な課題となっています。

一方で、ブロックチェーンという技術の採用により、高い情報セキュリティを実現しているケースもあります。

ブロックチェーンは、分散型台帳とも呼ばれる新しいデータベースです。中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

分散的な管理構造では、データは暗号化されてブロックに格納され、新しいブロックは過去のブロックとリンクしてチェーンを形成します。そのため、一度記録された情報を改ざんするためには、すべての関連するブロックを変更する必要があります。これは非常に困難であり、ブロックチェーンが耐改ざん性に優れているといわれる理由でもあります。

詳しくはこちらの記事で解説しています。

DPP(デジタルプロダクトパスポート)の普及によって社会はどう変わる?

経済活動における環境負荷が削減される

出典:ぱくたそ

DPPはEUがサーキュラーエコノミーの理念を推進し、製品の持続可能性を高めるためのプロジェクトの一環として展開されています。DPP自体はあくまで「製品情報を記録する」という制度です。

しかし、「持続可能な製品のためのエコデザイン規則案」ではDPPの義務化と同時に環境負荷物質の規制や耐久性に関する規定も盛り込まれています。そのため、企業がDPPを導入する際には必然的に、製品の設計から廃棄までのプロセス全体の見直しや資源の有効活用についても本腰を入れて取り組まなければなりません

また、DPPは導入後も企業の環境戦略をアシストします。製品のライフサイクル全体を追跡・記録するため、製造段階から使用、リサイクル、廃棄までの各プロセスにおけるデータを集約します。よって、自社サービスのどのプロセスが環境に負荷をかけているかを特定し、効果的な環境改善策を導き出すことが可能です。

このように、DPPには製品の生産過程を明らかにして消費者のエシカルな選択を手助けするだけではなく、製品のライフサイクル全体で環境への負荷を軽減する効果が期待されます。

新たなKBF(購買決定要因)によって企業間競争が生まれる

出典:Pexels

消費者は環境に配慮した製品を求める傾向があります。そのため、DPPによって製造プロセスや耐久性、リサイクル可能性を提示することで、企業は「価格」「デザイン」「機能」以外の面で他社との差別化を図ることができます。

また、前述の通り、EU圏内ではDPPに非対応の製品は販売ができなくなる可能性があります。そのため、国内市場だけではなく国外市場におけるシェア獲得に向けて各企業が切磋琢磨して環境に配慮した商品の開発を行うことでしょう。その結果として、プロダクトの質が高まることも期待されます。

さらに、DPPによって提供される情報は、消費者だけではなく、投資家や取引先といったステークホルダーの意思決定にも大きく寄与します。近年では、以下のような社会課題に取り組む上場企業も増えてきました。

  • 温室効果ガスによる地球温暖化
  • 工場や生活排水による水質汚染
  • マイクロプラスチックの流出による海洋汚染
  • 農薬や廃棄物による土壌汚染
  • 工場や自動車の排気ガスなどによる大気汚染
  • 再生処理が行われないゴミや余剰食品による増加

こうした社会問題は、原材料の調達や製品の使用後といったまさにDPPがフォーカスしている地点に原因が存在していることも多いです。DPPによって環境に配慮した企業、あるいは欧州の先進的な取り組みへの参加を証明することで、ブランド価値や企業イメージの向上につながるでしょう。

消費者の能動的な購買行動が実現する

出典:Pexels

DPPがあることで、私たち消費者は購買行動の際にアクセスできる情報が増えます。したがって、消費者はDPPを参考にして多様な観点から購入の是非を判断することが可能になり、消費行動の自由度が高まるでしょう。

食品に貼られている成分表示を思い出してみてください。私たちは食品を選ぶ際に「原産地」や「成分」をみて安全性や希少価値を判断しているはずです。また、ダイエットをしている人や栄養管理に気を遣っている人であれば「栄養素」のバランスにも配慮しているでしょう。

しかし、この表示がなければ私たちは見た目や店舗の評判でしか判断することができず、満足のいく商品選択ができません。それどころか、消費者は企業が見せたい情報だけをもとにして選択をしなければならず、不平等な取引となってしまいます。

一方、DPPによって企業が製品の見えにくい情報を提供することで、消費者は製品の背後にあるストーリーや製造プロセスを知ることができます。これにより、企業と消費者間の情報の対称性が高まり、消費者は能動的な購買行動が可能になります。

DPP(デジタルプロダクトパスポート)って日本企業にも関係あるの?

EUでは今後スタンダードになっていくとされているDPPですが、遠く離れた日本の地においてもこれらを考慮しなければいけないのでしょうか?実は、EUでの立法プロセスの進展によっては、日本企業にもDPPへの対応が迫られる可能性があります

欧州委員会で採用されている政策パッケージでは、サプライチェーン全体でのエコデザインが想定されています。したがって、欧州企業に部品や素材を提供している日本の企業は、サプライヤーとして各部品の納品時にDPPを提出をしなければいけなくなるかもしれません。つまり、自社サービスに「デジタル製品パスポート」を導入できなければ、EU市場から締め出しを余儀なくされるおそれがあります。

実際に電池分野においては、厳しい制約のもとでDPPの運用が始まっています。2023年7月に採択されたバッテリー新規則では、容量が2kWhを超える充電式産業用バッテリーと電動自転車・スクーター用バッテリー、全ての電気自動車(EV)用バッテリーについては、2027年2月までに「バッテリーパスポート」と呼ばれる電池の情報の電子的記録が義務付けられました。したがって、「バッテリーパスポート」を含む新規則に対応できない企業はEU市場から姿を消すことになります。

Council adopts new regulation on batteries and waste batteries – Consilium

また、国内においてもサプライチェーンにおける自社以外の排出量の削減、いわゆるScope3の削減が声高に叫ばれる時代になりつつあります。

G20の要請を受けて気候関連財務情報開示タスクフォース「TCFD」(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が設置され、Scope3を含むサプライチェーン排出量の開示が推奨されています。

日本では、このTCFDに賛同する企業が2023年6月時点で1,344にのぼります。経済産業省の公式HPでは賛同企業名が公表されており、数々の名だたる企業が並んでいることからもその影響力が計り知れます。

日本のTCFD賛同企業・機関 (METI/経済産業省)

また、東京証券取引所のプライム市場は、上場企業にTCFDに準拠した報告を求めており、ESGを考慮した経営においても、サプライチェーン排出量を算定・報告する動きが強まっています。

このように、EUの環境基準に合致しない製品は今後、マーケットの縮小が顕著になっていくでしょう。したがって、「あくまで海外のことだから」と無関心でいる国内企業は、ビジネス上の大きなリスクを抱えているのではないでしょうか。

DPP(デジタルプロダクトパスポート)の導入事例

R-Cycle

出典:Reifenhäuser Maschinenfabrik 公式サイト

R-Cycleは、ドイツのプラスチック加工機械メーカー「Reifenhäuser Maschinenfabrik(ライフェンホイザー・マシーネンファブリーク)」が推進するDPPプロジェクトです。

同プロジェクトは、プラスチック包装のDPPであり、リサイクル可能なプラスチック製品の製造を支援するために設計された取り組みです。このパスポートの最大の特徴は、プラスチックの仕分け効率が格段に向上していることです。

このDPPでは、パッケージの生産中にリサイクル情報を自動的に登録し、この情報をバリューチェーンに渡します。したがって廃棄物分別工場は、リサイクル可能なプラスチックを簡単に識別し、特定の種類のプラスチックのみを抽出する高品質のリサイクルが可能になります。

現在のプラスチックのリサイクルは、複数のプラスチックの中から特定のプラスリックを特定・選別することが困難です。しかし、R-cycleの登場によってプラスチックのパッケージに貼り付けて識別情報を表示することで、廃プラスチックの仕分けが大幅に効率化されました。

この取り組みは、プラスチック産業が環境への影響を最小限に抑えるための革新的な解決策として注目されており、「ドイツサステナビリティアワード 2021」も受賞しています。

Waste2Wear Blockchain

出典:Waste2Wear 公式サイト

Waste2Wear Blockchainは、カナダを拠点とする「Waste2Wear(ウェイスト・トゥ・ウェア)」という企業によって開発された独自のブロックチェーンプラットフォームです。同社は、プラスチック製品が環境へ与える影響を軽減し、できるだけ多くのプラスチック廃棄物を新しい繊維製品にリサイクルすることを目指しています。

Waste2Wear Blockchainでは、プラスチック廃棄物から完成したファッション製品に至るまで、独自のスマートコントラクトで段階的に記録されます。ユーザーはQR コード付きのステッカーを読み込むことで、数量、重量、場所、写真、時間が取得可能です。

このDPPは、繊維業界につきまとう偽造品問題へのアプローチとしても期待されています。近年では環境に配慮したエシカルファッションを選択する消費者も多くなってきました。しかし、リサイクルされたポリエステルとそうではないバージンのポリエステルは肉眼では区別が難しいです。バージンポリエステルは持続可能な代替品よりも製造が簡単で、なおかつ安価であるため、悪徳サプライヤーがリサイクルポリエステルを偽造するケースが問題となっています。

DPPによって、過去の履歴が詳らかにされることで、このような不正な素材の流通が防止されます。したがって、環境だけではなく消費者にもやさしいビジネスモデルを構築することができるでしょう。

東北電力✖️三菱総合研究所✖️イー・アンド・イー ソリューションズ

出典:Pexels

東北電力は太陽光パネルへのDPP導入に向けた実証実験を開始すると2023年8月に発表しました。同実験では、使用済み太陽光パネルの大量廃棄という社会問題に対して、デジタル上でのトレーサビリティ確保を通してリサイクル原料の品質を向上させるというアプローチを目指しています。

実証実験に際しては、(株)三菱総合研究所、イー・アンド・イー ソリューションズ(株)と共同で実施する模様です。

太陽光パネルの適正なリユース・リサイクルに向けた新たな実証事業について ~環境省「国内資源循環体制構築に向けた再エネ関連製品及びベース素材の全体最適化実証事業」に当社応募案件が採択されました~| 東北電力

DPPの構築によって、太陽光パネルの材料成分の明確化とデータの体系化、稼働可能年数の評価、再利用時の発電データの収集などが可能になります。したがって、使用済みの太陽光パネルを適切な形で処理・再利用できるようになり、通常廃棄による環境負荷よりも少ない負荷で再生可能エネルギーを導入することが可能です。

環境省によると、2040年ごろには現在のおよそ200倍にあたる年間80万トンもの使用済み太陽光パネルが排出されると試算しています。きたる「大廃棄時代」における画期的なソリューションとなる可能性もあるため、今後の進展に注目です。

DPP(デジタルプロダクトパスポート)の今後の展望

ここまで見てきたように、実際に運用されれば様々なメリットをもたらすであろうDPPですが、はたして今後の社会で普及するのでしょうか。

この問いに関するヒントは、現在の世界産業における中国の存在にあります。

EUはフォンデアライエン氏が欧州委員会の新委員長に就任して以降、地球温暖化対策を取り組むべき課題の筆頭に位置付けて独自の目標を掲げてきました。その背景には、中国が産業大国として世界のスタンダードになりつつあることが挙げられるでしょう。

問題山積EUのジャンヌ・ダルクに?女性ツートップ体制「変革」への期待度

現欧州委員長のフォンデアライエン氏(出典:ダイヤモンド・オンライン

中国では「安価で」「大量に」生産を行い、国外輸出を推進するビジネスモデルが主流であり、こうした経済活動は環境問題に悪影響を及ぼしていることは問題視されてきました。しかし、同時にそのビジネスモデル成功を収め、中国は世界有数の産業大国となったこともまた事実です。

↑ 主要国名目GDP(米ドルベースで2021年時点の上位10か国、IMF予想含む、兆米ドル)

出典:上位は米中日の順…主要国のGDPの実情を確認する(2021年版)

また、次世代産業の核となるレアメタル生産は中国の独壇場と言っても過言ではありません。半導体製造に必要なガリウムは中国のシェアが約90%を占めており、バッテリー製造に必要なコバルトはアフリカのコンゴ民主共和国が約73%とトップシェアを占めているものの、その大半は中国資本によるものです。

中国は潤沢な資金をアフリカに投資することで、現地のエネルギービジネスに深く根を張り、その実権の掌握を試みているという見方もできます。実際に、コバルトの精製では中国が2022年のコバルト精製生産量の約76%と、世界市場を席巻しています。

こうした中国の重商主義的アプローチの成功や希少資源の中国による独占は、もはや各国の安全保障上の脅威となっており、中国からの脱依存、新たな囲い込みが必要となっています。近年、EUが積極的に新しい政策イニシアチブを発表しているのはこうした背景があるからでしょう。

実際に、フォンデアライエン委員長は就任前の会見で以下のように述べています。

「この布陣で『欧州の道』を切り拓く。気候変動に対し大胆に行動し、米国とのパートナーシップを強化し、より自己主張するようになった中国との関係を明確にし、例えばアフリカなどの信頼できる隣人となる。このチームは、欧州の価値や世界的水準の維持のために立ち上がらなければならない。」

こうしたことからも、DPPを含むグリーンディール政策は、EUの本気度の高い経済政策であることが伺えます。今後もこうした枠組みは厳格に運用され、適応できない国や企業は”西側陣営”からの締め出しに遭う可能性も大いにありえます。したがって、DPPは今後の国際社会のスタンダードとして普及していくのではないでしょうか。

まとめ

今回はDPP、デジタルプロダクトパスポートについて解説しました。

EUでの新たなスタンダードとして採用が決まったDPP。今後はそのメリットが世界的に認知されていくフェーズに突入するでしょう。

一方で、日本国内ではDPPの導入は義務ではないため、コスト面の課題から導入を見送る企業も出てくるかもしれません。しかし、いまや環境への影響を無視した企業活動は淘汰され始めており、最悪の場合、消費者から「時代遅れ」や「ガラパゴス」というレッテルを貼られてしまう可能性もあります。

日本の企業が地に足をつけてDPPの導入について議論しなければならない時期が、すぐそこまで来ています。

医療とブロックチェーンの関係性とは?医薬品・ヘルスケアの事例も紹介!

今日の医療・ヘルスケア業界では、ブロックチェーン技術を応用した産業変革の動きが加速しています。その適用範囲は、医薬品の流通や偽造品対策、臨床試験での医療データ活用など、幅広い分野に及びます。予防医療の実現に向けた業界の課題とデータに対する考え方、海外・国内の最新事例を併せて解説します!

  1. 2030年に向けて変革が求められる医療・ヘルスケア産業と予防医療
  2. 医療・ヘルスケア分野で期待されているブロックチェーンとは
  3. 現代医療に対するブロックチェーンからのアプローチ
  4. 医療・ヘルスケア分野におけるブロックチェーンの導入事例
  5. まとめ

2030年に向けて変革が求められる医療・ヘルスケア産業と予防医療

2023年現在、医療・ヘルスケア産業は、クラウド、AI、ブロックチェーン、IoTなど、あらゆる先端情報技術による構造変革が求められています。構造変革が求められている背景には、マーケットの拡大(つまりは医療や介護を必要としている人が増えている)、それに伴う労働力の集中、そして医療崩壊の可能性という3つの社会状況の変化があります。

第一に、医療・ヘルスケア産業は、年々、急拡大を続けており、2020年時点で国内26兆円、2030年には37兆円の市場規模に達するとみられています。

この背景には、日本社会の長年の課題でもある少子高齢化に加えて、予防法や健康管理の確立生活支援サービスの充実医療・介護技術の進化があります。

厚生労働省の発表によると、2022年の平均寿命は男性が81.05歳、女性が87.09歳となっており、信じられないことに「人生90年時代」がすぐそこまで迫っているのです。

出典:厚生労働省

一方で、自立した生活を送れる期間である「健康寿命」は、平均寿命に比べて男性は約9年、女性では約12年も短いことも明らかになっています。

これは10年近い期間を医療や介護といった助けを受けながら生きていかなければならないということでもあります。したがって、日本における医療・ヘルスケアに対する需要は今後も増加していくことでしょう。

第二に、マーケットの拡大は、医療・ヘルスケア業界に携わる人口の増加ももたらすでしょう。

総務省の「労働力調査」によると、2012年には706万人だった医療系の労働人口は、2030年には944万人にまで増え、あらゆる産業の中で最も労働力を必要とする産業になると言われています。

出典:事業構想(単位は万人)

このような労働構造の大幅な変化は、現場の医療システムの変化にも大きく関係してくることでしょう。

そして、第三に、こうした市場成長の帰結は、おそらく日本経済の活性化ではなく、医療崩壊です。

少子高齢化が進む中、健康寿命が伸びないまま平均余命が伸びていくと、税金の供給と社会保障費としての医療費のバランスが崩れ、社会保障システムに支障をきたします

また、医療現場、介護現場はますます厳しさを増し、「割に合わない仕事」が増えていくことで、労働者の確保も問題になってくるでしょう。

前述のように、医療・福祉の従事者は今後増加していくはずです。しかし、それと同時に医療・福祉を必要とする人も増えていきます。24時間体制でのサポートが必要になるこの業界では、どうしても労働環境と賃金の釣り合いをとるのが難しくなっています

実際に愛知県で県医療介護福祉労働組合連合会(県医労連)がおこなった調査によると、看護師の約8割が「辞めたい」と退職も選択肢にあることが明らかになり、医療の崩壊は早急に解決すべき課題であることが浮き彫りになりました。

夜勤拘束13時間以上55% 看護師ら8割「辞めたい」コロナ禍で悪化

労働人口が不足し、医療崩壊が起きた場合、2020年に発生したCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)の時のような、「命の選別」が迫られる事態も、将来的には十分にあり得るでしょう。

こうしたなか、切に求められているのが「予防医療」です。

予防医療は公衆衛生の考え方の一つで、病気になってから、あるいは要介護になってから対応するのではなく、病気そのものを未然に防ぐことで、健康寿命を伸ばし、医療崩壊を防ごうという考え方です。

2030年、さらにはその先の未来に向けて、日本の医療・ヘルスケアのあり方は、この予防医療という考え方にシフトしていかなければなりません。そして、予防医療が真価を発揮するためには、ヘルスケアデータの利活用と、そのためのシステム変革が必要になってきます。

ブロックチェーンは、まさにこの点において、医療・ヘルスケア業界の変革をサポートする有望技術として、注目を集めています。

医療・ヘルスケア分野で期待されているブロックチェーンとは

医療・ヘルスケア業界を変革しうると注目されているブロックチェーンですが、その適用シーンについて見る前に「そもそもブロックチェーンとはなんなのか」「導入にあたってどんな利点、欠点があるのか」について簡単に学んでいきましょう。

ブロックチェーンは新しいデータベース(分散型台帳)

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された「ビットコイン」(暗号資産システム)の中核技術として誕生しました。

ビットコインには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、ブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。

分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンは、中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、「分散型台帳」と呼ばれています。

ブロックチェーンと従来のデータベースの主な違いは次の通りです。

従来のデータベースの特徴ブロックチェーンの特徴
構造 各主体がバラバラな構造のDBを持つ各主体が共通の構造のデータを参照する
DB  それぞれのDBは独立して存在し、管理会社によって信頼性が担保されているそれぞれのストレージは物理的に独立だが、Peer to Peerネットワークを介して同期されている
データ共有相互のデータを参照するには新規開発が必要共通のデータを分散して持つので、相互のデータを参照するのに新規開発は不要

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、「データの耐改ざん性」「安価なシステム利用コスト」「ビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)」といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、医療に限らず様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事で解説しています。

ブロックチェーンが医療・ヘルスケア業界の変革に向いている理由

不動産、物流など、様々な業界で注目されているブロックチェーンですが、医療・ヘルスケア業界の変革に向いている理由はなんでしょうか?

この問いに対する考え方は色々あり得るものの、答えの一つは、「医療・ヘルスケアが、ブロックチェーンがもつデータの耐改ざん性と、非中央集権というコンセプトを活かせる領域であること」でしょう。

まず、当然のことながら、医療・ヘルスケアで扱う情報は、個人情報の中でも特に秘匿性の高い情報です。こういったプライバシーに深く関わる情報を取り扱ううえでは、データベースやシステムのセキュリティ、とりわけデータの改ざんに耐え得る能力が重要になります。

ブロックチェーンは、暗号資産(仮想通貨)で用いられる「パブリックチェーン(不特定多数の参加が認められる)」と、「プライベートチェーン(管理者のもと特定メンバーの参加が認められる)」の2種類に大別されますが、このうちプライベートチェーンでは、特にセキュリティ要件を高く担保することが可能です。

また、医療・ヘルスケア業界は、次のような性質をもった産業であると言えます。

  • 診療情報や遺伝子情報といったもっともセンシティブなデータのひとつを扱うため、情報の非対称性が大きい
  • 動く金額が大きいため、データ改ざんに関する経済的な動機が大きくなる
  • 患者側にデータ自決権がない

こうした性質をもった業界でデータドリブンな変革を行なっていくためには、中央管理者の存在が障害になりうると考えられます。

したがって、ブロックチェーンが非中央集権的に振舞うことができるシステムであることも、医療・ヘルスケア業界との相性を良くしていると言えるでしょう。

ブロックチェーンは「万能」ではない

前述のメリットを押さえたうえで、ブロックチェーンには気をつけなければならないことがあります。それは、ブロックチェーンは「万能の救世主」ではないということです。

「ブロックチェーンであればなんでもできる」といった誤解をよく見かけますが、現時点の実例で言えば、実証研究的なプロジェクトに終始しているものも多く、実際に変革を行う上では数多くの障害があります。

とりわけ、スケーラビリティの問題は、医療・ヘルスケア業界でブロックチェーンが活用されるための大きな課題となるでしょう。

スケーラビリティとは、「トランザクションの処理量の拡張性」、つまり、どれだけ多くの取引記録を同時に処理できるかの限界値のことを指します。

ブロックチェーンは、その仕組み上、従来のデータベースよりもスケーラビリティが低くならざるを得ないという課題を抱えています。

InterSystemsによると、共通ストレージインテンシブ医療データに必要な一般的なデータストレージは、次の通りです。

  • X線 = 30 MB
  • マンモグラフィー = 120 MB
  • 3D MRI = 150 MB
  • 3D CT スキャン = 1 GB
  • デジタルパソロジ―画像= 350 MB (平均)
  • 100 GB 10億回の読み込み – 一般的な人のゲノム
  • 各ゲノムの異なるファイルに対し 1 GB

このように、医療・ヘルスケア業界では、他の産業よりもはるかに大きなデータの塊を保存・処理する必要があります

この点、ブロックチェーンの現状では、データベースとしての機能を十分に発揮することは期待できないでしょう。

なお、このスケーラビリティの問題に対しては、近年、金融領域におけるマイクロペイメントで「ライトニングネットワーク」と呼ばれる技術を活用することで、トランザクションの処理速度を向上させることに成功しています。

ただし、これはあくまで取引処理速度の向上であり、メディカルデータのような大きさのデータを保存する点について、すべての課題を解消しているわけではありません

ブロックチェーンの活用を考える上では、こうした課題の面にも目を向ける必要があります。

現代医療に対するブロックチェーンからのアプローチ

情報の非対称性の克服

医療・ヘルスケア業界にブロックチェーンを導入することにより解決しうる課題の1つ目は、「医療やそれに付随する情報の非対称性を克服すること」です。

上でも触れたように、医療・ヘルスケア業界では、診療情報や遺伝子情報といったもっともセンシティブなデータのひとつを扱うため、情報の非対称性が大きい点に特徴があります。

情報の非対称性が発生しやすく、利害が対立しやすい立場の違いは、例えば次のようなものです。

  • より正確な診断を下したい ↔︎ まともな医者か知りたい(医者と患者)
  • 転売等を目的とした不正な薬物購入を防ぎたい ↔︎ 偽造薬は使いたくない(処方薬の売手と買手)
  • 保険金請求に関する不正の抑止 ↔︎ 保険会社の優越的地位の濫用の監視
  • 医学論文の実験結果に不正がないことを証明・確認したい ↔︎ よりインパクトの大きな論文を出したい

こうしたプレイヤー間の情報非対称性に起因した医療・ヘルスケア業界の課題に対して、ブロックチェーンは、オープンかつ真正性の高い(データの改竄等がない)データ基盤において、第三者を排除した分散型の管理手法を提供することで、課題解決に寄与するとみられています。

自決権、データポータビリティ

医療・ヘルスケア業界にブロックチェーンを導入することにより解決しうる課題の2つ目は、「医療データに関する患者の自決権やデータポータビリティを確保すること」です。

データの自決権とは、患者が自身に関する医療データを所有し、自由に移転・処分できるような権利のことで、データポータビリティは、患者が医療データを他の医療機関やヘルスケアサービス等でも自由に再利用できること、すなわち持ち運び可能であることを指します。

これまで、患者は診療情報などの医療データを、自分自身に関する情報であるにも関わらず、自由に持ち運び、再利用したり処分したりすることが困難でした。

データの自決権やデータポータビリティが確保されれば、患者は例えば次のようなデータ活用を行うことができます。

  • セカンドオピニオンのために診療情報を個人に帰属させる
  • 遺伝子情報や診断情報を自らの判断で売買できる(トークンエコノミー)

これらの権利が成り立つためには、データを取り扱うシステムが「非中央集権的」で、かつ安全なものでなくてはなりません。したがって、ブロックチェーンの活用が求められているのです。

非効率な転機業務の合理化

医療・ヘルスケア業界にブロックチェーンを導入することにより解決しうる課題の3つ目は、「非効率な転機業務を合理化すること」です。

医療業界には大小合わせて18万軒程の医療機関があり(平成30年度、歯科医院含む)、その多くが個別の事業者によって経営されています。

また、関連機関についても、6万軒弱の薬局をはじめ、さらに数多くの法人が存在しています。

ところが、そうした医療機関のそれぞれが似たような業務プロセスに基づいた、似たような医療データを取り扱うにもかかわらず、それらのデータは個別に入手され、異なるデータベースに保管されます。

加えて、各医療機関のデータベースは相互に統合されることはなく、医療機関間でのデータ移転もほとんど行われません

そのため、例えばクリニックと薬局のように、同じ患者に関するデータを重複して取り扱う場合には、本質的には不要な、非効率な転機業務が行われることになります。

こうした課題に対して、ブロックチェーンを活用してデータベースの統合、連結をはかっていくことで、たとえば次のように業務の合理化をはかることができます。

  • 医者と薬局での似たような問診票の省略
  • 保険金請求に関する似たような伝票の突合業務・転機業務の合理化

2030年に向けて、労働力の不足が深刻さを増していく医療・ヘルスケア業界において、ブロックチェーンによる業務の効率化は今後注目を集めていくことでしょう。

医療・ヘルスケア分野におけるブロックチェーンの導入事例

海外事例①:エストニア

出典:Pixabay

エストニアは行政サービスデジタル化の先駆けとして知られていますが、その中でもヘルスケア分野における取り組みにはブロックチェーンを用いて安全かつ迅速なデータ管理を行っています。

従来のデータ管理では医療データのセキュリティを確保するのが難しいとされていますが、エストニアでは独自のブロックチェーンを開発し、改ざんからデータを守りつつ、そのデータを活用して医療の自動化・時短を推進しています。

たとえば、患者が希望すれば再診はオンライン上で完結します。医師は患者に薬を処方する際、オンラインのシステムで処方箋を発行します。その後、患者は薬局に行き、IDカードを提示するだけで、薬剤師はシステムから患者の情報を取得し、必要な薬を用意できます

エストニアでは現在、処方箋の99%がオンラインで発行されているそうで、患者・医師・薬局の三方よしの節約術といえるでしょう。

さらに、「e-Ambulance(電子救急車)」というシステムも導入されています。このシステムでは、通報時に患者の個人IDを取得して救急車が到着するまでに過去の医療データを参照できます。したがって、到着後スムーズに適切な治療・処置を行うことができます

また、通報者が第三者の場合、その主観情報や救急コールセンターとの対話を通して、緊急度・優先度を決定できます。これにより、事前に搬送先の病院を選定することができ、受け入れ先の病院側も事前に適切な準備ができます

このようにエストニアでは、平常時と緊急時を問わず、医療システムにブロックチェーンが組み込まれています。

海外事例②:The MediLedger Project

出典:Pixabay

医療・ヘルスケアの関連業界でブロックチェーンを活用した事例の一つに、アメリカの製薬業界で発足したThe MediLedger Projectという医薬品トレーサビリティの実現を目指すプロジェクトがあります。

トレーサビリティ(Traceability、追跡可能性)とは、トレース(Trace:追跡)とアビリティ(Ability:能力)を組み合わせた造語で、ある商品が生産されてから消費者の手元に至るまで、その商品が「いつ、どんな状態にあったか」が把握可能な状態のことを指す言葉です。

この概念は、サプライチェーン(製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れ)のマネジメント要素の一つと考えられており、主に自動車や電子部品、食品、医薬品など、消費財の製造業で注目されています。

医薬品物流においてトレーサビリティが注目されている背景にあるのが「偽造品・盗品対策」の問題です。

世界保健機関(WHO)の推計によれば、内服薬、ワクチン、診断キットなどの医療物資の1割は、品質基準を満たしてないものや、低・中所得国で偽造されたものだと言われているほか、英国規格協会(BSI)の推計では、医薬品の貨物盗難による被害総額は年間10億ドルを上回るとされています。

さらに現在、FDA(Food and Drug Administration、アメリカ食品医薬品局)の発令した「DSCSA(医薬品サプライチェーンセキュリティ法)」という法律により、アメリカの製薬企業は、医薬品に個別の番号を付けてサプライチェーンを管理することが求められており、2023年には、サプライチェーンの薬を追跡できる電子的な追跡システムへの参加が義務付けられました。

このサプライチェーンにおけるトレーサビリティの問題を解決する手段として、ブロックチェーンが注目を集めており、実際にプロジェクト化されたのがThe MediLedger Projectです。

The MediLedger Projectは、米Chronicled(クロニクルド)社が、ジェネンテック、ファイザー、ギリアド・サイエンシズといった大手製薬会社や医薬品サプライチェーン各社と共同で立ち上げた実験プロジェクトで、コンソーシアム型のブロックチェーンシステムを使うことで、「いつ」「誰が」「どの」薬の流通に関わったを追跡することができます

したがって、偽造品はすぐに記録上の照合によって弾き出され、安全な医薬品市場を確保することが可能です。

さらに、このプロジェクトでは、医薬品の取引に関するプロトコルを開発することで、情報の非対称性を解消し、業界全体の効率化を狙っています。つまり、従来は個別交渉を行なっていた医薬品の価格設定や契約について情報を共有し、標準化を図ろうという試みです。

日本ではあまり知名度がありませんが、ブロックチェーン技術の活用によって誰でも医薬品にアクセスできる環境を構築し、健全なマーケット運営を実現しているプロジェクトの代表例です。

国内事例①:サスメド

出典:サスメド株式会社 公式HP

日本国内では、ブロックチェーンを活用した医療変革を起こそうと企てるスタートアップ企業が多方面で活躍を始めています。

その代表的な医療系スタートアップの一つが、医師でもある上野太郎氏が代表を務めるサスメド株式会社です。同社では、データ改ざんに強いブロックチェーンの特徴を生かし、治験データのスムーズかつ正確な管理を実現しています。

従来の治験データでは、医療機関が抽出したデータを製薬会社のフォーマットに合わせて記録し、共有していました。しかしその過程で、治験モニター(患者)の錯誤や数値等の転記ミスがありました。

サスメドのプラットフォームでは、ブロックチェーンの耐改ざん性を生かしたデータ管理が行われており、治験から得られるデータを担当者が何度も照合する回数が減り、治験の効率化が図られます。

また、ブロックチェーンは治験における不正行為の監視役としての機能もはたします。

市場規模、社会に与えるインパクトが共に大きい医療・ヘルスケア業界では、基礎研究の成果が社会へと実装される過程、あるいはその先にある新市場で多額の資本が動くことになります。

したがって、基礎研究の裏付けとなるデータが改ざんされるリスクが大きくなり、このリスクに対応する必要が生じてきます。

実際に、2018年4月には、厚生労働省が施行した臨床研究法によって、「臨床試験データのモニタリング実施」が義務づけられています。

その結果、各研究主体は、この法令を遵守するために、データの改ざんや誤りの有無を確認するためのコストを払わねばなりません。これが、臨床試験や治験の投資効率が悪くなっている原因の一つといわれています。

医療×ブロックチェーンの可能性──サスメド・経産省が「課題と規制」を議論【btokyo members】

こうした改ざんリスクに対する確認コストを小さくするための手法として、セキュリティ性能が高いという特徴をもつブロックチェーン技術が応用されているのです。

国内事例②:日本IBM×HBC

出典:日本IBM 公式サイト

医療×ブロックチェーンの本丸といえる医薬品流通に取り組んでいるのが日本IBMです。

日本IBMは、2023年4月から医薬品データプラットフォームの運用検証を開始しています。このプラットフォームはブロックチェーン技術を使用して、医薬品の流通経路と在庫を可視化するためのもので、製薬企業、医療機関、医薬品物流企業などが参加します。プラットフォームはHyperledger Fabricというブロックチェーン基盤を使用し、医薬品の品質保持と偽造品の防止を強化します。

このプロジェクトは、主要製薬企業も加入するコンソーシアム「ヘルスケア・ブロックチェーン・コラボレーション(HBC)」において検討されてきたものです。参加企業はプラットフォーム上で医薬品の流れを追跡し、医療機関の在庫情報を管理し、品質管理や事業継続計画に関する情報を共有します。これにより、医薬品の安全性とトレーサビリティが向上することを目指しています。

医薬品のトレーサビリティは、品質保持や偽造品の防止などの観点から重要であり、欧米では既に法制化されています。たとえばアメリカでは、2000年代から州単位で医薬品のトレーサビリティに関する法律が制定されていました。これを全国基準にして、州を越えた医薬品のトレーサビリティを確立しようというのが、2013年制定の「医薬品サプライチェーン安全保障法」です。

日本では、国家レベルでトレーサビリティの実現に取り組まれているのは牛と米の食品トレーサビリティです。これらが法制化されたのは2000年代初頭に起きたBSE(狂牛病)問題と2008年に起きた事故米(汚染米)不正転売問題という事件が表面化したことがきっかけです。

責任追及の観点から受動的な動きによって制定された背景からもわかるように、日本では国家レベルで産業へ厳しい規制をかけるのをためらう風潮があるため、こうした分野では民間企業による主導が効果的かもしれません。

日本の医薬品の安全性と相互運用性を世界基準に引き上げるうえで、今後も注目せずにはいられないプロジェクトです。

まとめ

この記事では医療・ヘルスケア業界におけるブロックチェーン導入の現状について解説しました。

日本では海外のような行政を巻き込んだ大きな動きはいまだ見られず、各社、実証実験の段階に留まっています。しかし、健康大国である我が国ではブロックチェーンによる業務効率化の需要は今後飛躍的に増加していくでしょう。実証実験を含めて今後の展開から目が離せません。

【事業者向け】ブロックチェーンのビジネスモデル〜非金融など応用領域も解説〜

高いセキュリティと分散的なエコシステムによって多くの注目を集めているブロックチェーン。そのビジネスモデルは仮想通貨から始まり、非金融領域でのトレーサビリティなどへの応用を経て、いまではDAppsやNFTといったweb3の先端技術を支える存在となっています。今後、日本企業でも続々とビジネスへブロックチェーンが活用されていくことでしょう。

この記事ではそんな展望を踏まえ、ブロックチェーンのビジネス活用について基礎から応用まで詳しく解説していきます。

目次

  1. ブロックチェーンビジネス市場の現状(2023年現在)
  2. ブロックチェーンの進化の歴史
  3. ブロックチェーンのビジネス活用が進む3つの応用領域
  4. ブロックチェーンの応用領域拡大を支える技術発展
  5. ブロックチェーン3.0(非金融領域)の3つのビジネスモデル
  6. ブロックチェーンのビジネス活用事例(非金融領域)
  7. ブロックチェーンを活用したその他のビジネス事例

ブロックチェーンビジネス市場の現状(2023年現在)

経済産業省が「ブロックチェーンは将来的に国内67兆円の市場に影響を与える」との予測を発表してから約8年が経過しました。

出典:総務省『「ブロックチェーン等による生産性向上」 “miyabi”ソリューションの活用について』

いまだ成長中であるブロックチェーン業界は、この約8年間でそのシステムや適用シーンを柔軟に変えながら、社会に適合してきました。なかでも、経産省がビジネスへの応用が進むとしていた次の5つのテーマでは、既存産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んできました。

#社会変革のテーマ社会実装の方向性活用事例
1価値の流通・ポイント化・プラットフォームのインフラ化トークン活用NFT、ICO、STO、ファンビジネス、地域通貨
2権利証明行為の非中央集権化の実現不動産領域における登記などの権利証明LIFULL、積水ハウス、Propy
3遊休資産ゼロ・高効率シェアリングの実現医療プラットフォーム、NFTチケット日本IBM、サスメド、LAWSON TICKET NFT、チケミー
4オープン・高効率・高信頼なサプライチェーンの実現物流プラットフォーム富士フイルム、ロッテ、トレードワルツ
5プロセス・取引の全自動化・効率化の実現DAO(自律分散型組織)DEX、投票

その結果、国内のブロックチェーンの市場規模は成長を見せつつあります。株式会社矢野経済研究所の発表によると、ブロックチェーンの市場規模は2021年度の国内ブロックチェーン活用サービス市場規模は約783億円の見込みがあり、2025年度には7,247億6,000万円の経済圏を形成すると推測されています。

しかしその一方で、ブロックチェーンはスケーラビリティなどの課題を抱えてもいます。こうした問題に対し、それぞれの欠点を補うようにして数えきれないほどのブロックチェーンが誕生しました。その結果、独自の仮想通貨をもつブロックチェーンは大小含めて約15000〜20000種類も存在するともいわれています。

当然、エンタープライズ向けのブロックチェーンプラットフォームも数多くリリースされており、企業は自社のビジネスに最もマッチするプラットフォームを選択することができる時代になりました。ようやく日本企業にとってブロックチェーンのビジネス導入を本格的に議論できる下地が整ったといえるでしょう。

ブロックチェーンの進化の歴史

ブロックチェーン乱立期ともいえるフェーズに突入している現代において、ブロックチェーンがどのような経緯で成長してきたのかを把握しておくことは重要です。ここからは、そもそもブロックチェーンとはどういった技術で、どのような背景があるのかについてみていきましょう。

そもそもブロックチェーンとは

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された「ビットコイン」(暗号資産システム)の中核技術として誕生しました。

ビットコインには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、ブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。

分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンは、中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、「分散型台帳」と呼ばれています。

ブロックチェーンと従来のデータベースの主な違いは次の通りです。

従来のデータベースの特徴ブロックチェーンの特徴
構造 各主体がバラバラな構造のDBを持つ各主体が共通の構造のデータを参照する
DB  それぞれのDBは独立して存在し、管理会社によって信頼性が担保されているそれぞれのストレージは物理的に独立だが、Peer to Peerネットワークを介して同期されている
データ共有相互のデータを参照するには新規開発が必要共通のデータを分散して持つので、相互のデータを参照するのに新規開発は不要

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、「データの耐改ざん性」「安価なシステム利用コスト」「ビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)」といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事で解説しています。

ブロックチェーンには3つのフェーズがあった

ブロックチェーンは、この10年間あまりで技術の進展とともに、技術の応用領域、そしてビジネスモデルを進化させてきました。その進化の歴史は、ブロックチェーン1.0、2.0、3.0という呼称で知られています。

ブロックチェーンは、2008年に誕生した当時はまだ、仮想通貨ビットコインの中核技術の一つに過ぎませんでした。このブロックチェーン1.0の時期にブロックチェーンが目指していたのは、「不正のない通貨取引」です。

前述の通り、ブロックチェーンは中央管理者のいない公開された台帳によって情報を管理しています。常にネットワークの参加者間で情報が同期されているため、ハッキングやデータ改ざんといった脅威から仮想通貨の取引を守るのに打ってつけの技術だったわけです。

その後、Vitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)が、ビットコインの仕組みを仮想通貨以外の金融領域に応用するべく、Ethereumを開発しました。これがブロックチェーン2.0です。

Ethereumひいてはブロックチェーン2.0の特徴として挙げられるのが、スマートコントラクトです。スマートコントラクトは、あらかじめプログラムされた契約を自動的に実行する仕組みのことです。 ビットコインでは1ブロックに取り込めるトランザクションは1秒に7件程度しかなく、ブロックの承認にも10分近くかかっていたため、即時性という観点では使いづらいものでした。

しかし、スマートコントラクトを応用することで、様々な処理をブロックチェーン上で実行できるようになりました。たとえば、企業におけるバックオフィス業務や、商取引におけるエスクローサービス(商取引の安全性を保証する仲介サービス)、個人間送金などがスマートコントラクトで置き換えられました。

このような流れを受けて現在、ブロックチェーンが突入しているのがブロックチェーン3.0の世界です。

ブロックチェーン3.0では、ブロックチェーン技術の有用性に対する社会の関心が高まったことを背景に、非金融領域への活用が急速に進み始めています。とくに、商品が生産されてから消費者の手元に至るまで、その商品が「いつ、どんな状態にあったか」を追跡するトレーサビリティ分野においては多くの企業の注目の的です。

また、Ethereumから派生して、tps(トランザクション速度)を改善したPolygon(ポリゴン)やSolana(ソラナ)、toB企業向けの開発に特化したGoQuorum(ゴークオラム)やHyperledger Fabric(ハイパーレジャーファブリック)といった様々なプラットフォームが登場しています。

このようにブロックチェーン市場におけるビジネスモデルの進化は、新しいモデルが過去のモデルに取って代わるのではなく、過去のモデルを残しつつも、その課題をカバーする形で新しい応用領域へとマーケットが拡大してきました。

こうした歴史を経て、現在のブロックチェーンはブロックチェーン1.0、2.0の金融分野、3.0の非金融分野、両者のハイブリッドの3つに分類できます。

次は、ブロックチェーンのビジネス活用が進む応用領域について解説していきます。

ブロックチェーンのビジネス活用が進む3つの応用領域

ブロックチェーンの応用領域①:金融領域(フィンテック)

ブロックチェーンビジネスの第一の領域は、「金融領域」です。

「金融領域」とは、平たく言えば「Fintech(フィンテック)」と言われる領域のことで、より正確には「暗号資産(=仮想通貨)を活用した領域」と考えてください。

出典:Pixabay

金融領域でのブロックチェーンの活用事例には、例えば次のようなものがあります。

  • 暗号資産取引
    • ブロックチェーン技術を応用した法定通貨以外の新通貨の売買等を通して、キャピタルゲインを獲得することをインセンティブとしたビジネス
  • ICO(Initial Coin Offering、イニシャル・コイン・オファリング)
    • 新規事業を始めようとする企業などが独自のデジタル権利証としてトークンをインターネットを通じて不特定多数の投資家に発行し、その対価として暗号資産を払い込んでもらい資金を集める
    • 新規株式を発行して資金調達する新規株式公開(IPO)に対し、ICOは証券会社など金融機関を仲介しないため、企業は手数料を抑え機動的に資金調達できる
    • 投資家は受け取ったトークンを企業のサービスに利用するほか、需給次第で値上がり益が期待できるというメリットがある
    • IPOのように厳密な審査や上場基準などがなく、法律の抜け穴を利用した詐欺が横行したため、現在はほとんど使われていない
  • STO(Security Token Offering、セキュリティ・トークン・オファリング)
    • 有価証券の機能が付与されたトークンによる資金調達方法
    • 有価証券に適用される法律に準拠するため、その販売には株式などの有価証券同様の発行体としての義務が発行者に課される
    • ICOの問題点であったスキャム(いわゆる詐欺)や仕組み自体の投機的性質を解消する、新しい資金調達方法として注目を集めている
  • IEO(Initial Exchange Offering、イニシャル・エクスチェンジ・オファリング)
    • 仮想通貨取引所がトークンの販売業務、多くの場合で上場までをサポートする、資金調達を望むプロジェクトに対する一括パッケージのようなシステム
    • トークン自体に証券性はないが、取引所が完全にバックアップする形で資金調達が進むため、取引所の権威性・ブランド力を維持するために、自ずとプロジェクトの精査も行われる
    • 取引所を介した取引となるため、ICOと違いグローバルなアクセスが可能とは言えず、取引所に登録を済ませたユーザーのみを対象としたややクローズドなプロセスとなっている

もともと仮想通貨に端を発するブロックチェーンはフィンテック分野と相性が良く、比較的スムーズにその導入が進められています。

たとえば、大手フリマアプリの「メルカリ」はメルカリ内で得た売上金でビットコイン(BTC)が購入できるサービスをリリースしました。この「ビットコイン取引」はサービス開始からわずか3ヶ月で利用者が50万人を突破しており、ライトユーザー層にとっても馴染みやすいものとなっています。

このようにフィンテックは、ブロックチェーンのビジネス導入におけるひとつの重要なエリアとなっています。

なお、「Fintech」という用語に馴染みのある方も多いかと思いますが、必ずしも「ブロックチェーンの金融領域=Fintech」というわけではないため、注意が必要です(後に説明する「ハイブリッド領域」のビジネスを指して”Fintech”と呼ばれることもあります)。

ブロックチェーンの応用領域②:非金融領域

ブロックチェーンビジネス第二の領域は、「非金融領域」です。

非金融領域とは、暗号資産(仮想通貨)を使わない領域のことで、台帳共有や真贋証明、窓口業務の自動化など、既存産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈で、今、最も注目を集めている領域と言えるでしょう。

【例】中国・天水りんごの真贋証明

出典:Blockchain Business & Solution

非金融領域のブロックチェーンビジネスが注目を集めている理由は、次の通りです。

  1. 適用範囲が非常に広い(どの産業にも可能性がある)
  2. したがって適用領域の市場規模が大きくなる可能性が高い(政府予想では数十兆円規模)
  3. これまでに実現してこなかった産業レベルでのイノベーションが起こりうる可能性がある

門戸が広がったとは言え、まだまだ参加できるプレイヤーが限られている金融領域と比べて、非金融領域では、業務課題レベルからの解決が十分に可能です。

そのため、新規事業立ち上げや経営企画の方だけでなく、あらゆる職種の方にとって、この領域について理解しておくことは自社の役に立つかと思います。

非金融領域でのビジネス活用の考え方や事例については、本記事の後半で詳しく見ていきます。

ブロックチェーンの応用領域③:ハイブリッド領域(非金融×暗号資産)

ブロックチェーンビジネス第三の領域は、「ハイブリッド領域」です。

ハイブリッド領域とは、金融×非金融、つまり暗号資産を非金融領域での課題解決へと応用している領域です。乱暴に言えば、「実ビジネスに仮想通貨決済を導入させたい領域」ともいえるでしょう。

わかりやすい例としては、いわゆる「トークンエコノミー」がこの領域のビジネスと考えられます。

この手の取り組みでは、LINE Token Economyが有名です。

出典:BUSINESS INSIDER

LINEは2018年から「LINEトークンエコノミー構想」を掲げ、このハイブリッド領域へのブロックチェーン適用を模索しています。システムの複雑性やサービス横断に際しての課題に、ブロックチェーンを活用してサービスの永続性を図ろうという取り組みです。

LINEは言わずと知れた国内最大のSNSツールであり、月間ユーザー数9,500万人(2023年6月末時点)にのぼります。膨大なユーザーがこのコミュニティに参加すれば、世界最大級のトークンエコノミーへと発展する可能性は十分に考えられるでしょう。

しかし、トークンエコノミーに代表されるハイブリッド領域は、事業化にあたって最新の注意が必要な領域です。

というのも、同領域は、直感的にイメージがしやすく、美しいビジネスモデル(「●●経済圏」など)も容易に描けてしまう一方で、実際には下記のような課題が存在し、難度が非常に高くなるケースが多くなります。

  • 新興基盤の多くは1年ももたずに消えていく
  • いざサービス開発をしようという時に過去のユースケースが少ないため、バグやシステムトラブルが発生した時にエンジニアがお手上げになるケースが多い
  • 仮想通貨の値上がり益がインセンティブになる場合は、事業課題の解決のためのインセンティブがおろそかになってしまい誇大広告や詐欺の温床になるケースが多い

そのため、事業企画担当者として「トークンエコノミー」などのハイブリッド領域におけるブロックチェーンビジネスを検討しているのであれば、提案を受けた開発基盤の「過去のケース数」を確認することをおすすめします(GitHubなどで)。

また、この領域は資金決済法の適用を受けるので、事業企画においても繊細な配慮が必要な点について法務部門から「突っ込まれる」可能性が高いため、注意しておく必要があるでしょう。

ブロックチェーンの応用領域拡大を支える技術発展

仮想通貨領域から非金融領域へといたるブロックチェーンの応用領域の拡大は、技術発展に伴って進んできました。

実際に、ビジネスや産業に応用されている技術には、例えば次のようなものがあります。

  • Smart Contract(スマートコントラクト、契約自動化)
  • Traceability(トレーサビリティ、履歴追跡)
  • Tokenization(トークナイゼーション、トークン化)
  • Self Sovereign Identity(セルフソブリンアイデンティティ、自己主権型ID)

これらのうち、本記事では、必ずと言っていいほどブロックチェーンでの応用が検討される、スマートコントラクトとトークンの2点について、簡単に説明します。

Smart Contract(スマートコントラクト)

スマートコントラクトとは、ブロックチェーンシステム上で規定のルールに従い、トランザクションや外部情報をトリガーに実行されるプログラムあるいはコンピュータプロトコルのことです。

1994年にNick Szabo(ニック・スザボ)という法学者・暗号学者によって提唱され、エンジニアのVitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)がEthereum基盤上で開発・提供し始めました。

「契約(コントラクト)の自動化」を意味するスマートコントラクトは、事前定義から決済に至るまで、一連の契約のスムーズな検証、執行、実行、交渉を狙いとしています。

スマートコントラクトの仕組みは、しばしば「自動販売機」を例に使って説明されます。

自動販売機はその名の通り、人の手を介さずに自動で飲料を販売する機械であり、①指定された金額分の貨幣の投入、②購入したい飲料のボタンの押下、という2つの条件が満たされることで自動的に「販売契約」が実行されます。

自動販売機自体はとてもシンプルな仕組みですが、「契約の事前定義→条件入力→履行→決済」という一連の流れを全て自動化しているという点でスマートコントラクトの好例と言えるでしょう。

なお、スマートコントラクトのブロックチェーン上での呼称は基盤によって異なります。たとえば、Etheruemであればそのまま「スマートコントラクト」と呼ばれていますが、HLF(Hyperledger Fabric)では「ChainCode」と呼ばれています。

それぞれ名称は異なるものの、同じくブロックチェーン基盤上でのスマートコントラクトサービスを指している点には注意が必要です。

ブロックチェーンの文脈では、フィンテックにおける送金業務の自動化やDEX(分散型取引所)、非金融領域では投票システムや国際貿易プラットフォームなど、多岐にわたるビジネスへの応用が進んでいます。

こうした形で、スマートコントラクトがビジネスプロセス上に実装されることで、取引プロセスのデジタル化・自動化による取引コスト削減が期待できます。

詳しくは以下の記事でも解説しています。

Tokenization(トークン化)

トークンは、ビジネスの文脈上では「交換対象を限定した小さな経済圏を回すための使い捨て貨幣」といった意味で用いられる概念で、非中央集権的なブロックチェーンとセットでビジネス活用されます。

トークンには、代表的な4つの種類があります。

【トークンの種類】

区別のポイントトークンの種類意味身近な例
トークン自体に金銭的価値が認められるか?Utility Token(ユーティリティトークン)具体的な他のアセットと交換できて初めて資産性が出てくるトークン・パチンコ玉・図書券・電車やバスの切符・遊園地の入場券
 Security Token(セキュリティトークン)それ自体に金銭的価値が認められるトークン・株券・債権
トークンを相互に区別するか?Fungible Token …(*)(ファンジブルトークン)メタ情報如何にかかわらず区別されないトークン・純金(→誰がどこで所有する金1グラムも同じ価値をもつ)
 Non Fungible Token(ノンファンジブルトークン)同じ種類や銘柄でも個別に付与されたメタ情報によって区別されるトークン・土地(→銀座の1平米と亀有の1平米は同じ単位だが価値が異なる)

ブロックチェーンの文脈でいうところのトークン化とは、物理的な資産をブロックチェーン上で取引可能なデジタル資産へと変換することを指します。これにより、地域的な障壁や仲介者を排除し、自由で平等なマーケットにおいて資産を細かく分割できます。

とくにNFT(Non Fungible Token、非代替性トークン)は、唯一無二の「一点物」の価値を生み出せるトークンとして各業界から注目を集めています。現在では美術品や金、不動産など、多様な資産がトークン化されつつあり、その取引高は2022年に247億ドルを記録するなど実用化が急速に進んでいるジャンルです。

ブロックチェーン3.0(非金融領域)の3つのビジネスモデル

非金融領域におけるブロックチェーンビジネスには、事業化にあたって抑えておくべき3つの視点があります。

これらはすべて、「取引関係における中央管理者とどのような関係を組むか」という問いに対する視点です。

それぞれ、順にみていきましょう。

非金融ブロックチェーンのビジネスモデル①:「直接化・自動化」

非金融領域におけるブロックチェーンのビジネスモデルの一つ目は、「直接化・自動化」です。

これは、取引のプロセスを合理化することによって、いわゆる「取引コスト」を削減しようという視点です。

ヒト・モノ・カネ・情報の流通プロセスにおいては、取引の主体者や取引自体の信用を担保するための付随業務が至るところで発生しています。

それらの業務を適切に遂行し、取引を無事に遂行する上では、「信用に値する第三者」を経由するのが常套手段です。

出典:Wikipedia

しかし、第三者の介入は、中央管理者による規制や圧迫、中間マージンによるコスト高、商流の延長によるリードタイムの間延びなど、様々な取引コストを発生させます。

また、外部企業に付随業務の履行を代行してもらうこと自体にも、大きな人件費がかかってきます。

この問題に対して、「分散型台帳」技術とも言われるブロックチェーンでは、その仕組み上、ネットワークの参加者が個人レベルで(Peer to Peerで)、信用を担保しながら、安全に取引を行うことができます。

また、スマートコントラクトによって、ブロックチェーンの基盤上で定型業務の履行を自動的に行うこともでき、これまで管理業務に費やされてきた膨大な時間や人件費を削減することもできます。

非金融ブロックチェーンのビジネスモデル②:「民主化・透明化」

非金融領域におけるブロックチェーンのビジネスモデルの二つ目は、「民主化・透明化」です。

これは、従来は管理者あるいはプラットフォームから参加者への一方向な上意下達だったコミュニケーションを、管理者に一方的に有利にならないように双方向化しよう、という視点です。

先ほどみた「直接化・自動化」が中央管理者の存在による取引コストの増加にフォーカスしていたのに対して、「民主化・透明化」は、コミュニティ内の「情報の非対称性」に注目しています。

一般に、ビジネスは情報の非対称性を作り出すことで単価を高めるところに基本の発想があります。

ところが、インターネットの登場以来、「奪うのではなく与える」「隠すのではなくさらけ出す」「売るのではなく共有する」といった発想の転換が起こり始めました。

「なんてことはない」一般人の集まりが、自作の動画を公開し、YouTubeというプラットフォームで圧倒的な人気を集めて大儲けする、といった光景も、もはや珍しいことではなくなりました。

ブロックチェーンのもつ「非中央集権性」を活用することで、こうした最新のマーケティング手法を自社ビジネスに活用できる可能性があります。

実際の活用イメージで言えば、不透明になりがちなコミュニティー運営、例えば、寄付、投票、投げ銭などの透明化、といった双方向性を想像するとわかりやすいでしょう。

非金融ブロックチェーンのビジネスモデル③:「相対化・自由化」

非金融領域におけるブロックチェーンのビジネスモデルの二つ目は「相対化・自由化」です。

これは、平たく言えば、「データの囲い込み」をなくして、みんなで利用していきましょうね、という視点です。

これまでは、同じ業界でも、各社が異なるデータベースを用意し、それぞれの顧客に対してそれぞれ別の形でデータを保有していました。

こうした「データの囲い込み」には、次のようなデメリットがあります。

  • データを共有してさえいれば確保できるはずの利用者の自由度が大きく下がってしまう
  • 同じ業界で、同じ資産を使っている間柄なのに、各社がそれぞれに同じようなデータを集める無駄な競争を行なっていたり、パワーの強い一社がデータを独占してしまって他社がどうにもならない(結果、業界としての進歩が望めない)

これに対して、ブロックチェーンでは、各社がそれぞれにサーバーをもつのではなく、一つのネットワークを共有することで、デジタル資産を安全に共有することができます。

これには、次のようなメリットがあります。

  • IDを他サービスに持っていって認証の手間を省ける、自分が著作権を有するコンテンツを自由にいろいろなプラットフォームで売れる、といった形で、利用者がサービスから受けられる恩恵が増す
  • 同業他社が安全にデータを共有し合えることで、あるいは川上と川下がスムーズに繋がることで、独占によるメリット以上に大きなリターンが得られる可能性がある

「シェアリングエコノミー」「限界費用ゼロ社会」に向かっていくと言われる現代の社会において、こうした「相対化・自由化」の流れはますます高まっていくでしょう。

ブロックチェーンのビジネス活用事例(非金融領域)

Propy

出典:Propy 公式サイト

ブロックチェーンによる「直接化」の面白い例の一つに、不動産プラットフォーム「Propy」があります。

同サービスではブロックチェーンを利用して、不動産業における売り手と買い手を仲介する紹介業者との煩雑なやり取りを簡略化しています

従来の取引では契約書は紙ベースであり、仲介業者・買い手・売り手との間でこれまで非常に多くの手続きが必要であったため、たくさんの時間を要してきました。また、日本とアメリカでは不動産売買の仕組みにも細かな違いがあり、日本よりも複雑なやり取りになっています。

たとえば、アメリカではMLSという誰でも不動産情報を見る事ができるシステムがあります。過去の取引事例や補修歴などかなり詳しい情報を個人でも閲覧できるので、瑕疵や条件のすり合わせ交渉などにも売り手と買い手が積極的に参加します。

こういった背景があるアメリカの不動産業界において、ブロックチェーンの適用はコスト削減に大きく貢献します。

書類をアップロードし、関係者のみがアクセスできるように個別設定しておけば、条件を満たしている場合にワンクリックするだけで自動的に電子署名を行います。耐改ざん性に優れているブロックチェーンは、高額な取引が前提となる不動産売買にまさにうってつけの技術といえるでしょう。

さらにPropyはタイトル保険(物件の所有権に対する保険で、取引時には判明していない不利事項が将来的に明らかになった際、その損害額が保険によって保証される)へのブロックチェーン導入にも意欲的です。

スマートコントラクトと高いセキュリティを実装しているブロックチェーンは、仲介業者や代理業者のような中間マージンを収益としている存在が当たり前となっている業界において、「直接化」というコストカットを実現してくれます。

SBT(ソウルバウンドトークン)

出典:PR TIMES

続いて、ブロックチェーンによるビジネスの「自動化」の例をあげましょう。

この分野の代表格は、譲渡不可能なトークンであるSBT(Soul Bound Token、ソウルバウンドトークン)です。

トークンなのに譲渡できないとはどういうことかというと、このトークンは学歴や職歴、受賞歴や取得資格など個人のステータスが紐づけられています。したがって、所有者の情報そのものに価値があり、所有権を移動させてもなんの意味も持たないため、NFTなどのように売買することができないという訳です。

就職や転職において高い価値を持つこれらの個人履歴は、残念ながら虚偽の申告や詐欺に利用されるケースも少なくありません。証明書としての役割を持つトークンであるSBTは、ブロックチェーンの耐改ざん性を十分に生かした概念だといえるでしょう。

このSBTを企業で活用することで、面倒な人事業務の一部をオートメーション化できます。人事・総務経験者であれば誰しもうなずくことかと思いますが、転職マーケットにおいて、採用する側の労力以上に煩わしいのが、前職側の人事業務です。

SBTを利用したサービスでは、従業員の職務経験やスキルなどの証明を発行することで、前職の人事部からするともっともやりたくない在職証明などの業務、採用/応募時の確認作業を大幅に合理化できます。

また、スマートコントラクトによる定型取引の自動履行も可能なので、これまでは信用担保のために人手を必要としていた「コストセンター」と位置付けられる業務を、「自動化」することが可能になります。

ウォレットとSBTという形であれば、従来のデータベースのように異なるサービス間をAPIで連携する必要がないので、導入のハードルもそんなに高くありません。「自動化」と聞くと、ついAIを想像しがちですが、実はこうしたデータの真贋が問われるような局面の自動化であれば、ブロックチェーンに分があるといえるでしょう。

寄付

出典:LOOTaDOG 公式サイト

読者のみなさんは、どこかの団体に寄付をしたことがあるでしょうか?あるいは、街頭に立って募金を呼びかけている団体に、迷いなくお金を募金したことがあるでしょうか?

これらの問いに対しては、様々な立場からの様々な意見があることかと思いますが、その中の大きな論点の一つに、「お金を募金したはいいけど、本当にこの団体が慈善活動にちゃんと使ってくれるか怪しい」「下手な使い方をされるくらいであれば募金しないほうがいいのではないか」といったものがあります。

つまりは「寄付や募金の運用管理者に対する信用」の問題です。この問題は、寄付や募金を活動資金源としているNPO法人などにとっては、ファンドレイジングをする上で非常に大きく、やっかいな課題です。

こうした課題を解決する手段として、近年、ブロックチェーン技術の応用が進められています。

オーストラリアに本社を構えるLehmanSoft社が提供する「LOOTaDOG」というサービスでは、専用のウォレットを活用することで、透明性の高い寄付を実現しています。

ブロックチェーンは全ての取引の記録を、改ざんされることなく追跡できるという特徴をもっています。そのため、オープンソースのブロックチェーン基盤を用いてアプリケーションを作成すれば、寄付したお金が「いつ」「どこで」「どのように」使用されたかを正確に把握することができます。

このように、トレーサビリティを簡単に実現できるブロックチェーン技術は、情報の非対称性によるリスクが極めて高い問題に見事にマッチしています。

したがって様々なビジネスの「透明性」をブロックチェーンによって担保しようという動きは、今後ますます増えていくと考えられます。

Socios.com

出典:Socios.com 公式サイト

   

ブロックチェーンの「民主化」の事例として有名なのが、スポーツチームのファントークンである「Socios.com」です。

ファントークンで「チームの決定」に投票可能なブロックチェーンアプリで、ユベントス、パリ・サンジェルマンなどの超有名フットボールクラブが既に使用を始めていることでも話題になっています。

ファントークンの所有者には、クラブや選手に関する投票やアクティビティに参加する権利が与えられます。新しいユニフォームのデザイン選択やスタジアムのBGMなど、そのレパートリーは多岐に渡っています。

そのため、毎試合スタジアムで応援することのできない遠方のサポーターに対しても、新たなクラブとの関わり合いを提供するサービスであるといえるでしょう。

近年、インターネットの登場、余暇時間の増長、価値観の多様化の進展、可処分所得の増加など、様々な社会・経済的要因を背景に、消費者は「ただつくられた商品を購入して、消費して、終わり」ではなく、「自分の価値観にあったより長く、より深く愛せるもの」に対して、大きなお金を払うようになってきました

そのため、ビジネス界では、特にtoCサービスをもつビジネスでは、従来の「顧客視点」のマーケティングからさらに一歩進んで、「顧客=身内」と考えるコミュニティマーケティングとでも呼ぶべき、ファンビジネスのマーケットが伸長しています。

今回紹介しているSocios.comでも、そうした「ファンによるコミュニティの民主化」を推進しています。とくに、フットボールの世界では「サポーターは12人目のプレイヤー」といわれるように、サポーターとクラブとの結びつきがかなり強いです。

「サポーター=応援する人」ではなく、「サポーター=クラブの意思決定者」として、より運営に近い領域に巻き込んでいくことで、より長く・より深く愛されるサッカーチームになることを目指しています。

ブロックチェーンは、そういった局面で課題となりやすい「意思決定に対する投票」の問題を、すでにこれまで述べた特徴をもって、見事に解決しているのです。

医療分野

出典:Pixabay

ブロックチェーンによるビジネスの「相対化・自由化」の例は、「医療分野」です。

これは、かれこれ20年ほど叫ばれ続けている医療のデジタル化、特に電子カルテを始めとする院内データの共通化の問題を、ブロックチェーンで巧みに解決しようという試みです。

医療データは、個人情報の中でも特に秘匿性が高く、セキュリティ要件が最も高く求められます。そして、医療機関ごとのデータ保存形式も異なるため、それらを共有していくハードルは非常に高いものになります。

北欧とバルト海を挟んで隣接する人口130万人の小国・エストニアでは、行政サービスデジタル化の先駆けとして知られていますが、その中でもヘルスケア分野における取り組みにはブロックチェーンを用いて安全かつ迅速なデータ管理を行っています。

従来のデータ管理では医療データのセキュリティを確保するのが難しいとされていますが、エストニアでは独自のブロックチェーンを開発し、改ざんからデータを守りつつ、そのデータを活用して医療の自動化・時短を推進しています。

たとえば、患者が希望すれば再診はオンライン上で完結します。医師は患者に薬を処方する際、オンラインのシステムで処方箋を発行します。その後、患者は薬局に行き、IDカードを提示するだけで、薬剤師はシステムから患者の情報を取得し、必要な薬を用意できます。

エストニアでは現在、処方箋の99%がオンラインで発行されているそうで、患者・医師・薬局の三方よしの節約術といえるでしょう。

また、医薬品のトレーサビリティの実現もブロックチェーンで実現可能です。サプライチェーンにおける偽造品や在庫の問題を解決する手段として、ブロックチェーンが注目を集めており、実際にプロジェクト化されたのがThe MediLedger Projectです。

The MediLedger Projectは、米Chronicled(クロニクルド)社が、ジェネンテック、ファイザー、ギリアド・サイエンシズといった大手製薬会社や医薬品サプライチェーン各社と共同で立ち上げた実験プロジェクトで、コンソーシアム型のブロックチェーンシステムを使うことで、「いつ」「誰が」「どの」薬の流通に関わったを追跡することができます。

したがって、偽造品はすぐに記録上の照合によって弾き出され、安全な医薬品市場を確保することが可能です。

このようにブロックチェーンは、新たな価値の創出を医療分野にもたらすことでしょう。

ブロックチェーンを活用したその他のビジネス事例

本記事では、ブロックチェーンのビジネス活用領域を金融/非金融/ハイブリッドの3領域に区分した上で、主に非金融領域のビジネスロジックを解説しながら、2021年現在に主だったビジネス事例を詳しく説明してきました。

最後に、上では説明しきれなかったその他のビジネス事例について、大手企業/スタートアップに分けてごく簡単にご紹介します。

大手企業のブロックチェーンビジネス事例

中心企業、事例名領域・市場概要
LIFULL、ADRE(アドレ)不動産賃貸ブロックチェーンコンソーシアムによるデータの共有・一括管理を通した業界全体の取引コストダウン
ウォルマート、スマート・パッケージ食品小売生鮮食品の衛生管理、配送システムの管理によるセキュリティの強化
MITメディアラボ、MedRec医療データ管理イーサリアムを利用したプライベートチェーンで、過去の医療機関の同意や同意に必要な手続きを経ることなく、医療情報の再利用を可能にする
デンソー自動車生産自動運転車に独自のブロックチェーンシステムを搭載、データの改ざんを防止
日通(日本通運)物流サプライチェーン全体をブロックチェーンで管理し、偽造品を排除
ソニーデジタルコンテンツ(教育、音楽、映画、etc)ブロックチェーンベースの著作権管理システムによる著作者の保護とデジタルコンテンツの安全な共有
マイクロソフトID(身分証明、個人認証)ブロックチェーンベースの個人IDを開発

スタートアップのブロックチェーンビジネス事例

中心企業、事例名領域・市場概要
ガイアックス、美しい村DAOデジタルID地域住民とデジタル住民のDAOによる地方創生プロジェクト
Robot Cacheデジタルコンテンツ売買(中古ゲーム)ブロックチェーンプラットフォーム上でのデジタルゲームの中古売買、不正防止
サスメド医療、臨床試験ブロックチェーン技術を用いた臨床研究モニタリングの実証によるデータ改ざん防止
CivicID(身分証明、個人認証)個人認証、年齢確認ができる自販機によるセキュリティの向上とコストの低下
ChainLink & OpenLaw法務スマートコントラクトで法契約、オフチェーンの銀行同士を仲介

【解説】DeFi(ディーファイ)とは?ブロックチェーンによる分散型金融の可能性

2023年現在、ブロックチェーン技術を活用したDeFi(ディーファイ)という金融システムが注目を集めています。分散型金融とも訳されるDeFiは、中央管理者を排除することでサービスへのアクセシビリティを向上させ、金融市場の新たな可能性を広げると期待されています。

一方でメディア等でDeFiという言葉を耳にしたことはあるものの、DeFiがどういったものなのかきちんと説明できるという人は少ないのではないでしょうか。

そこで、本記事ではDeFiの特徴やメリット・デメリットなどの基本情報から、DeFiの事例であるDEXやレンディングなどについても詳しく紹介していきます。

  1. DeFiとは?
  2. DeFiのメリット
  3. DeFiのデメリット
  4. DeFiに欠かせない概念
  5. DeFiアプリケーションの事例
  6. まとめ

DeFiとは?

2023年現在、その動向が注目を集めるDeFi

ブロックチェーンは2008年の誕生以来、ビットコインをはじめとした暗号資産(仮想通貨)、スマートコントラクトを利用した自動決済システム、ICOやSTOといった資金調達、トークンエコノミー、自立型分散組織(DAO)の形成など、様々な領域で活用されてきました。

このような状況のなか、金融領域での新たなブロックチェーン活用方法として生み出されたのがDeFi(ディーファイ)です。金融庁HPでも、金融安定理事会による「分散型金融の金融安定上のリスク」が公表されるなど、官民問わずに次世代型のファイナンスとして注目を集めています。

そんな新たな概念であるDeFiですが、そもそもどういう意味を持ち、従来の金融システムとはどのような違いがあるのでしょうか。

DeFi=分散型金融

DeFiとは、「Decentralized Finance」の略で、日本語では「分散型金融」と訳されます。

わかりやすく説明するなら、中央の管理者がいない金融システムのことを指します。

従来の金融システムでは銀行や証券会社といった中央集権的な管理者を経由してサービスを利用する必要がありました。しかし、DeFiでは仲介役となる中央管理者を介さずに、ユーザー同士で金融サービスを利用できます。

したがって、中央管理者を介しての取引で発生していた無駄な手数料や承認までのラグといった金銭的・時間的コストを大幅に削減できるという訳です。

中央的な管理者がいない、と聞くとセキュリティ性能を疑問に思う方もいるかもしれませんが、DeFiではデータの記録・管理にブロックチェーンを活用することで耐改ざん性能や耐障害性能を実現しています。

DeFiを支えるブロックチェーンとは?

DeFiのデータ基盤となっているブロックチェーンとは一体どのようなものなのでしょうか。

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された「ビットコイン」(暗号資産システム)の中核技術として誕生しました。

ビットコインには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、ブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。

分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンは、中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、「分散型台帳」と呼ばれています。

ブロックチェーンと従来のデータベースの主な違いは次の通りです。

従来のデータベースの特徴ブロックチェーンの特徴
構造 各主体がバラバラな構造のDBを持つ各主体が共通の構造のデータを参照する
DB  それぞれのDBは独立して存在し、管理会社によって信頼性が担保されているそれぞれのストレージは物理的に独立だが、Peer to Peerネットワークを介して同期されている
データ共有相互のデータを参照するには新規開発が必要共通のデータを分散して持つので、相互のデータを参照するのに新規開発は不要

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、「データの耐改ざん性」「安価なシステム利用コスト」「ビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)」といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、DeFiに限らず様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事で解説しています。

DeFiのメリット

次に、DeFiのメリットについて詳しくご紹介していきます。

金銭的・時間的コストを削減できる

DeFiにおける最大のメリットは、なんといっても金融機関が管理する従来の金融システムと比べて手数料が抑えられることです。

中央集権型の取引では、取引する度に金融機関を仲介する必要があるため余計な手数料が発生してしまいます。

DeFiは分散型の組織構造のため当事者同士で直接取引でき、大幅な手数料削減が可能です。

また、DeFiでは中央管理者がいない分、「スマートコントラクト」と呼ばれるあらかじめ設定されたルールに基づいて条件を満たした場合にのみ自動的に取引を行うプログラムによって取引が遂行されます。

したがって、信用履歴審査や本人確認なしに誰でもサービスを利用できる仕組みが構築できるため、申請や承認といった従来の煩雑な取引プロセスを省くことができるでしょう。

ウォレットさえあれば全ての人が世界中のサービスを利用できる

DeFiは、「ウォレット」と呼ばれる仮想通貨を管理する財布のような機能を持ったツールさえあれば、場所や時間を問わずに世界中の様々なDeFiサービスでも利用できます。

一つのウォレットで世界中のサービスが利用できるということは、今までのように資金を移動する際にわざわざ両替をしたりアカウントを使い分けたりする必要がなくなるということです。

したがって、世界中の金融サービスをシームレスに体験することができるでしょう。

また、DeFiにはこれまでによくある「会員登録」や「審査」といった口座開設に伴う面倒な手続きがありません。自分のウォレットを接続するだけであらゆるサービスを利用することができるため、国籍や年齢、性別などに関係なく、全てのユーザーが平等に利用できるのです。

これは日本に住んでいるとあまり感じられないかもしれませんが、海外では銀行口座を持っていないない人が一定数います。世界銀行の発表によれば、2018年時点で銀行口座を持てない成人の数は世界全体でおよそ17億人もいるそうです(世銀のデータでは15歳以上を成人と定義)。

こういった銀行口座を持ちたくてもさまざま理由で持てない人も、ウォレットさえ作成すれば、地域の垣根なく世界中の金融サービスを活用することができます。

コンポーザビリティが高い

DeFiでは従来の金融サービスにはなかった「コンポーザビリティ」を実現しています。

コンポーザビリティとは、日本語では「構成可能性」と表されます。これは、あるシステムを構成する要素同士が連携して機能することを意味します。

ブロックチェーン上のデータは分散して管理されます。DeFiに用いられるブロックチェーンはパブリック型と呼ばれるもので、だれもが閲覧できる状態(=オープンソース)になっています。

つまり、エンジニアは既存のDeFiのプロトコルを参考にすることで、新たなDApps(分散型アプリケーション)の構築に活用できます。様々な要素を組み合わせつつ、利便性の高い新たなアプリケーションが次々に開発されているのです。

このように、DeFiでは、まるで「レゴブロック」を組み合わせて新しい形をつくるかのようにして複数のプロトコルを組み合わせることで、デジタルコンテンツが相互につながりやすくなる未来を実現しています。

このような発展的な概念は既存金融にはないDeFiの大きなメリットのひとつでしょう。

耐改ざん性・耐障害性が高い

ブロックチェーンによる金融システムでは、すべてのユーザー間の取引はブロックチェーン上に記録され、インターネット上でだれでも確認可能です。したがって取引の透明性も高く、不正行為やデータの改ざんを行うことはほぼ不可能であるというメリットがあります。

また、前述のようにDeFiではデータを分散して保有します。したがって、従来のデータベースのように停電等のトラブルによってデータセンターが稼働できなくなってしまうようなことはありません。これは情報通信社会の最大の敵ともいえるアクセス障害に対して、ブロックチェーンが優れた耐性を持っていることを意味します。

こういった安定したネットワーク環境を実現できるというのもDeFiの特徴といえるでしょう。

DeFiのデメリット

このような素晴らしいメリットがある一方で、現状、DeFiが私たちの生活に浸透しているとはいえません。これには、DeFiが抱えるいくつかのデメリットが関係しています。

ここからは、DeFiのデメリットについて解説していきます。

バブル崩壊・変動損失リスク

DeFiは仮想通貨を運用するシステムであり、その価値の上下動によって変動損失リスクがあります。現在では良くも悪くもDeFi全体としてはその変動は落ち着きつつあります。しかし、過去には仮想通貨の下落を受けてDeFiでの預かり資産(TVL:Total Value Locked)が大幅に下落することもありました。

こういった下落の要因の一つは、信用不安です。ある仮想通貨の価値が急落したとします。その際に、この仮想通貨を担保に他の仮想通貨を借りることができるDeFi市場では、トレーダーはリスクを軽減するために、DeFiに預けた資産などの投機的な資金を一斉に引き上げます。これにより、一気にDeFi全体の資産価値が負の影響を受けます。これは、担保としていた仮想通貨の担保価値が毀損すれば、強制売却などの連鎖的な影響を受ける可能性があるためです。

実際にステーブルコインのテラUSD(UST)が急落した際には、USTを発行するプラットフォームのテラ(LUNA)は、24時間で95.9%下落しました。それに連動するようにして、アンカープロトコル(ANC)、アストロポート(ASTRO)、マーズプロトコル(MARS)といったDeFiプラットフォームは、トークン価格が80%以上急落しました。

このように、DeFiのエコシステムはいくつかの主要な仮想通貨の価値変動によって大きな影響を受けるというデメリットがあります。

ガス代の高騰

これはDeFi自体の問題というよりは、ブロックチェーン自体の問題ですが、ブロックチェーンのプラットフォームは、利用者が増えるとガス代(手数料)が高騰してしまいます。

DeFiではイーサリアム(ETH)ベースの高性能なアプリケーションを構築します。イーサリアムでは、利用者増加に伴うスケーラビリティ問題(ブロックの中に書き込める取引データの数が限られていることが引き起こす、処理速度の遅延や手数料の高騰)が発生することがあるため、時期によって手数料負担が増える点は注意が必要です。

一方で、イーサリアムの大型アップデート「イーサリアム2.0」ではスケーラビリティ問題の解決が掲げられており、今後はこの課題が少しずつ改善していくのではないかと予想されます。

DeFiに欠かせない概念

DEX(分散型取引所)

DEX(分散型取引所)とは、ブロックチェーンのスマートコントラクトを活用して構築されたP2Pの取引所のことで、管理者を介さずにユーザー同士で直接暗号資産の取引を行うことができます。

ユーザーはウォレットの秘密鍵の管理を自身で行う必要があるものの、従来の中央集権型の取引所である「CEX(Centralized Exchanges)」では必須だった割高な仲介手数料や本人確認などの手続きが不要になり、トレーダー同士でシームレスな金融取引を実現しているサービスです。

代表的なDEXとしてはUniswap、PancakeSwap、SushiSwap、Curveなどがあり、2023年3月11日には過去最高の250億ドル(約3兆3800億円)の取引高を記録しています。

DEX(分散型取引所)の取引高、3月11日に過去最高250億ドルを記録

イールドファーミング

イールドファーミングとは、2種類の仮想通貨をDEXに預け入れ、その報酬として金利や取引手数料の一部を利息として受け取ることです。イールドは「利回り」、ファーミングは「農場・収穫」という意味です。

DeFiでは、DeFiのプラットフォームに仮想通貨を預け入れると、DeFi内の取引が活発化して流動性(資産トレードの円滑性)が生まれます。Defiには銀行や暗号資産取引所の運営会社のような管理者がいないため、「AMM(自動マーケットメイカー)」というプロトコルによって仮想通貨の買い売りが自動的に行われています

このAMMが機能するためには、「流動性プール」と呼ばれるDEXに預けられた暗号資産の保管場所に一定以上の仮想通貨が貯められている必要があります。しかし、仮想通貨をプールすることには様々なリスクが伴うため、仮想通貨を預け入れてくれた人にはリスクを背負ってもらう対価としてインセンティブを付与する仕組みとなっているのです。

つまり、イールドファーミングは資金である仮想通貨をDEXに集めるための重要な要素だといえます。

イールドファーミングには、後述するインパーマネントロスという問題も存在します。しかし、それらリスクを踏まえた上でも非常に高い利回りが見込めるケースもあるため、イールドファーミングを行うユーザーは一定数存在しています。

流動性マイニング

流動性マイニングはイールドファーミングと非常によく似た概念です。イールドファーミングでは、仮想通貨をDEXに預け入れた際に、金利や取引手数料の一部を(多くの場合、その預け入れた仮想通貨で)受け取っていました。

しかし、流動性マイニングでは対価として同じ仮想通貨ではなく、独自のガバナンストークン(保有者に組織運営に参加する権利が付与される)を受け取ります

したがってイールドファーミングの方が流動性マイニングよりも大きく、包括的な概念ではありますが、現在ではほとんど同義で使われていることが多くなっています。

これは最近のDeFiアプリケーションの多くで流動性マイニングが導入されているためです。流動性マイニングの登場で、数百%を超える異常な高さの年利を提供できるようになりました。ガバナンストークンの価値が不安定だと思ったような売却益は得にくいですが、実績のある取引所を利用することで、安定した利益を獲得することができます。

この流動性マイニングは、間違いなくDeFiブームの火付け役だといえます。

レンディング

レンディングとはDeFiのプラットフォームに仮想通貨を貸し出し、仮想通貨が借りられた際に借り手から支払われる利息によって利益を得ることです。日本語では「貸し付け」と訳されます。

流動性マイニングと同様に仮想通貨が集まっているプールが存在しており、プールに仮想通貨をレンディングし、借りたい人は仮想通貨をプールから借りていく仕組みです。銀行の定期預金のようなイメージです。

レンディングで貸し出した暗号資産については、貸出期間や利率(固定)など取引所が好きなように運用ができます。

レンディングは、イールドファーミングや流動性マイニングのように2種類の仮想通貨を預け入れないため、インパーマネントロス(後述)のリスクがありません。そのため、安定的なリターンを得られ、長期運用に向いています。一方で、利息はほかの方法よりは低く設定されていることが多いです。

ステーキング

DeFiにおけるステーキングとは、仮想通貨をDEXに預け入れることで、その期間に応じて報酬を得られる仕組みです。ステーキングという言葉には、「出資する」という意味があります。

ステーキングの最大の特徴は、コンセンサスアルゴリズムにPoS(プルーフオブステーク)を採用しているブロックチェーンのみが、ステーキングできる仮想通貨であるということです。

ステーキングもレンディング同様、2種類の仮想通貨を預け入れないため、インパーマネントロスのリスクがありません。一方、レンディングに比べて、預け入れ期間中の引き出し制限がない分、金利がやや低めに設定されています。

また、レンディングでは利率は預け入れ時の利率で固定されますが、ステーキングは市況に応じて利率が変動する仕組みです。

Pancakeswap(パンケーキスワップ)という取引所では、流動性マイニングによって得たガバナンストークン「CAKE」をステーキングする機能が付いています。「CAKE」をステーキングして保有しておけば、さらに高い年利で増やしていくことができるため、「CAKE」が流動性マイニングの報酬として大量に発行されて価値が大きく変動してしまうのを防げます。

インパーマネントロス

インパーマネントロスとは、DEXに預けていたペアのトークンの価値が、単に保有していた場合に比べて低くなることです。

イールドファーミング(流動性マイニング)を行う際は、ペアのトークンを1:1の価値割合で預け入れます。当然ですがその後、それらの仮想通貨の市場価格は変化します。しかし、流動性プールでは、二つの通貨が常に同価値(1:1の割合)になるように調整されます。

この原因は、AMM(自動マーケットメイカー)の仕組みとアービトラージャー(金利差や価格差に注目して割安な投資対象を買い、割高な投資対象を売る投資家)の存在です。

AMMでは外部情報を使って市場価格を設定していません。そのため、異なる市場間でトークンの価格差が起きると、アービトラージャーは AMMの価格と外部市場が均衡するまで、価格の低いトークンを買ったり、価格の高いトークンを売ったりし続けます。

このアービトラージャーの売買によって流動性プール内のトークン価値は外部市場に自然と近づいていくため、流動性プールのバランスは常に1:1に保たれているのです。

ここまでだと、「同じ価値割合なら、預けたトークンがそのまま返ってくれば損失は出ないのでは?」と思うかもしれません。

実は、流動性を解除した際に戻ってくるのは、預け入れ時のトークンの数量ではなく、預け入れ時の流動性プールの中の自分のシェア率に応じたトークンが戻ってきます。元々預けたトークン数量が返ってくるわけではないので、価値の変動がゼロではない限り、必ずインパーマネントロスは発生します

このように全体像を明らかにすると、アービトラージャーの利益は流動性プールから取られていることにお気づきかと思います。つまり、この利益分がインパーマネントロスの正体です。

インパーマネントロスは価格変動が大きい仮想通貨の方がその損失も大きくなります。したがって、新興の草コインなどには高金利が設定されているケースがほとんどです。一方で、有名な仮想通貨やステーブルコインでは、その損失も小さくなることが一般的ですが、その分、利回りも小さくなってしまいます。

このようなロスがありながらも得られた手数料や金利によって損失は相殺され、利益をあげることが可能なため、DeFiでは流動性マイニングがいまだに人気を博しています。

DeFiアプリケーションの事例

Uniswap(ユニスワップ)

出典:Uniswap Interface

Uniswap(ユニスワップ)は、2018年にイーサリアム上にローンチされたDEXの1つです。上述のAMMの先駆けとしても知られており、中央的な管理者のいないシームレスな金融システムを構築し、仮想通貨取引の迅速性、安全性、匿名性を確立させた存在です。

同サービスは、「Uniswap Labs」という企業がUniswapの開発を主導していますが、独自のガバナンストークンである「UNIトークン」を発行しています。そのため、実際の組織運営に際してはUNI保有者からの投票によってローンチやプロトコルなどの内容を決定しています。

こういった優れた仕組みはほかのDEXの参考にもなっており、SushiSwapやPancakeSwapといったUniswapの使用するオープンソースコードをコピーしてつくられているDEXも数多く存在します。

しかしながら、Uniswapは現在でも、24時間当たりの取引高で世界トップであり、まさにDEXの「王道」といえるでしょう。

Compound(コンパウンド)

出典:Jinacoin

Compound(コンパウンド)は、2018年に開始された仮想通貨のレンディングサービスを提供するDeFiアプリケーションです。

Compoundでは、レンディングの利用で「cToken」を獲得できます。この「cToken」とはCompoundで発行されているトークンで、アプリ上で貸し出しをおこなったユーザーに対価として付与され、レンディングの金利収入はこのトークンに追加されていく仕組みとなっています。

イーサリアム上のERC-20規格でつくられているため、通貨を売却する際はcTokenに付与されている金利分も併せて売却することになりますが、ほかのDeFiアプリ内で「通貨」として利用できるという遠く町があります。

また、Compoundでは仮想通貨を借りた場合は利息を支払う必要がありますが、借りることでも(もちろん貸すことでも)「COMPトークン」を獲得することができます。COMPはガバナンストークンとしても人気が高く、一般的な取引所で売買することもできるので、実質的に利息の支払いを抑えられる仮想通貨も存在します。

さらに、Compoundではクロスチェーンプラットフォーム「Gateway」が導入されています。イーサリアムをはじめとする各ブロックチェーンは、利用者が増えると通信にかかる負荷が大きくなりガス代が高騰するという「スケーラビリティ問題」が生じています。

そこで、「Gateway」では異なるブロックチェーン上で発行された仮想通貨を担保にすることで、別のブロックチェーン上に発行された仮想通貨をCompound上で借り入れることができる仕組みを実現しています。

このようにCompoundは、ユーザーの使いやすさを考慮したユニークな仕組みが整備されているDeFiとして知られています。

AAVE(アーベ)

出典:THE CRYPTO TIMES

AAVE(アーベ)は近年注目を集めているレンディングプラットフォームで、イーサリアムチェーンやPolygonチェーンなどで稼働しています。

AAVEでは現在、30種類以上の仮想通貨に対応しており、その基本的な機能はほかのレンディングプラットフォームのように、自身が保有している仮想通貨を預け入れて利息を得ることです。

しかし、AAVEにはフラッシュローン信用委任システムという特徴的なシステムがあります。フラッシュローンとは、借入と返済を瞬時に行う仕組みのことで、無担保で仮想通貨を借りることができます。また、借入の際に、借り手が固定金利または変動金利のどちらかを選択でき、借入の自由度が大きく増加しています。

信用委任システムとは、AAVEに仮想通貨を預け入れているユーザーが自身の与信枠(預け入れた仮想通貨を担保とする権利)を一時的に他社に譲渡できる仕組みのことです。与信枠を委任したユーザーは、通常の利息に加え、委任先のユーザーからも利息を得られるため、博識な第三者に譲渡した場合、自身で運用するよりも良い利回りを受けられる可能性があります。

フラッシュローンと信用委任システムの実際の利用には、スマートコントラクトのプログラミングなどの専門知識が求められますが、アービトラージャーから根強い人気があります。上級者向けのアプリケーションという見方もできますが、AAVEを活用してより多くの仮想通貨が取引されるようになったことは押さえておきましょう。

まとめ

今回はDeFiについて様々な角度から解説をしました。DeFiでは仮想通貨を取り扱う関係上、どうしても法定通貨同様の安定性を望むのは難しいかもしれません。そして、一部の有識者が指摘するように法的規制が強まっていることも事実です。アメリカでは商品先物取引委員会(CFTC)や証券取引委員会(SEC)がDeFiプロジェクトに対する取り締まりを強化するなど、依然として不安定な状態が続いています。

しかし、現在の金融システムもすぐにいまの形になったわけではありません。長い歴史や各国での法制化、数々の恐慌といった紆余曲折を経てようやく自由で安定したモデルが構築されているのです。

そういった意味ではDeFiはまだ「成功」か「終焉」かの判別をするフェーズにすら立っていないのかもしれません。分散型金融という新しい金融の形に、今後も要注目です。