DPP(デジタルプロダクトパスポート)とは?サーキュラーエコノミーを実現させる欧州発の新ルールについて解説!

近年、「サーキュラーエコノミー」や「サステナビリティ」といった、「大量生産・大量消費・大量廃棄からの脱却」という視点が重要視されており、環境に対する取り組みが個人・法人を問わず全世界的に活発になっています。

なかでもとくに、企業においては製品に耐久性やリサイクルの容易性といった情報を付与する「DPP(デジタルプロダクトパスポート)」と呼ばれる制度が注目を集めています。その一方で、その内容を詳しく知っている、実際の事例を知っているという人はまだまだ少ないはずです。

こちらの「DPP(デジタルプロダクトパスポート)とは?サーキュラーエコノミーを実現させる欧州発の新ルールについて解説!」のページでは、DPPの基礎知識から実際の取り組み事例まで、わかりやすく解説していきます。

    DPP(デジタルプロダクトパスポート)とは?

    DPPは欧州発の経済政策

    EUでは2019年以降、「欧州グリーンディール」と呼ばれる持続可能な経済成長を実現するための政策に力が入れられてきました。この政策では、投資計画や2050年までの気候中立の法制化などの目標が設定されており、とくに廃棄されていた製品や原材料を「資源」としてリサイクルして循環型の経済システムに転換する「サーキュラーエコノミー」については、アメリカに次ぐ世界第二位の経済圏をさらに包括的・持続的なものにしていくとして重要な位置付けに置いています。

    そして、その政策の一環として、2024年6月に欧州連合が公布した「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(略称:ESPR)」では、企業へのDPP導入が新たに義務付けられています。つまり、DPPはEU(正確には行政執行機関である欧州委員会)が推進する経済政策ということです。

    日本語では「デジタル製品パスポート」と訳されるDPPですが、具体的には一体どのような制度なのでしょうか?

    DPPは「モノのパスポート」

    出典:Unsplash

    DPPとは、製品の持続可能性に関する情報を電子的に記録したものです。製造元から原材料、リサイクル性から解体方法に至るまでの詳細な情報を提供し、製品のライフサイクルを追跡可能にします。製品に記録された情報を読み取ることで、「本物なのか」「何からできているのか」「どこで生産されたのか」「リサイクルは可能なのか」といった情報を得ることができます。そのため、DPPは個人の属性や渡航歴などを記載しているパスポート(旅券)になぞらえて「モノのパスポート」とも呼ばれています。

    私たちもよく目にする、海外旅行などで使用するパスポートは紙でできている冊子型のみとなっていますが、DPPは「デジタル」プロダクトパスポートなので、電子的に記録可能なものであればその種類を問いません。したがって、バーコードやQRコード、電子透かしなど様々なツールが利用可能です。

    DPP(デジタルプロダクトパスポート)のメリットとデメリット

    「モノのパスポート」として注目を集めるDPPですが、一体どのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。ここでは、それぞれ2つずつご紹介します。

    メリット①:製品全体のライフサイクルがサステナブルであることを証明できる

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    現代社会において、生産のプロセスはますます複雑化しています。一つの製品を生み出すためには、多岐にわたる部品や複数のセクションをまたぐ工程が必要です。この複雑性のために、企業が単独で全ての情報を管理し把握することは難しくなってきています

    たとえば、カーボンニュートラルなどの排出量取引において、個々のサプライヤーが供給する部品が最終製品の温室効果ガス排出量にどのように影響するかは明確でないケースが大半です。そのため、製品の製造プロセスにおいてだけでなく、調達段階からサプライチェーン全体のCO2排出量などを可視化することが求められています

    DPPが導入されれば、企業の製品がどのような過程で生まれ、どのような原材料が使われているかについて一定の情報を手に入れることができます。それだけではなく、その後のリサイクルや最終的な廃棄物の処理を含むライフサイクル全体が追跡可能になり、持続可能なエコシステムであることの証明になります。

    ​​また、現在の国内の排出量算定においては、サプライチェーン排出量は個社ではなくグループ単位を自社の範囲とします。

    排出量算定について – グリーン・バリューチェーンプラットフォーム | 環境省

    したがって、他事業者との情報連携も促進され、⾃社だけでは難しかった削減目標も達成可能なものになるでしょう。このメリットは製造者に限らず、消費者やサプライヤーにとっても大きな安心材料です。

    メリット②:製品のリスク管理が容易になる

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    DPPによって製品の生産工程や流通過程における記録がしっかりと残ることで、問題発生時の迅速な対応が可能になります。

    たとえば、商品に大きな欠陥があることが発覚したとします。その際に全ての生産工程が記録されていれば、どの地点でいつ問題が発生したのかが速やかに特定できるため、短時間で原因を究明・修正できるようになるのです。

    また、不具合のある商品が見つかった場合、迅速な回収や修理が必要です。問題が判明した際にその原因に素早く対処できれば、消費者向けの情報開示も可能になり、企業における経済的損失も最小限に食い止めることができます。

    このように、万が一の際にも徹底的な情報管理によって、原因解明・リコールの実施などの責任を果たすことができ、結果的に企業の評判も守ることができます。

    デメリット①:大きな人的・経済的コストが発生する

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    EUでは、DPPの導入は企業の義務となっています。そのため、企業は自主的に、自己の負担においてその開発をしなければなりません。また、導入後も製品情報を登録する人件費や、データを保管するサーバー費用なども半永久的に発生するため、コスト面においてはかなり企業に酷な現状になっています。

    さらに、DPPの導入に伴って、環境基準を満たしていない企業は自社の製品を再開発する必要があります。こういった多額の追加コストが発生してしまうことが、現在までDPPが普及してこなかった最大の理由でもあるでしょう。

    その解決策としては、国家単位で助成金などの支援体制を整えることが挙げられます。実際にドイツでは、バッテリーパスポートの開発に総額820万ユーロを助成して、自国内企業を支援しました。

    ドイツ政府、蓄電池の全ライフサイクル情報を記録する「パスポート」開発を支援(EU、ドイツ) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース

    他にも、企業規模によってDPPの導入に猶予期間を設けるのも一手でしょう。いずれにせよ、第三者のフォローがなければ、コスト面での課題を解決するのは厳しいという現実があります。

    デメリット②:高い情報セキュリティが要求される

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    DPPには製品に関する多くの情報が含まれているため、同時に強力なセキュリティ対策が求められます。パスポート内の全ての内容を全員が確認できる仕組みにすると、サプライヤーや顧客情報などが漏洩するおそれがあります。

    適切な暗号化やアクセス制御の仕組みを導入しなければ、デジタルな情報を扱うDPPはサイバー犯罪の脅威にさらされてしまうことは避けられないでしょう。したがって、個人情報の保護とデータプライバシーが重要な課題となっています。

    一方で、ブロックチェーンという技術の採用により、高い情報セキュリティを実現しているケースもあります。

    ブロックチェーンは、分散型台帳とも呼ばれる新しいデータベースです。中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

    分散的な管理構造では、データは暗号化されてブロックに格納され、新しいブロックは過去のブロックとリンクしてチェーンを形成します。そのため、一度記録された情報を改ざんするためには、すべての関連するブロックを変更する必要があります。これは非常に困難であり、ブロックチェーンが耐改ざん性に優れているといわれる理由でもあります。

    詳しくはこちらの記事で解説しています。

    DPP(デジタルプロダクトパスポート)の普及によって社会はどう変わる?

    経済活動における環境負荷が削減される

    出典:Pixabay

    DPPはEUがサーキュラーエコノミーの理念を推進し、製品の持続可能性を高めるためのプロジェクトの一環として展開されています。DPP自体はあくまで「製品情報を記録する」という制度です。

    しかし、「持続可能な製品のためのエコデザイン規則」ではDPPの義務化と同時に環境負荷物質の規制や耐久性に関する規定も盛り込まれています。そのため、企業がDPPを導入する際には必然的に、製品の設計から廃棄までのプロセス全体の見直しや資源の有効活用についても本腰を入れて取り組まなければなりません

    また、DPPは導入後も企業の環境戦略をアシストします。製品のライフサイクル全体を追跡・記録するため、製造段階から使用、リサイクル、廃棄の各プロセスにおけるデータを集約します。よって、自社サービスのどのプロセスが環境に負荷をかけているかを特定し、効果的な環境改善策を導き出すことが可能です。

    このように、DPPには製品の生産過程を明らかにして消費者のエシカルな選択を手助けするだけでなく、製品のライフサイクル全体で環境への負荷を軽減する効果が期待されます。

    新たなKBF(購買決定要因)によって企業間競争が生まれる

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    消費者は環境に配慮した製品を求める傾向があります。そのため、DPPによって製造プロセスや耐久性、リサイクル可能性を提示することで、企業は「価格」「デザイン」「機能」以外の面で他社との差別化を図ることができます。

    また、EU圏内ではDPPに非対応の製品は販売ができなくなる可能性があります。そのため、国内市場だけではなく国外市場におけるシェア獲得に向けて各企業が切磋琢磨して環境に配慮した商品の開発を行うことでしょう。その結果として、プロダクトの質が高まることも期待されます。

    さらに、DPPによって提供される情報は、消費者だけではなく、投資家や取引先といったステークホルダーの意思決定にも大きく寄与します。近年では、以下のような社会課題に取り組む上場企業も増えてきました。

    • 温室効果ガスによる地球温暖化
    • 工場や生活排水による水質汚染
    • マイクロプラスチックの流出による海洋汚染
    • 農薬や廃棄物による土壌汚染
    • 工場や自動車の排気ガスなどによる大気汚染
    • 再生処理が行われないゴミや余剰食品による増加

    こうした社会問題は、原材料の調達や製品の使用後といったまさにDPPがフォーカスしている地点に原因が存在していることも多いです。DPPによって環境に配慮した企業、あるいは欧州の先進的な取り組みへの参加を証明することで、ブランド価値や企業イメージの向上につながるでしょう。

    消費者の能動的な購買行動が実現する

    出典:shutterstock

    DPPがあることで、私たち消費者は購買行動の際にアクセスできる情報が増えます。したがって、消費者はDPPを参考にして多様な観点から購入の是非を判断することが可能になり、消費行動の自由度が高まるでしょう。

    食品に貼られている成分表示を思い出してみてください。私たちは食品を選ぶ際に「原産地」や「成分」をみて安全性や希少価値を判断しているはずです。また、ダイエットをしている人や栄養管理に気を遣っている人であれば「栄養素」のバランスにも配慮しているでしょう。

    しかし、この表示がなければ私たちは見た目や店舗の評判でしか判断することができず、満足のいく商品選択ができません。それどころか、消費者は企業が見せたい情報だけをもとにして選択をしなければならず、不平等な取引となってしまいます。

    一方、DPPによって企業が製品の見えにくい情報を提供することで、消費者は製品の背後にあるストーリーや製造プロセスを知ることができます。これにより、企業と消費者間の情報の対称性が高まり、消費者は能動的な購買行動が可能になります。

    DPP(デジタルプロダクトパスポート)って日本企業にも関係あるの?

    EUでは今後スタンダードになっていくとされているDPPですが、遠く離れた日本の地においてもこれらを考慮しなければいけないのでしょうか?実は、EUでの立法プロセスの進展によっては、日本企業にもDPPへの対応が迫られる可能性があります

    欧州委員会で採用されている政策パッケージでは、サプライチェーン全体でのエコデザインが想定されています。したがって、欧州企業に部品や素材を提供している日本の企業は、サプライヤーとして各部品を納品する際に、DPP対応を証明しなければいけなくなるかもしれません。つまり、自社サービスに「デジタル製品パスポート」を導入できなければ、EU市場から締め出しを余儀なくされるおそれがあります。

    実際に電池分野においては、厳しい制約のもとでDPPの運用が始まっています。2023年7月に採択された「欧州電池規則」では、容量が2kWhを超える充電式産業用バッテリーと電動自転車・スクーター用バッテリー、全ての電気自動車(EV)用バッテリーについては、2027年2月までに「バッテリーパスポート」と呼ばれる電池の情報の電子的記録が義務付けられました。したがって、バッテリーパスポートを含む新規則に対応できない企業はEU市場から姿を消すことになります。

    Council adopts new regulation on batteries and waste batteries – Consilium

    また、国内においてもサプライチェーンにおける自社以外の排出量の削減、いわゆるScope3の削減が声高に叫ばれる時代になりつつあります。G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB)により設置された「気候関連財務情報開示タスクフォース(略称:TCFD)」では、Scope3を含むサプライチェーン排出量の開示が推奨されていますが、日本でもこのTCFDに賛同する企業が2023年6月時点で1,344にのぼります。経済産業省の公式HPでは賛同企業名が公表されており、数々の名だたる企業が並んでいることからもその影響力が計り知れます。

    日本のTCFD賛同企業・機関 (METI/経済産業省)

    また、東京証券取引所のプライム市場は、上場企業にTCFDに準拠した報告を求めており、ESGを考慮した経営においても、サプライチェーン排出量を算定・報告する動きが強まっています。

    このように、EUの環境基準に合致しない製品は今後、マーケットの縮小が顕著になっていくでしょう。したがって、「あくまで海外のことだから」と無関心でいる国内企業は、ビジネス上の大きなリスクを抱えているのではないでしょうか。

    DPP(デジタルプロダクトパスポート)の導入事例

    TOD’S

    出典:ApparelWeb.com

    イタリアの高級革製品ブランド「TOD’S」はDPPを採用し、ブランドの象徴である「ディーアイバッグ」に革新的な顧客体験を提供しています。この取り組みは、同社が加盟する「オーラ・ブロックチェーン・コンソーシアム(Aura Blockchain Consortium)」の技術を活用しており、バッグ正面のオーバル型ロゴの裏にNFCタグを埋め込むことで、購入者は製品の詳細な情報にアクセスできる仕組みです。

    このDPPでは、購入者がスマートフォンを使用してNFCタグをスキャンするだけで、バッグの製品証明書、原材料のトレーサビリティ、製造過程など、製品に関連するあらゆる情報にリアルタイムでアクセスでき、バッグの真正性を保証し、贋作のリスクを低減する役割を果たしています。また、DPPを通じて、製品のメンテナンスサービスや保証の延長、限定イベントへの招待など、特別な顧客特典を受けることもでき、同社の製品を単なる消費物としてではなく、長期間にわたって価値を保つアイテムとして捉え、ブランドの透明性やサステナビリティに対するコミットメントを強化する重要なツールとなっています。

    現在は「ディーアイバッグ」のカスタマイズ版に導入されていますが、今後は他のコレクションへの展開も計画されており、ラグジュアリーブランドにおける新たなスタンダードとなる可能性を秘めている注目事例の一つです。

    R-Cycle

    出典:Reifenhäuser

    R-Cycleは、ドイツのプラスチック加工機械メーカー「Reifenhäuser Maschinenfabrik(ライフェンホイザー・マシーネンファブリーク)」が推進するDPPプロジェクトです。

    同プロジェクトは、プラスチック包装のDPPであり、リサイクル可能なプラスチック製品の製造を支援するために設計された取り組みです。このパスポートの最大の特徴は、プラスチックの仕分け効率が格段に向上していることです。

    このDPPでは、パッケージの生産中にリサイクル情報を自動的に登録し、この情報をバリューチェーンに渡します。したがって廃棄物分別工場は、リサイクル可能なプラスチックを簡単に識別し、特定の種類のプラスチックのみを抽出する高品質のリサイクルが可能になります。

    現在のプラスチックのリサイクルは、複数のプラスチックの中から特定のプラスリックを特定・選別することが困難です。しかし、R-cycleの登場によってプラスチックのパッケージに貼り付けて識別情報を表示することで、廃プラスチックの仕分けが大幅に効率化されました。

    この取り組みは、プラスチック産業が環境への影響を最小限に抑えるための革新的な解決策として注目されており、「ドイツサステナビリティアワード 2021」も受賞しています。

    Waste2Wear Blockchain

    出典:Waste2Wear

    Waste2Wear Blockchainは、カナダを拠点とする「Waste2Wear(ウェイスト・トゥ・ウェア)」という企業によって開発された独自のブロックチェーンプラットフォームです。同社は、プラスチック製品が環境へ与える影響を軽減し、できるだけ多くのプラスチック廃棄物を新しい繊維製品にリサイクルすることを目指しています。

    Waste2Wear Blockchainでは、プラスチック廃棄物から完成したファッション製品に至るまで、独自のスマートコントラクトで段階的に記録されます。ユーザーはQR コード付きのステッカーを読み込むことで、数量、重量、場所、写真、時間が取得可能です。

    このDPPは、繊維業界につきまとう偽造品問題へのアプローチとしても期待されています。近年では環境に配慮したエシカルファッションを選択する消費者も多くなってきました。しかし、リサイクルされたポリエステルとそうではないバージンのポリエステルは肉眼では区別が難しいです。バージンポリエステルは持続可能な代替品よりも製造が簡単で、なおかつ安価であるため、悪徳サプライヤーがリサイクルポリエステルを偽造するケースが問題となっています。そのため、DPPによって過去の履歴が詳らかにされることで、このような不正な素材の流通が防止されます。

    環境だけではなく、消費者にもやさしいビジネスモデルを構築することができるという点で、DPPのメリットをうまく活用した事例だといえるでしょう。

    東北電力✖️三菱総合研究所✖️イー・アンド・イー ソリューションズ

    出典:Unsplash

    東北電力は太陽光パネルへのDPP導入に向けた実証実験を開始すると2023年8月に発表しました。同実験では、使用済み太陽光パネルの大量廃棄という社会問題に対して、デジタル上でのトレーサビリティ確保を通してリサイクル原料の品質を向上させるというアプローチを目指しています。

    実証実験に際しては、(株)三菱総合研究所、イー・アンド・イー ソリューションズ(株)と共同で実施する模様です。

    太陽光パネルの適正なリユース・リサイクルに向けた新たな実証事業について ~環境省「国内資源循環体制構築に向けた再エネ関連製品及びベース素材の全体最適化実証事業」に当社応募案件が採択されました~| 東北電力

    DPPの構築によって、太陽光パネルの材料成分の明確化とデータの体系化、稼働可能年数の評価、再利用時の発電データの収集などが可能になります。したがって、使用済みの太陽光パネルを適切な形で処理・再利用できるようになり、通常廃棄による環境負荷よりも少ない負荷で再生可能エネルギーを導入することが可能です。

    環境省によると、2040年ごろには現在のおよそ200倍にあたる年間約80万トンもの使用済み太陽光パネルが排出されると試算されています。きたる「大廃棄時代」における画期的なソリューションとなる可能性もあるため、今後の進展に注目です。

    DPP(デジタルプロダクトパスポート)の今後の展望

    ここまで見てきたように、実際に運用されれば様々なメリットをもたらすであろうDPPですが、はたして今後の社会でうまく普及するのでしょうか。この問いに関するヒントは、現在の世界産業における中国の存在に隠されているかもしれません。

    EUではフォンデアライエン氏が欧州委員会の新委員長に就任して以降、地球温暖化対策を取り組むべき課題の筆頭に位置付けて独自の目標を掲げてきました。その背景には、中国が産業大国として世界のスタンダードになりつつあることがあります。

    出典:Pexels

    中国では「安価で」「大量に」生産を行い、国外輸出を推進するビジネスモデルが主流であり、こうした経済活動は環境問題に悪影響を及ぼしていることは問題視されてきました。しかし、同時にそのビジネスモデル成功を収め、中国は世界有数の産業大国となったこともまた事実です。

    また、次世代産業の核となるレアメタル生産は中国の独壇場といっても過言ではありません。半導体製造に必要なガリウムは中国のシェアが約90%を占めており、バッテリー製造に必要なコバルトはアフリカのコンゴ民主共和国が約73%とトップシェアを占めているものの、その大半は中国資本によるものです。

    中国は潤沢な資金をアフリカに投資することで、現地のエネルギービジネスに深く根を張り、その実権の掌握を試みているという見方もできます。実際に、コバルトの精製では中国が2022年のコバルト精製生産量の約76%と、世界市場を席巻しています。

    こうした中国の重商主義的アプローチの成功や希少資源の中国による独占は、もはや各国の安全保障上の脅威となっており、中国からの脱依存、新たな囲い込みが必要となっています。近年、EUが積極的に新しい政策イニシアチブを発表しているのはこうした背景があるからでしょう。

    実際に、フォンデアライエン委員長は就任前の会見で以下のように述べています。

    「この布陣で『欧州の道』を切り拓く。気候変動に対し大胆に行動し、米国とのパートナーシップを強化し、より自己主張するようになった中国との関係を明確にし、例えばアフリカなどの信頼できる隣人となる。このチームは、欧州の価値や世界的水準の維持のために立ち上がらなければならない。」

    出典:欧州対外行動庁「フォン・デア・ライエン次期欧州委員会委員長、より高みを目指すEUに向けた布陣を発表」

    こうしたことからも、DPPを含むグリーンディール政策は、彼女の本気度の高い経済政策であることが伺えます。同氏は2029年までの委員長続投がすでに決定しており、今後もこうした枠組みは厳格に運用され、適応できない国や企業は”西側陣営”からの締め出しに遭う可能性も大いにありえます。したがって、DPPは今後の国際社会のスタンダードとして普及していくのではないでしょうか。

    まとめ

    今回はDPP、デジタルプロダクトパスポートについて解説しました。EUでの新たなスタンダードとして採用が決まったDPPは今後、そのメリットが世界的に認知されていくフェーズに突入するでしょう。

    一方で、日本国内ではDPPの導入は義務ではないため、コスト面の課題から導入を見送る企業も出てくるかもしれません。しかし、いまや環境への影響を無視した企業活動は淘汰され始めており、最悪の場合、消費者から「時代遅れ」や「ガラパゴス」というレッテルを貼られてしまう可能性もあります。

    日本の企業が地に足をつけてDPPの導入について議論しなければならない時期が、すぐそこまで来ています。

    医療とブロックチェーンの関係性とは?医薬品・ヘルスケアの事例も紹介!

    今日の医療・ヘルスケア業界では、ブロックチェーン技術を応用した産業変革の動きが加速しています。その適用範囲は、医薬品の流通や偽造品対策、臨床試験での医療データ活用など、幅広い分野に及びます。予防医療の実現に向けた業界の課題とデータに対する考え方、海外・国内の最新事例を併せて解説します!

    1. 2030年に向けて変革が求められる医療・ヘルスケア産業と予防医療
    2. 医療・ヘルスケア分野で期待されているブロックチェーンとは?
    3. 現代医療に対するブロックチェーンからのアプローチ
    4. 医療・ヘルスケア分野におけるブロックチェーンの導入事例
    5. まとめ

    2030年に向けて変革が求められる医療・ヘルスケア産業と予防医療

    2024年現在、医療・ヘルスケア産業は、クラウド・AI・ブロックチェーン・IoTなど、あらゆる先端情報技術による構造変革が求められています。構造変革が求められている背景には、マーケットの拡大(つまりは医療や介護を必要としている人が増えている)、それに伴う労働力の確保、そして医療崩壊の可能性という3つの社会状況の変化があります。

    第一に医療・ヘルスケア産業は、年々、急拡大を続けています。みずほ銀行調査部の資料によると、医療とヘルスケアをあわせると2040年には100兆円超の市場規模となる見込みで、現在の日本の国家予算に相当します。

    この背景には、日本社会の長年の課題でもある少子高齢化に加えて、予防法や健康管理の確立、生活支援サービスの充実、医療・介護技術の進化があります。

    厚生労働省の発表によると、2022年の平均寿命は男性が81.05歳、女性が87.09歳となっており、信じられないことに「人生90年時代」がすぐそこまで迫っているのです。

    一方で、自立した生活を送れる期間である「健康寿命」は、平均寿命に比べて男性は約9年、女性では約12年も短いことも明らかになっています。

    これは10年近い期間を医療や介護といった助けを受けながら生きていかなければならないということでもあります。したがって、日本における医療・ヘルスケアに対する需要は今後も増加していくことでしょう。

    第二にマーケットの拡大は、医療・ヘルスケア業界に携わる人口を確保しなければならない状況をもたらすでしょう。

    医療・福祉系の労働力不足人口は、2030年には187万人に達し、サービス業に次いで労働力が必要となる産業になるといわれています。

    出典:パーソル総合研究所「労働市場の未来推計 2030」

    このような労働構造の大幅な変化は、現場の医療システムに限らず、労働マーケットそのものの構造にも大きく関係してくることでしょう。

    そして第三に、こうした市場成長の帰結は日本経済の活性化ではなく、医療崩壊です。

    少子高齢化が進むなかで健康寿命が伸びないまま平均余命が伸びていくと、税金の供給と社会保障費としての医療費のバランスが崩れ、社会保障システムに支障をきたします

    また、医療現場や介護現場はより厳しさを増し、「割に合わない仕事」が増えていくことで、慢性的な労働力不足も表面化してくるでしょう。一般的には、労働環境や労働条件などを改善することが効果的なアプローチとされていますが、24時間体制でのサポートが必要になるこの業界では、どうしても実際の労働と比較して、労働環境や賃金の釣り合いをとるのが難しくなっています

    実際に愛知県で県医療介護福祉労働組合連合会(県医労連)がおこなった調査によると、看護師の約8割が「辞めたい」と退職も選択肢にあることが明らかになり、医療の崩壊は早急に解決すべき課題であることが浮き彫りになりました。

    夜勤拘束13時間以上55% 看護師ら8割「辞めたい」コロナ禍で悪化

    労働人口が不足し、医療崩壊が起きた場合、2020年に発生したCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)の時のような、「命の選別」が迫られる事態も、将来的には十分にあり得るでしょう。

    こうしたなか、切に求められているのが「予防医療」です。

    予防医療は公衆衛生の考え方の一つで、病気になってから、あるいは要介護になってから対応するのではなく、病気そのものを未然に防ぐことで、健康寿命を伸ばし、医療崩壊を防ごうという考え方です。

    2030年、さらにはその先の未来に向けて、日本の医療・ヘルスケアのあり方は、この予防医療という考え方にシフトしていかなければなりません。そして、予防医療が真価を発揮するためには、ヘルスケアデータの利活用と、そのためのシステム変革が必要になってきます。

    ブロックチェーンは、まさにこの点において、医療・ヘルスケア業界の変革をサポートする有望技術として、注目を集めています。

    医療・ヘルスケア分野で期待されているブロックチェーンとは

    医療・ヘルスケア業界を変革しうると注目されているブロックチェーンですが、その適用シーンについて見る前に「そもそもブロックチェーンとはなんなのか」「導入にあたってどんな利点、欠点があるのか」について簡単に学んでいきましょう。

    ブロックチェーンとは?

    出典:shutterstock

    ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。

    ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

    取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種です。その中でもとくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

    ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っています。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

    これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません

    また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

    ブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値と呼ばれる関数によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

    ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

    新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています

    また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。

    コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出します。この行為を「マイニング」といい、最初に正しいナンスを発見したマイナー(マイニングをする人)に新しいブロックを追加する権利が与えられます。ブロックチェーンではデータベースのような管理者を持たない代わりに、ノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持っています。

    このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

    こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。

    データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

    詳しくは以下の記事でも解説しています。

    ブロックチェーンが医療・ヘルスケア業界の変革に向いている理由

    不動産、物流など、様々な業界で注目されているブロックチェーンですが、医療・ヘルスケア業界の変革に向いている理由はなんでしょうか?

    この問いに対する考え方は色々あり得るものの、答えの一つは、「医療・ヘルスケアが、ブロックチェーンがもつデータの耐改ざん性と、非中央集権というコンセプトを活かせる領域であること」でしょう。

    まず、当然のことながら、医療・ヘルスケアで扱う情報は、個人情報の中でも特に秘匿性の高い情報です。こういったプライバシーに深く関わる情報を取り扱ううえでは、データベースやシステムのセキュリティ、とりわけデータの改ざんに耐え得る能力が重要になります。

    ブロックチェーンは、暗号資産(仮想通貨)で用いられる「パブリックチェーン(不特定多数の参加が認められる)」と、「プライベートチェーン(管理者のもと特定メンバーの参加が認められる)」の2種類に大別されますが、このうちプライベートチェーンでは、特にセキュリティ要件を高く担保することが可能です。

    また、医療・ヘルスケア業界は、次のような性質をもった産業であると言えます。

    • 診療情報や遺伝子情報といったもっともセンシティブなデータのひとつを扱うため、情報の非対称性が大きい
    • 動く金額が大きいため、データ改ざんに関する経済的な動機が大きくなる
    • 患者側にデータ自決権がない

    こうした性質をもった業界でデータドリブンな変革を行なっていくためには、中央管理者の存在が障害になりうると考えられます。

    したがって、ブロックチェーンが非中央集権的に振舞うことができるシステムであることも、医療・ヘルスケア業界との相性を良くしているといえるでしょう。

    ブロックチェーンは「万能」ではない

    出典:Unsplash

    前述のメリットを押さえたうえで、ブロックチェーンには気をつけなければならないことがあります。それは、ブロックチェーンは「万能の救世主」ではないということです。

    「ブロックチェーンであればなんでもできる」といった誤解をよく見かけますが、現時点の実例で言えば、実証研究的なプロジェクトに終始しているものも多く、実際に変革を行う上では数多くの障害があります。

    とりわけ、スケーラビリティの問題は、医療・ヘルスケア業界でブロックチェーンが活用されるための大きな課題となるでしょう。

    スケーラビリティとは、「トランザクションの処理量の拡張性」、つまり、どれだけ多くの取引記録を同時に処理できるかの限界値のことを指します。

    ブロックチェーンは、その仕組み上、従来のデータベースよりもスケーラビリティが低くならざるを得ないという課題を抱えています。

    InterSystemsによると、共通ストレージインテンシブ医療データに必要な一般的なデータストレージは、次の通りです。

    • X線 = 30 MB
    • マンモグラフィー = 120 MB
    • 3D MRI = 150 MB
    • 3D CT スキャン = 1 GB
    • デジタルパソロジ―画像= 350 MB (平均)
    • 100 GB 10億回の読み込み – 一般的な人のゲノム
    • 各ゲノムの異なるファイルに対し 1 GB

    このように、医療・ヘルスケア業界では、他の産業よりもはるかに大きなデータの塊を保存・処理する必要があります

    この点、ブロックチェーンの現状では、データベースとしての機能を十分に発揮することは期待できないでしょう。

    なお、このスケーラビリティの問題に対しては、近年、金融領域におけるマイクロペイメントで「ライトニングネットワーク」と呼ばれる技術を活用することで、トランザクションの処理速度を向上させることに成功しています。

    ただし、これはあくまで取引処理速度の向上であり、メディカルデータのような大きさのデータを保存する点について、すべての課題を解消しているわけではありません

    ブロックチェーンの活用を考える上では、こうした課題の面にも目を向ける必要があります。

    現代医療に対するブロックチェーンからのアプローチ

    出典:Unsplash

    情報の非対称性の克服

    医療・ヘルスケア業界にブロックチェーンを導入することにより解決しうる課題の1つ目は、「医療やそれに付随する情報の非対称性を克服すること」です。

    上でも触れたように、医療・ヘルスケア業界では、診療情報や遺伝子情報といったもっともセンシティブなデータのひとつを扱うため、情報の非対称性が大きい点に特徴があります。

    情報の非対称性が発生しやすく、利害が対立しやすい立場の違いは、例えば次のようなものです。

    • より正確な診断を下したい ↔︎ まともな医者か知りたい(医者と患者)
    • 転売等を目的とした不正な薬物購入を防ぎたい ↔︎ 偽造薬は使いたくない(処方薬の売手と買手)
    • 保険金請求に関する不正の抑止 ↔︎ 保険会社の優越的地位の濫用の監視
    • 医学論文の実験結果に不正がないことを証明・確認したい ↔︎ よりインパクトの大きな論文を出したい

    こうしたプレイヤー間の情報非対称性に起因した医療・ヘルスケア業界の課題に対して、ブロックチェーンは、オープンかつ真正性の高い(データの改竄等がない)データ基盤において、第三者を排除した分散型の管理手法を提供することで、課題解決に寄与するとみられています。

    自決権、データポータビリティ

    医療・ヘルスケア業界にブロックチェーンを導入することにより解決しうる課題の2つ目は、「医療データに関する患者の自決権やデータポータビリティを確保すること」です。

    データの自決権とは、患者が自身に関する医療データを所有し、自由に移転・処分できるような権利のことで、データポータビリティは、患者が医療データを他の医療機関やヘルスケアサービス等でも自由に再利用できること、すなわち持ち運び可能であることを指します。

    これまで、患者は診療情報などの医療データを、自分自身に関する情報であるにも関わらず、自由に持ち運び、再利用したり処分したりすることが困難でした。

    データの自決権やデータポータビリティが確保されれば、患者は例えば次のようなデータ活用を行うことができます。

    • セカンドオピニオンのために診療情報を個人に帰属させる
    • 遺伝子情報や診断情報を自らの判断で売買できる(トークンエコノミー)

    これらの権利が成り立つためには、データを取り扱うシステムが「非中央集権的」で、かつ安全なものでなくてはなりません。したがって、ブロックチェーンの活用が求められているのです。

    非効率な転機業務の合理化

    医療・ヘルスケア業界にブロックチェーンを導入することにより解決しうる課題の3つ目は、「非効率な転機業務を合理化すること」です。

    医療業界には大小合わせて18万軒程の医療機関があり(平成30年度、歯科医院含む)、その多くが個別の事業者によって経営されています。また、関連機関についても、6万軒弱の薬局をはじめ、さらに数多くの法人が存在しています。

    ところが、そうした医療機関のそれぞれが似たような業務プロセスに基づいた、似たような医療データを取り扱うにもかかわらず、それらのデータは個別に入手され、異なるデータベースに保管されます。加えて、各医療機関のデータベースは相互に統合されることはなく、医療機関間でのデータ移転もほとんど行われません

    そのため、例えばクリニックと薬局のように、同じ患者に関するデータを重複して取り扱う場合には、本質的には不要な、非効率な転機業務が行われることになります。

    こうした課題に対して、ブロックチェーンを活用してデータベースの統合、連結をはかっていくことで、たとえば次のように業務の合理化をはかることができます。

    • 医者と薬局での似たような問診票の省略
    • 保険金請求に関する似たような伝票の突合業務・転機業務の合理化

    2030年に向けて、労働力の不足が深刻さを増していく医療・ヘルスケア業界において、ブロックチェーンによる業務の効率化は今後注目を集めていくことでしょう。

    医療・ヘルスケア分野におけるブロックチェーンの導入事例

    海外事例①:エストニア

    出典:Pixabay

    エストニアは行政サービスデジタル化の先駆けとして知られていますが、その中でもヘルスケア分野における取り組みにはブロックチェーンを用いて安全かつ迅速なデータ管理を行っています。

    従来のデータ管理では医療データのセキュリティを確保するのが難しいとされていますが、エストニアでは独自のブロックチェーンを開発し、改ざんからデータを守りつつ、そのデータを活用して医療の自動化・時短を推進しています。

    たとえば、患者が希望すれば再診はオンライン上で完結します。医師は患者に薬を処方する際、オンラインのシステムで処方箋を発行します。その後、患者は薬局に行き、IDカードを提示するだけで、薬剤師はシステムから患者の情報を取得し、必要な薬を用意できます

    エストニアでは現在、処方箋の99%がオンラインで発行されているそうで、患者・医師・薬局の三方よしの節約術といえるでしょう。

    さらに、「e-Ambulance(電子救急車)」というシステムも導入されています。このシステムでは、通報時に患者の個人IDを取得して救急車が到着するまでに過去の医療データを参照できます。したがって、到着後スムーズに適切な治療・処置を行うことができます

    また、通報者が第三者の場合、その主観情報や救急コールセンターとの対話を通して、緊急度・優先度を決定できます。これにより、事前に搬送先の病院を選定することができ、受け入れ先の病院側も事前に適切な準備ができます

    このようにエストニアでは、平常時と緊急時を問わず、医療システムにブロックチェーンが組み込まれています。

    海外事例②:The MediLedger Project

    出典:Pixabay

    医療・ヘルスケアの関連業界でブロックチェーンを活用した事例の一つに、アメリカの製薬業界で発足したThe MediLedger Projectという医薬品トレーサビリティの実現を目指すプロジェクトがあります。

    トレーサビリティ(Traceability、追跡可能性)とは、トレース(Trace:追跡)とアビリティ(Ability:能力)を組み合わせた造語で、ある商品が生産されてから消費者の手元に至るまで、その商品が「いつ、どんな状態にあったか」が把握可能な状態のことを指す言葉です。

    この概念は、サプライチェーン(製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れ)のマネジメント要素の一つと考えられており、主に自動車や電子部品、食品、医薬品など、消費財の製造業で注目されています。

    医薬品物流においてトレーサビリティが注目されている背景にあるのが「偽造品・盗品対策」の問題です。

    世界保健機関(WHO)の推計によれば、内服薬、ワクチン、診断キットなどの医療物資の1割は、品質基準を満たしてないものや、低・中所得国で偽造されたものだと言われているほか、英国規格協会(BSI)の推計では、医薬品の貨物盗難による被害総額は年間10億ドルを上回るとされています。

    さらに現在、FDA(Food and Drug Administration、アメリカ食品医薬品局)の発令した「DSCSA(医薬品サプライチェーンセキュリティ法)」という法律により、アメリカの製薬企業は、医薬品に個別の番号を付けてサプライチェーンを管理することが求められており、2023年にはサプライチェーンの薬を追跡できる電子的な追跡システムへの参加が義務付けられました

    このサプライチェーンにおけるトレーサビリティの問題を解決する手段として、ブロックチェーンが注目を集めており、実際にプロジェクト化されたのがThe MediLedger Projectです。

    The MediLedger Projectは、米Chronicled(クロニクルド)社が、ジェネンテック、ファイザー、ギリアド・サイエンシズといった大手製薬会社や医薬品サプライチェーン各社と共同で立ち上げた実験プロジェクトで、コンソーシアム型のブロックチェーンシステムを使うことで、「いつ」「誰が」「どの」薬の流通に関わったを追跡することができます。したがって、偽造品はすぐに記録上の照合によって弾き出され、安全な医薬品市場を確保することが可能です。

    さらに、このプロジェクトでは、医薬品の取引に関するプロトコルを開発することで、情報の非対称性を解消し、業界全体の効率化を狙っています。つまり、従来は個別交渉を行なっていた医薬品の価格設定や契約について情報を共有し、標準化を図ろうという試みです。

    日本ではあまり知名度がありませんが、ブロックチェーン技術の活用によって誰でも医薬品にアクセスできる環境を構築し、健全なマーケット運営を実現しているプロジェクトの代表例です。

    国内事例①:サスメド

    出典:サスメド株式会社 公式HP

    日本国内では、ブロックチェーンを活用した医療変革を起こそうと企てるスタートアップ企業が多方面で活躍を始めています。

    その代表的な医療系スタートアップの一つが、医師でもある上野太郎氏が代表を務めるサスメド株式会社です。同社では、データ改ざんに強いブロックチェーンの特徴を生かし、治験データのスムーズかつ正確な管理を実現しています。

    従来の治験データでは、医療機関が抽出したデータを製薬会社のフォーマットに合わせて記録し、共有していました。しかしその過程で、治験モニター(患者)の錯誤や数値等の転記ミスがありました。

    サスメドのプラットフォームでは、ブロックチェーンの耐改ざん性を生かしたデータ管理が行われており、治験から得られるデータを担当者が何度も照合する回数が減り、治験の効率化が図られます。

    また、ブロックチェーンは治験における不正行為の監視役としての機能もはたします。

    市場規模、社会に与えるインパクトが共に大きい医療・ヘルスケア業界では、基礎研究の成果が社会へと実装される過程、あるいはその先にある新市場で多額の資本が動くことになります。

    したがって、基礎研究の裏付けとなるデータが改ざんされるリスクが大きくなり、このリスクに対応する必要が生じてきます。

    実際に、2018年4月には、厚生労働省が施行した臨床研究法によって、「臨床試験データのモニタリング実施」が義務づけられています。

    その結果、各研究主体は、この法令を遵守するために、データの改ざんや誤りの有無を確認するためのコストを払わねばなりません。これが、臨床試験や治験の投資効率が悪くなっている原因の一つといわれています。

    医療×ブロックチェーンの可能性──サスメド・経産省が「課題と規制」を議論【btokyo members】

    こうした改ざんリスクに対する確認コストを小さくするための手法として、セキュリティ性能が高いという特徴をもつブロックチェーン技術が応用されているのです。

    国内事例②:日本IBM×HBC

    出典:日本IBM 公式サイト

    医療×ブロックチェーンの本丸といえる医薬品流通に取り組んでいるのが日本IBMです。

    日本IBMは、2023年4月から医薬品データプラットフォームの運用検証を開始しています。このプラットフォームはブロックチェーン技術を使用して、医薬品の流通経路と在庫を可視化するためのもので、製薬企業、医療機関、医薬品物流企業などが参加します。プラットフォームはHyperledger Fabricというブロックチェーン基盤を使用し、医薬品の品質保持と偽造品の防止を強化します。

    このプロジェクトは、主要製薬企業も加入するコンソーシアム「ヘルスケア・ブロックチェーン・コラボレーション(HBC)」において検討されてきたものです。参加企業はプラットフォーム上で医薬品の流れを追跡し、医療機関の在庫情報を管理し、品質管理や事業継続計画に関する情報を共有します。これにより、医薬品の安全性とトレーサビリティが向上することを目指しています。

    医薬品のトレーサビリティは、品質保持や偽造品の防止などの観点から重要であり、欧米では既に法制化されています。たとえばアメリカでは、2000年代から州単位で医薬品のトレーサビリティに関する法律が制定されていました。これを全国基準にして、州を越えた医薬品のトレーサビリティを確立しようというのが、2013年制定の「医薬品サプライチェーン安全保障法」です。

    日本では、国家レベルでトレーサビリティの実現に取り組まれているのは牛と米の食品トレーサビリティです。これらが法制化されたのは2000年代初頭に起きたBSE(狂牛病)問題と2008年に起きた事故米(汚染米)不正転売問題という事件が表面化したことがきっかけです。

    責任追及の観点から受動的な動きによって制定された背景からもわかるように、日本では国家レベルで産業へ厳しい規制をかけるのをためらう風潮があるため、こうした分野では民間企業による主導が効果的かもしれません。

    日本の医薬品の安全性と相互運用性を世界基準に引き上げるうえで、今後も注目せずにはいられないプロジェクトです。

    まとめ

    この記事では医療・ヘルスケア業界におけるブロックチェーン導入の現状について解説しました。

    日本では海外のような行政を巻き込んだ大きな動きはいまだ見られず、各社、実証実験の段階に留まっています。しかし、健康大国である我が国ではブロックチェーンによる業務効率化の需要は今後飛躍的に増加していくでしょう。実証実験を含めて今後の展開から目が離せません。

    トレードログ株式会社では、非金融分野のブロックチェーンに特化したサービスを展開しております。ブロックチェーンシステムの開発・運用だけでなく、上流工程である要件定義や設計フェーズから貴社のニーズに合わせた導入支援をおこなっております。

    ブロックチェーン開発で課題をお持ちの企業様やDX化について何から効率化していけば良いのかお悩みの企業様は、ぜひ弊社にご相談ください。貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

    ブロックチェーンを活用したビジネスモデルとは?非金融分野の応用領域も解説します!

    高いセキュリティと分散的なエコシステムによって多くの注目を集めているブロックチェーン。そのビジネスモデルは仮想通貨から始まり、非金融領域でのトレーサビリティなどへの応用を経て、いまではDAppsやNFTといったweb3の先端技術を支える存在となっています。今後、日本企業でも続々とビジネスへブロックチェーンが活用されていくことでしょう。

    この記事ではそんな展望を踏まえ、ブロックチェーンのビジネス活用について基礎から応用まで詳しく解説していきます。

    目次

    1. ブロックチェーンビジネス市場の現状(2024年現在)
    2. ブロックチェーンの進化の歴史
    3. ブロックチェーンのビジネス活用が進む3つの応用領域
    4. ブロックチェーンの応用領域拡大を支える技術発展
    5. ブロックチェーン3.0(非金融領域)の3つのビジネスモデル
    6. ブロックチェーンのビジネス活用事例(非金融領域)
    7. ブロックチェーンを活用したその他のビジネス事例

    ブロックチェーンビジネス市場の現状(2024年現在)

    経済産業省が「ブロックチェーンは将来的に国内67兆円の市場に影響を与える」との予測を発表してから約8年が経過しました。

    出典:総務省『「ブロックチェーン等による生産性向上」 “miyabi”ソリューションの活用について』

    いまだ成長中であるブロックチェーン業界は、この約8年間でそのシステムや適用シーンを柔軟に変えながら、社会に適合してきました。なかでも、経産省がビジネスへの応用が進むとしていた次の5つのテーマでは、既存産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んできました。

    #社会変革のテーマ社会実装の方向性活用事例
    1価値の流通・ポイント化・プラットフォームのインフラ化トークン活用NFT、ICO、STO、ファンビジネス、地域通貨
    2権利証明行為の非中央集権化の実現不動産領域における登記などの権利証明LIFULL、積水ハウス、Propy
    3遊休資産ゼロ・高効率シェアリングの実現医療プラットフォーム、NFTチケット日本IBM、サスメド、LAWSON TICKET NFT、チケミー
    4オープン・高効率・高信頼なサプライチェーンの実現物流プラットフォーム富士フイルム、ロッテ、トレードワルツ
    5プロセス・取引の全自動化・効率化の実現DAO(自律分散型組織)DEX、投票

    その結果、国内のブロックチェーンの市場規模は成長を見せつつあります。株式会社矢野経済研究所の発表によると、ブロックチェーンの市場規模は2021年度の国内ブロックチェーン活用サービス市場規模は約783億円の見込みがあり、2025年度には7,247億6,000万円の経済圏を形成すると推測されています。

    しかしその一方で、ブロックチェーンはスケーラビリティなどの課題を抱えてもいます。こうした問題に対し、それぞれの欠点を補うようにして数えきれないほどのブロックチェーンが誕生しました。その結果、独自の仮想通貨をもつブロックチェーンは大小含めて約15000〜20000種類も存在するともいわれています。

    当然、エンタープライズ向けのブロックチェーンプラットフォームも数多くリリースされており、企業は自社のビジネスに最もマッチするプラットフォームを選択することができる時代になりました。ようやく日本企業にとってブロックチェーンのビジネス導入を本格的に議論できる下地が整ったといえるでしょう。

    ブロックチェーンの進化の歴史

    ブロックチェーン乱立期ともいえるフェーズに突入している現代において、ブロックチェーンがどのような経緯で成長してきたのかを把握しておくことは重要です。ここからは、そもそもブロックチェーンとはどういった技術で、どのような背景があるのかについてみていきましょう。

    ブロックチェーンとは

    出典:shutterstock

    ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。

    ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

    取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種です。その中でもとくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

    ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っています。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

    これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません

    また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

    ブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値と呼ばれる関数によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

    ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

    新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています

    また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。

    コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出します。この行為を「マイニング」といい、最初に正しいナンスを発見したマイナー(マイニングをする人)に新しいブロックを追加する権利が与えられます。ブロックチェーンではデータベースのような管理者を持たない代わりに、ノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持っています。

    このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

    こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。

    データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

    詳しくは以下の記事で解説しています。

    ブロックチェーンには3つのフェーズがあった

    ブロックチェーンは、この10年間あまりで技術の進展とともに、技術の応用領域、そしてビジネスモデルを進化させてきました。その進化の歴史は、ブロックチェーン1.0、2.0、3.0という呼称で知られています。

    ブロックチェーンは、2008年に誕生した当時はまだ、仮想通貨ビットコインの中核技術の一つに過ぎませんでした。このブロックチェーン1.0の時期にブロックチェーンが目指していたのは、「不正のない通貨取引」です。

    前述の通り、ブロックチェーンは中央管理者のいない公開された台帳によって情報を管理しています。常にネットワークの参加者間で情報が同期されているため、ハッキングやデータ改ざんといった脅威から仮想通貨の取引を守るのに打ってつけの技術だったわけです。

    その後、Vitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)が、ビットコインの仕組みを仮想通貨以外の金融領域に応用するべく、Ethereumを開発しました。これがブロックチェーン2.0です。

    Ethereumひいてはブロックチェーン2.0の特徴として挙げられるのが、スマートコントラクトです。スマートコントラクトは、あらかじめプログラムされた契約を自動的に実行する仕組みのことです。 ビットコインでは1ブロックに取り込めるトランザクションは1秒に7件程度しかなく、ブロックの承認にも10分近くかかっていたため、即時性という観点では使いづらいものでした。

    しかし、スマートコントラクトを応用することで、様々な処理をブロックチェーン上で実行できるようになりました。たとえば、企業におけるバックオフィス業務や、商取引におけるエスクローサービス(商取引の安全性を保証する仲介サービス)、個人間送金などがスマートコントラクトで置き換えられました。

    このような流れを受けて現在、ブロックチェーンが突入しているのがブロックチェーン3.0の世界です。

    ブロックチェーン3.0では、ブロックチェーン技術の有用性に対する社会の関心が高まったことを背景に、非金融領域への活用が急速に進み始めています。とくに、商品が生産されてから消費者の手元に至るまで、その商品が「いつ、どんな状態にあったか」を追跡するトレーサビリティ分野においては多くの企業の注目の的です。

    また、Ethereumから派生して、tps(トランザクション速度)を改善したPolygon(ポリゴン)やSolana(ソラナ)、toB企業向けの開発に特化したGoQuorum(ゴークオラム)やHyperledger Fabric(ハイパーレジャーファブリック)といった様々なプラットフォームが登場しています

    このようにブロックチェーン市場におけるビジネスモデルの進化は、新しいモデルが過去のモデルに取って代わるのではなく、過去のモデルを残しつつも、その課題をカバーする形で新しい応用領域へとマーケットが拡大してきました。

    こうした歴史を経て、現在のブロックチェーンはブロックチェーン1.0、2.0の金融分野、3.0の非金融分野、両者のハイブリッドの3つに分類できます。

    次は、ブロックチェーンのビジネス活用が進む応用領域について解説していきます。

    ブロックチェーンのビジネス活用が進む3つの応用領域

    ブロックチェーンの応用領域①:金融領域(フィンテック)

    ブロックチェーンビジネスの第一の領域は、「金融領域」です。

    「金融領域」とは、平たく言えば「Fintech(フィンテック)」と言われる領域のことで、より正確には「暗号資産(=仮想通貨)を活用した領域」と考えてください。

    出典:Unsplash

    金融領域でのブロックチェーンの活用事例には、たとえば次のようなものがあります。

    • 暗号資産取引
      • ブロックチェーン技術を応用した法定通貨以外の新通貨の売買等を通して、キャピタルゲインを獲得することをインセンティブとしたビジネス
    • ICO(Initial Coin Offering、イニシャル・コイン・オファリング)
      • 新規事業を始めようとする企業などが独自のデジタル権利証としてトークンをインターネットを通じて不特定多数の投資家に発行し、その対価として暗号資産を払い込んでもらい資金を集める
      • 新規株式を発行して資金調達する新規株式公開(IPO)に対し、ICOは証券会社など金融機関を仲介しないため、企業は手数料を抑え機動的に資金調達できる
      • 投資家は受け取ったトークンを企業のサービスに利用するほか、需給次第で値上がり益が期待できるというメリットがある
      • IPOのように厳密な審査や上場基準などがなく、法律の抜け穴を利用した詐欺が横行したため、現在はほとんど使われていない
    • STO(Security Token Offering、セキュリティ・トークン・オファリング)
      • 有価証券の機能が付与されたトークンによる資金調達方法
      • 有価証券に適用される法律に準拠するため、その販売には株式などの有価証券同様の発行体としての義務が発行者に課される
      • ICOの問題点であったスキャム(いわゆる詐欺)や仕組み自体の投機的性質を解消する、新しい資金調達方法として注目を集めている
    • IEO(Initial Exchange Offering、イニシャル・エクスチェンジ・オファリング)
      • 仮想通貨取引所がトークンの販売業務、多くの場合で上場までをサポートする、資金調達を望むプロジェクトに対する一括パッケージのようなシステム
      • トークン自体に証券性はないが、取引所が完全にバックアップする形で資金調達が進むため、取引所の権威性・ブランド力を維持するために、自ずとプロジェクトの精査も行われる
      • 取引所を介した取引となるため、ICOと違いグローバルなアクセスが可能とは言えず、取引所に登録を済ませたユーザーのみを対象としたややクローズドなプロセスとなっている

    もともと仮想通貨に端を発するブロックチェーンはフィンテック分野と相性が良く、比較的スムーズにその導入が進められています。

    たとえば、大手フリマアプリの「メルカリ」はメルカリ内で得た売上金でビットコイン(BTC)が購入できるサービスをリリースしました。この「ビットコイン取引」はサービス開始からわずか3ヶ月で利用者が50万人を突破しており、ライトユーザー層にとっても馴染みやすいものとなっています。

    このようにフィンテックは、ブロックチェーンのビジネス導入におけるひとつの重要なエリアとなっています。

    なお、「Fintech」という用語に馴染みのある方も多いかと思いますが、必ずしも「ブロックチェーンの金融領域=Fintech」というわけではないため、注意が必要です(後に説明する「ハイブリッド領域」のビジネスを指して”Fintech”と呼ばれることもあります)。

    ブロックチェーンの応用領域②:非金融領域

    ブロックチェーンビジネス第二の領域は、「非金融領域」です。

    非金融領域とは、暗号資産(仮想通貨)を使わない領域のことで、台帳共有や真贋証明、窓口業務の自動化など、既存産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈で、今、最も注目を集めている領域といえるでしょう。

    非金融領域のブロックチェーンビジネスが注目を集めている理由は、次の通りです。

    1. 適用範囲が非常に広い(どの産業にも可能性がある)
    2. したがって適用領域の市場規模が大きくなる可能性が高い(政府予想では数十兆円規模)
    3. これまでに実現してこなかった産業レベルでのイノベーションが起こりうる可能性がある

    門戸が広がったとはいえ、まだまだ参加できるプレイヤーが限られている金融領域と比べて、非金融領域では、業務課題レベルからの解決が十分に可能です。

    そのため、新規事業立ち上げや経営企画の方だけでなく、あらゆる職種の方にとって、この領域について理解しておくことは自社の役に立つかと思います。

    非金融領域でのビジネス活用の考え方や事例については、本記事の後半で詳しく見ていきます。

    ブロックチェーンの応用領域③:ハイブリッド領域(非金融×暗号資産)

    ブロックチェーンビジネス第三の領域は、「ハイブリッド領域」です。

    ハイブリッド領域とは、金融×非金融、つまり暗号資産を非金融領域での課題解決へと応用している領域です。シンプルにいえば、「実ビジネスに仮想通貨決済を導入させたい領域」ともいえるでしょう。

    わかりやすい例としては、いわゆる「トークンエコノミー」がこの領域のビジネスと考えられます。

    この手の取り組みでは、LINE Token Economyが有名です。

    出典:BUSINESS INSIDER

    LINEは2018年から「LINEトークンエコノミー構想」を掲げ、このハイブリッド領域へのブロックチェーン適用を模索しています。システムの複雑性やサービス横断に際しての課題に、ブロックチェーンを活用してサービスの永続性を図ろうという取り組みです。

    LINEは言わずと知れた国内最大のSNSツールであり、月間ユーザー数は約9,600万人(2023年12月末時点)にのぼります。膨大なユーザーがこのコミュニティに参加すれば、世界最大級のトークンエコノミーへと発展する可能性は十分に考えられるでしょう。

    こうした大規模なエコシステムが構築可能な一方で、トークンエコノミーに代表されるハイブリッド領域は、事業化にあたって細心の注意が必要な領域です。

    というのも、同領域は直感的にイメージがしやすく、美しいビジネスモデル(「●●経済圏」など)も容易に描けてしまうものの、現実的には下記のような課題が存在し、難度が非常に高くなるケースが多くなります。

    • 新興基盤の多くは1年ももたずに消えていく
    • いざサービス開発をしようという時に過去のユースケースが少ないため、バグやシステムトラブルが発生した時にエンジニアがお手上げになるケースが多い
    • 仮想通貨の値上がり益がインセンティブになる場合は、事業課題の解決のためのインセンティブがおろそかになってしまい誇大広告や詐欺の温床になるケースが多い

    そのため、事業企画担当者としてトークンエコノミーなどのハイブリッド領域におけるブロックチェーンビジネスを検討しているのであれば、提案を受けた開発基盤の「過去のケース数」を確認することをおすすめします(GitHubなどで)

    また、この領域は資金決済法の適用を受けるので、事業企画においても繊細な配慮が必要な点について法務部門から突っ込まれる可能性が高いため、注意しておく必要があるでしょう。

    ブロックチェーンの応用領域拡大を支える技術発展

    仮想通貨領域から非金融領域へといたるブロックチェーンの応用領域の拡大は、技術発展に伴って進んできました。

    実際に、ビジネスや産業に応用されている技術には、例えば次のようなものがあります。

    • Smart Contract(スマートコントラクト、契約自動化)
    • Traceability(トレーサビリティ、履歴追跡)
    • Tokenization(トークナイゼーション、トークン化)
    • Self Sovereign Identity(セルフソブリンアイデンティティ、自己主権型ID)

    これらのうち、本記事では、必ずと言っていいほどブロックチェーンでの応用が検討される、スマートコントラクトとトークンの2点について、簡単に説明します。

    Smart Contract(スマートコントラクト)

    スマートコントラクトとは、ブロックチェーンシステム上で規定のルールに従い、トランザクションや外部情報をトリガーに実行されるプログラムあるいはコンピュータプロトコルのことです。

    1994年にNick Szabo(ニック・スザボ)という法学者・暗号学者によって提唱され、エンジニアのVitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)がEthereum基盤上で開発・提供し始めました。

    「契約(コントラクト)の自動化」を意味するスマートコントラクトは、事前定義から決済に至るまで、一連の契約のスムーズな検証、執行、実行、交渉を狙いとしています。

    スマートコントラクトの仕組みは、しばしば「自動販売機」を例に使って説明されます。

    自動販売機はその名の通り、人の手を介さずに自動で飲料を販売する機械であり、①指定された金額分の貨幣の投入、②購入したい飲料のボタンの押下、という2つの条件が満たされることで自動的に「販売契約」が実行されます。

    自動販売機自体はとてもシンプルな仕組みですが、「契約の事前定義→条件入力→履行→決済」という一連の流れを全て自動化しているという点でスマートコントラクトの好例といえるでしょう。

    なお、スマートコントラクトのブロックチェーン上での呼称は基盤によって異なります。たとえば、Etheruemであればそのまま「スマートコントラクト」と呼ばれていますが、HLF(Hyperledger Fabric)では「ChainCode」と呼ばれています。

    それぞれ名称は異なるものの、同じくブロックチェーン基盤上でのスマートコントラクトサービスを指している点には注意が必要です。

    ブロックチェーンの文脈では、フィンテックにおける送金業務の自動化やDEX(分散型取引所)、非金融領域では投票システムや国際貿易プラットフォームなど、多岐にわたるビジネスへの応用が進んでいます。

    こうした形で、スマートコントラクトがビジネスプロセス上に実装されることで、取引プロセスのデジタル化・自動化による取引コスト削減が期待できます。

    詳しくは以下の記事でも解説しています。

    Tokenization(トークン化)

    トークンは、ビジネスの文脈上では「交換対象を限定した小さな経済圏を回すための使い捨て貨幣」といった意味で用いられる概念で、非中央集権的なブロックチェーンとセットでビジネス活用されます。

    トークンには、代表的な4つの種類があります。

    トークンの種類意味身近な例
    Utility Token(ユーティリティトークン)具体的な他のアセットと交換できて初めて資産性が出てくるトークン・パチンコ玉・図書券・電車やバスの切符・遊園地の入場券
    Security Token(セキュリティトークン)それ自体に金銭的価値が認められるトークン・株券・債権
    Fungible Token (ファンジブルトークン)メタ情報如何にかかわらず区別されないトークン・純金(→誰がどこで所有する金1グラムも同じ価値をもつ)
    Non Fungible Token(ノンファンジブルトークン)同じ種類や銘柄でも個別に付与されたメタ情報によって区別されるトークン・土地(→銀座の1平米と亀有の1平米は同じ単位だが価値が異なる)

    ブロックチェーンの文脈でいうところのトークン化とは、物理的な資産をブロックチェーン上で取引可能なデジタル資産へと変換することを指します。これにより、地域的な障壁や仲介者を排除し、自由で平等なマーケットにおいて資産を細かく分割できます。

    とくにNFT(Non Fungible Token、非代替性トークン)は、唯一無二の「一点物」の価値を生み出せるトークンとして各業界から注目を集めています。現在では美術品や金、不動産など、多様な資産がトークン化されつつあり、その取引高は2022年に247億ドルを記録するなど実用化が急速に進んでいるジャンルです。

    詳しくはこちらの記事でも解説しています。

    ブロックチェーン3.0(非金融領域)の3つのビジネスモデル

    非金融領域におけるブロックチェーンビジネスには、事業化にあたって抑えておくべき3つの視点があります。

    これらはすべて、「取引関係における中央管理者とどのような関係を組むか」という問いに対する視点です。

    それぞれ、順にみていきましょう。

    非金融ブロックチェーンのビジネスモデル①:「直接化・自動化」

    非金融領域におけるブロックチェーンのビジネスモデルの一つ目は、「直接化・自動化」です。

    これは、取引のプロセスを合理化することによって、いわゆる「取引コスト」を削減しようという視点です。

    ヒト・モノ・カネ・情報の流通プロセスにおいては、取引の主体者や取引自体の信用を担保するための付随業が至るところで発生しています。

    それらの業務を適切に遂行し、取引を無事に遂行する上では、「信用に値する第三者」を経由するのが常套手段です。

    しかし、第三者の介入は、中央管理者による規制や圧迫、中間マージンによるコスト高、商流の延長によるリードタイムの間延びなど、様々な取引コストを発生させます。

    また、外部企業に付随業務の履行を代行してもらうこと自体にも、大きな人件費がかかってきます。

    この問題に対して、「分散型台帳」技術とも言われるブロックチェーンでは、その仕組み上、ネットワークの参加者が個人レベルで(Peer to Peerで)、信用を担保しながら、安全に取引を行うことができます。

    また、スマートコントラクトによって、ブロックチェーンの基盤上で定型業務の履行を自動的に行うこともでき、これまで管理業務に費やされてきた膨大な時間や人件費を削減することもできます。

    非金融ブロックチェーンのビジネスモデル②:「民主化・透明化」

    非金融領域におけるブロックチェーンのビジネスモデルの二つ目は、「民主化・透明化」です。

    これは、従来は管理者あるいはプラットフォームから参加者への一方向な上意下達だったコミュニケーションを、管理者に一方的に有利にならないように双方向化しよう、という視点です。

    先ほどみた「直接化・自動化」が中央管理者の存在による取引コストの増加にフォーカスしていたのに対して、「民主化・透明化」は、コミュニティ内の「情報の非対称性」に注目しています。

    一般に、ビジネスは情報の非対称性を作り出すことで単価を高めるところに基本の発想があります。

    ところが、インターネットの登場以来、「奪うのではなく与える」「隠すのではなくさらけ出す」「売るのではなく共有する」といった発想の転換が起こり始めました。

    「なんてことはない」一般人の集まりが、自作の動画を公開し、YouTubeというプラットフォームで圧倒的な人気を集めて大儲けする、といった光景も、もはや珍しいことではなくなりました。

    ブロックチェーンのもつ「非中央集権性」を活用することで、こうした最新のマーケティング手法を自社ビジネスに活用できる可能性があります。

    実際の活用イメージで言えば、不透明になりがちなコミュニティー運営、例えば、寄付、投票、投げ銭などの透明化、といった双方向性を想像するとわかりやすいでしょう。

    非金融ブロックチェーンのビジネスモデル③:「相対化・自由化」

    非金融領域におけるブロックチェーンのビジネスモデルの二つ目は「相対化・自由化」です。

    これは、平たく言えば、「データの囲い込み」をなくして、みんなで利用していきましょうね、という視点です。

    これまでは、同じ業界でも、各社が異なるデータベースを用意し、それぞれの顧客に対してそれぞれ別の形でデータを保有していました。

    こうした「データの囲い込み」には、次のようなデメリットがあります。

    • データを共有してさえいれば確保できるはずの利用者の自由度が大きく下がってしまう
    • 同じ業界で、同じ資産を使っている間柄なのに、各社がそれぞれに同じようなデータを集める無駄な競争を行なっていたり、パワーの強い一社がデータを独占してしまって他社がどうにもならない(結果、業界としての進歩が望めない)

    これに対して、ブロックチェーンでは、各社がそれぞれにサーバーをもつのではなく、一つのネットワークを共有することで、デジタル資産を安全に共有することができます。

    これには、次のようなメリットがあります。

    • IDを他サービスに持っていって認証の手間を省ける、自分が著作権を有するコンテンツを自由にいろいろなプラットフォームで売れる、といった形で、利用者がサービスから受けられる恩恵が増す
    • 同業他社が安全にデータを共有し合えることで、あるいは川上と川下がスムーズに繋がることで、独占によるメリット以上に大きなリターンが得られる可能性がある

    「シェアリングエコノミー」「限界費用ゼロ社会」に向かっていくと言われる現代の社会において、こうした「相対化・自由化」の流れはますます高まっていくでしょう。

    ブロックチェーンのビジネス活用事例(非金融領域)

    Propy

    出典:Propy 公式サイト

    ブロックチェーンによる「直接化」の面白い例の一つに、不動産プラットフォーム「Propy」があります。

    同サービスではブロックチェーンを利用して、不動産業における売り手と買い手を仲介する紹介業者との煩雑なやり取りを簡略化しています

    従来の取引では契約書は紙ベースであり、仲介業者・買い手・売り手との間でこれまで非常に多くの手続きが必要であったため、たくさんの時間を要してきました。また、日本とアメリカでは不動産売買の仕組みにも細かな違いがあり、日本よりも複雑なやり取りになっています。

    たとえば、アメリカではMLSという誰でも不動産情報を見る事ができるシステムがあります。過去の取引事例や補修歴などかなり詳しい情報を個人でも閲覧できるので、瑕疵や条件のすり合わせ交渉などにも売り手と買い手が積極的に参加します。

    こういった背景があるアメリカの不動産業界において、ブロックチェーンの適用はコスト削減に大きく貢献します。

    書類をアップロードし、関係者のみがアクセスできるように個別設定しておけば、条件を満たしている場合にワンクリックするだけで自動的に電子署名を行います耐改ざん性に優れているブロックチェーンは、高額な取引が前提となる不動産売買にまさにうってつけの技術といえるでしょう。

    さらにPropyはタイトル保険(物件の所有権に対する保険で、取引時には判明していない不利事項が将来的に明らかになった際、その損害額が保険によって保証される)へのブロックチェーン導入にも意欲的です。

    スマートコントラクトと高いセキュリティを実装しているブロックチェーンは、仲介業者や代理業者のような中間マージンを収益としている存在が当たり前となっている業界において、「直接化」というコストカットを実現してくれます。

    SBT(ソウルバウンドトークン)

    出典:PR TIMES

    続いて、ブロックチェーンによるビジネスの「自動化」の例をあげましょう。

    この分野の代表格は、譲渡不可能なトークンであるSBT(Soul Bound Token、ソウルバウンドトークン)です。

    トークンなのに譲渡できないとはどういうことかというと、このトークンは学歴や職歴、受賞歴や取得資格など個人のステータスが紐づけられています。したがって、所有者の情報そのものに価値があり、所有権を移動させてもなんの意味も持たないため、NFTなどのように売買することができないという訳です。

    就職や転職において高い価値を持つこれらの個人履歴は、残念ながら虚偽の申告や詐欺に利用されるケースも少なくありません。証明書としての役割を持つトークンであるSBTは、ブロックチェーンの耐改ざん性を十分に生かした概念だといえるでしょう。

    このSBTを企業で活用することで、面倒な人事業務の一部をオートメーション化できます。人事・総務経験者であれば誰しもうなずくことかと思いますが、転職マーケットにおいて、採用する側の労力以上に煩わしいのが、前職側の人事業務です。

    SBTを利用したサービスでは、従業員の職務経験やスキルなどの証明を発行することで、前職の人事部からするともっともやりたくない在職証明などの業務、採用/応募時の確認作業を大幅に合理化できます。

    また、スマートコントラクトによる定型取引の自動履行も可能なので、これまでは信用担保のために人手を必要としていた「コストセンター」と位置付けられる業務を、「自動化」することが可能になります。

    ウォレットとSBTという形であれば、従来のデータベースのように異なるサービス間をAPIで連携する必要がないので、導入のハードルもそんなに高くありません。「自動化」と聞くと、ついAIを想像しがちですが、実はこうしたデータの真贋が問われるような局面の自動化であれば、ブロックチェーンに分があるといえるでしょう。

    寄付

    出典:LOOTaDOG 公式サイト

    読者のみなさんは、どこかの団体に寄付をしたことがあるでしょうか?あるいは、街頭に立って募金を呼びかけている団体に、迷いなくお金を募金したことがあるでしょうか?

    これらの問いに対しては、様々な立場からの様々な意見があることかと思いますが、その中の大きな論点の一つに、「お金を募金したはいいけど、本当にこの団体が慈善活動にちゃんと使ってくれるか怪しい」「下手な使い方をされるくらいであれば募金しないほうがいいのではないか」といったものがあります。

    つまりは「寄付や募金の運用管理者に対する信用」の問題です。この問題は、寄付や募金を活動資金源としているNPO法人などにとっては、ファンドレイジングをする上で非常に大きく、やっかいな課題です。

    こうした課題を解決する手段として、近年、ブロックチェーン技術の応用が進められています。

    オーストラリアに本社を構えるLehmanSoft社が提供する「LOOTaDOG」というサービスでは、専用のウォレットを活用することで、透明性の高い寄付を実現しています。

    ブロックチェーンは全ての取引の記録を、改ざんされることなく追跡できるという特徴をもっています。そのため、オープンソースのブロックチェーン基盤を用いてアプリケーションを作成すれば、寄付したお金が「いつ」「どこで」「どのように」使用されたかを正確に把握することができます。

    このように、トレーサビリティを簡単に実現できるブロックチェーン技術は、情報の非対称性によるリスクが極めて高い問題に見事にマッチしています。国内においても、令和6年能登半島地震が発生した際には、暗号資産を用いた寄付が大々的に行われました。

    したがって、様々なビジネスの「透明性」をブロックチェーンによって担保しようという動きは、今後ますます増えていくと考えられます。

    Socios.com

    出典:Socios.com 公式サイト

    ブロックチェーンの「民主化」の事例として有名なのが、スポーツチームのファントークンである「Socios.com」です。

    ファントークンで「チームの決定」に投票可能なブロックチェーンアプリで、ユベントス、パリ・サンジェルマンなどの超有名フットボールクラブが既に使用を始めていることでも話題になっています。

    ファントークンの所有者には、クラブや選手に関する投票やアクティビティに参加する権利が与えられます。新しいユニフォームのデザイン選択やスタジアムのBGMなど、そのレパートリーは多岐に渡っています。

    そのため、毎試合スタジアムで応援することのできない遠方のサポーターに対しても、新たなクラブとの関わり合いを提供するサービスであるといえるでしょう。

    近年、インターネットの登場、余暇時間の増長、価値観の多様化の進展、可処分所得の増加など、様々な社会・経済的要因を背景に、消費者は「ただつくられた商品を購入して、消費して、終わり」ではなく、「自分の価値観にあったより長く、より深く愛せるもの」に対して、大きなお金を払うようになってきました

    そのため、ビジネス界では、特にtoCサービスをもつビジネスでは、従来の「顧客視点」のマーケティングからさらに一歩進んで、「顧客=身内」と考えるコミュニティマーケティングとでも呼ぶべき、ファンビジネスのマーケットが伸長しています。

    今回紹介しているSocios.comでも、そうした「ファンによるコミュニティの民主化」を推進しています。とくに、フットボールの世界では「サポーターは12人目のプレイヤー」といわれるように、サポーターとクラブとの結びつきがかなり強いです。

    「サポーター=応援する人」ではなく、「サポーター=クラブの意思決定者」として、より運営に近い領域に巻き込んでいくことで、より長く・より深く愛されるサッカーチームになることを目指しています。

    ブロックチェーンは、そういった局面で課題となりやすい「意思決定に対する投票」の問題を、すでにこれまで述べた特徴をもって、見事に解決しているのです。

    医療分野

    出典:shutterstock

    ブロックチェーンによるビジネスの「相対化・自由化」の例は、「医療分野」です。

    これは、かれこれ20年ほど叫ばれ続けている医療のデジタル化、特に電子カルテを始めとする院内データの共通化の問題を、ブロックチェーンで巧みに解決しようという試みです。

    医療データは、個人情報の中でも特に秘匿性が高く、セキュリティ要件が最も高く求められます。そして、医療機関ごとのデータ保存形式も異なるため、それらを共有していくハードルは非常に高いものになります。

    北欧とバルト海を挟んで隣接する人口130万人の小国・エストニアでは、行政サービスデジタル化の先駆けとして知られていますが、その中でもヘルスケア分野における取り組みにはブロックチェーンを用いて安全かつ迅速なデータ管理を行っています。

    従来のデータ管理では医療データのセキュリティを確保するのが難しいとされていますが、エストニアでは独自のブロックチェーンを開発し、改ざんからデータを守りつつ、そのデータを活用して医療の自動化・時短を推進しています。

    たとえば、患者が希望すれば再診はオンライン上で完結します。医師は患者に薬を処方する際、オンラインのシステムで処方箋を発行します。その後、患者は薬局に行き、IDカードを提示するだけで、薬剤師はシステムから患者の情報を取得し、必要な薬を用意できます。

    エストニアでは現在、処方箋の99%がオンラインで発行されているそうで、患者・医師・薬局の三方よしの節約術といえるでしょう。

    また、医薬品のトレーサビリティの実現もブロックチェーンで実現可能です。サプライチェーンにおける偽造品や在庫の問題を解決する手段として、ブロックチェーンが注目を集めており、実際にプロジェクト化されたのがThe MediLedger Projectです。

    The MediLedger Projectは、米Chronicled(クロニクルド)社が、ジェネンテック、ファイザー、ギリアド・サイエンシズといった大手製薬会社や医薬品サプライチェーン各社と共同で立ち上げた実験プロジェクトで、コンソーシアム型のブロックチェーンシステムを使うことで、「いつ」「誰が」「どの」薬の流通に関わったを追跡することができます。

    したがって、偽造品はすぐに記録上の照合によって弾き出され、安全な医薬品市場を確保することが可能です。このようにブロックチェーンは、新たな価値の創出を医療分野にもたらすことでしょう。

    ブロックチェーンを活用したその他のビジネス事例

    本記事では、ブロックチェーンのビジネス活用領域を金融/非金融/ハイブリッドの3領域に区分した上で、主に非金融領域のビジネスロジックを解説しながら、様々なビジネス事例を詳しく説明してきました。

    最後に、上では説明しきれなかったその他のビジネス事例について大手企業/スタートアップに分けてごく簡単にご紹介します。

    大手企業のブロックチェーンビジネス事例

    中心企業、事例名領域・市場概要
    LIFULL、ADRE(アドレ)不動産賃貸ブロックチェーンコンソーシアムによるデータの共有・一括管理を通した業界全体の取引コストダウン
    ウォルマート、スマート・パッケージ食品小売生鮮食品の衛生管理、配送システムの管理によるセキュリティの強化
    MITメディアラボ、MedRec医療データ管理イーサリアムを利用したプライベートチェーンで、過去の医療機関の同意や同意に必要な手続きを経ることなく、医療情報の再利用を可能にする
    デンソー自動車生産自動運転車に独自のブロックチェーンシステムを搭載、データの改ざんを防止
    日通(日本通運)物流サプライチェーン全体をブロックチェーンで管理し、偽造品を排除
    ソニーデジタルコンテンツ(教育、音楽、映画、etc)ブロックチェーンベースの著作権管理システムによる著作者の保護とデジタルコンテンツの安全な共有
    マイクロソフトID(身分証明、個人認証)ブロックチェーンベースの個人IDを開発

    スタートアップのブロックチェーンビジネス事例

    中心企業、事例名領域・市場概要
    ガイアックス、美しい村DAOデジタルID地域住民とデジタル住民のDAOによる地方創生プロジェクト
    Robot Cacheデジタルコンテンツ売買(中古ゲーム)ブロックチェーンプラットフォーム上でのデジタルゲームの中古売買、不正防止
    サスメド医療、臨床試験ブロックチェーン技術を用いた臨床研究モニタリングの実証によるデータ改ざん防止
    CivicID(身分証明、個人認証)個人認証、年齢確認ができる自販機によるセキュリティの向上とコストの低下
    ChainLink & OpenLaw法務スマートコントラクトで法契約、オフチェーンの銀行同士を仲介

    【解説】DeFi(ディーファイ)とは?ブロックチェーンによる分散型金融の可能性

    2024年現在、ブロックチェーン技術を活用したDeFi(ディーファイ)という金融システムが注目を集めています。分散型金融とも訳されるDeFiは、中央管理者を排除することでサービスへのアクセシビリティを向上させ、金融市場の新たな可能性を広げると期待されています。

    一方でメディア等でDeFiという言葉を耳にしたことはあるものの、DeFiがどういったものなのかきちんと説明できるという人は少ないのではないでしょうか。

    そこで、本記事ではDeFiの特徴やメリット・デメリットなどの基本情報から、DeFiの事例であるDEXやレンディングなどについても詳しく紹介していきます。

      DeFiとは?

      2024年現在、その動向が注目を集めるDeFi

      ブロックチェーンは2008年の誕生以来、ビットコインをはじめとした暗号資産(仮想通貨)、スマートコントラクトを利用した自動決済システム、ICOやSTOといった資金調達、トークンエコノミー、自立型分散組織(DAO)の形成など、様々な領域で活用されてきました。

      このような状況のなか、金融領域での新たなブロックチェーン活用方法として生み出されたのがDeFi(ディーファイ)です。金融庁HPでも、金融安定理事会による「分散型金融の金融安定上のリスク」が公表されるなど、官民問わずに次世代型のファイナンスとして注目を集めています。

      そんな新たな概念であるDeFiですが、そもそもどういう意味を持ち、従来の金融システムとはどのような違いがあるのでしょうか。

      DeFi=分散型金融

      DeFiとは、「Decentralized Finance」の略で、日本語では「分散型金融」と訳されます。

      わかりやすく説明するなら、中央の管理者がいない金融システムのことを指します。

      従来の金融システムでは銀行や証券会社といった中央集権的な管理者を経由してサービスを利用する必要がありました。しかし、DeFiでは仲介役となる中央管理者を介さずに、ユーザー同士で金融サービスを利用できます。

      したがって、中央管理者を介しての取引で発生していた無駄な手数料や承認までのラグといった金銭的・時間的コストを大幅に削減できるという訳です。

      中央的な管理者がいない、と聞くとセキュリティ性能を疑問に思う方もいるかもしれませんが、DeFiではデータの記録・管理にブロックチェーンを活用することで耐改ざん性能や耐障害性能を実現しています

      DeFiを支えるブロックチェーンとは?

      DeFiのデータ基盤となっているブロックチェーンとは一体どのようなものなのでしょうか。

      出典:shutterstock

      ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。

      ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

      取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種です。その中でもとくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

      ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っています。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

      これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません

      また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

      ブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値と呼ばれる関数によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

      ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

      新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています

      また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。

      コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出します。この行為を「マイニング」といい、最初に正しいナンスを発見したマイナー(マイニングをする人)に新しいブロックを追加する権利が与えられます。ブロックチェーンではデータベースのような管理者を持たない代わりに、ノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持っています。

      このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

      こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。

      データの安全性や安価なコストは、DeFiに限らず様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

      詳しくは以下の記事で解説しています。

      DeFiのメリット

      出典:Unsplash

      次に、DeFiのメリットについて詳しくご紹介していきます。

      金銭的・時間的コストを削減できる

      DeFiにおける最大のメリットは、なんといっても金融機関が管理する従来の金融システムと比べて手数料が抑えられることです。

      中央集権型の取引では、取引する度に金融機関を仲介する必要があるため余計な手数料が発生してしまいます。

      DeFiは分散型の組織構造のため当事者同士で直接取引でき、大幅な手数料削減が可能です。

      また、DeFiでは中央管理者がいない分、「スマートコントラクト」と呼ばれるあらかじめ設定されたルールに基づいて条件を満たした場合にのみ自動的に取引を行うプログラムによって取引が遂行されます。

      したがって、信用履歴審査や本人確認なしに誰でもサービスを利用できる仕組みが構築できるため、申請や承認といった従来の煩雑な取引プロセスを省くことができるでしょう。

      ウォレットさえあれば全ての人が世界中のサービスを利用できる

      DeFiは、「ウォレット」と呼ばれる仮想通貨を管理する財布のような機能を持ったツールさえあれば、場所や時間を問わずに世界中の様々なDeFiサービスでも利用できます。

      一つのウォレットで世界中のサービスが利用できるということは、今までのように資金を移動する際にわざわざ両替をしたりアカウントを使い分けたりする必要がなくなるということです。

      したがって、世界中の金融サービスをシームレスに体験することができるでしょう。

      また、DeFiにはこれまでによくある「会員登録」や「審査」といった口座開設に伴う面倒な手続きがありません。自分のウォレットを接続するだけであらゆるサービスを利用することができるため、国籍や年齢、性別などに関係なく、全てのユーザーが平等に利用できるのです。

      これは日本に住んでいるとあまり感じられないかもしれませんが、海外では銀行口座を持っていないない人が一定数います。世界銀行の発表によれば、2018年時点で銀行口座を持てない成人の数は世界全体でおよそ17億人もいるそうです(世銀のデータでは15歳以上を成人と定義)。

      こういった銀行口座を持ちたくてもさまざま理由で持てない人も、ウォレットさえ作成すれば、地域の垣根なく世界中の金融サービスを活用することができます。

      コンポーザビリティが高い

      DeFiでは従来の金融サービスにはなかった「コンポーザビリティ」を実現しています。

      コンポーザビリティとは、日本語では「構成可能性」と表されます。これは、あるシステムを構成する要素同士が連携して機能することを意味します。

      ブロックチェーン上のデータは分散して管理されます。DeFiに用いられるブロックチェーンはパブリック型と呼ばれるもので、だれもが閲覧できる状態(=オープンソース)になっています。

      つまり、エンジニアは既存のDeFiのプロトコルを参考にすることで、新たなDApps(分散型アプリケーション)の構築に活用できます。様々な要素を組み合わせつつ、利便性の高い新たなアプリケーションが次々に開発されているのです。

      このように、DeFiでは、まるで「レゴブロック」を組み合わせて新しい形をつくるかのようにして複数のプロトコルを組み合わせることで、デジタルコンテンツが相互につながりやすくなる未来を実現しています。

      このような発展的な概念は既存金融にはないDeFiの大きなメリットのひとつでしょう。

      耐改ざん性・耐障害性が高い

      ブロックチェーンによる金融システムでは、すべてのユーザー間の取引はブロックチェーン上に記録され、インターネット上でだれでも確認可能です。したがって取引の透明性も高く、不正行為やデータの改ざんを行うことはほぼ不可能であるというメリットがあります。

      また、前述のようにDeFiではデータを分散して保有します。したがって、従来のデータベースのように停電等のトラブルによってデータセンターが稼働できなくなってしまうようなことはありません。これは情報通信社会の最大の敵ともいえるアクセス障害に対して、ブロックチェーンが優れた耐性を持っていることを意味します。

      こういった安定したネットワーク環境を実現できるというのもDeFiの特徴といえるでしょう。

      DeFiのデメリット

      出典:Unsplash

      このような素晴らしいメリットがある一方で、現状、DeFiが私たちの生活に浸透しているとはいえません。これには、DeFiが抱えるいくつかのデメリットが関係しています。

      ここからは、DeFiのデメリットについて解説していきます。

      バブル崩壊・変動損失リスク

      DeFiは仮想通貨を運用するシステムであり、その価値の上下動によって変動損失リスクがあります。現在では良くも悪くもDeFi全体としてはその変動は落ち着きつつあります。しかし、過去には仮想通貨の下落を受けてDeFiでの預かり資産(TVL:Total Value Locked)が大幅に下落することもありました。

      こういった下落の要因の一つは、信用不安です。ある仮想通貨の価値が急落したとします。その際に、この仮想通貨を担保に他の仮想通貨を借りることができるDeFi市場では、トレーダーはリスクを軽減するために、DeFiに預けた資産などの投機的な資金を一斉に引き上げます。これにより、一気にDeFi全体の資産価値が負の影響を受けます。これは、担保としていた仮想通貨の担保価値が毀損すれば、強制売却などの連鎖的な影響を受ける可能性があるためです。

      実際にステーブルコインのテラUSD(UST)が急落した際には、USTを発行するプラットフォームのテラ(LUNA)は、24時間で95.9%下落しました。それに連動するようにして、アンカープロトコル(ANC)、アストロポート(ASTRO)、マーズプロトコル(MARS)といったDeFiプラットフォームは、トークン価格が80%以上急落しました。

      このように、DeFiのエコシステムはいくつかの主要な仮想通貨の価値変動によって大きな影響を受けるというデメリットがあります。

      ガス代の高騰

      これはDeFi自体の問題というよりは、ブロックチェーン自体の問題ですが、ブロックチェーンのプラットフォームは、利用者が増えるとガス代(手数料)が高騰してしまいます

      DeFiではイーサリアム(ETH)ベースの高性能なアプリケーションを構築します。イーサリアムでは、利用者増加に伴うスケーラビリティ問題(ブロックの中に書き込める取引データの数が限られていることが引き起こす、処理速度の遅延や手数料の高騰)が発生することがあるため、時期によって手数料負担が増える点は注意が必要です。

      一方で、イーサリアムの大型アップデート「イーサリアム2.0」ではスケーラビリティ問題の解決が掲げられており、今後はこの課題が少しずつ改善していくのではないかと予想されます。

      DeFiに欠かせない概念

      出典:Unsplash

      DEX(分散型取引所)

      DEX(分散型取引所)とは、ブロックチェーンのスマートコントラクトを活用して構築されたP2Pの取引所のことで、管理者を介さずにユーザー同士で直接暗号資産の取引を行うことができます。

      ユーザーはウォレットの秘密鍵の管理を自身で行う必要があるものの、従来の中央集権型の取引所である「CEX(Centralized Exchanges)」では必須だった割高な仲介手数料や本人確認などの手続きが不要になり、トレーダー同士でシームレスな金融取引を実現しているサービスです。

      代表的なDEXとしてはUniswap、PancakeSwap、SushiSwap、Curveなどがあり、2023年3月11日には過去最高の250億ドル(約3兆3800億円)の取引高を記録しています。

      DEX(分散型取引所)の取引高、3月11日に過去最高250億ドルを記録

      イールドファーミング

      イールドファーミングとは、2種類の仮想通貨をDEXに預け入れ、その報酬として金利や取引手数料の一部を利息として受け取ることです。イールドは「利回り」、ファーミングは「農場・収穫」という意味です。

      DeFiでは、DeFiのプラットフォームに仮想通貨を預け入れると、DeFi内の取引が活発化して流動性(資産トレードの円滑性)が生まれます。Defiには銀行や暗号資産取引所の運営会社のような管理者がいないため、「AMM(自動マーケットメイカー)」というプロトコルによって仮想通貨の買い売りが自動的に行われています

      このAMMが機能するためには、「流動性プール」と呼ばれるDEXに預けられた暗号資産の保管場所に一定以上の仮想通貨が貯められている必要があります。しかし、仮想通貨をプールすることには様々なリスクが伴うため、仮想通貨を預け入れてくれた人にはリスクを背負ってもらう対価としてインセンティブを付与する仕組みとなっているのです。

      つまり、イールドファーミングは資金である仮想通貨をDEXに集めるための重要な要素だといえます。

      イールドファーミングには、後述するインパーマネントロスという問題も存在します。しかし、それらリスクを踏まえた上でも非常に高い利回りが見込めるケースもあるため、イールドファーミングを行うユーザーは一定数存在しています。

      流動性マイニング

      流動性マイニングはイールドファーミングと非常によく似た概念です。イールドファーミングでは、仮想通貨をDEXに預け入れた際に、金利や取引手数料の一部を(多くの場合、その預け入れた仮想通貨で)受け取っていました。

      しかし、流動性マイニングでは対価として同じ仮想通貨ではなく、独自のガバナンストークン(保有者に組織運営に参加する権利が付与される)を受け取ります

      したがってイールドファーミングの方が流動性マイニングよりも大きく、包括的な概念ではありますが、現在ではほとんど同義で使われていることが多くなっています。

      これは最近のDeFiアプリケーションの多くで流動性マイニングが導入されているためです。流動性マイニングの登場で、数百%を超える異常な高さの年利を提供できるようになりました。ガバナンストークンの価値が不安定だと思ったような売却益は得にくいですが、実績のある取引所を利用することで、安定した利益を獲得することができます。

      この流動性マイニングは、間違いなくDeFiブームの火付け役だといえます。

      レンディング

      レンディングとはDeFiのプラットフォームに仮想通貨を貸し出し、仮想通貨が借りられた際に借り手から支払われる利息によって利益を得ることです。日本語では「貸し付け」と訳されます。

      流動性マイニングと同様に仮想通貨が集まっているプールが存在しており、プールに仮想通貨をレンディングし、借りたい人は仮想通貨をプールから借りていく仕組みです。銀行の定期預金のようなイメージです。

      レンディングで貸し出した暗号資産については、貸出期間や利率(固定)など取引所が好きなように運用ができます。

      レンディングは、イールドファーミングや流動性マイニングのように2種類の仮想通貨を預け入れないため、インパーマネントロス(後述)のリスクがありませんそのため、安定的なリターンを得られ、長期運用に向いています。一方で、利息はほかの方法よりは低く設定されていることが多いです。

      ステーキング

      DeFiにおけるステーキングとは、仮想通貨をDEXに預け入れることで、その期間に応じて報酬を得られる仕組みです。ステーキングという言葉には、「出資する」という意味があります。

      ステーキングの最大の特徴は、コンセンサスアルゴリズムにPoS(プルーフオブステーク)を採用しているブロックチェーンのみが、ステーキングできる仮想通貨であるということです。

      ステーキングもレンディング同様、2種類の仮想通貨を預け入れないため、インパーマネントロスのリスクがありません。一方、レンディングに比べて、預け入れ期間中の引き出し制限がない分、金利がやや低めに設定されています。

      また、レンディングでは利率は預け入れ時の利率で固定されますが、ステーキングは市況に応じて利率が変動する仕組みです。

      Pancakeswap(パンケーキスワップ)という取引所では、流動性マイニングによって得たガバナンストークン「CAKE」をステーキングする機能が付いています。「CAKE」をステーキングして保有しておけば、さらに高い年利で増やしていくことができるため、「CAKE」が流動性マイニングの報酬として大量に発行されて価値が大きく変動してしまうのを防げます。

      インパーマネントロス

      インパーマネントロスとは、DEXに預けていたペアのトークンの価値が、単に保有していた場合に比べて低くなることです。

      イールドファーミング(流動性マイニング)を行う際は、ペアのトークンを1:1の価値割合で預け入れます。当然ですがその後、それらの仮想通貨の市場価格は変化します。しかし、流動性プールでは、二つの通貨が常に同価値(1:1の割合)になるように調整されます。

      この原因は、AMM(自動マーケットメイカー)の仕組みとアービトラージャー(金利差や価格差に注目して割安な投資対象を買い、割高な投資対象を売る投資家)の存在です。

      AMMでは外部情報を使って市場価格を設定していません。そのため、異なる市場間でトークンの価格差が起きると、アービトラージャーは AMMの価格と外部市場が均衡するまで、価格の低いトークンを買ったり、価格の高いトークンを売ったりし続けます。

      このアービトラージャーの売買によって流動性プール内のトークン価値は外部市場に自然と近づいていくため、流動性プールのバランスは常に1:1に保たれているのです。

      ここまでだと、「同じ価値割合なら、預けたトークンがそのまま返ってくれば損失は出ないのでは?」と思うかもしれません。

      実は、流動性を解除した際に戻ってくるのは、預け入れ時のトークンの数量ではなく、預け入れ時の流動性プールの中の自分のシェア率に応じたトークンが戻ってきます。元々預けたトークン数量が返ってくるわけではないので、価値の変動がゼロではない限り、必ずインパーマネントロスは発生します

      このように全体像を明らかにすると、アービトラージャーの利益は流動性プールから取られていることにお気づきかと思います。つまり、この利益分がインパーマネントロスの正体です。

      インパーマネントロスは価格変動が大きい仮想通貨の方がその損失も大きくなります。したがって、新興の草コインなどには高金利が設定されているケースがほとんどです。一方で、有名な仮想通貨やステーブルコインでは、その損失も小さくなることが一般的ですが、その分、利回りも小さくなってしまいます。

      このようなロスがありながらも得られた手数料や金利によって損失は相殺され、利益をあげることが可能なため、DeFiでは流動性マイニングがいまだに人気を博しています。

      DeFiアプリケーションの事例

      Uniswap(ユニスワップ)

      出典:Uniswap Interface

      Uniswap(ユニスワップ)は、2018年にイーサリアム上にローンチされたDEXの1つです。上述のAMMの先駆けとしても知られており、中央的な管理者のいないシームレスな金融システムを構築し、仮想通貨取引の迅速性、安全性、匿名性を確立させた存在です。

      同サービスは、「Uniswap Labs」という企業がUniswapの開発を主導していますが、独自のガバナンストークンである「UNIトークン」を発行しています。そのため、実際の組織運営に際してはUNI保有者からの投票によってローンチやプロトコルなどの内容を決定しています。

      こういった優れた仕組みはほかのDEXの参考にもなっており、SushiSwapやPancakeSwapといったUniswapの使用するオープンソースコードをコピーしてつくられているDEXも数多く存在します。

      しかしながら、Uniswapは現在でも、24時間当たりの取引高で世界トップであり、まさにDEXの「王道」といえるでしょう。

      Compound(コンパウンド)

      出典:Jinacoin

      Compound(コンパウンド)は、2018年に開始された仮想通貨のレンディングサービスを提供するDeFiアプリケーションです。

      Compoundでは、レンディングの利用で「cToken」を獲得できます。この「cToken」とはCompoundで発行されているトークンで、アプリ上で貸し出しをおこなったユーザーに対価として付与され、レンディングの金利収入はこのトークンに追加されていく仕組みとなっています。

      イーサリアム上のERC-20規格でつくられているため、通貨を売却する際はcTokenに付与されている金利分も併せて売却することになりますが、ほかのDeFiアプリ内で「通貨」として利用できるという遠く町があります。

      また、Compoundでは仮想通貨を借りた場合は利息を支払う必要がありますが、借りることでも(もちろん貸すことでも)「COMPトークン」を獲得することができます。COMPはガバナンストークンとしても人気が高く、一般的な取引所で売買することもできるので、実質的に利息の支払いを抑えられる仮想通貨も存在します。

      さらに、Compoundではクロスチェーンプラットフォーム「Gateway」が導入されています。イーサリアムをはじめとする各ブロックチェーンは、利用者が増えると通信にかかる負荷が大きくなりガス代が高騰するという「スケーラビリティ問題」が生じています。

      そこで、「Gateway」では異なるブロックチェーン上で発行された仮想通貨を担保にすることで、別のブロックチェーン上に発行された仮想通貨をCompound上で借り入れることができる仕組みを実現しています。

      このようにCompoundは、ユーザーの使いやすさを考慮したユニークな仕組みが整備されているDeFiとして知られています。

      AAVE(アーベ)

      出典:THE CRYPTO TIMES

      AAVE(アーベ)は近年注目を集めているレンディングプラットフォームで、イーサリアムチェーンやPolygonチェーンなどで稼働しています。

      AAVEでは現在、30種類以上の仮想通貨に対応しており、その基本的な機能はほかのレンディングプラットフォームのように、自身が保有している仮想通貨を預け入れて利息を得ることです。

      しかし、AAVEにはフラッシュローン信用委任システムという特徴的なシステムがあります。フラッシュローンとは、借入と返済を瞬時に行う仕組みのことで、無担保で仮想通貨を借りることができます。また、借入の際に、借り手が固定金利または変動金利のどちらかを選択でき、借入の自由度が大きく増加しています。

      信用委任システムとは、AAVEに仮想通貨を預け入れているユーザーが自身の与信枠(預け入れた仮想通貨を担保とする権利)を一時的に他社に譲渡できる仕組みのことです。与信枠を委任したユーザーは、通常の利息に加え、委任先のユーザーからも利息を得られるため、博識な第三者に譲渡した場合、自身で運用するよりも良い利回りを受けられる可能性があります。

      フラッシュローンと信用委任システムの実際の利用には、スマートコントラクトのプログラミングなどの専門知識が求められますが、アービトラージャーから根強い人気があります。上級者向けのアプリケーションという見方もできますが、AAVEを活用してより多くの仮想通貨が取引されるようになったことは押さえておきましょう。

      まとめ

      今回はDeFiについて様々な角度から解説をしました。DeFiでは仮想通貨を取り扱う関係上、どうしても法定通貨同様の安定性を望むのは難しいかもしれません。そして、一部の有識者が指摘するように法的規制が強まっていることも事実です。アメリカでは商品先物取引委員会(CFTC)や証券取引委員会(SEC)がDeFiプロジェクトに対する取り締まりを強化するなど、依然として不安定な状態が続いています。

      しかし、現在の金融システムもすぐにいまの形になったわけではありません。長い歴史や各国での法制化、数々の恐慌といった紆余曲折を経てようやく自由で安定したモデルが構築されているのです。

      そういった意味ではDeFiはまだ「成功」か「終焉」かの判別をするフェーズにすら立っていないのかもしれません。分散型金融という新しい金融の形に、今後も要注目です。

      NFTトレカとは?最新デジタルトレカの魅力を紹介!

      「NFTトレカ」というワードをSNSやニュースなどで目にする機会が増えてきました。NFTトレカは、有名アイドルや人気スポーツと共に取り上げられる事が多いため、気になる方も多いのではないでしょうか。そこで本記事では「そもそもNFTとは?」「普通のトレーディングカードと何が違うの?」といった疑問に対する答えや、具体的な銘柄のご紹介も交えてNFTトレカを解説していきます。

      1. 大きな話題を呼ぶ ”NFTトレカ”
      2. NFTの基礎知識
      3. NFTトレカとは?
      4. いま大注目のNFTトレーディングカード5選

      大きな話題を呼ぶ ”NFTトレカ”

      実物のトレーディングカードは、一部の熱心なコレクターに支持されるマニアックな世界という印象があったかもしれません。しかし2020年10月に人気アイドルグループのSKE48のNFTトレカが発売され、即完売となりSNSを中心に大きな話題となることで、「NFTトレカ」というワードが一気に拡散されました。

      出典:Pexels

      その後も国内のNFTトレカでは、2021年10月に人気アイドルグループのももいろクローバーZのNFTプロジェクトである「ももクロNFT」や、同年11月にはDeNAが横浜DeNAベイスターズ所属選手の名シーンをNFT化した「PLAYBACK9」などがローンチされました。

      2022年には漫画家・手塚治虫の代表作「鉄腕アトム」や、タツノコプロ創立60周年を記念して「ヤッターマン」「ガッチャマン」といった名作がNFT化されています。

      このように、現在も続々と新たなプロジェクトが立ち上がっており、様々なジャンルのNFTトレカが発売されています。

      そもそもNFTとは?

      NFT=”証明書”付きのデジタルデータ

      出典:shutterstock

      NFTを言葉の意味から紐解くと、NFT=「Non-Fungible Token」の略で、日本語にすると「非代替性トークン」となります。非代替性とは「替えが効かない」という意味で、NFTにおいてはブロックチェーン技術を採用することで、見た目だけではコピーされてしまう可能性のあるコンテンツに、固有の価値を保証しています。

      つまり簡単にいうと、NFTとは耐改ざん性に優れた「ブロックチェーン」をデータ基盤にして作成された、唯一無二のデジタルデータのことを指します。イメージとしては、デジタルコンテンツにユニークな価値を保証している”証明書”が付属しているようなものです。

      NFTでは、その華々しいデザインやアーティストの名前ばかりに着目されがちですが、NFTの本質は「唯一性の証明」にあるということです。

      NFTが必要とされる理由

      世の中のあらゆるモノは大きく2つに分けられます。それは「替えが効くもの」と「替えが効かないもの」です。前述した「NFT=非代替性トークン」は文字通り後者となります。

      例えば、紙幣や硬貨には代替性があり、替えが効きます。つまり、自分が持っている1万円札は他の人が持っている1万円札と全く同じ価値をもちます。一方で、人は唯一性や希少性のあるもの、つまり「替えが効かないもの」に価値を感じます。

      不動産や宝石、絵画などPhysical(物理的)なものは、証明書や鑑定書によって「唯一無二であることの証明」ができます。しかし、画像や動画などのDigital(デジタル)な情報は、ディスプレイに表示されているデータ自体はただの信号に過ぎないため、誰でもコピーできてしまいます。

      そのため、デジタルコンテンツは「替えが効くもの」と認識されがちで、その価値を証明することが難しいという問題がありました。

      実際、インターネットの普及によって音楽や画像・動画のコピーが出回り、所有者が不特定多数になった結果、本来であれば価値あるものが正当に評価されにくくなってしまっています。

      NFTではそれぞれのNFTに対して識別可能な様々な情報が記録されています。そのため、そういったデジタル領域においても、本物と偽物を区別することができ、唯一性や希少性を担保できます。

      これまではできなかったデジタル作品の楽しみ方やビジネスが期待できるため、NFTはいま、必要とされているのです。

      NFTとブロックチェーン

      NFTはブロックチェーンという技術を用いて実現しています。

      ブロックチェーンは一度作られたデータを二度と改ざんできないようにする仕組みです。データを小分けにして暗号化し、それを1本のチェーンのように数珠つなぎにして、世界中で分散管理されています。そのため偽のデータが出回ったり、内容を改ざんしたり、データが消えたりする心配がありません。

      NFTではこのようなブロックチェーンが持つ高いセキュリティ性能を利用して、web上のデータが本物なのか偽物なのかを誰でも判別することを可能にし、データの希少性を担保できます。ブロックチェーンの活用によって、これまではできなかったデジタル作品の楽しみ方やビジネスが生まれているというわけです。

      NFTトレカとは?

      NFTトレカとは、その名の通りNFT化されたデジタルトレーディングカードのことです。トレーディングカードについての基礎知識から、それらのNFT化についてさらに紐解いていきましょう。

      従来のトレーディングカード

      出典:Pexels

      トレーディングカードはさまざまな絵柄や写真が印刷された、収集および交換目的で販売される鑑賞用または対戦ゲーム用のカードです。印刷される対象は、スポーツ選手、アニメキャラ、アイドル、ファンタジー作品など非常に多岐にわたります。

      希少度の高いカードや対戦時に強力な効果を持つカードは価値が高いとされ、ものによっては数百万円以上の高値で取引されています。

      トレーディングカードの唯一性・希少性といった価値を保証するために、信頼できるカード鑑定会社というものが存在します。BGSPSAの2社が有名で、それぞれの評価基準は微妙に違えど、

      1. 本物であることの証明:カードが専用のハードケースに入れられる
      2. 唯一性の付与:カードに固有番号が振られる
      3. 希少性を担保:非常に厳しい評価基準をもとにカードの状態を格付けする

      といったように、「価値のある1点モノ」であることが証明されます。

      NFT×トレーディングカード

      上記のような従来のトレーディングカードをデジタル化しようとしたとき、単に実物のカードをスキャンしただけの画像データではいくらでもコピーが出来てしまい、価値はほとんど生まれません。価値が無いということは、それをコレクションをしたり高値で取引するということもありえませんでした。

      出典:Pexels

      そこでNFT技術を用いて、デジタルデータに対して本物のトレカのような唯一性・希少性をもたせたのがNFTトレカです。

      NFTによって「替えが効かないもの」化されるだけでなく、これまでの歴代所有者や取引履歴が記録される点が、従来のトレカにはないメリットです。さらにデジタルデータであるため、静止画に限らず音声や動画をトレカ化できる点も、NFTトレカの魅力の一つです。

      さらに、NFTトレカはNFTマーケットプレイスで仮想通貨を使った取引が可能であったり、同じブロックチェーン内であれば異なるゲーム同士でお気に入りのカードを使えるなど、これまでのトレカには無い新しい楽しみ方も生まれています。

      いま大注目のNFTトレーディングカード5選

      続いて、2024年時点で話題となっているNFTトレカをご紹介します。

      チャンピオンズTCG~アザーワールドリー・マジック~

      出典:チャンピオンズTCG『アザーワールドリー・マジック』公式ウェブサイト

      「チャンピオンズTCG〜アザーワールドリー・マジック〜」は、トレーディングカードゲームの代表作「マジック:ザ・ギャザリング」などの大会で活躍したプレイヤーであるMiles Malecらが創り上げた次世代型デジタルトレーディングカードゲームです。

      「マジック:ザ・ギャザリング(MTG)」は1993年にウィザーズ・オブ・ザ・コースト社から発売された世界初のトレーディングカードゲーム(TCG)であり、希少なカードは数千万円を超える価格で取引されている、世界中にファンを抱えるトレカの金字塔といえる存在です。

      そんなMTGでは、カードの偽造やコピーが容易であり、所有権の証明が困難という問題が運営側の悩みのタネでした。また、ユーザーとしてはレアリティが設定されているカードの印刷枚数が明確でない場合や再版される場合に、その希少性が保証されない問題がありました。

      「チャンピオンズTCG〜アザーワールドリー・マジック〜」ではブロックチェーン上に記録されるNFTを基盤とすることで、カードごとに固有のIDと所有権情報を紐付け、その所在を証明します。所有権を明確に証明することにより、高価なカードの偽造や転売ヤーによる買い占めを防ぐことができます。

      また、NFTであれば各カードの発行枚数がブロックチェーン上で記録されるため、希少性が明確に保証されます。これにより、コレクター価値の高いカードの価値が守られます。デジタルデータの価値を担保することで、現物のカードと同様に他のユーザーと自由にトレードすることが可能になります。カードパックを購入するだけでなく、自由に特定のカードを購入してコレクションを構築したり、デッキをカスタマイズしたりする、いわゆる「課金勢」の楽しみも増えるでしょう。

      Battle of Three Kingdoms

      こちらのNFTトレカはdouble jump.tokyoが開発中のタイトルです。リリースは2023年内を予定していますが、二条城を貸し切って開催されたブロックチェーンゲーム発表イベント「Oasys Special Event」にてタイトルが発表されると、数々のメディアに取り上げられて話題になりました。

      このゲームの最大の特徴は、セガからアーケードカードゲーム「三国志大戦」のライセンス許諾を受けていること。孫権ら三国志でおなじみのキャラクターはもちろん、新たに「三国志大戦」のイラストレーターが書き下ろしたイラストもNFT化される予定で、既存のファンも新規のプレーヤーも楽しめる仕様になっています。

      ティーザー動画も公開され、言語も英語・中国語・韓国語に対応予定。今後の動向に目が離せません。

      CryptoSpells

      出典:CryptoSpells

      「CryptoSpells(クリプトスペルズ)」は、日本最大級の対戦NFTカードゲームです。リリース日は2019年6月と現存するNFTトレカたちよりもかなり早い時期から参入しており、プレーヤー数は2023年6月時点で16万人を超えている人気NFTの一つです

      従来のトレカのように、対戦において強力なカードや発行枚数が限られるレジェンドカードは希少性が高く、取引所において数十万円で売買されています。しかし、このゲームならではの特徴として、プレイヤーは世界に1枚だけのオリジナルカードを作成することができ、それらが売買される際に作成者は売買手数料の30%〜50%を受け取ることもできます。

      こういった理由からいまだに幅広いファンが根付いており、GameFi専門のNFTマーケットプレイス「Zaif INO」で限定NFT100枚が販売された際には同マーケット史上最速の28分で完売するなど、今後も成長が期待されるNFTトレカとなっています。

      「クリプトスペルズ」の限定NFT100枚が史上最速の28分で完売

      Sorare

      出典:Sorare

      国外のNFTトレカの代表格でもあるSorareは実在するアスリートを題材としたNFTトレカです。購入したNFTトレカで自分だけのオリジナルチームを作ってそのスコアを競い合います。当初はフットボールに焦点を当てたサービスでしたが、2022年にNBA(ナショナルバスケットボール協会)MLB(メジャーリーグベースボール)と連携し、スポーツ界全体を盛り上げています。

      Sorareの最大の特徴は、選手カードの性能が現実の試合結果とリアルタイムで連動している点です。自分の持つ選手がゴールやアシストを決めると、Sorare上でも強化されます。つまり、いかにゲーム内のチームに実際に活躍している旬の選手を組み込めるかが、ハイスコアを出す鍵となってきます。

      ゲーム内でスコア上位のプレイヤーには、レアカードが配布されるのに加え、報酬としてイーサリアム(ETH)が与えられます。

      チームを構成するNFTトレカは、Sorare内での売買の他にもゲーム外のNFTマーケットプレイスによる取引によって入手できます。当然のことながら、現実世界で好成績をおさめる選手のNFTカードには人気が集中し、過去には次世代フットボール界のスーパースター、アーリング・ハーランド選手のユニークカードが約7831万円で取引されることもありました

      NFTトレカはなかなか価値が安定しない面がありますが、Sorareでは常に世界中のプレーヤーたちが取引を行っており、初心者ユーザーでも参入しやすい下地が整っているといえるでしょう。

      Collect Trump Cards

      出典:Val morgan

      「CollectTrumpCards」は、元アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ氏が発売したNFTトレカです。価格は1枚99ドルで、自身の宇宙飛行士姿、ロックスターに扮してギターを振り回す姿、スーパーヒーロー化し目からビームを出している姿など、様々なパターンのトランプ氏が描かれています。

      一定量以上のNFT購入者には、トランプ氏とゴルフや夕食を楽しめる権利やトランプ氏をモチーフにしたアート作品を手に入れる権利が与えられるとのことです。

      2023年4月には「Collect Trump Cards」の第2弾をリリースしましたが、わずか数時間で売り切れ、売上は約6.16億円(460万ドル)に達しました。話題性だけではすぐにバブル崩壊の道を辿ってしまうのがNFTの定石とされていますが、トランプ氏は自身の大胆な行動でメディアを賑わせ、NFTの価格も上昇している模様。2024年の大統領選に出馬する意向も示しており、そういった背景も相まってとても興味深いNFTトレカとなっています。

      まとめ

      今回はデジタルのトレーディングカード、NFTトレカについて解説しました。

      現在のNFTトレカ市場では、様々なジャンルが形成されています。一企業にとどまらず、欧州サッカーリーグやNBAといった、そのスポーツを代表するリーグそのものが続々と提携し、NFTトレカが非常に注目されている分野であることが分かります。

      現実のトレーディングカードには「遊戯王」や「ポケモンカード」といったビッグタイトルが存在しており、仮にそれらがNFTトレカに参入することがあれば、盛り上がりはさらに加速することでしょう。

      一方で価値がなさそうなものに価値を釣り上げるべくNFTを利用したものの、メッキが剥がれて価格が暴落しているケースも散見されます。価値を正しく表現するビジネスのあり方も含めて今後の動向に注目が集まります。

      IoT、ブロックチェーン、AI。ビッグデータを活用したDXとは?

      IoT、ブロックチェーン、AI。一見、無関係にもみえるこれらの概念は、実は、「ビッグデータを活用したDX」という文脈で相互補完的な役割を果たしています。そのなかでもブロックチェーンは、特に不可欠な存在です。今回は初心者向けにざっくりと解説します!

      1. IoT、ブロックチェーン、AIとは、それぞれどのような概念か?
      2. DX(デジタルトランスフォーメーション)って?
      3. IoT、ブロックチェーン、AIと、ビッグデータを活用したDXの関係
      4. DXでブロックチェーンが果たす重要な役割
      5. まとめ

      IoT、ブロックチェーン、AIとは、それぞれどのような概念か?

      IoT

      出典:Pexels

      IoT(Internet of Things、モノのインターネット)とは、「世の中のあらゆるモノをネットワークに接続することで、さまざまな付加価値を生み出すことを目的としたITインフラストラクチャ」のことです(JRIレビュー(北野2017))。

      この定義から読み取れるIoTを理解する上で重要なポイントは次の3点です。

      1. モノをインターネットに繋げる
      2. 付加価値を生み出す
      3. IT基盤(インフラストラクチャ)である

      一般に、IoTと言われて思いつくのはAmazon Echoなどに代表される、センサーで自動的に電気をつけたり音声認識でエアコンをつけたりといった、いわゆるスマート家電でしょう。

      スマート家電では、(1)もともと独立したモジュールであった電気やエアコンといった端末をインターネットに接続し、(2)手動で起動する手間を省いたり相互に連動することで家の快適さを上げるという付加価値を生み出しています。

      しかし、こうしたスマート家電などの典型的なIoT概念で見落としがちなのが、ポイント3です。

      実は、「自動的に起動する」「連動する」といったことは、あくまで個人消費者向けの小さなメリットに過ぎません。

      IoTは、そうした小さな範囲にとどまる概念ではなく、「AI(人工知能)、ビッグデータなどの技術とともに利活用することで、経済活動の効率性や生産性が大きく向上すると見込まれて」おり、「さらに、高齢・人口減少社会における経済、社会保障などの面で生じる課題を解決する手段としても注目を集め」るJRIレビュー(北野2017))、(3)社会の基盤そのものを変更するような概念なのです。

      ブロックチェーン

      ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された「ビットコイン」(暗号資産システム)の中核技術として誕生しました。

      ビットコインには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。

      ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

      取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、ブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。

      分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンは、中央管理を前提としている従来のデータベースとは異なり、常にネットワークの参加者間で情報が同期されています。データとトランザクション(取引)が多数のノードに分散して保存されるため、一つのノードや場所に依存することなくシステムが機能します。

      このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、「分散型台帳」と呼ばれています。

      ブロックチェーンと従来のデータベースの主な違いは次の通りです。

      従来のデータベースの特徴ブロックチェーンの特徴
      構造 各主体がバラバラな構造のDBを持つ各主体が共通の構造のデータを参照する
      DB  それぞれのDBは独立して存在し、管理会社によって信頼性が担保されているそれぞれのストレージは物理的に独立だが、Peer to Peerネットワークを介して同期されている
      データ共有相互のデータを参照するには新規開発が必要共通のデータを分散して持つので、相互のデータを参照するのに新規開発は不要

      こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、「データの耐改ざん性」「安価なシステム利用コスト」「ビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)」といったメリットが実現しています。

      データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

      詳しくは以下の記事で解説しています。

      AI(人工知能)

      出典:Pexels

      AI(Artificial Inteligence、人工知能)とは、「人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術(松尾 豊 東京大学大学院工学系研究科科 准教授)」のことで、学問的にはコンピュータサイエンスの一分野とされています。

      AIは非常に概念の範囲が広く、映画『ターミネーター』シリーズのように完全に自律した人間を超越しうる存在としてのAI(「強いAI」)から、近年期待と注目を集めている「(ヒトによる操縦を必要としない)自動運転車」、果てはビジネスパーソンにおなじみのExceや電卓(「弱いAI」)まで、およそ人間の知能労働を代替する計算機(コンピュータ)とその背後にある情報処理モデル(アルゴリズム)が総じて「AI(または人工知能)」と呼ばれています。

      AIの中でも、現時点で特に重要なのが「機械学習」と呼ばれる分野です。

      機械学習とは、「ある仕事の能率を上げるために、コンピュータを用いてその仕事を構成するデータ(変数)を分析し、アルゴリズムをモデル化すること」で、代表的な手法にディープラーニングやランダムフォレストなどがあります。

      特にディープラーニングは、これまで人間が分析しきれなかったアルゴリズムを精度高くモデル化できることから「AI(あるいは機械学習の)ブレイクスルー」と称されており、ディープラーニングを用いた強化学習モデルであるAlphaGo(アルファ碁)が、世界最強の囲碁棋士を打ち負かしたことは記憶に新しいでしょう。

      現時点ではコンピュータの計算能力やデータ自体の精度、機械学習を適切に扱えるデータサイエンティストやビジネスパーソンの存在など、様々なボトルネックが存在していますが、例えば量子コンピュータの登場などによってこうした諸条件が満たされるようになると、AIが人間の知能で測り得ないレベルの知能を獲得するとされる、「シンギュラリティ(技術的特異点)」と呼ばれる新たなブレイクスルーポイントへと到達する日も近いと言われています。

      DX(デジタルトランスフォーメーション)って?

      出典:pixabay

      バラバラの文脈で語られることの多いIoT、ブロックチェーン、AIという3つの概念は、実は、「ビッグデータ活用を前提としたDX」というより大きな社会動向の要素として相互に関連づけることができます。

      ビッグデータとは、「構造化データか非構造化データかを問わず、ビジネスや研究の現場に溢れている大量のデータを意味する用語」のことです(SAS)。

      また、DX(Digital Transformation、デジタルトランスフォーメーション)とは、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念を指します(日本デジタルトランスフォーメーション推進協会)。

      さて、一般に、ビジネス文脈におけるDXは、これまでITが使われていなかった領域(いわゆる「レガシー」産業)にITを導入すること、あるいはITによる改善を行える環境を整えることによる効率化とコスト削減を意味します。

      したがって、一口にDXといっても目的やアプローチは非常に幅広く、例えば、大きくは産業全体のサプライチェーンを改革するというストーリーもあれば、小さくはエンジニアの就労環境改善やインターネット環境の整備など、個社レベルの小さな改善も含まれています。

      この中でも特に前者、つまり産業や社会レベルの課題解決としてのDXで求められているのが、ビッグデータの活用です。

      これまで活用されてこなかった構造化データ、あるいは構造化すらされてこなかった大量のデータを分析することで、産業や社会全体の仕組みを大きく変え、効率化し、私たちの生活をより豊かにできる可能性があるのです。

      そして、まさにこの文脈において重要なのが、IoT、ブロックチェーン、AIという3つの概念です。

      IoT、ブロックチェーン、AIと、ビッグデータを活用したDXの関係

      DXにおけるビッグデータ活用の流れ

      出典:illust AC

      IoT、ブロックチェーン、AIの3概念は、ビッグデータ活用の大きな流れに位置付けて関連させることができます。

      ビッグデータ活用の大きな流れとは、次の通りです。

      1. データを集める
      2. データを保存・管理する
      3. データを分析する
      4. データを活用する(社会実装する)

      まず、ビッグデータを活用するには、そもそもデータ自体が十分に集まっている必要があります。

      一見、簡単なことのように思えますが、実は、世の中には機械による処理が可能な形のデータ(構造化データ)とそうではない形のデータ(非構造化データ)、そしてデータとしてすら認識されていない情報があり、構造化されたデータは全情報のごく一部でしかありません

      したがって、ビッグデータを活用してDXを実現するためには、まずデータを構造化する、あるいは自然の情報をデータ化するといった、①データ収集の作業が重要になります。

      次に、①で集めたデータを適切に保存・管理していく必要があります。

      実は、これもデータ分析を行なった経験がないと想像しにくいことですが、データ分析において、自分の思ったような形で正しくデータが揃っているということはごく稀です。

      実際には、データの一部が欠損していたり、データそのものの信用が怪しかったり、異なるデータベース同士を接合する必要があったりと、いわゆる「データの前処理」という地味で根気の要る仕事が大半を占めています。

      これは、そもそも現時点では、多くの産業や企業においてデータを適切に管理するための基盤が整っていないことに起因しています。

      したがって、DXに向けて大量のデータを正しく活用していくためには、②データの保存・管理の方法が大切なのです。

      続いて、あるデータベース上に保存されたデータを分析していきます。

      当然のことながら、データは集めて保存しているだけでは価値がありません

      付加価値を出していくためには、情報の羅列であるデータベースから、何かしらの目的を持って分析を行い、実際の業務等に反映して効率化を実現していく必要があります。

      ですが、現実には、ビッグデータが重要であるということだけを鵜呑みにして「とにかくデータを集めろ」で終わっている企業も少なくありません

      これは、先ほどもみたように、データを適切に取り扱える人材が不足していることにも原因がありますが、それ以上に、「データは分析して実際に役立ててナンボ」という当たり前の考え方が欠落しているからだと言わざるを得ないでしょう。

      そのため、ビッグデータ活用によるDXでは、この③分析のフェーズを意識して全体を設計していくことが重要だと言えます。

      最後に、分析の結果であるモデルに当てはめて、現実世界の施策として社会実装していきましょう。

      一般に「ビッグデータ」「DX」というとこの社会実装の部分ばかりがケースとして目立ってしまいますが、実は、1〜3の流れを適切に行うことができていれば、半分はクリアしてしまったようなものです。

      もちろん、実際には、理論を現実へと実装していく過程が最も困難な場合がほとんどではありますが、そうした困難の原因として、目的から正しく逆算せずに「場当たり的に」データ活用を行おうとした結果、当事者が納得するような施策にまで十分落とし込めなかったということが少なくありません。

      そのため、④データの活用、社会実装を適切に遂行する上でも、①〜③の収集→管理→分析が大切だと言えるでしょう。

      そして、これら1〜3の実現方法として大切な役割を担うのが、それぞれIoT、ブロックチェーン、AIなのです。

      IoT、ブロックチェーン、AIは、DXにおける相互補完的技術とみなせる

      出典:pixabay

      先ほど見たビッグデータ活用によるDXの流れと、IoT、ブロックチェーン、AIの3概念は、それぞれ次のように対応させることができます。

      (※下記の対応は、必ずしも現時点でそうなっているとは限らず、今後の未来における一つの形を提唱しています)

      1. データを集める → IoTによるハードウェア端末でのデータ収集
      2. データを保存・管理する → ブロックチェーンによるデータベースの統合・管理
      3. データを分析する → AI(機械学習)による大量情報の処理
      4. データを活用する(社会実装する)

      まず、IoTでは、身近にあるあらゆるモノをインターネットに繋ぎます

      これにより、私たちが触れる様々な情報端末を通して、私たちの日々の行動パターンをデータとして蓄積することが可能になります。

      たとえば、先ほど例に挙げたスマート家電でも、Amazon Echoで鈴木さんがよく再生する音楽であったり、鈴木さん本人の声の波形、声をかけるタイミング、快適と感じやすいエアコンの温度などなど、多種多様な生活データが取得されています。

      こうした環境が家の中に限らず、通勤経路、電車やバス、ビル、カフェや居酒屋、学校、病院など、生活の各拠点でモノがインターネットに接続されることで、これまで活用されてこなかった大量のデータを収集することが可能になるのです。

      次に、こうしてIoT端末から収集されたデータをどのように管理するか、という問題が起こります。

      ここで重要な役割を果たしうるのが、ブロックチェーンの技術です。

      現在の社会では数多ある企業がそれぞれの端末、フォーマット、経路でデータを取得し、さらにそれぞれ異なるデータベースでデータを管理しています。

      また、各データベースでシステムのセキュリティ要件が十分に担保されているとは限りません。

      これらの事情から、ビッグデータを活用する上では、次の章で後述するような「データの統合」「データの真正性」の課題にぶつかります

      ブロックチェーンは、従来のデータベースで解消することに限界があったこれらの課題に対して、より実現性の高いソリューションを提供することのできる技術だと言えます。

      実際に、DXという大きな文脈に限らず、個社がビジネスでデータ活用を行う上でも、ブロックチェーンの存在感は日増しに大きくなってきていると言えるでしょう(世界経済フォーラムによると2025年までに世界のGDPの10%がブロックチェーン基盤上に乗るとの試算がなされています)。

      最後に、ブロックチェーン基盤上で管理・統合されたデータを処理するのがAIの役割です。

      ビッグデータ、とりわけIoTで集められたデータ群は、これまでデータ分析の領域が取り扱ってきたものよりも変数が多く、モデルも複雑化します。

      こうしたデータを取り扱う上では、ディープラーニングを始めとした機械学習モデルが有効です。

      例えば、メーカーの大規模工場におけるDXのプロセスでは、各機械で計測されたセンサーデータをもとに、勾配ブースティングなどの機械学習モデルによる「異常検知」(機械の誤作動による不良品生産等のミスが起こる確率と条件をモデル化)を行うことで、工場のオートメーションを推進したり、無駄なコストを省くといった改善が試みられる、といった具合です。

      こうした分析は工場ライン一つ一つを具に見ていくだけではなく、全ラインを統合した形での全体分析を行う必要があり、まさに膨大な量のビッグデータを処理しなければなりません。

      AI(機械学習)は、こうしたデータ分析を実現する有効な手段と言えます。

      このように、IoT、ブロックチェーン、AIは、データの収集→管理→分析という一連の流れでそれぞれに長所を発揮しつつ、相互補完的な役割を果たす関連技術であると見ることができるのです。

      DXでブロックチェーンが果たす重要な役割

      ブロックチェーンがIoTとAIを生かしている?

      出典:pixabay

      上にみたデータの収集→管理→分析という一連の流れの中で、地味ながらも非常に重要な役割を果たしているのがブロックチェーンによるデータの管理です。

      先にみたように、ビッグデータを活用してDXを実現するということは、ある一企業や企業内の一部門だけで完結する類のプロジェクトではなく、産官学、サプライチェーンにおける川上と川下、同業他社、生産者と消費者など、異なる立場(そして時には敵対する立場)にいる複数のプレイヤー間での協業が不可欠になってきます。

      また、取り扱うデータの総量が大きくなるにつれ、関係する人の数やプロジェクトの期間も増え、オペレーションエラー等のリスクが高まっていきます。

      しかし、その一方で、データ分析は非常に繊細な側面をもち、インプットするデータが少し変わるだけでアウトプットとなるモデルや仮説の精度が大きく左右されることも少なくありません

      こうした前提条件のもとでは、複雑になりがちな管理をできる限りシンプルで、かつ、セキュリティ等のリスク要件を満たすような仕組みで解決できるような技術を採用する必要があります。

      ブロックチェーンは、こうした従来のデータベースでは解消が難しい複数の課題を解決しうるという点で、まさにDXにビッグデータ×DXに打ってつけの技術なのです。

      ブロックチェーンの役割①:セキュアなデータ統合の仕組みを提供する

      ビッグデータ利用にあたっての課題の一つに「データ統合」の問題があります。

      上でも述べたように、価値あるデータは単体プレイヤーに閉じたものではなく、複数の異なるステークホルダー(利害関係者)がもつデータを統合した先にあります。

      ここで問題となるのが、異なるデータベース間でのデータ共有における安全性の問題です。

      データベースが異なるということは、データを保存するフォーマットや構造化の方法、単位等、あらゆる要素が異なってきます。

      そうした諸データを統合することはそれ自体難度が高いばかりでなく、統合の際にデータを欠損する等のオペレーションエラーを誘発する原因にもなりえます。

      さらに、仮にシステム上は統合が可能であったとしても、例えば競合関係にある複数社による統合が試みられるとした場合、誰が中心となって、どこまでのデータを、どういった権限のもとに共有するかという論点が生じます。

      こうした場合、各社が「もしかすると他社のいいようにやられて大切なデータまで取られるかもしれない・・」といった疑心暗鬼の状態に陥り、プロジェクト自体が頓挫してしまうケースも少なくありません。

      これに対してブロックチェーンでは、そもそも中央管理者を必要としない設計思想である上に、その分散管理システムを高いセキュリティレベルで実現できます。

      また、そもそもが一つのデータベースを共有する形になるため、異なるデータベース間のデータ共有問題もクリアしやすいと言えます。

      実例として、国内で注目すべき取り組みが、トヨタ自動車株式会社(以下、「トヨタ」)、トヨタファイナンシャルサービス株式会社による「トヨタ・ブロックチェーン・ラボ」の試みです。

      同ラボは、2019年4月、トヨタ等により「グループ横断のバーチャル組織」として立ち上げられ、「実証実験を通じたブロックチェーン技術の有用性検証やグループ各社とのグローバルな連携等、当該技術の活用に向けた取り組みを進めて」います(カギ括弧内は、TOYOTA「「トヨタ・ブロックチェーン・ラボ」、ブロックチェーン技術の活用検討と外部連携を加速化」より引用/太字は筆者)。

      ①「ブロックチェーン技術の活用イメージ」/②「活動の拡がりイメージ」(共にTOYOTAより)

      同ラボ立ち上げの背景として、トヨタは、「モノづくりを中心に、モビリティに関わるあらゆるサービスを提供する『モビリティカンパニー』を目指しており」、「その実現に向け、グループ内外の『仲間づくり』を進める上では、商品やサービスを利用するお客様、それらを提供する様々な事業者が、『安全・安心』のもとで、より『オープン』につながることが重要」であるとしています。

      そして、ブロックチェーンが「グループ内外の仲間づくりを下支えし、その結果、お客様にとってより利便性が高くカスタマイズされたサービスの提供や事業の効率化・高度化、更に既存の概念にとらわれない新たな価値創造をもたらす可能性がある」ために、ブロックチェーンによるグループ横断のヴァーチャル組織をつくったと発表しています。

      (カギ括弧内は、TOYOTA「「トヨタ・ブロックチェーン・ラボ」、ブロックチェーン技術の活用検討と外部連携を加速化」より引用/太字は筆者)

      トヨタによるブロックチェーンを利用した横断組織の組成という事例は、まさに、利害関係が複雑に絡み合う異なるステークホルダー間でデータ統合を行なっていくことの可能性を示していると言えるでしょう。

      このように、ブロックチェーンは、「セキュアなデータ統合の仕組みを提供する」という重要な役割を果たしています。

      ブロックチェーンの役割②:データの真正性を担保する

      ビッグデータ利用にあたっての別の課題として、「データの真正性」の問題があげられます。

      データの真正性とは、「取り扱うデータが欠損や改竄等の欠陥のない正しいものかどうか」を表す概念です。

      先述したように、データ分析の精度を大きく左右するのは、実は分析そのもの以上に、データの真正性であると言われています。

      なぜなら、AI(機械学習)では、データをインプットとして関数を組み、精度の高いモデルを生み出すことを目的としているため、インプットであるデータが間違っていたら、当然、結果も間違ったものができてしまうからです。

      そのため、データ分析の世界においては、データ自体の真正性をなんとか担保する試みとして「データの前処理」という工程が最も重要視されています。

      しかし、取り扱うデータの総量や関わる人間の数、プロジェクトの予算等が大きくなればなるほど、何かしらのヒューマンエラーであったり、悪意のある第三者によるデータ改竄の攻撃を受けやすくなります。

      データの前処理では、ある程度の欠損等には対応しうるものの、データの真正性自体を正確に担保することはできません。

      したがって、収集したデータを管理する時点で、改竄等のリスクを減らす仕組みを導入する必要が出てくるのです。

      こうした課題に対してブロックチェーンでは、ハッシュチェーン(前後のブロックをハッシュ値と呼ばれる暗号数で結びつける考え方)にうよるデータベース生成、個々のデータ履歴自体へのセキュリティ(秘密鍵暗号方式)、コンセンサスアルゴリズムと呼ばれる合意形成のルール、といった複数の仕組みによって、高いレベルでの対改竄性を実現しています。

      ブロックチェーンによるデータの真正性担保の実例としてあげられるのが、「メディカルチェーン」です。

      これは、かれこれ20年ほど叫ばれ続けていた医療のデジタル化、特に電子カルテを始めとする院内データの共通化の問題を、ブロックチェーンで巧みに解決しようという試みです。

      医療データは、個人情報の中でも特に秘匿性が高く、セキュリティ要件が最も高く求められます。

      そして、医療機関ごとのデータ保存形式も異なるため、それらを共有していくハードルは非常に高いものになります。

      メディカルチェーンでは、この問題に対して、各医療機関のデータを一つのブロックチェーン基盤上に乗せることを目指しています。

      また、ビジネスモデルとしては、トークンエコノミーを採用し、トークンからの収益と医療機関からの収益を主治医や患者に還元することで、この仕組みがうまく回るように設計されています。

      この事例は、ブロックチェーンが、医療情報という非常にセンシティブな情報を取り扱う基盤として信用・期待されていることを示す好例でしょう。

      このように、ブロックチェーンは、「データの真正性を担保する」という重要な役割を果たしています。

      まとめ

      ビッグデータの分析・活用はIoTに対する鍵であり、本質です。ブロックチェーンはIoTの可能性を広げる技術の一つとして期待されており、今後さらに多様なIoTとブロックチェーンの組み合わせが生まれていくと思います。将来的に、ブロックチェーンとIoTがどのようなサービスに変化するのか、その動向に注目です。