2025年はアパレル業界のトレーサビリティ・デッドライン!?法規制とブランディングの観点からその重要性を徹底解説!

「この服はどこで、だれが、どのように作ったのか?」。かつては一部の消費者だけが抱いていたこの問いが、今や業界全体を揺るがすテーマへと変わりつつあります。2025年以降、アパレル業界は新たな規制の波に直面し、「トレーサビリティ=商品の出自や製造過程の追跡可能性」が極めて重要なキーワードとなっていくでしょう。ファッションは、感性と流行に左右される世界。しかしその舞台裏では、環境負荷、労働環境、倫理的調達など、見過ごすことのできない課題が山積しています。加えて、EUをはじめとする国際社会では「サステナブルであること」が企業の責務とされ、法的枠組みが急速に整備されつつあるのです。

本記事では、トレーサビリティがなぜ今アパレル業界で問われているのかを整理し、2025年以降に企業が直面する法規制と、それをいかにブランド価値へと転換できるのかを掘り下げていきます。

目次

アパレル業界における「トレーサビリティ」とは?今なぜ重要なのか

トレーサビリティという言葉がビジネスの現場で頻繁に聞かれるようになったのは、食品業界や医薬品業界が最初かもしれません。ファッションと聞くと「表現の自由」や「創造性」といった感覚的なイメージが先行しがちで、商品の透明性がなぜそこまで重要なのか、いまひとつピンと来ない方もいるかもしれません。

そこでまず、そもそもトレーサビリティとは何を指すのか、そしてアパレル業界における特有の事情とは何かを明らかにしていきます。

そもそもトレーサビリティとは?

トレーサビリティ(Traceability)とは、製品が生産・加工・流通される一連のプロセスにおいて、「いつ・どこで・誰が・どのように」関わったのかという情報を記録し、それを追跡できる状態のことを指します。語源は「トレース(追跡する)」と「アビリティ(可能性)」を組み合わせた造語で、日本語では「追跡可能性」と訳されます。

この概念は、特にサプライチェーンマネジメントにおいて重視されており、自動車、電子部品、食品、医薬品、そしてアパレルなど、さまざまな業界で導入が進められています。製品の信頼性、安全性、環境配慮を証明する手段として、企業にとっても消費者にとっても、欠かせない仕組みとなっています。

トレーサビリティには、2つの方向性があります。一つは、製品が出荷された後、最終的に消費者に届くまでの流れを追う「トレースフォワード」。もう一つは、問題が発生した際に、その製品がどこで、どのように作られたかを遡って特定する「トレースバック」です。例えば、食品業界では異物混入などの問題が発覚した際、まずトレースフォワードで問題の製品を回収し、その後のトレースバックで原因を突き止めるという2段階の対応が求められます。こうした追跡性の確保は、主に次の2つの観点で重要性を増しています。

出典:農林水産省

1つ目は「消費者保護」です。私たちがスーパーマーケットで購入する食材には、生産・収穫された地域、加工施設、賞味期限などが記載されています。これらの情報があることで、「安心して食べられるかどうか」を消費者自身が判断できるようになります。逆に表示がなければ、購入自体をためらう人も多いでしょう。つまり、商品に関する正確な履歴情報が公開されることによって、消費者の安心感が得られるのです。

2つ目は「ブランド保護」の視点です。現代の消費者は、単にモノの品質だけでなく、その背景にある企業の姿勢やサプライチェーンの透明性も重視する傾向にあります。サステナビリティに対する姿勢や倫理的な調達方法が開示されているかどうかも、選ばれるブランドかどうかを左右します。一方で、このような企業努力を逆手にとって、人気ブランドを模倣した偽造品が出回る事例も少なくありません。そうした事態を防ぐためにも、原材料の調達先から販売ルートまでを明確に可視化するトレーサビリティが求められているのです。

このように、トレーサビリティは単なる管理手法ではなく、「企業の信頼性」と「消費者の安心」を支える重要なインフラとなりつつあります。

アパレル業界特有の背景:複雑なサプライチェーンと高まる社会的要求

アパレル業界は、製品のデザインから原材料の調達、縫製、輸送、販売に至るまで、非常に多段階かつグローバルに広がったサプライチェーンを抱えています。例えば、綿はインドで収穫され、繊維は中国で糸にされ、縫製はバングラデシュ、最終的な販売は日本といった具合に、1着の製品に関わる国と事業者の数は数十に及ぶこともあります。この複雑性が、トレーサビリティの確保を非常に困難なものにしているのです。

その背景には、アパレル産業が長年、「コスト最優先」「スピード重視」の体制で動いてきたことが挙げられます。とりわけファストファッションの台頭以降、低価格・短サイクルの商品供給が当たり前となり、多くの企業がコスト削減のために人件費の安い国へ製造をシフトしていきました。結果として、各工程の可視化や管理は二の次となり、品質トラブルや労働環境の問題、不正表示などが頻発するようになりました。

出典:環境省_サステナブルファッション

また、アパレル業界が抱えるもう一つの深刻な問題が「環境負荷の大きさ」です。コットン製のTシャツ1枚を作るのに必要な水は約2,700リットル、ジーンズ1本なら7,500リットルともいわれており、染色工程では大量の化学薬品が使われ、排水処理が不十分なまま川や海に放出されているケースもあります。加えて、流行の変化が激しく、消費者が1シーズンで衣服を「使い捨てる」傾向が強まっているため、衣類の大量廃棄問題にも拍車がかかっています。

さらに、製造段階における「安全性」への懸念も根強く残っています。価格競争が激化する中で、コスト削減を目的に品質の劣る素材や有害な化学物質が使用されるケースが後を絶たず、肌への影響や健康リスクが消費者の間で問題視されるようになっています。こうした背景から、衣類の「安全性」や「素材の由来」を明らかにすることが、企業にとっての社会的責任(CSR)として問われる時代になってきているのです。

つまり、アパレル業界では構造的な複雑性と、社会的責任への期待という「両輪のプレッシャー」が存在しているといえるでしょう。企業が自社のバリューチェーン全体を見渡し、責任を持って情報を管理・共有していく仕組みづくりは、もはや選択肢ではなく「前提条件」となりつつあります。

2025年は始まりに過ぎない!?加速する法規制の動き

出典:Shutterstock

2025年という年は、アパレル業界にとって単なる節目ではなく、「強制力のある変革」が本格的に始まる起点となります。これまでの持続可能性に関する取り組みは、ほとんどが「推奨」や「努力義務」に留まっていました。しかし今、EUをはじめとする各国の規制当局は、企業の環境・人権配慮を「義務」として求める方向へと舵を切っています。

このセクションでは、2025年前後から段階的に施行される主な法規制と、それに伴い企業が備えるべき対応について解説していきます。

持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)

2022年に欧州委員会が発表した「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)」は、アパレル業界に大きな波紋を広げました。一見すると「環境に優しい商品を作りましょう」という方向性を打ち出したメッセージに見えますが、その実態はこれまでエネルギー関連製品のみに適用されていた「エコデザイン指令」の枠組みを、繊維製品を含む幅広い製品群へと拡大するものです。

Regulation – EU – 2024/1781 – EN – EUR-Lex

最大の特徴は、「デジタル製品パスポート(DPP)」の導入が義務化される点にあります。デジタル製品パスポートとは、素材の原産地、製造工程、リサイクル可能性、耐久性、修理のしやすさといった情報をデジタルで一元管理し、消費者・流通業者・規制当局がアクセスできるようにする仕組みです。EU域内において製品を販売するためには、このパスポートの発行が義務付けられる方向で議論が進んでおり、2026年から順次適用される見込みです。

つまり、この規則の本質は、「製品がどのように作られ、どのように廃棄されるのか」というライフサイクル全体の可視化にあります。裏を返せば、トレーサビリティを確立していなければ、この情報を揃えることができず、域内市場への参入資格すら失いかねないという厳しい現実が待っているのです。

さらにこの規則にはもう一つの顔もあります。それは「売れ残り在庫の開示・廃棄禁止」です。2026年からはアパレルや靴など一部製品の販売事業者は、自社ウェブサイトで売れ残り数や重さ、廃棄理由などを公開する義務が生じます。この制度は、単なる情報提供の域を超えて、在庫管理の透明性やサステナビリティ姿勢を企業が公的に見せるための試金石とされています。

2025年4月に欧州委員会が公表した最新版の作業計画によると、衣料品、家具、マットレス、タイヤ、鉄鋼・アルミニウム製品が優先カテゴリーとして指定されました。これは音もなくやってくる「業界全体への企業選別」が始まったことを意味します。特にハイブランドはセール文化を嫌う傾向にありますが、そのまま廃棄すれば環境面での批判もブランド毀損も免れません。ESPRに対応できないアパレル企業は、どれほどの歴史とブランド力があったとしても、今後のEU市場で淘汰されることは避けては通れないでしょう。

欧州委、エコデザイン規則の作業計画を発表、化学製品は含まれず(EU) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース

企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)

もう一つの大きな影響を与える法制度が、「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」です。この法案は2024年に欧州議会で可決され、今後、EU加盟各国での国内法化が進められる予定です。施行対象はEU域内で事業を行う大企業だけでなく、特定の取引規模を持つ非EU企業にも及ぶため、日本企業にとっても決して無関係ではありません。

Directive – EU – 2024/1760 – EN – EUR-Lex

この指令の中核にあるのは、サプライチェーン全体に対する人権・環境デューデリジェンスの義務化です。具体的には、自社だけでなく、一次・二次サプライヤー、さらには原材料の調達元に至るまで、強制労働や児童労働、環境破壊といったリスクを調査・評価し、必要に応じて是正措置を講じることが求められます。

注目すべきポイントは、この義務が単なる「努力義務」ではなく、法的責任を伴う点にあります。具体的には、売上高の最大5%が罰金として科される可能性があり、それが「直近の全世界売上高」という点に本気の厳しさが表れています。また、企業が適切なデューデリジェンスを怠った結果、深刻な人権侵害が発覚した場合には、民事での損害賠償責任を問われる可能性すらあります。つまり、企業の「知らなかった」「把握していなかった」という言い訳はもはや通用せず、積極的に情報を取得・開示し、持続可能な取引関係を構築する姿勢が求められるのです。

議会では現在、対象範囲や基準を緩和した欧州委員会発表の「オムニバス法案」も審議中ですが、法案がこのまま成立するかどうかは不透明です。準備の遅れは「今後の信用度低下」に直結しかねないため、企業は従来のCSRレポートや監査報告書の提出だけではなく、実際に何が行われているのかを証明できる状態、すなわちトレーサビリティを担保しておく必要があるでしょう。

欧州委、人権・環境デューディリジェンス実施対象を大幅削減する法案発表(EU) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース

類似の動き:ウイグル強制労働防止法など

EUに限らず、世界各国で同様の動きが広がりつつあります。なかでも象徴的なのが、2022年にアメリカで施行された「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」です。新疆ウイグル地区由来の綿花製品について、消費者への流通禁止と、調達元の完全開示が義務付けられました。違反があれば米港への輸入差し止め、罰金、さらに経営陣個人への刑事責任さえ視野に入ってきます。

ウイグル強制労働防止法 | 米国 – 北米 – 国・地域別に見る – ジェトロ

この法律が画期的なのは、「証明責任を企業側に課している」点にあります。つまり、「強制労働がなかったことを示す証拠」を企業が提出しない限り、その製品は”クロ”と見なされるのです。アパレル業界においては、綿花の原産地が新疆である可能性があるだけで、輸入が滞るケースも想定されるでしょう。

また、ニューヨーク州でも2024年に「Fashion Sustainability and Social Accountability Act」が正式に提出され、米国初の州レベルでのファッション特化型規制として成立の行方が注目されています。草案では、年間売上1億ドル以上のアパレル・靴・バッグの販売企業に対してサプライチェーンの温室効果ガス排出と労働条件を報告させ、未対応時の罰金や補償基金への拠出を義務化する模様です。

さらに、カリフォルニア州でも「The Fashioning Accountability and Building Real Institutional Change  Act」と呼ばれる供給透明性を求める法律が検討中で、数年以内に米国全体が世界的なトレーサビリティ義務圏へと移行する可能性があり、「人権を守らない製品には市場を開かない」という潮流は、いまやグローバルスタンダードになりつつあります。

こうした法制度の特徴は、「企業の意図」よりも「実態と証明可能性」を重視している点です。どれだけSDGsやエシカルを謳っても、裏付けとなるデータや記録がなければ、当局も取引先も信頼してくれません。もはやブランドのストーリーや広告コピーではなく、サプライチェーン全体の“客観的な可視性”こそが競争力となる時代が到来しているのです。こうした動きがヨーロッパのみならず、複数地域で進行している事実は、見逃せないポイントでしょう。

法規制遵守だけじゃない!トレーサビリティがブランディングを強化する理由

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トレーサビリティの導入は、もはや「法規制に従うための苦渋の選択」ではありません。むしろ、これを積極的に活用することで、ブランドの競争力や企業価値そのものを高めることができるという視点が、今注目されています。ここでは、2つの観点からトレーサビリティの有用性を解説します。

サステナブルブランドとしての差別化

サステナビリティが企業の成長戦略に組み込まれるようになった今、ただ「環境に配慮している」と謳うだけでは差別化にはつながりません。消費者も取引先も、表面的なキャッチコピーや広告には慣れてしまっており、本当に信頼できる情報を“自ら見極めたい”という姿勢に変化しています。ここで求められるのが、言葉ではなくデータで語るブランディングです。

トレーサビリティを担保することは、素材の原産地や生産工程に関する情報を可視化し、客観的な証拠として公開することで、「このブランドは口先だけではない」と示す強力な証明になります。実際に株式会社電通が実施した「エシカル消費 意識調査2022」によると、3割弱の消費者が、環境問題や社会問題に貢献することがきちんと理解できればエシカル消費を実施すると回答しているように、信頼性がブランド選定の軸になってきているのです。

出典:電通「エシカル消費 意識調査2022」

さらにBtoBの領域でも、トレーサビリティの整備は競争力に直結します。大手小売チェーンやグローバルブランドは、取引先を選定する際に「サプライチェーンの透明性」を重要な要件として評価し始めています。したがって、トレーサビリティを強化することは、「選ばれるサプライヤー」としての地位を獲得するための戦略的投資にもなりうるのです。

このように、法令順守の枠を超えたトレーサビリティの活用は、ブランドの文脈をつくり、消費者や取引先との関係性をより深く・より確かなものへと変えていきます。製品の裏側にあるストーリーを「証明付きで語れる企業」こそが、今後の市場で存在感を高めていく存在となるでしょう。

効率的なサプライチェーン管理

トレーサビリティの価値は、外部向けのブランディングにとどまりません。むしろ、内部オペレーションの最適化という観点でも大きな力を発揮します。特にアパレル業界のようにサプライチェーンが多層かつグローバルに展開されている業界において、情報の一元化とリアルタイムな把握は、コスト構造と納期の両面で競争優位を生む土台になります。

例えば、トレーサビリティを確保するために製品ごとの部材・工程情報を蓄積していくと、どの工程でリードタイムが長くなっているのか、どの部材の調達に不確実性があるのかといったボトルネックの可視化が可能になります。これまで勘と経験で回していた業務が、定量的なデータに基づいて見直され、部材調達の切り替えや工程改善などの意思決定も迅速かつ説得力を持つようになるのです。

また、品質トラブルが起きた際の対応力にも違いが出ます。製品がどの原材料から構成され、どの工場でどのように加工されたかが明確になっていれば、原因の特定と対策の実施が飛躍的に速くなります。これは単なる危機管理の話ではなく、ブランドのレジリエンスを支える機能でもあるのです。

つまり、トレーサビリティの整備は、単に規制対応やイメージ戦略のためではなく、自社の意思決定を高度化し、リスクに強い経営体質を育てるための基盤構築なのです。デジタルの力を活用して情報をつなぎ、サプライチェーン全体を見渡す視座を持つことが、アパレル企業にとってこれからの競争環境で勝ち残るための戦略になるといえるでしょう。

トレーサビリティ導入の主な課題とは?

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サプライチェーンの透明化を目指すトレーサビリティですが、理想論だけでは語れない「導入の壁」がいくつも存在します。現場の複雑さ、データ管理の難しさ、コストの問題……。ここでは、アパレル業界が直面している代表的な課題を紐解いていきます。

複雑なサプライチェーンの可視化の難しさ

すでに述べてきたように、アパレル業界のような多階層かつ多国籍なサプライチェーンにおいては、「すべての情報を追跡する」という行為そのものが難易度の高いタスクです。特に社外の中間業者が複数介在する場合、「どこから先が把握できていないのかすら把握できていない」という状況に陥ることもあります。透明化の出発点となる現状把握の段階で、すでに大きなハードルが存在するのです。

また、原材料が複数のルートを通じて調達される場合や、製造工程の一部が下請けに再委託されている場合など、「情報が断絶している領域」が点在しており、全体像を把握しようとしてもパズルのピースをどのように組み合わせて良いのか、誰が組み合わせるのかがわからない状態に直面します。

さらに、可視化が不十分な領域ほど、不正や人権侵害の温床になりやすいという指摘もあります。つまり、トレーサビリティの確立は倫理的リスクの検知装置としても機能する反面、その前提となるサプライチェーンの整理と把握が極めて骨の折れる作業であることが、最初の大きな課題として立ちはだかっているのです。

データの一貫性と信頼性確保の難しさ

トレーサビリティを構築するには、サプライチェーン上の各プレイヤーが自社の情報を統一的に共有する必要があります。しかし、この「一貫性のある情報連携」が思った以上に困難です。その理由のひとつは、企業ごとに使用しているデータ形式や管理基準がバラバラであるという点です。

例えば、ある企業は素材原産地を国名で管理している一方で、別の企業は農場単位で詳細に記録していたり、サプライチェーンの下層に位置する業者にとっては「情報をデジタル化して管理する」という習慣自体が存在しないケースも多々あります。

また、仮に全プレイヤーが情報を揃えたとしても、その情報に改ざんや誤りがないかをどう確認するかという検証の仕組みも不可欠です。情報が多ければ多いほど、誤情報や虚偽の報告が紛れ込むリスクも増加するためです。

こうした事業者間の足並みを揃えるためには、文化的なマインドセットの変革に加えて「データの質を一致させる」技術的支援も必要になります。つまり、ただ情報を集めるのではなく、その信頼性を担保するプロセスをどう設計するかが、トレーサビリティにおける第二の課題として浮かび上がるのです。

コストと技術的な障壁

最後に立ちはだかるのが、導入にかかるコストと技術の問題です。トレーサビリティを実現するためには、情報収集・整理・管理・分析のために既存のシステムを改修したり、新たに専用のツールを導入したりするとなれば、当然ながら初期投資が必要になります。

特に中小企業にとっては、この初期費用が大きな負担となり、「重要だとは理解しているが、現実的にすぐには着手できない」という状況に追い込まれがちです。導入後も継続的な運用と保守が求められ、従業員教育やマニュアル整備など、社内全体のリソースを動かす必要があるため、コストは導入時点だけで終わらないのが厄介な点です。

さらに、トレーサビリティ情報を外部に公開するという行為は、自社の取引先や仕入れ条件、在庫状況といった企業のコアに近い情報を開示することにも繋がります。そのため、競争上のリスクやプライバシーの懸念もまた、トレーサビリティ導入を難しくしています。このように、トレーサビリティ導入には実に多層的な課題が存在しているのです。

トレーサビリティ導入の解決策:デジタル技術がもたらす変革

上に見たように、トレーサビリティを阻む壁は高く、課題は多岐にわたります。しかし、同時にその解決策もまた進化しています。近年、アパレル業界が直面する情報の分断や可視化の困難性を克服するうえで、デジタル技術はまさに突破口となりつつあります。ここでは、特に注目される4つの技術に焦点を当て、どのようにして現場課題を解決へと導いているのかを見ていきます。

ブロックチェーン:データの改ざん不能性と透明性

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ブロックチェーンとは、取引データを暗号技術によって「ブロック」という単位で記録し、それらを時系列に沿って鎖状に連結することで、分散的に保存・共有する技術です。この技術の最大の特長は、一度記録されたデータは改ざんできないという点です。仮に過去の記録を修正しようとすればネットワーク上のすべてのノードに同時に変更を加える必要があるため、トレーサビリティの信頼性を根底から支える存在として注目を集めています。

アパレル業界では、素材の原産地や工場の稼働状況、納品時刻、認証取得の有無といった情報をブロックチェーン上に記録することで、「証明責任」の透明性が飛躍的に高まります。しかも、その情報は取引先だけでなく、必要に応じて消費者や規制当局も閲覧可能です。つまり、内部統制と対外信頼の両立を実現する技術基盤となるのです。

また、情報の所有権を特定の事業者が独占しないという点も大きな魅力です。ブロックチェーンは分散管理という仕組み上、すべての関係者が同じ情報にアクセスできます。ブランド・サプライヤー・消費者など関係者が公平にアクセスし、情報の非対称性を担保することで、サプライチェーン全体の協働がスムーズに進む環境も整っていくでしょう。

IoT:リアルタイムデータ収集とモニタリング

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IoT(Internet of Things)とは、センサーや通信機能を搭載した機器同士がインターネット経由でつながり、リアルタイムで情報を収集・送信・解析できるようにする技術です。アパレル業界では、生産ラインの稼働状況、原材料の入出庫、輸送中の温度・湿度管理といった、これまで人の手では追いきれなかった現場情報の見える化を実現する手段として注目されています。

特に、トレーサビリティの強化という観点では、素材の仕入れから製品完成、出荷までのプロセスをリアルタイムで追跡できることが大きな強みです。あるロットに品質不良が見つかった場合でも、IoTのログを活用することで、その素材がどこから来たものなのか、いつ、どの機械で加工されたのかといった情報を即座に遡ることができます。

また、IoTは“未来への予防線”としても活用が進んでいます。異常値を自動で検知してアラートを出すことができるため、不正やミスを未然に防ぎ、サプライチェーンの信頼性を一層高めることが可能になります。目の届かない現場でも状況を把握できるこの仕組みは、グローバル化が進むアパレル業界にとって不可欠な監視ツールになりつつあります。

AI:データ分析と予測による最適化

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AI(人工知能)とは、人間の知的判断や学習能力を模倣・拡張する技術であり、大量のデータをもとにパターンを抽出し、予測や最適化を行う分野で威力を発揮します。アパレル業界でも、サプライチェーン上に蓄積されたデータを活用し、物流の最適化や異常検知、需要予測などにAIが導入され始めています。

例えば、過去の販売履歴や季節変動を学習したAIは、需要の急増・急減を事前に察知し、原材料の調達や生産スケジュールの最適化を支援してくれます。これにより、過剰在庫や売り逃しといった非効率を防ぎ、環境負荷の削減にもつながります。

また、トレーサビリティの文脈では、サプライチェーン上の異常パターンや不整合を自動で検出し、担当者にアラートを出すといった形でも活用が進んでいます。具体的には、通常は数日で届くはずの原材料が特定のルートだけ異常に遅延していた場合、それをAIが検知して問題の早期発見につながるといったケースです。つまりAIは、単なるデータ処理ツールではなく、意思決定の精度とスピードを高める“デジタル監視員”として、トレーサビリティの高度化に大きく寄与しているのです。

QRコード/NFCタグ:消費者への情報提供とアクセス容易化

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QRコードは私たちもよく知っている、情報を二次元のマトリクス形式で格納し、スマートフォンなどの読み取り機器によって瞬時にアクセス可能とする技術です。一方のNFC(Near Field Communication)タグは、非接触で通信可能なICチップの一種で、端末をかざすだけでデータの送受信が行える点に特長があります。

こうした技術は、トレーサビリティの「出口」にあたる部分、すなわち消費者との接点において非常に重要な役割を果たします。例えば、製品タグにQRコードを印刷し、それを読み取ることで、消費者が原材料の原産地や縫製工場の情報、サステナビリティ認証の有無などを確認できる仕組みが実現可能になります。

このような透明性の提供は、単なる情報開示にとどまりません。ブランドとしての誠実さや社会的責任を具体的に示す手段となり、購入の納得感やリピート意欲を高める効果も期待できます。さらに、タグを活用して修理受付やリサイクル受付ページへの導線を設けるなど、購入後のサポートにも活用できるため、ブランドと消費者との関係を継続的につなぐインターフェースにもなり得ます。

今後は、こうしたツールをどのように組み合わせ、ストーリー性を持たせた情報提供を行っていくかが、企業の差別化ポイントにもなっていくでしょう。

2025年以降を見据えて:企業が今すぐ取るべき行動

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法規制の強化、消費者意識の変化、そして技術進化。これら複数の波が同時に押し寄せる今、アパレル企業は受け身でいる余裕を失いつつあります。では、その第一歩として企業はどこから手をつけるべきなのでしょうか。ここでは、現実的な4つのステップを整理します。

自社サプライチェーンの棚卸しと課題特定

最初に着手すべきは、既存のサプライチェーン構造の棚卸しです。どこからどのような原材料が調達され、どの国・地域で加工・縫製され、どの経路で輸送されているのか。多くの企業にとって、これは思っている以上にブラックボックス化している部分です。

例えば、二次・三次サプライヤーの情報が把握できていない場合、その事業者が人権侵害や環境破壊に関与していても、自社のレピュテーションリスクとして跳ね返ってくるおそれがあります。また、実際に監査や規制対応を迫られたとき、正確な履歴が提出できなければ、透明性の欠如と見なされる可能性すらあります。

そこでまずは、取引先との関係性や契約内容、過去のトラブル履歴なども含めたサプライチェーン全体の見取り図を描く作業が不可欠です。この段階で、業務部門や調達部門だけに任せきりにせず、経営層や法務・広報といった他部門との連携を取ることも後の施策実行をスムーズにします。

目標設定とロードマップ策定

棚卸しによって自社の現状が見えてきたら、次に必要なのが「どこを目指すのか」という目標設定です。闇雲にツールやパートナーを導入する前に、「どのレベルのトレーサビリティを、いつまでに、どの事業領域で実現するのか」を社内で明文化しておくことが、戦略としての一貫性を保つ鍵となります。

2025年時点ではEU向け輸出品のみに限定して対応を始め、2030年には全製品ラインに拡大するという段階的なロードマップも一つの方法です。実現可能性とインパクトのバランスを取りながら、長期的な視点で設計することが重要となります。

また、目標を単なる規制対応ではなく、ブランド戦略やSDGs達成の一環として位置づける工夫も有効です。社内資料として「トレーサビリティ方針書」や「実行計画書」を作成し、関係者と共有することで、社内の理解と共感も得やすくなり、全社的な意識醸成にもつながるでしょう。

デジタル技術の活用検討

目標が定まったら、次はそれをどう実現するかを考える段階です。ここで必ず登場するのが、前項で紹介したブロックチェーンやIoT、AI、QRコード/NFCタグといったデジタル技術です。とはいえ、すべての技術をいきなり導入する必要はありません。むしろ、自社のサプライチェーンの性質や予算、内部リソースに応じて、段階的かつ目的別に活用することが現実的です。

「原材料の由来だけを明確にしたい」のであれば、サプライヤーとの情報共有に特化したブロックチェーンプラットフォームを試験導入する。「製造現場の作業状況をリアルタイムに監視したい」のであれば、特定の工場にIoTセンサーを設置して実証実験を行う。こうしたアプローチは、失敗のリスクを小さくしつつ、知見の蓄積と効果測定を並行して進められるメリットがあります。

技術の導入はあくまで「手段」であり、「目的」と切り離して語るべきではありません。単なる業務効率化にとどまらず、企業の信頼性向上やリスクマネジメントの観点からも検討を進めるべきでしょう。

社内外の連携強化

最後に見落とされがちなのが、社内外における人のつながりの重要性です。トレーサビリティは単独の部署で完結するものではなく、調達、製造、販売、広報、法務といった複数の部門が連携して初めて成立します。部門間の情報格差や優先順位のずれが生じると、せっかくの取り組みも実効性を欠くことになりかねません。

また、社外に目を向ければ、サプライヤーや加工業者との信頼関係も欠かせません。彼らがなぜ情報開示に協力的でないのか、どこに不安や不満があるのかを対話を通じて丁寧にすくい上げることが、中長期的な協働体制の構築には不可欠です。

最近では、業界横断的にトレーサビリティの基準やフォーマットを整備しようとする動きも活発化しており、そうした共同プロジェクトに早期から関与することも選択肢の一つです。自社単独では解決できない課題に対して、業界全体として足並みをそろえることで、トレーサビリティはより実効性のあるものへと成熟していくはずです。

まとめ:トレーサビリティはアパレル企業の未来を拓く羅針盤

2025年、アパレル業界は新たな規制の波に直面し、トレーサビリティが企業の必須要件となります。これは単なる法規制への対応ではなく、サステナブルブランドとしての差別化や効率的なサプライチェーン管理を実現し、企業の競争力を高める好機です。

複雑なアパレルサプライチェーンにおけるトレーサビリティ導入の課題に対し、トレードログ株式会社はブロックチェーン技術を核としたソリューションを提供します。ブロックチェーンの改ざん不能性と透明性を活かし、IoT、AI、QRコード/NFCタグといったデジタル技術と組み合わせることで、私たちはアパレル企業の信頼性向上と持続可能な成長を強力に支援します。

2025年を新たな出発点とし、当社と共にアパレル業界の未来を創造しませんか?トレーサビリティ導入に関するご相談は、どうぞお気軽にお問い合わせください。