エネルギーマネジメントシステム(EMS)とは?種類や導入のメリット、注目されている背景も解説!

2024年現在、カーボンニュートラルやSDGsが声高に叫ばれる一方で、LNG(液化天然ガス)や原油価格の上昇、円安などの影響によって電気料金値上げが続いています。企業では節電・省エネの取り組みを強化するために、エネルギーコスト管理と同時に環境への配慮が求められていますが、燃料や電気の使用状況を把握するというのはなかなか手間のかかる作業です。

そこで近年、それらのコントロールを容易にする仕組みである「エネルギーマネジメントシステム(EMS)」に注目が集まっています。本記事ではEMSの仕組みや種類、システム導入のメリットなどについてわかりやすく解説していきます。

目次

エネルギーマネジメントシステム(EMS)とは?

まず、そもそもEMSとは何かという点と注目される背景について解説します。EMSがどういった理由から重要度が高まってきているのかということを理解しましょう。

EMS=エネルギー使用の最適化

出典:ヤンマー

エネルギーマネジメントシステム(EMS)とは、エネルギーの使用状況を可視化し、各設備や機器の稼働をコントロールすることでエネルギーの運用を最適化するためのシステムです。センサーや制御機器を活用することで、エアコンや照明といった各機器におけるエネルギー使用のパターンやピーク時を把握・予測し、最適な節電となるように運用を制御します。

なぜエネルギーマネジメントシステム(EMS)が注目されているの?

EMSが注目される理由としては、省エネや持続可能な開発目標(SDGs)等の環境面やエネルギーコストの削減といった費用面に対する意識変化が挙げられます。

出典:資源エネルギー庁「2023―日本が抱えているエネルギー問題(前編)」

石油や天然ガスなどの資源に乏しい日本は元々エネルギー自給率が低く、資源エネルギー庁によると2021年度の日本の自給率は13.3%で、他のOECD諸国と比べても低い水準にあります。加えて、2011年に東日本大震災が起きて原子力発電所が停止した結果、海外から輸入される石油・石炭・天然ガス(LNG)といった化石燃料への依存がさらに強まります。

すると、電力消費量が多い工場やビルなどでエネルギー管理の取り組みが広がり、結果として企業における再生可能エネルギーの普及をはじめとした省エネ対策の意識が高まりました。また、昨今の電気料金の高騰を受けてエネルギーコストを削減することも企業の急務となりました。

環境やコストの問題への対策として、エネルギーの利用を最適化して必要以上にエネルギーを使用しないことが有効ではあるものの、企業においては一般的な家庭と比べて規模感や人的リソースの問題からエネルギー消費の最適化を図ることは簡単ではありません。

また、これまでは電気などのエネルギーをどのくらい使用したのかを知る機会や方法はあまりなく、電気料金の請求書からざっくりと知る程度でした。何にどのくらい電気を利用したのか、具体的なデータを正確に知る術がなかったのです。

そこで注目されたのが、自社施設における空調設備や照明設備などのエネルギー使用状況を機械的に把握して最適化できるEMSです。「どの機器がどれだけの電力を消費しているのか」「電気使用量が多い箇所はどこなのか」といった詳しい情報やデータをリアルタイムで制御できるEMSは、エネルギーコストの削減につながるうえに、限られた資源を効率よく・効果的に活用できるため、多くの企業で導入が検討されています。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)の国内市場規模

より良い世界にするための全世界の共通目標であるSDGsが一般に浸透して以降、世界的にEMSへの注目度が高まっている状況ですが、当然「持たざる国」である日本においてもEMSへの注目度は高く、市場規模も拡大傾向にあります。

出典:オートメーション新聞

株式会社富士経済が2024年1月に発表した調査レポート「エネルギーマネジメント・パワーシステム関連市場実態総調査 2024」によれば、EMS関連市場は今後、製造業を中心とした脱炭素対策の推進や半導体関連工場の新設・増強、サプライチェーンにおけるCO2の総排出量(Scope3)の把握ニーズが高まったことなど、複数の要因によって市場拡大が期待されており、その規模は2035年度には2兆6887億円に達すると予測されています。これは同レポートで示されている2022年度の市場規模の約2.1倍にあたる数値であり、昨今の法規制やエネルギー自家消費ニーズの高まりを見るに、エネルギー需給調整ビジネスは近い将来、飛躍的に成長していくに違いありません。

また、EMS関連市場とは一口に言ってもその中にはさまざまな分野が存在します。その中でも先行して成長が予測されている分野に「見える化ツール」をはじめとする「EMS関連ハードウェア(送配電・受電分野)」が挙げられています。

「見える化ツール」とは、業務・産業施設で採用されるエネルギーの使用状況を可視化するための電力計測機器やデータ収集機器のことで、主に大規模事業所においてエネルギー管理システムの構築用途で採用されてきました。

しかし、近年では一つの商品のサプライチェーンが複雑化しているため、大手企業と取引する中小規模の事業者においても製造時のエネルギー利用状況の把握が求められています。したがって、大企業ほど設備管理・エネルギー管理にリソースを割けないという中小企業においては、今後数年で省力化システムのニーズも急速に高まり、市場を後押しするのではないかという見方が強くなっています。

さらに、発電・蓄電分野のEMS関連ハードウェアも現在、研究開発が著しく進んでいます。蓄電池やV2H、再生可能エネルギー発電設備といった各業界の先端技術が進歩することにより、エネルギーの見える化を実施する主体は、企業だけではなく消費者へと大きく拡大していくことでしょう。とくに住宅分野においてはZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)やIoT住宅、スマートマンションをキーワードとした高付加価値型住宅での需要が高まるとみられています。

このように、EMSは現在進行形で市場規模を拡大させているホットな領域であるといえます。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)の種類

エネルギーマネジメントシステム(EMS)は、エネルギーの効率的な使用と管理を目的としたシステムであり、その応用範囲は非常に広範囲にわたります。EMSは、管理対象とする施設によってさらに細かく分類することができます。主な管理対象にはビル(BEMS)、家庭(HEMS)、工場(FEMS)、マンション(MEMS)、工業団地などの地域(CEMS)があります。それぞれのシステムは、異なる環境やニーズに対応するために設計されており、エネルギーの最適化とコスト削減を実現する役割を果たしています。各々のシステムについて詳しく見ていきましょう。

BEMS(Building Energy Management System)

出典:Unsplash

BEMS(Building Energy Management System)は、主に商業ビルやオフィスビルなどの大規模な建物におけるエネルギー管理を目的としたシステムです。オフィスやビルに機器制御装置、温度センサー、人感知センサー、中央制御装置などを設置し、収集したデータをもとに建物全体のエネルギー使用をリアルタイムで「見える化」できるため、システムによってはその稼働を制御して省エネを目指すこともできます。

手動ではなく自動的に設備を稼働させるため、「いくら言っても昼休みの消灯や空調温度設定が守られない」という従業員の省エネ意識不足や「日報作りに時間と手間が掛かってしまう」というリソースの無駄もなくなるでしょう。

また、BEMSは建物全体のエネルギー効率を評価し、改善点を明確にするためのツールとしても活用されています。多くの国では、省エネルギー法や建築物省エネルギー基準が設定されており、これに対応するためにはエネルギー管理システムの導入が不可欠です。日本においても「省エネ法」によって一定規模以上の事業者には、中長期計画を策定してエネルギーの使用状況などを報告する義務があります。こうした計画の策定にBEMSを活用することで、企業はエネルギー使用量の把握やそれに基づく改善や目標設定、届出書の提出が容易になり、少ない労力で社会的責任を果たすことができます。

業務用ビルからのCO2排出量は日本のCO2排出量全体の約1割を占めるといわれており、多くの建設会社やビル管理会社、電機メーカーがBEMSを開発しています。近年では、ビルの省エネルギー性能がテナントの選定基準となるケースも増えており、BEMSの導入は競争力を高める要素として今後、さらなる普及が期待されています。

HEMS(Home Energy Management System)

出典:shutterstock

HEMS(Home Energy Management System)は、事業者向けではなく、一般住宅でのエネルギー管理を目的としたシステムです。家庭内の電力消費をタブレット端末やパソコン画面等で監視し、消費者が自分で管理できるような各種機能を提供します。その仕組みはいたってシンプルで、分電盤に電力測定装置を取り付け、HEMSに対応した各家電をネットワークに接続し、タブレット端末などで家庭内のエネルギー使用状況を管理します。

HEMSは国内の家電大手であればほとんどのメーカーで取り扱っており、IoTテクノロジーの発展により外出先からネットワークを通じて家電を遠隔操作することができます。「暑いからエアコンを付けたまま外出したいけど電気代が心配」「急いで出てきたけど玄関のドアって閉めたっけ?」といった心配もなくなり、快適な住まいと家庭の電力使用の効率化が実現できるでしょう。

また、HEMSはエネルギー使用のデータを分析し、家族のライフスタイルに合わせたエネルギーのコントロールを行います。近年、太陽光発電による創エネによって家庭における消費エネルギーのすべてをまかなう住宅であるZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)が注目を浴びていますが、ゼロエネルギー化を実現するためには、消費電力の確認と抑制が必須です。HEMSでは、正確な分析とリアルタイムでの監視により自動的に電力消費を最適化できるため、ZEHに欠かせないシステムとなっています。

日本において民生部門(家計が住宅内で消費したエネルギー消費と第三次産業の事務所内におけるエネルギー消費)は最終エネルギー消費の3割を占めており、省エネ対策の強化は欠かせません。HEMSの導入は温室効果ガスの削減にもつながるため、政府も民間企業を主導としたHEMSの普及を期待しており、「グリーン政策大綱」にて2030年までに全世帯への設置を目標に掲げています。

グリーン政策大綱(骨子)|国家戦略室

一方、一般家庭が使用するエネルギーを可視化して一元管理するという点ではBEMSと同じですが、HEMSに対応している機器が少ないという課題があります。HEMSに家電を接続する場合には、経済産業省が推奨する「ECHONET Lite」という規格に対応している必要があります。今後登場する家電の多くは対応しているものに置き換わることが予想されますが、既存の製品では対応できないものも多く、HEMS導入と同時に買い替えが必要になることは押さえておく必要があるでしょう。

FEMS(Factory Energy Management System)

出典:shutterstock

FEMS(Factory Energy Management System)は、工場におけるエネルギー管理を目的としたシステムです。工場は一般的に大量のエネルギーを消費するため、FEMSの導入により大幅なエネルギーコストの削減が期待されます。生産設備や照明、空調などのエネルギー使用を詳細に監視・制御し、生産性を維持しながらエネルギーの無駄を削減することができます。

基本的な仕組みはこれまでのEMSとほとんど変わりませんが、受配電設備のエネルギー使用量の管理だけではなく、工場にある生産設備のエネルギー使用量も管理対象に含まれています。FEMSから得られるデータをチェックするだけで設備そのものの無駄な部分や使い方などが浮き彫りになり、製造活動の改善につなげられます。したがって、サプライチェーンと連携したエネルギー使用の最適化や生産計画への反映といった応用の仕方が可能になっています。

また、企業が省エネを目指して掲げる方針や目標、計画などを一連のプロセスとして定めたEMSの国際規格「ISO50001」によって導入が推進されているため、FEMS導入企業はグローバルな競争力を維持することができます。環境保護の観点からも取引先や顧客の選定要素となり得るため、企業間競争においてもFEMSは重要な役割を果たすことになるでしょう。

MEMS(Mansion Energy Management System)

出典:shutterstock

MEMS(Mansion Energy Management System)は、マンションや集合住宅におけるエネルギー管理を目的としたシステムです。マンションの共用部や各住戸のエネルギー使用をリアルタイムで監視し、効率的なエネルギー利用を促進するための各種機能を住人や管理会社または運営会社に提供します。これにより、住民全体のエネルギーコストを削減し、環境負荷の低減も図ることができます。

MEMSは、HEMSとBEMSのちょうど中間のようなイメージで、住民はHEMSのように各戸がモニターで電気の使用量を確認できるようにして効率的なエネルギー消費をしながらも、マンション全体のエネルギー消費を一元的に管理することが可能です。共用部の空調や照明の管理を最適化することで、住民の快適性を損なうことなく省エネを実現することができ、マンション全体のエネルギー使用状況をリアルタイムで監視することで、異常なエネルギー消費の早期発見や、災害時の迅速な対応が可能となります。

こうした安心で快適な居住環境という観点では、MEMSの導入はマンションの資産価値を高める要素ともなっており、導入されたマンションは「スマートマンション」としてのブランド力を強化することができます。

また、MEMSの契約は各戸ごとではなくマンションで一括受電契約をするため、マンションの屋上に設置された太陽光発電システムから得られた電力を共用部や各住戸に供給することで電気料金を削減することもできます。さらに蓄電池と連携することでエネルギーの自給自足や災害へのリスクヘッジも実現できるため、その重要性は今後ますます高まるでしょう。

CEMS(Community Energy Management System)

出典:shutterstock

CEMS(Community Energy Management System)は、地域全体や工業団地におけるエネルギー管理を目的としたシステムです。地域にある発電所だけではなく、範囲内にある企業や一般家庭などもエネルギーマネジメントの範囲です。

オフィスビルなどを管理するBEMSや一般家庭で用いられるHEMSは消費する側の立場でエネルギーを管理しますが、CEMSは電力を供給する側の立場でマネジメントを行います。CEMSはいわば、これまでにご紹介した個々のEMSを含めた地域全体のエネルギーを管理する「まとめ役」のような存在です。したがって、CEMSは単なる省エネではなく、「エネルギーの地産地消」をめざそうという発想が盛り込まれており、外部からのエネルギー依存を減らすことで、太陽光発電や風力発電、燃料電池、蓄電池などの不安定な電源による需給アンバランスや逆潮流による電力品質問題を解決します。電源が分散しているため、災害時の対策としても活用できるでしょう。

日本ではエネルギー効率の向上と環境保護の観点から、政府も地域エネルギー管理の一環としてCEMSの普及を支援しており、多くの自治体や企業が導入を検討しています。CEMSの導入は、地域のブランド力を強化する要素としてエコタウンとしての認知度を高める効果も期待できます。

その他にも、CEMSではHEMSで取得したデータを活用したヘルスケアなどの生活サポートサービスの提供をはじめ、様々なサービスへの接続が期待されています。CEMSの普及が進むことで、日本におけるエネルギーの未来はよりスマートな方向へと進んでいくでしょう。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)を導入するメリット

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EMSの導入は、カーボンニュートラルやSDGsなど環境問題への対応からエネルギーコストの削減といった経済的な利益まで広く影響を与えます。ここでは具体的な3つのメリットについて解説します。

各設備の正確な消費エネルギー量を「見える化」できる

これまでは詳細なエネルギー使用量を知りたくても、請求書や明細には記載がないため、各機器・施設ごとのエネルギー使用量は知ることができませんでした。しかし、EMSを導入することで、各設備の消費エネルギー量をリアルタイムで「見える化」することが可能になります。

施設内において「どの設備が・どの時点で・どれくらいエネルギーを使用しているか」という具体的なエネルギー使用の内訳を「時間ごとに」あるいは「リアルタイムで」把握することで、いかに資源のロスが発生しているのかを見つけるきっかけになります。たとえば、オフィスの照明が必要以上に点灯されている時間帯を特定し、自動でタイマーを設定することも一手です。

加えて、その使用エネルギー量からどのくらいCO2を排出したのかも計算できるため、環境への効果も具体的に見えるようになります。そのため、エネルギー消費の効率化や環境への効果に対して成果が具体的に報告しやすくなり、実行した対策のチェックによってエネルギー計画を改善していくことも可能になります。

老朽化や不具合により稼働率が低下した機器が「わかる化」できる

EMSの導入により、各設備の稼働状況を継続的にモニタリングすることができるため、老朽化や不具合によって稼働率が低下した機器を早期に「わかる化」できます。たとえば、ある機器のエネルギー消費が通常よりも急激に増加している場合、それは内部の部品が劣化しているサインかもしれません。EMSを活用すれば、こうした異常を即座に検知し、適切なメンテナンスを実施することで、機器の寿命を延ばし、運用コストを削減することができます。

また、EMSには、リアルタイムでエネルギーの使用量が把握できるだけではなく、過去の使用量データも保存されています。過去のデータとの比較により、劣化が進行している機器や故障が発生し始めている設備を事前に把握することで、完全に使えなくなってしまうまでメンテナンスや交換が後回しにされがちな機器類でも、業務に支障が出る前にメンテナンスや機器の交換が可能となり、大規模な故障やトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。

エネルギー運用の「最適化」を実現できる

ここまでは個々の機器のエネルギー効率を把握できるというメリットを述べてきましたが、EMSの最大のメリットは、エネルギー運用の「最適化」を実現できる点にあります。各設備のエネルギー使用状況を詳細に分析し、どのタイミングでどの機器を稼働させるべきかを最適に判断することができます。たとえば、電力の使用ピークを避けるために、複数の機器を順番に稼働させることで、エネルギーコストを抑えることが可能です。

さらに、EMSから得られるデータをもとにエネルギー効率の低い機器を交換するタイミングを正確に把握できるため、設備投資の計画も立てやすくなります。機器の稼働効率が向上した後にも、定期的なエネルギー消費の見直しを機械的に行うことで、エネルギー管理の全体を最適化して持続可能な経営を実現します。企業にとってメリットの多いエネルギーマネジメントシステムですが、こうした「見える化」「わかる化」「最適化」のサイクルを回し、常に最適なエネルギー運用ができるのがEMSの良さなのです。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)を導入するときの課題

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これまで見てきたようにEMSは、エネルギーの効率的な管理と削減を目指すための強力なツールです。一般家庭への普及も推進されているEMSですが、導入するうえでいくつか気をつけておきたいポイントがあります。ここからは、EMSを導入する際に考慮すべきいくつかの課題について見ていきましょう。

イニシャルコストが大きい

EMSの導入において最初に直面するのは、その高額な初期投資です。EMSは各設備のエネルギーの流れをより詳細に取得する必要があるため、導入にあたっては計測デバイスを外付けするなどして監視システムの網の目をより細かく張り巡らせる必要があります。また、現状の設備がEMSに対応しておらず、新たに買い替える場合、機器の費用も加算されます。したがって、小規模な事務所へのEMS導入であっても、導入範囲によっては数千万円以上の費用がかかる可能性があります。商業施設や学校、病院といった大規模施設であれば数億円を超えることもあるでしょう。

さらに、これらの初期費用を回収するまでの期間を考慮し、慎重に検討する必要もあります。イニシャルコストだけではなく、適切な運用を維持するにはシステムの保守やデータ分析に掛かるランニングコストも発生してくるため、運用計画を明確にしておかないと、効果的なコスト削減につながらない可能性もあるでしょう。コストの削減は、すぐに結果が出るものではありません。コスト削減が目標だとしても、結果が見えない間も継続的にランニングコストを支払い続けられるように予算を確保しておきましょう。

なお、経済産業省の「省エネルギー投資促進支援事業」「省エネルギー投資促進・需要構造転換支援事業費補助金」などの補助金制度を活用することで、初期費用の一部を軽減することが可能です。これらの制度では、申請単位で、「EMSの制御効果と省エネ診断等による運用改善効果」により、原油換算量ベースで省エネルギー率2%以上を満たすプロジェクトに対して補助金が交付されます。補助率は事業規模などによって異なりますが、補助金の上限額は「1億円/事業全体」となっており、これらの制度を上手に活用することで、導入のハードルを下げることができます。

省エネ補助金|一般社団法人 環境共創イニシアチブ

※令和6年度「先進的省エネルギー投資促進支援事業費」については、新規事業の公募および採択は実施せず、令和4年度以前に初年度採択された複数年度事業を対象としています。

使用している機器とシステムの仕様がマッチしないことがある

EMSの導入に際して、既存の設備やシステムとの互換性も大きな課題となります。工場で使用されるエネルギーマネジメントシステム(FEMS)は、機器の仕様やシステムの独自性が高いため、EMSとマッチしないケースが多く見られます。既存の機器がEMSと互換性がない場合、新しい機器を購入する必要が生じ、その追加費用が発生します。このような状況では、エネルギー管理のための投資が増え、コスト削減を目指しているにもかかわらず、初期費用がかさむという矛盾が生じることがあります。

また、EMSが既存のシステムと統合されない場合、データの収集や分析が正確に行われず、期待される効果を得ることが難しくなります。とくに工場や生産設備のような特殊な環境では、機器の仕様やシステム構成が大きく異なるため、自社工場にEMSを導入したいと思っても、全体としての導入が難しくなってくる場合があります。そのため、EMSを提供する事業者に相談し、既存の設備やシステムとの適合性を事前に確認することが重要です。

専門的な知識とスキルが必要

EMSの運用には、専門的な知識とスキルが求められます。EMSは、各設備のエネルギー消費データを収集し、分析することで最適なエネルギー管理を実現しますが、このプロセスには高度な専門知識が必要です。また、設備ごとのデータを正確に分析し、適切な対策を講じるためには、省エネルギーやエネルギー管理の専門知識だけでなく、ICT(情報通信技術)や関連法規の知識も必要です。そのため、EMSの運用担当者がこれらの専門知識を持っていない場合、システムの導入効果を最大限に引き出すことが難しくなってしまいます。

したがって、EMSを導入する際には、専門家の支援を受けることが推奨されます。社内に適切な人材がいない場合は、EMSを提供する事業者や外部の専門家に運用サポートを依頼することも一手です。また、新たに専門知識を持つ人材を採用することも検討すべきでしょう。

エネルギーマネジメントシステム(EMS)におけるブロックチェーンの可能性が模索されている

EMSの進化に伴い、ブロックチェーン技術の導入が注目されています。ブロックチェーンは、その分散型台帳技術を活用することで、EMSの信頼性と透明性を高める可能性を秘めています。本章では、EMSにおけるブロックチェーンの活用事例や、そのメリット、そして今後の展望について解説します。

そもそもブロックチェーンとは?

出典:shutterstock

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトと呼ばれる謎の人物によって提唱された暗号資産「ビットコイン」の中核技術として誕生しました。

ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、噛み砕いていうと「取引データを暗号技術によってブロックという単位でまとめ、それらを1本の鎖のようにつなげることで正確な取引履歴を維持しようとする技術のこと」です。

取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」といいますが、ブロックチェーンはそんなデータベースの一種です。その中でもとくにデータ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術となっています。

ブロックチェーンにおけるデータの保存・管理方法は、従来のデータベースとは大きく異なります。これまでの中央集権的なデータベースでは、全てのデータが中央のサーバーに保存される構造を持っています。したがって、サーバー障害や通信障害によるサービス停止に弱く、ハッキングにあった場合に、大量のデータ流出やデータの整合性がとれなくなる可能性があります。

これに対し、ブロックチェーンは各ノード(ネットワークに参加するデバイスやコンピュータ)がデータのコピーを持ち、分散して保存します。そのため、サーバー障害が起こりにくく、通信障害が発生したとしても正常に稼働しているノードだけでトランザクション(取引)が進むので、システム全体が停止することがありません

また、データを管理している特定の機関が存在せず、権限が一箇所に集中していないので、ハッキングする場合には分散されたすべてのノードのデータにアクセスしなければいけません。そのため、外部からのハッキングに強いシステムといえます。

ブロックチェーンでは分散管理の他にも、ハッシュ値と呼ばれる関数によっても高いセキュリティ性能を実現しています。

ハッシュ値は、ハッシュ関数というアルゴリズムによって元のデータから求められる、一方向にしか変換できない不規則な文字列です。あるデータを何度ハッシュ化しても同じハッシュ値しか得られず、少しでもデータが変われば、それまでにあった値とは異なるハッシュ値が生成されるようになっています。

新しいブロックを生成する際には必ず前のブロックのハッシュ値が記録されるため、誰かが改ざんを試みてハッシュ値が変わると、それ以降のブロックのハッシュ値も再計算して辻褄を合わせる必要があります。その再計算の最中も新しいブロックはどんどん追加されていくため、データを書き換えたり削除するのには、強力なマシンパワーやそれを支える電力が必要となり、現実的にはとても難しい仕組みとなっています

また、ナンスは「number used once」の略で、特定のハッシュ値を生成するために使われる使い捨ての数値です。ブロックチェーンでは使い捨ての32ビットのナンス値に応じて、後続するブロックで使用するハッシュ値が変化します。

コンピュータを使ってハッシュ関数にランダムなナンスを代入する計算を繰り返し、ある特定の条件を満たす正しいナンスを見つけ出します。この行為を「マイニング」といい、最初に正しいナンスを発見したマイナー(マイニングをする人)に新しいブロックを追加する権利が与えられます。ブロックチェーンではデータベースのような管理者を持たない代わりに、ノード間で取引情報をチェックして承認するメカニズム(コンセンサスアルゴリズム)を持っています。

このように中央的な管理者を介在せずに、データが共有できるので参加者の立場がフラット(=非中央集権)であるため、ブロックチェーンは別名「分散型台帳」とも呼ばれています。

こうしたブロックチェーンの「非中央集権性」によって、データの不正な書き換えや災害によるサーバーダウンなどに対する耐性が高く、安価なシステム利用コストやビザンチン耐性(欠陥のあるコンピュータがネットワーク上に一定数存在していてもシステム全体が正常に動き続ける)といったメリットが実現しています。

データの安全性や安価なコストは、様々な分野でブロックチェーンが注目・活用されている理由だといえるでしょう。

詳しくは以下の記事でも解説しています。

ブロックチェーンはエネルギーマネジメントシステム(EMS)との融合でどういう役割を果たす?

EMSは施設内のエネルギー消費を最適化するためのシステムですが、導入時だけではなく運用の際にも様々な課題が伴うことは事実です。その中でも、エネルギー取引やデータ管理の信頼性を確保することは、ブランドプロミスやESG経営を真に叶えるためにも重要な課題の一つとなっています。そこで近年、耐改ざん性に優れたブロックチェーンがその解決策として検討されています。

これまでのエネルギー取引やデータ管理は取引所や管理者といった中央集権的なシステムによって行われることがほとんどでした。この場合、データの改ざんや不正取引のリスクが存在し、信頼性の確保が課題となります。また、CO2の削減量という観点では、サプライチェーンと紐づいていないデータを各プレイヤーがそれぞれ管理することでダブルカウント(1つの排出削減・吸収効果を重複して認証、使用又は報告すること)という問題も生じていました。

ブロックチェーンは前述の通り、取引データを分散型台帳に記録し、改ざんが困難な形で保管する技術です。EMSにブロックチェーンを組み込むことで、データの改ざんが困難になり、不正取引のリスクが大幅に低減されます。また、サプライチェーン全体で共有される一貫したデータ管理も可能となり、ダブルカウントの問題も解消されます。

実際の事例として、株式会社会津ラボと株式会社エナリスが福島県で実施した「ブロックチェーンを活用した電力取引サービス」の実証実験があります。この実験では、福島県内の一般家庭にコンセント型スマートメーター「スマートプラグ」を配布・設置しました。スマートプラグで計測された電気機器の消費電力データは分散型台帳技術ブロックチェーン基盤「いろは」に記録され、その状況下で模擬の節電を要請し、遠隔操作による各家庭の家電の電力抑制・遮断テストを実施しました。

出典:新・公民連携最前線

株式会社エナリスのニュースリリースによると、電力需給が逼迫する状況下で家電を制御することにより起こる事象や、分散台帳の整合性確認において、以下のようなブロックチェーンの有効性が確認されました。

  • ブロックチェーン使用による情報の秘匿性
    • 本実証で採用した「プライベート型」ブロックチェーンは、当事者以外は電力使用量データを閲覧できないため、情報の秘匿性には問題がないことがわかった
    • だれでも閲覧が可能となる「パブリック型」ブロックチェーンでは、見守り生活者の生活パターン等から属性を類推することが可能となる懸念がある
  • ブロックチェーンのスマートコントラクト機能の活用
    • 見守り対象者と登録者との契約管理や、一定の条件で警報を発するサービスなどにスマートコントラクト(契約の自動執行)機能は相性が良い
  • ブロックチェーンの可用性
    • 本実証においては、ブロックチェーンの介在者はエナリスと会津ラボの2社のみだったが、介在者が多いほど可用性がたかまるブロックチェーンの特性上、今後、介在者が増えれば現在の中央サーバー型よりも障害耐性が高まることが想定される。万が一に対して適切な対処が必要となる見守りサービスのようなサービス運営には向いていると考える

このようにブロックチェーン技術をEMSに組み込むことで、多くの新しい可能性が広がります。将来的には、EMSを通じたブロックチェーン技術の活用により、エネルギー管理の効率化だけでなく、電力データを活用した新しいサービスの開発や地域コミュニティ全体でのエネルギーシェアリングなど、さまざまな応用も考えられます。今後もブロックチェーン技術の進化とともに、エネルギー業界においてこの技術の活用がどのように組み込まれていくのか、注目が集まります。

まとめ:エネルギーマネジメントシステム(EMS)を知ってエネルギーコストを把握・管理しよう

エネルギーマネジメントシステム(EMS)は、企業や施設においてエネルギーの消費を効率的に管理・最適化するための重要なツールであることはご理解いただけたでしょうか?EMSは、もはや先進的な取り組みという枠組みではなく、カーボンニュートラルやSDGsの達成を目指しつつ、電気料金の値上げに対応するうえで欠かせない存在となっています。

EMSの導入には初期費用や専門的な知識が必要ですが、ブロックチェーン技術の活用など、先進的な取り組みも進められています。これにより、エネルギー取引やデータ管理の信頼性が高まり、より効率的で透明性のある運用が期待されます。

エネルギーコストの管理と環境への配慮を同時に実現するEMSを導入することで、持続可能なエネルギー利用を推進し、企業の競争力を高めることができるでしょう。今後もEMSの活用方法や技術の進展に注目し、より効果的なエネルギー管理を目指していきましょう。